戦況は一進一退のまま均衡状態に陥りかけていた。
管理局側の脱落者はフェイトとアルフを含めて六人。
戦闘開始直後はヴォルケンリッターの技の冴えに対応が追い付かず、直撃を受けて脱落する者もいたが、彼らとて精鋭たる本局武装隊。相手の実力を把握できれば、それでなお落とされぬように守りを固めてくるだけの柔軟性と実力を有している。
ヴォルケンリッターは三人とも健在といえ、ザフィーラとシャマルは共に鋼の軛と旅の扉という奥の手を見せており、シグナムもシュランゲフォルムまでは見せた。
当然武装隊もそれらの技を警戒しているため、再度同じ技を使ったところで初見の時のように不意をついて戦闘不能に追い込むのは難しい。
言い換えれば、それらの切り札をフェイトとアルフという敵戦力の要を落とすために切ることができたのは僥倖だ。彼女たちが残っていれば、この一進一退の状況は確実にヴォルケンリッターにとって不利に傾いていったことだろう。
しかし、このまま多数の敵からの攻撃をさばき続けていれば先に魔力が尽きるのはヴォルケンリッターの方。タイミングを見計らって撤退しなければならないが、その展望を覆すような要因がシャマルから告げられる。
『シグナム! 東に五百メートル――屋敷の反対側に魔力反応! 誰かがとても大きな魔法を使おうとしているわ!』
この混戦目掛けて視界外から大規模魔法を撃ち込めば、武装隊も大勢巻き込まれかねない。
ならばその魔法の目的はヴォルケンリッターへの攻撃ではなく結界の破壊。
『ここは頼んだ!』
シグナムはこの場を二人に任せて後方に下がり、転送魔法を行使した。
シグナムの目に映る光景が変化する。
武装隊が駆け回り、色とりどりの魔力光が輝く戦場はもう見えない。
新たに映るのは地上にいる数人の魔導師。その中の一人、桜色の魔力光を持つ者が砲撃魔法を構築していた。翡翠の魔力光を持つ者は広域結界の準備中。それ以外の者は二人を守るように立っている。
最優先で止めるべきは砲撃魔法。
桜色の魔力光に向かって急降下するシグナムは、構築中の魔導師の姿を視認した。同時に相手もシグナムに気が付き、両者の視線が合う。
――高町なのは
風を裂く音と衝撃。
動揺でわずかに意識がそれたシグナムの顔を、純白の槍が殴りつけて吹き飛ばした。
空中で姿勢を制御しながら攻撃した相手を確認しようと顔を向ければ、視界に映るのは氷と液体。
「アイスコフィン」
シグナムの周囲を取り囲む氷の花と液体が動きを阻害し、強壮で知られるベルカ式の騎士甲冑をいとも簡単に貫いた。
液体が体に触れる。体温が急激に奪われ肉が溶ける。あまりの激痛にシグナムが悲鳴をあげようとするが、そのために開かれた口から侵入した極寒の冷気が喉を内部から破壊する。死ぬような痛みを幾度となく味わってきたヴォルケンリッターでなければ、痛みで動くことさえできなくなっただろう。
シグナムはその魔法の正体を理解した――いや、覚えていた。もちろんその対処法も。
体内の魔力を全身に纏わせると、それを炎熱へと変換する。炎が氷を溶かし、液体を蒸発させる。しかし生み出した炎が液体と触れた途端、急激に勢いを増す。炎が制御できなくなり、術者であるシグナムの肉体を燃やし始める。
炎にあぶられながらも飛行魔法でその場を離脱。
月村邸のガラスを突き破って室内に転がりこみ、勢いそのままに扉を突き破って廊下へ飛び出てる。
扉の影に身を潜めて肉体の再構成を実行しながら先ほどの攻撃を受けた場所を見れば、シグナムがいなくなった後でも炎は空中に残って燃え続けていた。
あのまま留まっていれば、全身を焼かれて致命傷を負っていたに違いない。
いくら魔力で肉体を再構成すれば傷は消えるとはいえ、その隙もなく生命活動が停止するような攻撃を受ければそのまま死ぬ。
かつて己を死の寸前まで追いやったその技の悪辣さと恐ろしさは、シグナムを構成する情報に刻み込まれている。
先ほどの魔法は『凍結魔法』――凍結の魔力変換によって発生したもの。
魔力変換のほとんどがエネルギーを発生させるのに対して、凍結は熱――エネルギーを奪う性質を持つ。
先ほどシグナムの周囲に現れた氷は気体中の水蒸気。液体は酸素と窒素。凍結によってシグナムの周辺の空間の温度を超低温――おそらくマイナス二百度前後にまで下げたのだろう。
