復讐の炎がこの身を焼き尽くす前に   作:上光

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努力の結実

 ジュエルシードを間に挟んで、両陣営は向かい合う。

 先ほどまで星々の光がまたたいていた夜空は厚い雲に覆われ、結界のせいで人々が消えた街では喧騒という背景曲の代わりを雷の轟きが務めている。

 

「魔力流操作ですね。しかも結構範囲の広い」

「ああ、たいした腕前だよ。俺にはちょっとできそうにない」

 

 ユーノとウィルがこっそりと話し合う。

 

 魔力流とは、魔力素の流れだ。

 魔力の元となる魔力素は自然に存在する粒子であり、他の粒子と同じく濃度の高いところから低いところへと拡散し、最終的に均一になろうとする。そして勾配がなければ、外力が加わらない限りその場に留まり続ける。

 魔導師は、周囲の空間の魔力素を体内の『リンカーコア』と呼ばれる器官に吸収し、魔力素を結合させて、自分が使いやすい形である『魔力』に変換。蓄えた魔力を用いて魔法を行使する。

 そのため、大気中に存在する段階、変換前の使いにくい形である魔力素を用いて魔法を使うことは、個人の力ではほとんど不可能に近い。しかし魔法とまでいかないのであれば──たとえば大気中の魔力素を動かして魔力の流れを作るという『魔力流操作』なら、腕が良く十分な魔力量を持つ魔導師なら可能だ。

 この周囲一帯の魔力素の密度が高くなっていること。そして、今もなお魔力素が活発に動きいていることから、誰かが意図的にこの場所に魔力素が流れ込むようにしたと推測できる。

 

 魔力流を発生させて周囲の魔力素濃度を高めることで、思念や周囲の魔力に反応するジュエルシードを意図的に活性化させる。ウィルの技量では体力や魔力の消耗が激しく、あまり広範囲の魔力流操作はできないという技術的な点。そして不必要に周囲に影響を与えるという倫理的な点から実行しなかった手段だ。

 

 魔力流のせいでジュエルシードが必要以上に活性化して暴走する危険性があるのはもちろんだが、それ以外にも危険はある。

 魔力素も大気中に存在する以上、大気を構成する原子と無関係ではない。魔力素が動かされることで、風や気圧の変化が引き起こされてしまう。

 現に、この付近一帯は、魔力流とジュエルシードの活性化によって、急速に天候が悪くなっている。

 ユーノの結界によって、魔力素の動きが結界外に影響することを阻止したため、異常がこれ以上拡大することはない。魔力流が落ち着いてから結界を解除すれば、街に対する影響は最小限に留まるはずだ。

 少女たちは結界を張れなかったのか。それともウィルたちがジュエルシードに気付くのを遅らせるためにわざと結界を張らなかったのか。どちらにせよその行為は不必要に管理外世界に影響を与える危険なものだ。

 

 

 少女はデバイスを構え、その隣の使い魔は人間の姿のままいつでもこちらに飛びかかれる姿勢をとっている。

 ウィルは彼女たちを刺激しないように、空手のままで話しかける。

 

「戦うのは少し待ってくれないかな。この子がきみに話したいことがあるみたいなんだ」

 

 背を押され、フェレット姿のユーノを肩に乗せたなのはが一歩前に踏み出す。意図のわからない行動に少女たちも戸惑う。

 なのはは大きく深呼吸をすると意を決して話し始めた。

 

「わたしの名前は高町なのは。この街の聖翔大付属小学校に通う三年生で──」

「あいつ、なにを言ってるんだい?」

 

 突然の自己紹介に、使い魔が呆れたような声をあげる。

 

「わたしは、つい最近まで魔法のことなんて知らなかったの。でも、この──」肩のユーノに、少し視線をやる。 「ユーノ君と出会って、ジュエルシードっていう危ないものがこの街に散らばってしまったことを知ってしまった。わたしには魔法の才能があったから、怪我したユーノ君の代わりに、ジュエルシードを封印することにしたの。この街はわたしが、わたしの大切な人たちが住んでいる街だから、わたしはこの街を守りたい……もう、誰にも悲しんで欲しくないから。これがわたしがジュエルシードを集める理由。でも、今はそれだけじゃない」

 

 なのはは少女の目をしっかりと見つめる。視線が合っても少女は眉一つ動かさない。

 

