復讐の炎がこの身を焼き尽くす前に   作:上光

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三者三様

 ウィルがラボの談話室を訪れると、約束の時間にはまだ余裕があるというのに、すでにシグナムが待っていた。

 椅子に腰かけている彼女と差し向かいになる形でウィルも座る。

 部屋の中には二人きり。他には誰もいない。

 

「はやての様子はどうでしたか?」

「今夜は早めに眠られた。痛みを感じておられるような素振りもない」

「今日も一安心ですね。これもみなさんが蒐集を続けてくださっているおかげです」

 

 スカリエッティとグレアムの要望を受けて、ヴォルケンリッターは今も蒐集を続けている。ただし、その対象は人間ではない。

 蒐集できる対象は生物に限られており、無機物を対象にはできない。逆に、魔力を持つ生物でさえあれば、人間に限る必要はない。次元世界には生まれつきリンカーコアを持ち、その身に蓄えた魔力によって恒常的に魔法を発動し続けることで、生物学的に不可能としか思えない進化を遂げた生物が存在する。

 

 それほど数が多いわけではないので発見しにくく、蓄積する魔力量もそこまで多くはないため、蒐集の効率は人間の魔導師を対象にするより劣る。

 しかし今回のヴォルケンリッターは死人を出さないように気をつかっているため、人間が相手では限界まで魔力を蒐集することができない。命に別状がない程度に留めるなら、奪える魔力は最大量の七割以下。

 さらに管理局の避難誘導が進んでいるため、人間の魔導師は日に日に見つからなくなっている上に、生き延びた被害者の通報によって活動範囲が特定されやすい。

 現状では、人間から蒐集するメリットはないも同然だ。

 

 

 そもそもなぜ蒐集を続ける必要があるのか? 蒐集を完了させたところで、はやてが救われるわけではなく、むしろ闇の書の暴走を引き起こすだけではなかったのか?

 

 ヴォルケンリッターのその疑問に対して、グレアムとスカリエッティは二つの理由を述べた。

 一つ目は、闇の書がはやてにかける負担を軽減するためだ。蒐集をしない期間が続くと、闇の書が主のリンカーコアにかける負担が徐々に大きくなっていく。逆に言えば、蒐集をおこなうことで少しでも現状を維持することができる。

 二つ目は、闇の書の解析のため。闇の書には管制人格の顕現以外にも、蒐集が進むごとに開放される機能がいくつも存在する。より多くの機能へのアクセス権限を得ることができれば、スカリエッティによる書の解析はさらに進展する。

 

 ただ、ウィルはヴォルケンリッターには説明されなかった三つ目の理由を知っている。

 後一押しで蒐集が完了する状態を維持することで、治療が不可能だという判断が下された時に、グレアムの当初の計画――蒐集を完了させて闇の書の暴走を引き起こし、対闇の書用に開発された専用デバイス『デュランダル』によって凍結封印する案へと迅速に移行できるようにするためだ。

 

「だが、蒐集では対症療法にしかならない。根本的な解決方法を見つけなければ、主はやてはまた苦しみを味わうことになり、いずれは……。あのスカリエッティという男は、本当に信用できるのか?」

「頭の出来の方なら、先生はああ見えて管理世界有数ですよ。性格の方は……完全に信用して良い人ではありません。でも、万が一先生が何か出来心を抱いたって、グレアムさんが見張っているから大丈夫ですよ」

「彼らか……」

 

 こぼれた呟きには疑念がこめられていた。

 シグナムにとっては、グレアムはかつて自身と仲間を殺した人物だ。生理的な苦手意識があるのだろう。

 

 このラボにおけるウィルの役割は、現状に警戒心を抱くヴォルケンリッターとの緩衝材になること。

 こうして話をしているのもその一貫。彼らの味方として振る舞い、その思惑を把握し、不満を見つければ解消する。望まない方向に向かわないように誘導し、危うい点があればグレアムに報告する。

 与えられた役目を果たすため、ウィルは私情を押し殺し、笑顔の仮面を被って言葉を紡ぐ。

 

