二人が駆け付けた先には小さな橋があった。
その下の河原が淡く光っているのは、水面が月光を反射しているからではなく、わずかに活性化するジュエルシードの魔力光が周囲をほのかに照らしているから。
欄干の上には金髪の少女が、そして橋の真中には風呂で出会った女性が立っていた。
「おや、昼間の。奇遇ですね」
「ほんっと奇遇だね。ちょうど一回噛まなきゃ気がすまないと思ってたところだよ! 警告を無視したんだ! 痛い目にあってもらうよ!」
ウィルたちに向かって吼えると、女性の髪が揺らめき重力に逆らい天を衝く。そのまま身をかがめると、その姿は赤毛の狼へと変貌した。ユーノのように変身魔法を行使するのとはまるで逆。人間の姿から獣の姿に戻ったのだ。
「使い魔かっ!」
使い魔は、死んだ生物の肉体を素体として造りだされた魔導生命体だ。目の前の女性は、金髪の少女によって狼を素体にして造りだされたのだと推測。
使い魔は空に響きわたる咆哮をあげ、それを開戦の号砲としてウィルに跳びかかった。が、ユーノがウィルの前に進み出て、シールドを展開して使い魔の攻撃を防いだ。さらに間髪いれず相手の足にチェーンバインドを放つが、使い魔は空中で体をねじって回避。
「邪魔するなら、あんたからぶっ飛ばすよ!」
「使い魔の方は僕に任せてください!」
ユーノは使い魔の恫喝を受けながらも、ウィルに向かって言った。同時に周囲一帯を覆う結界を張り、人目を気にせずに戦える場を作り出す。
ウィルはユーノの実力と意志を信じ、自らは少女に向き直り夜空へと飛び上がる。
「バルディッシュ、セットアップ」
『Yes, sir. Set up.』
少女はその身を黒いバリアジャケットで包み、その手にデバイス──バルディッシュを握りしめた。
「F4W、ハイロゥ、セットアップ」
右手に剣、両脚に銀色のブーツ、白地に青の縁取りをしたロングコート状のバリアジャケットに身を包み、ウィルは少女に語りかける。
「投降してくれないかな。得物を見ればわかるかもしれないけど、俺の使う魔法は近代とはいえベルカ式だ。非殺傷設定が効きにくい」
非殺傷設定とは、物質には影響せず、魔力に関するモノにのみ影響を与える技術のことだ。この技術を応用すれば、相手の肉体を損傷させずリンカーコアに蓄積した魔力に働きかけて、リンカーコアの蓄積機能に干渉して相手の魔力のみを削ることが可能となる。
ミッド式は魔力の運用を得意とするため、非殺傷設定に非常に適している。
反面、ベルカ式は魔力による物質の強化を得意とするため、物質的な武器であるアームドデバイスと相性が良いが、非殺傷設定とは相性が悪い。
ウィルは純粋なベルカ式である『古代ベルカ式』の使い手ではなく、ミッド式によってエミュレートした『近代ベルカ式』と呼ばれる魔法体系の使い手だ。近代ベルカ式は元はミッド式のため、古代ベルカ式に比べれば非殺傷をおこないやすい。それでも、F4Wという実体剣を使った攻撃では、どうしても物理的なダメージを避けることはできない。
「きみに勝とうと思ったら、俺も手を抜くことはできない。そうなれば万が一ということもある。取り返しのつかないことになってからじゃ遅い。……重ねて言うよ、投降してください」
「引けません。これがあの人の望みだから」
少女は首を横に振りながら最後通告を蹴った。
「そう……本当に、残念だ」
二人は弾かれたように加速し、互いが互いへと最短経路をとって突撃する。両者ともに微塵も速度を落とすことなく、すれ違いざまに剣を、鎌を、振るう。
衝突。
二つのものがぶつかりあった時に押し勝つのは、より重い方、より速い方。つまりは、よりエネルギー量が大きい方であり、魔導師にとってのエネルギーとは、魔法の構築技能によほどの差がない限りは魔法につぎ込んだ魔力が多い方だ。
魔力量は少女の方が上。したがって、押し勝ったのは少女で、押し負けたのはウィル。はじかれたウィルは、再加速しながら体勢をたてなおすが、その隙に少女はウィルの背後をとっていた。少女はウィルを後ろから追跡しながら魔力弾を放つ。
ウィルは旋回し続けることで、少女に的を絞らせないようにする。飛行しながらF4Wを肩に担ぐように構え、切っ先を後方に向ける。そのまま魔力弾を連続して発射。ろくに目視もできない後方の相手に当たるわけがないが、こうでもして動きを鈍らせなければ、少女の方が魔力が多い──速い以上、すぐに追いつかれて後ろから切られてしまう。
『Blitz Action』
ウィルの後方射撃の隙をついて、少女が高速移動魔法を行使。一気に加速する。
しかし、それはウィルが待ち望んでいた行動でもあった。
少女が加速するその瞬間に、ウィルはバリアジャケットの一部を限定的に解除し、体を進行方向に垂直に起こす。空気抵抗を低減させるバリアジャケットがなくなれば、空気が持つ本来の抵抗力が体に襲いかかる。
