復讐の炎がこの身を焼き尽くす前に   作:上光

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闇夜 A's編
幼馴染


 (カルマ)って知ってるか?

 

 動作、行動、技術、何かをすることを表すこの概念は、呼び方は違っていてもずっと昔からいろんな世界で使われているんだ。

 いまだに世界間移動もできてない管理外世界にすらこの概念があるっていうんだから驚きだよな。俺はきっと遥か過去に存在していたアルハザードに源流があると考えているんだが――こら、笑うな。いいだろアルハザードを信じてたって。実際に今の技術でも再現できないオーパーツは山のようにあるんだ。俺たちベルカでも及ばないような文明が過去にあったこと自体は間違いなくて……悪い、話がそれた。

 

 とにかく、だ。行い、語り、思い、それが業だ。

 やったことは消えない。語ったことは消えない。思ったことは消えない。

 たとえ死んだとしても失われることはなく、業が重なって新たな運命となる。

 

 だから嘆くことも怖がることもないんだ。

 故郷を滅ぼされた俺たちがこうしてここに立っているように、ここで俺たちが死んだとしても、俺たちの願いもまた消えることはない。

 意志は受け継がれて、因と果は繋がって、新たな運命を紡ぎ続け、いつかは奴らを滅ぼすだろう。

 

 恐怖が消えたなら……さあ、あの魔導書と騎士たちを倒しに行こう。

 

 我らの旅路に曙光(モルゲンローテ)の祝福あらんことを。

 

 

 ――発掘された古代ベルカ式デバイス内の音声データ

 

 

 

 

 ミッドチルダ首都クラナガンの商業エリア、その低層建築区画にある喫茶店の個室で、ウィルは待ちぼうけをくらっていた。

 

 年度代わりの人事異動で、ウィルはクラナガンの首都防衛隊に配属されることになり、故郷たる第一世界ミッドチルダに戻ってきている。

 首都防衛隊は腕利きの魔導師が集められ、通常の陸士部隊では手に負えない重大犯罪への対応を任務とする部署だ。対人制圧を目的とした訓練が多く、強くなるためにはもってこいの環境は、以前から配属を希望していた部署である。

 

 最近のニュースに一通り目を通しながら、コーヒー系メニューを上から順番に注文していくという益体もない遊びを始めてから一時間あまり、ようやく扉が開いて待ち人来たる。

 入って来たのは、十代半ばの少女。豊かな栗色の髪を二つにわけ、肩元で結んでいる。大きな丸眼鏡に、最近流行の淡い色のオフショルダーのワンピース。クラナガンのファッション街を歩けばいくらでも見つかるくらいには、見た目はどこにでもいる少女だ。

 挨拶のつもりなのか手をひらひらとさせる彼女に、ウィルは憮然とした顔を作って応じた。

 

「遅れるなら遅れるで連絡くらい入れろよ。何回そっちの端末にかけてもつながらないし」

「ごめんなさいねぇ。前の端末は足がつきそうだったからもう捨てちゃったの。後で今使ってるのを送るわね」

 

 言葉は届いたはずだが、彼女の顔は申し訳ないという気持ちはまったく見られない。それどころか笑顔を浮かべながらウィルの対面に座った。

 

「なんで眼鏡? ファッション?」

「最近流行っているのよ。なかなか似合っているでしょ?」

「正直に言っていい?」

「感想を聞かれて正直に答えるのはデート相手として落第点よ?」

「デート……デートかぁ……クアットロとデートなんて、あんまり実感わかないなぁ」

 

 目の前に座ってに笑みを絶やさない少女――クアットロは、見た目はそこら辺に山のようにいるサブカル女子に見えるが、ウィルがかつて世話になった先生――ジェイル・スカリエッティが造り出した戦闘機人というサイボーグだ。

 スカリエッティは実験体のことを娘と呼ぶ。クアットロはその名が示す通り四番目の娘。

 

「そんなこと言うなら、せっかく用意してあげた誕生日プレゼントあげないわよ?」

 

 クアットロは立ち上がると、テーブルの横を通ってウィルのそばへと近づいて来ると、前かがみになって両手をウィルへと伸ばす。

 右手はウィルの髪に一度指を通すと、次に産毛を触るかどうかといった繊細さで耳殻、そして耳朶に触れ、やがて両手が首筋に触れる。細くしなやかな両手の指が首筋をなでる感覚に思わず背筋が伸びる。

 オフショルダーのワンピースの隙間から胸元が見えそうで目を逸らす。

 彼女の裸なんて、子供の頃から調整用ポッドの中に浮かんでいるところを何度も見て知っているはずなのに。普通の女の子のような恰好をされると意識してしまうのは、悲しい男の性だ。

 

 好奇心に負けて目線を再び前にやれば、吐息がかかるほどに近くにクアットロの顔があった。

 もしかして誕生日プレゼントとは――と淡い期待を抱いたのもつかの間、かちり、と首の後ろで音がした。同時に首筋を細い糸のようなものが流れる感触。

 それが首のネックレス――デバイスであるハイロゥを身につけるための鎖――をはずされたのだと、一拍遅れてから気がついた。

 クアットロは続けて、懐から小箱を取り出す。その中には鎖。銀か、それとも白金か。その鎖は蛇の鱗のようで、投影された月の光を照り返している様が、妖しい美しさと犯しがたい神聖さを感じさせた。

