少女は、いつも地面を見ていた。
代わり映えのしない茶色の土。
枯れた花が弱々しく地表を埋め尽くしている。
そんな光景を幻視しては、頭痛に耐え切れず目を背ける。
見上げた空には驚くほど澄み渡る空。
涙が出そうなほど綺麗な空色から目を逸らして、また地獄を見つめる。
真っ白な花びらが大風にあおられて散って行く。
そんな光景は多くの人を魅了してやまなかった。
広大な花畑は見る者の心を奪うという。
人種性別年齢を問わず、その花畑を見た者は感動のあまり涙を流すという。
白い花が咲く村。
そんな名もない村に、
暇な時はいつでもその美しい花園を眺めていた。
何度も繰り返し見たからか、一度も涙が出た事はなかったが、それでも美しいと思ったからだった。
モンスターの攻撃性すら薄れさせ、全くと言っていいほど流血のない地を、誰かは永遠の安息地と呼んだ。
しかし、怠惰な安息の日々が永遠に続く事はなかった。
偶然現れた恐暴竜が村を、花畑を、人を、生物を、その地に生ける生命の尽くを踏みつぶそうと牙を向いたのだ。
まだ歳若く体格も大きくはなかったが、それでも力無き人間にとっては地獄の顕現に等しかった。
人々は逃げ惑った。
花園を踏み潰しながら現れた絶望は、村人を泣き叫ぶ間もなく喰らった。
休暇に訪れていた
ラネルは、その光景をただぼんやりと眺めていた。
『ああ、人が死んでいるなぁ』
ただそれだけだった。
親が死のうと、見知らぬ狩人が死のうと、隣人が死のうと、子供が死のうと。
何ら心が動く事はなかった。
どうでもいいわけではなかった。
なのにどうしてか全くなにも感じられないのだ。
私は血の海の中から狩人が遺した大剣は握ると、暴竜に向けて思い切り投げつけた。
脇腹に深々と突き刺さる異物に、竜は思わず蹈鞴を踏んだ。
細い右腕が軋む音がした。
私は気怠そうに腕を回すと駆け出した。
屈強な狩人から見ても身の丈を超える程の巨大な鉄の塊を、15歳の少女が平然と扱ってみせる。
それはある意味この世に顕現した地獄よりも奇異な光景であった。
1人になった片割れは、その光景を呆然と眺めているしか出来なかった。
狩人には、誰にでも『その時』がある。
力の覚醒とも呼ばれるそれは、単に身体のリミッターを解除するというだけの話だった。
普段自分の身体を壊してしまわないよう、無意識にセーブしている力。
これによって狩人達は肉体以上の運動能力を発揮し、時には特殊な現象を起こすこともあるという。
それを解放しなければ強大なモンスター達と渡り合う事はできない。
私の『その時』はまさにここだった。
それでも、ラネルの秘めた力は異常な程に圧倒的だった。
大きく跳び上がったラネルは、深々と突き刺さった大剣を掴むと、思い切り引き抜いた。
苦悶の声を上げる恐暴竜。
堰を切ったように溢れ出す多量の赤色が、豪雨のように降り注ぎ、白い楽園を穢した。
大きく倒れ込んだ恐暴竜は、尚も獲物を———いや、『敵』を睨みつけ、立ち上がろうとした。
無慈悲にも、断罪の刃は振り下ろされた。
恐暴竜の頭蓋諸共砕け散る程の力で振るわれた大剣は、持ち主を追って還らぬモノとなった。
たったの二撃。
まだ未熟とはいえ、恐暴竜イビルジョーを、健啖の悪魔と恐れられる怪物を、小さな少女が仕留めた。
この世のものとは思えない光景だった。
ドス黒い血に塗れた少女は、折れた右腕を庇いながら花園を見つめた。
大量の血液で汚された楽園はかつての輝きは失われ、不毛の大地より尚醜い光景だった。
———化け物。
腰を抜かした1人の狩人がボソリと呟いた。
壊滅的な打撃を受けた村の復興は絶望的だった。
何より、代名詞であった白い花園は踏み荒らされ、ドス黒い血で汚染されてしまったのだ。
今や血に飢えたモンスターが徘徊する寂れた廃墟で、もはや誰も寄り付かない。
