復讐の炎がこの身を焼き尽くす前に   作:上光

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後悔しない選択を

 なのはが日常に戻ってから数日がすぎた。

 

 その日、高町夫妻は翠屋、子供三人は学校で、高町家にはユーノ一人が留守番として残されていた。

 これまでは毎日ジュエルシードの捜索のためにウィルと一緒に出歩いていたが、管理局に全てを任せると決めた以上、やることはない。

 

 窓から見える空模様はコンクリートを溶かしこんだような陰鬱な塩梅。なのはは傘を忘れずに持って行ったかなとユーノが心配した時、玄関が開き、なのはが帰ってきた。

 

「おかえり」

「うん……ただいま」

 

 声には張りがなく、眉は八の字。落ち込んでいることがまるわかり。ユーノが何か話す前に、自分の部屋へと上がって行く。

 なかなか降りてこないなのはが心配になり、部屋の前まで行きドアをノックする。

 

「なのは、入って良い?」

「…………いいよ」

 

 返事を待ってドアを開けると、なのはは着替えもせずに、ベッドに仰向けに寝転がっていた。

 

「どこか具合でも悪いの? それとも、学校で何かあった?」

 

 なのははゆっくりと上半身を起こすと、悲しげに笑う。

 

「ちょっとアリサちゃんに怒られちゃって」

「喧嘩したの? どうして?」

「多分、わたしが最近うじうじしてたからだと思う」

 

 なのはは月村邸での会談の後から、ずっと心ここにあらずといった様子。ユーノがアースラに行かず高町家に残ったのも、それが原因の一つだ。

 ユーノだけではなく、なのはに親しい者は薄々気付いていた。そして詳細はともかく、何について悩んでいるかもおおよそ想像はついていた。

 

「やっぱり管理局を手伝いたいから?」

「うん。……ううん。わからないの」

 

 士朗や桃子は少し考える時間を与えた方が良いと言っていたが、こんなさまを見て放っておくことはユーノにはできなかった。学習机の椅子に座り、ベットに腰掛けるなのはと向き合う。

 

「なのはが悩んでいること、僕に話してみて。うまくアドバイスできるかわからないけど、相談にのるくらいはできると思うから」

 

 なのはは迷うような素振りを見せた後、ぽつりぽつりと話し出した。

 

「わたし、魔法に出会えたことがうれしかったんだ」

 

 それを皮切りに、なのはは幼い頃の自分のことを語り始める。父親の士朗が大きな怪我を負って入院したこと。変化した家庭と、その中で自分が感じたこと。それから、人の役に立ちたいと願うようになったこと。

 

「小さい頃のわたしは、人を助けたいって思ってもなんにもできなかったの。それが嫌で、頑張ってたくさんの人を助けることのできる大人になろうって思ってた。でも、最近怖くなっていたの。このまま大きくなってもたくさんの人を助けられるようにはなれないんじゃないかって。お父さんとお兄ちゃんはすごいんだよ。とっても強くて、いっぱい困った人を助けてる。お姉ちゃんだってそう。お母さんは……言わなくても、ユーノ君ならわかるよね」

 

 ユーノはうなずいた。翠屋の客の顔を見ていれば、桃子がどれだけの人を笑顔にしているのか、どれだけの人を助けているのか、わからないはずがない。

 

「わたしもみんなみたいになりたいって思ってた。でも、できることが増えるたびに、みんなとの差がはっきりとわかるの。わたしは運動なんて全然できないし、料理だってあんまり上手くない。みんなみたいにはなれない。それがわかったら、何を目指せば良いのか、わからなくなったの。アリサちゃんやすずかちゃんは、わたしと同じ年なのに、ちゃんと自分の道を決めているのに……わたしだけ、いったい何をしたらいいのかわからなかったの」

 

 それがなのはの迷いで、緩やかに心を蝕む恐怖。いつだって願いこそが恐怖と絶望を生みだす原因だ。

 頑張れば何にだってなれる──大人が子供によく言うその言葉は、論理的には間違っていても、頑張らなければ何もなせない以上助言としては間違っているわけではない。が、その小さな可能性を信じて何年にもわたって努力し続けることはとても難しく、怖い。