 クアットロは鎖を入れ替えると、ウィルにハイロゥを返す。

 

「はいこれ。私からの誕生日プレゼント。前々から気になっていたのよね~。せっかくドクターが造ってくださったデバイスなのに、つけるのがそんな安物の鎖だなんて台無しだわぁ」

 

 早鐘のように打つ鼓動を隠しながら、ウィルは返事する。

 

「こ……こういうセンスは良いんだな」

「私を教育したのが誰だと思っているの? センスも仕草もドゥーエお姉さま直伝よ。それよりもぉ……なんだか顔が赤いわよぉ? 何か別の期待でもしたのかしらぁ?」

「してない」

「ほんとうに~?」

「してないったらしてない」

 

 横を向き、ぶっきらぼうに言い放つ。

 

「……まあ、ありがとう。もしかして、これのために来るのが遅れたとか?」

「それは関係ないわ」

「じゃあやっぱり連絡いれろよ」

 

 

 

 

「最近顔見せれてなかったけど、みんなは元気にしてる?」

「健康面への質問なら言うまでもないわね。でもドゥーエ姉さまはどこかに潜入したっきり全然帰ってこないし、トーレ姉さまもお仕事でたびたび出かけているから、二人のことは知らないわ。それ以外は私も含めて()()()()よ。変わったことなんて、ちょっと前に六人目の子――セインちゃんが完成したくらいかしら」

「一度見たことあるな。そのうち会いに行こうかな」

 

 二年ほど前、スカリエッティのラボに訪れた時に見かけた女の子を思い出す。調整中でポッドの中に入っていたので直接会って話をしたわけではないが、翡翠色の髪が綺麗だった記憶がある。

 

「セインちゃんったら、チンクちゃんにべったりで、あんまり私には懐いてくれないのよねぇ」

「チンクになつくなら、まともな証拠だよ。当時はよくわかってなかったけど、ウーノ姉さんからクアットロまでの四人は全員変人ばかりだ」

「あなたも人のことは言えないじゃない。……ところでプレシア・テスタロッサに会ったらしいわね」

 

 何気ないクアットロの言葉。しかしウィルがPT事件に関わったことは、公開されていない情報だ。

 管理局は現段階でプロジェクトFの存在が公になるのは危険と判断し、PT事件についての情報を制限した。事件情報の公開前に首謀者のプレシアが脱走したことも、その一因だ。

 プロジェクトFを完成させた彼女の影響力は非常に高い。彼女からプロジェクトFの情報が公開されることを防ぐために、本局はプレシアの行方を必死に探しているらしい。

 だというのに、クアットロはウィルがPT事件に関わったこと、そしてプレシア本人と会ったことを知っている。

 

「ウーノ姉さんが調べたのか? あの人の手にかかったら、ウェブの繋がる場所ならセキュリティも何もあったものじゃない。……あんまり派手なことはしないでほしいんだけど」

「ごめ~ん、それ無理なの。もうやっちゃったから」

「……何を?」

 

 あっけらかんとしたクアットロの笑顔に嫌な予感を感じながらも、問う。

 

「プレシア・テスタロッサの脱走の手引き」

 

 一瞬呼吸が途絶し、数秒後に身体の力が抜けて椅子からずり落ちそうになる。

 管理局がこれほどの注目をしているプレシアを、あろうことか脱走させた。注目を浴びるには十分すぎる。

 

「いったいなんでまた……」

 

 ウィルの心中の焦りを知ってか知らずか――十中八九知ってだろうが――クアットロは話し続ける。

 

「実はプレシアが完成させたプロジェクトFって、ドクターが提唱した理論なのよ。それでドクターがプレシアに興味を持っちゃったみたい。おかげで私はセインちゃんの最終テストも兼ねて、こわ~い夜の病院に侵入するはめになったのよ。ちなみに、FはFate(運命)の頭文字。知性ある生物の行動には、常に経験というものが関係している。経験は過去の記憶のことだから、行動は記憶によって決定されていると言い換えることもできるでしょ? そして人の行動を決定づけるものを運命と呼ぶならば、記憶と運命はほとんど同じモノ――だからこそのフェイト。運命を与えるプロジェクト……洒落た名前だと思わない?」

 

 笑顔で語るクアットロに、悪いことをしたという自覚はまるでない。もうどうしたものかと頭を悩ませつつ、絞り出すようにのどの奥から声を出した。

 

「……やりすぎじゃないか? いくら先生でも――」

「大丈夫みたいよ。どうせ捜査担当はドクターの保護者(クライアント)の息のかかった執務官が引き継ぐでしょうし」

「うちの親父も関わっているっていうアレ関係?」

「そうよ。ウィルも帰ったらレジーおじさんに聞いてみるといいわ。きっと、プレシアのことはとっくに知っているでしょうから。でもぉ、さすがに今回のことはやりすぎだったみたいで、すっごく怒られたらしいわ。当分はあんまり大きく動かないように、釘を刺されちゃったみたい」

