復讐の炎がこの身を焼き尽くす前に   作:上光

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現地協力者

 八神家の居候になってから二週間が過ぎた。

 

 裏庭では色とりどりの洗濯物が物干し竿にかけられ、風にそよいでいる。

 ウィルはそれを眺めながら満足げに息を吐く。数日続いた雨のせいで溜まっていた洗濯物を、ようやくまとめて干せてすっきり。

 低気圧とそれにともなった雨雲は昨日のうちに海鳴上空を通りすぎ、朝の天気予報は今日一日の快晴を謳っている。空には雲一つなく、洗濯ものは夕方を待たずとも正午には全て乾いてそうだ。

 

 振り返ると、掃き出し窓から八神家のリビングが、そしてその向こう側の台所にいるはやての姿が見える。彼女は鼻歌交じりに食事の準備をしていた。朝食に加えて、昼食用の弁当二人分。

 

 家事、ジュエルシードの捜索、はやてとだらだらとすごす。

 この二週間はその三つを繰り返すだけの穏やかで規則正しい生活を送っていた。そのおかげで怪我は完治し、体調も良い。

 日々の捜索は新たに三つのジュエルシードを見つけるという成果を結び、合計四個のジュエルシードがウィルのデバイスに保存されている。

 今のところ一個目の時のように戦闘が起きることもなく、この街もウィル同様に穏やかな時間の中にある。とはいえ海鳴は広いので、ウィルが感知できないような離れた場所で事件が起きている可能性もある。最近では市内の動物病院や市営プールで何やら不審な事故が起きたというニュースを見て、ジュエルシードのせいではないかと考えて足を運んだが無駄足に終わった。

 

 そして今日の捜索は普段とは少し異なり、はやても一緒だ。

 どうせぶらぶらと街をうろつくのであれば、あまり外出できないはやてをそこに同行させたってかまわないだろう。

 

「これはこれで、充実してるなぁ」

 

 最低限のトレーニングは欠かしていないが、このような毎日では、体だけではなく心もなまってしまいそう。それでもウィルはこの日々が嫌いではなかった。

 しかし旅に別れはつきもの。この穏やかな日々も一月もしないうちに終わり、ウィルは再び管理世界に戻る。そうなれば、はやてとも会えなくなる。仕方がないと思いながらも、心に浮かぶ一抹の寂しさに今度はため息を吐いた。

 

 

 

 カラッと晴れ渡る散歩日和に、しかし二人の間にはなんともいえないぎこちのない空気がわだかまっていた。

 

「暑くなってきたね」

「そうやね……少し休もっか」

 

 はやての声は沈んでいる。

 家事を終えた二人は、朝食を食べると早々に家を出た。市内の美術館の特別展を見てから、軽くウィンドウショッピング。

 昼になれば臨海公園のベンチに座ってランチタイム。はやてが自らの鞄の中から、腕によりをかけて作った弁当を取り出す。しかし、ふたを開いた時にうっかりと弁当を落としてしまった。マーフィーの法則に従い弁当は開いた口を下にして落下し、中身が地面にこぼれた。

 その時のはやての顔を見たウィルは、落ちた弁当を食べようとさえ思ったが、実行前にはやてに止められてしまい断念した。

 それ以降、はやての気分は沈んだままだ。昼食代わりにと臨海公園の出店で買ったたいやきとたこやきはなかなかの味だったが、それでも気分を盛り上げるには至らない。はやて自身、落ち込みながらも気を使わせまいと元気にふるまおうとしてはいるが、それが逆に痛々しく思える。

 

 木陰に車椅子を止めると、階段の上にある自動販売機までひとっ走りして飲み物を買いに行った。

 その間も頭に浮かぶのははやてのこと。なんとか元気づけたいと思うが、そう簡単に名案が出てくることもない。悲しみが吹き飛ぶようなとてつもないインパクトのあることでも起こらないかと、思わず人任せな思考になってしまう。

 

 硬貨を投入しようとしたところ、突然自動販売機が小刻みに揺れ、硬貨が投入口から外れて地面に落ちる。地震だろうかと思った直後、大きな魔力反応。ジュエルシードが励起した時の感覚に似ているが、一個目のジュエルシードで感じたものに比べると桁違いに大きい。

