復讐の炎がこの身を焼き尽くす前に   作:上光

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リインフォースと八神はやて

 鈍色の空を彩る魔力の色。その九割九分は紫黒。あふれる紫黒の光の洪水で、戦場は夜闇のごとき昏に染まる。

 此度の蒐集で手に入れた百を超える魔導師の千を超える魔法。それを惜しげも無く披露する管制人格。正確には、管制人格の顕現体を使い外敵を排除しようとする防衛プログラム。

 右腕を振るえば地に形成された魔法陣から無数の柱がせり出して、左腕を振るえば魔力弾が天を覆う雲霞となって降り注ぐ。十の指の先から伸びる細く長い鞭が震えて波動を形作る。

 

 昏の中、光を放ち輝くは、流星めいて奔る色とりどりの魔力光。管理局の魔導師たちが放つ魔力の煌き。

 無数の魔力弾が星々の煌きを見せたかと思えば、重なるシールドがステンドグラスのように淡く輝く。砲撃が天を裂く一条の線を刻み、バインドが空間に非線形な曲線を描く。

 

 明の中でもとりわけ目立つのは、縦横無尽に翔ける金色の光。音速を越え戦場を駆け巡るフェイト、その周囲に展開された慣性制御場の色だ。

 

 ソニックフォーム――その名の通り、音速の領域に到達したフェイトの新たな力。

 

 カートリッジによって増加した魔力を、推進力と負荷を抑える慣性制御、そしてバルディッシュの先に形成される魔力刃に集中。

 機動力と攻撃力に特化する代償として、バリアジャケットの対衝撃、対魔力へとつぎ込む魔力を限りなく削減した、防御を放棄した捨て身の形態。

 ヴォルケンリッターに負けぬ力を求めたフェイトが手に入れた新たな力は、奇しくも受けてしまえば耐えることのできない攻撃ばかりを放つ管制人格を相手にする上での最適解であった。

 

 管制人格は、宙空に何十もの魔法陣を同時に描く。

 陣からは五メートル近い体長の、鳥と蛇の合いの子のような獣が召喚される。

 一匹一匹の力は弱く、フェイトに追いつけるほど速く飛べないが、それだけの数の獣、その存在自体が障害物となって、フェイトの進路を狭めて機動力を削ぐ。

 狙いを定められないのなら、まず行動を縛るところから。

 そのような目論見で作り出された獣たちは、陣から生まれ落ちた瞬間に遠方から飛来した魔力弾に貫かれ、つんざく悲鳴をあげる間もなく消滅する。

 

 管制人格から離れた場所に陣取った、クロノを中心とした武装隊による支援だ。

 

 邪魔をした遠方の武装隊を排除すべく、管制人格が新たに魔法を構築即発射。連射される砲撃が、何重もの防御魔法を次々と破っていく。

 管制人格と人間の魔導師では出力の桁が違う。真正面から受ければすぐに打ち破られる。

 フェイトのように高速で移動できない者は、いずれ耐えきれなくなる時が来ると理解していても、こうして受け止めるしか術がない。

 

 だがこれは、いずれきたる死を恐れ、縮こまりながら待つ怯懦とは決して違う。これは敵を見据えながら、仲間が事態を打開するのを信じた時間稼ぎだ。

 

 

 フェイトは飛行軌道を曲げて管制人格へと接近する。

 武装隊への攻撃にリソースを割けば、それだけフェイトの迎撃に放たれる魔法は減る。

 迎撃に生じた穴を瞬時に見抜いたフェイトの洞察力、すぐさま突撃に移った決断力に非の打ち所はない。

 

 にも関わらず、フェイトよりも先に管制人格の懐に到達した者がいた。

 フェイト同様、戦場を飛び回って管制人格を翻弄する囮となっていたトーレだ。

 彼女はあざやかというより気味が悪いほど鋭角的な軌道で迎撃をくぐり抜け、勢いそのままに管制人格の腹を蹴りつけた。

 

 (スピード)(エネルギー)

 超音速からの蹴りは管制人格の堅固なバリアすら破壊する。反撃のいとまを与えることなく、両手両足に生じるエネルギー翼を使った斬撃を加え、とどめとばかりに横蹴りを叩き込み、その状態でさらに加速して管制人格の身体を吹き飛ばす。