楽園と呼ばれたその村は、あまりにも呆気なくこの世から消え去った。
村を、家族を亡くし行く宛もないラネルは、僅かに残った財産で安い武器と防具を買い、狩人になる事にした。
ただ、15歳の少女がたった1人で生き抜くには、あまりにもこの世界は残酷だった。
数ヶ月程小さな村に滞在し、狩人として働いていた時のことだ。
彼女は森から出てくる小型竜を駆除したり、薬草や木の実を採取して売り、日銭稼いで細々と生きていた。
1人の狩人が村に現れた。
一目見て熟練とわかった。
火竜リオレウスの防具に身を包み、迅竜ナルガクルガの太刀を背負った屈強な男。
名をカルムと言った。
男はラネルを一目見るなり、目を丸くした。
挨拶もせず、ラネルを品定めするかのように見つめると、言った。
俺の学校で狩人を学ばないか、と。
カルムはハンター養成学校の教官で、村にはとある任務の最中に通りがかったらしい。
任務中故に同行はできないが、養成学校の場所を教えて、翌日には村を経った。
本来、多額の学費を払って入学するものなのだが、教員の推薦による入学であれば免除されるらしい。
金を費やさずに食住を満たせるのならと、ラネルは村を後にして学校へ向かった。
ハンター養成学校、名をディスタという。
1民間からの志願者を受け入れ、狩人としての教養を授ける場である。
全員にハンターランク1が仮に付与され、教官の監督の元狩場への立ち入りも可能となる。
殆どが見習いや駆け出しの狩人であり、15〜18歳のハンターを目指す若者が大半であった。
この学校を卒業せずとも狩人になる事はできるが、それでも狩人の死亡率や負傷率を下げることを意義として、ハンターズギルド主導の元教育を行なっている。
得るべき知識、経験、実力が十分と判断されれば卒業でき、またその際には多少の資金や装備品の援助が行われる。
私が故郷を出て1年後、ハンター養成学校ディスタの10期生としてラネルと共に50名の若者が入学した。
入学式の日。
校長が狩人のなんたるかを長々と語っている間、ラネルはぼんやりと目だけで辺りを見回していた。
興奮に目を輝かせる者、期待に目を膨らませる者、興味なさげに目を閉じる者。
———その中に、彼もいた。
10分以上続いたご高説に飽き飽きしてため息をついた時だった。
ふと隣を見ると、少年がぼんやりと空を見上げていた。
校長が話し始める前からこうだったのか、ぴくりとも動かずに目だけが空をじっと見つめ続けている。
空は雲ひとつない晴天で、時期的にも汗をかくぐらいの気温だった。
空をゆく雲すら無いのに、この少年は何故じっと空を見ているのだろうか。
紅よりなお赫いその双眸は一体何を見つめているのか。
私はただそれだけが少し気になった。
———その日、私は赫い流星に出会った。
入学式が終わるなり、カルムより更に歳を取った狩人が実地訓練の開始を呼びかけた。
ディスタのある街は、小高い山と広大な森に囲まれており、モンスターの被害も相応に多いのだという。
更に言えば、当時は運の悪い事にランポスの大量発生が確認されていた。
新人狩人達に課された使命は、森に出向いて何種類かの素材を採取して持ち帰ることだった。
何かあれば教官を呼べと信号弾を配布されたものの、そんなものは気休めに過ぎない事は明白だった。
50名の生徒たちは、大量に用意された武器と弾薬の中から1種類をそれぞれ掴み取り、同時に配布された防具、ハンターシリーズに身を包んだ。
私は今まで使っていた通り、大剣を手にすると背中に背負った。
少年の名はライズ。
迅竜よりも黒い髪、小麦色の肌。何より目を引くのは赫い瞳。
アイアンガンランスを携えたその少年は眩しいほどの笑顔で私に握手を求めた。
端的に言って、クエストはこれ以上ない程にスムーズに進んだ。
