復讐の炎がこの身を焼き尽くす前に   作:上光

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湯煙温泉旅慕情

 山道を進む三台の車の中は、それぞれ旅行への期待で活気に満ちていた。

 参加者は高町家と月村家、そしてアリサとはやてとウィルの総勢十三名、内一名はフェレットの大所帯。道中は期待に胸ふくらませ話はずむかと思いきや、三人ばかり車中でぐっすりと眠っている者たちがいた。なのはとユーノ、そしてウィルだ。

 

 事の発端は数日前。

 ウィルとユーノはいつものように日中のジュエルシードの捜索を終えて八神家に戻ってきた。

 フェレット状態のユーノは高町家のペット扱いなので、なのはがいない時に勝手に捜索のために外出するのは難しい。そのため動物を飼ってみたかったというはやてのもとにたびたびユーノを預け、なのはが学校に行っている間の世話を担当してもらっているという建前をとっていた。

 八神家のリビングでは、学校を終えたなのはがはやてと一緒に二人の帰りを待っていた。いつも通りユーノを迎えに来ただけかと思っていたところ、なのはが次の連休を使った温泉旅行の話を切り出した。

 

「いいね。はやても行きたいだろ」

「うん! でもええんかな……みんなとは会ったばかりやのに、こんなにお世話になって」

「もちろん!」と首を縦にふるなのは。

「俺もそれだけの大所帯なら、安心してはやてを任せられる。留守は任せていってらっしゃい」

 

 その言葉が予想外だったようで、なのはがきょとんとした表情で問いかける。

 

「ウィルさんは行かないの?」

「行かないよ。その間に街でジュエルシードが発動したら、誰かが対処しないといけないから」

「あ! そ、そっか……それじゃあ、わたしも行くの、やめようかな……」

 

 なのはは一瞬愕然とした表情になるが、それでもジュエルシードを優先させようとする。

 

「気を使う必要はないって。俺一人いれば大丈夫。なのはちゃんが行かないってなると、ご家族も残念がるし、不審に思われかねない」

「でも、ウィルさんだけ残して行くのは──」

「そうですよ」

 

 いつの間にか人間形態に戻り、これまたいつの間にか八神家に置かれるようになった専用のマグカップに自分でコーヒーを入れて飲む程度には場に慣れたユーノが話に加わる。

 

「旅館は山にあるので自動車では時間がかかりますけど、直線距離はそれほどでもありませんから、空を飛べばすぐに駆け付けることもできます。大樹のような規模でジュエルシードが活性化した場合、旅館に居ても気付くことができるはずです。それに、最近はジュエルシードも見つかっていませんから、なのはもウィルさんも、たまにはジュエルシードのことを忘れて休んでも良いと思いますよ」

「私も泊まりでウィルさんを残していくっていうのは、ちょっとなぁ。……一緒に行かへん?」

 

 ユーノの支援に、はやてのおねだり。そして再びユーノがたたみかけるよう。

 

「ウィルさんはなのはの監督責任があるでしょう? 旅行先でジュエルシードが見つかって、なのはが対処する、という事態になるかもしれません。単にジュエルシードだけならなのはでも大丈夫ですけど……」

 

 ユーノはその先を濁すが、先日出会ったあの少女──ジュエルシードの探索者のことを言っているのはあきらかだった。なのはとユーノだけで彼女と相対するのはあまりに危険だ。

 

「わかった、行かせてもらうよ。その代わりに前日の捜索は念入りにしよう。ユーノ君、手伝ってくれるかい?」

 

 うなずくユーノ。なのはも横で「わたしも手伝います!」と立ちあがった。

 そして、ユーノとウィルは前日にいつも以上に念入りに捜索をおこなった。昼だけではなく夜中もだ。なのはも夜の方はこっそりと家を抜け出して二人を手伝い、代償として三人は寝不足になった。

 

 

 

 一行が宿泊する温泉宿は、海鳴を囲む山々の中でも、ひときわ大きな山の中腹にある。秋に木々の葉が紅葉する頃は県外からも大勢の客が来るらしいが、連休とはいえ四月も半ばのこの時期では、訪れる者は海鳴の住人が多い。