 

 それだけ攻撃しても、管制人格の騎士甲冑に傷を残しただけ。

 管制人格の背から生じる黒い六翼が瞬時に肥大化したかと思えば、黒翼一つ一つがソニックフォームに等しい規模の慣性制御場を生み出して、吹き飛ばされる身体をぴたりと静止させる。

 よりも早く、すぐそばを駆け抜けたフェイトがすれ違い様に黒翼二つを切り裂く。

 

 慣性制御のバランスを乱されて姿勢を崩した管制人格に、クロノの合図で攻勢へと転じた武装隊の魔法が殺到する。

 次々と直撃する砲撃魔法が管制人格の周囲に展開するバリアを歪め、ひときわ大きな桜色の砲撃が、ついにバリアを貫いて管制人格を飲み込んだ。

 

 PT事件の頃から、こと一撃の威力に関しては、武装隊やクロノ、フェイトをも上回っていたなのは。その彼女がカートリッジというブーストを得た今、その砲撃魔法の威力は他者の追随を許さない。

 そのなのはの砲撃を受け、管制人格の右手の手甲と腕に巻き付いた血色のベルトが吹き飛んでいた。

 味方の中で最大の攻撃が直撃してなお、与えた損傷はそれだけにすぎなかった。

 

『もう一度やらせて! 次はもっと威力を上げるから!』

 

 場が負の想念に飲まれるより早く、なのはの念話が場に響き渡る。

 続いて、アルフとユーノが笑い声をあげた。

 

「それでこそ、なのはだ」

 

 初めて会った時から変わらない。

 彼女はよく落ち込むし、よく悩みもするけれど、いつだって前向きで、どうしようもなく頑固だ。

 フェイトと話をするためにあれだけのことをしたなのはが、はやてとウィルの命がかかっているのに諦めるはずない。たとえ自分一人しかいなくとも、絶対に勝てずとも、決して諦めずに戦い続けるに違いない。

 そんな彼女だから、みんな放っておけないのだ。

 

 新たに召喚され、武装隊めがけて襲いかかってくる獣たち。それらを鉄拳で打ち落としながら、アルフは犬歯を剥き出しにして笑う。

 

「周りは気にすんな! あんたは全力で撃てばいい!」

 

 場を淡い若草色の光が包み込む。

 ユーノはなのはを中心に、武装隊全員を効果範囲にする、魔力回復の場を展開する。瞬時に回復するわけではないが、継戦時間は確実に伸びる。

 続けて射撃の威力を上げる補助魔法。さらに、なのはが砲撃のみに集中できるように彼女の足元に足場となるフロータを生成する。

 

「やりたいようにやればいい! 僕が全力で支援するから!」

 

 なのはの力強い宣言が、アルフとユーノに伝わって、隊全体へと伝播する。

 

 空気が変わったのを感じ、クロノは苦笑する。

 本来、隊を活気づけるのは隊長や自分のような上官の役目だというのに、最近はその役目を取られっぱなしだ。

 一兵卒でありながら、周囲を活気づける者。困難という壁に穿たれた初めの一穴。そんな魔導師の呼び名を思い出す。

 

切り札(エース)にして切り拓く者(ストライカー)か。随分と欲張りだ」

 

 

 依然変わりなく、それどころか勢いを増す攻撃が、管制人格の迎撃の閾値を越えた。

 

 管制人格の左手。先程なのはの砲撃で壊れた黒いベルトが元通りに再生した。かと思うと、生物のように蠢き始め、波打ち、太さを増し、そして蛇へと変貌して首をもたげた。

 それは防衛プログラムが外敵の排除にさらに多くのリソースをつぎ込んだ証。

 

 攻撃の威力が、密度が、速度が、すべてが上昇する。

 距離をとって戦う者には、新たな攻撃に対応するだけの猶予があった。

 だが、管制人格の近くにいた者にとって、その変化はあまりに突然で。

 

 フェイトに、死を告げる紫黒の魔法が迫っていた。

 

 

 

 紫黒の魔法が体に触れるより一瞬早く、フェイトは誰かに胴を掴まれた。同時に身体が自分の意志とは無関係に急加速。

 ソニックフォームの慣性制御ですら軽減しきれない強烈なGに、胃液が喉元までせり上がり、脳や手足を流れる血液の量が減って意識がとびかける。

 意識を手繰り寄せて戻った時、目に映ったのは自分を見下ろす鋭い瞳だった。

 

