復讐の炎がこの身を焼き尽くす前に   作:上光

36 / 70
月村邸決戦

 星々の微かな光を遮り、灯のない森を塞ぎ、結界が月村邸周辺を囲っていた。

 

 結界は逃げ場をなくすだけではなく、結界内部に展開する通信妨害によって外部への救助連絡を妨害し、結界内に連れ込まれた者同士の念話による連携を封じる。

 月村邸にどれだけの数の魔導師がいようと、通信が封じられた状況で奇襲を受ければ混乱は免れない。彼らが統率のとれた動きを取り戻す前に数を減らせば、その後の戦闘を有利に運ぶことができる。最悪の場合でも、最初の奇襲で蒐集した魔力を成果として逃走すれば良い――というヴォルケンリッターの目論見は、しかしたやすく覆されていた。

 

「……なんでこんなにいんだよ」

 

 ヴィータが呆然とつぶやく。その声色には顔を隠すための仮面の下の表情を想起させるほどに動揺が表れていた。

 

 四人のヴォルケンリッターと相対するのは、十倍に及ぶ武装隊の隊員。

 前衛が隊列を組みデバイスを並べ、後衛のデバイスから放たれる魔力光がサーチライト代わりに四人のヴォルケンリッターを照らす。

 奇襲どころか、彼らはヴォルケンリッターが月村の敷地に結界を張っている最中に、月村邸の裏の倉庫から一斉に姿を現した。

 その中の一人が声を大きく張り上げる。対峙する魔導師たちの中でも、一二を争う幼さの少年だ。

 

「僕は時空管理局執務官クロノ・ハラオウンだ。武装を解除して同行してもらおう」

 

 飲めない要求にシグナムが剣で答えようとした時、シャマルから三人に念話による通信が届く。通信妨害環境下でもヴォルケンリッターだけは連携が取れるように、特定の魔力波長には効果がないように設定されている。

 シグナムはシャマルと念話でやり取りをしつつ、時間稼ぎのために剣を一旦下ろしてクロノの呼びかけに答える。

 

「拒否した場合はどうなる?」

「管理外世界での許可なき魔法行使の現行犯。多数の傷害事件の容疑。なによりヴォルケンリッターを放置するわけにはいかない。投降するのであれば攻撃はしない。だが、抵抗するのなら容赦するつもりもない」

 

 クロノが話している間に、シャマルの懸念が全員に伝えられた。

 

『管理局は私たちの居場所をつきとめていたのかもしれないわ』

 

 というものだ。

 

 武装隊の対応は襲撃される可能性を考慮していたとしてもあまりに早すぎる。

 普通は結界を張られて異常に気付き、急いで出てくるものだ。しかし結界を張っている最中に、デバイスとバリアジャケットを完全に展開した状態で現れるとなれば、ヴォルケンリッターの行動があらかじめ監視されていたとしか思えない。

 

 八神家を出てすぐに見つかったのか。それとも八神家にいた頃から見張られていたのか。

 後者であれば、はやてが危険だ。ヴォルケンリッターがここに出向いている間に、管理局の別働隊が動いている可能性も有り得る。

 

『ヴィータ。結界から離脱して、主はやてを家から移動させろ』

『シグナムたちはどうするつもりだよ? これだけの人数に三人じゃ、いくらなんでも危ないって』

『心配するな。ある程度蒐集したらすみやかに撤退するつもりだ』

 

 魔力消費の少ない肉弾戦を得意とするザフィーラと防御魔法に優れたシャマルは、戦闘継続時間と安定性に秀でており、よほどのことがない限り即座に倒されることはない。そして将たるシグナムの戦闘能力には微塵の不安も持っていない。

 彼女ら三人なら、たとえ勝てなくとも引き際さえ間違えなければやられることはない――はずだ。

 

「このまま返答がなければ、敵対の意思があるとみなす」

 

 何も答えないヴォルケンリッターにクロノが最後通告を送り、武装隊がデバイスをヴォルケンリッターに向けて構える。

 