 

 そして、それは現れた。

 足元のアスファルトを砕き、車を横転させ、信号機をなぎ倒しながら、地下から地表へと姿を現す巨大な樹の根。直径が数メートル、長さにいたってはわけのわからないほどの()()は巨大な物のごく一部でしかなかった。

 さらに遠方、市街地に巨大な樹が現れる。その大きさたるや、次元世界でもなかなか見られるものではなく、ましてや先ほどまで何もなかった所に急に現れるなど考えられない。

 

 あまりのことに一瞬我を忘れたウィルだが、次に感じたのは周囲への影響。そして、はやての安否だった。

 はやてを待たせていた木陰の方を向く──ウィルの視界には空中に放り出され、落下を始めたはやての姿が映った。魔導師でもないただの人間にとっては、落ち方によっては死もありえる高さ。

 管理局の局員としての訓練の成果か、それともウィルの生来の気質によるものか、迷うよりも先に身体が動いていた。

 

「F4W!」

 

 デバイスを起動すると極小規模な結界を張り目撃者になるような人間の目を排除し、即座に飛行してはやての元に向かう。

 地上に激突する前にはやての体に手が届く。そのまま受け止めれば、ただの人間であるはやては受け止められた時の衝撃に耐えられない。

 瞬時にバリアジャケットの設定を変更。衝撃吸収機能を内部だけではなく、外部にも適用する。同時に、飛行魔法に付属する慣性制御圏を拡大させはやてを包み込む。

 空から降ってくる生卵をつぶさないほどの精妙さで、ウィルははやての体を抱きとめた。

 

「あ……れ? 私、まだ死んでない?」

 

 はやては目をぱちくりさせ、ウィルを見る。

 

「もしかして、受け止めてくれたん?」

 

 と言った直後、はやては自らとウィルが空に浮かんでいることに気が付き、ぎょっとした顔になる。

 結界で他の人の目は隠せても、救助対象のはやてをごまかすことはできない。やってしまったとバリアジャケットの内側の素肌に冷や汗が流れるが、はやての命には代えられない。

 

「これってどういう──」

「いろいろ聞きたいだろうけど、後にしてくれると助かる」

 

 ウィルははやてをその腕に抱きかかえたまま飛行し、結界を解除して人目につかないよう、近くの安全そうなビルの屋上に降りた。

 突如現れた巨大な樹。その成長はいったん止まっているように見えるが、またいつ動きだすとも限らない。

 樹による直接の被害だけでなく、間接的な被害も見られる。驚いた車両が事故を起こし、樹の根が道路をふさいでいるため、車両が通れなくなっている。このままでは救助のための車両もやって来れない。

 ウィルとはやては街のあちこちで起きている惨状に息を飲む。

 

「まずはこの樹をなんとかしないと」

 

 ウィルはそう宣言すると、抱えていたはやてをゆっくりとおろした。そして樹を見て、しかし数秒後に肩を落とした。

 

「……どうしたん?」

「大見えきったのはいいけれど、これ本当にどうしようかなぁって」

「どばぁっとでっかいビームで倒したりはできへんの? 空飛べるんやから、そういうこともできたりとか」

「そういう魔法はあんまり得意じゃないから威力が出ないんだよね。それに枝葉を散らしても効果は薄いから、やるなら樹の中心部を見つけ出してからじゃないと」

「あ、ビーム自体はほんまに出せるんや……」

 

 先日の獣の体はジュエルシードから発生する魔力で作られていた。規模は違うが、この大樹も同じように魔力によって構成されていると考えられる。事態をおさめるには先日と同じようにジュエルシードを封印するべきだ。が、肝心のジュエルシードが樹のどこにあるのかわからない。

 

「このまま空飛んで探すのは?」

「この規模の相手を包みこむ結界は俺には張れないし、結界なしだと明日の新聞にこの樹と一緒に俺が載りそう。……言ってても仕方ないか。人の命には代えられないもんな」

 

