梵語
行為。行動。身(身体)・口(言語)・意(心)の三つの行為(三業)。
また、その行為が未来の苦楽の結果を導くはたらき。
業
ウィルが意識を取り戻してすぐ、クロノによる聴取が行われた。
シグナムとの戦いから一日経過したようで、全身は鉛のように重く、倦怠感で起き上がるのすら億劫。魔力もたいして戻っていない。
そんな体調を鑑みてか、聴取はベッドから上半身を起こした状態で行われた。
クロノからの問いには、台本を読むように淀みなく無感情に答える。
事件の解決後に管理局にどのように説明するかは、事前にグレアムと相談して決めていた。
あの日、ザフィーラとシグナムに襲われて大怪我をしたこと。闇の書の主であるはやてを監視していたグレアムに拾われて一命をとりとめたこと。スカリエッティの研究所に滞在して解決法を探っていたこと。自分がシグナムに襲い掛かり、それが原因で闇の書が暴走を始めたことも。包み隠さずに話す。
語らないのはウィルが以前からスカリエッティと面識があったことくらいで、そこは管理外世界で活動をしていたグレアムの痕跡を発見したスカリエッティが闇の書のことを知り、口外しないことを条件に研究のための協力を強制してきた――ということにしてある。
話を聞くクロノの表情に驚愕が浮かぶことはなく、すでに誰かから事の成り行きを聞いていて、彼にとっては事実関係の確認でしかないようだ。
クロノからの聴取が一通りすんでから、ウィルも質問をなげかける。
「グレアム提督は?」
「きみより先に意識を取り戻されたよ。事情聴取はすでに終えている。おおむね、きみが今語ったことと変わらない内容だった」
「そっか。ご無事で安心した。……話はできたか?」
「いや……まだ安静にしていないといけないから、最低限のことを聞けただけだ」
意外にもクロノの声は平静を保っていた。
道を踏み外した恩師との対面がクロノにとってどれほどのものだったのか、ウィルには計り知れない。
わかるのはグレアムが生きていることに安堵している自分がいることだ。
「他の人たちは?」
「八神はやてはアースラに収容している。命に別状はないが、疲労と衰弱が原因なのかまだ眠っている。ヴォルケンリッターはあの無人世界の、転送ポートが設置されていた小屋で待機中だ」
協力したとはいえ、昨日まで敵対していた相手。
武装隊も魔力を使い果たして十分に動けない今、戦力のほとんどないアースラに招けるほどには信用できていないのだろう。
主たるはやてをアースラで確保しているなら、反抗される危険を冒してまで拘束する必要はないと判断したのか。
「なのはとフェイトはあれから半日ほどアースラで休息をとって、今は彼女らの希望でヴォルケンリッターと一緒にいる。アルフは怪我の治療中で、ユーノは医療班を手伝っているところ。……きみの関係者はそんなところだな」
クロノが意図的に詳細を省いたのかはわからないが、その中にウィルが最も知りたい相手のことが抜けている。
「シグナムさんも他のヴォルケンリッターのところに?」
クロノの視線が鋭く、にらみつけるように変化する。
互いに視線を合わせて十秒ほど経過しただろうか、沈黙を破ってクロノが再び口を開く。
「彼女もまた、アースラに収容している。傷が深く、意識はまだ戻っていない。再構成による修復も本人の意識が戻らないと使用できないそうだ」
やはりウィルの刃は彼女の命を刈り取るまでは到達していなかった。
死んだかもしれないと思っていた時はどこか案じるような心持ちがあったのに、生きているとわかると殺さなければという思いが燃え上がる。
「今の闇の……夜天の書に蓄積されている魔力は残り少なく、ヴォルケンリッターが消滅した場合、もう一度再召喚するのは不可能だそうだ。……きみはそれを知った上で攻撃をしかけたのか?」