「わたしはあなたとお話しがしたいの。あなたがどうしてジュエルシードを集めているのかがわかれば、わたしもあなたの力になれるかもしれないから。ウィルさんは管理局の人だから、わたしとは違う考えを持ってるけど……でも、それも話し合えば、解決するかもしれない──ううん、きっと誰にとってもいい方法が見つかると思う」

 

 そして、なのはは大きく息を吸い込むと、ひときわ大きな声で少女に呼びかける。

 

「だから、あなたにも教えてほしいんだ! どうしてジュエルシードを集めるのか、その理由を!!」

 

 思いのたけを叩きつけたなのはの言葉に、少女の瞳がかすかに揺れる。

 なのはの言葉は、強要でも恫喝でもなく、ただ純粋に願っているだけ──純粋だからこそ強烈だ。

 

「私は──」

「答える必要はないよ」

 

 少女の返事を止めたのは使い魔。彼女はこちらを──とりわけなのはの方を睨んでいる。その表情にはなのはに対する明らかな敵意が含まれていた。

 

「答える必要なんかない。こんな甘い世界で暮らしてきたガキに、何も教える必要なんかない。だいたい他人のあんたたちにあたしたちの何がわかるっていうのさ。こんなやつに構うことはないよ! それよりもジュエルシードの回収を!」

「……わかった」

 

 少女はなのはから視線を外し、ジュエルシードを目指して動く。しかし、なのはは少女に呼びかけながらも──呼びかける相手だからこそ──少女のことをよく観察していた。

 だから、少女が動いた瞬間に、なのはもまた同時に動くことができた。

 

『Flash move』

 

 ジュエルシードに手を伸ばそうとした少女の前に、なのはが立ちふさがる。先ほどまで大きな声を出さねば届かなかった二人の距離は、今や手を伸ばせば届くほど。

 なのはは少女の目を見ながらもう一度繰り返す。

 

「お願い。あなたの話を聞かせて欲しいの」

「あのチビッ──イッ!?」

 

 主を邪魔する者を排除するために動き始めた使い魔に、ウィルが襲いかかる。ウィルはなのはに注意がいった直後に、すでに上空に飛びあがっており、使い魔が動き始めたと同時に急降下しながらの飛び蹴りを放った。

 使い魔は両手を交差させ防御するが、勢いを殺しきれずに地面に落とされる。追うようにして、ウィルも地上へと降りる。

 

「よそ見するなよ、わんこ。一度言ってみたかったんだよな──お前の相手は、俺だ」 

「ちっ!──狼だよ!!」

 

 空中でなのはとユーノの二人と謎の少女の戦いが、地上でウィルと使い魔の勝負が始まる。

 

 

 

 

 

 深呼吸。短期間だけど、やれることはやった。実戦でも、できることをやるだけだ。

 なのはは二十個ばかりの桜色の光球を生み出すと、辺り一面にばらまく。

 少女は一旦下がって様子を見るが、光球が魔力弾ではなくただのサーチャーだとわかると、それらを無視してデバイスをなのはに向ける。

 金色の大きな光球──こちらは魔力弾を発射するためのスフィア──が少女の周囲に現れる。スフィアからは小さな魔力弾が、機関銃のように発射される。

 

『Photon Lancer full-auto fire』

 

 なのはの肩につかまるユーノが、襲いかかる魔力弾に反応。

 

「ラウンドシールド!!」

 

 なのはと少女の間に、翡翠色の魔法陣が現れる。ミッド式でシールド系魔法と言えばこれ、と言われるほどにオーソドックスな──つまり、完成度の高い魔法。

 ユーノのシールドは飛来する魔力弾を全て防ぎきる。

 ユーノの専門は結界だが、それ以外にも補助系の魔法は一通り行使できる。中でも防御魔法は結界魔法と比較しても遜色がなく、その質の高さはとてもAランクとは思えないほどだ。

 しかし、ユーノが真に優れている点は、原理原則を完璧に修めることで数多くの魔法をデバイスの補助なしで行使できることにある。

 使い慣れている魔法──ウィルなら飛行魔法や強化魔法──なら、デバイスなしでも行使できる者は多い。だが、ユーノは自身が習得している魔法全てをデバイスなしで行使できる。

 魔法を正しく理解し、正しく構築できるからこそできる芸当。そして基礎を修めているがゆえに多少の魔法改良なら自在にできる。

 魔力が高いわけでも、構築速度が速いわけでも、高度な魔法を行使できるわけでもない。基本的な魔法を、その魔法の本来の力を発揮できるように完全な形で行使し、組み合わせることができる。その安定性と手札の多さがユーノの持つ強みだ。

