「せっかく協力関係を築けたんだ。もう少し仲良く行こう。いつまでも立ち話というのも疲れるだろう。適当なところに座ると良い。リーゼアリア君、彼らにお茶をお願いするよ」
「いやよ」
「私からも頼むよ、アリア」
「承知いたしました、お父様」
などという会話がなされた後、談話室に置かれた椅子やソファに思い思いに腰かけたヴォルケンリッターの元へ、リーゼアリアが紅茶を淹れて回った。
紅茶が全員分に行き渡ったのを見届けると、グレアムが再び口火を切る。
「今度はこちらから尋ねたいことがある」
闇の書の暴走という真実を告げられた直後だ。次はいったい何が飛び出して来るのか。想像するだけで緊張で喉がからからになる。
シグナムは渇く喉を紅茶で潤し、グレアムの質問の続きを待った。
「私は十一年前の闇の書事件の後も、個人的に闇の書を調べ続けた。管理局のデータベースはもちろん、管理、管理外を問わず様々な世界の伝承や記録を集め、とある魔導書の記述を見つけた。『夜天の書』――この名前に聞き覚えはないか?」
「夜天……」
シグナムは声に出し、言葉の響きを口と耳で確かめる。
「……いや、ない。魔導書の名か?」
「そうだ。夜天の書は古代ベルカに作られた魔導書で、他者の魔法を書へ自動で記述する『収集機能』を持ち、書によって造り出された騎士を護衛として、いくつもの世界を渡り歩いていたとある」
「闇の書と似たような魔導書が他にもあったのか? しかし寡聞にして知らないな」
魔導書は古代ベルカ時代に存在していた大型の魔法行使補助端末だ。
その製作には非常に優れた魔導の使い手と設備が必要とされる、非常に貴重なもの。
そのように数の少ない魔導書の中でも、闇の書は類を見ないほどに独特で、強力だった。一部の機能だけとはいえ、似たような魔導書があるというのは驚きだ。
「本当に覚えがないのだな」
グレアムの視線はシグナムの隣、ヴィータに移った。
机に視線を落としていたヴィータがグレアムの視線に気づいてつぶやいた。
「あたしは……その名前を聞くとなんかもやもやする」
「何か心当たりがあるのか?」
「ぜんぜん。聞いたこともない。……ないはずなのに、もやもやするんだ」
ヴィータも自分同様知らないだろうと思っていただけに、そのどこか不安げな様子に不安をかきたてられる。先ほど告げられた暴走と同様に何か致命的な欠落に繋がっているような気がして、たまらず尋ねる。
「なぜその書のことを聞く。私たちとその書には、何か関係があるのか?」
「夜天の書は、闇の書のかつての名だ」
あっさりと告げられた衝撃の事実にヴォルケンリッターの顔が驚愕に染まる。
「二つの魔導書にはいくつか異なる点がある。闇の書は主の死亡や本体の消滅をトリガーとして、無作為な転生によって新たな主を見つけ出すが、夜天の書は通常のデバイスと同じように、管理権の譲渡によって主を変えることができた、というように。何より、夜天の書であった頃には暴走を起こすようなことはなかった。私たちはそれらの相違点は歴代の主による改竄によって変化したものであり、その変化に闇の書が暴走したきっかけがあるのではないかと考えている」
と、グレアムは話を締めくくった。
談話室に重苦しい沈黙がおちる。十数秒ほどたって、真っ先に口を開いたのは、指をほほにあてて考え込んでいたシャマルだった。
「もしも闇の書が夜天の書だったとしたら……私たちは闇の書じゃなくて夜天の書の騎士って名乗るべきなのかしら?」
シャマルは大真面目な様子で、しかしどこかピントの外れた発言に空気が弛緩する。
続いて、シグナムが率直に述べる。
「すまないが何も思い出せない。そのせいか、闇の書のかつての名と言われても、どこか人事のように感じられる。ヴィータは何か思い出せたか?」
「さっきと同じだ。もやもやするけど、それ以上は何も」
「ザフィーラ、お前はどうだ?」
ザフィーラは先ほどからずっと腕を組んで目を閉じていたが、シグナムに声をかけられると、目と口を開く。
「俺にも心当たりはない。だがあいつなら何か覚えているのではないか」