「あ、ありがとうございます」

「礼を言われるようなことではありません。フェイトお嬢様に何かあれば、私が叱られます」

 

 トーレは表情を変えることなく答えると、フェイトから手を放し、再び管制人格へと向かっていた。

 どうして名前を知っているのか。お嬢様とは。先ほどみんなの前で言葉を交わした時とはまるで違う丁寧な言葉づかいは。

 頭にいくつもの疑問が浮かぶが、そのすべてを後回しにして、フェイトもまた管制人格へと向かっていく。

 わからないことは後で聞けば良い。今はその()を作り出すために戦う時だ。

 

 

 

 管制人格の攻撃の威力、速度、密度が上昇しても、やることは同じだ。

 フェイトとトーレが近接戦を仕掛け、武装隊とクロノ、リーゼ姉妹がフェイトとトーレを支援。

 管制人格が武装隊に攻撃を集中して先に仕留めようとすれば、その隙をついて、フェイトやトーレが懐に潜り込んで攻撃。

 そうしている間に、なのはの砲撃魔法の構築は進んでいく。

 

 先程の砲撃は、直撃しても管制人格の騎士甲冑の一部を破壊しただけ。

 もっと威力を上げなければならない。威力を上げるためには、さらに魔力を込めればいい。

 

(それだけじゃだめだよね)

 

 どうすれば良いのか。その答えはすでになのはの内にある。いや、先程見て学んだばかりだ。

 

 長杖型のデバイス――レイジングハート・エクセリオンの先端に構築される砲撃。

 なのはの魔力にカートリッジの魔力が加わって肥大化する魔力を、一定の大きさに保ったまま、指向性を与えて一気に放出させる。

 それが今までの、普通の、砲撃魔法。

 

 なのはが息を吸って、吐く。吸って、吐く。吸って、吐く。

 その動きに呼応して、魔力の球が肥大化して、収縮する。倍ほどに大きく、半分ほどに小さく。ゆるんで大きく、きつく小さく。

 

 魔力球を一気に収縮させた次の瞬間、なのははその大きさを維持したまま、一部分だけをゆるめた。

 堤防が決壊するように、蓄えられて押さえつけられていた魔力が解放され、与えられた方向へと殺到。

 

 レーザーのような魔力の奔流に、管制人格が両の手を突き出す。

 到達するまでの一秒足らずで十重二十重のシールドが手の先に構築され、その全てを撃ち貫いて、なのはの砲撃が管制人格に直撃する。

 

「うん、だいたいコツ、つかめたかも」なのはは満足げにうなずくと 「次はもっとうまく撃てると思う!」と声をあげた。

 

 これほどの砲撃でも、管制人格に与えた損傷は先程と同様。両の腕に巻いたベルトとも蛇ともつかない騎士甲冑の一部を破壊しただけ。

 しかし、その意味はまるで違う。この戦いで管制人格が初めて防御反応をとって、その上で相手に損傷を与えることができたのだ。

 最初の時のように、フェイトやトーレが敵の体勢を崩し、防御が間に合わない状況で当てることができれば、勝機はある。

 

 

 

 その光景を間近で見て、フェイトは生まれて初めて覚える感情に昂ぶっていた。

 

 訓練の間に、なのはがあのような技を使ったことは一度もなかった。いつの間にあんな技を覚えたのか。

 

 決まっている。今だ。

 

 なのはの技は、つい先程、管制人格が収束魔法を放つ時に見せた、極限の圧縮からの解放に似ている。それを模倣したのだとすれば、正気の沙汰ではない。

 フェイトは以前ウィルと戦った時に、見よう見まねで相手のマニューバを真似して敗北した苦い記憶がある。練習による積み重ねもなく、実戦で新たなことに挑戦することの危うさはよく理解している。

 新たな技能とは、デスクに向きあって理屈を噛み砕いて理解し、反復訓練によって基本的な動作を身体に覚えこませ、シミュレーションによって動作を繋げ、戦闘スタイルへと昇華させる。そういう流れを必要としている。

