復讐の炎がこの身を焼き尽くす前に   作:上光

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癒える傷痕

 アースラ艦長リンディ・ハラオウンは、哨戒のための長期航海から戻り、時空管理局の総本山である本局の通路を一人歩いていた。

 

 本局は元から非常に巨大で、内部に居住区として都市を丸々一つ納めているほどだが、近年は増築によりさらに拡大の一途を辿っている。

 管理世界が増えれば必要な艦船が増え、その整備のためのドックが要る。人員を増やせば、資源を搬入するための搬入口や保管する空間もさらに要る。本局に住まず管理世界から通う局員もいるので、彼らのための転送装置も増やさなければならない。

 放置できないからと本局まで引っ張って来た挙句、ほとんど封印状態で放置されている無限書庫のように人の踏み込まない場所も多々ある始末。改築に次ぐ改築、増築に次ぐ増築を繰り返した本局は、管理世界最大の迷宮とよくネタにされている。

 これから会う予定の人物は、リンディよりもはるかに本局内部に精通しているが、その者でさえもどれほどの施設があるか、一体何人が働いているのかさえ、完全には把握できていない。

 

 リンディはやっとのことで目的の執務室に到着した。約束は事前にしているので、簡単な確認だけで扉は開き、中へと通される。

 正面のデスクでは一人の女性が仕事をしている。長い髪を首のあたりでひとくくりにしており、スクウェア型のメタルフレームは光沢が適度に抑えられているため、派手な印象を与えることなく、彼女が本来持つクールな雰囲気を底上げしている。

 まだ若く見えるがリンディと大差ない年齢。つまるところリンディやプレシア同様、外見年齢が実年齢と一致していない人種だ。

 

 彼女は訪れたリンディを見て微笑むと、デスクのインターカムで秘書官に合図する。そして、応接セットのソファに座るようにうながすと、自らも仕事を中断して、リンディの対面に座った。

 応接セットは一目で高級品だとわかるもので、ソファの包み込むような柔らかさが、疲れているリンディには心地良い。

 事前に用意してあったのか、すぐに青年秘書士官が紅茶を持って部屋に入って来る。彼は二人の前に紅茶を置くと、お手本のように綺麗な一礼をして部屋を出て行った。

 

「お疲れ様。今回は何も起こらなかったみたいね」

 

 リンディをいたわる言葉をかけてくれる彼女――レティ・ロウラン提督とは古くからのつきあいで、リンディにとっては公私ともに頼れる人物だ。

 

 彼女は時空管理局本局の内局、その中でも運用部に所属している。

 同じ提督でありながら、リンディのように現場に残る者もいれば、レティのように現場と内勤を行き来し、次第に内局へと働く場を移す者もいる。

 現場だけで組織が回るわけもなく、計画、予算、編成、人事、給与、教育、装備、さまざまなことを担当する裏方の存在が組織には不可欠だ。これら全てにおいて強い決定権を持つ内局はまさに組織の中枢であるということを示している。本局の内局となれば、もはや時空管理局全体の中枢と言っても過言ではない。

 重要な部署である以上、現場からはさまざまな不満や要望が発生する。それを回避するためには、相手が納得する判断を下せる客観性と判断力、それでもなお発生する不満を解消できる交渉力と人心掌握力。さらには、問題にならない程度に特定の派閥に肩入れする要領のよさと先見性も――必要なものが多すぎて数えきれない。

 光り輝く才と巨大組織の闇が交わり、不透明な人心が乱舞する。権謀術数が渦巻く伏魔殿どころではなく、人外化生が蠢く万魔殿だ。

 彼女はその住人。敵に回せば恐ろしい人物だが、味方にすれば武装隊の一個中隊より心強い。

 

「PT事件のような大事件がそうそうあるようだと困るわよ。それよりフェイトさんのことだけど」

 

 そのリンディの言葉に、レティは微笑みながら答える。

 

「心配ないわ。嘱託魔導師試験、筆記の方は合格よ。実技はあなたと一緒に見ることになるでしょうけど、見せてもらったデータを見る限り、ヘマをしなければ落ちることはないわね。気が早いけど合格した後のことを考えましょう。更生プログラムが残っている児童を嘱託魔導師として働かせる場合には保護観察が必要だけど、誰かご希望は?」

