復讐の炎がこの身を焼き尽くす前に   作:上光

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傷つけられない強さ

 先陣切って飛び出すシグナム。釣られて飛び出すヴィータ。

 二人の背を見るザフィーラは、ふっと息を漏らしたかと思えば、自らもまた飛び出した。

 シグナムの軌道は一直線に闇の書の業へと伸び、両者の距離がみるみる縮まる。

 

「ちょっと待てシグナム! あいつに不用意に近づいたら――」

 

 後を追うヴィータの声は、闇の書の業の異能を知るがゆえに警戒をうながすもの。

 そんなものがなくとも未知の相手には警戒するのが常套だが、今のシグナムは微塵の躊躇もなく敵へと飛び込んでいった。

 

 抜き放ったレヴァンティンによる斬撃は、その途中でとたんに遅くなる。

 それを理解した瞬間、減速させられたのを利用して剣を引き、逆側の足での蹴り上げに移行。

 蹴撃は闇の書の業には届かず空を裂いたのみにとどまった。シグナムが距離を測りそこなったわけではない。攻撃を減速させられて回避されたのでもない。シグナムがいた空間の位置をわずかに後方へと動した。

 

 空振って無防備なシグナムの側面に闇の書の業の蹴りが突き刺さり、吹き飛ばす。

 

「なるほど、奇妙な技を使う」

 

 打ち貫かれた右腹に騎士甲冑は一撃で消し飛ばされ。肉も半ばえぐれたように削られている。

 追いついたザフィーラはシグナムが再構成できるように庇うように前に立ち、ヴィータはといえば鉄槌を持たない左手でシグナムの頭を横薙ぎに叩いた。

 

「この馬鹿っ! 話を聞けよ! っていうかいきなり斬りかかるなんてウィルごと殺す気かよ!」

 

 やいのやいのと責め立てるヴィータに、不思議そうに首をかしげる。

 

「まさか。彼を殺すつもりなどあるはずがない」

「だったら――」

「今の我々の攻撃数発が当たった程度で、あの魔力の護りを貫いて肉に到達するはずがないだろう」

 

 言われてみれば当たり前の。今のウィルの周囲にはあふれ出る魔力が天然のバリアと化していて、元のウィルならば致命傷になり得る攻撃ですら護りを壊すことすらできない。

 ヴォルケンリッターそれぞれが持ちうる最大級の攻撃、シグナムの紫電一閃やヴィータのギガントフォルムが直撃すればさすがに護りを貫いて肉体を損傷させることも可能だろうが、それ以外であればせいぜい魔力を削る程度。

 

「リインフォースや管理局が彼を取り戻すための策を立てるまでの間、攻撃を仕掛け続けて時間を稼ぎ、魔力を削る。それが我々の役割だろう?」

「……だからって思い切りが良すぎんだろ」

 

 ぼやくヴィータをしり目に、損傷部分の再構築を終えたシグナムが再びレヴァンティンを構え飛び出そうとしていて、その肩をザフィーラが握って押しとどめる。

 

「目的はそれで良いが、個々にかかって打ち合える相手ではない。合わせるぞ」

 

 シグナム、ヴィータ、ザフィーラの三人が横一列に並び、構える。

 闇の書の業は余裕を崩さず、待ち構える。魔力を放出せずとも、ただそこにあるという存在感だけで舞う雪が軌道を変えられ空白を生み出す。

 

「我ら三人がかりで一人に相対するなど、どれほどぶりだ?」

 

 

 

 戦う家族たちの後方では、はやてがリインフォースを見上げながら、祈るように、ねだるように、両手を胸の前でぎゅっと握りしめる。

 

「この前みたいに力貸してくれる?」

 

 リインフォースは、何かを口にしようとして。けれど根負けしたかのように顔を緩める。

 

「それが我が主の願いなら」

 

 リインフォースが銀色の輝きを放って霧散し、粒子となってはやてを包み込み、内側へと吸い込まれていく。

 黒地を白と金の刺繍が飾り立てた舞踏服のような騎士甲冑。

 

 背には三対六枚の黒翼。

 ただそれは闇の書の業の光すら奪いかねない昏黒とは違う。

 何か一筋でも光射せばそれで消えるような、けれど静謐に包まれて凪いだ、穏やかな夜の闇のような黒。

 右手に握る十字杖、左手に浮かぶ魔導書。その双方に、四方を向く剣十字を円環が繋ぐ意匠が施されている。

 