バリアジャケットはある程度の熱変化には強い。雪の降る凍土や灼熱の砂漠といった厳しい環境も、バリアジャケットを纏う魔導師にはそよ風の吹く春の草原と変わらない。
それでも千度を超える炎やマイナス百度の氷といった極度の熱変化にまで耐えられるわけではない。
そのような特殊な状況に耐えられるバリアジャケットを構成しようとそちらにリソースを振れば、基本である耐衝撃、耐魔力がおろそかになってしまう。だから普通は熱変化への耐性はそこまで重視されない。
シグナムがしばしば剣に炎を纏わせるのは、その弱点を突くためだ。炎でバリアジャケットを容易に破壊できれば、剣と魔力の威力をより効率良く相手へと叩きこむことができる。
しかし、その弱点はシグナムたち騎士にとっても同じ。超低温の氷は騎士甲冑を容易に破る。
騎士甲冑を破って侵入した液体窒素はシグナムの体を凍てつかせ、生命活動を停止させる。液体酸素は触れた有機物を酸化させる――肉や骨を溶かす。
さらに、液体酸素は高い支燃性を持つため、シグナムが低温に対抗するために炎を生み出せば、炎は爆発的に勢いを増して術者であるシグナム自身をも焼きつくす。かといって、炎を生み出さなければ氷と酸で殺される。
唯一の対処法は、先ほどシグナムがやったように炎によって氷を溶かし、動けるようになった瞬間にその場を離れることだ。
それでも相当の負傷はまぬがれない。即座に魔法の正体に気づき迅速に対処したシグナムでさえ、負った傷の深さは致命傷一歩手前。
肉体の再構成が完了し、シグナムは再び傷一つない肉体を取り戻す。
同時に、シグナムの制御を離れて燃え盛っていた炎が消失した。
晴れた視界の向こう、悠然と立つ魔導師の姿が見える。見忘れるはずがない。前回のヴォルケンリッターを倒した管理局の魔導師。その彼らを率いていた指揮官の姿。
「やはりお前か」
凍結魔法も他の魔力変換と同様で、魔力変換資質を持たない魔導師でも、そのためのプログラムを構築すれば使うことができる。
しかし、凍結は破壊力という点では純粋魔力運用の攻撃魔法や他の魔力変換に劣るうえに、発動には高度な制御力が必要とされる使い勝手の悪い魔法だ。
凍結魔法を実戦で使用できるレベルの魔導師は、管理世界でも極少数。シグナムの記憶にも近年では奴一人しか存在しない。
「十一年ぶりだな。お前たちにとっては、そうでもなかろうが」
グレアムが鮫のような笑みを浮かべると同時に、なのはの砲撃魔法が完成。桜色の砲撃が天へと奔り結界を貫いた。穴が開き、構成を維持できなくなった結界が崩壊する。
間髪入れず、ユーノが新たな結界を張る。
これで結界を破壊しない限り、ヴォルケンリッターは逃走できなくなった。ならば、対峙する強敵を倒して進むより他に道はない。
海鳴の街の空をヴィータは駆ける。
月のない晩だ。一般人に見咎められる可能性は低いので、高度を気にせず速度重視で飛ぶ。
結界を出てからずっと、ヴィータははやてをどこに連れて行くべきか考え続けている。
今日一晩隠れるだけなら、街の廃ビルなり港湾部の倉庫なりいくつかの選択肢がある。最悪、海鳴を囲む山中でも良い。
しかし相手に知られている恐れがある以上、もう八神家に戻ることはできない。
では、どこに行けば良いのか。
はやてがヴォルケンリッターのように自在に次元世界を渡れるなら、管理局の目が届かないほど遠くにまで逃げることもできるが、あいにく闇の書の主は生身の人間。プログラム体のヴォルケンリッターのように次元世界を渡ることはできない。
これまでの闇の書の主が捕まって来たのも、結局のところそれが原因だ。主が世界間を移動できないから、ヴォルケンリッターの蒐集範囲は一定範囲に留まり、蒐集が進むごとに範囲が特定されていく。
結界のおかげで、今のところ管理局の魔導師が追いかけてくる様子はない。
その代わり、逃げ切れるのだろうか、そもそもはやてはもう捕まっているんじゃないだろうか――そんな不安の影が後を追いかけてきて、それを振り払うためにヴィータはさらに加速する。
八神家の外観が見えてきた。出かけた時と同じく、玄関とリビングに灯りがついたままだ。
