復讐の炎がこの身を焼き尽くす前に   作:上光

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ずっと、待ってた

 映し出される外界の色は、曇天の灰色と暴走する管制人格の魔力光である紫黒が多くを占める昏から、フェイトの金、リーゼロッテの青と、明色の割合が増えていき、最後は輝くような桜色の光に満たされた。

 

「あの魔法なら、私の顕現体とて無事ではすまない」

 

 観劇の終わりを告げるリインフォースの声に、ウィルはずっと背を向けていた彼女たちに向き直る。

 慎ましやかに座るはやてと、彼女の背に手を添えて、支えながらその隣に在るリインフォース。

 

「ようやく俺たちの出番ってわけだ」

「直撃の直前にこの隔離領域を破棄する。私と主は権限の奪取に向かう。お前は――」

「ウイルスプログラムを起動させて防衛プログラムを足止めする」

 

 言を継げば、当初の予定通りなのにリインフォースは目を伏せる。

 

「お前の魔力量と持ち込んだウイルスの性能は把握している。防衛プログラム本体が出てくればひとたまりもない。無理はするな」

「するさ。そのために来たんだ」

 

 意地を張って答えてから、はやての眉が悲しげに下がるのに気がついて、慌てて弁明する。

 

「大丈夫だよ。こうしている俺もはやてもただの意識で、肉体は別の空間に隔離されている。夢の中で死んだって、朝が来れば目を覚ますだろ? 心配いらないよ」

「夢と侮るな。主もお前もただの意識ではない。我が主は権限を取得するために、お前は破壊工作に魔力を用いるために、肉体との魔力パスが繋がっている。その状態の意識体が破壊されれば少なからずフィードバックは起きる。そのまま目覚めなかった例もある」

 

 拙いなぐさめは、リインフォースにばっさりと否定され。

 そんな事実を聞かされたはやては、さらに悲しみを増して眉を下げるかと思えば、憂愁こそたたえながらも同時に幼い顔に確かな決意を宿していた。

 

「私だってみんなが戦ってるのを見てたんやから、今が無理せなあかん時やってわかってる。でもお願い。絶対に生きて戻ろ」

「わかった。約束だ。外でまた会おう」

 

 約束なんて言葉のやり取りにすぎないけれど、交わしたという記憶と守ろうとする想いがあれば、闇の中でも灯となって導いてくれる。吹けば消えるようなか細い灯でも、ないよりはマシだ。

 

 リインフォースが銀色の輝きを放って霧散し、粒子となってはやてを包み込み、内側へと吸い込まれていく。

 座っていたはやてが、操り人形が見えない糸に引かれるように立ち上がる。内側から光が放たれると、はやての服は見慣れた普段着ではなくなっていた。

 

 混沌とした淀みの如き昏黒ではなく、上質なベルベット生地のように光沢のある漆黒を、金と白の刺繍が美しく引き立てる服。それを純白のショート丈のジャケットが覆う。

 背からは黒い粒子が塊となり、三対六枚の黒翼を象る。

 右手に握られているのは金色の十字杖。その上部は闇の書の表紙を飾る剣十字に似ていたけれど、四つの剣先を支えるように円環が繋ぐ。

 はやての栗色の髪は以前から輪のような艶があったけれど、今や髪の一本一本が空に浮かぶ月のように白い輝きを放っていた。

 月の白と夜の黒を剣の金が彩るこの姿こそが、夜天の主としてのあるべき形。

 

「よく似合ってるよ」

「ありがと」

「でも、そのスカート丈はいただけないな。破廉恥すぎる」

 

 軽口に、はにかむような笑みを浮かべるはやて。

 彼女と融合しているもう一人に、今だけは仲間として声をかける。

 

「はやてを頼んだ、リインフォース」

「後ろは任せたぞ、ウィリアム」

 

 ウイルスプログラムを起動。

 銀色の腕から漏れるのは、白く透き通った魔力光。奔るプログラムが長く尾をひく音を立てる。夏にはやての家を訪ねた時に耳にした、風鈴の音色のように透明で清涼な。

 数多の拙い改変で矛盾を抱えた闇の書が黒く淀んでいるように、スカリエッティの用意した美しいプログラムは白く輝く。矛盾のない優れたプログラムは純粋だ。ゆえに澄んでいて、ゆえに白い。