 人気の喫茶店を経営している高町夫妻は顔が広く、他の客の中には面識のある者も多い。人とすれ違うたびに一言二言挨拶を交わし歩みが止まってしまう有様で、一行はひとまず彼らをおいて先に部屋に向かった。

 荷物を下ろし各自が宿に備え付けている浴衣を手にとって、さっそく温泉へと向かう。

 途中で追いついた高町夫妻と合流。皆で浴場の入り口まで来て、男女にわかれて入ろうとしたところで問題が発生した。

 

「さあユーノ! 一緒に入るわよ」

 

 アリサがそう言いながら、ユーノの体をむんずと掴む。ユーノはその手から逃れようと身をくねらせるが、いかんせんその体は小動物。幼いとはいえ人間の力には対抗できない。

 

「ア、アリサちゃん……それは止めた方がいいんじゃないかなぁ」

 

 ユーノが人間であると知っているなのはが、やんわりと止めようとする。同年代の男の子と風呂に入るのは恥ずかしいようだ。はやても心なしか顔を赤くしているように見える。

 

「何でよ」

「ほら、ユーノ君って男の子だし」

「フェレットが雄でも雌でも気にしないわよ」

「……雄じゃなくて、男の子なの」

「なに意味のわからないこと言ってるのよ。ほらユーノ、行くわよ」

 

 理由を示せない説得に効果はなく、なのはの言葉はあっさりと却下された。

 諦めるなのは、困るユーノ。ユーノは一縷の望みをかけて、ウィルに念話を送った。

 

『ウィルさんも見てないで助けてくださいよ!』

『本当に助けて良いの? 今は嫌かもしれないけど、将来的には良い思い出になるかもしれないよ?』

『将来の前に明日からどんな顔してなのはと顔合わせればいいのかわからなくなりますよ!』

『仕方ないなぁ』

 

 ウィルは女湯の暖簾をくぐりかけていたアリサの手からユーノをつまみ上げ、自分の頭にのせた。

 

「あ! ちょっと、何するんですか!?」

「残念だけどユーノ君はいただいていくよ。ただでさえ男湯の方は人が少ないんだ、賑やかしは少しでも多い方がいいからさ」

 

 女性陣からのブーイングを受けつつ、ウィルは男湯に入っていく。正しい行動をとったのに誰にも理解されない。そんな正義の悲哀をなのはは学んだかもしれない。

 

 

 男性陣三人とユーノの他には誰もいない男湯。

 残念ながら動物は湯船に入れてはいけないようで、そのあたりに置いてあった桶に湯を汲み、その中にユーノを浸けておく。湯舟はダメでも風呂場までなら入れて良いというあたり、この旅館も懐が広い。

 念話で調子を聞いてみたところ、それでも十分に気持ちが良いようで、時折うとうとと桶の淵にもたれかかって目を瞑っていた。こっそり湯を増量して溺れかけさせたところ、反撃で噛みつかれた。

 

 そのうち、サウナを知らないというウィルに一度体験させてみようということで、ユーノを放置して三人でサウナに。サウナとは、汗をかくことで体内の老廃物を外に排出するという効果以外にも、古来より我慢大会のための場として使われていたらしい──というわけで勝負だ、初心者相手にそれはひどくないですか──などといったやりとりの後、三人は並んで座りこむ。

 

「ウィル君は、なかなか良い身体つきをしているね。何かスポーツをしていたのかい?」

 

 なのはの父親の士郎がウィルに問いかけるが、ウィルはサッカーと野球くらいしか、この世界のスポーツの名前を知らない。つっこまれて聞かれても答えられない。

 

「ええ。空を飛ぶ系を少し」

「と言うとハングライダーとか、そういったものか。それにしても随分鍛えているんだね。傷も結構あるようだ」

「見た目より厳しいんですよ、あれ。でも、士郎さんと恭也さんの方がずっと良い身体をしていますよ。特に士郎さんなんて歴戦の勇士って感じで」

「ああ、この傷はちょっと──」

「いいえ、聞くつもりはありませんよ、むしろ頼まれても聞きません」

「いや……そこまでのものじゃないよ」

 

