復讐の炎がこの身を焼き尽くす前に   作:上光

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はやてED 八神家にようこそ

 聖王のゆりかご――数多の国家が時に争い、時に連合を組み、同盟と裏切りと平和と戦争が流動的に入り乱れていた古代ベルカ後期の諸王の中でも、最上位に位置する力を有していた王――聖王。その聖王家が保有していた巨大空中戦艦だ。

 ベルカの戦乱を終焉へと導いたとの伝説が残るその圧倒的な力は、戦乱の終焉とともに姿を消して、その行方は何百年もの間、誰にも知られていなかった。

 

 その御伽噺の箱舟は、今や第一管理世界ミッドチルダの大気圏を突破しようとしている。

 

 ゆりかごの中枢では、瞳を閉じた紫髪の少年が椅子に腰かけていた。

 外見は十代の前半だろうか。男女の性差の薄い時期を過ぎ、少年が大人の男へと変わるその刹那の危うさと妖しさをたたえている。

 

「予定通りに事が運ぶのも、存外つまらないものだね」

 

 開かれた口から流れ出す声色も、見た目通りに声変わりの過渡期にある。

 しかし、その声質は人の踏み入れない洞窟の奥から拭く風のように渇いていて、少年が積み重ねてきた年月の長さを感じさせた。

 

 少年のつぶやきに反応したのは、彼の隣に立つ金髪の女。

 万に一人の恵まれた容姿を磨き上げた成熟した女の魅力と、それを自覚して意識的に活用できる傲慢さを持つ妖しげな美女。

 

「あらドクター。そんなに退屈がお嫌いなら、機動六課を封殺しなければ良かったのに」

「ドゥーエ、あからさまに手を抜くのも失礼というものだよ。それに彼らならその上で予想を超えてくれると期待していたんだが」

 

 ドクターと呼ばれた男、ジェイル・スカリエッティ少年がやったことは酷く簡単。

 対スカリエッティを見込んで新設された非常設部隊たる機動六課課長八神はやて、クラナガン防衛の要たる首都防衛隊の代表レジアス・ゲイズ、首都防衛隊で最も臨機応変に動くことのできる機動部隊の部隊長を務めるウィリアム・カルマン・ゲイズ。

 彼らが自分と繋がりがあるという事実を確かな証拠と共に流しただけ。

 

 まるで内部からの手引きがあったかのような地上本部襲撃の後だ。管理局内の疑心暗鬼、マスコミへの対応、市民の反感を押さえるために、機動六課や首都防衛隊の一部は事実関係が明らかになるまでと営巣に軟禁状態になった。

 

 無論、本来ならば事情を知る最高評議会が手を回し、彼らもすぐさま解放されて対スカリエッティの戦力として復帰できただろう。

 しかしタイミングを合わせて、最高評議会を統べる三人を潜入していたドゥーエが殺害。もともと部署の境界を越えて協力し合えていたのは、管理局を立ち上げた彼ら三人の存在によるところが大きい。頭を失えばもともと我の強い者たちだ。足並みをそろえることもできなくなる。

 

 結果、戦力の半減した管理局の部隊は、用意しておいたドローンの大群と、闇の書の解析で得られた簡易プログラム体で生成した合成獣(キメラ)の群れの対処に手こずり、起動したゆりかごを阻止するほどの余裕はなかった。

 

「地上の様子は?」

 

 と、スカリエッティが問えば、管制室にてゆりかごが最大限のスペックを引き出せるように調整を続けているウーノから答えが返ってくる。

 

『クラナガンに配備したドローン、合成獣ともに殲滅されました。混乱する首都防衛隊を、ゼスト・グランガイツがまとめて対応したようです』

「さすがは我らが朋輩レジアスの盟友。地上最強の騎士にしてストライカーだ。まぁ時間が稼げたのならどちらでも良いか」

 

 口先で健闘を称えながらも、スカリエッティの声に熱はない。

 地上がどうなろうが興味はない。別段管理局を潰したくてやっているわけではない。

 なんなら、目的が叶った後ならこのゆりかごを戦力として、管理局が手を焼いている案件の幾つかを解決してあげても良いとすら思っている。

 

 現状にさして大きな不満があったわけではない。ただ自由という未知を知りたかっただけだ。

 生まれた時から縛られ続けてきた自分が、最高管理局という親から巣立つ身体的自由、そして植え付けられた欲望から解放される精神的自由。自分を縛り付けるあらゆるものから解放されて、本当の自分という最大の未知を既知に変え、思うがままに生きる。そんな子供じみた欲望を、しかし子供の頃から一度として叶ったことのない願いを叶えたくて。

 

 大気圏を突破すれば、もはや生身の魔導師では追いかけて来れない。

 艦船で乗り込んで来ようにも、本局の艦隊が到着するにはまだ時間がかかる。

 地上が保有する艦船もあるが、地上本部襲撃の時に管制システムを破壊しているため出航は不可能。

 突然正義感に目覚め、ゆりかごに単身特攻をかけてくる民間の艦船と正義の味方もどうやら存在しないようだ。

 このまま上昇し、ミッドチルダに存在する二つの月の魔力を充填し、ゆりかごは完全な復活を遂げる。その邪魔をする障害は何もない。

 