 

 

 準備を終えたのを確認したかのように、世界が音を立てて砕け始めた。

 はやてを閉じ込めていた、保護していた、隔離していた、空間。

 その壁が天井から崩れていく。細かに砕かれた欠片が、雪のように舞い落ちる。

 

 はやての黒翼が一斉に広がる。ウィルの銀腕から強い光が広がる。

 はやては天へと飛び立つ。天蓋を占める闇の先にある、月の輝きを目指して。

 ウィルは地を睨みつける。底なしの深淵から訪れる、闇黒を迎え撃つために。

 

 

 

 リインフォースが用意した隔離用空間の外、闇の書の内部は、ある種の宇宙を構成していた。

 宇宙空間にも似た暗闇に、恒星のように輝く球体が点在し、その表面上に刻まれた幾何学模様は刻々と変化を続け、球体同士の間を光が頻繁に行き交う。

 構築された様々なシステムが、実行されるプログラムが、行き交う電気信号が、ウィルの脳によってわかりやすい形に変換された結果だ。

 

 下と呼んで良いのかはわからないが、はやてが飛び立ったのとは逆方向にあたる空間は闇の霧に閉ざされていた。

 光が届かないから暗いのではない。輝くものがないから暗いのでもない。光を奪うから暗い。

 闇の霧に包まれたその空間は、あらゆる光――電気信号を遮断する真っ黒な防壁。すなわち防衛プログラムの領域だ。

 

 その領域から何かが飛燕のごとく飛び出してきた。人だ。人のような何かだ。

 

 美しく整った顔は、眼球すべてが血に濡れた紅に染まって、体は青紫に変色した死者のような肌で、足元まで伸びる色の抜けた灰色の髪を振り乱して、まるで魔女か山姥の様相。

 けれど、美しく整った目鼻立ち、均整のとれた女の体、ウェーブを描く豊かな髪は、管制人格やヴォルケンリッター同様に美しい姿をしていた頃の名残ではないだろうか。

 纏う光は黒ずんだ紫。白が正しいプログラムの色であるのなら、奴にはどれほどの無駄と矛盾が内包されているのか。いったいどれだけ歪められてしまったのか。

 

 はやてがいなくて良かった。彼女がこの姿を見れば、きっと憐れに思ってしまっただろうから。

 

「行かせない」

 

 右腕から解き放たれたウイルスプログラムが、天と地を分断する真白な境を作り上げる。

 境からは無数の針が次々に放たれる。周囲の空間が歪んで逸れたかと思いきや、針はさらに追尾し、防衛プログラムを貫いて消滅させる。

 あまりにあっけない最後で、これで終わったとの勘違いすらできない。

 

 予感通り、新たな防衛プログラムが漆黒の幕より飛び出してくる。それも一体や二体ではない。こいつらは防衛プログラムがはやてを止めるために放った尖兵なのだろう。

 放たれる針に大半が消滅させられていくが、中にはかいくぐって境に取り付くものも出てくる。

 境を破ろうともがく尖兵を、ウィルの剣が排除していく。

 ウィルの攻撃はウイルスのそれとは異なる。論理を戦わせるのではなく、肉体から引っ張ってきた魔力によって、プログラムを構成する魔力を散らして破壊する。極めて直接的な攻撃だ。

 

 やってくる防衛プログラムのどれもが、ウィルのことなど意に介さずひたすらに上を目指す。それを横から殴りつけるだけ。あまりに楽な仕事に、むしろ焦燥がつのる。

 リインフォースが事前に忠告までくれたのに、これが防衛プログラムの全力のはずがない。

 

 

 倒した数が三桁に届く頃、新たな防衛プログラムがやってこなくなった。

 

 訝しんで下方に目をやれば、霧の中にぼうっと紅い灯火が二つ浮かび上がる。

 紅灯はいまだに霧の中にありながら、ウィルの視界の大半を占めている。おそらく、この空間に浮かぶどんな球体(システム)よりも大きい。

 光を遮断する霧の中にあってその色が見える。それは遮断する必要がない、すなわち防衛プログラム側の存在が放つ光だということ。

 あの紅色には見覚えがある。先程まで戦っていた防衛プログラムの瞳の色だ。

 