「こちらの想像以上の一大事になっていたようね。事情を教えてはいただけないかしら」

「そうそれ! アースラからやと、何が起きてたのか全然わからなくて」

 

 いつの間にかそばに来ていたリンディの発言に、はやてが同意する。

 はやてが目を覚ましたのは、奇しくもクロノがウィルに事情聴取を行っている頃だった。主の目覚めに呼応したのか、シグナムもほぼ同じタイミングで意識を取り戻した。

 当然クロノにも連絡がいったのだが、その頃には彼らはリインフォースの元へと訪れていて、そこで急に結界が張られて内部の情報が確認できなくなったことで大慌て。

 増援を送ろうにも、武装隊の大半はまだ魔力もろくに回復していない。せいぜい全員でかかって結界を破壊するのが限界という有様。

 だから比較的無事だったユーノとアルフに加え、指揮をエイミィに任せてリンディ自らが訪れた。

 

 それは賭けだ。

 リンディが前線に出てくるというのは、闇の書に対抗するためにアースラに搭載された対消滅砲アルカンシェルの発射不可を示している。

 発射そのものはキーを指してひねるだけ、とはいえキー自体に登録された者以外が使用できないように生体認証が組み込まれている。百キロメートルに及ぶ広範囲に存在するあらゆる物質を消滅させるこの兵器は、鍵さえあれば誰でも使用できるものであってはならない。

 つまり、ここで解決しなければアースラにこの事態を治める手段はなく、事態の収束は極めて困難になる。

 

 事情をかいつまんで話す。

 

「今のところ打つ手はないのね。彼がこちらの撤退をみすみす見逃してくれるとも思えないし」

『我らヴォルケンリッターが身を捧げれば、あなた方を撤退させるくらいは可能だ。……先ほどまで、騎士たちもそうするつもりだった。だが、あなたのご子息がそれを留めてくれた』

 

 ユニゾンして姿はなくなったが、たしかにはやてと共にあるリインフォースが、念話の形で答えた。

 

「そう……クロノは正しい選択をしたのね」リンディは口元を引き締めて。「なら、私たちもでき得る限りをしましょう。ひとまずあの厄介な魔法をなんとかしないといけないわね。空間に対して作用する広域魔法なら……調整が難しいけれど、これでいけるわね」

 

 リンディの背に髪色と同じ翠の光が集い、体外から放出された魔力が高速で循環して、その背に妖精の羽根めいた場を生み出す。

 羽根から広がる場はそのまま結界内に広がり、空間に影響を及ぼす。

 

「みんな聞こえてるわね? 飛行や身体強化は大丈夫だけど、今から遠距離魔法は結構減衰すると思うから!」

 

 ディストーションシールド。

 空間を歪め魔力の伝達そのものを阻害する効果を持つ効果を持つこの魔法は、その場自体を盾とすればプレシア・テスタロッサによるアースラへの次元跳躍攻撃を防ぎ、場に包みこめば時の庭園を中心に発生した次元震すら抑え込む。

 アースラの魔力炉からの供給がないため、PT事件で使用した時ほどの効果はないが、むしろこの環境ではそれが十分に機能する。

 自身の周囲や体内に発生させる飛行魔法や強化魔法ならば直接的な影響は受けないが、身体から離れる魔法――射撃魔法や幻術魔法、そしてディストーションシールド同様に、場に影響を与える魔法の効果を著しく低減させる。

 闇の書の業が使う空間駆動魔法も、このディストーションシールドが張られている間はほとんど効果をなさない。

 

「これ、消費が激しいから私個人の魔力だとそんなにもたないのよ。だからリインフォースさん。闇の書の業の分析に加えて、あの空間を動かす魔法を阻害するための魔法を即興で用意してほしいの。離れた場所にある魔力を任意のタイミングで変化させているのなら、そのタイミングを伝える信号自体へのジャミングも可能よね? あなた方ヴォルケンリッターのジャミングは非常に優秀でしょう? 私たちに何度も煮え湯を飲ませたくらいに」

『……それなら不可能ではない。幸いと言っていいのか、あの魔法の元になった魔法式は蒐集によって私の中にある。だが、その次はどうする? あれがなくとも奴の力は我々全員を合わせた分よりもさらに上だ』