 職歴十年以上のベテラン専門職ならまだしも、十になるかどうかの少年がこれを為すというのは才能云々よりも偏執的なものを感じるほどで、ユーノ・スクライアという少年もまた異常の側にいる存在だということを物語っている。

 

 魔力弾を止められた少女は、淀みなく次の攻撃に移る。

 いくら頑強であっても、シールドには一方向にしか展開できないという弱点がある。予測できない方向から攻撃すれば、シールドは張れない。

 少女の姿がなのはたちの視界から消え、『Blitz Action』というデバイスの声だけが周囲に響き渡る。高速移動からの急襲だ。

 周囲にビルが立ち並ぶこの状況で、その間を高速で飛び回る少女の位置を捕捉し続けることは、なのはにはできない。

 

 

 いつ襲いかかられるかわからない恐怖の中で、なのはは特訓初日のウィルとの会話を思い出す。

 

「もう一度確認するけど、なのはちゃんの目的は何だったかな?」

「あの子の事情を聞いて、話し合うことです!」

「それじゃあ、戦いになった場合の目的は?」

「え……っと、もしもわたしが説得できないなら、その時はウィルさんが使い魔さんを捕まえるまで、あの子と戦いを引き伸ばすこと……ですよね?」

 

 目的を定めることができれば、おのずととるべき行動も定まる。

 

「そう、なのはちゃんは、あの子を倒す必要はない。大切なことは倒されないこと。じゃあ、その為に必要なのは何だと思う?」

「防御ですか?」

「そうだね。なら、何をすればいいかわかるかな?」

「防御魔法の練習?」

「それはユーノ君に任せればいい。練習すれば、なのはちゃんも強力な防御魔法を使えるようになれると思う。でも、他人ができることは、他人に任せるべきだ。自分より上手なら尚更ね。だから、なのはちゃんには()()を担当してもらう」

「で、でも、わたしはまだあんまり速く飛べないし、あの子の動きにはついていけそうにないし……」

「だから、まずは瞬間的な高速移動を練習してもらう」

 

 こうして生み出されたのが、なのはの高速移動魔法フラッシュムーブだ。

 少女が接近してくるなら、フラッシュムーブを行使して距離をとり続る。ある程度の距離があれば、ユーノが反応して防御魔法で攻撃を防いでくれる。怖いのはユーノが反応できないよう攻撃──ユーノの見えない方向からの攻撃や、近距離の連打(ラッシュ)だ。

 

「近づかれたら高速移動で距離を維持。あの子が姿を消したら、とにかくどの方向でも良いから高速移動を使って、とにかくその場から離れること」

「でも、それだと逃げた方向にあの子がいて、やられちゃうってこともあるんじゃ……」

「相手の動きと周辺の地形を把握していれば、ある程度は相手が来る方向はわかるよ。障害物がある地形なら来る方向も絞れるしね。それでも駄目だったら……その時は運が悪かったと思って」

「そんなぁ……何か方法はないんですか?」

 

 ウィルはしばらく思案すると、少し困った顔をしながら言う。

 

「なのはちゃんはサーチャーをたくさん出せたよね? 短期間で身に付くかはわからないけど、ちょっとした小技があるからやってみようか」

 

 

 なのはの動体視力では、高速移動に入った少女の動きを見極めて回避することはできない。たとえ目の前を通られても、せいぜい通ったということしかわからない。

 だが、逆に言えば通ったこと自体はわかる。

 しかも今のなのはの目は両目二つだけではない。サーチャーという二十を越える目からの情報がある。

 

(あの子は三番、十四番、十一番の順で通過──つまり右に移動後、ビルの間を下降ぎみに通りながら、下方向から接近。タイミングは……六番を通った今!)

 

 なのはの思考を言語化すればこうなるが、それを一瞬のうちに閃光のように組み立てて、体を動かす。

 

『Flash Move』

 

 なのはは右に回避する。そのすぐ後に、下から上へ抜ける斬撃──先ほどまでなのはのいた場所、今は何もないただの空を、少女の鎌が刈り取っていった。

 まさか見切られるとは思わなかったのか、少女の顔には驚きが生まれる。

 

 空中に配置したサーチャーをチェックポイントとし、少女がそばを通った順番に結ぶことで移動経路を導き出す。経路がわかれば、どの方向に回避すれば良いのかがわかる。

 回避するタイミングは、自分から近い位置に置いたサーチャーを目安に。それを通過した瞬間──つまり、自分に対して一定距離に近づいた瞬間に動けば良い。

 言葉にすれば簡単だが、少女がなのはに接近するまでの時間は、何秒もかからない。障害の多いビル街だから、少女も全速力で移動することはできず多少は多めに時間がかかるが、だからといってその間に複数のサーチャーからの状況を頭の中で組み合わせ、相手のルートを戦闘で使えるほどに瞬時に導出するのは難しい。