 霧を突き破ってそれが姿を現した。

 先程までの防衛プログラムとまったく同じ姿の、しかし大きさは桁違い。

 初めて管理局地上本部の、天を衝く様を見上げた時を思い出す。その威容に畏れを感じ、次にもしも自分の方に倒れてきたらと、子供心に想像して怖くなった。

 それと同じ、いやそれ以上の巨大なものが天へと昇ってくる。

 

 ウイルスはこれまでの比ではない巨大な針を撃ち出し、ウィルもまた渾身の魔力を放つ。

 防衛プログラムは防御も回避もしない。まるでそんなものは最初から眼中にないかのように真っ直ぐ上昇。

 ハリケーンのように、こちらの攻撃も、ウイルスが張った白の境も、ウィルという存在も、すべてを巻き込んで、飛翔の衝撃だけで引き裂いて。その結果を確認もせず、さらに天を目指す。

 

 防衛プログラムの双眸は、純度の高い宝石のように澄んだ紅で、だけど無機質で、ガラス玉のように均一で、何の意志も宿していない。

 先程の小型プログラムも、防衛プログラムの本体も、同じだ。その目はウィルを認識していない。彼女が見ていたのは、ずっと先の天空で管理者権限を奪取しようとしているはやてとリインフォース。

 相手はウィルを見てなどいない。あの紅眼には何も映されていない。

 

 そうだろう。ずっとそうだった。

 

 闇の書はずっと悪意をもって誰かを傷つけてきたわけではない。

 内なる律に従って動いていただけ。そこに誰かを傷つけようという意図はない。

 

 ――なんだそれは

 

 そこにいるとすら認識されず、路傍の石のように踏みつけられて、蹴飛ばされて、砕かれて。

 

 ――ふざけるな

 

 引き裂かれたウィルの喉から、憎悪のこもった怒号が発せられる。

 必死に生きてきた者たちを、大勢で築きあげてきた物を、連綿と繋いで来た共同体を、何も思わずに無に帰してきただなんて、そんな理不尽は許せない。

 

 怒りのまま、遠ざかる防衛プログラムへと手を伸ばす。

 けれど、ウィルの体躯は奴に比べると矮小にすぎる。踏み潰された蟻が、そのまま歩いていく人間に向かって足を伸ばすしたところで届くはずがない。すぐに視覚の限界からはずれ、そのまま息絶えるのを待つばかり。

 

 それなのに、ウィルの指は防衛プログラムに届いていた。

 ウィルの手から伸びた巨大な腕が、防衛プログラムの足を掴んでいた。

 

 あまりに不可解な現象への驚きで、怒りの叫びも止まる。

 それなのに、依然として耳には怒りに満ちた叫び声が聞こえる。自分の声ではない。周囲から複数の人間の叫び声が聞こえてくる。闇の書の内部には、ウィルとはやてしか人間はいないはずなのに。

 

 辺りを見回せば、無数の粒子がウィルのそばで蠢いていた。防衛プログラムが先程までいた底なしの深淵から粒子が湧きあがりウィルの周囲に集う。

 その一粒一粒は塵芥のように小さく汚れていたが、だけど多かった。

 その粒子がウィルの右腕に集まって、輝く巨大な腕になっていた。

 

 誰かが自分のそばにいるのがわかった。

 

 

 ――俺たちはずっと、待っていた

 

 ――奴らは多くの命を奪った。多くの未来を閉ざしてきた

 

 ――だが、そのたびに業は重なり繋がり続けた

 

 ――その果てに、お前がここにたどり着いた

 

 ――俺たちの願いを受け止める王として

 

 

 粒子はウィルの体を見えなくなるほどに覆い尽くしていく。

 恐怖はなかった。無数の粒子が触れるたびに流れ込んでくる思いが、その存在の本質を理解させた。

 

 ()()()()なのだ。

 

 闇の書に踏みにじられてきた、奪われてきた命の、その搾りかすのような残り香。

 肉体が滅びようと、精神が壊れようと、なくなることはない。

 死と哀しみは積み重なる。吹けば飛ぶような塵芥でも、集まれば天をも覆い隠す叢雲となる。

 