「知っていたよ。闇の書の中でリインフォースがそんなことを言ってたからな」
「彼女を恨んでいるのか? だからあんなことを?」
「ああ」
「自分の腕を奪ったからか? それとも――」
「聞いてないのか? だとしても、クロノなら言わなくてもわかるだろ」
確かにウィルはシグナムを恨んでいる。
父を奪った闇の書への憎悪は、その手足であるヴォルケンリッターにも及んでいる。
たとえ連綿と続いてきた悲劇の元凶が、闇の書の改変により生み出された歪みにあったのだとしても、それは何度も繰り返し悲劇が上映された理由だ。
その個々の悲劇の中にある蒐集という演目で命を奪ってきたのは、ヴォルケンリッター自身に他ならない。
そしてなにより、シグナム自身の告白――自分がウィルの父を殺したというその言葉で憎悪はついに焦点を結んだ。
自分から幸福を奪った相手が幸福に生きるだなんて、
――頭がずきりと痛む
頭の痛みに呼応するように、胸の中で今も燃える炎が物理的な痛みを伴うほどに鮮烈に主張する。
殺せ、と。自分から奪った仇を許すなと。奪われたものは帰ってこないのだから、奪うことでしか帳尻は合わせられないのだと。
けれど、この復讐は誰も認めてはくれない。
クロノを見れば、ウィルがシグナムに――ヴォルケンリッターに攻撃を仕掛けたことを良く思っていないとわかる。きっとクロノやリンディはヴォルケンリッターを生かす方向で動こうとするのだろう。
似たような過去を持つ幼馴染はウィルと異なる決断をして、考えを肯定してくれると思っていた幼馴染は土壇場で復讐を妨害した。
これからのウィルは、誰一人として味方のいない状況で必死に策を練り、力を蓄えて、そして――
そうして、父を直接殺めたシグナムを殺せば、この炎は消えるのだろうか。
それとも夜天の書を司るリインフォースも殺さなければ消えないのだろうか。
ヴォルケンリッター全員を殺さなければ消えないのか。
それとも全員を殺してなお、消えてはくれないのだろうか。
この復讐は、いったいいつ終わるのだろう。
クロノはしばらくの間、どこかにある正解の言葉を探すかのように視線を動かしていたが、やがてため息とともにウィルを見据えて口を開く。
「きみが目覚めた時に何を言うべきか、ずっと考えていた。けれど何を言えばいいのかわからない。僕も気持ちを整理できていない。ただ、これだけは言える。きみは間違っている」
「そうだな、間違ってる。でも、納得できないんだ」
友人として、同じ境遇にあった者として、ぶつかりながらも共に苦楽を分かち合ってきた。
だからこそ、お互いに自分の抱えている思いを言葉にして重ねても届かないとわかっている。
ウィルがいかに彼らを許せないかを語っても、クロノは私的な復讐という犯罪行為を認めはしないし、クロノがどれほど復讐の無意味さを説いたところで、感情に突き動かされるウィルを止めることはできない。お互いにそれを理解している。
だから二人きりの問答はそれで終わり。
「ウィリアム・カルマン三尉。貴官はやむを得ない事情があったとはいえ、広域指名手配犯と接触し管理局の機密情報を漏洩した疑いがある。また今後、当該事案の関係者に危害を加える恐れがある。よって本局に引き渡すまでアースラにて勾留する。異論は?」
「ないよ」
「そうか。それならきみを拘束する前に来てもらいたいところがある。夜天の書の管制人格――リインフォースがきみに会いたがっている。今から僕と一緒に降りてもらうぞ」
「正気か?」
仲間を殺そうとした以上、彼らが自分を問いただしたいだろうことは予想ができる。
ただこの後に及んでウィルとヴォルケンリッターの顔を突き合わさせるなんて、そんな新たな争いが生みかねないことをクロノが許可したというのは信じがたい。