採取対象であるキノコ、薬草、鉱石、魚、虫、そして肉。全て容易に手に入った。
私の狩人としての経験もあったが、ライズにしてみても明らかに初挑戦ではない。
誰かに師事していたことがあったのだろうと私は推測した。
キノコの見極め、鉱石を傷つけない採掘。
そしてブルファンゴを狩り生肉を剥ぎ取った時の、迷いのなさ。
戦闘能力はともかく、狩人としての基本的な動きはすでにほぼほぼ完成されていた。
そうして残す採取対象はケルビの角のみとなった。
ケルビは繊細で機敏な生き物だ。
力が弱い故に、危険が迫ればすぐに逃亡する。
数十分探し歩いて、ようやく発見したケルビは傷を負って弱っていた。
擦過傷と咬傷。おおかた肉食竜にでも襲われたのだろう。
ライズは手間が省けたと思ったのか、弱ったケルビに駆け寄ると角を剥ぎ取ろうと剥ぎ取りナイフを取り出した。
その時だった。
草むらから物音がしたかと思えば、青い塊がライズに向けて飛び掛かった。
ランポスだった。
獲物を盗られると思ったのか、そもそもケルビ自体が狩人を誘き寄せる為の獲物だったのか。
地面に押し倒されて喰いつこうとするランポスを、ライズはなんとか手で抑えていた。
見る見るうちに群れの仲間であろうランポスが次々と現れ、5頭ものランポスがライズを囲って吠えていた。
ラネルはそれをただ無表情で見ていた。
ああ、襲われているなぁ。
ただそれだけだった。
「そういえば、聞きたいことがあったんだった」
少しすると私は思い出し、背の大剣を思い切り抜き放ってライズを噛もうともがいているランポスに投げつけた。
真横から鉄の塊が飛んできたランポスは木に縫い付けられて絶命した。
強襲に感づいたランポスたちは一斉に私を認識したが、私はすでに投擲した大剣を取りに走っていた。
ついでにライズの近くの地面に回復薬を落としておいた。
木に深々と突き刺さった大剣を力任せに引き抜くと、その勢いのまま向かってきたランポスを両断した。
もう腕が軋む音は聞こえなかった。
回復薬を飲んで立ち上がったライズもガンランスを抜いて応戦した。
その後は危なげなく仲間を呼ばれる前に5頭を討伐しきり、その素材を剥ぎ取って帰路についたのだった。
幾度となくランポスの群れに襲われていくつも切り傷を作りながら、私とライズは目的を果たしてディスタに帰還した。
どうやら優劣の差こそあれど絶望的な失敗をしたものはいなかったらしく、全員が揃って武器庫に各々の装備を返却しに集っていた。
洗礼と称した選別を終えた教官は、満足そうな顔で歓迎の言葉を述べると、狩人達を夕食へ促した。
ぞろぞろと食堂に向かう狩人たちに続く私に、赫い瞳の少年が話しかけてきた。
『俺に聞きたいことって、なんだ?』
『どうして、あんなに空を見ていたの?』
少年はなんだそんなことかと笑うと、自身の夢を語った。
かつて赫い流星に出会ったこと。
狩人見習いになっていくつもの空を見てきたこと。
これからも多くの空を見たいこと。
その夢の為に龍歴院の狩人を目指していること。
夢を語る彼は、口調こそ穏やかだったが、この上なく楽しそうで、高揚していた。
ラネルはそう、と無関心そうに言うと、ライズを伴って夕食に向かった。
それからも、私とライズの関係は続いた。
ディスタにいる間は2人1組が基本であり、武器使用訓練、薬や狩猟用品の授業、実地訓練……さまざまな場所で私とライズは一緒だった。
教えあい、高め合い、反発することなく相棒としてい続けた。
それは2年の後ディスタを卒業した後も変わらなかった。
私とライズは2人組のパーティを作り、いくつものクエストを受け、狩人として成長していった。
薬草の納品といった採取依頼に始まり、大型飛竜の討伐も難なくこなして、その度に私たちは名を挙げていった。