 

 詳しく教えられているわけではないが、スカリエッティは犯罪者ながらも、養父たるレジアス・ゲイズだけではなく、管理局の上層部のとある派閥と協力関係にあり、実際に多大なる成果を挙げていると聞く。

 その派閥は極めて強大であり、奔放なスカリエッティですら彼らの意向を無視できないのだとも。

 スカリエッティのことは気になるが、ウィルが心配しても何ができるわけでもない。そもそもスカリエッティは心配などしなくても大丈夫、というか無駄だ。両手に釘を刺されたくらいでは意味をなさず、心臓に白木の杭でも打ち込んでおかないと動きまわりそうな気がする。

 

「プレシアは元気にしているの?」

「ええ、精力的に研究しているわ。死にかけだなんて全然思えないわよぉ。蝋燭は最後の一瞬に輝くらしいって言うけど、そういうのかしら。おかげで私も時々借り出されるからもう大変。今はプロジェクトFを止めて、娘の遺体を元に蘇生させる方法を模索しているみたい」

「そっか。元気にしてるなら……まぁいいか」

 

 脱走したプレシアも、脱走させたスカリエッティも、それを手伝ったというクアットロも、管理局の局員としては許さないのが正しい反応なのだろう。

 けれど、幼少期から犯罪者であるスカリエッティに助けられ、クアットロら戦闘機人と関係を持ち、養父をはじめとした管理局上層部が犯罪者である彼らと協力関係にあるという事実を知って育ってきたウィルは、犯罪者に対してはあまり強い怒りを覚えられない。

 もちろんジュエルシードを巡る一連の事件の時のように、目の前で何の罪もない人が害されようとするという状況であれば、迷うことなく犯罪者を倒そうとするし、自分と関わりを持たない犯罪者に対してまで容赦しようとも思わない。

 ただ、相手が犯罪者であったとしても、その人となりを知ってしまうと、どうしても相手のことが憎めなくなってしまう。きっとウィルが知らないだけで、彼らを看過してしまうことで犠牲になっている人が少なからずいるのだと、薄々理解していても。

 

 そんなウィルの懊悩とはまるで無関係に、クアットロは嬉々としてプレシアについて語り続けている。

 

「あるのかどうかもわからないやり方を探すよりも、前みたいにプロジェクトFを発展させた方が良いとは言ったのよ? そしたらそうして生み出されるのはアリシアじゃないとか言うのよ。おかしいわよねえ。体も心も全て同じに作ったら、それは本人以外の何者でもないのに。ウィルもそう思うでしょ?」

「俺は……どっちとも言えないかな」

「なぁに? もしかして難しくてわからなかったのかしら?」

「違う。たしかに俺だって身体も精神も同じなら同一の存在だと思う。だって、闇の書は毎回現れるたびに、塵一つ残らず滅ぼされている。でも、今回の闇の書と前回はまったくの別物、今回には何の罪もありませんなんて――そんな虫のいい話を認められるわけがない。それだけは絶対に曲げられない」

 

 犯罪者とはいえ憎み切れないウィルが唯一明確に憎悪する対象。それが闇の書。

 ウィルが奴らを憎むのは犯罪者だからではない。大切な人を奪ったから憎むのだ。

 

「それならどうして断言しないのよ?」

「もしも死んだ父さんが昔と同じ姿で、同じ精神で、今の俺の目の前に現れたとして、それを父さんが戻ってきてくれたって素直に喜べるかわからないからだよ」

 

 こんなに自分の過去を、自分の気持ちを素直に話せるのは、ウィルにとって二人だけだ。

 同じ事件で父を亡くすという共通の過去と闇の書を滅ぼすという共通の目的を持ちながらも、意見の違いで何度もぶつかってきた友人クロノ。

 そして、子供の頃に思わず復讐について零してしまい、その時に傷つけてしまったというのに、なぜかそんなウィルによく絡むようになり、なし崩しに相談することの増えたクアットロ。

 

「そんな感情論を出されてもねえ。……それにしても、相も変わらず復讐なんて不毛なことに一生懸命になっているのね」

「悪いか? いや、世間一般の常識から見れば悪いんだろうけど」

「そしてそんな世間の常識なんてもの、私にはどうでもいいわ。私の感想は初めて会った時とおんなじ。復讐なんて過去のことにこだわるなんて馬鹿みたい。……でも、夢に向かって走る男の子ってと~ってもかっこいいと思うわ。だからこれからも頑張ってね」

 

 嫌味なのか、それとも本気なのか。

 本気で応援してくれているとしても、それはハムスターが回し車の中を走り続けるのを眺めるように、徒労に等しい問題に向かってウィルが走り続けているのを楽しんでいるだけなのかもしれない。

 

 ただ、真面目で堅物な正義感で、ウィルの復讐心に否定的なクロノと。

 軽薄で倫理観に欠けていて、ウィルの復讐心を肯定してくれるクアットロ。

 どちらもウィルにとっては大切な幼馴染に変わりない。

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