復讐の炎がこの身を焼き尽くす前に   作:上光

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白昼 無印編 
第九十七管理外世界


 掃き出し窓からリビングへと午後の穏やかな陽光が差し込み、ソファに座るウィルの足元を照らす。

 窓の外のウッドデッキには、一匹の猫が寝そべって気持ちよさそうに日差しをあびている。

 

「あの猫、ようこのあたりで見かけるんです」

 

 語るのはウィルの隣に座る少女。年は十歳くらいだろうか。愛らしく笑う子だ。

 この家に入る前に見た表札によれば、ヤガミというのがこの子のファミリーネームなのだろう。

 少女の手には包帯。ソファの前の机には、消毒液やガーゼの入った救急箱や血で赤く染まったタオルが置かれている。それらは全て、怪我を負ったウィルを治療するために使われたものだ。

 

「これを巻いたら終わりですから、もうちょっとだけ、じっとしててくださいね」

 

 医療の経験はあまりないらしく、包帯を巻く手つきはたどたどしい。それでも彼女の手つきからは、怪我人を気づかう思いやりが伝わってくる。

 だから、ウィルは治療に関しては彼女に一任して──そもそもこの世界の医療器具の使い方なんてよくわからないのだし──部屋の隅に置かれたテレビに視線をやりながら、こんなことになった経緯を思い返し始めた。

 

 

 

 

 数時間前まで、ウィルは次元空間を航行する物資輸送船の中でくつろいでいた。

 

 異世界の存在は、現代においてはごく当たり前に認識されている。

 世界は一個ではなく、一種でもない。かつては絶対のものと思われていた大地が無数に存在する惑星の一つでしかなく、星という世界が宇宙という巨大な世界に内包されるように、宇宙を包括するさらなる上位世界が存在する。

 『次元空間』と呼ばれる、広大で混沌とした領域。人類が居住する大地持つ世界は、次元空間という大海に浮かぶ小島のようなものだ。

 小島(世界)から小島(世界)へと、(次元空間)を渡ることができる特殊な船は、次元空間航行艦船と呼ばれており、管理局も多くの艦船を所有している。

 

 

 ウィルの任務は先日発掘されたロストロギア──ジュエルシードと名付けられたそれを別の世界の研究所に移送すること。

 

 襲撃事件の後に基地に預けられたジュエルシードを解析した結果、次元に干渉する性質があることが判明。

 強い魔力や生物の思念波を受けると活性化し、次元空間へとつながる極小のゲートを内部に構築。そのゲートを使って次元空間からエネルギーを取り込む一種のバッテリーのような物ではないか、というのが基地の技術者の見解だ。

 さらに一度活性化したジュエルシードを抑えるためにはAランク相当の魔力が必要とされることから、基地で唯一その条件を満たすウィルが輸送任務に同行することになった。

 

 管理局に所属する者は様々なランクを持つ。

 たとえばウィルの局員IDを見れば魔力ランクAAと記されているが、これはその魔導師が保有する魔力の最大量によって決められた先天的なもの。

 その隣には魔導師ランクAAとも記されている。これは魔導師の実力を表す資格のようなものだ。ランクにより任せられる業務や配属先にも関わり、よく強さの指標として挙げられる。

 両方ともSを最高、Fを最低とし、さらにAとSはそれぞれシングルからトリプルまでの三段階にわけられ、実績やスキルによってはプラスやマイナスがつくこともあってややこしい。

 管理局に所属する魔導師の平均ランクは、魔力、魔導師ともにC前後。魔力、魔導師ランクともにAA(ダブルエー)のウィルは、基地では名実ともに最大の腕利きだった。

 

 

 航海はひどく穏やかで、体をなまらせないためのトレーニングの時以外は、乗員たちとのお喋りをするしかないほどだった。

 異変が起きたのは航路の半分ほどにさしかかった頃だ。

 

 ベッドで眠っていたウィルは、突如体内の魔力を強く揺さぶるような感覚にベッドから跳び起きた。

 部屋の照明を点けようとするが、電源が落ちているのかコンソールが機能しない。十秒ほどたって自動的に照明が灯ったが、それも薄暗い非常灯だった。

 船内回線で艦橋へと連絡を取るが悠長に説明している余裕がないらしく、ウィルは自ら艦橋へと向かった。

 