 リインフォースと融合したはやての髪が白く輝いていた理由が、その瞬間に理解できた。

 光が重なれば白くなるように、無駄のないプログラムが白いように、心も一つになれば白くなるのだ。

 

 それなら、()はもっと白くなれるはずだ。

 心を通わせた主従であれだけ白くなれたのなら。

 ずっとずっと、何年も、何十年も、何百年も。

 そのために澱のようにこびり付いて、それでもなお残り続けてきた()()()ならば、きっと。

 

 

 意識が白に染まる。赤く輝く髪からは色が抜け、肌も色を薄くする。

 あらゆる魔力の光のスペクトルが干渉し合って生まれた完全なる白。髪も肌も、瞳すら白い。光そのものであるかのような、異様な白さ。

 それはあらゆる思いと願いを受け止めて、其処に立つと決めたから。全ての苦しみと悲しみを我がものとして受け入れて、代行すると誓ったから。

 

「ここまでだ」

 

 いまや防衛プログラムと等しい大きさとなったウィルが、天に昇ろうとするそれを引きずり落とす。

 防衛プログラムを闇の底へと叩きつけ、高みから見下ろす。

 

 再度飛翔した防衛プログラムは、もはや天を目指していなかった。髪を振り乱し、障害と認識したウィルへと手を伸ばし、

 

「お前はここまでだ、ナハトヴァール」

 

 その体が刃圏に入った瞬間、閃光に等しい白剣が魔を両断していた。

 

 

 

 

 闇にヒビが入り、隙間から桜色の魔力が差し込む。

 魔力の欠片が闇を舞う。

 大きな月の浮かぶ夜に、舞う夜桜を背に、

 

 魔導書は数百年ぶりに真の主を手に入れた。

 

 

 

 

 

「大丈夫ですかぁ、トーレ姉さま」

「すこぶる気分が悪い。五感すべてがノイズだらけだ」

 

 海岸の岩壁で、濡れ鼠になったトーレが大の字になって寝そべって。その隣に座り込んだクアットロが見下ろしてため息をつく。

 

「EMP対策はしてるはずなんですけどねぇ。馬鹿正直に突っ込まなければなんとかなったでしょうに」

 

 管制人格の極大雷槌はプレシアの次元歪曲魔法で不発に終わったが、発生した電磁波が消滅したわけではない。

 トーレは間近で強力な電磁波を浴びたことで、センサー系に異常をきたして海に墜落。

 常人の数倍の筋密度、強化骨格、機械パーツを内包した肉体は水に浮かばず、そのまま沈みいくところを間一髪で救出したのがクアットロ。

 

「プレシア様と妹たちはどうした?」

「やることやったらさっさとこの世界から離れるように動いてるはずですよ」

「私の回収にお前だけを残してか。それで、目的は何だ」

「なんのことです?」

 

 首をかしげる仕草のわざとらしさに、トーレは鼻白んだ気色で。

 

「とぼけるな。普段のお前ならこの程度の仕事はセインあたりに押し付けているだろう」

「さすが姉様。脳筋に見えて案外知性派なんですね。でも、今はただ最後まで見届けたいだけですよ。面白いものが見れるかもしれませんし」

 

 上空は先程までの戦いが嘘のように静まり返っている。

 

 管制人格は――正確には外敵排除のために管制人格のアバターを利用した防衛プログラムは――巨大魔力刃による外装破壊、多重捕縛と内部からの魔力炸裂による肉体動作と魔法構築の阻害、最後の収束砲撃、どれをとってもオーバーSと評される魔法を受けて、ついに活動を停止した。

 ただしそれは一時的なものにすぎない。魔力で構成された存在であるがゆえに、大きな魔力ダメージを受けたことで一時的に活動を停止したすぎない。

 

 しかし管制人格が活動を再開するよりも先に、異変が生じた。

 管制人格の内側から突然白い光が放出され、同時に周囲にベルカ型の古めかしい魔法陣が数え切れないくらい重なって展開され始めた。

 