ハンターランクに比例してライズの実力も遥かに強くなっていった。
ライズは変わらずガンランスを、私は彼のサポートのため、ライトボウガンや弓を主に使用する様になった。
……とまぁ。
こうして思い出すと私の人生といえばこうも淡々と語ってしまえる程平坦で大したことのないものに思えてきて嫌になる。
本当に、何もなかった。
私の人生に価値のあるものなど一つもない。
……彼の夢に魅せられるまでは。
何もない私と違って、ライズはいつも夢を見ていた。
空の夢。
見果てぬ先まで続く空の、更にその向こうを見ようといつだって奮闘していた。
……私はただその背中を追っているだけだった。
いや、追っているだけでよかったのだ。
私はただあいつの後ろであいつの夢の行く末を見届けていればよかったのだ。
例えそれがどんな結果を齎そうとも……。
ライズと長い年月を過ごしていく中で、私は段々と彼の夢が羨ましくなっていたのだ。
私には無いものを全部持っている。
強さでラネルに及ばなくても、あいつにはそれ以外の全てがある。
その強ささえ、一心不乱にひた走るライズは超えていってしまうのだろう。
私の元に舞い降りた赫い流星を、私はただ見つめていればそれで良かったのだ。
……今や私たちは世界に名を轟かせる程の強豪ハンターになったわけだが、そのきっかけとなったのはとある二頭のモンスターだった。
天彗龍バルファルクと閣蟷螂アトラル・カ。
奇しくも同時に現れた二頭のモンスターの調査・討伐を私とライズがそれぞれ任されたのだ。
通常のモンスターとは比べ物にならない行動範囲を誇るバルファルク、老山龍すら恐るアトラル・カ。
同時に対処するにはあまりにも人手が足りなかったのだ。
ライズは各地に現れるバルファルクを飛行船で飛び回って捜索し、私は街を破壊しながら自身の城を拡大するアトラル・カの対処を行なった。
こういった強力なモンスターが現れる場合、近辺のモンスターたちが刺激に対して敏感になり、より凶暴になるといったことはよく起こる。
当時も例外ではなかった。
組織された討伐隊は50人ほどだったが、実際かの女王に到達できたのは私だけだった。
他の人員はモンスターに喰われて死んだか、負傷して撤退したか、それとも私を辿り着かせる為に囮を買って出たか。
空っぽの墟城の玉座に1人鎮座し、巨龍を象ったそれを振るって全てを踏み潰さんとする。
金色の女王は、24時間にも渡る長い戦闘の末、ちょうど1000発目の弾丸に貫かれて息絶えた。
墟城の主人が消えた時、辺りを覆っていた砂嵐が消え失せ、眩しい朝日が地表を照らした。
そんな見るものが見れば涙すら浮かべるであろう光景を見てすら、私の表情はぴくりともしなかった。
急いで龍歴院に帰還した私を待っていたのは、負傷し寝込むライズの姿だった。
編成された討伐隊も同じくみな大きな傷を負っており、バルファルクの追跡は困難極まる状況だった。
看病をした私に、ライズはポツリと漏らした。
もう駄目かもしれない。
その言葉は、あの日の白い花園よりも、どんな輝かしい朝日よりも強く私の心を揺らした。
私は言った。
諦めてはいけないと。
あなたは夢を叶えるべきだと。
脚に鞭打ってでも夢の為に走るのがあなたでは無いのかと問い詰めた。
エゴだった。
ただ、私があいつに立ち止まって欲しくなかっただけ。
夢の果てを見せてもらいたかっただけ。
現実に折れるあいつの姿なんか、見たくなかっただけ。
そうやって私は、あいつを地獄に追いやった。
骸龍オストガロア討伐作戦が実行されたあの日、ライズは私に言った。
お前は優しいから後悔してるんだろう。
違う。
私はただ私の選んだ道に対して責任を取らされているだけ。
私は愛した
———もしかしたら。