クロノは表情をゆがめ、大きくため息をついた。
「悩みはした。本当なら却下して、きみのこともこのベッドに括りつけておきたいくらいだ。けれど最期の願いと言われてしまってはな」
最低限の身支度を整えるとクロノに連れられてアースラの転送室へと向かい、そこから無人世界の転送ポートへと転移された。
転移の光が収まり視界が明瞭になると、光の向こうの六対の刺すような視線に出迎えられた。なのはとフェイト、そしてシグナムを除く四人のヴォルケンリッターの六人だ。
その誰もがウィルとクロノをじっと見つめていた。視線に込めた意志は人によって異なるが、不思議なことに警戒はあっても敵意のようなものは感じられなかった。むしろ悲しみと困惑がその場に満ちていた。
クロノは愛用のデバイスS2Uを握ると、この場にいる全員に視線をやって宣言する。
「これはあくまでも話し合いのための場だ。この場にいる誰だろうと、戦闘行為に繋がる可能性のある行動をとれば、その瞬間に魔法を叩きこむ。フェイト、なのは、きみたちもデバイスの用意を。僕一人だとカバーしきれない」
フェイトとなのはも慌ててバリアジャケットを展開し、ヴォルケンリッターとウィルから少し距離をとって、デバイスを構える。
ヴォルケンリッターの側から、リインフォースが数歩前に歩み出る。
その朱色の瞳がウィルとクロノをとらえ、そして彼女は深々と頭を下げた。
「よく来てくれた。許可をくれた管理局にも感謝を」
「事情を説明してくれないか。最期ってどういうことだ」
リインフォースは淡々と、自らの身に起きた「事情」を説明する
新たなる所有者たる八神はやてが管理者権限を取得したことで、狂った防衛プログラムを切り離し夜天の魔導書は真の姿を取り戻した。管制人格たるリインフォースは八神はやてを支えるべく、書の全てにアクセスでき、夜天の書はかつての姿を取り戻した――はずだった。
「防衛プログラムは破壊できたが、あれを生み出す仕組み自体は夜天の書の根幹に組み込まれていた。たとえ夜天の書のあらゆるシステムを破棄したとしても、私……管制人格というシステムを残していれば、いずれ遠くない内に新たな防衛プログラムが生み出され、再び私は夜天の書への干渉を封じられて望まぬ悲劇が繰り返される。……だから、その前に私を消し去ってもらいたい」
そのように語るリインフォースは淡々としていて、顔色一つ変えることなく。
周囲に視線をやれば、皆悲しみや悔しさをにじませてはいたが、驚いている者は誰もいない。
――頭の痛みはさらに強くなる
「何か解決策は……」
「ない。根幹にまで及ぶプログラムを取り除き、正常な状態に戻すには十年は必要だ。防衛プログラムの再構築はすでに書の中で始まっている。私の権限に干渉してくるのに一週間とかからないだろう」
振り返ってクロノを見るが、首を横に振るだけ。
ウィルが眠っていたこの一日の間に全員がその事実を知らされ、散々繰り返され続けてきた問答なのだろう。
だからといって諦めていいのかと言いかけて、けれど復讐を望む自分がそれを口には出すのはあまりに滑稽で、逡巡の末に口から出たのは別の言葉。
「はやてには何も言わなくていいのか?」
「あまり時間がない。主が目覚められるまで待つわけにもいかない……いや、これはただの建前か。ただ私が恐れているだけなのだろう。言えばきっと止めようとする。最後まで泣いて、何もできない自らを呪うに違いない。私はそんな主の悲しむ顔を見ずに逝きたい。これが私の最後のわがままで……そして、ここからは私からの最後の願いになる」
右手を掲げると、掌の上に魔導書が姿を現す。革表紙に魔導金で剣十字が打ち込まれた装丁。闇の書、いや夜天の書。