 士郎は大柄な体格で、背もウィルや恭也と比べても頭一つ抜けている。相当鍛えているであろうと服の上からでも想像がついたが、こうして見る裸体はその想像を軽々と吹き飛ばすものだった。全身は傷だらけ、刃傷、火傷、銃創、ありとあらゆる傷とその治療痕が残っていた。人に歴史ありというが、その歴史は気になるものの、怖くて聞きたくない気持ちの方が勝る。

 一方、恭也は体格自体は士郎に劣るが、引きしまっていて無駄がない。服の上からでは一般人と変わらなく見えるところなどもウィルと似ているが、密度は恭也の方がさらに上だ。

 二人とも、しっとりと汗をかいているその姿には妙な色気があるが、ウィルにとってはこの熱さの中だというのに、しっとりとしか汗をかいてない二人の身体構造の方が気になって仕方がない。

 

「そういえば、女湯って覗けないんですかね」

 

 サウナ内の体感温度が急激に低下する。それぞれの恋人と伴侶のいる女湯を覗けないか、というこの言動は自ら死地に踏み込む愚者のそれだが、その発言の衝撃で二人の質問から方向がそれた。

 ちなみに反応はというと、気にせずに笑っている士郎と、さすがに憮然としている恭也と対照的だ。

 

「そういえば、この温泉には混浴があるから、そっちに行ったら良いんじゃないかな」士郎が提案する。

「いいですね。そろそろ熱さも限界ですから、ちょっと行ってきます」

「サウナを出たら、まずはゆっくりと体に水をかけるんだよ」

「混浴に行っても、今の時間だと誰もいないんじゃないか?」

 

 二人の声を背に受けながら、ウィルは男湯を出て行った。それを確認してから、士郎が苦笑とともにつぶやく。

 

「わかりやすく逃げたな。少し性急すぎたか」

「なら、引き止めた方が良かったか」

「あまりしつこく尋ねては逆効果になるだけだぞ」

「だが、あの鍛え方はとても一般人とは思えない。傷跡もそうだ」

 

 恭也が指摘した通り、ウィルもまた一般人とは思えないほどに鍛えられている。斬った張ったの立ち回りばかりが多い近接魔導師は体が資本だ。当然、傷も多くなる。

 管理局の医療技術であれば望めばたいていの傷痕は消すことができるが、ウィルはよほど酷いもの以外は消していない。小さな傷をいちいち気にしていてはきりがないし、お金だってかかる。

 そしてこの場にいる二人は、事故の傷と戦闘で負った傷の区別くらい一目でわかる。

 

「とはいえ、悪い子でもなさそうだ。忍ちゃんや恭也が気にする気持ちもわかるが、あまり心配する必要はないと思うんだがなぁ」

「忍のことだけじゃない。父さんもなのはの様子が最近変なのは知っているだろ。ウィルに出会った頃からは特にだ」

 

 最近のなのはは帰りが遅く、なかなか家に帰って来ない。そして、街で何をするでもなく一人でぼうっとしていたり、ウィルと思われる人物と一緒にいたという目撃情報を聞いている。いつからかと言えば、大樹が街中に現れた日、そしてなのはがウィルとはやてに出会った日からだ。

 人気の喫茶店の情報収集能力は馬鹿にならない。高町家が本気になれば、この街に住んでいる者の情報程度ならあっという間に知ることができる。家族であるなのはの行動などは、常連のご婦人などが目撃情報を勝手に話してくれるので調べるまでもなく手に入る。

 

「今のところ街をうろうろとしているだけで、悪いことをしている様子はないんだろう? 門限を破ったわけではないのだから、放っておきなさい。単に二人が付き合っているだけだったらどうする」

「それはないだろう。年齢が離れている」

「といっても五つかそこらだろう? あの年頃の女の子なら、年上に興味を持つということもあるんじゃないか?」

 