 ようやく人生の目的が叶うという段階になってなお、スカリエッティの心は踊らなかった。

 心のどこかで期待していたのかもしれない。

 ずっと束縛されてきた自分が、己の人生を賭けて世界に喧嘩を売る大博打。

 きっと計画通りに事が運ぶことはなく、賭けた欲望に相応しい巨大な障害が試練として立ちふさがるに違いないと。

 それなのに、こんなに簡単に事が進むようでは、本当にこの後に自分の欲望(ねがい)が叶うのか不安になってしまう。

 

 

 瞳を閉じて、己の内側に激しく巡り続ける欲望にひたろうとしたその時、ウーノの声が聞こえた。

 

「ゆりかごのそばに大質量が転移してきます! …………これは、船ではなく――」

 

 直後、ゆりかご全体を揺り動かす衝撃。

 スカリエッティはゆっくりと目を開き、吐息と共に言葉を漏らす。

 

「ようやく来てくれたか、私の障害が」

 

 口調とは裏腹に、スカリエッティが纏う雰囲気は急変していた。

 凄絶な笑みを浮かべた、人ならざる人。金色の瞳を欄々と輝かせた魔人が笑っていた。

 

 

 

 

「こちら八神はやて。無事に聖王のゆりかごに接弦完了しました」

「これを無事と呼ぶのか、ついでにこれを接弦と呼んでいいのは解釈がわかれそうだけどな……」

「航行可能なら無事扱いでいいんじゃなぁい?」

 

 部屋の中央にある玉座に腰かけるのは、機動六課課長八神はやて二佐。

 その隣で苦笑いを浮かべるのは、首都防衛隊の機動部隊隊長ウィリアム・カルマン・ゲイズ一佐。

 さらに隣で施設の稼働状況を確認しているのは、その秘書官のクアットロ。

 

 そして、三人がいるこの『間』には、それ以外にも二十人ほどの魔導師が詰めている。

 その大半は、機動六課に所属する人員。つい四半日前まで営巣にぶち込まれていた者たちだ。

 それがなぜこのようなところにいるのかといえば、当然営巣をぶち破って脱走したからであり、その手引きをした人物は、この部屋の前方に投影されたホロディスプレイに映っている。

 

「ありがとうございます。グレアム司令」

 

 はやてからの礼に、ディスプレイに映るグレアムが鷹揚にうなずく。十年でさらに年を重ね、その御髪は灰よりも白の割合が増えたが、瞳に宿す光は十年前と変わらず、いやそれ以上に欄々と輝いている。

 

『気にすることはない。最高評議会の混乱もようやく収まった。きみたちが戻ってくるまでに、対外的な立場もなんとかしておこう。きみたちはただ目の前の問題に全力を尽くしてくれれば良い』

 

 最高評議会のトップが亡くなった後の混乱に乗じて、最高評議会を掌握したギル・グレアムの手引きで集団脱走した彼らは、大気圏を突破しようとするゆりかごを抑えるために、十年前からミッドチルダの辺境に置かれたままのとある施設に向かった。

 

 

「ねえ、ティア。すごいよね。これ、テスタロッサ執務官の所有物なんだよね」

「いやアンタ……すごいっていうか……これ、どうすんのよ……」

 

 機動六課隊員のスバル・ナカジマが呑気につぶやく。

 その言葉に込められているのは純然たる感心だが、スバルの相方(バディ)たるティアナ・ランスターは、これがいったいどれほどの金銭的損失になるのかと想像して、気が遠くなりかけてやめた。

 

 

 同じく外部モニターに映る光景を見て、なのはは隣に立つフェイトに声をかける。

 

「フェイトちゃん、良かったの?」

 

 外部の様子を映すホロディスプレイには、この施設に立ち並ぶ尖塔がゆりかごの外殻を突き破り、穴を開けた光景が映し出されている。

 大質量のエネルギーをそのままに体当たりして、尖った部分で相手の船腹を突き破る。塩水満ちる本物の海で海戦が繰り広げられていた頃に、船に取り付けられた衝角を用いた行われていたその戦い方は、現代では見ることのないカビの生えたような原始的な戦法だ。

 その代償として施設に立ち並ぶ尖塔のほとんどは衝突時の衝撃で砕け、無惨に崩落して瓦礫の山と化している。ゆりかごほどではないが、この施設とてちょっとした文化財に指定されてもおかしくない代物だというのに。

 

 それに、なのはにとっては十年ぶり二度目に訪れた場所でしかないが、親友のフェイトにとっては、この施設――時の庭園は、幼い頃を過ごした思い出の場所のはずだ。

 けれど、フェイトは自らの胸に手を当てると、穏やかなほほ笑みを浮かべて首を横に振った。

 

「大丈夫。もう何年も来てなかったし。それに思い出なら、ここにあるから」

 

 

 

「ゆりかご最外殻エリアの観測完了。内部への転送ルート確保。いつでもいけます!」

 

 はやての副官を務めるグリフィス・ロウランから、ゆりかごへの突入準備が完了したことの報告が届く。

 各々がデバイスとバリアジャケットを展開。高まる闘争心で拳を打ち鳴らす者、興奮を抑えられずに雄たけびをあげる者、不安を塗りつぶすようにデバイスを強く握る者、その様子は様々であったが、全員の視線ははやてとウィルへと向く。