「グレアム提督はどうかしら」

 

 普段なら担当保護観察官を自由に決めることはできないが、今回は少々事情が異なる。プロジェクトFの重要性のせいでPT事件の大部分がいまだに公開されていないため、プロジェクトFの申し子たるフェイトと密接に関わることになる保護観察官の選択も慎重におこなう必要がある。

 その点、かつて執務官長を務めながらも、現在は時間的余裕の多い法務顧問官。PT事件後にプロジェクトFを争点にした有識者会議の出席者にして、なおかつフェイトの境遇に理解と同情を示す人柄を持ち、今は亡きクライドの恩師でもあるグレアム提督は人選として申し分ない。

 

「なるほどね。手続きは私の方でやっておくけれど、あなたからもグレアム提督に連絡を入れるのを忘れないようにね」

「もちろんよ。ところで、フェイトさんの様子はどう?」

「普段は使い魔のアルフさんと一緒に行動しているみたいね。肉体的には問題なし。精神的にも変わった様子は見られない。でも、それが逆に気になるわ。あなたの話だと相当母親に依存していたのよね? それにしては、母親がいなくなったというのに落ち着きすぎているように見える」

 

 プレシア脱走にフェイトが何らかの関係を持っていると暗に言い含める発言に、リンディは眉をしかめる。

 

「プレシアが脱走した時にはフェイトさんはもう施設にいた。脱走に関して彼女は直接的な関係はもっていない」

「わかっているわよ。脱走したのは母親の罪。そのことで子供にどうこう言うつもりはないわ。でも、これほど安定しているところを見ると、面会に行った時に何らかの方法で教えてもらった……あるいは教えなくとも感づいてしまった可能性もある。というわけで、試験に合格したらアースラに配属させるわよ」

「私に監視をしろってことね?」

 

 じとっと睨むリンディの視線を受けても、レティはいたずらがばれたとでもいうように軽く笑う。

 

「そしてあわよくば探りをいれてほしいわね……怖い顔しないでよ。ただの病院とはいえ、あそこからプレシアが一人で脱走できるわけがない。誰か協力者がいたはず。その潜在的な危険性は非常に高くて、放っておくわけにもいかない。それに前科のある彼女はどこかの派閥に入れた方が良い。あなたのところなら私も心配せずに送り出せるわ。監視はあくまでもついでよ。何もなければそれでいいの。あなたやアースラの乗員が嫌がるようなら、どこか他のところに頼むけど」

「わかっているわ……念のために試験までに乗員に確認をとるけれど、その方向で進めておいて」

 

 管理局は――本人の意思次第だが――前科者であろうとも、事情や更生の余地がある者であれば局員として採用する。

 だが、元犯罪者の雇用に嫌悪感を持つ局員は海陸問わず少数ではない。それは当然だろう。事情があろうがなかろうが、犯罪によって市民が危険にさらされ、その解決のために自身と仲間が命をかけているのだから。

 法律(公)と感情(私)は常に同じ方向を向くわけではない。あまり認めたくないことだが、いい年の大人が集まる社会集団でもいじめは存在する。バックがない前科者は、その標的として最適だ。

 そこで前科持ちを勧誘した場合は、彼らを周囲の風聞から守るために派閥に組み込むことが暗黙のルールとして存在している。

 それは周囲の風聞から彼らを守るためであり、更生の意志を見せる者のやり直す道を閉ざさないためであり、前科持ちを引き入れたことへの責任を持つということでもある。

 その風潮を悪用して減刑を餌に贖罪の気持ちを持たない者を積極的に勧誘する者もいるが、そうして引き入れた者が問題を起こした場合は庇護している派閥に何らかの形でペナルティを与えるという風潮も暗黙のルールとして存在している。

 

「それで、そのプレシアの捜査はどうなっているの?」

 

 話題を変えるように、リンディが尋ねた。

 

「運用部の私が知るわけないじゃない」

「あら? 私の知らない間にレティ・ロウランの耳もずいぶん遠くなったのね」

 

 軽口をたたくリンディに嘆息し、「貸し一つね」と言ってレティは口を開いた。

 

