復讐の炎がこの身を焼き尽くす前に   作:上光

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プロローグ

 その日、少年は伯父から父の死を告げられた。

 

 厳格を絵に描いたような伯父は嘘を好まず幼いウィルの冗談にも怒るような人で、信じられないような言葉でも嘘ではないと信じるだけの重みがあった。

 でも実感はわかなくて。その日はいつものように寝て、慌ただしく駆け回る伯父の一家をどこか他人事のように眺めながら、次の日もいつものように寝て。

 数日後におこなわれた父の葬儀には死体はなく、そのせいか葬儀の最中もそのうちひょっこりと帰って来て、いつものように遊んでくれるのではないかと心のどこかで考えていた。

 

「お前の父は私たちのいる世界を守るために勇敢に戦った。さあ、別れを告げなさい、ウィル」

 

 伯父の家族と一緒に訪れた墓地。

 夕陽に照らされる父の墓を見た時に少年は──ウィルはようやく、父にはもう会えないのだと理解できた。

 

「……ふざけないでよ」

 

 誰に対しての、何に対しての感情だったのかはわからない。

 ただ、その時確かに呪った。漠然として形のないものを、自分から父を奪ったものを呪った。

 あふれだした涙を袖で拭いながら報復を誓う。相手が何かもわからないままに己に誓う。

 夕陽に照らされた赤髪が燃える炎のように揺らめいて、刻まれた想いが胸に火を灯す。

 以来、ウィルの内面にはずっと炎が燃えている。呪いを固めたような、永遠の炎が。

 

 

 

 それから十年が過ぎ──とある辺境世界の基地、士官用の一人部屋でウィルは目を覚ます。

 

 手をのばしてベッド横のサイドテーブルに乗せていたタオルを取って、汗ばんだ額に張り付く髪をかき上げ顔を拭う。

 部屋の中も窓の外も暗い。端末で時間を確認すると起床時間の一時間ほど前だったが、今更眠る気にもなれずベッドに腰かけて先ほどの夢を思い返す。

 

 あの夢は子供の頃から何度も、数えるのも馬鹿馬鹿しくなるくらいに繰り返し見続けている。

 夢は記憶の整理のために見ると聞いたことがあるが、だとすればいまだに自分は当時のことを整理しきれていないのだろう。

 あの日からウィルは父を死なせたモノ──『闇の書』と呼ばれる存在を滅ぼすために生きている。

 不毛なことかもしれない。父を死なせたそれはハリケーンや地震のような災害に等しい。

 いつかは必ず現れるが、現れたその時その場所に居合わせる可能性は限りなく低く、個人で対抗できる相手ではない。横槍を防ぐために大規模な報道管制が敷かれるので、その時の事件が終わるまで現れたと知ることすら叶わない。

 そして闇の書は一定の期間の後に再び現れる。延々に続くいたちごっこの繰り返し。

 

 それでも、諦めきれない。

 数多の世界をまたにかける治安維持組織たる時空管理局に入局したのも、士官として一般的にエリートと呼ばれる道に進んだのも、そこでなら仇の情報を少しでも得られると考えたから。

 

 それでも、いざその時に自分が関われる可能性は極めて低い。仇討ちなんて諦めた方がきっと楽だ。

 

 それでも、と思う。それでも──

 

 突然、基地内に緊急を告げる警報が鳴り響き、まだ消灯時間にも関わらず一斉に照明がつき始める。

 

「珍しいな」

 

 ため息を一つで気持ちを切り替え、三十秒で時空管理局の制服に袖を通すと勢いよく部屋から飛び出した。

 

 

 

 

 その少し前、同基地の管制室。

 現代の主流である空間投影型のホロディスプレイが、基地を中心とした代わり映えのしないマップを何時間も映し続けている。

 夜勤で監視をしている少女たちにも緊張感はなく、机の上には菓子の袋や遊びに使うカードが散らばっている。

 

 それも仕方のないことだ。

 基地の敷地の外には小さな町があるが住む人はほとんどおらず、町の外に出ればあとはもう地平線の彼方まで続く砂、砂、砂。砂漠がどこまでも広がっている。

 第百二十二無人世界と名付けられたこの地に、豊かな緑と多くの生命があふれ、高度な文明が築かれていたのは五百年ほど前の話。

 文明は災害で消滅し、その影響を受けた気候の変化で地表は砂漠化。建造物の多くは大規模な地殻変動の影響で地の底に沈み、年月が流れるうちにほとんどが砂のベールで被い隠され、この世界から文明という概念は姿を消した。