 それができるのは、なのはが持つ才能によるところが大きい。

 

 魔法の才能以外に、なのはが天から与えられたもう一つの才能、空間認識能力だ。

 距離感の把握はもちろん、地図を見て地形を想像できる、建物を複数方向から撮った写真を見て建物を立体的に想像できるという能力。

 なのはは、サーチャーを用いてこのビル街の地形を把握し、さらに少女がどのサーチャーの前をどんな順番で通ったか──という断片的な情報から、少女の移動経路をもおおまかにだが把握できる。

 

 そしてもう一つ。なのはが後天的に得た才能がある。天から与えられたのではなく、自分の力で手に入れた才能が。

 なのははサーチャーの一部を使って、常に少女の行動を観察していた。そして、少女を複数の方向から見ていると、少女が移動を始める前に既になんとなくわかる。

 少女がどの方向に動くつもりなのか。少女が自分のどの部位を狙っているのか。少女がどのようなルートを通ろうとしているのか。

 行動には予兆が存在する。高速で移動するのだから、移動する前に今から自分がどのルートを通るかを確認しなければならない。そして、それは目線や体の向きを追っていれば、ある程度は掴める。そして、いざ動くとなれば、魔法で移動できるとはいえ、習性として移動する方向への重心の変化が現れる。

 そういった複数の情報が、少女がどのルートを通ってどの方向からなのはに攻撃を仕掛けようとしているのかを伝えてくれる。

 これがなのはのもう一つの能力、観察力。

 

 なのはは、幼い頃にずっと家族を見続けていた。自分に手伝えることが少しでもないかを探して。手伝うこともできないとわかった後も見続けていた。他人に迷惑をかけない良い子でいるために。何もできない無力さと孤独に耐えながら、ずっと観察し続けていた。そうすることしかできなかった。

 そして今、鍛えられた観察力が、少女の仮面の奥に隠した悲しさを見抜き、そのために行動するなのはの手助けをしている。

 なのはは不幸に耐え、それでもなお他者を思って行動してきた。その献身と過去という努力が結実し、今のなのはの力となる。

 

 

 

 

 少女に初めて焦りが生まれる。

 遠距離魔法はユーノの防御魔法で防がれる。高速移動からの近距離攻撃はなのはに回避され、攻撃は当たらない上に間合いを縮めることもできない。

 仮になのは一人、もしくはユーノ一人であれば簡単に倒せているはず。なのに、なのはとユーノの二人が揃えばこんなにも厄介な敵になる。

 

 状況を変えるため少女は強引な手段をとる。

 少女はビルの影に姿を隠して詠唱を開始する。

 

「アルカス・クルタス・エイギアス」

 

 ウィルを倒した詠唱魔法。フォトンランサー・ファランクスシフト。四秒間に千を越える魔力弾を発射する、少女が修得している中でも最大規模の魔法だ。

 魔力弾の一点集中。堅固な城門さえ打ち破るファランクス。どれほど強固な守りでも、一斉射撃で撃ち貫く。

 

「疾風なりし天神、今導きのもと撃ちかかれ。バルエ──」

「ディバイン・シューター!」

 

 詠唱を続ける少女に桜色の魔力弾が接近する。そんな大きな隙ができる魔法を、むざむざ撃たせるわけもない。

 少女が身を隠せばサーチャーですぐさま少女の位置を探し出し、二発の誘導弾を放つ。誘導弾の制御もサーチャーの制御も同じ思念制御。サーチャーの訓練をしていたなのはにはこの程度は容易い。

 少女は避ける──が、誘導弾は初めから囮だ。

 

「チェーンバインド!」

 

 誘導弾を避けた先には、なのはがすでに待ち構えていた。肩のユーノから翡翠色に輝くバインドが伸びる。ふいをつかれたせいで避けることもかなわず、少女の体が絡め捕られてしまう。

 が、少女もさるもの。それで終わりはしない。バリアジャケットを構成している魔力を全て、外部に向けて解き放つ。その魔力を用いて、バインドを相殺する。

 代償にバリアジャケットが消失。再構成するまではろくに移動もできず、先ほど回避した誘導弾に狙われれば避けることはできない。

 

 少女は覚悟を決めた。一発や二発くらいなら、バリアジャケットがなくとも耐えてみせる。

 しかし、誘導弾は少女を攻撃しない。なのはにとって、誘導弾はユーノのバインドで少女を抑えるための陽動にすぎず、少女を傷つけるためのものではないからだ。

 

 

 少女の精神が再びかき乱される。絶好の機会だったのに攻撃しない理由がわからない。

 

 ──余裕のつもり? ここで攻撃しなくても、いつでも倒せるつもりなの?