 

「じゃあ、はやて。突入前に一言」

 

 ウィルに水を向けられ、はやてが首をかしげる。

 

「私でいいの? 階級、ウィルさんの方が上やけど」

「メンバーほとんど機動六課だし。ほら見なよ、グリフィス君なんて俺のこと誰だあいつみたいな目で見てるよ」

「見てませんよ! だいたい、ゲイズ一佐が隊舎に来た時に何回も顔合わせてますよね!?」

 

 ウィルの背中に衝撃。後ろを向けば、長銃型のデバイスを構えた青年が、ウィルの背に蹴りをくれていた。

 

「若者にパワハラしてんなよ。時間ないんだろ」

「いてえよ、ヴァイス。お前に蹴られた怪我が原因で負けたらどうするんだ」

 

 そんな男どものじゃれ合いに溜息一つつき、はやてはこの玉座の間に集った面々を前に声を張り上げる。

 

「作戦の目標は三つ! 一つ目はこのゆりかごの起動に使われてるヴィヴィオちゃんの救出! 二つ目はゆりかごの動力炉の破壊! 三つ目は今回の事件の首謀者ジェイル・スカリエッティの身柄の確保!」

 

 作戦目標はその三つ。しかし、はやてはさらに声を張り上げる。

 

「そんで、四つ目! みんなで無事に生きて戻ってくること! 以上!」

 

 隊員たちの返答は地響きのように雄々しく、開戦の号砲となって玉座の間の空気を揺り動かした。

 

 

 

 ゆりかごの各所で戦いが始まる。

 

 

 紅の戦衣を身に纏うシグナムと、藍のバトルスーツに身を包むトーレが衝突する。

 全長十キロメートルに及ぶゆりかご内部は、通路ですら幅も高さもゆうに数メートルはあるが、それでも音速を越えて飛翔する彼女たちにとってあまりに狭いその中を、二人とも曲芸めいた技巧で飛び回りながら攻撃を交わし合う。

 空戦機動はトーレが上。剣技はシグナムが上。数合斬り合い、互いに無傷。

 油断なくレヴァンティンを構えたまま、シグナムが声をかける。

 

「貴方はたしか、トーレでしたか」

「ああ。……以前に会ったことが?」

「いえ。ですが、闇の書の時に協力してくれたと聞いています。それに、ウィルの師だとも」

 

 シグナムの言葉に、トーレはわずかに口元を緩めた。

 

「あいつにまともに教えることができたものなど、たかが知れている。……お前はシグナムだったな? あいつとは、よく戦うのか?」

「殺し合いなら三度。模擬戦なら二百六十二戦で、私の百四十二勝です」

「実力は伯仲か。なら、お前を通してあいつがどこまで強くなっているのか、見せてもらおう」

 

 二人の戦乙女は互いに鮫のような笑みを浮かべ、宙を翔け、激突する。

 

 

 

 隊長陣が足止めされている間、ともにゆりかごの中を駆けるスバルとティアナ。

 通路の中心に立ち、彼女たちを待ち受ける真っ赤な髪をした少女――ナンバーズ九番、ノーヴェを認めた瞬間、スバルはさらに加速してそのまままっすぐ突撃する。

 ノーヴェも同様にスバルの姿を認めると駆けだす。

 

「セカンド!」

 

 両者の距離が十メートルを切った瞬間、ノーヴェが跳躍。脚部のノズルから空気を噴出させて蹴りを放とうとし――

 

「母さんの仇!」

「――――え?」

 

 ノーヴェはスバルの言葉に身体を硬直させ、機先を制されてスバルの一撃を受けて吹き飛ばされる。

 そのまま空中で足から空気を噴出させ、姿勢を制御。

 

「……死んだのか? クイント」

「あなたにやられた時に腰をやっちゃって、今も家で寝込んでるよ! 全治二ヶ月だって!」

「あ、ああ。死んだわけじゃないのか。びっくりした。――まぎらわしいこと言うんじゃねえ!!」

 

 駆けるスバル、跳ぶノーヴェ。両者の拳と蹴が宙空で激突し、大気を震わせる。

 

「何やってんのよ、アンタら……」

 

 勝手に飛び出した相方にため息をつき、ティアナは距離をとって双銃を構えた。

 

 

 

「素晴らしい! 脱走くらいはあり得ると思っていたが、こんな騒々しい方法で侵入してくるのは予想外だった!」

 

 ゆりかごの各所で、待ち構えるナンバーズと突入した機動六課が衝突をはじめている。

 それらが映されたモニターを眺めるスカリエッティは、抑えきれない喜悦を顔に浮かべ、手を叩く。

 

 戦力の差は歴然だ。

 ゆりかごには十二人のナンバーズがいるものの、クアットロが敵側についているのでこちらの戦力は十一人。しかもその内、単体で戦える戦闘型は八人。

 戦闘型のナンバーズは一人一人が最低でもAAAランクと評されるほどの実力を有している。特にトーレとチンクはSランク以上の力を有しており、機動六課の隊長陣ですら一対一であれば抑え込めるほどの実力だ。