「不安なのはわかります。何か不満や疑問があれば、遠慮無く俺に言ってください。できる限り力になりますから」

「私たちの味方として動いてくれる、ということか?」

「それがはやてのためでもありますから。俺のことも信用できませんか?」

 

 冗談めかした問いかけに、シグナムはウィルの顔を真正面から見返した。切れ長の目に宿る光には一切の遊びが含まれていない。

 

「観覧車に乗った時のことを覚えているか?」

「え? ……ええ、覚えていますよ」

 

 予期せぬ話題の転換にとまどいを覚えつつも、答える。

 

「私もよく覚えている。主はやては不幸になるべきではない、幸せにしたい。あの時、貴方はそう言った」

 

 シグナムの視線が下がり、ウィルの右腕に注がれる。その目が何かを悼むように閉じられたかと思うと、再びウィルをまっすぐ見据える。

 

「本当ならば、再会した時にすぐにでも言うべきだった。……あの時の私は貴方の言葉を信じられず、貴方の行動が主はやてに害をもたらすと思い込み、排除しようとした。その浅慮で、取り返しの付かない傷を負わせてしまった」

 

 シグナムは断頭台に首を差し出すかのように、深々と頭を下げた。

 

「すまなかった」

 

 ウィルは呆然と目と口を見開き、間抜けな面をさらしていた。

 シグナムの言葉には何も不思議なところはない。ただ、シグナムが――ヴォルケンリッターが謝ったという事実が、途方もなく衝撃だった。

 胸の内によくわからない熱が渦巻いて、言葉がせき止められる。感情的な言葉を理性が止め、理性的な言葉を感情が止めていた。

 過ぎる時の間、シグナムは微動だにせず頭を下げ続けている。

 

「……頭をあげてください」

 

 やっとのことで、言葉を発する。

 顔を上げたシグナムと目が合う。彼女の瞳は変わらず真剣。冗談とも芝居とも思えない。言葉だけであっても本気で謝罪しているのだと、どうしようもなく理解できた。

 だから、どうしようもなく苛立ちがつのる。

 

「意外ですね。シグナムさんは……ヴォルケンリッターはこういうことには無頓着だと思っていました」

「そうだな……かつての私は戦う相手の人生どころか、命でさえ気に留めてはいなかった。だが、主はやての元に召喚され、海鳴で穏やかな日々を過ごす中で幾人もの人と出会って、少しずつ理解できるようになってきたと思っている」

 

 一つ一つの経験をかみしめるように語るその姿からは、大勢を死に追いやった闇の書の尖兵としての姿は感じられない。

 

「仲間たちが貴方をどう思っているのかはわからない。だが、約束する。私はもう貴方を疑うことも、裏切ることもしない」

 

 

 

 ウィルは自室に戻ると、背中からベッドに倒れこんだ。

 荒れる心を落ち着かせるために、大きく息を吸って、吐く。瞬間、精神に魔力が呼応して無作為な魔力変換が起こり、窓もない部屋に風が生まれて携帯端末が机から落ちる。

 

 緩衝材になるという任務の困難さはすぐに実感として理解させられた。

 ヴォルケンリッターに接触するということは、彼らの人となりを深く知るということ。

 今日のは格別に効いたが、彼らが人間らしい感情を、それも善良な人のような優しさや徳を見せるたびに、得体の知れない衝動が胸の内に生まれる。

 

 闇の書とヴォルケンリッターは同じ。一人の人間の頭と手のような関係。それがかつてのウィルの認識だった。

 シグナムたちと出会って、その認識は変わった。少なくとも、ウィルはシグナムたちを人間に近しい個として認識するようになった。

 主のために蒐集を続けてきたつもりで、その実、主の死を早めていただけにすぎなかった。そんなヴォルケンリッターも、ある意味では闇の書の被害者と言えるかもしれない。

 初めはヴォルケンリッターと知らず、はやての同居人として出会ったせいで、シグナムたち個人への親愛もある。

 

 だが、彼らは決定的に加害者で、その事実が変わることはない。

 もしもヴォルケンリッターがただ闇の書が生み出したというだけの存在で、過去に人を襲ったことがないのであれば、負の感情を抱くことはなかっただろう。だが、彼らは闇の書の尖兵として大勢を殺してきた。今ほど感情豊かではなかったとしても、彼らも彼らなりに人格があり、知性があった。無自覚ではなかった。