 艦橋では色とりどりの警報で満たされたディスプレイに向かって、船員たちが悪戦苦闘していた。

 入って来たウィルに気づいた船長が、恰幅のいい体を揺らしながら振り向く。

 

「おお、良いタイミングだ。ようやくひと段落ついたところだ」

 

 この船は管理局の艦船ではなく、船長も管理局の局員ではない。

 ジュエルシードの移送は、定期的に物資補給のために訪れる管理局御用達の民間輸送船に便乗する形でおこなわれることになった。彼はその民間企業お抱えの雇われ船長だ。

 ロストロギアの輸送は危険なものであれば管理局の艦船でしか輸送できないが、危険性の低いものであればその限りではない。

 

 ウィルは軽く会釈をしながら、船長のそばに駆け寄り訊く。

 

「事故ですか?」

「強い魔力波にあおられた。定置観測所からの連絡が遅くて避けれられんでな」

「船は大丈夫なんですか?」

「ただの時化みたいなもんだが、さっきのはでかかったからな。魔力波の影響が内側にも及んだみたいで機関系に少し問題が発生した。今は主動力を一時的に落として点検中だ」

 

 わずかに嫌な予感を覚えた。ジュエルシードは周囲の魔力に反応する性質があるという解析結果を思い出す。

 

「ジュエルシードを保管している貨物室はどうなっていますか?」

 

 船員の一人がコンソールを操作すると、艦橋前面のスクリーンに貨物室の内部が映し出される。

 貨物室の中は暗かった。ぽつんぽつんと点いている非常灯に照らされて、積荷の輪郭がうっすらと見える程度だ。

 その貨物室の一室にロストロギアの輸送のために特別にあつらえられた区画があり、そこにジュエルシードが納められたケースが設置されている。

 

 何もおこっていないと胸をなでおろした瞬間、ケースに亀裂が入って内側から光が漏れだした。

 保管していたケースは砕け、破片が周囲に散らばる。

 納められていた二十一個のジュエルシードは宙に浮きあがると、さらに強い輝きを放つ。周囲に渦巻く魔力の濃度が加速度的に勢いを増し、強い魔力が空間に影響を与え始めていた。

 

 ウィルはバリアジャケットを纏いデバイスを起動させると、すぐさま艦橋を飛び出した。

 活性化したジュエルシードに封印処置をほどこすためだ。

 活性化の度合いによるが、ウィルの魔力で二十一個全てに処置をほどこすのは難しい。それでも、このまま放置して致命的なことになれば結局は無事ではすまない。

 

 貨物室へ向かう途中に、さらなる強い振動が船を揺らす。そして前方の壁を壊し貫いて、炎と熱風がウィルへと襲い掛かる。

 前方にシールドを貼りつつ、後方へと急加速で下がる。向かい来る爆風と炎。高機動空戦で鍛えられた動体視力で飛来する壁の破片を視認して回避する。

 しかし狭い通路では完全に避けきることはできず、大型の破片こそ回避したものの避けきれなかった小さな破片に体を切り裂かれて姿勢を崩され、迫る爆炎にあおられそうになる。

 とっさに片足を船内の壁に叩きつけて強引な方向転換。すぐ横の通路に逃げ込んで炎に巻かれるのを防いだ。

 閉所で無理な軌道変更をしたため、体を通路の壁にこすりつけるようにして十メートルほど滑ってようやく静止。

 

 爆風を遮るように艦の隔壁がウィルの目の前で閉まり、ひとまずの安全は確保された。

 

『大丈夫か!! 返事をしろ!!』

 

 痛みに顔をしかめながら、船内回線で呼びかけてくる船長に応える。

 

「なんとか無事です。ちょっと怪我しましたけど重傷ってほどではありません」

 

 自分の体を見れば、バリアジャケットが半分ほど解除されており、体にはいくつもの創傷と打撲ができていた。

 船長の声には安堵。しかしすぐに真剣な声色に変わる。

 

『今の爆発で状況が変わった。貨物室の周辺が魔力で内部から吹き飛ばされたせいで、船の底がごっそり持っていかれて、これ以上航行を継続できそうにない。俺たちは連絡船で船から離れて救助されるのを待つつもりなんだが……あんたのいるところの周りの通路は、さっきの爆発で壁が壊れて外──次元空間に繋がっちまった』

