宇宙を海と言うことがあるように、次元空間も海と呼ばれることがある。アースラのように世界をまたにかける管理局の部隊が海と呼ばれる所以だ。
次元空間が海なら、各世界は広大な海に浮かぶ浮き島で、世界を揺るがす次元震は嵐。嵐に揺られている時の庭園はさしずめ波に弄ばれる小舟。
プレシアの拠点たる時の庭園は、遠景では立ち並ぶ塔が棘のように見えて、上下双方向に棘が生えているような外観。
中央のひときわ大きな塔の周囲をその名の通りに庭園部が囲み、そのさらに外側には小型の塔が乱立する。
庭園部は次元震のせいで建物内部の観測がほぼ不可能になった現在、唯一アースラから観測可能なエリアだが、モニターに映る庭園の光景を見たアースラのブリッジスタッフは眉をしかめた。
枯れた植物。砕けた彫像。くすんだ柱に刻まれたレリーフは、からみつく枯茶色のつたで大半が隠されており、何を表しているのかまるでわからない。作為的に廃墟の趣をだそうとしたのだと堂々と言われれば納得してしまいかねないほど、放置された庭園は薄気味が悪かった。
その場所に勇敢にも浸入する者たちがいる。
彼らは庭園部の上空に順番に転送されると、後続の邪魔にならないように素早く地上に下りて周囲の警戒をおこなう。
そうして現れた三十人弱の人々。その半数はアースラの武装隊。その中にはウィルも混ざっており、率いるのは執務官たるクロノ。彼らに守られるようにして、緊急に編成された医療班もいる。
その集団から少し離れて、なのはとユーノ、アルフの姿。
クロノは彼らを今一度確認し、ため息をついた。突入してしまった以上、ジュエルシードを確保して次元震を抑えるまでアースラに帰ることはできない。
そもそも、次元震のせいでアースラと連絡をとるどころか、クロノやユーノでさえ数十メートル離れた相手には念話が届けることができない環境になっている。
クロノはなのはたち三人の方を向いて、告げる。
「きみたちとは、ここで別れることになる」
クロノたちが目指す玉座の間は、中心の大きな塔の内部にある。そこは在りし日には貴人のための住居──城として使われていたらしい。
一方、なのはたちが向かうのは、その他の小型の塔。ここは貴人に仕える者──使用人の住居として使われていたそうだ。
これらの間を行き来するには地上の庭園部を通る以外に道はない。
「僕たちはとり残された負傷者の救助と治療のために、医療班を護衛しながら玉座の間に向かう。その後、僕はそのままプレシアの捜索を続けるが、負傷者が動かせる程度に回復すれば、彼らと医療班を武装隊に護衛をさせてこの庭園部に戻すつもりだ。治療が必要なようなら、きみたちもここに戻って来ると良い。しかし僕たちが戻れない状況も考えられるから、なるべく怪我はしないように。一応、きみたちに二人の護衛をつけておく」
武装隊から腕利きのバディ二人を選出してなのはたちの護衛にすると、クロノは彼らに背を向け城へ向かう。
それでも少し進んでからやはり気になって、後ろを振り向く。なのはたちの姿はすでに遠くなっている。
この状況では、危険に陥っても助けることはできない。あの二人の武装隊員が精一杯の助け。
「まったく、世界はこんなはずじゃなかったことばっかりだ」
「まったくだな」
思わずこぼれたつぶやきに、隣に立つウィルが同情めいた顔で同意を示した。
踏み入れた塔の内部は薄暗く、壁が揺れ動いているせいで、揺れる通路が蠕動する臓器のようにも見え、巨大生物の体内に踏み込んだかのような気持ちの悪さがあった。
入口のホールには侵入者を迎え撃つための番人たちが待ち構えている。
武骨な甲冑を着込んだ人間のような
空を飛ぶ槍兵、人より大きな剣士、さらに大型の斧を持つ重戦士。そのバリエーションは多様だが、共通していることがある。その全てが武器を手にしていること。しかも、ミッド式の魔導師のように魔法で構成した物とは違う、実体を持つ正真正銘の武器。そこには非殺傷などという言葉は存在しない。
傀儡兵はこちらを視認するとすぐさま向かってくる。それに対し、武装隊の中でも前線維持担当のフロントアタッカーと呼ばれる者たちが前に出て迎え撃つ。
一人の隊員が剣士型の一閃を受け止めようとする。
「うわぁっ!!」
予想よりもはるかに重い一撃を受け切れず、隊員はそのまま後ろに飛ばされる。本局武装隊は最低でもBランク魔導師が選出される。それを上回るならば、傀儡兵はこと膂力に関してはAランクの近接型魔導師並と見ていい。