 

 そんな滅びた世界にも、半世紀前には訪れる者が大勢いた。

 過去の文明の調査という学術的好奇心と、滅びた文明が生み出した現代技術では再現不可能な品──ロストロギアの発掘という即物的な理由で。

 めぼしい遺跡の発掘の完了とともに、そんなゴールドラッシュが終わりを迎えれば、人の波は驚くほどの勢いで引いていき、往時は一万人を超えた街に人はおらず、発掘のために一時滞在している調査団を含めて二百人にも満たない。

 治安維持という目的をなくした管理局の基地は、広大な土地を利用しての長期訓練や開発局の装備品の試験が主な業務となり、たまに遺跡の崩落に巻き込まれた調査団が出す救難信号に駆けつける程度。

 

 

 突然ディスプレイが音をたて、基地外部からの通信を知らせる。

 表示されるのは緊急時の通信コード。

 

 この世界には通信衛星も基地局もないため、管理局も調査団もそれらに頼らない長距離通信機を自前で持ち込んで使用する。

 表示された通信地点は基地から百キロメートルほど離れたあたりの遺跡群で、半年前にそこから少々貴重なロストロギアが発掘されたことで、人気のないこの世界にしては珍しく現在四つの調査団が調査に乗り出している。

 

 珍しい事態に夜勤の局員が急いでヘッドセットを装着して通信を繋げば、

 

『たすけてください!!』

 

 繋がった瞬間に響いた大声が、局員の耳を大きく震わせる。

 

「お、落ち着いてください。まず深呼吸──」

『私っ、よその調査団の無線を借りているんですけどっ! スクライアなんです!』

「スクライア?」

 

 局員はもう一人の局員に目線をやりながら繰り返す。

 そちらの局員が基地内のデータベースを用いて調べると、たしかにその地点の発掘申請を出している調査団にそのような名称の団があった。

 

 たまにあるように、彼らも遺跡の崩落にでも巻き込まれたのだろうか、という局員の予想は次の言葉で裏切られた。

 

『私たちの団が他の調査団に襲われてるんです!』

「しゅ、襲撃!?」

 

 応答していた局員の声が裏返る。事故ではなく事件。しかも、人による犯罪。

 基地全体に警報が鳴り響いたのは、この少し後のことだった。

 

 

 

 

 

 この世界にあった建築物はたいてい瓦礫と化しており、もとの形を残している遺跡はあまりない。

 まずは災害による大破壊に耐え、その次におこった地殻変動にも耐え、最後に建造物の上に積もる砂の莫大な質量に五百年間耐え続けられるような建造物などそうそうあるものではない。

 スクライア調査団が発掘調査をおこなっていた大型遺跡はそれらの破壊活動に耐えきった数少ない代物だったが、さすがに無傷とはいかず壁や床の崩落がそこかしこに見受けられる。

 

 重なる瓦礫の間に灯りもつけずに身を潜める者がいた。まだ十歳に満たないようなあどけない顔の少年。

 しかし彼の姿──汚れて輝きを失った金髪も、疲労の色が濃く表れている顔も、闇に隠されて見えはしない。もちろん彼がその手に握る大きな鞄も同様に。

 

 スクライア調査団の一員、ユーノ・スクライアは遺跡内部で隠れていた。

 

 ユーノは親の顔を知らない。どのような経緯があったのかは知らないが、物心がついた頃にはすでに遺跡の調査をなりわいとするスクライア一族で暮らしていた。

 人並以上の魔力を有し、幼いながらも聡明さを発揮していたユーノは、一族の中でも将来を嘱望される期待の星。齢九歳にして飛び級で魔法学校の初等課程を終えた彼を調査団に含めたことからも、一族が彼にかける期待の大きさを裏付けている。

 とはいえ、いきなり本格的な調査に同行したわけではない。調査の目的は一族の若者に実地で経験を積ませることで、団員にはユーノほどではないが年若い者が多く、場所もかつてスクライアの大人たちが調査をおこなった場所の再調査で、大規模な実地研修と言い換えた方が適切だ。

 