 ウィルが飛んで探そうとした時、頭上を無数の桜色の星が空を駆けた。星のように見えた物はサーチャーだ。それらは縦横無尽に街中を、特に巨大樹の周りを飛び回っている。その数は三十にも及ぶ。

 サーチャーに類似する魔法ではなく、ウィルもよく知るミッド式──次元世界で最もメジャーな魔法体系で構築されたサーチャーそのものだった。つまりこの魔法の行使者は次元世界の住人だ。

 行使者を探して周囲を見回せば、百メートルほど離れたビルの屋上に少女が立っていた。

 

 茶色の髪を頭の両端でくくった、はやてと同じくらいの年齢の少女。

 少女は閉じていた目を開くと、ある一点を見据えてデバイスを構える。その膨大な数のサーチャーで、大樹のどこかにあるジュエルシードを見つけたのだ。

 

 デバイスが杖から槍へと形を変える。あふれる魔力がノズルから放出され翼のように広がり、槍の先に膨大な魔力が集う。魔力運用はつたないが、少女の強い意志がうかがえるような強壮さで魔法が構築される。

 体の底まで響き渡るような轟音が響き、魔法が解き放たれる。桜色の一条の光が、樹の一点を貫いた。

 

 大樹が徐々に輪郭を希薄にし霧散していく光景を見て、無事にジュエルシードが封印されたことにウィルはほっと胸をなでおろした。

 そして、それを為してくれた少女を観察する。

 一気に膨大な魔力を消費したせいか、少女はその場にぺたんと座り込んでいる。彼女が纏う白いバリアジャケットは女の子らしいかわいらしい意匠で、決して管理局のものではない。

 魔導師なら念話が通じるはずだと話しかけようとした時、逆にウィルが念話で話しかけられた。

 

『カルマンさん! 聞こえますか?』

『その声は──』

『ユーノ・スクライアです。覚えていますか?』

『あ、ああ。覚えているよ。久しぶり。どうしてきみが……いや、事情は後で聞くよ。今はどこに?』

『カルマンさんの目の前にあるビルの屋上にいます』

 

 いくらウィルが目を凝らしても、ビルの屋上には白いバリアジャケットの少女しか見当たらなかった。バリアジャケットとはいえ、フリフリの服を着ている少女は、どこからどう見ても女の子だ。

 

『ごめん、俺、きみのことを男の子だと思ってたんだけど、もしかして女の子だった?』

『いきなり何を言ってるんですか!? 僕は男です!』

『なら女装?』

『それも違います!』

『……じゃあ、その白い服はスクライアの民族衣装的な何かとか』

『うちの部族をなんだと思っているんですか! 違います! その白い服の子の肩の上です!』

 

 目を凝らして見ると、肩の上に一匹の小動物がちょこんと乗っかっており、獣にあるまじき二足歩行をおこなっていた。

 

『……俺の目には小動物しか見えないんだけど』

『それが僕ですよ』

『もしかしてきみもジュエルシードの影響で変貌して……』

『これは魔法で変身してるだけですよ! さっきからわかってて言ってませんか!?』

 

『ねえ、ユーノ君ってフェレットさんじゃなかったの?』

 

 二人の念話に、戸惑いを含んだ新たな声が混じる。小動物姿のユーノが首をかしげながら少女の顔を見たので、その声の主は白い少女だとわかった。

 

『あれ? ……言ってなかったけ?』

『聞いてないよ! え、えっと、ユーノ君が男の子ってことは、あれも、これも──きゃああぁ!』

 

「あの子、何してるん?」

 

 狼狽する少女をユーノがなだめている光景も、念話の聞こえていないはやてには、少女が一人できゃあきゃあ騒いでいるだけの不思議な光景に見えるのだろう。

 

 ウィルは彼らのやり取りを微笑ましく見ていたが、地上から聞こえてきたサイレンの音で気持ちを切り替える。樹が消えたことによって、車両が通れるようになっていた。空には報道用なのかヘリも見える。

 急いで念話で少女に語りかけた。

 

『ちょっといいかな?』

『は、はいっ! わたしですか?』

『そうそう。これ以上この場に長居しているといらない詮索をされるかもしれないから、早めに地上に降りよう。それに話したいこともあるから、この後でユーノ君と一緒に少し時間をもらいたいんだけど良いかな?』