 

 そんなはずはない。地力では少女の方が二人よりずっと上だ。ジュエルシードが欲しいのなら、攻撃しない理由がない。

 

 ──もしかして、彼女たちは本当に、ただ単純に話がしたいだけ?

 

 話をしたいというあの言葉は、まともに戦っても勝ち目が薄いから話し合いでごまかそうだとか、そういう打算に基づいた言葉ではなくて。少女のことを思ってかけられたのか。

 

 ──なぜ?

 

 他人どころか敵の自分にそこまで優しくする理由なんてない。

 少女には、なのはが理解できない。

 

 

 なのはは愚直に何度も、何度でも呼びかけ続ける。

 

「お願い! 教えて欲しいの!」

 

 その声が少女の心をさらにかき乱す。動揺する心を抑えつけるために、その呼びかけを否定する。自分自身に言い聞かせるために多弁になる。

 

「たとえ言ったところで何も変わらない。話し合ったところで、利害が一致しないなら、戦いは避けられない。あの管理局の魔導師はそれをわかっていたから、私と戦った。……あの魔導師には止められなかったの?」

「止められたよ! でも、それでも嫌なの! 何もわからずにただぶつかり合うなんて! それに、利害がどうとかなんて、話してみるまでわからないじゃない! だからわたしたちとお話ししよう!」

 

 少女の心にもう久しく受けていない感覚──心が温かいという感覚が呼び起こされる。なのはの言葉は、少女と敵対したくない、少女を肯定してあげたいと言う気持ち──善意で構成されている。

 いつぶりだろう。いつ、こんな温かさを味わったのだろう。かつては自分もこんな温かさに包まれていたことがあった。

 考えなくてもすぐに思い出せる。少女の人生において無償の善意を与えてくれた者など数人しかいない。そして、その中で一番大きく自分という存在を全肯定してくれた人は、誰よりも一番最初に包み込んでくれた人は。

 

「────ッ!!」

 

 

 

 なおも呼びかけようとしたなのはは、少女の変化に言葉を失った。

 柳葉のように細く端正だった眉は歪み、目には玉のような涙。閉じられていた唇は震え、その奥に見える歯は何かに耐えるように噛みしめられている。頬は紅潮し、体は小刻みに震え、のどから唸るような声が漏れる。

 泣き出しそうな子供が、そこにいた。

 

「ああああああああああああああ!!」

 

 少女は身を裂かれるような絶叫を迸らせ、なのはを睨む。

 

「どうして!? どうして敵のあなたが、優しく声をかけてくれるの! どうして母さんじゃなくて、あなたが!」

 

 認識できないほどの加速で、少女はなのはに一直線に突撃する。鎌がなのはを捉える直前、紙一重でユーノのシールドが発動される。

 しかし、少女の斬撃はシールドを切り裂いてなのはに迫る。

 そこでようやくなのはは我に返り、フラッシュムーブで回避。わずかに回避が間に合わずになのはは腕を切られた。

 細い腕に小さな創傷ができ、うっすらと血がにじみだす。少女は非殺傷設定をやめたわけではない。だが、それが不十分になるほどに混乱していた。

 

 少女は肩で息をしながら、なのはを見る。すがるように、睨む。

 が、頭を振ると、少女はなのはから視線を外す。ユーノはすぐに少女の意図に気がついた。

 

『なのは! 彼女は──』

『わかってる!』

 

 なのはは動き出し、少女とジュエルシードの間に割り込むように入る。。

 少女はなのはの声を意識から遮断した。それどころか、もはやなのはの存在そのものを無視して、ただジュエルシードを手に入れようとする。

 ユーノはバインドを、なのはは誘導弾を利用して阻止を試みるが、攻撃をしのぐのと相手を妨害するのではわけが違う。

 ついになのはたちの妨害をくぐり抜け、少女の手がジュエルシードに伸びる。

 

 

 

 

 

 なのはと少女が戦い始めた頃、地上ではウィルが使い魔と向き合っていた。

 使い魔はただウィルのみを見ており、主人の方には全く視線を送らない。主人への信頼の表れだ。

 