その光に照らされて、玄関に三人、裏庭に二人。計五人の男が八神家の周辺に倒れているのが見えた。
急降下して裏庭に降り立つと、倒れている男に触れて生体反応を確かめる。
気を失っているだけで死んでいるわけではない。目立った外傷もない。
「なにもんだ、こいつら」
もしも管理局の魔導師だとすれば、いったい誰が倒したのか。わざわざ管理局に敵対して闇の書を助けようとする者などいるはずが――いや、心当たりがあった。
だが、まずははやての安全を確認する方が優先だ。出かける時に鍵をかけずにおいた掃き出し窓から家に入る。扉を開け放った音が家中に響き渡る中、リビングのソファを飛び越え、廊下側からはやての寝室に向かう。
寝室の前で、ヴィータは足を止めた。扉の向こうからわずかな魔力が漏れている。魔力の流れは無秩序。魔法行使による魔力が漏れているわけではなく、ただ魔力を垂れ流しているだけ。
意味のない行為か――違う、ヴィータを誘っているのだ。
ヴィータは防御魔法を張り、グラーフアイゼンを構えながら寝室へと踏み込んだ。
「早い帰りだ」
ベッドの前に男が立っていた。月よりも寒々とした仮面をつけた戦士。
仮面をつけたその姿は見覚えがある。自分たちが八神はやての騎士となってから初めて蒐集をおこなった、あの夜に現れた魔導師だ。
「やっぱりお前か」
部屋の中が荒らされた様子はなかった。いつもヴィータがはやてと一緒に寝る時と変わらない。しかし、仮面の戦士の背後にあるベッドは無人。寝ているはずのはやての姿がない。
「答えろ。はやてをどこにやった」
ヴィータの濃密な敵意を受けても、仮面の戦士に動揺はない。問いかけに答える言葉は、仮面同様に冷ややか。
「彼女はもう、この世界にはいない」
冷気と炎が空気の対流を生み出し、無風のはずの結界内に暴風が吹き荒れる。
肉体の再構成を終えると、シグナムは月村邸の窓から飛び出てグレアムに対峙するが、
「シグナムさん!」
名前を呼ばれ、シグナムは空いた左手で己の顔に触れ舌打ちした。
顔を隠すためにつけていた仮面がない。肉体を再構成した時に、具現化し直すのを忘れていた。
誰がシグナムの名前を呼んだのかは考えるまでもない。
「お願い、戦いを止めて! こんなこと、はやてちゃんが悲しむだけだよ!」
地上のなのはが、上空にいるシグナムに向かって叫ぶ。
彼女の言うように主がこのことを知れば悲しむだろう。それでも、止まるわけにはいかない。
「邪魔はするな」
せめてこの戦いに巻き込まないようにと、それだけを告げてシグナムはグレアムへと突撃する。
なのははシグナムのもとへと駆けつけようと、飛行魔法を行使。靴に羽根が生えて、今にも飛び上がろうとした時、なのはの腕をユーノが掴んで止める。
「離してっ!」
「落ち着いて! あそこに飛び込んで行ったら、死んじゃうよ!」
ユーノの顔は蒼白だ。グレアムの魔法の効果を理解できた彼には、上空の戦いがどれほど恐ろしいのかがわかる。
グレアムの凍結魔法は、肉体を再構成できるヴォルケンリッターだからこそ戦闘が継続できているのであって、人間が直撃すれば死をまぬがれない。
超級の魔導師と騎士の戦いは小規模な災害のようなものだ。巻き込まれれば命はない。
「でも、でも――!」
なのはだって、魔法の効果がわからなくとも、上空でおこなわれている戦いがとてつもなく高レベルなことくらい理解できる。
それでも、何かをしたいと願う。みんなが不幸にならないために、自分には何かができるはずだと。魔法にはそれだけの力があるのだと。
でも、なのははユーノの腕を振りほどけなかった。いったいどう動けば良いのか、それがまったくわからなかった。
十を超える魔力弾がシグナムに襲いかかる。巧みに軌道が変化する魔法を回避するのは困難だ。だが、足を止めて打ち落とそうとすれば、その瞬間に凍結魔法の餌食になる。
凍結魔法のみなら騎士甲冑の低温への耐久力を上昇させて防ぐこともできるが、純粋魔力による攻撃を織り交ぜられてはそうもいかない。
騎士甲冑に冷気と魔力、両方への高い防御を持たせることは、さしものシグナムでも不可能だ。
移動し続けるシグナムに、前方から誘導弾が迫る。魔力を纏わせたレヴァンティンでなぎ払う。魔力構成が崩壊し、誘導弾が霧散する。