 

 少女はこくこくとうなずきながら答える。

 

『はい! 大丈夫です!』

『なら、このビルの下で合流しようか』

『わかりました!』

 

 少女はビルから降りていった。ミッド式を使う新しい魔法使い。ユーノと共にこの世界に来た友人か、それとも現地の協力者か。ユーノが人間であることを知らないなら、後者だろうか。

 

「それじゃあ、俺たちも降りようか」

「そうしよか。……ところで、私どうやって移動したらええんかな。なんか、すっごい恥ずかしいことになりそうやねんけど」

 

 車椅子が壊れて移動手段をなくしたはやてが、座った状態でウィルを見上げている。

 

「おんぶとお姫様抱っこ。どっちが良い?」

「…………おんぶで」

 

 顔を赤くしながら、はやては決断した。

 

 

 

 

 空が青から赤へと色を変える頃、八神家のリビングに、四人の少年少女がテーブルを囲んでいた。内一人は小動物の姿をしているので一匹と形容することもできるかもしれない。

 

 合流してから四人はすぐに封印したジュエルシードを回収していないことを思い出し、その回収に向かった。

 駆けつけた警官による交通整理を、時には走って、時には結界を利用してかいくぐり、救急車で運ばれようとする少年──ジュエルシードを持っていた人物だ──を見つけ、小動物姿のユーノがその姿を利用して彼の懐からジュエルシードを回収した。

 そして再び警官たちに見つからないように隠れながら、このはやての家まで戻ってきたのがつい先ほど。

 

 大樹が発生した市街地ではひっきりなしに聞こえていたサイレンの音も、さすがに山に近いこの住宅街まで届かない。

 

「そう固くならずに、気軽にその辺に座ってて」

 

 ウィルはリビングの入り口に立っている少女とユーノにそう言うと、背負ったはやてをソファに下ろす。

 

「それ、家主の私の台詞と違うん?」

 

 苦笑しながら自宅用の車椅子に乗り換えたはやては来客のために茶を用意し始め、ウィルはその間に洗濯物を取り込みに裏庭に。

 少女はおずおずとソファに座りながら、携帯電話で家族に帰りが遅くなると連絡しており、ユーノは小動物姿のままなのはの隣に所在なさげに座り込んでいる。

 

 

 全員が落ち着くのを待ってから、まず初めにウィルが口火を切った。

 

「先ほどはジュエルシードの封印に協力いただき、ありがとうございました。お互いに聞きたいこともあるとは思いますが、焦っても話がこじれるだけです。まずは自己紹介から始めましょう。というわけで、まずは俺から」

 

 ウィルは名前と所属を名乗り、身分証明のために懐から取り出した携帯端末で局員IDを呈示する。

 見せたところで管理外世界の人が真偽を判定することなどできないが、形式上というやつだ。

 続けて、隣に座るはやてを指しながら語る。

 

「こちらの方は八神はやてさん。俺にこの世界での夜露をしのぐ場所を提供してくれているとんでもなく良い子です」

「どうも、八神はやていいます。ウィルさんとは、なりゆきというか……そんな感じで」

 

 あはは、と笑いながらはやても自己紹介。ウィル、はやて、と続いたので、必然的にはやての向こう側に座る少女の番になる。

 

「わ、わたしは高町なのは、小学三年生です」

 

 若干緊張しながら、少女──なのはが答えた。

 

「同い年なんやし、なのはちゃんって呼んでええかな?」

「う、うん! じゃあ、わたしははやてちゃんって呼ぶね」

 

 なのはの緊張が少しやわらぐ。

 

「はやてちゃんの学校はどこ? わたしは聖翔なんだけど」

「学校には通ってないんよ。この足やし」

「あ……そうなんだ。ごめんなさい……」

 

 いけないことを聞いたかと、なのはが再び萎縮する。

 ウィルはぱんぱんと手を叩き、女の子二人の会話を止める。

 