 なのはの目的がただ一つの道しかない確固たるものであれば、いくら可能性が小さくとも迷うことはなかっただろう。なのはには小さな可能性を信じて突き進む強さがある。

 しかし人を助けるという漠然とした目的は、達成する手段も溢れている。父のように力で人を守る道を選ばなくても、母のように料理で人を笑顔にさせる道を選ばなくても、医者でも、弁護士でも、教師でも、福祉士でも良い。

 自分は一度きりの人生で、どの道を選べば良いのか。もしも自分に合わない道を選んでしまったら、どれだけ努力をしても、何にもなれずに終わってしまうのではないか。そう考えてしまうと、怖くなり動けなくなる。

 

「だけど、ユーノ君とレイジングハートに出会って、魔法の力を手に入れて……やっとわたしも人を助けることができた。こんなわたしでも、誰かの役に立てることが、他の誰にもできないことができるようになれたんだ」

 

 その時のことを思い出し、なのはは一片ほどの笑みを浮かべた。

 彼女の目には魔法がとても魅力的に映った。これ以上なくわかりやすい形で明確に人を助けることができる。父や兄にだってこんなことできやしない。魔法という自分だけの道が見つかったような気がした。

 しかし欠片のような笑みは儚く溶けて消えた。

 

「でも、今はどうしたらいいのか全然わからないの。今までみたいに力になりたいんだけど、こんな大きな事件で、ウィルさんとかクロノ君とか、管理局の人たちがいるのに、わたしが手伝っても何の役にも立たないんじゃないかなって。もし役に立たなかったら、わたしはやっぱり、魔法でもたいしたことないって言われる気がして。そう考えたら、とっても怖くて、どうしたらいいのかわからなくなって、手伝いたいって言えなくなって……えへへ、変なこと言ってごめんね」

 

 なのはの悩みは、生まれながらにしてスクライアとして生きることを目指していたユーノにはわからない。なのはが自身の魔法の才はたいしたことないかもしれないと恐れるのも理解できない。

 なのはの魔法の才能はずば抜けていると言っても良い。スクライアでも、魔法学校でも、これほど自在に魔力を操る子を見たことがない。

 でも、管理局というプロフェッショナルが到着した今、できることがあるのかと聞かれれば断言できない。

 それにユーノ自身、なのはにはあまり管理局を手伝ってほしくない。でもそれはなのはには危険なことをして欲しくないというユーノの考えにすぎず、なのはの気持ちを考えての言葉ではない。

 

「なのは……僕は──」

 

 ユーノが何でも良いからとにかく話そうとした時、二人は叩きつけるような強烈な魔力波を感じた。

 いったい何個のジュエルシードが発動してたのか。リンカーコアを直接揺さぶられるほどの振動に怖気が止まらない。

 魔力波はすぐに消えた。管理局かフェイトか、どちらかが結界を張って外部への影響を遮断したのだろう。

 

 なのはは反射的に動こうとして、しかしレイジングハートを握りしめたまま動けずにいた。

 もしもユーノが「大丈夫だよ、きっとウィルさんやクロノさんが、管理局が何とかしてくれるよ」とでも言えば、なのはが行くことはないだろう。

 でも、本当にそれで良いのだろうか。

 

「すごい規模だね。これだけ大きいと、管理局が気付いて向かっているはずだ。僕たちが行かなくても、きっと大丈夫だよ」

 

 止めるような言葉を発し、その後にもう少し。多くを付け加えるわけではなく、ただ一言。

 

「でも、後悔しない?」

 

 なのははその問いかけに、体を震わせた。やがてなのははドアではなく窓を向く。その姿にユーノはなのはの意思を理解した。

 

「行くつもり?」

「うん」

「今回はすごく危険だよ。多分、今までとは比べものにならないくらい」

「前に、男の子がジュエルシードを持ってたのに、気のせいだって思って何もしなかった時すごく後悔した。ここで行かないとまたあの時みたいに後悔しそうなの。それはもう、いやだなって」

 

 なのはの眼には久しぶりに強い決意がうかんでいた。ユーノは嘆息をもらしつつこれで良いとも感じた。なのはがこれ以上落ち込むのは見たくない。それに危険だと言うのなら誰かが守ってあげれば良いだけだ。

 

「わかったよ。なのはがそう言うのなら、僕も行く」

「ユーノ君は無理に付き合わなくて良いんだよ。わたしのわがままなんだし」

「僕も自分がやりたいことをやるだけだよ。僕はなのはを守りたい。だから僕になのはを守らせて」

 