「現状、何も足取りはつかめていないわ。脱走した病院も、アリシアの遺骸が消えた時の庭園も、両方とも痕跡はゼロ。どこに行ったのかはまったくわからないわ。担当者の報告が笑えるのよ。脱出方法は、病院内のセンサやロック全てを掌握した上で、姿を光学的にも完全に欺瞞する技術を持っていると思われる――なんて。どうやら犯人は、どんなものでも開けられる魔法のカギと、姿を消せる魔法のマントを持っているみたいね」

 

 結論から言うと、何もわからない。相手は管理局に何も掴ませないだけの技術を持っている危険人物ということがわかった、と言い変えることもできる。

 

「私たちもアースラの整備が終わったら協力する事になるのかしら?」

「それはないわ。艦船付きの事案になるほどの確定的な情報があるわけでもないし、今は各地で問題が頻発していて有事に動ける船も足りていないから、いつでも動かせる船は残しておきたいわ。だから、もし近々何か大きな事件が起こったら、その時はあなたのアースラに出てもらうことになるでしょうね。PT事件を解決した手腕、頼りにしているわよ」

 

 リンディはため息をこぼした。何も起こらなければ良いという願いは、往々にして叶わないと知っているからだ。

 

 

 

 

 クロノがフェイトとアルフを連れてやって来たメンテナンスルームは、本局武装隊が詰めるB3区画の隣に位置しており、本局第四技術部が本局武装隊の装備の管理をおこなっている。

 青地の本局制服の上に白衣を羽織った少女が、フェイトに待機状態のバルディッシュを手渡す。

 

「メンテナンスだけだからほとんど変化はないはずだけど、ちゃんと慣らしはしておいてね。デバイスのせいで試験に落ちたなんてことになったら、デバイスマイスターの名折れだから」

 

 眼鏡をかけた垢抜けない少女は、第四技術部所属の技官、マリエル・アテンザ。

 クロノやエイミィにとっては士官学校の後輩にあたり、その縁でクロノはしばしば個人的にデバイス関係の相談を持ちかけることがある。

 

 フェイトはバルディッシュを受け取ると、頭を下げる。

 

「わかりました。ありがとうございました、マリエルさん」

『Thanks.』

「マリーで良いよ。それにしても、凄いデバイスだね。パーツの一つ一つが特注品。かかった費用だけで言えば、クロノ先輩のS2Uが四つ買えるよ。値段だけじゃなくて、機関部は魔導端末メーカーの規制品には見られない独特の組み合わせ方をしているし、フェイトちゃんの魔力変換に合わせた魔力変換器なんか、理論から独自に設計されてる。しかも、たしかこの理論って当時はまだ実証されていなかった――」

 

 始まったマリエルの長話に、クロノがうんざりとした顔をする。

 しかし、当のフェイトはバルディッシュを褒められたことを、嬉しく感じていた。バルディッシュはデバイスだが、生まれてからほぼ全ての時間を時の庭園で過ごしたフェイトにとっては、プレシアやアルフと同じく家族の一員だ。ほめられれば嬉しい。

 バルディッシュを褒めてくれたマリエルに、もう一度お礼を言おうとして、フェイトは顔をあげた。が、当のマリエルはバルディッシュを陶然と眺め、熱っぽい息を吐く。

 

「是非とも解体(バラ)してじっくりたっぷり解析したいなぁ。……ねえ、やっぱり後一日調整のために渡してくれない?」

 

 フェイトは全力で首を横に振った。

 

 

 未練たっぷりのマリエルの視線を背に感じながらメンテナンスルームを後にした。

 歩きながらクロノはフェイトとアルフに語りかける。

 

「管理局には様々な考えの者が集う。アースラは僕がこれだから慣れている者も多いが、他の部隊には年若いというだけで見下す者も出てくるだろう。嘱託として働き始めればそんな人物と一緒に仕事をしなければならないこともある。そんな時は――」

「わかってるよ。なめられないように初対面でガツンといけばいいんだろ?」

 

 アルフが笑顔で語る内容に、クロノは大きく顔をしかめた。

 

「頼むからやめてくれ。騒動を起こしたら更生施設に逆戻りもある。……何かあったら、他所の部隊のことであっても遠慮せずに僕たちに相談してほしい。出来得る限りきみたちを守るつもりだ。ただ、もし嘱託を続けたくなくなったら――」

「大丈夫だよ」

 

 フェイトは明るい声で、クロノに答えた。

 