 大量の魔力を用いる大規模な魔法となればなおさら慎重な訓練が必要となる。それをぶっつけ本番でなしとげるなんて。

 本来なら何日も、何ヶ月もかかるその過程を、なのははまたたく間に駆け上がる。その規格外のセンスは、十歳にして魔法学校の修士生並の魔法知識と構築能力を持つフェイトにとってすら畏怖を覚えるほどだ。

 

 フェイトは優秀な魔導師だ。知識と魔力は言わずもがな。戦闘経験もこの半年で多く積んだ。

 エリートである本局武装隊の面々が相手でも、一対一の模擬戦で負けることは滅多にない。さすがに隊長クラスが相手の時は今でも五本中一本二本は落とすし、クロノが相手になると逆に五本中一本とれるかといったところだが。

 それでもフェイトより強い者は全員フェイトより年上。フェイトより長い年月を修練に費やしてきた人たちだ。若いフェイトは挑戦者で追い越す側だった。

 だけど、先程はっきりと聞いた。自分の後ろから駆けてくる騒々しい足音を。立ち止まればすぐさま自分を抜き去って置き去りにされそうで。

 

「……負けたくないな」

 

 己に芽生えた新たな感情の名前を、フェイトはまだ知らない。大切な友達に対して、闘争心めいたものを抱くなんておかしいと思う気持ちもある。

 けれど不思議と悪い気はしない。負けたくないけど、倒したいわけではない。抜かれたくないけど、追いて行きたいわけでもない。

 

 その関係は世間一般ではこう呼ばれる――ライバル、と。

 

 

 

 管制人格に、見かけほどの余裕は残っていなかった。

 攻撃が通っても、すぐに修復して無傷に戻る。一見無駄なことを繰り返しているように見えるが、徐々にその魔力は削られている。

 

 無限に等しい魔力を持つと言われる闇の書も、内包する魔力の総量は有限だ。

 空間にある魔力素は、体内に吸収されて結合し魔力となり、魔法として使用されると魔力素へと戻る。

 魔力素へと分解された使用済みの魔力をかき集めて取り込み、再度結合させ、励起させて魔力へと戻す。人間が何日もかけておこなうその動作を、闇の書はもっと短時間でおこなっている。

 

 伝承に謳われる半永久機関エーヴィヒカイト。夜天の書が多くの魔導師に狙われ続けた原因。無限の一歩手前まで到達した、ベルカが生み出した至高の技術の一つ。

 無数の魔法を記録する万魔書庫。そして、それを好きなだけ行使できる擬似的な永久機関。それが夜天の書の真の在り方。六六六の頁はその儀式魔法を起動するための媒介にすぎない。

 全人類が欲しがる無限の力を、擬似的にとはいえ体現した闇の書と単身で渡り合えるのは、同様に無尽蔵の魔力を生み出す紫天や、万物を消滅させる雷帝、虹の鎧であらゆる干渉をはねのける聖王のような、古代ベルカの諸王くらいだろう。

 

 だが、管制人格とて、一瞬で魔力素を魔力へと変えているわけではない。自動回復は時間的な永久であって、瞬間的な量は無限ではない。削りきられれば倒される可能性もあるのだ。

 敗北の可能性を算出した管制人格は、これまで通りの安全策をやめ、敵を倒すためのリスクのある行動を選択する。

 

 

 空中に巨大な魔法陣が形成される。ミッド式で編まれた陣が、形を変える。管制人格によって、プログラムが書き換えられているからだ。

 空を覆う暗雲の間に小さな稲光が連続して発生する。

 

「あれは――ッ!」

 

 フェイトが顔色を変える。彼女はその魔法を知っていた。

 見覚えがあるどころではない。それはフェイトの魔法。フェイトがかつて母の使い魔から教えられた魔法。

 

 儀式魔法サンダーフォール

 人工的に落雷を発生させるこの魔法は、雷を形成する前段階となる電子雪崩で、連続した放電を起こす。

 同じ魔法を使うフェイトがそれを見れば、魔法の規模や威力を推し量ることができる。管制人格が放つそれは、少なく見積もってもフェイトの百倍は下らない。

 

 その場から急いで離脱しようとしたフェイトの、

 

『避ける必要はないわ。あなたが持つ、最高の一撃を叩き込みなさい』

 