 数秒置いて、なのはの顔が真っ赤になる。

 ユーノ自身も自分の発言の恥ずかしさに顔を赤くするが、自分の決断に満足していた。

 

「え、えっと……そうだ! 行く前に、お母さんに連絡しないと」

 

 なのはは慌てて携帯を取り出すと、翠屋に電話をかける。手短にこれから出かけること、危険なことにまた首を突っ込むことを告げると、携帯を切ってポケットにしまう。

 

「それじゃあ行こう、ユーノ君!」

 

 なのはは、バリアジャケットを身に纏うと、窓を開ける。同時にユーノが人目払いのために結界を張り、二人は空に飛び上がる。

 そして、ジュエルシードの気配がする方──海へと一緒に向かった。

 

 

 

 意気込んで向かった先。海上に張られた広域結界の中は、二人の予想をはるかに超える光景が広がっていた。

 上空を厚い雲に覆われた海上は、日中でも月夜の晩程度の明るさで、不規則に吹き荒れる暴風が全てを薙ぎ払う竜巻を発生させている。巻き上げられた海水は意思を持っているかのように蠢く。空から降り注ぎ、海から昇り、横から叩きつけ、四方八方から水が襲い来る。

 

 死の予感に、二人は入ったばかりの場所で止まってしまった。ジュエルシードを封印するには、ここから先に行かなければならない。ここでさえ風のせいで姿勢を保つのが精一杯で、雨で目がほとんど開けられないのに、なお先に進まなければならない。

 ユーノは恐怖を覚えながら、隣のなのはを見た。なのははユーノよりも、もっとおびえていた。おびえながらも、一点を見つめていた。

 暴風の中心で、見覚えのある金色と橙色の魔力光が煌めいている。

 なのはは風雨の影響を減らすようにバリアジャケットを調節すると、中心地に向かって再び飛び始めた。ユーノは離れないように急いでその後について行く。

 

 風に耐えつつ近づいた先にいたのは、二人が想像した通り、フェイトとアルフだった。

 風に煽られながらも懸命に嵐を抑えようとしているが、肝心のフェイトの消耗が激しく、余力の残っているアルフに支えられていなければ今にも飛ばされてしまいそう。

 なのはは彼女たちの元へと飛び寄ってアルフと一緒にフェイトを支え、ユーノはアルフに質問する。

 

「これはジュエルシードのせいで?」

「あ、ああ。海に魔力流を流し込んで、海のジュエルシードを見つけるつもりだったんだ。でも無理だった。海流かなんかのせいだと思うけど、残りのジュエルシードが想像してたよりも近くに固まっていて、あたしたちだけじゃとうてい抑えられる規模じゃなくなったんだよ。ごめんよ、なのは。このままじゃ、あんたたちの街を危険にさらすことになっちゃう」

「後はわたしたちに任せて、アルフさんはフェイトちゃんを連れて離れてください」

 

 なのははレイジングハートを構えてユーノと二人で嵐に立ち向かおうとするが、当のユーノはそれを押し留める。

 

「駄目だよ、二人にも残ってもらわないと」

「どうして!? フェイトちゃんはもう倒れそうなのに!」

「リンディさんが言ってたことを思い出して。ジュエルシードは周囲の魔力に反応して活性化するんだ。全てのジュエルシードをまとめて封印しないと、他のジュエルシードのせいで封印が破られてしまう。でも、僕となのはだけだと六個のジュエルシードを一度に封印するなんてできない。フェイトの力も必要だよ」

「無理だよ!」アルフが叫ぶ。 「もうフェイトの魔力は残り少ないんだ。これ以上消耗したら倒れてしまうよ!」

 

 たしかにフェイトの魔力はかなり減少しているが、ユーノの見立てではまだ身体に異常は出ていない。ブラックアウト──魔力を短期間で大幅に失うことで意識を喪失する直前だが、魔力さえ元に戻れば再び動けるようになるだろう。

 

「だったら魔力を回復させれば良いんだよ」

「そ、そういえば、あんた回復魔法が使えるんだっけ。それで──」

 

 ユーノは首を横に振る。

 ユーノの回復魔法は、あくまで自然治癒を強化するもの。リンカーコアを強化して大気中の魔力素の吸収を促進させるだけで、すぐに効果があるわけではない。普通でさえ完全な回復には数十分はかかるうえ、このように魔力素が荒れ狂う嵐の中では、おちついて魔力素を取り込むこともできない。