あいつ――それが誰のことを指しているのか、シグナムはすぐに理解した。
彼女だけではない。ヴィータもシャマルも。四人のヴォルケンリッター全員が知る人物。
「誰のことだ?」
問いかけるというよりも、詰問するようなグレアムの声。灰色の瞳は真冬の雪雲のように、重厚な圧力を伴っていた。
シャマルが不安げにシグナムをうかがう。
あいつのことまで教えるべきか。そこまでグレアムたちを信用しても良いのか、シグナムにはわからない。だが、寡黙なザフィーラがその存在を示唆する言葉をわざわざ口に出したのは、単に口をすべらしただけのわけではないだろう。
毒を食らわば皿まで。協力を仰ぐと決めた以上、彼女のことをも話すべきだと判断したのだ。
「シャマル。彼女のことを彼らに話してくれないか」
「いいの?」
「彼らには闇の書を調べ、解決方法を見つけ出してもらわなければならない。こちらの知る情報は少しでも伝えておくべきだ」
「……そうね」
シャマルは落ち着きを取り戻すと、グレアムに向き直る。
そのたたずまいからただならぬものを感じ取ったのか、グレアムたちの間の緊張感が高まる。
「守護騎士は私たち以外にも、もう一体、
今度はグレアムたちが驚く番だった。
「彼女は主を敵からお守りすることを使命とする私たちとは、まったく違った役割を持つ守護騎士です。闇の書は数多くのアーキテクチャを包括する巨大な魔導書で、人間である主一人ではとても管理しきません。彼女は主に代わって闇の書の全システムを管理し、プログラムに調整を加え、状況に応じて主が望む機能を提供するために存在しているんです」
「五人目のヴォルケンリッター……。ならば、暴走後のあれはお前たち同様に実体化したのか?」
「それは……多分違います。管制人格は普段は実体化せず、闇の書の中でシステムとして動いています。蒐集を一定の段階にまで進めた後に、主の許可があれば、私たちと同じように姿を持って顕現することもできますが、単独で戦うよりもユニゾンによって主を補助することが多いです。先ほどの映像では主の姿が消えていたので、きっとユニゾンなんじゃないかと……」
今度はスカリエッティが、「ほぅ」と感嘆の声をあげた。
「ユニゾン。管制人格は融合騎か。しかも古代ベルカに作られたオリジナルとは興味深い。データはいくつか見たが、そのものにお目にかかったことはまだなくてね」
「あの――」
これまで言葉を発さなかったウィルが、初めて発言した。
「話の腰を折って申し訳ありませんが、融合騎とはどのようなものなのですか?」
「なんだ、ウィルはそんなことも知らないのかい?」
「すみません。不勉強なもので」
呆れた様子のスカリエッティ、肩を落とすウィル。それを見てグレアムが苦笑を浮かべる。
「知らないのも無理はない。融合騎はすでに失われた技術だ。士官学校でも技術系のコース以外では学ぶ機会もないだろう。一度簡単にでも説明した方が良いのではないか? 私たちが知る融合騎と闇の書の管制人格がまったく同じものであるとは限らない。認識の齟齬は早めに潰しておくべきだ」
「では、少し説明するとしよう。ヴォルケンリッター諸君には、管制人格の特徴と異なる点があればその都度訂正をお願いしたい」
スカリエッティはヴォルケンリッターに向けてそう言うと、ウィルに顔を向けて説明を始めた。
「融合騎――ユニゾンデバイスとは、古代ベルカを発祥とする極めて特殊なデバイスだ。まずは外見だが、現代のデバイスのように一見して道具とわかる機械的な形状ではなく、魔力によって人間と区別がつかないほどの有機的なボディ――プログラム体を形成している。目の前にいるヴォルケンリッターのようにね。大きさには個体差があるが、人間の子供より小さいことが多い。ベルカ文化圏の外では妖精や精霊といった呼び名で記されている場合もある」
「管制人格の体は、私やシグナムと同じくらいでした」と、シャマルが補足する。
「人間大とは珍しいね。おそらく、そうしなくてはならない何らかの理由があったのだろう。単なる推測だが、融合騎の肉体構成式を流用して守護騎士機能を実装したのかもしれないね」