わずかにタイミングをずらし、斜め前方から異なる誘導弾が迫る。速度を上げて回避するが、誘導弾が髪を掠めて髪留めのリボンがちぎれ飛ぶ。
レヴァンティンに魔力をのせて振るえば、大気と魔力が混じった衝撃波となってグレアムを襲う。グレアムは瞬時にシールドを展開して防ぐ。
シールドを展開した瞬間、誘導弾に若干のぶれが生じたのをシグナムは見逃さなかった。シールドの高速構築と魔力弾の誘導を両立させることはできなかったのか。
これを好機と捉え突撃する。誘導弾の反応は予想通りにわずかに遅れ、シグナムは誘導弾の包囲を抜けてグレアムに接近する。
グレアムの背後から、二つの青白い壁が現れた。グレアムの左右を通って前方に出ると、合流して一つの波濤となる。
ぶれたように見えたのは、シグナムの接近を誘うためのフェイク。
デバイス内に保管していた圧縮空気を解放し、瞬時に凍結魔法でエネルギーを奪い液体窒素と液体酸素を生成。波濤と化したそれらは、接近したシグナムを飲み込まんと白煙をともなって迫る。
触れれば先ほどの再現となるだけ。しかしここで下がっても状況は改善されない。グレアムは脅威だが、いつまでもかかずらわっていて良いわけではない。こうしている間にも、ザフィーラとシャマルは武装隊を相手に戦い続けている。
レヴァンティンのカートリッジの装弾数は三発。鞭状連結刃シュランゲフォルムへの変形に一発消費した。残りは二発。
鍔がスライドし、カートリッジに込められた魔力が刀身を覆い、薄紫の魔力が炎に変わる。
シグナムがレヴァンティンを振るうと、炎が横向きの火柱となって波濤と激突する。
氷は溶けたが、液体酸素のせいで炎が激しく燃え盛り、新たに炎の壁が生み出される。このまま突っ込めば自らが生み出した炎に再度焼かれてしまう。
「紫電一閃!」
超高速で振るわれたレヴァンティンが風を裂き、衝撃破を生み出した。
炎の壁に風圧で穴が空く。シグナムはさらに加速。開いた穴を通過し、ほどけた赤い髪を戦旗のようになびかせながらグレアムに肉薄する。もはや両者の間には何の障害物も存在しない。
レヴァンティン内に残った最後の一発のカートリッジをロード。再度の紫電一閃。炎を纏った剣が夜空に赤い軌跡を生む。
グレアムは凍結魔法によって作り出した氷をフルンティングの先に誘導。氷の長槍が触れた空間を凍てつかせながら迎撃する。
凍結と炎熱が激突。マイナスとプラスが互いを打ち消し合い、纏う炎と氷の穂先が互いに消失。
白煙を裂き、レヴァンティンが一閃。フルンティングは弾くことさえできず、甲高い音をたてて真っ二つに断ち切られた。グレアムは衝撃で吹き飛ばされ、姿勢を制御する間もなく月村邸の屋根に衝突する。
屋根に手をついて立ち上がろうとするグレアムに、追撃を狙うシグナムが迫るが、青色の光弾――スティンガーレイが接近を阻止した。
光弾に遅れて、クロノとともに武装隊一小隊が現れる。彼らはグレアムの前に立つと、シグナムへと魔力弾を放ち続ける。
「無茶をなさらないでください!」
「すまないな。だが、私もまだ戦える」
グレアムはそう言って、クロノの横に立つ。その周囲に次々に魔力弾を発射するためのスフィアが現れる。
「凍結以外なら、デバイスがなくとも使えるからな」
シグナムの前には武装隊の一小隊とAAAを超える魔導師が二人。
シグナムの指が二つのカートリッジを虚空から取り出し、レヴァンティンに装弾する。
ザフィーラの鋼の軛、シャマルの旅の扉のように、シグナムも奥の手を持っている。グレアムに対しては十一年前に見せてしまったが、執務官の方ならばこの一撃で墜とせる可能性はある。
だが、この一撃はシャマルやザフィーラの奥の手とは異なり、直撃すれば死は免れない。
それでも――
カートリッジがロードされる、まさにその直前。結界に重低音が響き渡った。
天と地を揺るがす振動。結界に大きくひびが入り、甲高い音を立てて崩壊する。
小型のビルに匹敵する巨大な円筒が夜空を高速で動いていた。円筒の側面から伸びる細い棒を、十歳前後の少女が握って振り回している。非現実になれている魔導師さえも唖然とさせる、現実離れした光景だ。