『行けっ!』

 

 シグナムの叱咤を受け、ヴィータは短距離の高速移動魔法を行使し、その場からはじかれるように離脱する。

 逃すまいと動く武装隊を防ぐようにシグナムが前に出る。

 

『はやてを安全な場所に連れて行ったらすぐに戻ってくるから! それまでやられんなよ!』

『約束する』

『絶対だからな!』

 

 ヴィータは結界の外へと離脱し、シグナムは武装隊に突撃。シャマルは動かず、ザフィーラはシャマルのそばに位置どる。

 

 クロノが迎撃命令を下す。

 

「射撃準備! ――斉射!」

 

 魔導師たちのデバイスに、それぞれの魔力光が灯る。号令するクロノのS2Uにも青色の魔力光。

 色とりどりの魔力弾が一斉に放たれる。シャマルは魔力を纏った風を生み出して迎撃し、ザフィーラは体で弾く。そしてシグナムは異なる角度から迫る魔力弾を見極め、隙間を縫うようにして敵に接近する。

 駆けるシグナムの周囲の空間が青く発光し、幾重もの青色の輪が体を拘束する。空間指定型のバインド。クロノは味方の弾幕を冷静に俯瞰し、弾幕の隙間に一瞬で捕縛魔法を潜伏させていた。

 

「行くぞお前ら!」

 

 武装隊の隊長の号令で、彼を含む前衛の魔導師が一斉に突撃を開始する。

 その中でもエレメントであろう二人の隊員が縛られて動けないシグナムにいち早く接近する。

 

「はぁっ!」

 

 シグナムは短く吼えると、拘束するバインドの構成式に魔力をもって強引に介入し、クロノのバインドを引きちぎる。

 その隙に左右からシグナムに切りかかる隊員たち。シグナムは同時に二人を相手にしようとせず、まずは右から迫る隊員に向かって剣を振り、相手をはるかに上回る剣速で打ちのめす。

 もう一人の隊員が背後から一撃を叩き込もうとする。が、シグナムの騎士甲冑の外套の陰から鞘が現れる。威力はないが、不意をつかれ隊員の攻撃の勢いが鈍る。

 生まれたわずかな時間で、シグナムは瞬時に反転、即斬撃。隊員の魔力刃とシグナムの愛刀レヴァンティンの刀身が激突。拮抗する互いの刃の隙間を縫って放たれたシグナムの前蹴りが、隊員を吹き飛ばす。

 

 同時攻撃を凌ぎきっても物思いにふける暇はない。上空から急降下する者が一人。

 

「るるるるうううああああぁぁッ!!」

 

 謳うような雄叫びと共に、武装隊の隊長の一撃が振り下ろされる。

 

「おおおおおおおおおおおおぉっ!!」

 

 咆哮――シグナムは向かい来る敵を調伏する獅子吼を発しながら切り上げる。

 瀑布のごとき打ちおろしと疾風のごとき切り上げが衝突。衝撃波が森の木々を揺らし、煽られた紅葉の葉が夜空を踊り狂う。

 

 隊長が押し勝ち、魔力刃がシグナムの肩口に食い込む。いくらシグナムといえど、左手に鞘を持ったまま右手一本でとっさに切り上げた剣では、精鋭揃いの本局武装隊で隊長に選出される戦士の渾身の攻撃を受け止めることはできはしない。

 ふらつく体を制御、さらに体をひねることで攻撃の威力を受け流しつつ、敵の腹部に回転蹴りを叩き込む。が、相手もさるもの。とっさにデバイスから片手を離し、シグナムの脚を掴み取った。

 

「足癖の悪いやつだ!」

 

 シグナムはそのまま放り投げられた。投げ飛ばされた先には誰もいない。

 相手が追撃の機会を捨ててまで投げたのは、それ以上に効果的な攻撃を用意しているからで。

 

「第二射! 放てっ!!」

 