 冗談のつもりで言った士朗の言葉に、恭也が真顔になる。そのまますっと立ち上がり、出口へ向かう。

 

「……それも含めて、もう少し問い詰めてくる」

「そういうことに怒るのは、昔から父親の役目だと相場が決まっているんだが……まあ、ほどほどにな」

 

 と、意気込んで混浴の前までやってきた恭也だったが、いざ混浴の扉の前に来ると躊躇が勝りだした。ウィルは本当にこの中にいるのだろうか。もう出たかもしれないし、そもそも来ていないかもしれない。

 入って確認すればすぐにわかることだが、混浴を確認したことが恋人の忍に発覚すれば、恭也はこの旅行の間ずっと機嫌の悪い忍と一緒に過ごさなくてはならない。

 入口前でうろうろと迷う不審人物になりかけていたところ、突然混浴から大きな悲鳴が聞こえた。

 

 

 

 混浴は露天風呂になっていた。誰もいなかったが、質問から逃げることが目的だったウィルはたいして気にしない。温泉の湯は先ほどの男湯と同じ成分であったが、立ち上る温かな湯煙が、時折ひょうと吹く涼しい風を受けて、ゆらりとゆらめく光景は見ているだけでも面白い。

 垣根を越えて風呂に浸入している樹の枝の葉が、陽光を受けて輝く様や、その葉がこすれあう音なども乙なものだ。乙という言葉が何を意味しているのか、ウィルはよくわかっていないが。

 今までは風呂に入る時には何かをしながら、ということが多かったが、なかなかどうして、このように何もせずにいるというのも良いものだ。露天風呂の存在を聞いた時は、なぜわざわざ屋外に風呂を設置するのかと疑問に思ったが、これはこれで悪くない。

 

「わびさびだなぁ……違うか?」

 

 ところが先ほどまでなれないサウナにこもっていて体温が上がっていたせいか、すぐにのぼせてしまった。

 これはまずいと風呂から出ようとしたところ、入口からガラガラと引き戸が開かれる音が聞こえてきた。

 

 現れたのは美しい女性だった。ウィルよりも明るい赤髪を無造作に腰元まで伸ばしているが、手入れを怠ってはいないらしく、髪にはもぎたての林檎のような艶がある。

 タオルを巻いてはいるものの、一枚の布切れ程度ではどうしてもその張りつめた胸元や腰の形を隠せるわけもなく、むしろ湯煙でかすかに湿ったタオルが、体の輪郭をより鮮明に現わしている。

 それでも艶めかしさをあまり感じないのは、本人の気質によるものだろうか。目や表情がいたずらをたくらむ悪童のようで、どこか大人の女性という感じがしない。だからといって美人であるということに変わりはないのだが。

 

「ハァーイ」

 

 美女は親しげに声をかけてきた。

 こんな状況でなければ共に湯船につかりながら話を楽しめたのに、と残念に思いながらも、のぼせかけた状態で長居はできない。ウィルはただ挨拶を返すだけにとどめ、脱衣場に向かおうとする。

 

「あんたが管理局の魔導師かい?」

 

 すれ違いざまにかけられたその一言で思わず足が止まり、弛緩していた空気が一変する。

 

「黒いマントの女の子のお知り合いですか?」

「あの子が世話になったみたいだから、お礼くらいしておこうと思ってね」

「管理局の者として当然のことをしただけですよ。収賄になるのでお礼は受け取れません」

「まぁまぁそう言わずにさ」

 

 軽口をたたき合いながらも、ウィルの方には若干の焦り。デバイスは身につけているものの(脱衣所に置いて盗まれました、ということになればあまりにも情けない)、のぼせた頭で実力不明の相手と戦うのは避けたい。

 とはいえ結界も張っていないところをみると、向こうもこんなところで本気で戦うつもりはないのだろう。何かきっかけがあれば引くはずだ。

 そう考えると、少し余裕も出てきて、ひやりとさせられた仕返しをしてやろうという茶目っ気もわいてくる。

 

「こっちも何もするつもりはないよ。でも、ジュエルシードから手を引かないっていうなら無理にでもお礼を受け取ってもらわないとねえ」

 