あの日、ライズの夢を終わらせて、思いの丈を告白していたなら。
愛していると。
狩人なんかやめて共に平和に暮らそうと言っていたら。
ただ側にいられれば楽だったのだ。
化物の私も、彼と同じ夢を見ている間は人間だったからだ。
例え化物に戻ってても、彼の側で添い遂げる道もあっただろう。
ライズはきっと私を受け入れただろう。
それだけあの日のライズは憔悴しきっていた。
思えば、あの時ライズは既に限界だったのかもしれない。
夢を現実に完膚なきまでに叩きのめされて、多くの仲間を死に追いやって、それでもなお夢を見続ける力など、あの時のライズに無かっただろう。
……だから、醒めかけた夢に再び押し込んで屍の道を歩ませたのは間違いなく私だった。
あの日、私がライズを赦してやれていたら。
もういいと一言言ってやれる勇気があの日の私にあったなら。
結果は違っていたかもしれない。
だが、現実は変わらない。
私は再びライズを地獄に突き落とした。
いいや、あの日からずっとライズは地獄にいたのだ。
流星を奈落に突き落として、その道を終わらせたのは紛れもなく私だ。
あの奈落の底で、私も死ぬべきだったのだと何度思ったことか。
何故あの日、私だけが生き残ってしまったのか。
あの日から、ライズはずっと私の背後に立っている。
ただジッと、私を見ている。
残したものの行き着く先を知りたいのだろう。
亡者は何も言わない。
私を糾弾したり、怨嗟を叫んだりしない。
ただ、見ているだけだ。
自分が生かしたものがどんな最期を迎えるのか。ただそれが知りたいから見ているだけなのだ。
あれから5年もの歳月が経って、その間ライズの幻影が私から離れることはなかった。
私はライズの分を埋めるかのように大型モンスター討伐の依頼を受けた。
私はライズの抜けた孔を抜けなければならないなどという使命感に駆られて、狂ったようにモンスターを狩り続けた。
私1人でライズの孔を埋める為に、火力の高い重弩を用いるようになった。
あいつの幻影が走る様を見ては、弾丸を乱射して、かつての2倍の速さでモンスターを屠る。
なんだ、と思った。
2人分の力を出すことなど造作もないことなのだと理解した時、初めて悔しいという感情を知った。
それは昔化物と呼ばれた悪魔の力だった。
時に、突然変異体と呼ばれる特殊体質の人間が生まれてくるらしい。
原因は不明だが、狩人の家系に多いと言われているそれが、私の身体に宿っているというのだ。
私は悔しくてたまらなかった。
そんな力があるのなら、何故私はあの時に発揮出来なかったのだろう。
そうしたら、あの日ライズを失うことなど無かったのに。
いや、もっと前。
バルファルクも私が片付けていれば、ライズが仲間を鉄砲玉にして屍の山を築くこともなかったろうに。
わかってる。
そう、わかっている。
私はただ楽な方に流されただけなのだ。
ライズがいれば、化物の力など必要なかった。だから補佐に回って、前線に立つことを避けた。
私ではなくライズが果たさねばならないのだと自分を、そしてライズを騙して、私はライズを後ろから見守る役に徹した。
単に、そうしていれば楽だったからだ。
私が自分で判断せずともついていけばいい。
そんなふざけた考えが私を支配していて、そいつはきっと私の中の化物なんだろう。
どこまでも怠惰で、自分の意思というものがない。
あの日恐暴竜を屠った悪魔も、ただ気まぐれで大剣を振るったにすぎない。
楽な生き方をしたいと願いながら他人を地獄に突き落とし、夢を助けると綺麗事を並べる。
なんなんだ?私は一体、なんなんだ?
自分の意思がないお前は何者だ?
恋をしながら相手を地獄に落とすお前は何者だ?
ずっと側にいるだけでいいと乙女のような願いを持ちながら、傲慢にも助けになりたいとほざいたお前は何者だ?