「隔壁一枚向こうはあの世ですか。間一髪助けてもらったわけですね。ありがとうございます」

 

 ウィルは空気のありがたさを味わうように深呼吸をした。即座に隔壁が降りていなければ、今頃この場の空気は全て次元空間に流出してウィルも窒息死するか次元空間に放り出されて死ぬかの二択だった。

 

『だが悪い知らせもある。あんたが連絡船に行くための通路も隔壁で通れない』

「……死刑宣告?」

『安心しろ。あんたのいる通路のそばに転送室があるが、どうやらそこは壊れていないみたいようだ。艦橋から操作できたからな。艦のセンサー系も最低限は生きているし転送する程度のエネルギーも残っている。悪いがそれで近くの無人世界に転送するから、そこで救助を待ってくれ』

 

 士官学校でも最低限のサバイバル訓練は受けた。デバイスの中にも多少のサバイバルキットくらいは収納してある。多少の不便は魔法で解決できるので、転送先が生物の生存に適する世界であれば一月でも二月でも生きていけるだけのポテンシャルはある。

 

「そういえば、ロストロギア……ジュエルシードはどうなりましたか?」

『爆発で次元空間に放りだされて、そのまま近くの世界に落下したよ。ピンポイントでは追跡できなかったがどのあたりに落ちたかはわかってる。後は海の部隊が回収してくれるはずだ』

「その世界の情報を送ってくれませんか?」

『別にかまわんが、管理外世界だからたいした情報はないぞ』

 

 すぐにF4Wに落下した世界のデータが送られてくる。

 それぞれの世界は、発見された順番に通し番号がつけられている。そして番号とは別に、管理・管理外・無人・観測指定など、世界の在り方によって分類される。

 この世界の場合は九十七番目に発見された世界で、人類が文明を築いてはいるものの管理局の存在を認めている管理世界ではない。

 よって『第九十七管理外世界』となる。

 

 ウィルは書かれている内容にざっと目を通し、文明レベルの欄の魔法に関する項目に目を留める。第九十七管理外世界の魔法技術レベルはゼロ。その世界の住民は魔法の存在を認識できていないことを示していた。

 もしもジュエルシードが活性化しても、その世界の住人では封印はできない。ジュエルシードがどれほどの被害を出すのかはわからないが、船を半壊させるほどの威力はあったのだから、人の多い場所で発動すれば極めて危険だ。

 

「船長。俺を第九十七管理外世界に送ってください」

 

 回線越しにも驚いた様子が伝わってくる。少しの間があいて、船長からの返事が返ってくる。

 

『管理外世界だぞ。許可のない渡航もその幇助も違法だ。だってのに、俺がそんなことに協力すると思うか?』

「違法なこと、海への業務侵犯であることも理解していますよ」

 

 ウィルが言う『海』とは、管理局の中でも複数世界にまたがるような業務を担当する部署のことを示している。

 対して、ウィルがいた基地のように一個の世界内の諸々を担当する部署は『地上』と呼ばれる。

 地上の部隊はたいてい担当となる世界に駐留しているが、海の部隊は次元空間に浮遊するする大型の中継ポートを拠点とし、必要に応じて各世界に派遣される形をとる。管理局が所有する次元空間航行艦船の九割は海が運用しているため、駐屯地のない管理外世界への干渉は海の業務範囲だ。

 

「ですが、落下した世界には魔法が存在しません。落下したジュエルシードへの対応は不可能です。万が一の時のために誰かが行っておくべきです。それに管理外世界への干渉は海の担当でも、ジュエルシードの移送における安全確保は自分が任された業務です。責任は自分がとります……とりあえず、この発言を録音して提出してもらえれば、船長に責任が及ぶことはありませんよ」

『……わかったよ。仕方ねえな』

 

 ウィルは、音声越しでは見えないとわかっていたが、船長に頭を下げた。

 下手をすれば自分のキャリアを汚点を残すことになりかねない。それでもロストロギアのせいで誰かが犠牲になる可能性は看過できなかった。

 

 

 

 

 