「それは戦いながら考えましょう。難しい局面も、確実な勝算がない戦いも、いつものことでしょ? 私たちにとっても、あなたたちにとっても」

 

 リンディは笑顔でそう言ってのけた。

 たしかに自分たちにとって逆境はいつものこと。しかしかつての闇の書の主もヴォルケンリッターも、逆境で精神的に追い込まれて常に不安を抱えながら戦ってきた。追いこまれて自暴自棄になった主も少なくない。

 逆境を当然と見なし、それでもなお不安を見せずに毅然としている指揮官の姿は、この人についていけば大丈夫だと思える安心感がある。

 闇の書の犠牲者であるクライド・ハラオウンの妻だという認識も影響しているとは思うが、それでもほとんど見ず知らずの最近まで敵だった相手に対して、この場は彼女に従うべきだと思わせるほどのカリスマと包容力。

 ギル・グレアムといい、管理局という組織は敵に回すと厄介で、味方にするとこの上なく頼りになる。

 

「あの、私は何したらええかな?」

 

 置いてきぼりにされたはやてに、杖を握ったまま所在なさげに問いかけられて。

 

『いましばらくお待ちください。御身はいまだ闇の書に加えられた負荷から回復しきっておらず、疲労も蓄積されています。あまり激しく魔法を使えば、我らの力が必要な状況になる前に、主の意識が落ちてしまいます』

 

 今はまだやれることは何もなく。

 はやてはしばらく虚空へと視線をやってから、意を決したように両手と声をあげる。

 

「……よし! がんばれみんなー!!」

 

 

 

 

 迫りくる鉄球を掴んで投げ返し、襲い掛かる衝撃破を圧縮空気で吹き飛ばし、地表から迫る鋼の軛を踏み砕いて。

 魔力噴射で加速する鉄槌を圧縮空気の噴射で加速させた剣撃で押し返し、鞭状連結刃の全方位攻撃を手刀で叩き斬り、バリア破壊特化の拳をただの拳で捕まえて。

 鉄槌を振り切るより速く懐に入り拳を叩き込み、接近されるよりも先に長大な魔力刃で叩き落し、堅牢な障壁を拳で砕いて纏う衝撃で吹き飛ばす。

 

 夜天の書を守護する騎士の内、前衛を担当する三人の遠距離攻撃、近距離攻撃、防御、そのすべてを圧倒して闇の書の業は戦場に君臨する。

 

 ディストーションシールドによって、一方的に間合いを掌握され触れることすらできずに翻弄されることはなくなった。

 だがウィルとしての本来の技である圧縮空気の噴出による超加速は健在。さらに闇の書の業が内包する数多くの騎士や魔導師の持つ技と経験、膨大な魔力と演算能力は一切陰りがない。

 その力量は騎士三人が総がかりでなお、たった一発たりとてまともに攻撃が入らないほどに隔絶していた。

 

 ヴォルケンリッターとて、歴戦という言葉では言い表せないほどの経験を積んでいる。

 だからこそ何度ともなく攻撃を受けても、かろうじて即死に至る傷は負わず、そのたびに何度も肉体を再構成して命をつなぐことができた。

 

 そのいずれ破綻する綱渡りに限界が訪れたのは、それほど遠くなかった。

 

 

 闇の書の業は何度も傷を与えて回復されてを繰り返すことに飽いたのか、ヴィータの腹に拳を叩きこむと、そのままその細い首を右手で掴んで宙に吊った。

 強化された肉体とはいえ本気で力を入れられれば、その瞬間に首の骨がへし折れて終わりだ。

 そして現在の夜天の書の魔力では、再度ヴォルケンリッターを召喚するのは不可能。

 

「言い残すことがあれば聞いてやる」

 

 と、こぼしたのは余裕の表れか。止めようと攻撃を仕掛けるザフィーラとシグナムの攻撃を残った左手一本であしらい、飛来するなのはの砲撃を鋭角に展開した積層シールドで減衰させながら逸らすという神業を見せながら、ヴィータが口を開くのを待っていた。

 

「ご、めん」

 

 かすかに瞳を潤ませてこぼれた言葉に、闇の書の業は嗜虐的な笑みを浮かべ、首を絞める力をわずかにに強くする。

 

「和平の次は命乞いか? で?」

 