 そんな罪深い相手が、贖罪を口にした。そんな憎い相手が、自分への信頼を見せた。それはどうしようもなく、ウィルの心をかき乱す。

 

 なぜ、今なのか。それが持てるのであれば、なぜ、もっと前に発揮してくれなかったのか。

 

 

 ウィルはもう一度大きく息を吸い、吐いた。今度は魔力変換も発生しない。

 

 クアットロが教えてくれたように考える。今の自分は、復讐という料理をおいしく食べるために待っているのだ。だから、耐えられる。

 今日、シグナムから謝罪されたのは相当に()()()が、それに衝撃を受けてなお感情を律して我慢ができた。

 いつまでもは無理でも、この一件が解決するまでの後一月か二月。そのくらいは我慢ができるはずだ。

 

 きっと、今日の謝罪以上に衝撃的なことなどないはずだから。

 

 

 

 

 クロノが本局技術部にある試験場付きモニタールームに入ると、聞き覚えのある声が聞こえてきた。

 

「今から防御結界の強度を上げるね。ちょっと時間かかるから、楽な姿勢で待機していて」

 

 技術部所属の少女、マリエル・アテンザの声だ。彼女はヘッドセットをつけて、コンソールを操作していた。

 その隣にはユーノが立っており、歩み寄るクロノに気がついて振り返る。

 

「遅かったね、もう始まっているよ」

 

 前方の大型スクリーンには、デバイスを構えるなのはの姿が映っており、その端になのはのヴァイタルデータがオーバーレイ表示されている。

 

「あれがそうか」

 

 マリエルが首だけ振り返って、クロノの疑問に答える。

 

「ええ。あれがなのはちゃんの新しいデバイスです」

 

 予想を遥かに超える優秀さをクロノとリンディに見せつけ、晴れて民間協力者として捜査に協力することになったなのはに、クロノは何人かの知人を紹介した。

 マリエルはその内の一人だ。本職のデバイスマイスターにメンテナンスをしてもらえば、それだけでデバイスの性能は数段向上する。クロノの想定では、デバイスの調整をするだけ、せいぜい古いパーツを交換する程度で終わるはずだった。

 

 ところが、マリエルはなのはのレイジングハートと同時に、フェイトのバルディッシュの調整も担当していた。

 マリエルが二つの高性能デバイスをうきうきとしながらいじっていると、突然バルディッシュが自身の強化案を進言。デバイス同士リンクしていたのか、はたまた偶然か、レイジングハートも同様の強化を進言。

 なのはとフェイトにそのことを話してみたところ、デバイスが望んでるならかまわないと了承したので思い切ってやってみた――と、そんな経緯をクロノが聞いたのはデバイスの改造が終わってからだった。

 

「試験場の防護結界の展開が終わっていますから、先に大出力モードの試験をやらせてくださいね。デバイスの話はその後で」

 

 そう言うと、マリエルは前方に向き直って、再びなのはに指示を出し始める。

 

 クロノはなのはが体の前に掲げるデバイスを観察する。

 白い杖の先にコアとなる赤玉が取り付けられ、月を模した金色のフレームがそれを囲む。なのはの相棒たるインテリジェントデバイス、レイジングハートの姿だ。しかし、金色のフレーム部には新たに排熱機構が取り付けられており、その異物感がフォルムから洗練を奪い取り、荒々しさを加えていた。

 さらに、クロノは見慣れないパーツの存在に気がつく。

 

「弾倉……件の強化パーツか」

 

 マリエルがにやりと笑う。金色のフレーム部の付け根には、弾倉のように見えるパーツが取り付けられていた。

 

「ええ。CVKシリーズの792番――通称、ベルカ式カートリッジシステムです」

 

 ディスプレイに映るなのはが大きな声で、高らかに新たな相棒の名を唱える。

 

『レイジングハート・エクセリオン! バスターモード!』

 