吹き飛んでくる隊員に、後衛がすぐさま魔法を発動。網状に広がった魔法で彼を受け止めながら、射撃魔法を傀儡兵に放つ。
傀儡兵の膂力は並の隊員よりも上。加えて数はこちらの倍以上。質でも量でも負けている相手に、どうやって勝てば良いのか。
前衛に加わろうとするウィルの肩を、クロノが押さえる。
「きみが行く必要はない」
「でも、俺やクロノが前に出た方が──」
クロノは首を横に振る。彼の視線の先では、武装隊の隊長が大声で指示を出していた。
「ひるむな! 魔力値が高くとも、所詮はただの機械人形だ! 前衛は目の前の一体だけに集中! 相手の挙動をよく観察しろ! 機械である以上、必ずパターンがあるはずだ! 後衛は前衛が一体に集中できるように、それ以外の相手の動きを制限しろ! 前衛が囲まれるような状況にだけは決してするな!」
武装隊が動き、傀儡兵たちとの交戦が始まる。隊長も鈍色のデバイスの先端に射撃魔法を構築しながら、クロノに向かって声をあげる。
「クロノ執務官! 医療班は任せます!」
「了解した。きみたちは後ろを気にせず、ただ眼前の敵に集中してくれ」
戦闘が激化する中、クロノは一箇所に固まる医療班の前に陣取り、彼らを守るようにシールドを展開する。
「武装隊だけに任せて良いのか?」
「もちろんだ。彼らは本局武装隊──管理局の精鋭だ。多少スペックが高い程度の機械に負けはしないよ」
クロノの横顔には、仲間である武装隊への確固とした信頼と、彼らの強さを誇るような輝きがあった。
「それよりウィル。きみは僕と一緒に医療班の護衛を担当してくれ。射撃魔法は僕がシールドで防ぐから、きみは武装隊の間を抜けて来る近接型を頼む」
「了解!」
ウィルはデバイスを起動させる。右手にはなじみの片刃剣。一時フェイトに壊されたことを感じさせないくらい、スムーズに手に収まった。腕の良いアースラのデバイスマイスターに感謝する。
「久しぶりの戦闘だ。行けるな、F4W」
『Without saying.』
ウィルは医療班やクロノがいる最後衛に近づこうとする飛行型を切り落とす。しかし、それも最初だけで、次第に動く必要がなくなってきた。武装隊が連携をとり始めると、クロノの発言通り、武装隊は傀儡兵を圧倒し始めた。
機械の動きは読みやすい。人間にある揺らぎが存在しない。フレキシブルさが足りない。同じように動けば同じような反応が返ってくる。
それに加えて、傀儡兵は一体一体がそれぞれ動いているだけで、仲間とのコンビネーションが存在しない。唯一、他の傀儡兵を攻撃しないようにしている程度だ。彼らの動きは、一足す一を二にしているだけ。
チームワークは一足す一が三にも四にもなるという、数学的常識の外に存在する概念だ。
戦いは数分で終了した。広間に金属の塊だけを残して一行は玉座の間へと進軍する。
途中の別れ道で、クロノは全員に止まるように命令する。
通路は右と左にわかれており、アルフから得た情報によればどちらを通っても玉座の間には繋がっているが、左の道は隔壁で閉められていた。
「やはりここも閉まっているか」
ここだけではない。これまで分岐点があると、必ず隔壁が閉められており、通れる道が限定されていた。
ウィルは携帯端末に表示された地図とこれまでの道を見比べて答える。
「傀儡兵も無限じゃない。少しでも多くの傀儡兵と戦わせるために、道を限定しているんだろう。右の道をこのまま進めば、この先にまた広間がある。おそらくそこにも傀儡兵が配置してあるはずだ」
語るウィルの表情は険しい。先ほどはさほど損害もなく傀儡兵に勝ったが、連戦になると負傷者が出る可能性も上がる。何より戦った分だけ時間がかかる。時間を浪費すれば、その分を取り返そうと無意識の内に焦りが生まれる。
しかしながらクロノは、そんな懸念はどこ吹く風と平然としていた。
「それは好都合だ。逆に言えば、閉まっている道には傀儡兵を配置していない可能性が高いということだろ。だったら、ショートカットするしかないな」
何をするつもりだとクロノに問おうとして、彼の表情にびくりとする。クロノは愉しそうにニヤリと笑っていた。
笑みを浮かべながら、クロノは閉じた隔壁に手のひらをつけて、静止する。
「解析完了。ブレイクインパルス」