 ヴィータは首を横に振る。首を握られているので、小刻みに震えているようにしか見えたかもしれない。

 気道が半分詰まった状態で、言葉を吐きだす。

 

「あんたらの……言う通りだよ。あ、たしは……自分たちのことばかり考えてた。死ななきゃならないってなった時だって、自分が罪を犯したから……仕方ないって、こんな自分は許されないだろうって、自分のやっ、たことしか……かんがえてなかった。やられた人のこと、かんがえてなかった」

 

 語る合間にも徐々に肺の中の空気は減少していき、朦朧としつつある意識で、最期の言葉を振り絞る。

 

「だから、ごめんなさい」

 

 それはヴォルケンリッターが被害者に対して告げた、謝罪の言葉。

 

 

 突然、ヴィータの首にかかる圧迫感がなくなった。

 首を絞めていた右手が痙攣したかのように小刻みに震えだし、掴む力が消え失せて首から手が離れる。

 

 自由を取り戻した気道が急速に肺に空気を取り込もうとし、咳込むヴィータ。

 一方、闇の書の業は震える右手を左手で抑えつけながら、にらみつける。

 

「今さら謝ったところで何になる」

 

 ヴィータは咳込みながらも言葉を振り絞る。

 

「わかってる。あたしたちがいくら謝ったところで、償ったところで、どうにもならない」

「そうだ……もう戻ってこないんだ。そんな謝罪、誰も求めては――」

「わかっている。だからただ繰り返すよ。ごめんなさい」

 

 再度繰り返された謝罪を聞き、闇の書の業が顔を伏せて、目の前にいるヴィータのことも忘れたかのように唸り。

 ざわりと頭髪が気を孕んで膨らんだように見えたのも錯覚ではなく。瞬間、分厚い硝子に金槌を叩きつけたような。割れはせずともヒビが入って欠片がこぼれたような。高く、低く、重厚で、甲高い、矛盾した和音が鳴り響き、闇の書の業は悲鳴をあげ、その肉体から光の粒がこぼれ出た。

 

 闇の書の業が纏う黒い魔力ではなく、白い粒。

 それは周囲へと散って、大半が溶けるように空の狭間に消えてなくなる中、わずかな粒がヴィータに触れた。

 

 途端、流れ込んでくる記憶と感情の奔流。

 

 大切なものを奪われた記憶。義憤に燃える記憶。踏みにじられた記憶。未来を奪われた記憶。

 人としての生の末期に、目に映るヴォルケンリッターと闇の書の姿。けれど、彼らの瞳は自分には向いていない。蒐集という目的を果たせるなら誰でもよく、その身に宿す魔力にしか興味はなく。

 路傍の石のように踏みつけられて、蹴とばされて、砕かれて。それきり排除された側のことなど思いも出さない。

 それが許せなかった。

 

 ただ一言で良かった。

 仲間内で慰め合って消えるのではなく。自分たちの存在に思いを馳せてほしかった。

 ただの糧でもいい。対等な敵としてでもいい。自分の命を奪ったということを、自分たちの魂を「いただいて」進むことを認識して、たった一言でも声をかけてほしかった。

 

 それは闇の書が生み出した犠牲者の中でも極一部でしかなかったが、犠牲者たちの中には、そのたった一言の謝罪を求めていた者たちだってたしかにいたのだ。

 

「お前ら……そんな……そんな程度のことで、あたしらを許してくれんのかよ」

 

 戦いの最中だというのに、こらえきれずに涙を流す。

 

 ――忘れるなよ

 

 記憶と感情が薄れる中で、最後にそんな声が聞こえた気がして

 

「忘れるもんかっ……!!」

 

 拭った涙の向こうでは、闇の書の業がヴィータをにらんでいた。

 憤怒に彩られたその顔に、これまでと同様の余裕は微塵もない。

 

「何が十分なものか! 一度罪を犯した奴をどうして信じられる!」

 

 その視線はヴォルケンリッターに向けられていたが、言葉は仲間に裏切られたかのような怒りと悲しみに満ちていた。

 さっきの光景で理解した。あそこに残っているのは謝罪された程度では納得できない者たち。そんな言葉を、不確定の未来を信じられないほどの絶望に身を焼かれる者たちだ。

 

「たとえ今苦しんでいても、どうせすぐに忘れるに決まっている! すまないと謝罪しながら、また人を傷つけるに決まっている!」

「そんなこと――」

「邪魔なんだよてめえらは!!!」

 