 だから、ユーノが最近崩落したと思われる瓦礫の向こうに未知の通路を発見したのはまったくの偶然だ。

 

 瓦礫をどかすために他の調査団に協力を依頼し、その向こうに発見された通路の先で小部屋を見つけた。

 小部屋は遺跡にあるどの部屋とも違っていた。壁は周囲からの魔力素の侵入を許さず、魔力的影響をシャットアウトするように作られており、ユーノたちが扉を開けて入るまでは、内部の魔力素濃度が異常に薄く保たれていた。

 小さな部屋というよりは大きな箱──忌々しい物を封印するための筺のよう。

 

 部屋の中にあったのは、植物の種に似た形の、二十一個の青い石。

 

 ユーノをはじめとして魔導師たちは石のそばにいるだけで、胸の奥がざわつく不思議な感覚を覚えていた。

 魔導師の素養ある者が体内に魔力を蓄積するために形成する、仮想臓器リンカーコアを揺らされる感覚。

 

 石の調査が進むにつれて調査団を包む熱気は大きくなっていった。

 発掘品はそれ単体で次元界面に干渉し得るほどの高エネルギーを内包しており、相当に高い等級のロストロギアに認定される可能性がでてきたからだ。

 一族の大人たちだって三等級以上のロストロギアを発見できた者は一握りだ。それを自分たちがと浮足立ってしまったのが悪かったのか、ユーノたちは協力してくれた調査団に注意をはらうことを怠ってしまった。

 

 その結果が今だ。

 彼らは日が沈んでからの輸送は危険だと言ってユーノたちを遺跡に留まらせ、発掘品を奪い取ろうとしてきた。すんでのところで気づいて慌てて応戦したが、相手はこちらより数が多い上に戦い慣れていて勝ち目はなかった。

 

 ロストロギアを渡して投降するわけにはいかない。それで安全が確保される保証はない。

 それにロストロギアを犯罪者に渡すなんて、発掘業に携わる者として絶対にやってはいけないタブーだ。一族の大半が発掘業に携わるスクライアにとって、発掘業における信用を失うことは一族全体への滅びに直結する。

 迷った末、ユーノはロストロギアを持って遺跡内に逃げ込んだ。自分が囮になることで相手の注意をひきつければ、仲間たちは逃げやすくすると考えて。誰かが逃げ延びれさえすれば管理局に連絡がとれるはず、と。

 

 

 それから数時間。外では恒星が昇り始める頃。

 ユーノは今もロストロギアの入った鞄を持って隠れ続けながらも、少しずつ追い詰められていた。

 

 突然、周囲がほんの少し明るくなる。

 隠れている瓦礫の影から顔をのぞかせると、暗闇の中を十ほどの鬼火があちらこちらを行ったり来たりしているのが見える──サーチャーだ。

 ユーノが身を隠す部屋は広く、一人で捜索するのであれば十分以上はかかる大きさがある。だが、十個ものサーチャーがあれば一分とかからない。

 迷っている暇はない。すぐに行動しなくては見つかってしまう。

 でも、どう行動するのが最善なのだろう?

 

 これまで通り、管理局が来ると信じて奥に逃げ続けるか。

 それとも──

 

 

 

 

 

 黎明、地平線から恒星が昇る。

 鮮烈な光が白い砂で覆われた大地を照らしあげ、急激に熱せられた地表が朝露を蒸発させる。熱気をはらんだ水蒸気が生じたせいで蜃気楼が発生し始めた。

 三百六十度全周囲、地平線の彼方まで続く砂漠に、蛇がのたうったような形の砂丘という自然物と、地面の下から突き出る数多の遺跡という人工物が入り乱れ、それらが陽光を遮ることでできた影が、無彩色の砂漠に白い砂と黒い影という単純で、だからこそ美しいコントラストを作り出していた。

 

 赤から青へと変わりつつある空をウィルが飛翔する。

 白地に青の縁取りという管理局の標準的な色使いをしたロングコート。両脚には膝まで覆う銀の金属ブーツ。右手には一振りの剣。

 

 高度百メートルほどを低速で飛行しながら地表を見下ろす。地上にはいくつもの瓦礫が転がっている。その一つ一つが砂の下に埋もれた遺跡の一部だ。

 地平線の先まで広がる景色はずっと変わらず砂と遺跡のみ。白い砂が陽光に照らされてきらきらと輝くが、動くものはまったくと言っていいほどない。この世界では、どこにいってもこんな光景ばかりだ。

