復讐の炎がこの身を焼き尽くす前に   作:上光

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僕たちの父

「ウィル君、聞こえる?」

『ああ。見えているとは思うけど、なのはちゃんとユーノ君も無事に保護したよ』

 

 アースラのエイミィから、海上のウィルへと通信が繋がる。

 六つのジュエルシードが活性化していた時は、荒れ狂う魔力が通信妨害となり映像も音声もノイズだらけだったが、封印と共に周囲の空間は正常に戻りつつある。

 

『ところで、フェイトとジュエルシードはどうなった?』

「二人とも転送魔法で逃げたみたい。逃げる前にフェイトちゃんが次元跳躍魔法に当たって気を失っていたのが気になるけど。あれじゃあ当分は戦えないだろうね。よっぽど慌ててたのか、ジュエルシードがそのまま放置されちゃってるの」

『わかった。回収してくるよ』

「それが終わったら、なのはちゃんとユーノ君を連れてアースラに戻ってきてくれるかな? それからいやなお仕事だけど、二人に事情を説明してほしいんだけど……ダメ?」

『気がすすまないなぁ』

 

 苦笑いを残して、ウィルはなのはたちを連れてジュエルシードの元へ移動し始めた。

 

「ごめんねー。後で埋め合わせはするから」

 

 ウィルとの通信を終えたエイミィは、続いて部下に問いかける。

 

「アレックス君、アースラへの攻撃は解析できた?」

「魔力波形はプレシア・テスタロッサのものと一致しました。海上への攻撃も同様です」

「攻撃元は特定できそうかな?」

「海とアースラの二か所に攻撃してきましたからね。双方のデータを組み合わせれば、かなりの精度で特定できますよ」

 

 懸念の通り、アースラも海上とほぼ同時に次元跳躍魔法による攻撃を受けた。

 海上の方は回避すれば良く、そのためにクロノや武装隊ではなく速度特化のウィルを一人で派遣したのだが、アースラの巨体で回避は難しい。

 そこで艦長であるリンディが使うディストーションシールドによる防御を選択。

 一定範囲の空間そのものを、魔力の伝播が極度に鈍くなるように歪ませる魔法。それによって範囲内の魔力波を抑えたり、範囲外からの魔法攻撃を遮断することができる。

 前もって準備をしており、プレシアの次元跳躍魔法に合わせて発動させて完全な防御に成功。

 

 被害を受けず万全の状態のアースラのセンサー系は、次元跳躍の痕跡を見逃すことなく発見。解析することで、敵の攻撃元──すなわち本拠地を探りだす。

 

 エイミィはアレックス通信士にそのまま解析を続けるように指示すると、今度は別のオペレータに問いかけた。

 

「ランディ君、艦長は?」

「医務室で検査を受けてから戻って来られると。今のところ大きな問題はないみたいです」

「そう。良かった」

 

 ほっと胸をなでおろす。

 ディストーションシールドは行使者であるリンディに大きな負担をかける。艦船一つを守るほどの魔法を展開するには、リンディが内包する魔力だけではとうてい賄えず、アースラの炉からの供給を受けなければならなかった。

 

 それには課題が二つ。

 まず艦の動力となる魔力をそのまま使うことはできないので、なのはがフェイトに魔力を譲渡した時のように、魔力をリンディに適した形に変化させる必要があった。こちらはその場でやらなければならなかったなのはたちとは異なり、事前に数日の猶予があったので問題なくクリアできた。

 

 深刻なのはもう一つの方。

 大量の魔力の外部供給は、一時的とはいえリンディ自身のリンカーコアの容量を越える魔力を体内に取り入れ、それは肉体──とりわけリンカーコアに大きな負担を与える。

 今回は相手の攻撃に合わせて十数秒間だけ発動したにすぎないが、それでも身体に与える影響は大きい。

 

 リンディの体調は心配だが、事態はアースラにとって理想的に進んでいる。

 後はフェイトたちの持つ五個のジュエルシードを取り戻し、プレシアを捕まえるだけ。彼女たちの拠点はじきに見つかる。そこで戦いがおこったとしても、フェイトとアルフは先ほどの封印で相当消耗している。相手はプレシア一人だと考えて良いだろう。