 

 一方、六課は隊長陣三人とウィル、ヴォルケンリッター四人、合計八人がSランクに等しい実力の持ち主。

 それに加えて、タイプゼロ・セカンド――スバル・ナカジマをはじめとする機動六課の隊員たち十数名も、それぞれが油断のできない実力者だ。戦闘型のナンバーズであっても、複数人でかかられることになれば敗北もあり得る。

 

 ゆりかご内部はウーノの管制下にあるため地の利はこちらにあるが、あらゆるセンサー系を欺瞞するクアットロが敵側にいる以上、万全とは言い難い。

 ナンバーズ以外にも自分に力を貸してくれている()()()の存在もある。それに聖王が目覚めれば戦況は一変する。しかしそれまでの戦力不足はぬぐえない。

 結論。戦況はスカリエッティにとって圧倒的に不利――だからこそ、素晴らしい。

 

「ではこちらもサプライズで客人たちをおもてなししてあげよう! ウーノ!」

 

 管制室でスカリエッティからの合図を聞いたウーノは、虚空に向かって声をかける。

 

「シャッテン」

「はい、姉様」

 

 ウーノだけがいる部屋に声が響く。それは部屋の床から。

 部屋の中に落ちる影が粘性を持つかのように集まり、固まって、人の形をとる。

 

 外見は十歳くらいの少女。しかしその容貌は常人とは隔絶した存在であると一目で見てとれる。

 異様に白い肌、影そのもののような漆黒のドレス、流れ出たばかりの血のように赤い瞳、まっすぐに流れ落ちる銀色の髪。

 

「行きなさい。あなたの出番です」

 

 少女は静かにうなずくと、床に目掛けて仰向けに倒れ込む。

 その背が床に接触した瞬間、一人の少女がバラバラに砕け、分裂し、そして影となって溶けて、跡形もなく消えた。

 

 

 

 スバルとティアナのコンビと、ノーヴェ。彼女たちはこの半年で何度もぶつかり合ってきた。

 初戦では未熟であったスバルとティアナが手も足もでずに敗北し、次は戦いでは敗北したがナンバーズ側の目的の阻止には成功し、三度目はスバルの様々な意味での母親たるクイント・ナカジマの尊い犠牲と引き換えに撤退させることができた。

 敗北のたびに悔しさを糧にしてスバルとティアナは学び、訓練で実力差を埋めていった。

 

 そして今、訓練によって完全に制御できたスバルのIS『振動破砕』がノーヴェの脚部を破壊する。

 片足を失い敗北が決定しようとした状況でも、ノーヴェの瞳に宿る戦意に陰りはない。

 だから、ティアナは片足をついたノーヴェへと追撃の銃撃を加えようとし、スバルもまた確実に相手の意識を断つために再度突撃をしようとして、二人ともその途中で急停止した。

 

 ノーヴェの足元、影から一人の少女が現れていた。

 いや、少女と呼ぶにはあまりに小さい。手のひらに乗るほどの大きさの、妖精めいた小人。

 

 それがなんであれ、ゆりかご内部に突然現れたのなら敵側の存在だ。それに躊躇して攻撃の手を休めるなど愚の骨頂。

 それなのに二人が思わず硬直してしまったのは、突然現れた少女の姿が機動六課の隊員であればよく見慣れたものだったからだ。

 管制担当として前線で戦う隊員たちを補佐してくれる、かわいらしさと頼もしさを併せ持つ曹長――リインフォースに。

 

「えっ……? リイン曹長?」

「シャッテンと申します。お見知りおきを」

 

 ノーヴェは苛立たしげに舌打ち一つするが、歯を食いしばって言葉を飲み込んだ。

 

「負けたよ。……おまえらの方が、あたしより強い。第一ラウンドはおまえらの勝ちだ」

 

 シャッテンはその姿を影へと変える。

 破損した片足で立ち上がったノーヴェの周囲を、影のように昏い粒子が纏う。

 

分割融合(ユニゾン)

 

 朱色の髪は白く染まり、濃藍のバトルスーツも黒に染まった、モノクロームの色合い。そして振動破砕によって壊された部品は、時間が巻き戻されたかのように再生する。

 かつてヴォルケンリッターの肉体を現世に生み出すために使われていた、肉体構造式のちょっとした応用だ。

 スカリエッティは融合騎の仕組みも、魔力による人体の模倣も、十年前の闇の書の解析で完全に己の物にしていた。

 

 そしてユニゾンしたノーヴェが持つ圧力は、対峙するだけではっきりと理解できるほどに変質していた。

 内包する魔力もその運用も、全てが桁違いに向上している。

 

「ここからは第二ラウンドだ!」

 

 

 

「卑怯だが、これも任務だ」

 

 白い髪、黒いバトルスーツに身を包むトーレが宙に浮き、地面に這いつくばるシグナムを見下ろしていた。

 トーレとシグナムの戦いは互角。一進一退の攻防を繰り広げていた――先ほどまでは。

 

 突如現れたシャッテンという少女。その姿は彼女たちヴォルケンリッターの末の妹とでもいうべきリインフォースⅡと同じ手のひらサイズの人型で、しかしその雰囲気は夜天の書の管制人格であった初代リインフォースに酷似している。