 人間ならばまぶしくて目を開けていられないほどの光でも、機人たるクアットロは余計な情報を遮断し、先程まで管制人格がいたあたりに六つの人影が現れたのを確認する。

 お目当ての人影がそこにあると認識して、クアットロは笑った。

 

 その笑みは、大人の女のように艶めいて、幼い童女のように悪戯な、上下の唇を閉じたまま口の端を綻ばすようないつもの微笑――ではなく。

 

 口を開いて犬歯を見せる、飢えた山犬のような、笑みと呼ぶには凄絶な――欲望の表れ。

 

「やっぱり、場合によっては、姉様にお願いをするかもしれません」

「感覚器が正常に動作していない私に何をしろと」

「五感は私とリンクして代用すればいいじゃないですか。何もまだ戦えってわけじゃありませんから」

 

 上空を見上げるクアットロからは、いつもの傍観者めいて斜に構えた態度は消えていた。

 

「あの日からずっと、ずっと、焦がれていたのよ。また、私に味わわせてちょうだい」

 

 熱の籠った瞳、陶然として緩んだ顔、胸の内から絞り出した吐息混じりの声。

 恋に恋する乙女のような、狂気を宿した顔。

 

 

 

 

 目を灼く白い光が消えた時、ウィルの体は宙に浮かんでいた。

 

 空は灰色の雲に覆われて暗く、下方には昏い海が広がっている。周囲には人生で初めて感じるほどの強く、荒れた魔力波を感じる。

 遠くを見やれば、警戒を解かずデバイスを構えたままの武装隊が。そこから何人かの見知った顔がこちらに向かって飛んでくるのが見える。

 

 一番近くにいたのはフェイト。

 顔がはっきりと見えるほどの距離で停止して、そこから先へは近づこうとしない。

 その視線はウィルよりも若干右に向いていて、そちらに顔を向ければ、夜天の装束に身を包んだはやてが宙に浮いていた。周囲には四人の騎士の姿も。

 無事に闇の書の管理者権限を手に入れて、防衛プログラムの支配領域を切り離し、ヴォルケンリッターを再召喚したのだろう。

 

 フェイトとはやてはPT事件の折に面識があり親しくしていたが、ウィルが行方不明になっている間の戦闘でヴォルケンリッターの蒐集を受けてもいる。

 そんな相手に不用意に近づけないのは当たり前の行動なのだが、

 

「ちょっとなのは!」

 

 そのフェイトを追い越して、微塵の躊躇もなく、はやてへとタックルさながら飛び込んで抱きつくような者もいる。

 

「はやてちゃん! はやてちゃん! 無事だったんだね! たいへんなことになっちゃったって聞いて、本当に心配で!」

「ぐふっ……なのはちゃん、今のちょっと痛かった」

 

 ラグビーのタックル同然の突撃を受けて悶えるはやてを見かね、ヴィータが割って入る。

 

「おい高町! はやてから離れろ! 痛がってんじゃねーか……って今度は私に抱きつくな!」

 

 その様に毒気を抜かれ、フェイトもはやての元へと近づいていく。

 

 彼女らの後に続くのは、ユーノとアルフだ。

 アルフはそのままフェイトを追いかけて。その途中、ちらっとウィルの方を見てわずかに口角を上げた。

 ユーノはなのはが再会を楽しんでいるのを見ると、そちらには行かずウィルの方へとやってきた。気配りの達人だ。

 

「ウィルさん、ご無事で何よりです」

「きみもなのはちゃんも……局員じゃないのにこんなところにまで付き合ってくれたんだね」

「今回ばっかりは本当に死ぬかと思いました。危ないことはこれっきりだと良いんですけどね」

「……ちょっと難しいんじゃないかな」

「ですよね」

 

 と、二人で横目でなのはを見て。ユーノが彼女のそばに居続けるなら、きっと平穏とは真逆の騒がしい日々が待っているだろう。

 

 

 続いてやってきたのは、リーゼアリアとクロノだ。

 リーゼロッテはどこにいったのかと思いきや、猫の姿になってリーゼアリアの肩にしがみついている。最後の一撃で人間の姿を維持できないほどに消耗したようだ。

 