隔壁が一瞬で粉々に砕けた。
ブレイクインパルス。
物体の固有振動数を算出し、対応する振動エネルギーを送り込むことで、物体を破壊する魔法だ。
粉みじんになった隔壁を飛び越え、クロノは全員に呼び掛ける。
「さあ、時間が惜しい。このまま玉座の間まで突き進むぞ」
次々に隔壁を破壊して突き進むクロノ。地図を見て、時間の短縮になりそうだと思えば、隔壁ではない普通の壁や床や天井さえも破壊して進む。
普段は真面目なのに妙なところで豪快な友人の背を慌てて追いかける。
到着した玉座の間にプレシアの姿はなく、負傷した武装隊だけがその場に残されていた。
すぐさま医療班が治療を開始。武装隊は傀儡兵等の邪魔が入らないように負傷者にはりついて周囲を警戒し続ける。
そして、こうしている間にもプレシアが何らかの策を考えているかもしれない──そう考えたウィルとクロノは、少数精鋭、二人でプレシアの捕縛に乗り出した。
アルフから得た情報によれば、プレシアの私室や研究施設が存在するのは時の庭園下層部。
アルフとフェイトはその区域への立ち入りを禁じられていたらしく、詳しい情報はない。もしかするとプレシアだけであれば別の場所で休んでいるという可能性もあり得る。
しかしジュエルシードを完全に制御して発動するために大型の設備を必要とする以上、ジュエルシードは必ず下層部の研究施設にある。プレシアがいなくても、ジュエルシードだけでも回収できれば次元震の発生を抑えることができる。
だからウィルとクロノは下層部を目指して通路を駆ける。
「三年間で指揮能力は上がったみたいだけど、個人技はどう? なまっているようなら、ちょっとゆっくり動くけど」
「きみの動きに合わせるくらい、なんてことはない。こんな全速力で飛べない閉所ならなおさらだ」
「それじゃあお言葉に甘えて昔のままやらせてもらうよ」
前方に五体の傀儡兵を発見。しかし二人は足を止めない。
通路は広いとはいえ、五体全てが横に並ぶことはできない。前に三体の傀儡兵。その後ろに二体という配置。
ウィルは弾丸のように飛び出すと、並んだ三体の傀儡兵──その中央の一体へと一切減速せずに正面から突撃する。
傀儡兵と正面衝突する直前に、ウィルの体が急停止する。その足には、青色の鎖──クロノのチェーンバインド。
文字通り足を引っ張られたウィルは、つまずくように前に倒れこむ。そのまま足を中心に回転し始め、前方への運動エネルギーは下へとベクトルを変える。そのまま一体目の傀儡兵を頭から胴まで縦に両断。
勢いそのままに空中で前方に一回転しつつ飛行魔法で姿勢を制御する。その時にはすでに足のバインドは解けている。
突然自分たちのそばに現れた敵に、右の傀儡兵が剣をふるう。仲間がやられたというのにまったく動揺せずにやるべきことをやる。こればかりは機械の長所と言えるだろう。
が、単調な軌道は読みやすい。攻撃をいなしながら、相手の腕を切り上げた。先ほどのような運動エネルギーをもたずとも容易く破壊できる肘の関節部を狙った斬撃に、傀儡兵の腕が剣ごと空中に舞う。
突然腕の重量がなくなった傀儡兵はバランスを崩し、オートバランサーが機能して姿勢制御のために動きが停止する。その頭をクロノのスティンガーレイが貫き、二体目の傀儡兵は動きを止めた。
前衛三体のうち最後の一つがウィルの背へと拳を振るう。
しかし、その直前でクロノのデバイスから伸びるチェーンバインドが、傀儡兵の体を縛りあげて動きを阻害。
ウィルの振り向きざまの斬撃が三体目の頭をはねて動作停止。
残り二体の傀儡兵は、ウィルが後方に下がると機能を停止した三体のなきがらを飛び越え追いかけてくる。
その瞬間、クロノから三体目の傀儡兵へと繋がるバインドを握り、魔法によって強化された身体能力をもってして、バインドを思い切り手前へと引っ張った。
迫りくる二体の傀儡兵の背中に、傀儡兵のなきがらが直撃。
走っているところを後ろから押されては、優れたバランサーを搭載していてもさすがに転倒を免れない。二体の傀儡兵は走る勢いのまま転がり、ウィルを越えて後衛のクロノの手前でようやく止まった。
クロノは起き上がろうとする二体をいたわるように、右手と左手をそれぞれの頭部に置いた。
「ブレイクインパルス」
五体の傀儡兵を十秒もかからずに撃破し、ウィルとクロノは再び走り始めた。
通路を抜けると、下方に伸びる縦穴に出た。