 

「じゃあ、どうすれば良いのさ!」

 

 アルフは怒鳴り声はもはや悲鳴に近く、声には涙がにじんでいる。

 ユーノは冷静に、考えた案を口に出す。

 

「なのはの魔力をフェイトに与えるんだ」

 

 なのはとフェイトの魔力量はほぼ同じ。むしろ使い魔にリソースをふっているフェイトよりは、なのはの方が多いくらいだ。

 

「でも、わたしはそんな魔法は知らないんだけど……」

 

 なのはがおずおずと声をあげる。

 問題点は、なのはがそういった魔法を知らない、そしてレイジングハートにもそんな魔法プログラムはインストールされていないこと。

 感覚だけでも魔法を構築できるなのはなら、今から即興で魔法を構成することもできる。だが、即興で作られた魔法は構成が粗い。魔力の譲渡をおこなう魔法は、ダメージを与える攻撃系魔法よりもさらに慎重な構築が必要とされるので、感覚で魔法を構築するのは論外だ。

 理論を理解し基礎が完璧であるユーノなら、今から完全な魔力移譲魔法を構築することも可能だが、彼の全魔力でどうにかなるのなら、そもそも最初からユーノ自身が封印する。

 しかしそれらの問題は間にもう一人、いやもう一機を挟むことで解決する。

 

「大丈夫。僕が今からプログラムを作って、レイジングハートに送る。なのははそれにそって魔法を使ってくれれば良い。ただ、なのはにとっては初めての経験だから、正確に発動させるのは難しいと思う。レイジングハートには僕のプログラムを解析して、なのはの魔法構成を修正してもらいたいんだけど……できる?」

 

 構築と行使を別々の人間がおこなうのが、ユーノの考えた解決策。

 魔法を発動させる過程を一枚の絵画に例えるなら、即興の魔法構築は下書き(プログラム)を描かずに、ペンで直接描くようなもの。

 今回はユーノが下書きをして、なのはが下書きをなぞって完成させる。絵のさまざまな技法を知らないなのはでは、ユーノの下書きを完全にトレースすることはできないから、レイジングハートがなのはの手をとって描くのを助ける。

 そのためには、レイジングハートがユーノの描き方に熟知している必要があるが、

 

『Too easy. I remember your structure of magic well, my masters. (簡単ですよ。マスターたちの魔法構成はしっかりと覚えていますから)』

「そうだったね」

 

 なのはに貸しているとはいえ、ユーノもまた、レイジングハートのマスターだ。何も問題はない。

 

 ユーノは早速魔法を構築しようとするが、こちらの体を持って行こうとする暴風に集中力を削られる。さらに時折一際大きな竜巻が接近してくるので一旦構築を止めて回避する必要があり、思ったように進まない。

 突然、ユーノたちの体、正確には胴がバインドで縛られる。だがそれは、動きを封じるものではなく、逆にバインドのおかげで体が空間に固定されて安定する。

 リングバインド──空間固定型バインドの基本魔法。

 そして、接近する竜巻もまた、縄のようなバインドで縛られて手前で停止する。

 チェーンバインド──術者を起点にして対象を縛り付ける、これまたバインド系の基本魔法。

 バインドの色は橙。この薄暗い空間の中で、太陽のように温かな光を放つ。

 ユーノたち三人の前に、アルフが仁王立ちする。そして、彼女は胸の前で両拳を打ちつけて笑う。先ほどまでの泣きそうな顔はどこにいったのか。野生の狼のように攻撃的な、それでいて頼もしく思えるような笑みだ。

 

「守りは任せな。準備ができるまで、三人きっちり守りぬいてみせるさ」

 

 頼もしい後ろ姿。ユーノは意識を集中させ、プログラムの構築を再開する。

 単に組むだけではなく、なのはがトレースしやすい形にする。難しいことではない。なのはに魔法を教えていた時に、なのはがどんなふうに魔法を構築し行使するのかは把握している。教える生徒の得手不得手──傾向を知るのは教育の基本。

 幾度目かの迫りくる竜巻をアルフが食い止め、ついに魔力移譲魔法『ディバイドエナジー』の魔法プログラムの組み立てが完了する。

 

「できたっ! 送るよ、レイジングハート!!」

 

 ユーノはレイジングハートにふれ、プログラムをインストールさせる。レイジングハートのコア、赤い宝石の部分が明滅する。

 