「なるほど……しかし、使いまわしの割には一人だけ身体的特徴が大きく異なっているな」
と、スカリエッティの推論にグレアムが疑問をはさむ。
それを受けて、ヴォルケンリッターの一人に視線が集中した。
「――って、あたしかよ!? 普通そこはザフィーラだろ! 一人だけ男なんだから!」
大声で抗議するヴィータをスルーして、スカリエッティが説明を再開する。
「融合騎は人間と違和感なくコミュニケーションをとれるほどの高度な人工知能を有している。これも説明するよりも目の前にいるヴォルケンリッターを例として挙げた方が早いだろう」
「でも、デバイスにそこまで高い知能が必要なんですか?」
「その疑問に答える前に、最後の特徴を挙げておこう。融合騎は、実体を捨てて所有者と一体化する、『
「いざという時に主を保護するためですか?」
「半分正解だね。残り半分の解答は、教育だよ。主の肉体と魔力を操作できるということは、体の動きや魔力の流れを体感をもって教えることができるということだ。手取り足取りどころではない。未熟な主を迅速に教育するには非常に都合の良い機能だ」
「そこまでいくと、どちらが主なのかわかりませんね」
ウィルにとっては何気ない素直な感想。しかし、スカリエッティの口元には生徒の感性への称賛が笑みという形で表れていた。
「その見方はあながち間違ってはいない。融合騎は主を何度も変えて、何十年も使い続けるのが普通だったそうだからね。なにせ融合騎は当時の技術をもってしても莫大な予算と手間が必要とされた。だから、たいていは国家がスポンサーとして製造され、優秀な騎士に使わせることが多かったそうだ。中には一度に何人もの主を持ち、状況に応じて使い分けていた融合騎もいたみたいだね。こうなると融合騎が使い手で、主は道具のようなものだ」
ザフィーラがスカリエッティをじろりと睨みつける。
「あいつは我らの中でも、最も主のことを大切に思っていた。主を軽んじるような奴ではない」
「一例を挙げただけさ。主の扱いは融合騎によって多種多様。製造目的に大きく左右されるし、高度な知能が生み出す擬似的な自意識による変化も存在する。ちなみに先ほどの融合騎のように一度に複数の主を持つというのは、当時の倫理観ではあまりよろしくないことだと思われていたようでね。尻軽と言われていたそうだ」
冗談めかした口調で言い、誰もにこりともしないとわかると、スカリエッティは肩をすくめた。
「さて、融合騎の説明はこれで終わるとして、私の方からもいくつか質問をさせてもらおうか。シャマルくん、闇の書の場合は管制人格と書の主のどちらの権限の方が強いのだろうか?」
「初期段階での主の権限は非常に限られています。例えば、今のはやてちゃんは私たち守護騎士とほぼ同程度の権限しか持っていません。仮の主と呼ばれるこの段階では、管制人格の方が強い権限を持っています。ですが、主が闇の書の全てを統べるにふさわしい高位の魔導師――真の主に育ったと判断されれば、主には管制人格以上の管理者権限が与えられます」
「真の主の基準は? 管制人格が独断で決定するのかい?」
「いいえ。私の知る限り、真の主と認められる手段はたった一つ。蒐集によって六百六十六頁を満たすことだけです」
「蒐集を完了させた主への管理者権限の譲渡を、管制人格の一存で破棄することはできるのかな?」
「それは……管制人格にしかわからないと思います。でも、おそらくできないはずです。管制人格の意志で権限の譲渡を決定できるのなら、そもそも選定方法が存在する必要性がなくなりますから」
「では、管制人格の権限と主の管理者権限に、何か具体的に違いはあるのだろうか」
「管制人格の持つ権限はあくまで管理者代行としてのもの。システムの修復や一時的な改変は可能ですが、システムやノードの破棄といった機能は真の主にしか許されていません」
「ありがとう。今のところはこれで十分だ。他の質問に関しては、解析を始めてからにするとしよう」