縦穴には飛行型の傀儡兵が今まで以上にうようよとおり、飛んで降りようものならすぐさま囲まれてしまう。
穴の外周に下へと続く螺旋階段があるので、そこを使って少しずつ降りていくのが安全策だ。
もっとも二人ともそんな悠長に行動するつもりはない。
「今から道を作る!」
クロノは縦穴の中心に飛び込むと、デバイスを真下に向けた。当然、三百六十度全方向から傀儡兵が襲いかかるが、クロノはそれらを一顧だにしない。クロノのかわりに、ウィルがそれらを薙ぎ払う。
そして、クロノのデバイスから放たれた砲撃魔法が、見えぬ縦穴の底に向けて突き進む。
『Blaze cannon』
ウィルはすぐさまクロノを抱えて、砲撃の後を追う。砲撃は進行方向に存在する傀儡兵を消しとばしながら下へと向かう。そのすぐ後ろについて、ウィルたちも下へと進む。
このまま一気に底まで。
底が見えるところまで進んだ時、外壁を破壊して新たに一体の傀儡兵が現れた。巻き起こる煙で姿が見えないが、影から判断できるその大きさは、今までの傀儡兵の比ではない。
クロノの砲撃が煙を吹き飛ばし傀儡兵に直撃する。しかし、砲撃はその身に纏うバリアに防がれる。
巨体はこけおどしではなく、それに見合った出力の高さを持っていた。
巨大な傀儡兵には、人間のように二つの腕があり、また背中から十を超える副腕が生えている。腕の先はどれも漏斗に似た形をしており、先端には穴が空いていた。
「こいつ、砲撃型か」
すぐさま降下を止める。
次の瞬間、先ほどまで自分たちが通過するはずだった所を、主腕から発射された閃光が通過する。遅れて副腕が次々に魔力弾を放つ。
ウィルとクロノは一旦体を離して、それらを回避する。
クロノは主腕の砲撃を回避し、副腕の射撃をシールドで防ぎながら下りようとするが、厚くなる弾幕のせいで下りることはできない。
「ウィル、先に行け。きみなら弾幕をかいくぐって下まで到達できるだろ。先に行ってプレシアを見つけ出してくれ」
「一人で倒せるか?」
「こいつが相手では、きみがいても役にたたない」
ウィルの攻撃方法は剣だ。高速飛行からの速度を利用した一撃は強力で、この傀儡兵の装甲でも簡単に切り裂ける。が、剣の攻撃範囲はせいぜい一メートルまで。相手がこれほどの巨体であれば、表面の装甲を切ることしかできない。
「なるべく早く来てくれよ」
「善処する」
そう言いながらも、ウィルは言われるがままに急降下した。
即座に砲撃型がウィルに狙いを定める。主腕の砲撃をバレルロールで回避。さらに副腕の射撃が弾幕となって、ウィルを追い詰める。
『Stinger Snipe』
傀儡兵がウィルに狙いを定めている隙に、クロノは射撃魔法を構築し、発射。副腕が青色の魔力弾に貫かれ、次々と爆発する。
ウィルは悠々と下層に降りる。穴の底からクロノに手を振ると、横穴の通路に飛び込んだ。
ウィルを見失った砲撃型が再びクロノに照準を合わせる。だが、副腕のほとんどが消滅した今、回避は造作もない。
それでも構わず砲撃を放つ傀儡兵。撃ち続ければいつかはあたると言わんばかりの単純な攻撃。その姿に、これだけのバリアをもたせておけば管理局くらいなんとでもなるだろうという設計者の驕りを感じて、クロノは少し嗜虐的な笑みをうかべる。
「機械に言ってもわからないだろうが、ブレイズキャノンは物質破壊のための砲撃魔法だ。だから、そのバリアでも止めることができた。しかし、その程度なら貫通力にすぐれた魔法でたやすく打ち破れる。このように──」
クロノがスティンガーレイを放つ。それはバリアを貫通し、砲撃型に傷をつける。
「──簡単に。……威力が低い分、倒すまでに時間がかかるところが難点だが」
語るクロノの周りに先ほどやり過ごした飛行型が、続々と集まっている。前後左右、そして上下。全周囲が敵。飛行型は一斉にクロノに襲いかかろうとするが
「スナイプショット」
クロノの
スティンガースナイプは、一度敵を貫いた後、そのまま消滅せずに上昇する。そして、その抜けがらとなった魔力弾は、周囲の魔力素を取り込んで再びその威力を取り戻し、クロノの号令と共に再度敵に襲いかかる──そのようにプログラミングされている。
飛行型は次々と貫かれ、爆発を起こした。
煙の中で、クロノは今日何度目かのため息をついた。
「このくらいでは、相手にならないな」