「書と一体化している私とは異なり、ヴォルケンリッターは書の守護騎士機能によって顕現した個体だ。書にあるのは、プログラム体を生成するための式とマザーデータのみ。たとえ私が消滅し、夜天の書がその機能を失ったとしても、今ここに存在している騎士たちまで消えるわけではない。
だからこそ、お願いだ――ウィリアム・カルマン、クロノ・ハラオウン。闇の書がお前たちの父の命を奪ったのは変えようのない事実だ。だが、闇の書と守護騎士が築いた罪の根源は夜天の書を司る私にある。元より先のない我が身にたいした価値があるとは思えないが、私の命を捧げよう。それで手打ちにしてもらえないだろうか」
つまり、ウィルとクロノの二人で夜天の書とリインフォースを消滅させることで、復讐をやめてほしい、と。
呼吸が浅くなる。胸の内から膨れ上がる何かに言葉をつまらされそうになりながら、絞り出すようにして声を出す。
「そんな話を受けられるわけがないだろ。……取引にもなっていない」
すぐに消える命を自分の手でつぶしたところで、満足するのか。復讐とは「奪う」ことが本意。「与えられる」ものではない。
いやもしかしたら満足できるのかもしれない。自分が最も納得できないのは、奪った側が生き続けること。それなら消えてくれさえすれば気持ちは晴れずとも、納得はできるかもしれない。
だが、ここでリインフォースを殺したとしても、生き残るシグナムへの殺意が消失するとはとても思えない。
「無理だ。きっと俺は最低でもシグナムさんを殺すまで納得できない。お前だけ殺したところで、納得できるとは思えないんだ」
「そうか……では、お前の方は決まったか?」
リインフォースの視線はウィルからわずかにそれ、その後ろに立つクロノに目を向けられた。
「管理局は危険性を鑑みて、リインフォースの破壊を決定した。その意思決定の代行者として、僕も破壊のための儀式魔法を担当する。でもそれは管理局の一員としてだ。殺意や憎悪できみを消滅させるつもりはない」
――頭が痛い 耐えられないほどに痛い
「なあクロノ。どうしてお前はそんな風に言えるんだ?」
どこまでも正しいクロノの言葉に、先ほどは言わなかった言葉が口をつく。
「お前だって俺と同じで父さんを殺されたんだ。恨んだはずだ。許せなかったはずだ」
「恨んださ。許したわけでもない。罪には罰が与えられてしかるべきだ。でもそれは僕が与えるものじゃない」
頭の中で誰かが叫んでいる。声が反響して、内側から叩かれているように痛む。
視界が重なる。目に映るクロノに重なるように、知らない記憶が脳裏に次々と浮かんでは消える。
一面に広がる血の海。燃え堕ちた麦畑。崩れた街。枯れた海。骸となった朋輩。涙を流す佳人。積もる屍の山。
鼻が曲がりそうな臭いがする。火の臭い。人の臭い。脂の焼ける臭い。鉄錆びた臭い。そのどれもが強い死の気配を帯びている。
握りしめた拳にぬめりを感じる。それは汗か、それとも血か。
「なんでそれで納得できる!? なんであれだけのことをしたやつらを! あれだけ大勢を――俺たちの未来を――――ッ!!」
あまりに膨大な数の記憶が、頭を焼く。右腕のグレイスが熱を持ち、発光する。
身体から湧き上がる魔力が抑えられずに、自分の周囲で稲光のように魔力光がはじける。
ウィルの変化に即座にクロノが反応し、両手両足に空間固定型のバインドがかけられる。
身動きのとれない状態で、頭の内側を焼き尽くすような激痛から逃れようと唯一自由な頭を大きく振るいながら絶叫する。
――跪いているのは誰だ。祈りを捧げるのは誰だ。誰か聞いてくれと。消え去りそうになりながら、寄り集まって必死に叫んでいる。その切なる思いはよく知っているもので。