 脳裏に響いたのは、久しぶりに聞いた大好きなあの人の声で。

 戦いの最中だというのに頬が緩んで、爪の先、毛髪の一本一本にまで力がみなぎる。

 

「カートリッジロード!」

 

 フェイトはためらうことなくその場にとどまり、ありったけのカートリッジをロード。

 同時に管制人格の魔法が完成し、手を振り下ろす。

 

 

「サンダーフォール・ミョルニル」

 

 

 あまりにも巨大な雷は大気の抵抗を意に介さず、天と地を一直線に繋ぐ、巨大な雷の柱となる。

 山のように大きな巨人が振り下ろした巨大な槌の頭部にも似た雷。

 ()()が振り下ろされる。

 

 莫大な魔力によって造られた人工の雷は、自然の雷の数百倍にも及ぶテラジュールの熱量を発生させる。小型の戦略核にも匹敵するエネルギーを防ぐことなど不可能。

 雷の通路を形成する先駆放電ですら音速の数百倍。雷そのものはさらに百倍。意図して回避することは不可能。よしんば直撃を避けたとしても雷撃が発生させる膨大な熱量に焼かれる。

 

 その絶対不可避の死を前にしても、不思議とフェイトの心に恐怖はなかった。

 

 

 

 

 

 管制人格の語りが終わり、場が沈黙に満たされる。

 

 告げるべきは告げたと口を閉ざした管制人格。

 何か言いたげにしながらも、ウィルより先に口を開くつもりはないはやて。

 肝心のウィルは、父の最期の行動を、発言を、いまだに消化しきれずにいたけれど、それでもひとりでに言葉は紡がれ始める。

 

「管制人格。俺はお前が嫌いだ」

「そうだろうな」

「お前だけじゃない。ヴォルケンリッターも、闇の書に関わるすべてが憎い。でも、はやてを助けさせてくれることには感謝している」

「利害が一致しただけだ」

「父さんのことを教えてくれたのも、利害の一致か?」

 

 管制人格の告げた真実が、シグナムがウィルの父を殺したというのは勘違いだ、という内容であれば利もあるが、シグナムの告白を肯定したところで管制人格にとっては得などないはずだ。

 それなのにわざわざ教えてくれたのはなぜか。

 視線をそらした管制人格に、さらにたたみかける。

 

「俺がはやてを目覚めさせようとした時も、力づくで止めようと思えばできたはずだ。それをしなかったのは内心で間違っていると気づいていたから――」

「…………」

「――だけじゃなく……うぬぼれかもしれないけど、俺のことを気づかってくれたのか?」

 

 しばしの沈黙。管制人格は一度はやてに視線をやり、再びウィルに向かい合うと、寂しげな微笑を浮かべた。

 

「私はずっと主を見てきた。両親に先立たれて悲しみに暮れる姿も、孤独に耐える姿も。お前はそんな主の孤独を和らげてくれた」

「たまたまだ。俺がいなくても、タイミングが少し変わるだけだ。はやてなら、そのうち図書館ですずかちゃんと出会って、そこからなのはちゃんとも知り合って、友達になっていたはずだ」

「替えがきくかは関係ない。仮定の話に価値はない。偶然であっても、きっかけはお前だ。お前と出会って主に笑顔が戻った。主のおかげで渇ききっていた騎士たちの心には、つかの間の安らぎが与えられた。だから、この半年はこれまでで一番幸せな時間だった。そのきっかけをくれたお前のことを害したくはなかった」

 

 憎むべき闇の書を統べるものが、誰よりも自分を評価してくれる。

 震える唇を動かそうとしても、肝心の言葉が出てこない。感謝すればいいのか、皮肉を返せばいいのか、消えない憎悪をぶつければいいのか。何を言えば良いのかわからない。

 

 その沈黙はウィルの唇のもっと下、抱き抱えたはやてによって打ち破られる。

 

「でも、その幸せにあなたはいなかった」

 

 強い口調で割り込んできたはやてに、管制人格ははかなげな笑みを浮かべる。

 