 コアを囲む金色の半月が音叉にも似た形状へと変化する。大量の魔力の運用と放出に特化した、レイジングハートの大出力モードだ。

 なのはが内包する魔力がデバイスの矛先へと集い、光球を形作る。

 

『カートリッジロード!』

 

 弾倉――カートリッジから薬莢が吐き出される。なのはの親指ほどの大きさのその中に注入されていたのは、なのはに合うように調整された圧縮された魔力。

 カートリッジから解放された魔力は、魔導師であるなのはの魔力と混じり合いながら、デバイスであるレイジングハートが走らせる魔法プログラムの流れにそって巡り、デバイス先端に形を成す光球へと流れこむ。

 

『ディバイン――』

 

 なのはの額に汗が浮かび上がり、手は一層強くデバイスを握り締める。

 魔力が増えたことで、光球はさらに肥大化しようとする。なのははさらなる集中をもって荒れ狂う魔力を一定の大きさへと保ち続ける。莫大な魔力の流れを制御し、淀みなく巡らせる。

 

「あ、まずいかも」

「え?」

「なのはちゃんの砲撃魔法の収束率が予想より高くて、もしかしたら防護結界を貫いちゃう――」

 

『――バスター!!』

 

 枷から解き放たれた膨大な魔力は、与えられた指向性にしたがって直進。

 壁にぶつかった瞬間、試験場の映像が大きくぶれ、耳障りな音をたてる。

 

「だ、大丈夫なんですか!?」

「た、多分。念の為に防護結界のランクを二段階上げて設定しておいたから……」

 

 心配そうに聞くユーノに、マリエルが引きつった顔でコンソールを操作しながら答える。しばらくして、安堵の息をこぼす。

 

「ぎりぎり……ほんとにぎりぎり大丈夫。良かったぁ、無理言って借りてるのに設備壊したりしたら減給じゃすまないよ」

「なのはの方は?」

「そっちも大丈夫。……ああ、でも内壁の防護システムが落ちてるから、一度立ち上げなおさないと」

 

 

 マリエルがシステムの復旧をしている中、クロノはサブディスプレイに表示された砲撃のデータに目をやった。同じくデータを見ていたユーノが、率直な感想を口にする。

 

「すごいね。単なる砲撃魔法なのに、時の庭園で撃った収束砲撃と同じ……もしかしたら、それ以上の威力があったかもしれない。いくらヴォルケンリッターでも、直撃したらただじゃすまないんじゃないかな」

「これだけの収束率と砲撃初速があれば、射程距離もかなりのものになりますよ。有効射程でさえ、本局内の試験場では狭くて測り切れないでしょうね」

 

 と、マリエルが付け加える。

 褒める発言をする二人とは対照的に、クロノの心中は懸念の占める割合の方が大きかった。

 たしかに使いこなせれば大幅な戦力増になる。堅固な騎士甲冑を持つヴォルケンリッターに対して確実な有効打を持っているなのはの存在は心強い。

 しかし、それらは使いこなせればの話だ。

 

「あれだけの魔力の運用と放出は、デバイスの演算部やフレームに相当の負荷がかかっているはずだ。それにインテリジェントデバイスとの相性や、リンカーコアのポテンシャル以上の魔力を使うことによる肉体への負担……カートリッジシステムに関してはあまり良い噂を聞かない。そのあたりの問題は解決しているのか?」

 

 マリエルはスクリーンを向きながら、クロノに答える。

 

「たしかにインテリジェントデバイスとカートリッジシステムの相性は良くありません。カートリッジの魔力を制御するために生成される新たなプロセスは、全体の演算速度を低下させてしまいます。インテリジェントデバイスは高度な人工知能を搭載している分、ただでさえ即応性が悪いので、演算速度の低下によって受ける影響は大きいです。でも、それは標準的なインテリジェントデバイスで生じる問題なんです。レイジングハートほどの性能があれば、このくらいの速度低下が大きな問題になることはありません。デバイスへの負荷に関しては、排熱機構とフレームの強化で対応していく予定です。レイジングハートはインテリジェントデバイスにしては余裕のある造りをしていますから、十分に対応可能です」

「高性能なワンオフ機だからできるということか。魔導師の安全面は?」

 