 それに比べれば、アースラの戦力は何一つ欠けていない。負ける要素はない。

 

「気を抜かない方が良い」

 

 そのゆるみが表に出ていたのか、いつのまにかエイミィの横に来ていたクロノが戒めるように言う。これだけ優勢でもクロノの顔は険しいままだ。

 

「でも、もう解決したようなものじゃない。何か気にかかることがあるの?」

「手負いとはいえ相手は大魔導師だ。下手に大勢を捕縛に向かわせると、広域魔法を受けてこちらの被害も大きくなる。武装隊の被害をできるだけ抑えるために、何か良い方法はないものか……ん、どうかしたのか?」

 

 クロノはじっと自分を見るエイミィの視線に気づき、怪訝な顔をする。

 

「いやぁ、クロノ君はやっぱり偉いなと思って」

「急になんだ。やめろ、頭をなでようとするな」

「なんでもないよ。そうだ! 艦長が医務室で検査を受けているんだけど、それって向こうも同じような状態だってことだよね。二箇所への同時次元跳躍魔法なんて普通の人間の魔力じゃ足りないんだし。だったら──」

 

 

 

 

 

 時の庭園はすぐに発見された。各種センサーで遠距離から観察。次に、艦載の機械式サーチャーを転送装置で庭園に送り込み、内部から調査する。

 サーチャーの一つが、庭園部を移動するアルフを発見した。幸いにも気付かれることなく追跡したところ、彼女はひときわ大きな部屋に入っていった。

 部屋の中にいたのはまさしくプレシアその人。さては報告に訪れたのかと思いきや、アルフは翻意を明らかにしてプレシアに襲いかかる。しかし力及ばずプレシアに敗れ殺されそうになったため、クロノは十名から成る武装隊の一小隊を突入させた。

 すぐさまアルフを保護し、アースラに転送。残った武装隊はプレシアを囲むように半円状に位置取った。

 

『プレシア・テスタロッサ。時空管理法違反、および管理局艦船への攻撃容疑であなたを逮捕します』

『邪魔よ』

 

 何のためらいもなく、プレシアは魔法を放った。

 部屋全体を範囲とする広域魔法、上方から降り注ぐ無数の雷の雨から逃げられる場所などなく、武装隊はただ防御するしかない。

 個人ではとうてい防げない。オーバーSの魔導師の魔法に対抗するには、武装隊では圧倒的に魔力が足りていない。十人の隊員は一か所に固まり、一斉に防御魔法を行使。協力して合計二十層におよぶシールドを展開する。一人で無理なら十人で。一枚一枚のシールドは弱くとも、これだけの数があれば話は違う。

 質に量で対抗するための武装()だ。

 

 それでも彼らを守る盾としては十分ではなく、二十層全てが破られてプレシアの魔法が彼らを襲う。

 シールドで軽減されたおかげで、居並ぶ武装隊はみな軽傷。しかし再び同様の攻撃を受ければ危うい。

 

 そのタイミングで、クロノはエイミィに指示を出す。

 

「第二隊を時の庭園に転送。同時に、第一隊をアースラに召還」

「了解!」

 

 新たな武装隊が送りこまれ、先ほどまで戦っていた武装隊とアルフが回収される。

 送り込まれた者たちは先ほどの焼きまわしのように再びプレシアと向かいあう。

 

 一度に大人数を送り込んでも、そのほとんどがプレシアの広域魔法で一網打尽にされかねない。そこで武装隊一個中隊を一小隊ずつ分けて送り込んで戦わせる。

 戦力の逐次投入は一般的には愚行だが、それはプレシアが本来の調子であれば、だ。

 

 次元跳躍魔法をアースラと海上──座標の全く異なる二つの場所に同時に放つ。それはプレシアの魔力量でも不可能だ。しかし次元跳躍魔法の魔力波形がプレシアのものである以上、攻撃は何らかの兵器によるものではなく、プレシア自身の魔法によるもの。