次々と、まったく異なる人間の声がいくつも、たった一つしかないウィルの口から同時に発せられる。斉唱するように。輪唱するように。無数の叫びが絡み合い、無限数の和音が重なったそれは大気を
「――――――――――――――――――――――――――――――――わかったよ」
ウィルが指揮者のように右手を上げた瞬間、地鳴りのような叫び声は一斉に止んだ。
バインドで拘束されていたはずの右腕を、まるで濡れた紙の輪を引きちぎるかのようにあっさりと動かしていた。
右手だけではない。ウィルの四肢を拘束していたはずのバインドは全て、陶器を叩きつけたかのような音を立て一瞬で砕けて散っていた。
クロノは内心の驚愕を抑え込み、ウィルを昏倒させるべく魔力弾を放った。その動きに一切の躊躇はない。
自分が注意をはらっていれば、ウィルとシグナムの戦いを起こさせずにすませることができたかもしれない。その後悔がクロノの体を突き動かし、ウィルに何かをさせる前に止めるという行動にはしらせた。
またクロノに勝るとも劣らない速度で、なのはもまた再度ウィルを拘束すべくバインドを放っていた。
前方より迫る青色より、後方より迫る桜色より、なお早くウィルの姿が消失する。
少し離れた場所に立っていた者たちならば、ウィルが跳躍してクロノを飛び越えたのだと理解できたろう。
ただその動作があまりに速すぎて、至近距離にいたクロノの目ではウィルの跳躍を追えなかっただけのこと。
それでもクロノの視界には、周囲にいたザフィーラが、ヴィータが、フェイトが、クロノの後方に視線をやり、デバイスを構えて飛びかかろうとしているのは見て取れた。
だからクロノ自身もデバイスを構えながら振り返る。そこにウィルがいると確信して。
たしかにウィルはそこにいた。まだ跳躍中で宙を舞うウィルが、銀色の右手を天から地へと大きく振るった。
『Utopia Come』
見えざる手に頭を押さえつけられたかと錯覚するほどの圧力が頭上から降り注いだ。
急加速した車のシートに体が押し付けられるように、上方から叩きつけられる圧に膝をつく。
膝をつきながらも顔を上げれば、自由を奪われた彼らの前でゆっくりとウィルが地に足をつけた。音一つ立てず、実体のない幽鬼の如く静かに、軽やかに。
そこにいたのはウィルによく似た人物だった。
顔立ちも背丈も服装も変わっていない。ただ赤く輝いていた髪も、象牙色の肌も、全てが白に染まっていた。
「
背後ではリインフォースが驚愕の声をあげる。
融合――リインフォースのような融合型デバイスが実体を捨て所有者と一体化すること。クロノも知識としては多少知っている。
けれど、融合型のデバイスは失われた技術。ウィルはそのようなものは所有していないはずだ。あの右腕のデバイスもウィルをアースラに収容する際に検査がなされたが、極めて高度な技術が使用されているだけのインテリジェントデバイスだったはず。
では、目の前にいるのは何者なのか。
「死は終わりではない。意志は受け継がれ、残り、因果を結んで追い続けた。いつかそれが追いついた時お前たちが滅ぶ。かつてそう告げたな、血染めの鉄槌。ようやくその時が訪れた」
「なっ――なんでそれを!」
声はたしかにウィルのもの。しかし語られた内容はクロノにとっては意味のわからないもの。
しかしこの中で唯一ヴィータにだけは言葉の意味が通じたようで、反応した声色にはありえないものを見た時の驚愕と怯えが含まれていた。
「心当たりがあるのか?」
「聞いた覚えはあるんだ。でも、おかしい。だってその言葉は最近までずっと忘れてて。もう随分前の、まだベルカがあった頃に聞いた言葉で――」
こちらの困惑などまるで気にもとめず、ウィルは瞳を閉じながら口を開く。