 じりじりと緊張感が高まる。二人とも自然とその場で構えをとる。ウィルはどっしりとその場に根を張るように。対して美女は飛びかかる獣のように。

 先に動いたのは美女の方だった。しかし、この濡れた足場では素早く踏み込めない。したがってその動作には十分に対応できる。問題はこちらも同様に足場が悪いこと。戦うのはよろしくない──ならば。

 ウィルは、その場に尻もちをつくようにして攻撃を避ける。美女は尻もちをついたウィルに掴みかかろうとするが、それより先にウィルの方からも美女の手を握り、大声をあげた。

 

「キャ──!! 誰かァ──!!」

 

 悲鳴が響き渡る。美女は突然のことに困惑して硬直する。

 

「どうした!!」

 

 悲鳴を聞きつけ、ガラガラっと戸を開けて入ってきたのは恭也だった。タオル一枚の女性に一瞬たじろぐが、極力見ないようにしながら駆けよってくる。少し遅れて従業員らしき女性もやってきて、ウィルはその二人に訴えかけた。

 

「こ、この女の人が急に襲いかかってきたんです! 今もぼくを組み敷こうと──」

 

 その言葉に女性の方を見る二人。恭也は見てすぐに目をそらしたが。

 たしかに状況だけ見れば、女の側が腰をぬかしたウィルに襲いかかって組み敷こうとしているように見える。

 周囲からどのような目で見られているかに気付いた女性は、慌てて弁明する。

 

「ち、違うっ!別にそういう意味で襲おうなんて──」

「いまさら言い逃れようっていうの!?」

 

 煽るウィル。こめかみをひくつかせる女性。

 

「こ、困りますよ、お客さん」

 

 従業員が慌てて女性を制止しようと割って入ってくる。

 

「いや……あたしは──くそっ、覚えときな!」

 

 女性は逃げるようにして脱衣所に走って消えた。

 

 

 浴場から出て部屋に戻ると、なのはが念話で話しかけてきた。

 

『さっきお風呂から出た時に、女の人が話しかけてきたんです! それで、念話でわたしたちに注意、っていうか警告してきたんですけど、ウィルさんの方は大丈夫ですか!?』

『俺も出会ったよ。こっちも警告だけだったから大丈夫。でも──』

『あ、鼻血が出てますよ。のぼせたんですか?』

『ごめん、ティッシュ貸して……うん、そういうことにしといて』

 

 

 

 

「良い風だねー」

「そうですねー」

 

 人気のない夜の森。木々の間にある小道は、月明かりに照らし出され白く浮かび上がっていた。足元の砂利を踏みしめながら、ウィルとユーノは小道を進む。

 

「もう旅館から離れたし、ユーノ君ももとに戻ったらどう?」

「じゃあ、そうしましょうか」

 

 ウィルの肩に乗っていたユーノは、ぴょんと飛び降りて人間の姿に戻る。二人で連れ合いながら、森の小道を歩きだす。

 

 夕食の後で、ウィルとユーノは一緒に外に出た。他の面子には夜風を楽しんでくると言ったが、その目的は偵察だ。

 風呂場で出会った美女がウィルたちを追ってきたのか、それとも偶然なのかはわからない。どちらにしても、単にくつろぎに来たわけではないだろう。目的がジュエルシードの捜索だとすれば、こちらも負けてはいられない。

 なのはは自分も手伝うと言っていたが「家族や友人に怪しまれると今後が大変だ。何かあったら呼ぶから心配しないで」と言うウィルの言葉を受け、旅館に残った。いきなり襲いかからずに、事前に警告してきたくらいだから、捜索に参加しないなのはを最初に襲うということはないはずだ。

 一緒に歩く中、ユーノがぽつりぽつりと話し始める。

 

「僕は、最初は自分一人でジュエルシードの捜索をするつもりでした。それなのに、いつの間にかなのはを巻き込んでしまいました」

「悪い面ばかりみても仕方がないよ。なのはちゃんがいなければ、あの大樹の解決に時間がかかって被害が拡大していた」

「それはもういいんです。いえ、いいって言うのとは少し違うんですけど……もうどうにもならないことを悔やんで落ち込み続けるよりも、これからのことを考えるべきだと思い直しました」