 闇の書の業の身体から昏黒の魔力がほとばしり、たばしる絶叫は物理的な圧を伴って、周囲にいたヴォルケンリッターを打ち据える。

 魔力そのものを叩きつける純粋魔力運用を、オーバーSなどという尺ではとうてい収まらないほど膨大な魔力でおこない、ディストーションシールドによって歪められた空間をさらに歪めて正常な状態に戻す。腰まで埋まる雪道を除雪車で強引に押し通れるようにするように。

 それは空間駆動魔法ユートピアが再び発動できるようになったということ。

 

 その瞳が吹き飛ばされるヴォルケンリッターたちに向けられて、直撃すればヴォルケンリッターですら跡形もなく消し飛ばす砲撃が手のひらに構築され、放たれる。その直前に、

 

 

()()()()()!」

「……は?」

 

 吹き荒れる魔力の嵐を突っ切って、少女が闇の書の業の胸元へと飛び込んで、桜色の矛先を突き立てた。

 

 

 

 

 本局技術部所属マリエル・アテンザ技士は、のちに高町なのはのデバイスに施した改造について問われ、早口でこう語った。

 

「ええ、たしかに実装しましたよ。レイジングハート・エクセリオンにカートリッジ一発分の魔力を呼び水に、持ち主のリンカーコアを刺激させ普段は無意識に抑えている魔力消費の枷を取り外し、一時的に出力を倍増させるエクセリオンモード。危険? たしかに危険性はありますね。カートリッジの魔力の上乗せは瞬間的でしかありませんが、こっちは肉体の魔力消費自体を増やして常にカートリッジ以上の魔力がデバイスを廻る状態にするんですから。まずデバイスのフレームがお粗末だとすぐに壊れてしまいます。特にフレームの鋼材に関しては三日間悩みましたよ。そっちじゃない? 魔導師の危険性? もちろんそれも考慮しましたよ。魔力消費が増えれば肉体への負荷も加速度的に増えますし……え? それほどの魔力を扱えるのかって? いやいや先輩、あなたはなのはちゃんという子のポテンシャルをわかっていません。あれだけ基礎的な魔力運用がしっかりと技術として身についてる子はいませんよ。普通なら基礎よりも魔法の構築と制御に時間をかけるんですけど、相当真面目なんでしょうかね? とにかくエクセリオンモードになれば瞬間的な魔力出力は普段の三倍! 遠距離は砲撃魔法エクセリオンバスター! 近距離はデバイスの先端に展開された魔力刃が攻撃と加速の双方を担う牽引(トラクタ)型の瞬間突撃システム(A.C.S)でオーバーSの防御魔法だってぶった切りです! はい? その状態でのカートリッジの使用って……いやあそんなのしないでしょ。短距離走で全力疾走してる時に踊り出すようなものですよ。いえたしかにカートリッジ使用数に制限はかけませんでしたけど、そんなの普通はしない……えっ! ちょっと、なんで怒った顔してるんですか先輩!? いやいや違います開き直ってるわけじゃないです! いたいいたい頭を掴むのはやめてください今日も徹夜明けなんですから! ギブ! ギブアーーップ!!」

 

 

 

 

 矛先が自分の身体に突き刺さる直前、闇の書の業はその先端を両手で押しとどめた。

 デバイスはレイジングハート・エクセリオン、飛び込んできたのは当然高町なのは。

 先程まではディストーションフィールドの影響で得意の遠距離魔法が減衰させられて支援もろくにできなかった彼女は、闇の書の業が力技でディストーションシールドの影響を消し去りヴォルケンリッターを吹き飛ばした瞬間に、誰よりも早く動いていた。

 その素早い判断の元となる高い観察力は、なのはという少女が幼少期の苦しみに負けずに得た後天的な資質。

 

「またか! またきみは、いつも勝手に割り込んできて――」

「さっきのだけじゃまだ言い足りないの!」

 

 闇の書の業は砲撃の構築を即座に取りやめ、代わりに手のひらに作り出した魔力の障壁で矛を抑え込もうとするが、レイジングハートの先端に集う魔力の量はまったくもってばかげているとしかいえない量だった。

 この時、なのははエクセリオンモードの発動に一発、残り五発分を攻撃のために消費、すなわちマガジン丸々一つをこの攻撃に使用していた。

 