 ならば、プレシアもリンディと同じように外部から、おそらく時の庭園内部の魔導炉から魔力を引っ張って来たと推測。

 行使された魔力の規模や威力と、管理局のデータベースにあるプレシアの保有魔力量や制御技術を比較し、デバイス等の支援を考慮に入れた上でアースラの医師が見立てたところによれば、今のプレシアの身体やリンカーコアには極度の負荷がかかっており、機能不全を起こしかねない可能性が高いとの結論がでた。

 その状態では魔法一つを行使するだけでも身体に耐えがたい苦痛がはしる。広域魔法のように消費の大きい魔法を撃てば、それだけで気を失うこともある。

 

 武装隊の一小隊が完全に守りに専念すれば、プレシアの魔法でも一撃くらいなら耐えられる。プレシアが攻撃して武装隊が防御する。そしてすぐに残りの武装隊と入れ替える。

 こうすれば、武装隊にも大きな被害をだすことなく、確実にプレシアを倒すことができる。

 

『なるほど、そういうやり方ね。小癪だわ』

 

 再び現れた武装隊の姿にこちらの意図を察し、プレシアがその形の良い柳眉を歪めた。

 二度目の投降勧告のため、玉座の間にホロディスプレイを投影させる。映し出されるのはリンディの顔。

 

「あなたにもう勝機がないことはわかるでしょう。投降してください、プレシア・テスタロッサ。我々もこれ以上の戦闘は望みません」

 

 沈黙が玉座の間に訪れる。だがそれもほんの少しの間。

 

『甘く見られたものね』

 

 プレシアは先ほどと同じように魔法を放つ。

 武装隊は同じように協力してシールドを展開。先ほどの魔法を見ていたこともあり、より迅速に、より余裕を持ってシールドは展開された。

 さらにプレシア自身の魔法の威力も先ほどに比べて低下している。シールドは破壊されずに残り、プレシアの攻撃は完全に防がれた。

 だが──

 

『終わりと思ったの?』

 

 続けてもう一度、部屋中に雷が降り注ぐ。

 並の魔導師では不可能な広域魔法の並列構築と、そこからの二連撃。残りのシールドが貫かれ、武装隊は雷に焼かれる。

 

 殺傷設定の一撃にクロノは青くなるが、すぐにやられた武装隊の様子を観察する。傷を負っている者もいるが、致命傷の者はいない。すぐに治療すれば全員助かるだろうと判断。

 一方、プレシアは病的ながらも美麗な顔を苦痛に歪め、滝のような汗をしたたらせながら、今にも崩れ落ちそうな体を玉座にすがりつくようにして支えていた。

 これだけ弱っていればもう彼女を取り押さえることもできる。

 だから、先ほどと同じように武装隊を入れ替えるように指示する。

 

 指示通りにエイミィはコンソールを操作しようとして、その指が凍りついたかのように動かなくなる。

 

「時の庭園を中心に小規模の次元震の発生を確認。……これじゃアースラに戻せないよ!」

 

 その言葉を裏付けるように、次第に時の庭園が揺れ始め、モニターにはノイズがかかり始める。

 モニターの向こうのプレシアは、玉座にすがりつきながらも嘲るように笑っている。

 

『勝てないなら、負けなければ良いのよ』

「ジュエルシードと心中するつもり!?」

『馬鹿を言わないで。ジュエルシードを暴走させたわけではないわ。ちゃんと制御して発動させたの。今日のところは引き分け──日を改めての再試合といきましょう。数日もすれば治まるからそれまで私はゆっくり休ませてもらうわ』

 

 よりいっそう次元震が激しくなる。まもなく通信は完全に途切れ、玉座の間を観測することさえできなくなった。

 

 ノイズばかりが映るホロディスプレイを前にして、ブリッジは重い沈黙に包まれていた。

 沈黙を続けていても事態は悪化するだけ。艦長であるリンディが、状況を打破するために口を開く。

 

「やられたわね……単にジュエルシードを暴走させただけなら抑えこめば良いけれど、相手が完全に制御できるのなら、抑え込んだ後で再び発動されるだけだわ。まずは時の庭園に乗り込んで、彼女を捕まえるか、ジュエルシードを回収しないと」

 

 状況を整理したリンディの言葉を聞き、オペレータが慌てて計測されるデータを確認し、発言する。

 