 クロノの大音声。

 前衛の攻撃は初めから後衛が砲撃魔法を構築するための時間稼ぎ。

 クロノと十人を超える後衛魔導師の砲撃魔法がシグナムに狙いを定めていた。

 

「砲撃なんぞ、撃たせんっ!!」

 

 砲撃がシグナムを貫くより早く、ザフィーラが魔法を放つ。腕の先に百メートルにも及ぶ巨大な白色の槍が現れ、砲撃を放たんとする後衛に向けて一閃される。ザフィーラの奥の手、拘束魔法『鋼の軛』の応用技。

 後衛は砲撃を中断し回避するが、その中の二人の魔導師が避けきれずに直撃する。どちらも一撃で意識を刈り取られ、ゆらと体が傾き、自然落下を始める。

 

 落ちる二人の体を鎖が捕える。シャマルの捕縛魔法『戒めの鎖』だ。

 鎖に囚われた魔導師たちの胸部前方にリンカーコアが浮かびあがり、収縮する。シャマルの手にある闇の書の頁が増加する。

 

 蒐集を止めるため、前衛数人がシャマルに接近し魔力刃を振るう。

 ザフィーラがその間に割り込み、鋼を超えるその肉体で魔力刃を受け止める。生半な刃ではザフィーラの強靭な肉体を貫けない。

 

「前衛は下がれ! 第三射!」

 

 クロノの指示を受け、前衛が一斉に下がる。と同時に、後衛の魔導師が魔法を放つ。射撃、砲撃に続いて、今度は広域魔法だ。

 

『二人とも下がって!』

 

 シャマルの指示を受け、シグナムとザフィーラがシャマルのそばに寄る。シャマルは防御魔法を行使。空中に魔力の盾が現れる。

 放たれた広域魔法の魔力の総量は、シャマルの防御魔法の許容量を超えていたが、同一空間に放たれた広域魔法が互いに干渉し合い威力が減殺されたため、壊れることなくかろうじて攻撃を受けきった。

 しかし広域魔法はヴォルケンリッターの動きを止め、前衛を後退させるためのもの。

 広域魔法が終わり、クロノが紡いでいた魔法が完成する。

 

「スティンガーブレイド! エクスキューションシフト!」

 

 クロノの周囲には、百にも及ぶ魔力刃が浮かび、ヴォルケンリッター目掛けて一斉に飛翔。範囲魔法で弱っていたシャマルのシールドを完全に破壊する。

 ザフィーラがシャマルの体を抱き寄せ、刃の群れを代わりに受けた。青色の魔力刃が腕に突き刺さる。

 

 これで守りの要たるシャマルとザフィーラを守るものは全て取り除かれた。

 

 満を持して、天空にわだかまる闇の帳が取り払われてフェイトが姿を現す。

 彼女の周囲には金色の球が浮いている。数は十より少し多いくらいだが、その一つ一つが、莫大な魔力を込められた発射台(スフィア)だった。

 フェイトは前衛と後衛の波状攻撃のどちらに加わることもなく、着々と一つの大魔法を構築し続けていた。

 魔法の構築がヴォルケンリッターに悟られなかったのは、幻術魔法を覚えている隊員が彼女の姿や魔力反応を隠していたからだ。もちろん幻術魔法だけでフェイトの巨大な魔力反応を完全に隠蔽するなどできはしないが、数十人の魔法が吹き荒れるこの戦場では、ヴォルケンリッターでさえも気がつかない程度に弱めることはできる。

 

「シグナム! お前も俺の後ろに――」

「フォトンランサー! ファランクスシフト!!」

 

 シグナムがシャマル同様、ザフィーラの背後につき、二人を守るためザフィーラが両腕を広げて仁王立ち。

 直後、金色の魔力弾がヴォルケンリッターを飲み込む。クロノのエクスキューションシフトが青の雨なら、フェイトのファランクスシフトは金の滝。

 四秒後、合計千二十四発の魔力弾を吐き出して役目を終えた発射台が崩壊し、滝はやがて線となって消失した。

 