 

 裁判中のこと。クロノの執務室で、フェイトはクロノとから今後の方針について説明を受けた。

 二人の間にはホロディスプレイが投影されており、クロノは裁判の経過や今後の展望を事細かに語る。途中まではアルフも一緒に聞いていたが、半時間を過ぎた頃には飽きて、すでにソファで寝ていた。

 

「裁判がこのまま進めば、きみは一年ほど隔離施設に収容されて、更生プログラムをこなすことになる。でも、嘱託の資格をとって管理局で働くことにすれば、一年の中期から半年の短期、三ヶ月の特別短期に切り替えることができるし、給与もでる。事務系の嘱託は専門の勉強が必要だから難しいが、魔導師としてなら十分に合格を狙える。だからきみには嘱託魔導師を勧めるのだけど、最後に僕の考えを伝えておこうと思う」

 

 二人の間にあったホロ・ディスプレイが消え、クロノの顔がはっきりと見える。

 真剣な顔に、フェイトも居住まいを正す。

 

「きみは罪を犯した。それは変えようのない事実だ」

 

 膝の上に置いた手に、力が入る。フェイトは大切な人のために罪を犯した。

 その選択を後悔しているわけではないが、自分のせいで傷ついた人を無視できるほど弱くもなく盲目でもない。仕方がないと折り合いをつけられるほど強くもなく器用でもない。

 

「だが、時の庭園で生まれ、他の人間とほとんど交流を持つことができなかったきみには、選択の自由がなかった。その不自由さは犯罪を起こさせた一因だ。犯した罪を償うのは当然の義務だけど、それとは別にきみには少しでも早く自由を手に入れて欲しいと考えている」

 

 不安げなフェイトに、クロノは優しく微笑む。

 

「嘱託魔導師は危険もあるけれど、一年も働けばきみは自由だ。隔離施設で更生プログラムをこなし、その後の数年間を管理局の監視下で斡旋された仕事をこなすよりはずっと早い。それが僕が嘱託魔導師を提案した最大の理由だ。きみたちには自由を手にして、自分で人生を選び、自分の道を歩んでほしい。もちろん僕の考えにすぎないから、やってみて嫌だと感じたら断ってくれてもかまわない」

「でも、自由って言われても、私、どうしたら良いのか……」

 

 これまで触れたことのない概念に、フェイトは不安を覚える。主の感情が伝わったのか、寝ていたアルフも目を開けて、横目でフェイトとクロノを見る。

 

「それはこれからゆっくり考えれば良い。わからないことや辛いこと、悩みがあればまずは相談してほしい。僕だけじゃなく、母さんやエイミィ、なのは、ユーノ、……多分ウィルも。僕たちはきみが自分の人生を生きるために、助力は惜しまないつもりだ」

 

 クロノの言葉に裏表はなく、純粋に善意のみで構成されていた。

 かつてプレシアがフェイトに――本当はアリシアにだが――見せていたような。なのはがフェイトを救おうとした時に見せていたような。相手の幸福を願う気持ちだ。

 

 

 その時の言葉を思い出し、フェイトは花が咲くように笑い、クロノに答えた。

 

「みんながいてくれるから、私は大丈夫」

「そうか、それなら良いよ」

 

 クロノは再びフェイトとアルフに背を向け、歩き始めようとして、一歩目で止まる。体はそのまま、首だけ曲げてフェイトたちを見る。横顔の口元はほんのわずか、何か月もの付き合いを経てようやくわかるようになった程度に、口角が上がっていた。

 

「帰る前に、何か食べに寄ろうか」

 

 数日後、フェイトは見事に嘱託魔導師試験に合格し、アースラでクロノやエイミィたちと一緒に働くことになる。

 

 

 

 

 格子窓からは月灯りが差し込み、板張りの床に月光の白と影の黒のストライプを作り出す。

 日付も変わる深夜。高町なのはは、魔法の訓練のために静謐満ちる道場に座り込む。

 なのはは起床から登校までの間と、帰宅から夕飯までの間。日に二回の訓練を欠かさずに続けている。だが、夢見が悪くて眠れなかったなのはは、こっそりと家を抜け出して、本日三回目の訓練をおこなおうとしていた。