「あんなちびっこで、あの子に勝てると思ってるのかい?」

「どっちもちびっこだろ。まぁ、良い戦いはできるけど勝つのは難しいかな」

「へえ、無駄だとわかってるのにやるっての? 管理局ってのはそんなにお仕事が大切かい」

「無駄じゃないさ。その間に俺がお前を倒せるから」

「言うねぇ」

 

 お互いに拳を握って向かいあう。

 

「あん? あんたの得物は剣じゃなかったのかい?」

 

 不思議そうにする使い魔に嘲笑を向け、指先をくいっと曲げる。

 

「犬を躾けるのに、わざわざ刃物を使う奴がいるか?」

「狼だって言ってんだろ! 二度とそんな口がきけないようにしてやるよ!」

 

 挑発は成功。元から相手も近接戦が得意なタイプだとはわかっていたが、射撃魔法が使えない弱点を見抜かれて距離をとられて引き撃ちされる可能性は下げておきたかった。

 

 使い魔が疾ける。間合いは一足で半分、二足で完全に消失。ウィルは動かずに待ち受けた。

 使い魔は速度の乗った右拳を振るう。ウィルはわずかに顔を右に動かし回避する。と同時に肉体駆動によって、予兆のない左直突きを使い魔目掛けて発射した。使い魔の左手が阻むが、予想外の速度と威力を受け止めきれず、体の軸が崩れてゆらめく。

 しかし、使い魔は片足を軸として、衝撃のベクトルをいなしながら時計回りに一回転し、右の裏拳を放つ。ウィルは上体を反らして回避、後ろに倒れこみながら肉体駆動で右足を動かし、相手のあごを蹴り上げる。

 直撃。使い魔の顔がはね上がる。普通ならこれで決まり。

 

 ぎろりと、使い魔の眼がウィルを捕える。

 受けた衝撃などものともせず、右足を天へと伸ばし、仰向けのウィルに振り下ろす。かかと落としだ。

 勝負が決まったと思って油断していれば一貫の終わりだったが、あいにくウィルもそのような新兵ではない。倒れこむ直前に飛行魔法を唱えており、その体はわずかに浮いていた。かかとがふり下ろされる前に、仰向けのまま地面すれすれを飛行して距離をとる。

 

 距離をとって起き上がろうとした時、空に使い魔の姿を見る。

 使い魔はウィルのいる地点に向かって高く跳びながら、空中で前方に一回転すると、その勢いをも利用して再度かかと落としを放つ。体を丸ごと利用し、全体重を乗せたかかと落としだ。

 しかし、そんな隙の大きすぎる技──体を少しだけずらしてあっさり回避。かかと落としを決められたアスファルトが、粉々に砕け散る。

 ウィルは使い魔が立ち上がる前にローキックを放つが、使い魔は跳び上がって避けながらウィルの側頭部を刈るようにして蹴りを放つ。

 回避は間に合わない。とっさに左腕でかばうも、腕が嫌な音をたてる。威力を軽減できずに吹き飛ばされた。

 

 転がるように吹き飛ばされる最中、飛行魔法で姿勢制御。さらに右手を伸ばして近く街灯を掴み、体を静止させる。

 静止しようと強く握りすぎたのか、街灯を握りつぶしてしまった。後悔しつつそのまま引きちぎると向かってくる使い魔に向かって投擲する。

 人間離れしたウィルの膂力で投げられたそれは槍となって一直線に使い魔に向かう。

 

 使い魔はほんの少し跳び上がり、それを踏み台にしてさらに飛翔し、跳び蹴り。

 ウィルは避けながら飛び蹴りの脚を掴み、蹴りの勢いをそのままに使い魔を地面にたたきつけた。

 そのまま使い魔を踏みつけようとするが、相手も狼に変身してウィルの腕から逃れる。

 

 

 二人は再び、間をあけて対峙する。

 

 ウィルがくらったのは、たった一発の蹴りのみ。

 それもガードした──というのに、その左腕はいまだにしびれがとれない。折れてはいないが、ひびくらいは入っているかもしれない。

 使い魔の格闘技術はウィルよりも未熟だが、その一撃の威力も頑強さもウィルよりさらに上。一撃でもまともくらえば、その瞬間に敗けかねない。

 

(あまりにもタフすぎる! 長期戦になると肉体駆動の反動でこっちに先に限界が来そうだし……安全策はもうやめるか)

 