「くどいんだよ! 彼が――俺が――どれだけ悩んでいたかも知らずに――」

「知らないよ! だってウィルさんわたしたちに何も話してくれないもの!」

 

 闇の書の業が魔力で抑え込もうとするのを諦め、力技で矛先を逸らそうとする。

 なのははさらに突き進もうと、矛先に展開した六枚羽による牽引(トラクタ)に加え、両足のフライヤーフィンによる推進(プッシャ)でさらに押し込もうとする。

 

「相談してよ! ウィルさんだけで耐えられないのなら、私たちが協力する! 耐えられるように支えるから!」

「どうしてそこまでして関わろうとする! 俺ときみはちょっと関わっただけで――」

「ウィルさんだって、たいして関わったことのない私たちや海鳴を守ろうとしてくれたじゃない!」

 

 体勢を立て直したヴォルケンリッターが加勢しようと近づくが、闇の書の業はそれを阻止するように身体の向きを変え、なのはがそれに振り回されつつも離すまいと食い下がる。

 傍から見れば、少女が青年にとびついてぐるぐると回転しているほほえましい光景にも見えるが、二人とも必死だ。

 

「わかるでしょ! 関わった時間なんて関係ないの! 放っておけるわけないよ! だって、わたしたちはとっくに繋がっているんだから!」

「俺ときみが――――?」

 

 その一言を聞いた瞬間、闇の書の業の純白の髪に一筋の赤が混じった。

 そして戦場には新たに金色の流星が奔る。

 

「なのはがそういう子だって、ウィルさんもわかってるでしょ。敵だった私を助けようとする子だよ」

 

 まばゆいほどの魔力光を纏ったフェイトが、闇の書の業の背にある八翼を切り裂いた。

 慣性制御を司っていた背の羽根を失ったことで、姿勢を崩す。

 続けてフェイトは闇の書の業の肉体にバインドを何重にもかけて語りかける。

 

「でも、私もそう。理屈じゃない。知り合いだから、友達だから、好きだから。そういうはっきりとした理由じゃない。でも、クロノもユーノもアルフもリンディさんも。みんな、あなたのことが放っておけないんだよ」

「そんなの……放っておいてくれ! 俺は一人なんだ! 一人で良いんだよ! 俺のやることを放っておけないなら、認めないのなら! 否定して俺を殺せばいいじゃないか!」

 

 フェイトのバインドも闇の書の業にとってはわずかに花の茎で作った手錠程度でしかなく、身をよじれば散切れるものではあったけれど、

 そのせいでなのはの突撃を抑えこめずに、ついには手のひらに展開していた最後のバリアを破られて。昏黒の魔力光に、赤い光が混じる。

 

「絶対にいや! だってウィルさんを死なせちゃったら、もう会えなくなるから! 放っておいて誰かを殺しちゃたら、きっとウィルさん笑えなくなっちゃうから! だから止めるの! 絶対に、死なせも、殺させもしない!」

 

 レイジングハートの先端がバリアの先に入った瞬間に、矛先に桜色の魔力が集う。

 

「きみにそんなことできるものか! 魔法を覚えたばかりの子供が! 友達を傷つけて泣いてたような子が!」

「そうだよ! わたしは誰かを傷つけたくない!」

 

 なのはの脳裏に浮かぶのは、これまでの戦いだ。

 フェイトとの戦い。管理局とヴォルケンリッターの戦い。そして、ウィルの復讐。

 みんな、自分の考えた正しいことをおこなっていて、どうしようもなくって、もう止められなくって、ああなるしかなかった。話では止められない、もう止まらない。

 だから、決定的な悲劇を迎えるまでの時間を稼ぐために、なのはの力はここにある。そうして稼がれた時間が話し合う猶予を生み出し、新しい道を見つけるきっかけになると信じて。

 

「だから私は考えるの! どうしたら傷つけずにすむのか! 傷つけたくないからもっと丁寧に魔法を使うの! 傷つけたくないからもっとよく見て! 傷つけたくないから手を伸ばすの!」

 

 彼我の距離零での接射。矛先に集った魔力が、傷ついてきた少女の信念が、まばゆい桜色の花となって咲き誇る。

 

「傷つけられない臆病さが、傷つけない勇気が、わたしをここまで連れてきてくれたから!」

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