円筒を振り回すのは、ヴォルケンリッターの鉄槌の騎士、ヴィータ。そして円筒は彼女が持つ槌型デバイス、グラーフアイゼンの頭部だ。
グラーフアイゼン・ギガントフォルム――カートリッジ二発分という巨大な魔力によって、内蔵していた膨大な質量を量子の海から引きずり出し、デバイスの外装とする。ヴォルケンリッターの中でも最大の破壊力を持つヴィータの奥の手。
クロノでさえ、突然のことにヴィータの方に気をやってしまった。
対峙するシグナムへの警戒を怠るなどという初歩的なミスはしなかったが、ヴィータとシグナム以外への注意が低下する。
その意識の間隙をついて、上空から仮面の戦士がクロノに襲いかかる。
急降下の勢いのまま、かかと落とし。直前で気が付いたクロノは上方向にシールドを張り攻撃を防ごうとする。
仮面の戦士はかかと落としの途中で強引に体をねじる。巧みな姿勢制御で蹴りの軌道が縦から横へと変化し、シールドのない横方向からの蹴りがクロノを吹き飛ばす。
返す刃で放たれた横蹴りがグレアムの腹部に命中。グレアムもクロノ同様に吹き飛ばされた。
指揮官二人が文字通り一蹴されたことで、隊員が動揺する。
その隙に、仮面の戦士はシグナムに念話を送る。
『まだ転送をおこなうだけの魔力は残っているな? 今から指定する座標に行け。逃走の手はずを整えている』
『お前は、あの時の――』
『新たな結界を張られる前に急げ。八神はやても我らが保護している。返して欲しければ従え』
信用できないが、戦場から撤退するのが最優先と判断。仲間と合流するために、隊員たちの間を強引に突破して、月村邸を越える。仮面の戦士もシグナムの後に続く。
前方ではヴィータがシャマルとザフィーラと合流していた。ヴィータが振り回す巨大なグラーフアイゼンのせいで前衛はおいそれと近づけず、後衛が魔力弾を用いて遠距離攻撃をしかけ、それをザフィーラとシャマルが防御している。
三人の仲間に向けて、念話を送る。
『座標は――』
『聞いている!』『聞いたわ!』『二人にも伝えた!』
シグナムが接近すると、ヴィータはギガントフォルムを収納。シグナムはレヴァンティンを鞘に納め、すれ違いざまに右手でザフィーラ、左手でシャマルを掴み、戦場から逃走する。ヴィータと仮面の戦士もシグナムの後を追いかける。
邪魔されずに多重転移をおこなうために、一旦敵から距離をとらなければならない。
「逃がすな!」
武装隊の前衛が彼らを追いかける。
さらに、クロノが片手で腹部を抑えながら、月村邸の屋根の上に立ってデバイスを構えていた。周囲には魔力刃が次々と生成されていく。
「アクティブガード」
シグナムたちの後方で爆風が発生。逃げるシグナムたちは後押しされて速度が上昇し、追いかける隊員たちは押しとどめられて速度が低下する。
いったい誰が――と周囲に視線を巡らせる。
シグナムたちの前方に、もう一人の仮面の戦士が立っていた。手には一枚のカードを持っている。
『後は任せろ』
仮面の戦士の周囲に、魔力弾が次々と生成される。さらに、カードが輝きを放ち消失すると、仮面の戦士の魔力が増加する。カートリッジのようなものかと、シグナムは推測。
さらなる魔力を得て、生成される魔力弾の数がさらに増加する。
クロノの魔力刃と、仮面の戦士の魔力弾。双方合わせて百を超える数の魔力の塊が空中でぶつかり合う。
次々と起こる爆発で、シグナムたちの姿が隠される。
爆発が晴れた時、空には誰もいなかった。
「エイミィ! 追跡は!?」
「やっています! でも――」
邸内では、エイミィが額に汗をかきながら、コンソールを一心不乱に操作し続けるが、いまだに完全には消えていないジャミングの影響や、結界内で大量に消費された魔力が周囲に急激に拡散することで発生した魔力流が、各種センサーを狂わせていた。
やがて、エイミィの指の動きがぴたりと止まった。
「……反応、ロストしました」
ヴォルケンリッターも、仮面の戦士も、どちらもその場から消えてしまった。
次第に鮮明さを取り戻していくディスプレイを見つめながら、リンディは命令を下す。
「負傷者の回収に医療班を向かわせて。それから、本局への連絡も」
そして、椅子の背もたれに体重を預け、長い長いため息を吐いた。
「今回は、私たちの負けね」