「次元震自体は小規模なので、外部から観測可能かつある程度の広さがある場所になら、アースラからの転送は可能です。庭園部の上空であればその条件を満たしています。ですが、一度突入すれば次元震が治まるまではアースラには戻すことはできません」

 

 転送魔法は座標を指定するため、次元震のような空間そのものが揺れている環境下では、指定した座標からずれてしまう恐れが高いので転送できる場所が限られてくる。この次元震の規模なら周囲五十メートルには何もない場所が望ましい。

 アースラに戻せないのは、安定しない空間での召喚はさらに危険だからだ。呼び戻す対象の座標が正確に指定できなければ、空間同期のための歪曲境界に巻き込まれた物質は、召喚元と召喚先の双方の空間に対して()()()()()()()()()結果を招く。

 こちらから浸入することのみ可能。しかしプレシアもそれは予想しているはず。

 

「回復のための時間稼ぎに見せかけて、私たちをおびき寄せて少しでも戦力を減らしたいのでしょう。罠が仕掛けられていると考えるべきね」

 

 一度突入したが最後、何が待ち受けていようと戻ることはできない。補給も回復もできないとなれば、全滅の危険もある。

 ブリッジに再び訪れかけた沈黙を切り裂いて、クロノが大きく声をあげる。

 

「だとしても、僕たちは引くわけにはいきません! 突入した仲間たちが、まだあそこに取り残されている。治療を受けられないままでは命にかかわります。それにプレシアが回復してしまえば、その後の戦いではさらに多く犠牲が出ることになります」

「そうね。私たちはさっき彼女を追いつめて、勝ち目がほとんどないことを理解させてしまった。体勢を立て直したプレシアは手段を選ばずに行動してくるでしょう。ジュエルシードと地球を盾に脅迫してくることもあるかもしれないわ。そんな相手に考える間を与えては駄目。クロノ執務官、残りの武装隊を率いて時の庭園に突入。取り残された武装隊を回収し、プレシア・テスタロッサを捕縛しなさい」

「イエスマム!」

 

 それからもリンディは次々に指示を出す。武装隊への連絡、医療班の編成、これまでの観測結果を元にした時の庭園のマップの作製。準備は念入りに、しかしなるべく迅速に突入しなければ、取り残された武装隊の命が危うい。

 

 

 それらの作業をこなし突入準備が着々と進んだ頃、ブリッジに思わぬ声が響いた。

 

「あー、クロノ。少し良いかな」

 

 振り返ると、ブリッジの扉のあたりにウィルが立っていた。その後ろにはなのはとユーノ。そして武装隊の第一陣と一緒に時の庭園から連れて来たアルフも一緒だ。

 クロノは呆気にとられた顔をしていたが、すぐに我に返ると他のブリッジクルーに作業を続けるように指示してウィルたちの元へと駆け寄る。

 

「どうしてきみたちがブリッジにいる? 医務室にいたんじゃないのか?」

「さっきまではいたんだけど、そこで武装隊が連れて来てくれたアルフと顔をあわせてね。ある程度の事情は聞いた。その上で提案があるから聞いてもらいたい」

 

 ウィルがうながすと、なのはとアルフが一歩前に踏み出て、声を上げる。

 

「わたしたちも時の庭園に連れて行ってください!」

「フェイトを部屋に寝かせてきたままなんだ! あのままだと、目が覚めたらまたプレシアのいいなりになってしまうよ! だから、あたしたちで保護したいんだ!」

 

 フェイトを保護することにメリットはあるが、その優先順位は低い。

 彼女がただの民間人であれば、その保護は管理局としても優先すべき目標だが、子供とはいえ実際に犯行を繰り返している犯罪者。

 保護したとしても、プレシアを捕えてこの次元震を抑えなければアースラに連れて帰ることもできず、逆にプレシアを捕えてしまえば、フェイトが敵対してもさして恐れることはない。

 武装隊の回収、プレシアの捕縛に続く第三目的としてカウントしておこうと決め、クロノは答える。

 

「フェイト・テスタロッサの保護も、こちらの目的に加えておく。だからきみたちは大人しく待っていてくれ」

「それは信用できません」

 

 今度はユーノがクロノに食ってかかる。

 