「それじゃあ、自己紹介も終わったところで──」

「あの……僕の番がまだ」

「ごめん、人間の姿をしていないからうっかり忘れてた」

「なんか今日ひどくないですか? ……僕はユーノ・スクライア。こんな姿をしていますけど、本当は人間です」

 

 そう言ってくるんと回転すると同時に、秋の稲穂のような金色の髪をした優しそうな少年が現れる。手品のような早業に、なのはとはやては思わず拍手。

 

 

 これまでの経緯を語るとしても、管理世界出身者のウィルとユーノは地球のことをこれまでの滞在で学んでおり、なのははすでにある程度のことをユーノから聞いている。

 したがって、まずははやてに管理世界のあれこれ──管理局のこと、魔法のこと、ジュエルシードのこと──を教えるところから始まった。

 

「ってことは、さっきのあの木は、前にウィルさんが見せてくれた石、ジュエルシードってやつのせいなんやね?」

「実際にジュエルシードが手に入ったから、それは間違いない。でも、俺にもどうしてあんなことになったのかは、よくわからないんだ。ユーノ君は何か知っている?」

「これはカルマンさんが出発して──」

「ウィルでいいよ」

「えっと……じゃあ、ウィルさん、が出発してからわかったことなんですが、ジュエルシードは思念に反応して活性化する際に、その思念に応じて周囲の状況を変化させるようなんです。単純な言い方をすれば、ジュエルシードは人の願いを叶えるんです」

 

 ウィルはぽかんと口を開けたまま固まった。なんでもありのロストロギアとはいえあまりに突拍子のない話だ。

 しかし真剣なユーノの表情は、とても冗談を言っているようには見えなかった。

 

「本当に願いが叶うわけではありませんよ。ただそれらしい変化を起こすというだけですけどね」

「それじゃあ、さっきの大樹はあの倒れていた少年の願いに反応した結果かもしれないけど、彼自身が望んだことではないかもしれないんだね?」

「そうですね。何を願えばあんな樹ができるのかわかりませんし」

「年々深刻化する温暖化問題をなんとかしたかったんかなぁ」

 

 閑話休題。

 背景説明を終え、個人のこれまでの経緯を語る。まずはウィルから、自分がどのような事情で地球に来ることになったのかと、はやてと出会ってからの経緯を語った。そして、ユーノとなのはの方を向く。

 

「次はユーノ君となのはちゃんの方のことを聞きたいんだけど、どうしてもしっかりと聞いておかないといけないことがある。なのはちゃんはこの世界の、この街の人なんだよね?」

 

 なのはがうなずいたのを見て、ユーノに向き直る。

 

「なら、どうしてなのはちゃんが魔法を使えるのか。そのあたりを詳しく話してくれるかな」

 

 管理局の介入を認めていない世界は全て管理外世界と呼ばれるが、管理世界に並ぶ文明を持ちながら管理局の介入を良しとしない世界と、それ以前の次元世界に進出さえできておらず管理局の存在自体を知らない世界では扱いが大きくことなる。

 地球のように後者に分類される世界に、外の世界の技術──この場合は魔法の力──を与えるのは禁止されている。技術とはそれを生み出した社会によって制御されて初めて技術として機能するのであって、そうでなければただの異能でしかない。異能を持つ者は良かれ悪かれ社会に混乱をもたらす。ロストロギアのように。

 ユーノは表情を引き締め、語り始めた。

 

「地球に来てすぐに、ジュエルシードの暴走体と遭遇したんです」

「それって、現地生物が魔力で変質したようなやつ?」

「いえ、そういう類のも後で見ましたけど、その時のはジュエルシードの魔力そのものが形を成していました。もう少しで封印には成功するというところで、暴走体の攻撃をくらって戦えなくなってしまったんです。このまま暴走体を放置するわけにはいかないと思って、広域念話で助けを求めました。ウィルさんが地球に来ていることは知っていましたから、もしかしたら届くかもしれないと思って。そうしたら──」

「わたしにユーノ君の声が届いたんです」と、なのはがユーノの後を継ぐ。 「最初はびっくりして、周りに誰もいなかったから気のせいかと思ったんです。でも、すごく困っているみたいだったから……なんとなくどっちから聞こえてくるのかわかったから行ってみて、そしたらフェレット姿をしたユーノ君を見つけたんです」