 

 遠方に目を向ければ、離れたところに他よりもひときわ大きな建造物が見える。襲撃されていたスクライア調査団が調査しており、今は襲撃犯が立て籠もっている遺跡だ。

 現在は戦闘系の魔導師部隊が遺跡に突入中。守りに入った襲撃犯に手こずりながらも、少しずつ押しているそうだ。

 ウィルも戦闘を得意とする魔導師だが、飛行魔法を得意とする魔導師を遺跡という閉所での戦闘に送り込むよりも、周囲の哨戒に回した方がいいとの判断により突撃部隊から外されている。

 その配置は適切であったようで、すでに襲撃犯から逃げて砂漠をさまよっていたスクライア調査団の方々数名を保護し、襲撃犯の仲間と思われる者も何人も捕縛している。

 

 ウィルはひときわ大きな瓦礫のせいで上空からでも視線の通らない場所を見つけると、その傍でぴたりと静止する。そして右手に握る剣を前に突き出し、語りかけるように声を発する。

 

「F4W、エリアサーチ」

『Roger. Create searchers.』

 

 無機質な機械音声が応え、音声に合わせて剣の表層に光の筋が走り、明滅を繰りかえす。

 直後、剣から赤色の光の球が五つ現れ、それぞれ地上に向かって降下していった。

 

 ウィルの持つ剣はただの武器ではなく、デバイスと呼ばれる魔法行使の補助をおこなうための機械端末。

 魔法によって生み出された光の球は、サーチャーという視覚や聴覚を共有できる魔法の感覚器。

 

 光球はそれぞれ地表に転がる瓦礫の周辺をぐるぐると回り、その映像がウィルの頭にも流れ込んでくる──が、何も見つかることはなかった。

 デバイスの通信機能を起動させると、離れた場所にいる通信車に連絡をする。

 

「こちらサンドガル・ワン。バースツール、そっちのセンサーに何か異常はない?」

『こちらバースツール。全然、まったく、なーんにも。レーダもセンサーも特に反応なし』

 

 通信車は通信インフラが整備されていないこの世界における通信系統の要というだけではなく、搭載された各種センサーによる赤外線や電磁波、魔力波の感知もおこなえる。

 

『もうこのあたりには誰もいないんじゃない?』

「そう思いたいけど、うちの通信車はおんぼろだからなぁ」

 

 その時、通信士が『あっ』と声をあげた。

 

『新しく反応あり。これは……個人用の携帯端末のものかな』

「通信反応?」

『違うよ。電源の入っている携帯端末からは常に微弱な電波が出ているから、それを捕まえたみたい。どうする?』

 

 今時の携帯端末には通信以外にも日常的に用いられる様々な機能が備わっているため、端末を使った通信ができないこの世界にも、自らの携帯端末を持ち込む者は多い。管理局からも万が一遭難した時の位置検出に使えるので持ち込みは推奨されている。

 

 これまでなかった反応が急に表れたということは、先ほどまでは電源を切っていたのか、それとも反応がない場所──地下に埋もれた遺跡内にでもいたのか。

 

 その端末の持ち主が敵であれ見方であれ、ウィルのやることに変わりはない。

 

「位置情報を送ってくれ。俺が確認に行く。行くのも何かあった時に引くのも俺が一番速い」

 

 送られてきた情報を確認し、ウィルはその方向に向き直る。

 銀のブーツが輝くと、風のない砂漠に起こった颶風が砂塵を大きく巻き上げた。

 

 

 

 

 

 暗い遺跡の中を飛ぶ人影。

 

 ユーノの魔力は自らの瞳と同じ翡翠の色を放つ。それを光源にしてユーノは遺跡の中を駆けぬける。

 駆けるユーノに気づいたサーチャーが後を追いかけるが、ユーノが自らを中心に結界魔法を展開するとその姿が見えなくなる。

 結界は内外での波動の干渉を防ぐことができるので、結界の内にいるユーノの姿は結界の外にあるサーチャーでは認識できなくなる。

 サーチャーから十分に離れたら結界を解き、またサーチャーに見つかれば再び結界を展開。相手も結界を張られたことには気付くので、ユーノの場所をある程度特定されてしまう危険はあるが、サーチャーの追跡さえ撒くことができればそこからどこに向かったのかまではわからない。