「さっき、海上で僕たちが封印していたのを傍観していましたよね? フェイトが消耗した方が有利だっていう判断がわからないわけじゃないです。でも、その決断をした管理局が今度は間違いなくフェイトを保護してくれるとは思えません」

 

 痛いところを突かれたクロノはしばし言葉に迷うが、冷静さを取り戻すと諭すようになのはたちに語りかける。

 

「今の時の庭園では何がおこるかわからない。そんな危険な場所に民間人を連れていくわけにはいかない」

「その理屈は通りませんよ。その民間人が危険な目にあっても、傍観していたじゃないですか」

 

 なのはとユーノが海上に現れても管理局が一切動かなかったことを引き合いに出し、ユーノがさらなる反撃を加えるが

 

「ごめん、ユーノ君。きみたちがやって来たらそのまま見てるように最初に進言したの俺なんだ。だからそのことでクロノを責めるのは勘弁して」

「えっ……?」

 

 突然ウィルがクロノに援護射撃。後ろから撃たれたユーノは目を白黒させている。

 その間にクロノは体勢を立て直し、イニシアチブを取り戻すために発言する。

 

「先ほどとは事情が異なる。海上での封印はきみたちにとっては危険に思えても、いざとなれば僕たちが助けに行ける状況だった。だけどここからは違う。それに今のきみたちは消耗している。そんな者を戦場に送りこむことは認められない。そのフェイトの部屋までの途中に、罠や敵がいないなんて保証はない以上、きみたちを行かせるとなればこちらも最低限護衛をつけなければならない。しかしこの状況で戦力はなるべく割きたくない」

「それなら、なのはちゃんたちにつける護衛以上に役立つものを提供できれば良いよな?」

 

 先ほどはクロノ側に援護射撃してきたウィルが、今度は自分に言葉の銃口を向けてくる。

 いったいどちら側の味方なのかとウィルを睨めば、ウィルは視線を受け流して隣にいるアルフに目配せ。再びアルフが声をあげる。

 

「あたしはあそこで何年も暮らしてきた。時の庭園の構造は、最深部以外はほとんど把握してるんだよ。あたしたちを行かせてくれるなら、知っている限りの情報をあんたたちに教える。それでどうだい?」

 

 アルフの提案にクロノの心は揺れる。条件は魅力的。地図の有無は作戦の成功に大きく関わる。詳細であればなおさらだ。

 

「そしてもう一つは、俺。クロノには負けてるけど、これでも一応AAランクだ。護衛に割く以上の戦力としてこき使ってくれ」

「戦力はなるべくほしいが、もしきみに何かあったら──」

 

 今のウィルは任務中に遭難したところをアースラが保護したという形になっており、立場はかなりあやふやだ。

 その彼を全滅の危険性も高い戦場に送り込むべきではない。

 それにウィルのことは彼の養父であるゲイズ少将からも任されている。命を落とすことになれば、陸と海の亀裂を広げてしまう恐れもある。

 

「アルフ、今はこれ以上時間を使うわけにはいかない。エイミィ……って言ってもわからないよな。あそこの茶髪でくせ毛のお姉さんのところに行って、時の庭園の情報を教えてあげてくれないか。ついでになのはちゃんとユーノ君もちょっと離れてて」

「それはそこの黒いのが許可してから──」

「クロノは俺が説得する」

「……わかったよ。できなかったらひどいからね!」

 

 ウィルの断言に感じるものがあったのか、アルフがエイミィのもとへと行き、なのはとユーノもその後についていく。

 たしかにアルフに情報を教えてもらっても、それを地図の形にするには時間がかかる。自分とウィルの問答が終わってから教えてもらっていては、それだけ出発の時間に遅れる。

 その判断はわかる。だが、自分のことを説得すると断言した友人の調子にクロノの心臓が鼓動を早める。

 

「もちろん、俺に何かあったらアースラに迷惑がかかるってわかっているさ。でもさ、俺の父さんはクロノの父さん──クライドさんと一緒にエスティアに残って死んだ。それは知っているだろ」

「もちろんだ。だが、今はそのことは……」

 

 父親の話を出されてクロノの心臓が大きく脈打った。

 この話題は二人にとっての鬼門だ。

 