 マリエルは別のサブディスプレイになのはのヴァイタルデータを表示させる。

 

「ご覧のとおり、試験では特に問題は表れていません。未熟な魔導師なら魔力を制御しきれずにもてあまして、リンカーコアに過剰な負荷がかかってしまうこともありますけど、なのはちゃんの制御技術なら十分に許容範囲内に留めることができます」

 

 マリエルは自信満々に答える。

 デバイスマイスターはデバイスの調子を見ているだけでは半人前。一人前はデバイスを通して魔導師を見ると言う。

 マリエルはまだ若いが、その知見は間違いなく一人前のデバイスマイスターだ。

 

「フェイトの方はまだ試験をしていないようだが、大丈夫そうか?」

 

 フェイトのリンカーコアはほぼ完治している。このまま経過観察で異常がなければ、数日後には彼女も訓練の再開、そしてカートリッジシステムの試験にとりかかることになる。

 

「バルディッシュ――新しい名前はバルディッシュ・アサルトって言うんですけど――あの子もレイジングハート並の高性能機です。それにフェイトちゃんの魔法構築技術は、得意な魔法に限れば魔法学院の修士生にも匹敵しています」

「二人とも、問題ないと考えてかまわないんだな?」

「理論上は大丈夫です」

「……不安になる言い方だな」

「こういうのに絶対はありませんから。何度も試験をして、そのたびに精密検査を受けて、その結果が出てからでないと確実なことは言えませんよ。でも、私も人とデバイスを繋ぐデバイスマイスターの端くれです。使い手の体をないがしろにするようなことはしませんから、安心してください」

 

 莞爾と笑いながら宣誓するマリエル。

 職の矜持を示されては、クロノも納得せざるを得ない。

 

「それならいい。彼女たちがより良い状態で戦えるように、これからも手を貸してやってくれないか」

「わかってます。あ、そういえば、頼まれていたデータの調査結果が出ましたよ。後で報告書をあげるつもりですけど、概要だけでも見ますか?」

「もちろんだ。ぜひ頼む」

 

 マリエルは復旧作業をおこなう手を止めて、懐から取り出した別の端末を操作する。

 

「ジャミングのせいで有効な観測データがあまり取れてなかったので、確実ではないんですけど、おそらくこれで間違いありません」

 

 映し出されたのは、仮面の戦士が使っていたカードだ。

 

「ミッド式の理論で組まれた魔力蓄積器。いわば、ミッド式カートリッジシステムです」

「見たことがないな」

「開発されたのは二十年以上前で、今はほとんど使われていないみたいですから。最初から全部ミッド式で組まれているので、ベルカ式カートリッジと違ってデバイスをかまさなくても使えますし、蓄積魔力の変換ロスもほとんどないと、良いところも結構あるんですけどね」

「それだけ聞くと便利すぎるように思えるな。使われてないのなら、何か欠点があるんだろう?」

「もちろんです。まず、ミッド式はベルカ式に比べて魔力の圧縮封入に向いていないので、器の損傷が激しいんです。ベルカ式カートリッジは再び魔力をこめて何度か再利用することができるんですけど、こっちは一度使えばおじゃんの完全な使い捨てです。製造にかかる費用と時間も大きいので、普通に使うには贅沢すぎる代物ですよ。それに強引に圧縮しているせいで、解放された魔力が不安定で制御が難しいです」

 

 わかっていたことだが、仮面の戦士は相当な実力の魔導師のようだ。今ではほとんど使われていない技術を用いているのなら、年をとったベテランである可能性も高い。

 

「あまり使われていないのなら、製造ラインの調査から収穫が得られるかもしれないな。ありがとう、参考になった」時計を見て、ユーノに声をかける。 「ユーノ、そろそろ時間だ。行くぞ」

 

 

 

「ここだ」

 

 クロノは先方から伝えられている部屋であることを確認すると、扉を開き、部屋の中へと脚を踏み入れる。

 

 途端、部屋の中から何かが跳びかかってきた。

 とっさに横に跳び退いて避けようとするが、後ろにユーノが立っていることを思い出して直前でその場に踏みとどまる。姿勢の崩れたところに跳びかかられ、その衝撃を支えきれずその場に押し倒された。