 十月も下旬にさしかかろうというこの時期、深夜は足元が少し冷える。格子窓から吹き込む風の音と、庭の木の葉が擦れ合う音。そして、乱れることなく一定のリズムを刻むなのはの呼吸音。夜の世界を作り上げる音はたったのそれだけ。あまりにも小さな音の連なりは、道場の大部分を占める闇に飲まれて消える。

 

 凪いだ現実世界とは裏腹に、なのはの体の内側では静かに、しかし大きく、魔力が渦巻いていた。

 

 魔法の訓練といっても、いきなり魔法を使いはしない。運動をする前に準備体操をするように、魔法にも準備体操がある。

 

 まず、己の体内を観ることで内包する魔力を認識する。感覚は五体を離れ、魔力――アストラルの流れを知覚する。

 流れの中には熱の塊がある。リンカーコアと呼ばれる、魔導師なら誰でも持つ魔力を蓄えるための器官だ。物質的に存在するわけではないが、たしかに体内に存在する魔力的な器官。

 リンカーコアを見つけた後はゆっくりと魔力を巡らせる。

 上のものを下の如く、下のものを上の如くに。体内の魔力を均一化させ、粗雑なものから精妙なものを、ゆっくりと巧みに分離する。体内の魔力といえども全てが同じ性質をもつわけではない。それぞれの持つ性質を理解していく。

 ここに至ると、なのはは己の体内に蓄積された魔力の流れを、明確なイメージとして認識できるようになる。

 なのはの身体の中には一本の太い管が形成されていた。リンカーコアから出て、体内を巡り、また戻る。途切れない管。イメージをさらに強固にし、より多くの魔力を巡らせる。管は太くなりとぐろを巻く蛇と化す。さらに魔力を増やす。蛇は龍へと成長し輝きを増す。

 

 この訓練の目的は、己の体にとって最適な魔力の流れを作り出し、それをイメージとして捉えることだ。

 龍はなのはにとっての最適な魔力の流れ。蜘蛛の巣や、複数の面で造られた多面体、もう一つの血管など、最適なイメージは人によって異なるらしい。なのはにこの訓練を教えてくれたウィルとユーノの場合は、リンカーコアを中心に燃える炎と、背骨を幹にした木だという。

 魔力の流れを確固としたイメージとして捉えることができれば、準備運動は終了。

 

 なのははゆっくりと目を開き、息を吐くような自然さで魔力の流れを変える。体内の龍が首をもたげると、なのはの魔力が魔力弾という形で体外に放出された。

 

 電化製品に定格があり、使用出来る電圧や電流量が定められているように、魔力にも魔法プログラムに応じての定格がある。デバイスがあれば、デバイスが変換器の役割を果たしてくれたり、逆に魔力量に応じてプログラムの一部を変更してくれたりもする。

 しかし、魔力を練り上げることによって、その手間を小さくできる。これにより、なのははかつて以上に迅速に、そして負担もなく魔法を構築できるようになっていた。

 

 半年前、何もわからずにレイジングハートに助けてもらいながら魔法を使っていた時と、今のなのはは違う。ユーノに理論を教わり、短期間ながら学校で専門教育を受け、自分でも勉強と訓練を重ね続けた結果、成長速度は加速度的に上昇している。

 

 それでも、なのはは満足していなかった。魔法が使えるようになるほどに、瞬時に魔法を構築して戦闘ができるウィルやフェイト、デバイスもなしに多数の魔法を行使できるユーノの凄さがわかる。見たことはないがクロノは彼らよりさらに上の魔導師だと聞く。

 自分はまだ届かない。もっと強く、もっと高く、もっと巧く。

 

 なのはを突き動かす力への意思。

 その原因は幼少期の体験であり、見逃した大樹で街に被害が出たことであり、自らの魔法でフェイトを傷つけてしまったことにある。

 特にフェイトを傷つけてしまった事実は今でもなのはの心に暗い影を落としている。自分の行使する力は人を傷つけることが可能なものだと、明確に認識した。

 だからといって、なのはは魔法の力を捨てることもできない。そうすれば、みんなと出会わせてくれたきっかけとなるこの力を、自分で忌まわしいものだと認めてしまうような気がした。