 

 『念話』とは、魔導師による特殊な通信手段だ。自身の魔力によって大気中の魔力の素──魔力素に働きかけ、自らの思考を相手に伝える初歩的な魔法。音波に比べると魔力波は減衰率が低いので、念話は発声よりも遠くまで伝わる。

 念話は体内に魔力を持たない者は聞くことができない。つまり、なのはがユーノの念話を聞けたということは、彼女も魔導師の素質があることを表している。そしてこれまで念話を受けたことがないにも関わらず、念話の発信源であるユーノのもとにたどりつけた事実は、彼女が持つ資質の高さを示していた。

 

「僕はもう魔力が残っていなかったので、なのはに僕のデバイス──レイジングハートを渡して代わりに封印してもらったんです」

「デバイス持ってたんだ」

「あの襲撃で痛い目を見たので持つようにしたんです」

 

 ウィルは続けてユーノに質問をする。

 

「少し確認しておきたいんだけど、ユーノ君は広域念話をおこなった結果、なのはちゃんのように反応する人が出てくることは想定していた?」

「していませんでした。地球に魔法技術がないことと、地球人がリンカーコアを持っていないことは渡航前に確認して知っていたので、広域でもウィルさん以外には届かないと考えました」

「でも、念話は俺に届くことはなく、なのはちゃんのところにだけ届いた。なのはちゃんがリンカーコアを持っているのはたまにある突然変異だとしても、俺に聞こえなかったのは距離のせいか? 一応場所を教えてくれるかな」

 

 ウィルはユーノから暴走体と戦った場所──念話を発信した場所を、そしてなのはからは自宅の場所──念話を聞いた場所を聞き、地図に印をつける。

 

「それじゃあもう一つ。広域念話はそれっきり使わなかったの?」

「はい。なのはに念話が届いたことで、そう何度も広域への念話の発信をしない方が良いと考えなおしたんです。ウィルさんとは早めに合流するべきか悩みましたけど、なのはみたいに新しく他の人を巻き込んでしまうかもしれませんし」

 

 続けて、なのはがジュエルシード回収代行をするようになってからの経緯を聞いている最中、ウィルは自らを見るユーノの視線に困惑が含まれているのに気付いた。

 

 なのはに聞こえないように、ユーノのみに念話を発信する。

 念話は二種類にわかれており、一つはユーノが助けを求めるために放った広域念話。声を発するように無差別に周囲に念話を拡散させるこれは、声を届ける対象を選べないので、あまり使われることはない。

 もう一つは、レーザーのように指向性を持たせることで、特定の対象にのみと会話するもの。単に念話といえばたいていはこちらのことを示している。盗聴されにくいというメリットを持つ反面、相手の位置を把握していなければ届かないため、視界内の相手以外に使われることは少ない。ウィルとユーノの内緒話はこちらでおこなわれた。

 

『どうかした?』

『いえ……その、怒らないんですか? 広域への無差別な念話も、なのはにデバイスを渡したことも、十分すぎるほど違法なことです』

『でも必要だからやったんだろう? 話を聞いた限りだと、少なくともその場では適切な判断だったと感じたよ』

『でも、だからといって許されることでもないでしょう?』

『法的な繊細な問題は一局員の俺が判断することじゃないし、できることでもないよ。判断するのは、増援でこの世界にやって来る管理局の船の艦長。もしくは船付の執務官だ。俺から言えることがあるとすれば、彼らへの発言は慎重にした方がいいってことくらいかな』

『それで良いんですか?』

『俺自身業務を拡大解釈して勝手に管理外世界に介入してるし、はやてに魔法のことをバラしてしまってるからね。……この有様でユーノ君を責めることはできないよ』

 

 

 

 これまでの話は終わり、これからの話へと移る。

 ジュエルシードの現在の収集状況は、ユーノたちが所持しているのが三個。ウィルが所持しているのが四個。これに今日の分を含めると合計で八個のジュエルシードが見つかったことになる。全体の三分の一以上だ。