「私はもとよりそういう存在なのです。見ているだけでも十分すぎます」

「それで満足してたらあかん。これからは、あなたも一緒に幸せにならんと」

「私は魔導書の一部。ただのシステムにすぎません」

「それなら、私が名前をあげる。闇の書とか、夜天の書とか、そういう物の一部と違う、あなたがあなたである名前を。これまでずっとみんなを支えてきてくれたあなたが、幸せになるための名前」

 

 言の葉はずっと前から考えていたかのように淀みなく紡がれる。

 

「強く支えるもの、幸運の追い風、祝福のエール」

 

 何もない闇の中に、風が吹いた気がした。

 月光に照らされた平原の、青い草の香りを連れた風。

 

「リインフォース」

 

 管制人格の表情に変化はない。少なくとも、表面上は。

 

「リイン、フォース」

「そう、それが私が贈る、あなたの名前」

「リインフォース」

 

 その響きを確かめるよう、管制人格は何度も口の中で音を転がす。

 

「リインフォース、私の家族になってくれへんかな?」

 

 はやては体を起こして、ウィルの腕から離れて、管制人格へと手を伸ばす。

 

 その手が管制人格の背中へと回されて、包み込むように体を抱きしめた時、管制人格の瞳は涙でにじみ、すぐに大粒の滴となってぼたりぼたりとこぼれ落ちる。

 管制人格は――リインフォースは、涙を流しながらはやての背へと腕を回して、その体を支えながら大きくうなずいた。

 

 ウィルは立ち上がって、その場から一歩二歩と後じさる。

 もうウィルがはやてを支える必要はない。これからはリインフォースと蘇ったヴォルケンリッターがはやてを支える。

 彼らとウィルは相容れない。

 だから、一緒にはいられない。

 

「ね、ウィルさん」

 

 離れようとするウィルを、はやてが呼び止める。

 ウィルに背を向けてリインフォースと抱き合っていて、こちらの動きは見えないはずなのに。

 

「家族になろうって言ってくれた日のこと、覚えてる?」

「忘れないよ。ああ見えて結構緊張してたんだ」

 

 PT事件が終わって管理世界へと帰る前にかけ、一度は受けてもらえたのに、ヴォルケンリッターが現れたことで断られてしまった誘い。

 もしもヴォルケンリッターが召喚されるのがあと数ヶ月遅ければ、ウィルとはやての関係はもっと違っていたのだろうか。敵になることなく、家族としていられたのだろうか。

 

「今はあの時のウィルさんがかけてくれた言葉の理由がようわかる。シグナムを、ヴィータを、シャマルを、ザフィーラを、それからリインフォースを。私はみんなを、家族を幸せにしたい」

「……そっか」

 

 はっきりと言葉にされれば、否が応でもわかってしまう。自分とはやての道は、決定的にわかれてしまった。

 管理者権限を得たはやては、ヴォルケンリッターを再度召喚して、闇の書の防衛プログラムを切り離して破壊するのだろう。守護騎士が夜天の書側のシステムなら、闇の書が滅んでもヴォルケンリッターが消えることはない。

 

「俺たちは、ここから出て、闇の書を滅ぼすまでは一緒に戦えると思う。だけど、ヴォルケンリッターがその後も残るのなら、それがはやての望みなら、きっと……いや、絶対に、俺とはやての幸せは相容れない。父さんのことを聞いても、やっぱり俺は闇の書のことも、ヴォルケンリッターのことも許せないんだ」

 

 はやてはリインフォースからゆっくりと体を放し、まだ片方の腕はリインフォースの背に回したままだけれど、体をひねってウィルの方を向く。

 

「ええよ。復讐がしたいのなら、いくらでもしようとしてくれてかまいません。でも、これからは私が守るから。ウィルさんやからって、私の家族に手を出させたりさせんから」

 

 告げる言葉には力がこめられていて、真っ直ぐな瞳には覚悟がある。我が子を守る母にも似た覚悟だ。

 自分ははやての敵になった。その事実を受け止めて、ウィルも覚悟を決める。はやてと敵対する覚悟を。

 

「そんで……今はどうやったら良いのか全然わからんのやけど……でも、いつか絶対に、ウィルさんのことも(たす)ける」

 

 そんな覚悟は、はやての言葉で簡単に吹き飛ばされた。

 

「なにを……言って……」

「わかったんや。闇の書を破壊するだけじゃ何も終わってない。闇の書に囚われてたみんなだけが救われても終わらない。私たちのマイナスがなくなっただけじゃあかんかったんや」