『Received. It's a good one.』

 

 なのはが掲げるレイジングハートを中心に魔法陣が宙に浮かび上がる。続けて、なのはの体からあふれる桜色の魔力光。

 

「わたしの力をフェイトちゃんに……届けてっ!」

『Divide energy.』

 

 魔力はレイジングハートを介して、フェイトのバルディッシュへと流れ込む。そして、バルディッシュからフェイトへと。

 流れ込む魔力が止まった時、フェイトは一人でしっかりと空に浮いていた。

 

「ユーノ、アルフ、それになのは……ありがとう」

『Thanks a lot.』

 

 バルディッシュが再び展開。槍状に変形し、四枚の光翼が生える。

 レイジングハートも同様に槍状に、そして二枚の光翼。

 お互いに最も出力の高い形態へと姿を変える。

 

「ディバインバスター!!」

「サンダーレイジ!!」

 

 桜色と金色の光が絡み合い、海中に吸い込まれた。

 

 

 

 嵐はすっかりやみ、厚い雲も拡散して、雲の切れ目から太陽の光が差し込んでいる。薄明光線、天使の階段とも呼ばれる現象は、達成感も相まって目を奪われるほどに美しかった。

 海面からわずかに上、封印されたばかりの六つのジュエルシードが浮かんでいる。

 

「なのはのおかげで助かった。ありがとう」

「にゃはは、わたしはあんまり……ユーノ君がいなかったらなにもできなかったの」

「ユーノにも感謝してる。もちろん、アルフにも。でも……ジュエルシードは譲れない」

 

 フェイトがこんな危険なまねをしたのは、ジュエルシードを手に入れるため。なのはがそれを止めようとするのなら、ぶつかり合うのは必然。

 

「あのね、そのジュエルシードはすごく危険なものなんだよ。わたしにはよくわからなかったんだけど、管理局の人が言うには、ジュエルシードを使ったら次元断層っていうのを引き起こしかねないんだって」

 

 アルフが驚愕に目を見開き、勢いよくフェイトを見る。ジュエルシードがそこまでの危険性を持つと初めて知った様子だ。

 

「やばいよ、フェイト。あいつがなんのつもりでこれを集めろって言うのかわからないけどさ、これ以上そんなものに手を出したら──」

 

 フェイトはアルフの言葉に首を振って否定し、なのはにバルディッシュの矛先を向ける。

 

「わたしはフェイトちゃんと戦いたくないよ」

「私もなのはと戦いたくない。でも、お互いに引けないなら戦うしかないんだ」

 

 魔力流を発生させ、初めから嵐の中にいたフェイトは、なのは以上に疲労している。

 だが、そんなことは何のアドバンテージにもならないほど、両者のモチベーションは隔絶している。

 バルディッシュの先端をなのはへと向けているフェイト。本当は戦いたくなくても、その思いを塗りつぶしてでも戦う決意が彼女にはある。

 レイジングハートを胸の前で抱えて震えるなのは。そこには決意などない。ただ困惑し、迷っているだけ。今のなのはとフェイトが戦えば、なのははなすすべもなく敗れる。

 ユーノはなのはを守れるように身構えながらアルフにも注意を払う。しかしアルフも見た目は身構えてはいるものの困惑を隠せずにいて、視線はフェイトとなのはの間を行ったり来たりと彷徨っている。

 

 緊張が高まり爆発する直前、両者の間の空間が揺らいで赤髪の少年が出現する。

 

「悪いけど、喧嘩は止めてくれるかな?」

 

 両者が共に見覚えのある人物──ウィルだ。

 

「ウィルさん!」

「遅れてごめんね。みんながいてくれて本当に助かった」

 

 いつもと変わらぬ笑顔を浮かべるウィル。

 だが、本来なら管理局こそがイの一番に駆けつけていなければならない。局員であるウィルがこんなタイミングで現れたことは、一つの事実を指し示していた。

 

「……ずっと見ていたんですか」

 

 ユーノの言葉にウィルはばつが悪そうに目を逸らした。

 敵に──フェイトたちに封印を任せ、消耗したところで現れる。理屈ではわかる。それが最善であると言うことも。だが、心では納得がいかない。

 

「抵抗はしないでね。暴れるようならすぐにでも執務官や武装隊が来て取り押さえることになっているから。俺が一人先鋒として来たのは、なるべく穏便に、できれば戦わずに投降してもらうためだから」

「だからって、僕たちが──」

「あともう一つ理由があってさ」

 

 ユーノが反発した時、待て、と言うかのようにウィルは手を前に出した。そしてそのまま人差し指を立てて上空を指し示す。と同時に、海上に雷鳴が響き渡り始めた。雲は晴れたはずなのに、なぜ?