 一方使い魔も困惑していた。

 肉体駆動を用いたウィルの動きに、どう対処していのかわからないからだ。

 

(あいつの体はどうなってんだい。攻撃の気配が読めないから、まともに当たりやしない……)

 

 

 遠方からは少女たちが戦っている音が聞こえる。なのはがいつまでもつかはわからない。早く決着をつけなくては。

 ウィルは、一か八か、大技にかける決意をする。避けられると隙が大きいので、確実に決めるためにももう一度挑発でもしようか──と思った直後、絶叫がビル街に響き渡った。

 なのはでもユーノでもなく、少女のものだ。

 

(えっ! なに!? なのはちゃんどんな説得したの!?)

 

 そんなウィルの疑問は、対峙する使い魔が代弁してくれた。

 

「あのガキども、フェイトに何しやがった!」

 

 使い魔は胸を押さえながら、激怒していた。使い魔と主は魔力を供給するためのパスが繋がっており、それを通じて主の感情を感じ取ることができるという知識を思い出す。

 使い魔の目に獣の凶暴さが宿る。主の異常を察知して、それを助けに行くために、強引にでもウィルを倒すつもりだ。

 風の速度で駆け、一直線にウィルに迫る。

 

 ──好都合!

 

 ウィルは真っ向正面から迎え撃つ。先に攻撃するだけなら容易だ。ウィルは肉体駆動を用いて、予兆なく、初めから最高速で攻撃できる。

 しかし、ウィルの通常の一撃で相手を倒せないのは、先ほどで証明済みだ。使い魔もそれをわかっているからこそ、こうして捨て身で飛びかかって来た。たとえウィルの攻撃を先にくらっても、それに耐えて確実にウィルに一撃をくらわせる。肉を切らせて骨を断つ戦い方だ。

 一撃で意識を刈り取らなければ、ウィルは負ける。

 

 そのためにウィルが選んだ攻撃方法は、とびひざ蹴りだった。左足で地を蹴る。右足を折り曲げて、膝を前方に突き出す。

 そして最後の仕上げに両足のハイロゥから圧縮空気を噴出させた。音速を突破する加速力を受けて、ウィルの体そのものが弾丸と化す。

 

 右ひざが使い魔のあごを撃ち抜いた。

 

 ウィルは即座に飛行魔法で姿勢を変え、両足を前に出してエンジェルハイロゥの噴射で減速する──が、勢いを完全に殺すことはできず、そのまま前方のビルに窓から突っ込む。ガラスを突き抜けた先のオフィスでぎりぎり止まれたが、ハイロゥから噴出される圧縮空気のせいで部屋の中は滅茶苦茶になった。

 明日オフィスに来た人たちの苦労を思いながら飛び降り、倒れている使い魔に近づく。

 普通の魔導師相手に使うには危険すぎる一撃。

 格闘戦の時の攻撃や防御の強さ、そして使い魔だということを加味して威力を調節したこともあり、使い魔は無事に気を失うだけですんだようだ。

 

 気を失った使い魔を小脇に抱えて、なのはたちの所へ向かおうとしたその時、ビルの間から光の柱が立ち昇った。

 

 

 

 

 

 ジュエルシードを回収しようとする少女と、防ごうとするなのは。両者が同時にジュエルシードに手を伸ばしたことで、封印されていたはずのジュエルシードは再活性を始めた。AAAランクの魔力を持つ魔導師二人の魔力を受けて活性化したジュエルシードから、莫大な魔力が噴出する。

 周囲の魔力素全てが一瞬で揺り動かされ、揺り動かされた魔力素がさらに周囲の魔力素を揺り動かす。大規模な魔力によって生み出される波──魔力波だ。

 巨大な魔力波は、結界を砕き、空の雲を吹き飛ばし、さらには空間自体を揺り動かし始める。

 

 間近で波を受けた主たちを守るため、それぞれの持つインテリジェントデバイスが、自動で防御魔法を唱えた。

 波は防御魔法をも破壊し、デバイスを半壊させて、なのはと少女を吹き飛ばす。

 少女はデバイスが使えなくとも、自分の飛行魔法で姿勢を制御し、無事に地面に降りる。

 なのははレイジングハートの補助がなくなったせいでふらつくが、空中でフェレットから人間に戻ったユーノに抱きかかえられ、無事に地上に降り立った。ユーノはなのはを助けると同時に、壊れた結界を再度張り直す。

 