 

 宣言。きっと、復讐の念から解き放つ――救うと。

 ぬるい願望はどんな辛辣な罵倒よりもウィルの心に深く突き刺さり、脳髄を甘く痺れさせる。

 同時に、その意味するところに背筋が凍りつく。

 

「闇の書が生み出した悲しみまで背負うつもりか。そんなもの人が背負える重さじゃない。まして、はやてが背負う必要なんかない」

「私、みんなが悪いことしてないと思ってるわけやないんよ。望んでやってなかったからって、悪いことをしてきた過去が消えてなくなるわけと違う。望んでても望んでなくても、そんなのやられた人には関係ない。……そういう気持ちもわかるつもりやから。それでも、私はみんなが好きで、幸せになってほしい。許せない人の気持ちを踏みにじってみんなを幸せにしようとするんやったら、その人たちに応えんとあかんと思うから。

 なんて、いろいろ言うてみたけど、ほんまはもっと簡単な理由があったりするんやけどね――私も、ウィルさんに幸せになってほしい」

 

 幸せになってほしい――その言葉はかつてウィルがはやてを家族にしようとした時に告げたのと同じで。

 でも、そこに込められた決意の強さは雲泥の差で。

 

 何も返すこともできず、はやてに背を向けて目を閉じた。

 八神はやてという光は、あまりにまぶしすぎて直視できなかった。

 

 

 

 

 宙空に突如出現した極彩色の穴が、絶対の死を運ぶ雷槌を飲み込んでいた。

 その極彩色が穴自身の色ではなく、穴の向こうに広がる次元空間の色だと気づいた者はどれだけいただろう。

 

 次元歪曲魔法

 異なる次元世界を同期させるための空間歪曲に必要な演算も、歪曲された空間を支えるための質量を代替するための魔力も、個人でまかなうのは不可能と言われていた。

 だから、実証をもって不可能を可能にした者は讃えられるのだ。

 敬意と畏怖とともに、大魔導師、と。

 

 

「まったく、世話をかけさせる子ね」

 

 魔法が飛び交う戦場の下方、岩場の端に腰掛けつつ、あきれた口調に隠し切れない喜びを含ませつつ、女はつぶやいた。

 

 年を重ねて陰るどころか深みを増した美貌。腰まで届く深海のように深い黒色の髪をゆるやかに束ねて、白衣を羽織った研究者然とした女。

 雷が消失するのを確認すると、大魔導師プレシア・テスタロッサは、右手首につけた腕輪型のデバイスを軽く撫でて、次元歪曲魔法を停止させる。デバイスの中央に取り付けられていた種子のような形をした石――ジュエルシードもまた、輝きを失った。

 

 プレシアの傍らには身体よりも大きな砲を担いだ少女が立っている。

 年の頃はフェイトと同じくらいか。長い茶髪を肩のあたりでリボンでたばねているが、くせ毛のせいでどうにもまとまりが悪い。

 少女はぼうっとした目で上空を眺めながら、砲の先を管制人格に合わせる。

 直後、砲身を遥かに越える砲撃が放たれ、管制人格に直撃する。

 

「圧縮が甘いわね。砲身での圧縮に頼っているから、射出した後で広がるのよ。きちんとできていれば、あの桜色の砲撃に劣らない威力が出せるでしょうに」

 

 少女は幼児がするようにいやいやと首を振って叱責するプレシアから視線をそらす。宙をさまよう少女の視線は、大剣を振りかざして管制人格に斬りかかるフェイトをとらえる。

 

「あの金色の子がプレシアさんの娘?」

「そうよ。あれで結構私に似ているの」

「会わなくていいの?」

「せっかくうまくやってるみたいなのに、ここで私が出ていったら余計面倒なことになるだけよ」

 

 プレシアはフェイトから視線をはずすと、さっさと後ろを向いてその場から離れる。

 

「管理局に見つかると面倒だわ。行くわよ、ディエチ」

 

 少女はこくりとうなずくと、砲身を引きずりながらプレシアの後についていった。

 

 

 

 上空。

 雷槌が不発に終わった瞬間、フェイトは管制人格へと向かって一直線に翔けつつ、カートリッジの魔力を全て魔力刃へと変換する。

 