 にゃあ、と彼女が鳴けば、それでリーゼアリア、委細承知したのか。うなずいて応じ、こちらに近づいてくる。

 無表情のように見えて、顔のこわばりから彼女が冷静の真逆にあることが知れる。

 まったくの無も、莫大なエネルギーの釣り合いが取れた状態も、端から見れば静止しているように見えるのと似ている。この場合は当然後者だ。

 

「よくも父様をあんな目に合わせたわね」

 

 頬にはしった痛みは飛び上がるほどに鮮烈な。

 手首のスナップをきかせた、鞭のような痛烈な平手打ち。闇の書の中ではやてに打たれたのは心に来る痛みだったが、こちらは素直にものすごく痛い。涙が出そうになる。

 最近女性にひっぱたかれてばかりな気がする。

 

 リーゼアリアは肩に乗るリーゼロッテを一瞥すると、再びウィルに手を伸ばして、「次はリーゼロッテの分!」ともう一発叩かれるのかと身をすくませたその頬に

 

「大役も果たしたことだし、一発ですませてあげる」

 

 リーゼアリアはいたわるような優しさで手を添えて、泣きそうな笑みを浮かべた。

 

「よくやってくれたわ。本当に、ありがとう」

 

 肩に乗っていたリーゼロッテは、リーゼアリアがウィルの頬に伸ばした腕の上を、これぞ猫といった動きで渡り、器用に手首のところに座りこむと、前足の肉球でウィルの顔をぐいぐいと押してくる。

 

「無茶な役目をおしつけて、すみませんでした」

「あら、私たちはお礼を言ったのに、あなたは謝るだけなの?」

「……あなたたちのおかげです。ありがとうございます」

 

 

 そうしてリーゼアリアとリーゼロッテは下がって、最後にウィルの前に立ったのはクロノだった。

 

「随分と久しぶりにきみの顔を見た気がする」

「二、三ケ月会わなかったことなんて、これまでもよくあっただろ。……でも、そうだな。本当に、随分と長い間会っていなかったみたいだ」

 

 クロノは葬儀に立ち会った者のように沈痛な表情をしていたけれど、付き合いの長いウィルには、どんな顔をすれば良いのかわからずに困っているのだとわかった。

 お互いに何も言わずに、ゆっくりと一呼吸。やがて、口の端に仄かな笑み。

 

「きみには聞きたいことも、言いたいことも山ほどある。でも今は……無事でいてくれて良かったと、心からそう思うよ。闇の書のせいで二度も親しい人を失うのは勘弁だ」

 

 常日頃のウィルなら、気恥ずかしさに憎まれ口の一つや二つ叩くところだが、今ばかりはそんな気分になれなかった。きっとこんな風に素直に言葉をかわせるのはここが最後だから。

 

「闇の書の中から見てたよ。必死に戦うクロノたちの姿。それに捜査でもすごく頑張ってたみたいじゃないか。グレアムさんを出し抜くなんて、なかなかできることじゃない」

 

 暴走した闇の書に突入する前に聞いた話によると、クロノたちはグレアムがこちらに内通していることを見破り、このあたりの世界を拠点としていることまで突き止めていたそうだ。

 グレアムの裏をかけたのは、それほどに必死になって、短期間で彼の想像を越えるほどに成長したからに他ならない。

 

「ありがとな。クロノたちが予想を越えて頑張ってくれなかったら、きっとこうはならなかった。本当に感謝してる」

 

 もしも彼らが何も見抜けず、グレアムの思惑通りに動いているだけであれば。

 アースラは今もまだ地球の近くをうろうろと巡回していて、この戦いに駆けつけることもなく、リーゼ姉妹とナンバーズだけで暴走した闇の書と戦い、力及ばず敗北していただろう。

 管理局の尽力もまた、闇の書を滅ぼした大きな要因だ。

 

「柄にもない」

「まったくだ」

 

 お互いに顔を見合わせて、笑う。

 笑い声は少しずつ大きくなって、そのまま続いていれば、きっと二人とも途中から泣き出していたのだろうけど

 

「ウィルさん!」

 

 焦りを含んだはやての声が空に響き、中断される。

 

 どうやらまだ終幕とはいかないようだ。

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