 ユーノたちの情報も加えられて書き込みの量が増えた地図を見ながら相談をする。

 

「市街地は半分以上調査が終わっていますけど、山や海の方は今のところ手つかずですね」

「郊外を探すとなると、ある程度質の良いセンサーか、もっと大勢の手が必要だ。郊外はなるべく管理局に任せた方が良い。それにジュエルシードが活性化した時の被害は人の多い街中の方が遥かに大きくなる。今日みたいにね」

 

 ウィルのその言葉に、なのはがびくりと体を震わせる。

 

「もう少しの間は、街を中心に捜索を続けよう。でも、その前に」

 

 ウィルはなのはの方を向き頭を下げる。

 

「高町さん。俺の不手際のせいでこの世界にいらない騒動を持ちこんで、あなたや街の方を危険にさらして、傷つく人を出してしまいました。こんなことを起こさないために来たのに阻止できなかった俺の責任です。その挙句、無関係のあなたに回収の協力までさせてしまった。本当に、申し訳ないと思っています」

 

 そうして顔を上げ、じっと彼女の目を見る。緊張の色が見えるのは、おそらく彼女もこれから何について話すのかをわかっているからだろうか。

 

「今までジュエルシードの回収を手伝っていただき、ありがとうございました。今後は俺とユーノ君が捜索を続けます。ですから、あなたが今までのように協力してくださる必要はありません」

「わ、わたしも一緒に探します!!」

 

 突然、なのはが声をあげる。さっきまでのおとなしい少女とは別人。極限まで抑えたばねが、抑えを外され跳び上がるかのように立ち上がり、宣言する。その顔に浮かぶのは決意と焦燥だった。

 

「違うんです! わたしの責任なんです! わたし気づいてたんです! あの男の子がジュエルシードを持ってたこと。それなのに、きっと気のせいだって思って何も行動しなかったから……そのせいで街の人も、街も、いっぱい傷ついて……! 自分のできることをしないで、そのせいで誰かが傷つくのは嫌なんです! ここで他の人に任せて、その人が傷ついたら、きっとまた後悔するから、だからッ──」

「少し落ち着いて」

「でもっ!!」

 

 矢継ぎ早に繰り出されるなのはの言葉に押されながらも、ウィルは話の展開を考える。

 話の組立を失敗した。ロストロギアのせいで被害が出たのは、ウィル自身非常に後悔している。でもそのことを口にしたせいでなのはの負い目を強く刺激したのは予想外だった。

 この状況で強引に協力を打ち切らせていいのか。失敗したと思っている子に挽回の機会を与えないまま放り出すのは良くないのではないか。

 瞬時に結論を出して話を続ける。

 

「これまでのように協力してくださる必要はありません。ですが、あなたのサーチャーによる捜索能力と強力な遠距離魔法はとても役に立ちます。また、管理外世界の住人でありながら魔法の力を手にしてしまったあなたを、このまま放置するわけにもいきません。そこでしばらくは民間の協力者として活動していただき、今後は自分の監督下で魔法を使っていただけないでしょうか。簡単に言えば、俺ともコンビを組んでくれない? ってことなんだけど……」

「やります! やらせてくださいっ!」

 

 予想以上の即答と勢いにたじろぐ。

 

「えっと、話はまだあってね? 協力する場合、なのはちゃんには主にジュエルシードの捜索面で協力してもらいたいんだ。戦うような事態になればなるべく俺の方で対応して、なのはちゃんの手を煩わせないようにする。ただどんな状況も考えられるから。なのはちゃんを守りきれないような事態に遭遇することもありえるし、場合によってはなのはちゃんにも一緒に危険な目にあってもらうこともあるかもしれない。それでも、これから協力して──」

「やります! やらせてくださいっ! よろしくお願いします!」

「あっ、はい。こちらこそよろしくお願いします」

 

 そういうことになった。

 

 

 

 

 

 極彩色の混沌が入り乱れた、世界を包括する領域──次元空間に、巨大な建造物が浮かんでいる。

 時空管理局の艦隊の母港であり司令部でもあるそれは、もはや要塞や人工天体とでも呼んだ方が適当であるほどの巨大さだ。

 時空管理局本局──海と呼ばれる部署の中心であるこれは、地上と呼ばれる部署の中心である本部と並び、時空管理局の最重要拠点となっている。

 