「プラズマザンバー!」

 

 バルディッシュの魔力刃が細く長く伸びて芯となる。カートリッジから解放された魔力が芯を覆い、太く固くする。

 肥大化し五十メートルを超えた刃を、巨大な魔法を行使した反動で隙だらけの管制人格へと。

 振りぬかれた刃は管制人格の周囲に張られたバリアを砕き、管制人格が纏う黒衣の騎士甲冑を半壊させる。

 管制人格の身体が揺らぐ――が、それまで。

 

 負荷から立ち直った管制人格の指先に反撃のための紫黒の魔力が集いかけた瞬間、下方から飛来した誰のものともわからぬ砲撃を食らい、魔法構築が妨害される。

 そしてさらに

 

「私たちを忘れてもらっては困るわ」

 

 管制人格の体を青の鎖が何重にも絡めとる。リーゼアリアの多重捕縛魔法。

 

 雷槌を恐れずに攻撃に向かったのはフェイトだけではなかった。

 フェイトとは異なり、リーゼアリアには管制人格が構築していた魔法の正体はわからなかった。わからない魔法に対しては距離を取るのが常道。

 けれどフェイトが退かずにカートリッジをロードした瞬間、歴戦の戦士たる彼女たちも悟ったのだ。

 ここが千載一遇の好機なのだと。

 

「あなただって望まれないことを強いられてきたのかもしれないけれど」

 

 語るリーゼアリアのそばから、人影が踊りだす。リーゼロッテだ。

 動けない管制人格の懐に入った彼女の手には、十枚を超えるカードが握られていた。

 リーゼロッテは目の前にいる管制人格を視界に納めながらも、その目に過去の楽しかった日々を映す。

 

「……クライド君」

 

 リーゼロッテは手に持った十枚を超えるカードを握りつぶす。解き放たれる魔力が、恒星にも似た輝きを創り出す。魔力のあまりにもな巨大さに、リーゼロッテの手が裂け、血が噴き出る。

 過剰な負荷に人工魂魄が悲鳴をあげるのを感じながらも、リーゼロッテは荒れ狂う魔力を制御する。

 

「私たちもさ、これで結構辛かったんだ」

 

 身を屈め、拳を握りしめたリーゼロッテが

 

「だから! 一発!! 本気で殴らせてもらうよ!!!」

 

 渾身のボディブローが抉るように突き刺さる。蒼天よりもまばゆく輝く青が、拳を通して管制人格の内部に叩き込まれる。

 一拍置いて叩き込んだ魔力が、正確にはその一部が内部で炸裂した。

 

「ごめん、今の嘘」

 

 続けて、炸裂の衝撃で次の炸裂が発生し、その衝撃がさらなる炸裂反応を引き起こす。

 莫大な魔力を一度に反応させるのではなく、細やかに分割した上で衝撃を受けて構築が崩れると炸裂するようにプログラミングすることで、小規模な炸裂反応を連鎖させる。

 休む間もなく続く炸裂で体を内部から打ち続けられる管制人格に向かって、リーゼロッテは殴りつけた姿勢そのままに握り拳の中指を立てた。

 

「一発で気がすむかぁ!!! そのまましばらく吹っ飛ばされろ!!!!」

 

 内部で巻き起こる連鎖的な炸裂反応は、管制人格の魔法構築を阻害する。

 反応の持続時間は十秒にも満たなかったけれど、その間、攻撃も防御もできなくなる。

 それが、リーゼロッテからなのはへの、最大のアシストだった。

 

 遠方、なのはを中心に周囲の魔力素が集う。

 この戦いで消費された莫大な魔力。その残滓が渦巻き集い、圧縮されて、球を形成す。

 紫黒の色を残す昏い魔力素が、球体に近づくにつれて鮮やかに色づいていく。曇天にひときわ強く輝く桜色。

 それをカートリッジから解放された魔力が覆い、締め付けるように圧縮していく。自分の身体を超える大きさの球を、手のひら一つ分にまで圧縮して。

 

「シューティング――――スターライトブレイカー!」

 

 桜色の流星(シューティングスター)の輝きが、夜闇のごとき昏に染まった空を砕き、光で染め尽くした。

 

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