スカリエッティは鷹揚にうなずき、背もたれに体を預けた。何を思考しているのか、宙空を見る瞳からは何も読み取れない。
「暴走の原因は、管制人格にあるのではないか?」
沈黙を破るようにして、グレアムが発言した。
「先ほども言ったはずだ。あいつはどのような主であれ軽んじることはしなかった。暴走を引き起こし、主を殺すようなことをする奴ではない」
反論したザフィーラは顔こそ無表情だったが、声には怒気を纏っていた。
しかし、グレアムは意に介さず続ける。
「では、なぜ暴走の初期に管制人格が現れる? それに管制人格が暴走を望んでいないのであれば、主に管理者権限が渡るのは望ましいことのはずだ。だが、実際には蒐集を完了させると暴走が起きる。これは土壇場で管理者権限の移譲を阻止しようとして起こしているとは考えられないか?」
ザフィーラは黙った。反論できないのか、する必要がないと考えているのか。変化の乏しい表情からは読み取れない。
代わりに口を開いたのは、再びのスカリエッティだ。
「なるほど。それがグレアム君の考えか」
「お前は違うと考えているのか?」
「現状、その可能性が最も高いのは否定しないよ。しかし、気にかかるところも多い。自立判断能力に優れた融合騎が任意で暴走を引き起こしているにしては、暴走が起こる状況が限られすぎている。本当に管制人格が原因なら、ヴォルケンリッターが私による解析を承諾した今この瞬間にも暴走を起こしてもおかしくないだろう? 彼女が宿題を長期休暇の最後の日まで引っ張るタイプというだけの可能性ももちろんあるけどね?」
「……たしかに、それは気にかかるな。闇の書が解析されて解決方法が見つかるのは望ましくないはずだ。では、暴走の原因はなんだ?」
「それはまだわからないさ。私たちが考えすぎているだけで、やはり管制人格が元凶かもしれない。ただ、違うとすれば、原因は闇の書を管理する管制人格にも手を出せないに部分にあることになる。管制人格の権限を受け付けないのか、改変が製造目的に反するのか、改変のために止めることでシステムに危険を引き入れるのか、改変が論理矛盾を起こすような構造を持っているのか」
列挙される多くの可能性。しかし、スカリエッティの笑みが崩れることはない。
「アプローチするべき箇所が見えてきたのは大きな収穫だ。無限の欲望の名が伊達ではないことを証明してみせよう」
「それじゃあ、行きましょうか。はやてもみなさんの到着を待ちわびていましたから、顔を見せれば喜ぶと思いますよ」
シグナムたちはウィルに連れられて、はやてに会いに行くためにラボの中を歩く。
はやてはシグナムたちよりも何時間も前に到着しており、ここに到着してからは検査を受けていた――と、ウィルは歩きながら語った。
「主はやては事情をご存知なのか?」
「いいえ。俺とあなたたちが戦ったこと、病気が闇の書のせいであること、あなたたちが蒐集をしていたこと。そのあたりの、はやてが悲しむような事実はでき得る限り伝えていませんし、これからも伝えるつもりもありません。……十一年前の、蒐集完了前の闇の書の暴走。その原因ははっきりとはわかっていませんが、グレアムさんやジェイル先生は、捕えた闇の書の主に大きなストレスがかかったことが原因なのではないかと考えているようです」
「闇の書が主の危機に反応したということか?」
「ええ。……確証はありませんよ? でもリスクはなるべく避けた方が良い。だから、はやてには必要な時が来るまでは、真実を伝えないことにしました」
「それなら、主はやてはこの事態をどのように捉えているのだ?」
ウィルやグレアムといった親しい人の言葉であれば信用してもらいやすいとはいえ、はやては寝ているところを叩き起こされて、どこともわからない場所に連れてこられたのだ。それなりに筋の通った嘘でなければ納得できないだろう。
「このまま放置すれば、はやてが近い将来どうなってしまうか。遊園地に行った日に、石田先生がその予測される未来を教えてくれましたよね」
「ああ。覚えている」