 彼女とトーレが融合してから、戦いは一瞬で決着がついた。

 

 シグナムをしてなお反応できぬ速度。四肢を纏う光刃の大きさや形状も伸縮自在に変化し、間合いを一方的に支配され、反撃のいとまは微塵もなく完全な敗北を迎えた。

 

「ドクターも今更ヴォルケンリッターのデータに興味はないだろう。大人しくしていれば、命まで取るつもりはない」

「……できない相談だな。今の貴方を自由にさせれば、仲間が大勢犠牲になる」

 

 高い機動力を持つトーレを野放しにしてしまえば、すぐさまゆりかご内の他の戦闘へと介入される。ユニゾンしたこのトーレに単独で勝てる存在は六課に存在しない。ゆえに、何としてでもこの場で食い止めなければならない。

 

「それに、まだこちらにも奥の手が残っている」

 

 不敵に笑うシグナムの後方の通路から、かっ飛んでくる人影一つ。その姿は深紅の妖精。

 闇の書事件の二年後にクラナガンを中心に起きた違法研究所の摘発を発端としたテロの最中に遭遇して以来、妙に融合率の高いシグナムと組むことの多い、古代ベルカの融合騎――アギトが、満身創痍のシグナムの姿を目にして、柳眉を釣り上げて大きく声をあげた。

 

「だから、置いて行くなって言ったろ! ――ユニゾン! イン!」

 

 その姿は解けるようにして赤の粒子へと変わり、シグナムの全身を包み込む。

 内包する魔力が高まり、息をするように炎へと変換される。出口を求めた炎が背から翼の如く放出され、騎士甲冑のジャケットを吹き飛ばす。

 髪色は融合により白が混じり薄紅へと。肩を剥き出しに、燃える翼を背に。機動六課最強の騎士が顕現する。

 

「これで二対二だな」

『真正古代の騎士と融合騎の力、まがいものに見せてやる!』

「ユニゾン同士の戦いか。面白い」

『古いばかりが取り得の骨董品に、最先端の力をお見せしましょう』

 

 放たれる言葉は四者四様。されど怯える者は皆無。

 噴出する炎が通路を埋め尽くし、光刃が炎を切り裂いて道を拓き、両者の激突の余波がゆりかごの堅牢な通路を崩落させた。

 

 

 

 ウーノは瞳を閉じながら、脳内に溢れかえる情報の群れを処理し続ける。

 ゆりかごは時の庭園の衝突による損傷で一時期は制御を失いかけたが、現在は破損した外殻の兵装こそ使用できないものの、航行可能状態に戻り再び上昇を開始し、じきに月の魔力圏内に入ろうとしている。

 あとは本局の艦隊が到着するまでに戦いを終え、次元空間へとゆりかごを転移させる。ゆりかごの航行能力であれば、管理局の艦船では航行できない海域、次元震どころか次元断層の中すら航行可能。現代の艦船では追いつくことはできない。

 内部に侵入した管理局を撃退すれば、計画に何の支障もない。

 

「ま、そううまくはいかないんですけどねぇ」

 

 甘ったるい、鼻にかかった声が耳元で囁かれる。同時に背に鋭い痛み。

 振り返る最中、足の力が抜けて膝から崩れ落ちる。

 

「対ナンバーズ用に用意した毒の味はどうですかぁ、ウーノ姉様」

「クアットロ……!」

 

 裏切り者の四女が、膝をつく長女を見下ろして笑う。

 大きな丸眼鏡の向こう側、切れ長の眼が嘲りを形作り、ペンの形をした注入器を右手の上でくるくると回して遊んでいる。

 

「ご安心くださぁい。対戦闘機人用に用意した、生体機能を停止させる麻痺毒と機械部分を鈍らせるウイルスプログラムの組み合わせですけど、生命の危険はありませんから。あ、でも、私がこういうの使ってたことはご内密に。そこそこ違法なものも入れてますから、バレたら後々面倒なので」

 

 無駄話をしているようで、毒が回り切ってウーノが行動不能になるのを待っている。その用心深さはかつて共にいた時のクアットロにはなかったものだ。

 だが、その程度の用心深さでは、彼女を相手にするには足りない。

 

 クアットロの右肩から胴へと抜けるように三筋の銀の輝きが奔る。

 いつの間にそこにいたのか、クアットロの背後に出現したドゥーエが、右腕に装着した爪でクアットロに致命の傷を与えていた。

 

 肉体を両断されたクアットロの姿が歪み、そして消える。

 直後、部屋に響くクアットロの笑い声。

 

「あら、ドゥーエ姉様。久しぶりに顔を合わせた妹にこの仕打ちは酷いんじゃないですかぁ」

「この程度も避けれないような不出来な教え子なら、死なせてあげた方が良いと思ったのよ」

「いやですねぇ。年をとるとすぐに苛々として」

「惚れた男のそばにいられるからと、随分浮かれているのね。かわいらしいこと」

 

 二人の女狐、あるいは毒蛇同士の笑い声が制御室に反響する。

 

 

 

 融合により強化されたナンバーズとの戦いは激化する。

 あるところではナンバーズが勝利をおさめ、またあるところでは管理局が勝利をおさめ、勝ち抜き戦のように勝者同士がぶつかり合い、削られていく。

 