まるであの日の閣蟷螂のよう。
狩人で、武器で、防具で、力で、本当の自分を覆い隠す。
その本質は空だ。
だけど、私の虚城に女王はいない。
玉座に座るものはいない。
空っぽの中身を覆い隠して、良く見せようと豪華なだけの宝石で飾り立てて。
そんなものが真の輝きを持つ流星に手を伸ばそうなどと。
私はいつからこんなにもおかしくなってしまったのだろう。
多分、生まれた時からそうだったんだ。
世界に、環境に、人に、そしてライズに。
ただ流されて、流されて、流され続けた結果がこのザマだ。
自分の意思があるかないのかすら定かではない。
自分で自分がわからない。
罪悪と虚無に襲われて、生きるという意思すら今の私にはない。
あるのは責任を果たすという、吐き気のするような義憤だけ。
ライズの仇を取る。
そんなんじゃない。
私は、それにライズもそんなことは望んでいないだろう。
ただ、自分の選んだ道に対して死ぬまで。
いいや、死んだ後も報いる為に進み続けることが、唯一ライズへの償いなのだと胸に刻み込んで、この5年間を過ごしてきた。
あの日私を赦したライズを、今度は私が赦してやるのだと。
それがあの日生きる屍になった私の、最後に残された意味だ。
ローラも5年の歳月を経てハンターとなった。
彼の瞳と同じ赫い髪が、私は嫌いだった。
いつ見てもライズのことを思い出さずにはいられないからだ。
彼女とてもうあの日の幼い子供ではない。
もう、私から教えることは何もない。
私は何も残さず、ライズと同居していたあの家を後にした。
クエスト:奈落の妖星
目的地:竜ノ墓場
あの日、村は一夜にして消えた。
海の傍で共に暮らした仲間たちも、
生まれたばかりの幼子も、みんな
奪われてしまった。何の因果か残
されたわしは、ただ一つの望みを
抱いて生きてきた。オストガロア
…奴を文字通り骸に変えてくれ。
あの日と同じ飛行船に乗って、私は旅立った。
あの日と同じような空、あの人同じような風。
あいつから言わせれば、同じ空なんて一つもなくて、いつだって少しずつ何かが違うらしい。
でも私にとっては何も変わらない。
あの日から、私は何も変わってない。
生きる屍を安らかに眠らせてやること。
奈落の底に沈んだ流星に、もう一度だけこの空を見せてやること。
それが私の意味。
下らない人生の最期に成すべきことだ。
もういいでしょう?
オストガロアを狩れたなら、もう私に生きている意味も価値もない。
だから……私が勝とうと負けようと、これが最期。
何もかも捨てて消えてしまいたかった。
でも幻影のあなたは赦してくれない。
いいや、私が私を赦せない。
例えあなたが赦しても、私自身が赦せない。
私はもう……消えたい。
何も残さず、何の意味もなく……。
流星の残した赫い傷は、決して癒えないのだから。
あの日と同じ黄昏。
あの日と同じ雲。
あの日と同じ風。
あの日と同じ奈楽の底を見下ろして、息を吸い込む。
あの日と違うのは私が独りだということ。
逃げるのなら今しかない。
何もかも捨て去って、みっともなく逃げてしまえばいい。
目障りな幻覚など振り払って好きに生きてしまえばいい。
もう遅い。
私は言い聞かせるように呟いた。
報われる必要なんてない。
ただ犯した罪の罰を受けるだけの話だ。
私を裁く人間がいないなら、私が私に罰を課す。
全てを捨て去ってお前を殺しに来た。
私の
携えるのは真名ラーホルアクティ。
太陽神の名を持つ女王の豪砲。
落陽。
———
狩人は飛び込んでいく。
奈落の底へ。
流星の墓標へ。
満たされぬ魂の終着点へ。
赫い炎に焼かれようとも。
無様な死に様を晒すことになろうとも。
それが、私の選んだ道なのだから。
こんな生き方しかできなかった馬鹿な人間の、最期の悪あがきなのだから……。
———奈落の夭逝。