 そして、感情的ではない合理的な部分で理解していた。あの時のフェイトを止めるには、魔法の力以外に手段はなかった。言葉ではフェイトの信念は曲がらなかっただろう。

 魔法という人を傷つける力を肯定しながら、傷つけることを否定するなのはは、一つの結論に至った。

 

 ――間違っていたのは魔法じゃない。それを扱う自分の未熟な技量だ。

 

 だから鍛える。次は同じ間違いをしないように。次はもっとうまくやれるように。

 高町なのはという少女は、悩みもするし後悔もするが、根っこが徹底的に前向きでタフだ。

 彼女は幼い頃の寂しさをバネに優しくなったように、恐れを糧に強くなり続けている。

 

 

 一時間後。訓練を一通り終えたなのはは、へとへとになりながら立ち上がる。日に二回を想定した訓練を三回おこなったのだから当然だが、今日は特に張り切り過ぎた。

 立ち上がる行為にさえ全霊を必要とする。頭に鉛のように重くのしかかる疲労感を抱えながら部屋に戻ろうと歩き始めるが、右足を一歩前に踏み出した途端、膝が折れ曲がり体が崩れる。

 道場の板に顔をぶつける直前、誰かに体を支えられた気がしたが、それが誰なのかを確認する前に意識の糸はぷつりと切れて――

 

 

「起きろ、なのは」

 

 自分の名前を呼ぶ声で、なのはは目を覚ました。目に映るのは道場ではなく、見慣れた自分の部屋とのぞこむ恭也の顔だ。

 

「やっと起きたか。このままだと学校にも遅刻するぞ」

 

 カーテンから漏れる光は、すでに太陽が昇っている証。なのはは体を半回転させて、ベッドに置かれた目覚まし時計を確認し、落胆する。半年前までならいつも通りの起床時間だが、朝の訓練をおこない始めたこの半年間の起床時間に比べれば遅すぎる。

 

「あ……これじゃあ、トレーニングしてる時間が……」

「夜中に鍛錬なんてするからだ」

「ごめんなさい…………あれ? もしかして、お兄ちゃんが部屋まで運んでくれたの?」

「そういうことになるな」恭也は一歩下がり、椅子に座る。 「俺も美由希も無茶な鍛錬をして父さんに怒られたことがあるから、本当は偉そうに言える立場ではないが……オーバーワークは怪我のもとだ」

 

 注意する恭也の顔は、なのはがこれまで見たこともないほどに真剣だ。

 

「昨日だけじゃない。これまでも、たびたび夜中に鍛錬をしていただろ」

「気がついていたの?」

「あたりまえだ。俺だけじゃなくて、父さんも気づいていた。もしかしたら、母さんや美由希も気づいていたかもしれない。それでも何も言わなかったのは、なのはなら無茶はしないと考えたからだ。なのにまさか、倒れるまでやるなんてな。昨日はたまたま起きていた俺が様子を見に行ったから良かったが、そうでなかったら風邪をひいているところだ」

 

 注意しながらも、恭也はなのはの頭に手をのせてなでる。

 

「無茶をするなとは言わない。だが、無茶をするなら、その時は俺たちにも声をかけろ。家族なんだ。もっと頼ってもバチは当たらないと思うぞ――」

 

 説教は唐突に途切れた。恭也は突然狼狽しながら室内を見渡してティッシュを取り、なのはの顔に当てる。

 

「なにしてるの?」

「俺が聞きたい。いきなり泣くなんて、俺はそんなにキツいことを言ったのか?」

 

 ぺたぺたと頬をさわると、たしかに頬は濡れていた。流れる液体が口に入る。しょっぱい。机の鏡に映る自分は、たしかに泣いていた。

 理由はわからない。わからないが、悪い涙ではないことはわかる。心が暖かくて、鼻の奥がツンとしていて、涙が次から次へとあふれてくる。こらえようとしても止まらないので、なのはは言われた通りにさっそく家族に頼ることにした。

 恭也に飛びつき、彼の胸に顔をうずめて、思いっきり泣いてみた。恭也は驚きながらも、なのはの気が済むまでじっと動かずにいてくれた。

 

 なのはは幼少の頃、寂しさを感じていた。その辛さを糧になのはは成長したが、それでも心の傷が癒えたわけではない。

 だが、自分のことを家族が見ていてくれた。気にかけてくれた。その事実が、ほんの少し、なのはの傷を癒してくれた。

 

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