 ジュエルシードはいまだに活性化のまま魔力を吐き出し続ける。

 少女は壊れかけたデバイスを待機状態にすると、ジュエルシードの元に駆けつけ、素手で封印を試みる。しかし、暴走する魔力を抑えきれず、握る両手を中心にバリアジャケットが破れていく。

 ジュエルシードから迸る魔力は、少女の体内の魔力にも影響を与え、全身に内側から刺し貫かれるような耐えがたい激痛が走る。

 

 その少女の両手に、そっと両手が添えられた。

 少女が顔を上げると、そこにはなのはの姿。なのはもまた、自身の魔力を送り込み、ジュエルシードを封印しようとする。

 そして、二人の少女の傍にはユーノが立ち、少女たちを包み込む空間を形成する。温かな光に包まれ、少女たちの痛みを和らげる。

 『ラウンドガーダー・エクステンド』──肉体と魔力を回復させる、ユーノのオリジナルスペル。

 ほどなくして、ジュエルシードは封印された。

 

 

「えへへ……大丈夫?」

 

 なのはのバリアジャケットは、少女と同じようにぼろぼろ。しかし、なのはは気にせずに少女に笑いかける。

 笑みを向けられた少女は、疑問を口にする。

 

「どうして……? どうして、あなたはそんなになってまで私を気にしてくれるの? 私とあなたは出会ったばっかりで何の関係もないのに」

「気にするよ。だって、そんなに悲しそうなんだもん」

「それだけ、なの?」

 

 目の前にいる少女はたったそれだけのことで自分に優しくしてくれる。それが嬉しくて、悲しくて、また泣きそうになるのをこらえる。

 

「私は……私の名前は、フェイト・テスタロッサ」

「え? え……っと、フェイトちゃんって呼んでもいいかな?」

 

 少女──フェイトはうなずきながらおずおずとしながらも言葉を続ける。

 

「私はジュエルシードを集めないといけない──それは絶対に譲れない。……でも、そんな私でも、あなたたちと話をしてもいいかな?」

 

 なのはは言葉の意味をすぐには理解できず、ポカンとしていた。数秒たって、ようやく理解すると、跳び上がって喜んだ。

 

「もちろん! それじゃあ早速ウィルさんと使い魔さんを呼んで来ないと──」

「呼んだ?」

 

 なのはたちの近くにあるビルの壁の裏から、ウィルの声が聞こえた。

 

「わっ! いつからそこに!?」

「なのはちゃんとその子が向かいあって話しているところから……なんだか良い雰囲気で、邪魔しちゃ悪いかと思って」

 

 片手で使い魔の襟首をつかみ、ずるずると引きずりながら、近づいてくる。

 

「アルフ!」

 

 ぐったりとしている自らの使い魔に、フェイトは顔を青くしてその名を叫ぶ。

 駆け寄ってくるフェイトに、使い魔を──アルフを見せる。

 

「安心してくれ、命に別状はないよ。軽く看てみたけど、怪我もほとんどない。どれだけ頑丈なんだ」

「良かった……」

 

 本当に良かったと、ウィルも胸をなでおろす。

 人工生命である使い魔でも生命に変わりはなく、命には代わりはない。それを損なうような真似はしたくないし、たとえ犯罪者であっても目の前の幼子から大切な存在を奪うようなことまではしたくない。

 打算的なことを言えば、優秀な使い魔を作った魔導師は使い魔に提供するために自分の魔力をそがれてしまうのだが、これだけの使い魔を作ってなおフェイトはウィルと渡り合うほどの力を持っていた。

 もし使い魔に何かあれば、使い魔という()を外した恐るべき魔導師を相手にするはめになっていたかもしれない。

 

 フェイトは使い魔の無事を確認してほっとして体の力が抜けたようで、その場に尻もちをつく。

 ウィルは彼女がはっきりと感情を現わしているのをみて驚く。先ほどまで無表情だったのにこの短期間に何があったのか。今の彼女は年相応の少し気弱な女の子に見える。

 

「さてと、一応こいつは人質だ。こっちの要求を聞いてくれれば、きみに返そう」

「……ジュエルシードなら渡します」

「そんな大それた要求じゃないよ。こっちの要求はさっきから伝えている通り。でも念のためにもう一度言おうか。──さあ、なのはちゃん。どうぞ」

「わたし?」

「なんかさ、ここで俺が言うと、おいしいところを持って行ったみたいじゃない?」

「そ、それじゃあ……」

 

 こほん──と軽く咳をして、なのははあらためて少女に向かいあう。

 

「わたしたちと、お話ししよう?」

 

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