 本局内に星の数ほどある執務室の一つで、初老の男性がホロディスプレイに映る相手と通信をおこなっていた。

 どちらも将官服を着用してはいるが、堂々とした初老の男性と、彼に敬意を払う通信相手の姿を見れば、どちらの立場が上なのかは一目瞭然だ。

 

『ジュエルシードの輸送船が事故を起こして以降に出港予定を提出した船舶から、背後関係が疑わしいものに任意検査を要請しました。そのほとんどが要請に従いましたが、一部拒んだものに対しては現在こちらの執務官が交渉中です。従わない場合は出航許可の停止も考えています』

「そうか。手間をかけさせてすまない」

『気になさらないでください。グレアム提督の頼みとあれば断れません』

 

 初老の男性──グレアムは、本局で顧問官をやっている。これは半ば引退した者への名誉職であり、人を動かす権限など持っていない。

 しかしそれは言葉の上だけのことにすぎず、今でもグレアムには人を動かすだけの力がある。半世紀もの間を管理局に所属し続け、数多の戦いを乗り越え、数多の事件を解決に導き、数多の人材を輩出し、ついには英雄とまで呼ばれた過去を持つ彼は、数多くのコネクションを持つだけではなく言葉そのものに他者を動かすだけの権威を宿している。

 

 通信を終えたグレアムの顔からは笑みが消えていた。

 

「これで当分は地球に干渉する組織も出てこないだろう」

 

 先日見つかったジュエルシードの情報が漏れてしまっていることは、彼の悩みの種だった。詳細な情報ではないので、おそらくジュエルシードが発掘された時の襲撃犯。その中でも捕まらずに逃げきった者の間から漏れたのだと思われるが、情報元は彼にとっては些事にすぎなかった。

 グレアムの懸念は、ジュエルシードのことを知った者たちの中に、その回収のために管理外世界である地球に干渉しようとしている者がいる可能性だ。

 しかし()()()に海鳴を監視していた彼は表だって動くこともできない。できることと言えば自らが持つコネクションを利用して、地球に近づこうとする者、その恐れのある者を取り締まるように誘導することくらい。

 

 打てる手はほとんど打ったが、彼の懸念はまだ消えていない。

 ジュエルシードを欲する者が組織的な背景を持つなら、グレアムの打った手は効果がある。組織が動く時、必ずどこかにその兆候が表れる。その兆候さえつかめば、事前に抑えることも可能だ。

 しかし、個人で地球に向かおうとする者がいたら。グレアムの打った手はそういった者まで完全に抑え込むことはできない。デスクの上の力である政治力では、集団は御することができても、個人を抑えこむことは難しい。

 いつだって最後の砦は現場で相対する者たちだ。

 

「もう一つ手を打っておくべきか」

 

 そうひとりごち、彼はディスプレイに表示された艦船のリストに目をやった。管理局中に張り巡らされた彼のコネクションから得た、管理局の艦船の情報をまとめたものだ。

 無論、できるからといって命令系統を無視したお願いをあまりに多用するのは危険だ。グレアムを快く思わない者に感づかれてしまう恐れがある。

 しかし今回に限って言えば、彼らとてグレアムの真意には気が付かないだろう。せいぜいグレアムが自らの故郷である地球を心配して横槍を通したと思われるくらいだ。

 

 そうではない。全ては彼女一人のためだ。

 

 そのために海鳴がジュエルシードを巡る戦場になることは阻止しなければならない。

 たとえ彼女をいずれ殺さなければならないとしても、それまでは安全に生きていてもらわなければならない。

 

 グレアムは地球の存在する宙域を巡航中の艦船の中から、最も事件の解決に適したものを探し、見つけた。

 グレアムの瞳が揺れる。この船の乗員は船長をはじめとして非常に優秀だ。任せておけば必ずジュエルシードを回収して戻って来れると確信できる。

 だが、そのめぐりあわせには運命の皮肉を感じざるを得なかった。

 

 

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