 第九十七管理外世界──通称地球の小さな島国に、海鳴市という街がある。

 沖積平野に作られた港町であり、海に接する一面以外はまるで街を包みこむように急峻な山々がつらなっている。海には海水浴場、山には温泉のある、ちょっとした観光地だ。

 港には外国船籍の船もよく訪れるので、外国人を見かける頻度は他の街よりずっと多い。そのためか、人種を問わず受け入れるおおらか雰囲気を持つ土地でもある。

 

 その海鳴の空に二十一個の流星が煌めいた。小石ほどの大きさのそれらは、市街地へ、山へ、海へ、それぞれがてんでばらばらに落下し、誰も──少なくともこの世界の人間の中には──そのことに気が付く者はいなかった。

 

 

 少し遅れて。

 海鳴市の山側の土地に一軒家が立ち並ぶ住宅地があり、そばには公園がある。そこから山へと続く小道を進んで行けば市を一望できる高台に到着する。

 その上空の空間が歪み、ウィルが転送されてきた。ほとんど自由落下に近い速度で高台に降り立ち、周囲を見回して誰もいないことを確認すると東屋の中にある長椅子に座り込んだ。

 無事に到着したことで気が抜けたのか、先ほど負った傷が痛みだす。

 バリアジャケットを解除すると、現れた私服はところどころ焦げ、破れているところもあった。ウィルのバリアジャケットは戦闘用に調整していたので耐火性は重視していない。

 

 痛みに顔をしかめながらも懐から携帯端末を取り出し、投入していた言語翻訳用ソフトウェアを起動させる。三十余の管理世界全てはもちろんのこと、なんらかの形で交流のあった管理外世界の言語さえ含まれる定番の一品だ。データベースを確認すると、この世界の主要言語もあらかた翻訳対象になっている。

 少々高かったが、極めて小さな幻術魔法を並列展開して会話内容に合わせて口の動きも補正してくれるオプションもつけてあるので、会話についてはこれで問題ないはずだ。

 それだけをおこなうと、張っていた気が抜けて急に痛みと疲れが重くのしかかって来た。少し体を休めようと長椅子の背にもたれかかって目を閉じ、回復魔法を自分にかけようとして、

 

「あの……怪我してるんですか?」

 

 誰かに呼びかけられ、慌てて目を開き声の方を向くと、東屋の外で一人の少女が椅子に座っていた。

 あんなところに椅子があっただろうかと不思議に思ったが、少女の座る椅子には両側に大きな車輪がついていることに気がつく。備え付けの椅子ではなく、足の不自由な人を補助するための移動用の器具、車椅子だ。

 管理世界でも似たようなものはあるが、あまり使用する人がいない古典的な器具のためとっさに連想できなかった。

 途端に現状を思い出し、焦る。

 

「いや、大丈夫。軽いものだから──ッ!!」

 

 思わず立ち上がろうとしたが、足に力が入らず膝をつく。それを見た少女は、車輪を自分の手で回して近寄って来る。

 

「この怪我……全然軽ないやないですか。ちょっと待ってください。今、救急車を呼びますから。ちゃんと病院で見てもらわんな……」

「待って!」

 

 病院に連絡されるわけにはいかない。設備の整ったところで治療してもらうに越したことはないが、それがこの世界の公的機関となると話は異なる。

 ウィルはこの世界についての情報を全く知らない。異なる世界──しかも管理世界の常識が通用しない管理外世界では、ある程度の知識を得るためまでは公的機関に関わりたくはない。

 知らず非常識な行動をとって目をつけられでもしたら、今後のジュエルシードの捜索に大きな支障をきたす。時空管理局という官憲に属するウィルだからこそ、官憲に目をつけられることの厄介さは人一倍知っていた。

 心配させないように、怖がらせないように、微笑みながら話しかける。

 

「病院に行く必要はないよ。おれなら大丈夫。ほら、立ち上がることもできる」

 

 先ほどのように失敗しないよう、慎重に立ち上がった。

 

「休んでいたのはちょっと疲れていただけ。怪我も山で転んだ時に枝でちょっと擦れただけのかすり傷だよ」

「ほ、ほんまですか? ──って、その手!?」

 

 納得しかけていた少女が、ウィルの手を見て顔色を変える。ウィルも自分の手を見る──と、腕の傷が原因だろうか。袖から手へと血が垂れて来て地面にぽたりぽたりと零れ落ちていた。

 

「……この程度なめれば治るから」

「そんなわけ……もしかして、病院に行きたくないんですか?」

 