「かわいい顔に似合わず、ユーノ君は意外とタフだね」

 

 頭をぐりぐりとなでると、ユーノは身をよじってウィルの手から逃れた。

 

「かわいいなんて言われても嬉しくないです。それにタフでないとスクライアではやっていけません」

「自然の中で生きてる人たちは強いな。都会育ちの俺は、なかなかその辺が割り切れなくて……で、なんの話だっけ?」

 

 ユーノはあきれたような視線でウィルを見る。しかし、すぐに真剣な顔で語り始めた。

 

「巻き込んだ僕が言えたことではありませんけど、なのははこの事件から手を引いた方が良いと思うんです。先日の金髪の女の子に、今日の赤い髪の女の人。女の人の方の実力はまだわかりませんが、女の子の方は凄腕の魔導師でした。だから──」

「戦いになって怪我でもする前に、なのはちゃんにはジュエルシードの捜索から手を引いてもらいたい、と」

 

 ユーノはうなずく。月明かりに照らされたユーノの横顔にはなのはへの心配。

 

「どうするかな……あの少女とは一対一で戦ったとしても確実に勝てる相手じゃない。そこにあの女性も加わっての二対一になったらほぼ確実に負けだ」

「なら、分担しませんか。僕が女の人と戦いますから、ウィルさんは女の子との戦いに専念してください」

「良いの? 一人で戦うとなると危険だよ。それに向こうの力もまだ未知数だ」

「大丈夫ですよ。あの女の子ほど強力な魔導師がごろごろしていることはないでしょうし、こう見えても、僕はAランクの魔導師ですからね」

 

 ユーノのその言葉は、ウィルを納得させるためのはったりに過ぎない。

 魔導師ランクといっても、ウィルの魔導師ランクとユーノの魔導師ランクはまったくの別物だ。

 ユーノの魔導師ランクは魔法の構築能力や使用可能魔法数といった、純粋に魔導師としての能力を評価されたもの。

 一方、管理局の戦闘部隊に配属されているウィルのランクは戦闘能力を前提として評価されたもので、両者はまったくの別種だ。魔導師ランクと呼ばれてはいるが厳密には名称も異なる。

 そのため、ユーノがどれほど戦えるのかははっきりとわからない。ユーノが修得している魔法は、防御や結界に関係するものが多いので、時間稼ぎという観点ではウィルよりも適任かもしれない。が、やはり戦闘訓練を積んでいないというのは不安だ。

 ウィルはそれをふまえた上で考え、結局そのはったりに騙されることにした。女の子を守りたいという男の子の心意気は無下にし難い。

 とはいえ、それはあくまでも戦闘に関しての話。

 

「わかった、頼りにさせてもらうよ。なのはちゃんに危険な目にあってほしくないのは、俺も変わらない。ただ、ジュエルシードの捜索には協力してもらった方が良いと思う」

「たしかになのはの手助けがあれば効率は上がりますけど、その分僕が──」

「効率だけじゃないんだ。なのはちゃんと初めて会った時、街が破壊されたのを結構気にしてたでしょ? あれから何の成果もないままもう手伝わなくて良いよって突き放すのは、あの子にとっても良くない気がする」

 

 思うところもあったのだろう。ユーノも悩ましげに頭を振る。

 

「たしかにそうかもしれません。でも、なのはが責任感を負う必要なんてどこにもないのに……」

 

 ウィルはそんなユーノに苦笑する。責任を負わなくて良いのはユーノも同じだ。

 それでも自分には何かできるはずだ、何かしなければならないと思い、できなかった時に自分を責めてしまう。それは彼らが善良な人間の証なのだろう、と。自分もその内の一人であることに気付かないまま。

 

 

 ジュエルシードの気配を感知したのはその数分後。二人はなのはには伝えずに現場に向かった。

 ただ、旅館にいるなのはも同様に、ジュエルシードの気配を感知していた。

 

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