 前衛と後衛が交互に攻め立てる波状攻撃で相手に自由を与えず行動を縛り続け、最大級の攻撃を叩きこむ。

 個ではなく数を活かし、チームワークという組織の力で戦う管理局の戦い方が十全に発揮された。

 

 

 フェイトの最大魔法の直撃を受けたザフィーラの騎士甲冑は、もはや原型を留めていない。だが――

 

「……嘘だろ」

 

 隊員の誰かのつぶやきは、その場にいる者たち全員の心中を代弁していた。

 あれだけの攻撃魔法が直撃してなお、ザフィーラは意識を保っていた。その双眸に宿る赤の煌めきには微塵の陰りもない。

 彼の背後のシャマルにいたっては無傷。そして同じくザフィーラの背後にいたはずのシグナムの姿は、すでにその場にいなかった。

 

 クロノは周囲に素早く視線を巡らせ、叫ぶ。

 

「フェイト、後ろだ!」

 

 フェイトの背後の空間に歪み。転送魔法によって、シグナムが虚空から姿を現す。

 

 クロノは転送途中のシグナムに向けて魔力弾を放つが、プログラム体であるヴォルケンリッターの転送は普通よりも遥かに早く、クロノの魔力弾が届く前に完了する。

 フェイトが避けようと体を動かし始めるが、大規模な詠唱魔法を行使した直後のため、反応が遅れる。武装隊の隊長がフェイトを守ろうと駆けているが間に合う距離ではない。

 レヴァンティンの刀身が、戦場を飛び交う魔力光を照り返し、夜空に七色の光の筋を描く――が、最後まで描かれることはなかった。横薙ぎの一閃がフェイトを打ち据える前に、フェイトとシグナムの間に割って入ったアルフが、自らの体を盾に斬撃を止めていたからだ。

 

「がっ、頑丈なのが、取り柄でね」

 

 アルフは激痛に顔をしかめながらも、横腹にめりこむレヴァンティンの刀身を抑え込む。

 

「いまだよ!」

 

 アルフの合図で我に返ったフェイトは、バルディッシュに魔力刃を形成。シグナムに切りかかる。さらに、フェイトとは逆方向から隊長も迫る。

 剣を押さえられ、残る鞘だけで二人を同時に相手するのは困難と判断したシグナムは、あえて防御を捨てた。

 左右からの斬撃が騎士甲冑を越えてシグナムへと届く。

 

 その瞬間、レヴァンティンの鍔がスライドし、魔力を込めたカートリッジがロードされた。

 

『Explosion!!』

 

 レヴァンティン・シュランゲフォルム。

 分割された剣の破片を細い糸で繋いだ、鞭状連結刃による全方位斬撃が、シグナムのそばにいたフェイト、アルフ、隊長の三人を同時に攻撃。

 さらに剣に纏う魔力が炎に変換され、シグナムを中心に発生した爆発めいた衝撃の波が三者を吹き飛ばした。

 

 シグナムを包み込むように、宙空に赫焉として燃える炎の球が現れる。違う、蛇だ。鞭状連結刃が纏う魔力が炎と化して生み出された長い長い炎の蛇が、とぐろを巻くようにして球を形成している。

 シグナムは、あえて攻撃を受けてからシュランゲフォルムを展開。負傷と引換に両者を至近にひきつけて、回避を許さず直撃させるという荒業を見せた。

 そして受けた攻撃でついた傷は、魔力が通うと共に修復されていく。一秒後には数分前と変わらない無傷のシグナムが戦場を睥睨していた。

 

 これがヴォルケンリッター。プログラムが魔力で形を成した古代の騎士。

 痛みへの怯えも、欠損による戦力低下もない。魔力がある限り戦い続ける理外の存在という圧倒的な個は、数の力と渡り合うだけの力量を有している。

 

 