 ウィルにならって空を見上げると、雲の隙間のその向こうに極彩色の闇が見える。闇の正体は次元空間。空間を歪めて、次元空間とこの世界が繋げられていた。

 その向こうに見えるのは山のように巨大な何か。そこから、紫色の稲光。

 

 全員が気をとられていたその隙に、ウィルはすでにユーノのそばまで来ていた。

 

「やっぱり来たか。逃げるよ」

 

 ウィルはなのはとユーノを片手でまとめて抱え、そしてフェイトとアルフをもう片方の手で掴もうとする。だが、フェイトはウィルに掴まれる前に、ジュエルシードの方に向かって飛び出し、アルフもそれを追うように移動したため、その手は空を切った。

 ウィルは一瞬のためらいを見せるも、それ以上二人を追おうとせずにハイロゥを作動させ、ユーノとなのはを抱えて一気にその場を離れる。

 ほんの三秒で六百メートルほど移動。直後、先ほどまでいた空間に雷が落ちた。威力は恐ろしく高いわけではないが、消耗しているなのはやユーノに直撃していれば、間違いなく意識を持っていかれたはずだ。

 

「次元跳躍型広域魔法。オーバーSの神業だな」

 

 ウィルは顔色一つ変えていない。そして口ぶりからも、これはウィルにとって予測していたことにすぎないとわかる。

 雷が消えるとフェイトたちの姿は海上から消えていた。

 

「さて、いろいろ説明したいしアースラに来てくれるかな。フェイトちゃんのことなら心配いらないよ。彼女たちがどう動こうが、この事件はすぐに終わるから」

 

 

 

 

 

 アルフは次元空間に存在する本拠地『時の庭園』に帰って来ると、まず部屋にフェイトを運んで寝かせた。

 フェイトはジュエルシードを取ろうとしたが、雷に直撃して意識を失った。幸いフェイトの命に別状はなかったが、それでもアルフの心には抑えきれない猛りがあった。

 アルフがここに転移した理由は逃げるためだけではない。それなら海鳴で拠点にしているマンションに逃げれば良かったのだから。

 

 部屋を出て、玉座の間──彼女たちに命令を下す、フェイトの母親のいる場所に向かう。

 薄汚れた暗い通路を進み庭に出る。植物のほとんどは枯れ果てている。雨も降らないような次元空間で、手入れもせずに長い間放置されればほとんどの植物は生きていけない。

 アルフは歩きながらおもむろに片手を振るい、その指先に触れた彫像が砕け飛んだ。

 

「あのババア……!」

 

 一際大きな扉の先は大広間になっており、中心には玉座とも言えるような椅子が一つ。ここが玉座の間。かつては貴い身分の人間の別荘だったと言われる、時の庭園。在りし日は訪れる者がここで庭園の主に拝謁したという。

 その椅子には女性が一人座っている。怜悧な刃物をさらに削って作った針のような鋭さを感じる女だ。美しい女だが、病的なまでに青白い肌は生者には──まっとうな人間には思えない。

 腰まで伸びる黒色の髪は天然のウェーブがかかっていて、暗い海を連想させる。髪と同色の黒いドレスは遠目に見ても上等だとわかるが、普段着に用いるものではない。だがこの女はいつもこうだ。家族であるフェイトの前でも、こんな仰々しい衣服──いや衣装を身に纏っている。まるで君主が配下に接するように。

 彼女こそフェイト・テスタロッサの母親。そしてフェイトにジュエルシードを集めるように命令した首謀者。プレシア・テスタロッサ。

 

 プレシアはアルフを一瞥すると、表情一つ変えずに問いかける。

 

「ジュエルシードはどうしたの?」

「あんな石ころを拾う趣味なんてないさ。食えないもんなんて、犬でも拾わない」

 

 アルフはジュエルシードを回収しなかった。あんな物はもう必要なかったから。

 

「ふざけているの」

 

 苛立ちを隠さないプレシアの言葉には答えず、逆に問う。

 