 そして戦いは終盤へとなだれ込む。

 ゆりかご内で発生した累計二十を超える戦いの内、最も激しい戦いは、間違いなく勝ち残った機動六課十人が総がかりで挑んだ聖王との戦いであったが、

 最も激しい一騎打ちを繰り広げたのは、フェイト・テスタロッサだった。

 

 

 フェイトが到着したその大部屋に、彼女はいた。

 

 外見年齢は十代前半。

 風を視覚化したかのような透明感のある金髪、琥珀のような蜜を称えた瞳。

 されどその表情は陰のある自分とは真逆で、まるで太陽のよう。

 身を包むバリアジャケットもまた真黒な自分とは真逆で、花嫁装束のように真白。

 

 同じ顔なのに、纏う雰囲気は陰と陽のように異なる。

 こうして顔を合わせれば、母が自分と彼女を同一と見れなかったのもわかる。

 

 言いたいことはいくらでもあるが、事此処に至っては、もはや会話は必要ない。

 それは全てが終わった後で、どちらかが勝者になった後で存分に交わせる。

 だから、今はただ自らの立場に殉じ、目の前にいる相手を倒す。

 

 代用として生み出された偽物の少女は、長剣へと形を変えたバルディッシュの切っ先を相手に向け、己の存在を宣誓する。

 

「プレシア・テスタロッサの娘。フェイト・テスタロッサ・ハラオウン」

 

 再び生を取り戻した本物の少女は、十字架めいた権杖型デバイス――ジェズルを周囲に浮かべながら、己の存在を宣誓する。

 

「プレシア・テスタロッサの娘。アリシア・テスタロッサ・スカリエッティ」

 

 

 

 その数多の戦いの果てに、ウィリアム・カルマンとジェイル・スカリエッティは邂逅を果たす。

 

「なるほど、きみが真っ先に私の元にたどり着くか。なかなか数奇な運命だね」

「こういうのを、業っていうらしいですよ、先生」

 

 十年ぶりに顔を付き合わせた、少年から大人へと成長したウィルと、大人から少年の姿へと変貌したスカリエッティ。

 

 彼らの戦いが、一年間続いたジェイル・スカリエッティ事件の終幕を飾った。

 

 

 

 

 

 陽の落ちた閑静な住宅街。

 ウィルは緊張で速くなる脈動を抑え込むように大きく深呼吸して、一件の家屋の門扉の前に立つ。ほどなくして認証が終わり自動で扉が開いた。

 

「お邪魔するよ」

「あっ、ウィルさん! はやてちゃーん! ウィルさん来たですよー!」

 

 玄関に足を踏み入れて声をかければ、奥の扉が開いて姿を現れた、手のひらに乗るほどの大きさの少女――リインフォースⅡ。

 この子を見ると、どうしてもかつて夜天の書の管制人格であったリインフォースのことを思い出す。

 闇の書の根幹を司る憎い相手。そして命をかけてウィルを助け出してくれた、大恩ある相手。

 十年経った今も、彼女の最期の笑顔はウィルの胸に刻み込まれている。

 

 リインフォースⅡは彼女と違って幼く、赤い瞳の彼女と違い空のような青い瞳をしているのに、この子の顔を見るたびに記憶の中に刻み込まれた彼女の笑顔を思い出して、少しだけ泣きそうになる。

 

「やあリイン。久しぶり。ほーら、今日もおみやげ買ってきたよ」

「わーい! です!」

 

 顔を合わせるたびにこの子を甘やかしてしまうのは、彼女に受けた恩を返そうとしているからなのだろうか。

 

「もう、あんまり甘やかさんといて」

 

 リインフォースが出てきた扉から、遅れて顔を出したのはこの家の主人、八神はやて。

 ウィルが持ち込んだお土産を受け取って、仕草で居間へとうながす。

 

「今日は、みんなはいないよな?」

「お休みもろた私と違て、みんなは今日も仕事やからなぁ」

 

 六課の解散も近づいている現在、最も対処するべき案件はとうに片付いたとはいえ、みな忙しい身だ。

 普段であればこのような時間に在宅しているはずもなく、自分とて普段はこのような時間は隊舎に詰めて残業中で、山のような仕事の本日中の処理を諦めて、明日処理するための優先順位を考えているくらいの時間だ。

 

 場所も家具の配置もすっかりと変わってしまったが、あの頃のように八神家のソファに二人して隣り合わせて座る。

 

「ごめんな、リイン。ちょっと席外しててくれる?」

 

 両手を合わせて申し訳なさそうにするはやて。

 リインは何かに気付いたように勝手にうなずくと、口元に手を当てて含み笑い。

 

「了解です。みんなには内緒にするですよ。後は若い二人にお任せして退散するです」

 

 こちらを見てニヤニヤとした笑みを浮かべながら、扉を閉めて出て行った。

 

「どこで覚えてくるんかなぁ……」

 

 困った顔で苦笑いを浮かべるはやて。しかし、今回はあながち間違いでもないのだが。

 

 二人きりになると、ウィルはソファに深く腰をもたれこみ、滔々と語りだす。

 