 

 倒れたクロノに馬乗りに乗っかっているのは、若い女性だった。腹部に女の臀部の感触が、女性の肉体がもつ柔らかさが伝わる。

 

「――っ!」

 

 もっとも、クロノにそれを堪能する余裕はなかった。女性の重みが仮面の戦士との戦いで怪我を負った部分にかかっていて、痛みというもっとスパイシィな刺激が与えられていたからだ。

 女性は焦ってクロノの上から飛び退くと、バツの悪そうな顔で手を差し伸べた。

 

「悪いね。まさか倒れるなんて思わなかったから。大丈夫だった?」

 

 クロノは顔をしかめながらも、差し出された手を取って立ち上がる。

 目の前の女性はよく見知った相手だ。高級なチョコレートのようになめらかな色合いの茶色の髪から獣の耳が飛びてており、クロノを見つめる瞳には猫のように縦長の虹彩。

 クロノの師の一人、リーゼロッテだ。

 

「そんなところでふざけていないで、こっちに来て座りなさい」

 

 部屋の中心の方から声がする。そこにはテーブルを囲むようにコの字型にソファが置かれていて、その一画に、リーゼロッテとよく似た顔の女性が座っている。

 クロノの師の一人、リーゼアリア。

 

 

 リーゼロッテがソファへと戻りリーゼアリアの横に。対面のソファにクロノとユーノが腰掛ける。

 

「紹介するよ。僕にぶつかってきた方がリーゼロッテで、もう一人がリーゼアリアだ」

「そしてこれが私たちの弟子のクロノ」と、リーゼロッテ。

「誰に紹介してるんだ……? まぁいい。ユーノもグレアム提督には会ったことがあるだろう。二人はグレアム提督の使い魔で、見ての通り素体は猫だ。それからロッテの言う通り、僕にとっては一応師にあたる」

「へえ、お二人は教官なんですか?」

「教官資格は持ってるけど、クロスケ相手のは家庭教師みたいなもんだよ。私が基礎トレーニングと戦技全般」

 

 と、リーゼロッテが胸を張れば

 

「私は基礎教養と魔法学全般をね。士官学校に入るまでだけれど」

 

 と、リーゼアリアが微笑をたたえながら語った。

 

 クロノが彼女たちの教えを受けたのは、士官学校に入学する前。まだ年齢が一桁の頃だった。

 その当時、グレアムは艦隊司令を辞して顧問官になっていたが、かつての功績と人望のためか相変わらず多忙であり、クロノを直接指導できる時間がとれなかったと聞く。そのため、普段のクロノの教育は使い魔であるリーゼロッテとリーゼアリアが担当していた。

 現役時代は武装隊員や捜査官として大いに活躍していたリーゼ姉妹だが、闇の書事件の後はグレアム同様に閑職に配属されるようになった。しかし一線を退いたとはいえ、今でも魔導師ランクでAAAを維持している凄腕の魔導師だ。

 

「あんたが連絡にあったユーノ?」

「はい、挨拶が遅れてすみません。ユーノ・スクライアです」

「ふぅん……」

 

 リーゼロッテが前に乗り出して、見定めるようにユーノの顔を覗きこむ。ユーノも初めは動かずにじっとしていたが、五秒を越えた辺りで恥ずかしくなりだして体を縮こめる。

 その仕草が気に入ったのか、リーゼロッテはにんまりと笑った。

 

「あんた、おいしそうな匂いがするね。食べていい?」

「えっ、ええっ!?」

 

 狼狽するユーノ。クロノが眉をしかめる。

 

「ダメだ。ユーノにはこれから調査をしてもらうつもりなんだ」

「じゃあ、終わってからは?」

「……ちょっとだけならいいだろう」

「僕の意志は!?」

 

 リーゼアリアが手を伸ばし、リーゼロッテの後ろ首を掴んでソファに引き戻す。

 

「からかうのもそのくらいにしておきなさい。話が進まないわ。さて、仕事の内容はクロノから聞いているのかしら」

「はい。無限書庫に収められた資料の中から、闇の書に関係するものを見つけるんですよね」

 