 吹き飛ばされたフェイトは、隊員の一人が放った網状のバインドに受け止められる。フェイトは自分同様にシグナムのそばにいた二人を探し、周囲に視線を巡らせる。

 アルフは空中で隊員によって受け止められていた。最も至近距離で攻撃を受けたため、気を失っている。

 隊長は誰の手も借りず、自ら空中に留まっていた。しかしその右腕はだらりとぶら下がり、デバイスを左手に持ち替えている。先ほどの一撃で右腕が折れたのだろう。

 

 フェイトも無傷ではない。黒色のバリアジャケットに、幾筋もの白い模様が描かれていた。それは肌だ。縦横無尽に疾った連結刃に触れた部分のバリアジャケットが綺麗に消失し、その下の柔肌が外気にさらされていた。破れた部分が痛み、ミミズ腫れのように赤く腫れ始める。

 シュランゲフォルムによる攻撃が、斬撃ではなく打撃の性質を持っていたのは、殺さないようにとシグナムが手加減をしたから。もしも斬撃であれば、今頃フェイトは血まみれ、隊長は右腕を失い、アルフは使い魔の生命力をもっても瀕死に追い込まれていた。

 

 彼我の実力差を実感しながらも、フェイトの心は折れない。アルフが我が身を挺して助けてくれたのだからここで踏ん張らなければと考えて、バルディッシュを構えようとし――激痛で腕が上がらなくなる。

 

 

「つかまえた」

 

 

 フェイトの胸から、腕が突き出されていた。白くて細い腕から伸びる白魚のような指の先に、輝く光球――フェイトのリンカーコアが掴みとられていた。

 

 フェイトの背後には誰もいない。腕はフェイトの胸部からわずかに数センチメートル先の空間から突き出されていた。

 空間連結によって二つの空間を同期させ、離れた場所にいる相手の体内に干渉。魔力によって構成された実体のない腕によってリンカーコアを体内から押し出し、体内に戻ろうと働くそれを連結された空間を通して送られた己の腕によって保持する。

 相手の肉体に直接の負傷を与えずリンカーコアのみを掴みとるという、曲芸めいた高等技術。

 ヴォルケンリッターの一人シャマルの奥の手、空間連結魔法『旅の扉』の応用技。

 

 シグナムの攻撃によって、フェイトのバリアジャケットが破壊された――すなわち、外部からの魔力干渉を阻害する防御が消失した瞬間を狙っての奇襲だった。

 

 闇の書の頁が埋められていく。

 

 

 

 

 月村邸の一室、前面に投影されたホロディスプレイには、ヴォルケンリッターと武装隊の姿が映しだされていた。

 通信妨害が無線による情報伝達を著しく阻害しているせいで、映像は不鮮明。頻繁にノイズがはしって画面がぶれる。

 

 エイミィら通信担当が通信妨害の解析をおこない、リンディは部下に指示を飛ばす。命令を受けた局員は無線通信が使えないので伝令のため走って部屋から出ていく。

 急な事態に焦りながらも、局員はリンディの指揮のもと確実に対応していた。

 

 ヴォルケンリッターの襲撃はリンディにとって予定外であっても、想定外ではなかった。

 こちらから攻撃をしかけようとしている日に限って、向こうから攻めてくるのはさすがに予想していなかったが、襲撃の可能性自体は地球に拠点を置くと決めた時点で考慮されており、その場合の対応も検討済みだ。

 

 管理局が月村の屋敷を拠点としたのも、転送ポートから近いという利点だけが原因ではなく、襲撃される可能性があることを知った忍たち月村の者が自発的に貸し出してくれたからだ。

 街中に拠点をかまえれば、襲撃された時に周囲に被害が及び騒ぎが広がる。だが、月村の屋敷の周囲は森と山。ここに襲撃をかけられても、月村家の所有物にしか被害はでない。

 我が身の危険をかえりみず、最低限の費用のみで屋敷の一部を貸し出してくれた彼らに応える最大の方法は、屋敷の人々に被害を出すことなくここでヴォルケンリッターを捕縛することだろう。