「今日、正式に辞表が受理された。今月中に引継ぎ終わらせて、来月には二十代半ばにして晴れて無職だ」

「……そっか」

 

 JS事件の後始末も終わり、機動六課ももうじき解散する。

 そんな時期に、ウィルは管理局に辞表を提出した。

 

 スカリエッティという犯罪者との繋がりを暴露されたウィルたちだったが、はやてに関しては、闇の書に興味を持ったスカリエッティが一時期彼女を誘拐していたという、ほぼ真実に近い事実を公表したことで収まった。

 しかし、レジアスとスカリエッティの間に繋がりがあったのは事実。そしてレジアスはその繋がりを誤魔化すことをよしとせず、自らの罪を明らかにして罪を償う道を選んだ。

 ウィルはスカリエッティの件に関して、レジアスのように違法行為に手を貸したわけではない。十年前の闇の書事件以降、レジアスはウィルにもオーリスにも違法となるような事案への関与を断たせ、自分一人でスカリエッティ関連の事項を処理するようになった。

 とはいえ、ウィルもまたスカリエッティの存在を知りながら看過していたのは事実で。だからウィルもまたそのことを公表し、同時に辞表を提出した。

 最高評議会はグレアム主導で陸と海を繋ぐ真っ当な派閥へと変化を遂げつつあり、スカリエッティは逮捕された。あの日のクロノとの誓いを果たした今、管理局を離れることに悔いはない――といえば、嘘になる。

 大切な仲間たちがこれからも次元世界の平和を守るために戦い続けるのに、自分一人だけがドロップアウトするのは抵抗感がある。

 

「次の就職先のアテはあるん?」

「もちろん。最高評議会に所属していた人、その人の腹心をしていた人の中には、罪にこそ問われなかったけど責任とってやめるって人たちが、俺以外にも結構いてさ。その人たちについて行くために管理局を辞めるっていう人までいて、結構な人数になってるんだ。そういう人たちを集めて、これまでのコネとかノウハウを活かして、民間警備会社を立ち上げようって話になってる」

 

 それを聞いたはやては、苦笑い半分、心配半分という表情を浮かべる。

 

「めちゃくちゃ評判悪そうやけど……いろいろ大丈夫なん?」

「まぁ、俺含めて実力ある人材もわりと揃いそうだし。管理局時代のコネも結構あるしさ。世間からの評価は当分は最低だろうけど、仕事には困らない気はするよ」

 

 Sランクに到達しているウィルをはじめとして、AAAが何人も所属することになり、人材には困らない。

 むしろそれだけの人材が抜けた管理局が少し不安になる。だからといって、自分たちがそのまま管理局に所属し続けるというのも示しがつかず。

 だからそんな管理局の外から、管理局のフォローをできるような形を考えた結果が、民間警備会社の設立だ。

 

「最高評議会のやり方は間違っていた。でも、彼らの人を見る目は間違ってなかった。最高評議会の関係者には、現状に不満を持っていて、世界を良くするために力を使いたいって思ってるような人が大勢いた。例え管理局にいられなくなっても、その思いは変わらない。俺も牢獄で罪を償う親父の分まで、この街のために戦いたい」

 

 自分をここまで育てて、心配し続けてくれた養父の――いや、父たるレジアスに報いたいと思う。本人を前にしてそんなことを言えば、子供が親の心配をするなだとかうるさく言ってきそうだが。

 親が子供を世話するのが義務だとして、子供が親に報いるのは義務でないとして、それでも子供にだって親の手助けをする権利はあるはずだ。

 

「ということで、民間警備会社アインヘリアルをよろしく」

「名前の縁起悪っ!!」

「管理局からのお仕事依頼は割安で受けますので。価格に関してはオーリス姉さんに問い合わせてね」

「オーリスさんも辞めるん!?」

 

 オーリスはスカリエッティと直接の面識もないが、多少はスカリエッティや最高評議会に関する情報に触れることもあり。そのような情報を知りつつも看過していた自分が残るわけにはいかないと、ウィルに合わせて辞表を提出した。

 

「で、ここからが本題だ」

「前置きでちょっと疲れてしもたんやけど」

 

 ソファから身体を起こし、はやての方へ顔を向ける。

 間近で見るはやては、十年前に出会った少女ではなく、いまや立派な一人の女性へと成長していた。

 

「昔さ、家族になろうって……うちの養子にしようって話あったよな」

「あったなぁ。あれが実現してたら、今頃はやて・ヤガミ・ゲイズやったんやろか」

「あんまり響きはよくないな」

 

 わずかに軽口を叩くと、息を吸って覚悟を決める。

 

「で、だ。……その、今更なんだけど。俺と家族にならないか?」

「……今度は、養子って意味やないよね?」

「もちろん」

 

 はやては目を細めたままわずかに頬を紅潮させ、表情を緩ませる。

 

「なんや、えらい長かった気する。言うてくれるんやったら、もっと早よても良かったのに」

「先生の――スカリエッティのこと、最高評議会のこと。それが終わるまではこういうのはなしにしようと思ってたんだ。今回はJS事件の解決に尽力したのもあったからか、刑務所に放り込まれはしなかったけど、そうなる可能性もあった。もしも結ばれた後でそんなことになったら、一緒になった相手まで辛い目に合わせてしまう。まして、キャリアコースを歩んでるはやてにとっては大きなスキャンダルになる」