 『無限書庫』は、本局内部に入り口を持つ管理世界最大のデータベース、そしてその貯蔵空間のことを示している。

 固定された広大な空間には中心に一台のサーバーが置かれており、このサーバーに入力されたデータは書物という形で無限書庫に現れる。無限書庫という空間そのものが一種のアウトプット装置になっている。

 かつては、書庫のデータを管理するための巨大デバイス――魔導書が存在していたが、現在は紛失している。魔導書がなくなったことで出力アルゴリズムを変えられず、自動ソート機能も使えなくなり、書の整理や発見が非常に面倒になってしまった。

 手作業で書を整理、管理しようという動きもあったのだが、予算と人員の都合で実行されることはなく、現在ではデータの入力のみが継続しておこなわれている。

 

「古いデータは過去の調査でほとんど調べつくされているはずだ。だからユーノにはまだ調査されていない部分――ここ十年の間に入力されたデータを中心に捜索してほしい」

「もしかして、僕一人で?」

「いいや、すでに司書資格を持つ局員が何人か入っている。だが、まったく人手が足りていない」

 

 無限書庫にはデータの入力をおこなうための人員しか配置されておらず、調べたいことがあれば、その都度司書資格か、それに相当する技能を持つ人員を集めて調査するしかない。

 しかし、今回のように急に調査が決定しても、司書資格を持つ局員はたいてい手が空いておらず、調査人員をなかなか揃えることができないという事態におちいりやすい。読書魔法と検索魔法を覚えているユーノに声がかかったのも、局員だけでは充分な人手が集められなかったからだ。

 

 クロノの言葉を、リーゼアリアが引き継ぐ。

 

「今日のところは私たちと同伴で、すでに入っている局員との顔合わせと書庫内部の確認。急で悪いけれど、明日から調査に加わってもらうわ。いけるわね?」

 

 ユーノはリーゼ姉妹に向き直り、頭を下げる。

 

「はい、よろしくお願いします」

 

 クロノはソファから立ち上がる。

 

「書庫の調査の関してはきみたちに全て任せるよ。僕はこれで失礼させてもらう」

「あ、クロノ」

 

 出口に向かうクロノを、リーゼロッテが呼び止める。

 

「さっきはごめんね。怪我してるのに、配慮が足りなかったよ」

「気にしなくてもいい。それにロッテに気配りができないのは知っている」

「なにおう!」

 

 リーゼロッテが顔を赤くして怒り、隣のリーゼアリアがくすくすと笑う。

 

 

 部屋から出てから、クロノは忍び笑いをもらした。面倒なところもたくさんあるが、師匠たちとの再会は嬉しいものだ。

 それにしても今日のリーゼロッテは珍しいくらいに優しかった。怪我をするのは鍛え方が足りないからだと言うような人なのに、まさかクロノの怪我の具合を心配するなんて。やはり闇の書絡みとなれば、リーゼロッテでもナーバスにならざるを得ないのだろうか。

 

 そう考えた時、進む脚が止まる。

 

「怪我?」

 

 リーゼロッテは、怪我しているクロノを気づかう発言をした。たしかにクロノは怪我をしている。月村邸での戦いで仮面の戦士の攻撃を受けて。だが、彼女はそのことをいつ知ったのか。

 グレアムから聞いたのだろうか。しかし、グレアムはクロノがその怪我を負う直前に仮面の戦士にやられていたはずだ。いや、ああ見えて情の深い師だ。クロノが怪我をしていないか心配して、リンディやエイミィあたりに問い合わせてくれていたのかもしれない。

 しかし彼女がクロノに乗った時、その視線は怪我をしたところを正確に見てはいなかったか? それに、カードの解析結果が示す人物像もちらつく。

 

 自分がとても罪深い結論に至ろうとしていることに気づき、繋がりかけた思考を慌てて否定する。

 だが、心に芽生えた疑念は消えてくれなかった。

 

「……エイミィと母さんに相談してみるか」




 この作品の主役三人(ウィル・なのは・クロノ)の現況です。
 クロノは現状他二人より出番少なめになっていますが、完結後にはあいつも主人公だったなと思っていただける……といいなぁ。
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