「なんでフェイトを巻き込んで……」

「そんなことを怒っているの? 広域魔法を敵だけに狙って当てるなんて、できるわけがないわ。少しは行動する余裕を与えたのに、避けられなかったあの子が鈍かっただけのことよ」

 

 なんの感慨も持たない声に、抑え込んでいた感情が噴き出す。

 

「そんなことを聞いているんじゃないよ! なんでフェイトを巻き込んで、そんなに平然としてるんだ!!」

 

 あふれる衝動を拳にのせ、アルフはプレシアに突撃する。が、その手前で設置型のバインドに身体を捕えられる。アルフを見るプレシアの瞳は、実験動物を見る科学者のように何の感情も浮かんでいない。

 

「なんのつもりかしら」

「ようやくわかったのさ……あんたはフェイトの敵だ! もっと早く決断するべきだったよ! あんたといると、フェイトが壊れてしまう!」

 

 もう我慢が出来なかった。このままフェイトが使い潰されていくのを、ただ見ていることはできない。

 使い魔として生まれた時、死ぬまで共にいると、守り続けると誓った。騎士のように、家族のように、彼女と共に在ると。その矜持をアルフは示す。

 

「だから、あんたを倒して管理局に引き渡す!」

 

 フェイトはプレシアから、ジュエルシードの詳細を教えられていなかった。ロストロギアであること、そして実際に回収する時の経験から危険な物だとはわかっていたが、先ほどなのはから聞いたような、世界を危機に陥らせるほどの物だとは知らなかった。

 ここでプレシアを倒して管理局に引き渡して自首すれば、真実を知らずに利用されていたのだと弁明できるかもしれない。使い魔の功績はフェイトのものとなり少しは減刑されるだろう。ウィルも協力するなら口利きはしてくれると言っていた。

 逆に、なのはから危険性を教えられた今、なおも管理局に逆い続ければもはや言い逃れはできず罰は一気に重くなる。

 だから元凶はここで狩る。

 

「それは、あの子が命じたの?」

「違う! あたしが考えたんだ!」

 

 力尽くでバインドを破り、振りかぶった右の拳をプレシアにふるう。

 しかしそれはプレシアの手前で止まっていた。二段重ねのバインド。

 

「そう。あの子は使い魔を作るのが下手ね。こんな──」

 

 プレシアの右手に、紫色の魔力弾が生成され、バインドごとアルフを飲み込んだ。アルフは十メートルほど吹き飛ばされて背中から壁に叩きつけられ、反動で前のめりに倒れる。天然石を用いた硬質的な床に額をこすりつけるように倒れ伏す。

 アルフを悠然と見下ろしながら、プレシアは感情のこもらない淡々とした声で語る。

 

「こんな余計な感情を持ったものを作ってしまうなんて。使い魔は使用用途に応じて必要最低限の思考能力だけ与えれば良い。こんなに感情機能に割り振っていては、消費する魔力量の割に合わないわ。やっぱり間違った物からは間違った物しか生まれないのね」

「どういう、意味……だい」

「知る必要はないわ。それじゃあ消えなさい。失敗作を二つも置いておくほど、私は寛容ではないの。フェイトには逃げたとでも言っておくわ」

 

 身体を動かそうとするが、顔を上げてプレシアを睨むだけで精いっぱいだった。

 ここで自分が死んだら、フェイトはまたプレシアの命じる通りに動く。ブレーキのない車のように壊れるまで走り続ける。自分が殺されることよりも、その未来予測がアルフを絶望させた。

 アルフには願うことしかできない。誰でも良いからフェイトを助けて下さい、と。

 

「そこまでだ!」

 

 アルフの前に誰かが現れた。その誰かはシールドを展開し、プレシアの魔法を防ぐ。もっとも完全には防げなかったようで、壁に叩きつけられる。

 アルフはその人を見る。青年だが、その顔に見覚えはない。しかしその格好は管理局──確か、武装隊の。

 

 玉座の間に次々と人が現れる。先ほどの青年を含めて、その数十名。みな武装隊の格好をしている。

 青年も立ち上がり、十人がプレシアを囲む。そのうちの一人がデバイスをプレシアに突きつけたまま、慎重にアルフを抱え起こす。

 隊員の一人が告げる。

 

「プレシア・テスタロッサ。時空管理法違反、および管理局艦船への攻撃容疑であなたを逮捕します」

 




次回は少しだけ時間が巻き戻って、数日前のアースラの艦内になります
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