 十年前、ロストロギア闇の書の輸送をおこなっていた管理局の艦船『エスティア』が消滅した。

 その時の死傷者は二名。艦長であるクライド・ハラオウンと、武装隊の隊長にして彼の友人であったヒュー・カルマン。

 クライドは自分以外の全乗員に退艦命令を出し、自分一人を残した。しかし、それに従わなかった乗員が一人。それが、ヒューだった。何があったのかは誰も知らない。ただ、彼ら二人は船と共にこの世から完全に消滅した。

 クロノとウィルの人生に影を落とし、そして進む道を決定付けた大きな事件。二人にとっての原点(オリジン)

 

「なんで、俺の父さんは残ったんだろうな。他の乗員と一緒に脱出すれば良かったのに。クライドさんはともかく、父さんは無駄死になんじゃないか?」

「それは……わからない」

「そう、わからない。死人に口なしだ。父さんが何を考えていたのかなんてわからない……帰って来なかったんだから。でも一つ、事実が語っていることがある。父さんは生きている俺じゃなくて、死に往く友人と運命を共にしたってことだ。俺はそれが──」

 

 ウィルは寂しさが混じった顔で、呟くように語る。

 

「それが、間違ったことだと思いたくないんだ。……クロノだってクライドさんを尊敬しているんだ。なんとなくわかってくれるだろ? ここで死地に行く友人を安全な場所から見送るなんて、父さんと真逆のことをしたら、自分で父さんの決断を否定することになるんじゃないかって思うんだ。だから、頼むよクロノ。俺に父さんを否定させないでくれ」

 

 それはただの感情論。けれど、クロノの心に深く刺さる一矢。

 長い付き合いだからわかる。ウィルが自分を説得するために有効だからとこの話を持ち出したことも、しかしその気持ち自体に嘘はないことも。

 

「……僕はきみのそういうところが嫌いだ。情と理屈を場合に応じて使い分けて盾にして、結局は自分のやりたいことを通そうとする。あまりにも身勝手だ」

「いつもごめん。自覚はある」

「それが一番性質が悪いんだ」

 

 クロノは大きくため息を吐き出して、笑った。

 

「それにこっちが断れないところをついてくるところも嫌いだ。まったく…………たしかに今は少しでも多くの戦力がほしい。AAランクの魔導師が協力してくれるのは心強い」

 

 クロノは自らを納得させるように何度かうなずくと、振り返って大きな声をあげる。

 

「艦長! ウィリアム・カルマン三尉と高町なのは、ユーノ・スクライア、アルフの四名を突入メンバーに加えます! よろしいですか!」

「はい了承。その代わりに一つだけ絶対に守ってちょうだい。必ず死なずに生きて戻ってくること。一番大切で、一番難しいことよ」

 

 クロノは裏拳でウィルの胸を軽く小突くと、指示を出す。

 

「ウィルは僕について来てもらう。最悪の場合は、僕と二人で突撃だ。一番辛い役目を受け持ってもらうからな」

「良いね。クロノとバディを組むのは三年ぶりか」

「不謹慎だけど、少しだけ心が躍るよ」

 

 視線を合わせて笑い合うウィルとクロノを見て、エイミィもまた微笑みながら語る。

 

「なつかしいねー。学内三位までいった二人のコンビ……えっとたしかブラック・ブラッド・ブラザーズだっけ」

 

 闘志にあふれた笑みを浮かべていた二人の顔が凍り付く。

 

「あら、初めて聞くわね? 士官学校時代のお話? いい名前ね」

「いえ、その……」

「僕の考えた名前じゃない。ウィルのだ」

「お前がブラックは絶対に入れろって言ったんだろ」

「知らない」

「えー、悪くない名前だと思うんだけどなぁ。かっこいいと思うよ?」

「いや……正直にいえば今でもかっこいいと思ってるんだけど、自分でそれを名乗ってたっていうのが……」

「あー、コンビ名とかつけてたの二人くらいだったしねぇ」

「やめてください……」

 

 これまでのシリアスな雰囲気はどこに行ったのか、突然賑やかに騒ぎだしたウィルたちの様子を、なのはたちが不思議そうに眺めていた。

 

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