 

 ユーノは自力で遺跡から脱出することを選んだ。

 このまま中にいても追いつめられる。隠れるためにより奥深く逃げ込めばそれだけ管理局からの救援も遅れてしまいかねない。

 それならば一か八か外に出て自分から管理局に合流する──それがユーノが下した決断だった。

 

 幸いにもこの遺跡には抜け道がある。

 崩落して行き止まりになっている通路の中に、瓦礫の間に隙間があって隣接する別の遺跡に抜けられるようになっている箇所がある。

 仲間うちでも知っているのは一部だけ。だからこそ襲撃犯は知らないはずだ。

 

 抜け道のそばまで到達した時、結界が揺れた。続けて数度の揺れの後、結界が破壊される。

 

 背後からの怒号が通路に反響する。デバイスを構えた魔導師がユーノを追いかけて来ていた。

 デバイスの先から輝く鎖が現れ、ユーノに向かって飛ぶ。バインドと呼ばれる相手を捕獲するための魔法。

 ユーノは後ろを振り向き、バインドに合わせて防御魔法を行使。宙に出現したシールドがバインドを防ぐ。が、直後ユーノの体に強い衝撃。後ろを向きながら移動していたため、前方の瓦礫に気づけず体をぶつけてしまった。

 壁に二度三度体をぶつけながらも体勢を立て直そうとするが、飛行魔法がうまく発動せずにそのまま床を転がる。

 原因はぶつけた衝撃による軽い脳震盪。魔法を使うための演算をおこなうのは脳だ。脳震盪という思考能力の低下は事実上の魔法行使不可を意味する。

 

 転がる勢いをとどめて、口に入った砂利を吐き出して、逃げるために走り始めるが、視界が傾いてまっすぐ進めない。

 くらくらとする頭で今度からはデバイスを持とうと思いながらユーノは駆ける。

 

 迫る魔導師の足音は先ほどより近い。もう一度背後からバインドが飛ぶ。転がるようにして通路を曲がって回避。ふらふらとした足どりで懸命に走る。

 抜け道まではほんの数メートル。けれどこの状況で飛び込めば、ユーノがそこに入ったことは丸わかりだ。

 それでもこのままでは捕まるだけ。ユーノは意を決して抜け道に飛び込んだ。

 

 飛び込む瞬間にまた瓦礫で頭を打ち、潜り抜ける時には肩をぶつけ、ようやく向こう側に抜けるという時にはロストロギアの詰まった鞄をぶつけ。それがきっかけとなって、ユーノが通り抜けた瞬間に背後で瓦礫が崩れ始めた。

 そのあまりの音に、ユーノは抜け道を出たところでぺたんとしりもちをつく。

 振り返れば、先ほど通った通路はもう瓦礫と砂で埋まって通れそうにない。

 これで少なくとも追われる心配はなくなったわけだが。

 

「あ、あはは……怪我の功名、かな。……あの人、埋まってないと良いけど」

 

 自分を追いかけていた魔導師の心配をしながらも、ユーノは遺跡から脱出するべくゆっくりと立ち上がった。

 

 

 やがて進む通路の先に自然の光が見え始める。

 鼻に感じる臭いは遺跡内の湿ってかび臭いものから乾いた砂のものへ、通路の床は外から吹き込む風で運ばれた砂で白くなり、足音が、こつんこつん、から、じゃりじゃり、へ変わる。

 

 ユーノはついに遺跡から抜け出した。目の前には広がるのは一面の砂漠と、それに埋もれた遺跡群。あまりのまぶしさに目をつむった瞬間、目の前に現れた藍色の光鎖がユーノの体を絡めとる。

 

「ようやくだな。手間取らせやがって」

 

 目の前に男が現れる。ユーノたちの調査団に協力してくれた別の調査団の一人。つまり、ユーノたちを襲撃した奴らの一人だ。彼は縛られたユーノの手から鞄を奪い取ると、中身を確かめ始める。

 

「どうしてこんなところに……」

「短い時間でどれだけ準備できるかってのが成功の秘訣でな。襲撃前にガキどもから遺跡のことをできるだけ聞き出しておいたのさ。で、お前が姿を遺跡の中にくらませた時点で、念のために俺がこっちに待機していたんだよ。もしお前がここを使わなかったとしてもあの遺跡から離れたこの場所ならならいざって時に逃げやすいしな」