 

 

 命令を出し終たリンディは、砂糖の入った緑茶をのどに流し込みながら、少しでもこの状況を有利に変えるために何ができることはないかと思考する。

 数秒後、リンディの脳裏に一つの作戦が閃いた。

 視線を前方のディスプレイから外し、ノイズのかかった映像を食い入るように見ているなのはとユーノを見る。思いついた作戦には、彼らの協力が必要だ。

 リンディが彼らに声をかけようとする前に、そばに座っていたグレアムがエイミィに尋ねた。

 

「結界を解除することは可能か?」

「ジャミングによってセンサーが軒並み機能していませんから、ジャミングを解除するまでは結界の解析ができません。残っている魔導師では、結界に干渉しての解除はほぼ不可能です」

「では、高出力の魔法による破壊しかないか。なのは君、ユーノ君。きみたちの力を貸してくれないだろうか?」

 

 なのはとユーノは驚き、グレアムを見返す。

 

「何をすれば良いんですか?」

「なのは君の砲撃魔法で結界を破壊し、ユーノ君に新たな結界を張って欲しい。きみたちなら可能だ」

「そのくらいなら――」

「待って下さい」エイミィが会話に割り込む。 「結界を破壊できるくらいの砲撃魔法を構築したら、ヴォルケンリッターにも気づかれます。そうなれば、なのはちゃんとユーノ君が危険です」

 

 言って、エイミィはリンディを見る。捜査司令はリンディだ。いくらグレアムが提案したところでリンディが却下すればそれまでだ。

 

「この状況では有効ね」

 

 しかし、リンディの判断はグレアムの提案を支持するものだった。先ほどリンディが思いついた作戦とグレアムの提案はまったく同じ。

 

 結界を管理局側の魔導師が張り直すことには、二つの利点がある。

 一つは結界内外の出入りを、こちらが自在に操れるようになること。つまりヴォルケンリッターの逃走を阻止できるようになる。

 さらに、結界内に取り込まれた月村の住人たち非戦闘員を結界外に脱出させることもできる。ヴォルケンリッターがわざわざ武装隊に背後をつかれる危険を犯してまで、魔力を持たない邸内の人間に襲いかかるとは思えないが、戦闘の余波を受けて屋敷に被害が出て非戦闘員が傷つく危険は小さくない。

 

 もう一つの利点は、通信妨害を無効化できることだ。

 過去の戦闘記録から、ヴォルケンリッターの通信妨害は他者の張った結界内部では機能を著しく低下させると判明している。張り直してすぐとはいかないが十分もたてば通信も復旧するはずだ。

 通信が戻れば、本局へ応援の緊急要請ができる。八神家の周囲に張り込んでいる捜査官に命令し、八神はやての身柄を確保することもできる。

 

 抗議を続けようとするエイミィをリンディは手で制しつつ立ち上がった。

 

「もちろん護衛はつけるわ。エイミィ、戦闘訓練を受けたことがある者をリストアップして。それから、私もなのはさんとユーノ君の護衛に回るわ。私が加われば持ちこたえることくらいできるでしょう? 以降の指揮はあなたが引き継いでちょうだい」

「リンディ君が出るのは、あまり良い判断とは言えないな」

 

 グレアムがリンディの判断を否定するように、首を横に振った。

 

「では、十分な護衛もなしに、なのはさんとユーノ君を危険に飛び込ませろとおっしゃるのですか?」

「そうではない。護衛はたしかに必要だ。だが、リンディ君が行かずともここに手の空いている魔導師が一人いる」

 

 グレアムは将官服の胸ポケットから、一枚のカード――待機状態のデバイスを取り出す。

 

「セットアップ。フルンティング」

『At your pleasure.(仰せのままに)』

 

 純白のカードが光を放つ。グレアムは現れた純白の槍を右手で握ると、戦士の顔を見せる。

 

「衰えても戦い方を忘れたわけではない。二人を守るくらいなら、今の私でもできるだろう」

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。