「お前たちが停滞した生と死を繰り返している間も、意思は積み重ねられた。同じ闇の書の中にいても、お前たちには聞こえなかったか? これまで蒐集された、明日を奪われてきた、命を犯されてきた、人々の怒り、嘆き、憎悪、よくも奪ったなと叫ぶ怨嗟の声が。一度も感じたことはなかったか? 奪った者がのうのうと生きることを許さない、俺たちも奪い返してやるという復讐の炎を」
クロノの体は自然と震える。目の前にいる友人の姿をした何かが異質なのは姿だけではない。
それが内包する異常なまでの魔力量は推し量ることすらできない。暴走していた闇の書の管制人格と同様に、ただ途方もないということだけがわかる。いや、クロノの直感が間違っていなければ、目の前のそれは管制人格よりもなお強大で。
額から流れる汗が、氷水のように冷たく感じられた。
「お前は……いったい何だ?」
絞り出したクロノの問いかけに、ウィルのような何かは瞳を閉じたまま笑って答えた。
「魔力と魔法が蒐集される時、それを扱う魔導師の個人情報――記憶や人格の一部も、情報として集積される。ならば、何百年もの間、闇の書が飲み込んできた者たちのそれも残っているとは思わないか?」
「ありえない! 闇の書は一度消滅するごとに頁を失い白紙に戻る! 以前の蒐集の犠牲者の情報が残るはずがない」
リインフォースの否定に、ウィルのような何かは鷹揚にうなずく。
「たしかに、転生すればそれまでに蒐集した魔力と魔法は消える――だが、すべてを消し去ることなんてできない。やったことを、なかったことにはできない。守護騎士であるお前たちや今回蒐集された者の情報のように、個としての形を為せるほどに残りはせずとも、水流が川底の泥の塊を削っていくように転生のたびに削られながらも、澱のようにわずかでも意志は残し続けてきた。憎々しい
そして防衛プログラムが破壊された今、俺たちは肉体を――いや、主を手に入れた。遺志を遂行する代行者! 願いを受け止める依り代! そして!! ――――俺たちの力を捧げるべき王を」
光のように白いウィルの肉体が、黒い、夜よりも昏いバリアジャケットを纏う。
銀の右腕が輝けば、両腕に銀色の手甲、両足に銀色のブーツが展開される。
両腕で一対、片脚に一対、計四つの可動肢からは圧縮空気が噴出し不可視の四翼を形作る。
さらに背からは黒い魔力が噴出し八翼を形作る。
これより黒ければ光を飲み込んで消滅してしまうのではないかと錯覚するほどに、濃厚で深い昏黒の魔力光。
八枚の黒翼と四枚の透翼を抱くそのシルエットは、禍々しくありながら神々しさをも兼ね備えていた。
それはまるで、地上の一切を認めぬ、裁きを執り行う異教の神の御使い。
あらゆる記憶と思いをを受け止めて、その全てを塗りつぶす復讐の炎から成る熾の天使。
「俺たちが
俺たちは数多の犠牲者たちの意志の集合体にして、ウィリアム・カルマンでもある。闇の書がこれまでに積み重ねてきた行いの報いそのもの。そうだな……あえて名乗るのなら、俺たちの名は」
ゆるりと開かれた黒白の逆転した双眸で、膝をつく者たちを睥睨し、告げる。
「闇の書の
余談
BoAのボスキャラといえばマテリアルズですが、道中で闇の欠片がメインキャラの過去を模して敵として出てきます。
それを見た時にこれって蒐集した時のデータから再現してたりするのかな、もしそうならもっと前に蒐集された人たちの情報は残ってないのかなと、当時勝手に妄想を重ねた結果生まれたのがこれです。
リメイク前の予定だとBoAベースの話でマテリアルズと戦い、最後に彼女ら三人を飲み込んで業が出てくる予定でした。GoDをプレイした結果単なるやられ役にするのが忍びなくなり、かと言って砕け得ぬ闇まで入れると話が纏まらない気がしたので、紫天一家の出番はなくなり、いきなりボス戦からスタートと相成りました。