ただの確認のように答えたシグナムとは対照的に、シャマルはわざわざその時のことを持ちだした意味を理解し、顔を青くして詰め寄る。
「まさか、伝えたの!?」
「ええ。石田先生からの話は、そっくりそのまま伝えました」
「でも、さっきは伝えるつもりはないと言ったじゃない!?」
「伝えないのは、闇の書に関することだけです」
シグナムも理解する。ウィルは、はやての余命が残り数ヶ月であることを伝えたのだ。
「それでは本末転倒だ。死期が近いという事実こそ、主はやての精神に大きな負担をかけてしまう」
「でしょうね。でも、管理世界でなら病気は治すことができる。そんな嘘を一緒に伝えれば、精神的負担は大きく減少するとは思いませんか? 後でみなさんにも紹介するつもりですが、このラボには肉体のほとんどを人工物に置き換えた子らが住んでいるんです。それを見せたらとりあえずは納得してくれましたよ」
世界を移動できる船を造るだけの技術力を持ち、魔法という未知の力を持ち、人体の大半を人工物に置き換える。そんな世界の医療は、管理世界に関する知識を持たないはやてには万能に見えるだろう。
死期が近いという影と、助かるという光。それらを隠れ蓑にすることで、さらなる闇からはやての目をそらさせるのが、ウィルの考えだった。
「他にもいろいろと質問されましたが、事前に知らせなかったのは、こっそり連れ出すための仕組みが管理局にばれかけたので、急遽予定を前倒しにしたから。みなさんと一緒じゃなかったのは、みなさんがはやてを確実に他の世界に連れていくために、近くの世界で管理局の目を引くようなことをしてもらってたからと、そんな感じでごまかしておきました。ただ、自分のために無茶をさせたって気に病んでいましたから、みなさんにはできる限りいつも通りに振る舞ってほしいですね。その方がはやても安心するでしょうから」
ヴォルケンリッターが何を考える必要もない。全ての答えがあらかじめ用意されていた。
手のひらの上で踊らされている感覚に不安と気味の悪さを感じるが、用意された状況がヴォルケンリッターの望むものでもあるため、反対する理由が存在しない。できることは欺かれていないか油断せず彼らを観察するくらいだが、用意周到な彼らは簡単に尻尾をつかませてくれはしないだろう。
そこでふつと会話が途切れる。歩みを進めながら、シグナムは気になっていたことを、本当は彼の姿を見た時から聞きたかったことを尋ねる。
「ところで……その腕は?」
「ああ、右手ですか? 義手ですよ。本物の腕のように見えるでしょう? いきなり腕がなくなってたらはやてがびっくりしちゃいますからね。一皮むいたら、中身は機械ですけど――おっと」
ウィルは扉の前で立ち止まると、振り返って口元で人差し指を立てる。
「この扉の向こうです。……重ねて言いますが、くれぐれも闇の書のことは内密に」
一日ぶりに見たはやては、変わりないように見えた。ウィルとヴォルケンリッターに気がつくと、はやての顔にぱっと喜色が散るが、すぐに悲しそうになった。
はやては、ヴォルケンリッターが病気のことを知りながらも隠していたことを責めたりせず、むしろ隠し続けるのは辛かっただろうと気づかった。それから、自分の病気せいで迷惑をかけてしまったと、頭を下げて謝った。
シグナムははやての顔にそっと右手を伸ばして、頬に添える。
「気になさらないでください。主の御心をお守りできなかった、私にこそ責があります。どうか、この身の不忠をお許し下さい」
せめてもの慰めは、ひどく空虚に響いた。もしかしたら、真実を話すことなく、うまく慰める方法があったのかもしれない。しかし、シグナムにはそんなうまい方法は思いつかない。
はやてはシグナムの言葉を否定せず、「うん」とうなずいた。シグナムの言葉に納得したからではない。否定して自分に責任があると言い張れば、シグナムをさらに悲しませてしまう。そう考えたがゆえの優しい嘘だった。
主の年に合わぬ明敏さが無性に悲しく、それをさせてしまう己がどうしようもなく情けなくて、シグナムは造りだされて初めて涙を流しそうになった。