 言葉につまる。無言は肯定を表すと理解していながら、何も言葉が出てこなかった。

 

「それならこの近くに私の家があります。歩いて十分くらいですけど、そこまで歩けますか?」

「え?」

「病院が嫌やったら、無理に連れていきません。でも、せめて治療くらいはせなあきませんよ」

 

 予想していなかった言葉に、ウィルはただただ呆然とするだけだった。

 

 

 

 

「よしっ! これでおしまい」

 

 そう言うと少女はウィルから体を離してにっこりと笑い、治療に使った物を片付け始めた。

 怪我人を気づかい、相手を不安にさせないようにという心のこもった彼女の笑顔からは、幼さに似合わぬ母性がある。

 

「そうや、お茶でもいれましょうか。のどかわいてるんと違います?」

 

 出された茶をいただきながら、この世界についての情報を頭にまとめる。

 次元世界に進出しておらず魔法も存在していないのに、ここに来るまで、そしてテレビ越しに見たこの世界は想像以上に活気があった。このレベルまで発達していながら、次元世界へとまったく進出できていないのは珍しい。

 やはり、魔法がないことが原因なのだろうか。魔法技術、そして次元世界への進出には魔力素と呼ばれるものが大いに活用されており、それは重力子やニュートリノなどの次元の壁を越えて影響を与える素粒子の中でも最も制御が簡単なものだ。

 

 そんなことを考えている内に、外は太陽が西に傾き、空に若干赤みがさし始めていた。

 

「手当をしてくれて、ありがとう。お礼もろくにできなくてごめんね」

 

 ウィルはソファから腰をあげ、この家を出る支度をしようとしたが、脱いだ服を再び手に取ったところで手が止まった。ジャケットはところどころ破れているくらいだが、インナーは血で斑模様ができている。服のデザインと言い張るにはあまりにも血の臭いがきつい。

 

「それで出歩いたら、多分通報されると思いますよ」

 

 少女は苦笑いしながら提案する。

 

「多分押し入れにお父さんの服が残ってますから、おゆずりしましょうか? サイズが合うかどうかわかりませんし、もしかしたらちょっと虫食ってるかもしれませんけど」

「残っている?」

「お父さんもお母さんも事故で亡くなってしもて。それ以来、一人暮らしで」

「この家に一人で? お手伝いさんとかはいないの?」

「ええ。たまに来てもらうことはありますけど、普段は私一人です」

 

 ウィルの頭にこの少女に頼ってはどうだろうという考えがうかんだ。

 大人ならばウィルのような不審者を受け入れはしないだろう。しかし、子供ならどうだろう。しかもこんなに丁寧に手当をしてくれるような親切な少女であるなら。

 駄目でもともと。断られればどこかの廃ビルでも見つけて寝泊まりするだけ。思い切って提案する。

 

「それならお願いがあるんだ。ちょっと親と喧嘩して家出中で、この街に到着して早々にこのありさまで、財布もどこかに落としたみたいでさ。どこかに泊まることもできないし、警察に頼ったら絶対に家に連れ戻される。厚かましいお願いだけど、少しの間、俺をこの家に置いてくれないだろうか?」

 

 言う内に、子供をだまかそうとしている自分が情けなく、恥ずかしくなる。しかし、ゆっくりと休息がとれる場所が確保できれば、ジュエルシードの捜索もはかどるはずだ。

 

「置いてもらう間は家事はできる限りやるから。もちろんお礼も必ずする。ほとぼりが冷めたら帰るし、かかったお金はその時に返すよ。だから──」

「いいですよ。それじゃあ、これからお夕飯作りますから、それまでゆっくりしててください」

 

 少女はにこりとほほ笑むと、車いすを操作して台所に向かう。

 いろいろと質問されたら、どうやってごまかそうかと考えていたウィルは、そのあっけなさに拍子抜けした。気勢を減じられ再びソファに座り込む。

 その後、衣服を貸してもらい、暖かい夕食をいただき、部屋に案内された。少女は手慣れた様子で車椅子に乗ったまま掃除機を操り、部屋を片付け、ベッドに新しいシーツをひいた。

 少女の行動からは困っている人を助けたいという善意しか感じられなくて、目当ての寝床が手に入ったというのになんだか情けない気持ちになった。

 

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