 

 今回はJS事件の解決に尽力したということで、お目こぼしされたところもある。

 これが何もない時に発覚していれば、その風聞はもっと悪くなっていただろう。そんな男と結ばれるなんて、その後の人生丸ごと苦労を背負わせるようなものだ。

 

「JS事件を解決したはやてには、良い縁談もどんどん舞い込んで来てるとは思うし、そんな中で俺みたいなキャリア捨てて転職しようって、しかも脛に傷ついた男がこう言うのもおこがましいと思うんだけど――」

「そうやって自分卑下して、あかんかった時の逃げ道作るの、昔からウィルさんの悪いとこやと思うよ?」

 

 内心を見透かしたかのように。否、今のはやてにとっては、ウィルの定まらない心なんて手に取るようにわかるのだろう。

 他者と交流の機会が少なかった子供の頃でさえ、あれほどの明敏さをもっていたはやてだ。この十年、大勢と関わり、多くを学び、ヴォルケンリッターを庇って多くの辛い目にもあいながら歩んできた。

 そんなはやてと今更共に歩みたいだなんて――

 

 いいや、そんな逃げはもうしないと、十年前に学んだだろう。

 

「はっきり言うて。ウィルさんの気持ち、聞かせてほしい」

 

 ウィルの頭の中、はやてと出会ってからの記憶が走馬燈のように浮かぶ。

 初めて出会った時から、はやてはよく笑顔を浮かべていた。でも、その笑顔にはいつも寂しさや悲しみのような影があった。

 幼い頃からそんな感情を笑顔の裏に隠して、この小さな体で、ずっとあまりに重い荷物を背負い続けて、これからももっと重い荷物を背負って歩み続けることになる。

 だからこそ、ウィルはそんなはやてを放っておけない。

 

「好きだ、はやて。俺と一緒にいるせいで、俺の荷物を持たせてしまうこともあると思う。なら、俺はそれ以上にきみの持つ荷物を持ってあげたい。きみの持つ重さを少しでも軽くしたい。だから、俺と一緒にこれからの人生を歩んでほしい」

 

 はやての瞳には、ウィル自身の顔が映っている。

 そんな写像では色まではわからないはずだが、瞳の中の自らの顔は真っ赤であるように見えた。

 

 はやては笑った。

 これまでに何百回と見た微笑みのようで、少し違う。

 穏やかで微塵の曇りもない、静かな夜に浮かぶ月のような綺麗な笑みだった。

 

「はい。不束者ですが、よろしくお願いします」

 

 その笑顔を見た瞬間、ウィルは気づいていなかった自分の想いに気付かされた。

 

 

 ――俺はずっと、この子のこんな笑顔が見たかったんだ。

 

 

 静かにはやての腰に手を回し、はやてもそれを拒絶することなく、ゆっくりとウィルの首に両手を回して、二人の顔が近づいて――――居間の扉が開いた。

 

 

「お茶ですよー」

 

 手のひら大から子供大へと姿を変えたリインフォースが、お盆にお茶を乗せて笑顔で居間に入ってきて、ウィルとはやてを見て硬直した。

 ウィルとはやてが弁明しようと口を開くより早く、リインフォースが目と口を大きく見開いて、声をあげた。 

 

「あーーーーーーーーー!!!!」

 

 続けて、玄関の扉が大きな音を立てて開かれる。

 

「どうしたリイン!」「主! ご無事ですか!」「賊か!」「何があったの!?」

 

 リインの大声が外まで届いたのか、ちょうど帰宅したヴォルケンリッターが駆け込んできて、抱き合ったままで固まったウィルとはやてを見て硬直する。

 

 間の悪さに苦笑しながら、ひとまずはやてから離れようとするが、首に回されたはやての両腕に強く力が込められて、それを許さなかった。

 はやての方に向き直った瞬間、唇に柔らかい感触。

 

 一拍置いて、見守るヴォルケンリッターが爆発したかのように口々に声を上げる。

 動揺、祝福、感嘆、羞恥、様々な感情が入り乱れた騒々しい声が家中に響き渡る中、ゆっくりと唇を離したはやてが耳まで真っ赤に染めながら、歓迎の言葉を告げた。

 

「八神家にようこそ、ウィル」




 ダイジェストでお送りするゆりかご戦+はやてED。婿入りは決定事項です。

 以下補足
 今回突然出てきたリインフォース・シャッテンは、おまけで語った融合騎としてのデータをベースに生み出した人間としてのリインフォースコピーとは真逆。完全にプログラムと魔力で構成された巨大な魔力生命体です。
 存在をプログラムへと戻してゆりかご内部のネットワークを駆け巡り自由自在に姿を現し、肉体を最大で十二に分割し、全てのナンバーズと同時にユニゾンが可能なサポート要員。たとえ物質としての肉体が滅んだとしても、式さえ残っていれば魔力が溜まれば復活できるので、ヴォルケンリッターよりもマテリアルズに近しい存在です。
 そんな彼女、他のEDでもう少しだけ出番があります。
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