 

 男は鞄の中に目当てのロストロギアが入っていることを確認するとにこにこ顔で鞄を閉じ、デバイスをユーノに向ける。

 

「安心しろ。気は失ってもらうが殺しはしない。今回のことは勉強代だと思って次からは気を付けて──」

 

 その時、男は何かに気づいて振り向いた。

 同時に遠方から小さな音が聞こえ始める。かすかだったその音はすぐに風を切る轟音に変わる。

 風よりも早く表れたのは赤髪の青年──ウィル。彼は困ったような顔で男とユーノを見て口を開く。

 

「時空管理局だ。どっちが悪党かは……見たままでいいのかな」

 

 

 

 

「おとなしくデバイスを解除して投降してくれないか」

 

 ウィルは右手の剣を男に向けながら告げる。

 

「この少年がどうなっても──」

 

 男は勧告に従わず、ウィルに背を向けてバインドで捕らえられているユーノへと向かう。人質にされると厄介だ。

 

 瞬間、ウィルの銀のブーツが輝く。男がユーノとの十メートル程度の距離を詰めるより、ウィルがその何倍もある距離を詰める方が圧倒的に早かった。

 男の背に追いつき右手の剣を振り上げる。刀身が陽光を反射して煌めき、剣の峰が男の背を打ち据える

 

「馬鹿がっ!」

 

 その直前、ウィルの体がバインドで絡め取られる。男がユーノを捕らえるためにあらかじめ設置し、隠蔽しておいた設置型バインドの一つ。

 男は武器型のデバイスを持つウィルを見て、遠距離より近接戦を好む魔導師だと判断。背を見せることでウィルの接近を誘い、設置型バインドの効果範囲内に来るように誘導する、という男の考えは見事に的中した。

 男は反転し、思惑通りの展開に笑いを隠そうともせず、ウィルに向けて先端に魔力光が集ったデバイスを向ける。

 

 ウィルもまた笑う。この程度のバインドで動きを止められたと思われていることに。

 

 ウィルのブーツがさらに輝き、絡め取るバインドが砕ける。速度とはエネルギー。ただ物理的な力によるバインドの破壊。

 

 男は驚愕しながらも魔法を放とうとする。が、男の体はその直前に翡翠色のバインドで絡め取られる。男の背後でバインドに捕まっていたはずのユーノのものだ。

 男の意識がユーノからそれている内にユーノもまたバインドを破壊していた。ウィルのように力だけではなく、バインドの構成式を解析し式に干渉して強度を弱体化させ破壊。時間はかかったがお手本のようなバインド破り。

 動けなくなった男の肩に今度こそ剣が叩き込まれる。峰打ちと言えども、叩き込まれた剣の物理的な威力と剣を介して叩き込まれた魔力の威力が相乗し、男の意識をあっけなく刈り取った。

 

 その手から滑り落ちた鞄をウィルが空中でキャッチする。

 

 ウィルとユーノは向かい合い、どちらからとなく笑った。

 

「ナイスアシスト」

 

 ウィルが拳を軽く突き出す。一拍遅れてその仕草の意味を理解しユーノもまた拳を突き出す。二人の拳がこつんとぶつかる。

 それで安心したのか、ユーノもその場で意識を手放した。

 

 

 

 その後、ユーノは基地のベッドの上で目を覚ました。

 やって来た管理局の医務官には半日ほど眠っていたと告げられ、その頃には襲撃犯はほとんどが捕らえられていた。

 スクライア調査団のメンバーはちょっとした怪我を負った者はいたものの、全員無事に保護されており、そのことを教えられてユーノもほっと胸をなでおろす。

 

 ユーノ・スクライアが遭遇した事件は、こうして終わりを迎えた。が、この時に発掘されたロストロギア──ジュエルシードを巡って新たな事件に遭遇する。

 そしてその時には何の縁か、この時にユーノと一緒に戦った管理局の局員ウィリアム・カルマンと再び顔を合わせることになる。

 




何年もエタらせていた作品のリメイクです。
ラスボス戦が終わる程度まで書き溜めたので、見直しながら一日一話ペースで投稿していく予定です。予定通りなら九月になるまでに完結できるはず。
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