自らの加速にタイミングを合わせて減速をされたことで、少女はタイミングをずらされ、本来予定していたよりもずっと早くウィルを追い越してしまう。ウィルはバリアジャケットを再構成しながら姿勢を制御し、少女の後ろにつく。二人の位置関係は先ほどとは逆転していた。
空気抵抗を利用した
予定が狂わされたにも関わらず、少女に焦りはない。位置関係は逆転したが、ウィルは失速──エネルギーを失っている。少女が再度高速移動魔法を行使できるようになるまでは数秒のタイムラグがあるが、もとの速度と機動力で上回っているので、このまま後方のウィルを振り切るのは容易だ。
振り切るという行為は相手との間に距離をとることと同じなので、その間に大規模な射撃魔法を構築される危険性はある。しかし、少女は以前の戦いでウィルが射撃魔法があまり得意ではないことを理解していた。
が、そう考えて油断するところまでが事前の想定通り。その隙をついてウィルは動く。
「ハイロゥ、ブースト」
脚部を覆うハイロゥが吸入口を広げ、周囲の空気が内部へと吸い込まれる。即座に圧縮されたそれらは、デバイスが持つ量子化による物体の保存機能によってデバイス内部に保存される。
同時にハイロゥの魔導回路を魔力が通る。魔力コンデンサに蓄えられ、ウィルの持つ魔力変換資質によって、微塵のエネルギーロスもなく指向性を持った純粋な運動エネルギーに変換される。
内部に保存された圧縮空気に生成したエネルギーを与え、収納を解除。解き放たれた圧縮空気は、ハイロゥのノズルから一気に噴出する。
反作用でウィルの体は、足とは反対方向、すなわち正面に向かって加速する。爆発的な加速力を得た体は飛行魔法のみでおこなわれる飛行の限界を突破した。
ウィルを中心に円状の空気の層が現れる。月の光を受けて薄く輝く
その実態は衝撃波──物体が音速を超えた時に発生するソニックブームだ。
ウィルと少女の相対速度は、即座にマイナスからゼロへ、そしてプラスへと移り変わる。少女の背中がF4Wの剣の間合いに入る直前、ウィルはF4Wを振りかぶった。
少女のデバイスが短く声を上げ、注意を喚起する。振り返った少女の瞳には、今にも剣を振り下さんとするウィルの姿。少女は姿勢を反転させ、デバイスでF4Wの刀身を受け止めるが、咄嗟の対応のため姿勢制御もろくにできない。勢いを殺せず下方に向けて吹き飛ばされる。
この機を逃すつもりがないウィルは、すぐさま追いかける。少女は姿勢を立て直しながら、迫るウィルに牽制のための魔力弾を放つ。
ウィルは姿勢を縦横無尽に変えながら少女に迫る。足の向きや位置を変えて空気を噴出させることで、様々な方向へと瞬時に加速できる。ハイロゥのノズルが足にあるからこそできるこの技は、かつて友人に「空を蹴っているようだ」と評された芸当だ。
単に加速に使うだけであれば、多少不恰好ではあるが、背中に背負った方が安定する。足では、微細なずれが飛行姿勢に大きく影響してしまう。その不安定さこそがハイロゥの、そしてウィルの武器。
少女は再度高速移動に移る。今のウィルに対して、牽制で撃てる程度の魔力弾では意味をなさない。何がなんでも距離をとって、射撃戦に移る必要がある。
ウィルは逃がさないよう追い続ける。少女の高速移動の方が加速力では優れているため、行使してすぐは距離をあけることができるが、ウィルのハイロゥは連続して加速ができるため、総合的にはウィルの方が速い。
迫るウィルに先んじて、少女がデバイスをふるう。距離をとることが不可能と判断し、高機動での接近戦に挑むつもりだ。が、その戦い方はウィルの土俵だ。
速度を調整してわずかに間合いに入るタイミングをずらすことで、少女の鎌をいなし、直後に振るわれたF4Wが少女の左肩口に打ち込まれる。
手ごたえあり。少女は左手をデバイスから離す。衝撃と痛みでしばらくはデバイスを握れないだろう。
飛行軌道の先読み、状況に応じてのマニューバ、間合いの取り方、飛行ベクトルを利用した武器の使い方。全てウィルの得意分野だ。
ウィルは射撃をはじめとするその他の魔法を差し置いてでも、近接空戦を鍛えてきた。いびつな成長だが、いびつ故に限定的な状況に持ちこみさえすれば、総合力で自らを上回る相手にも勝てる。
再度後方から少女を追いかける。
その瞬間、少女がバリアジャケットを解除した。
少女がとった空戦機動は、先ほどウィルがやってみせたマニューバ。エアブレーキを利用した大幅な減速だ。
近接戦を求めるなら、推力でウィルを下回る少女がそれを使用してもあまり意味はないが、距離をとりたい──射撃戦をしたいのであれば、十分有効な手段だ。ウィルが切り返すまでに射撃魔法の一つや二つを構築する時間は得られる。近接戦はウィルの方に分があると認め、すぐに射撃戦に持ち込もうとする切り替えの早さに舌を巻く。
だから、ウィルもまたバリアジャケットを解除し、減速。同種のマニューバをぶつけた。
空気抵抗によって減速するこのマニューバは、使用者によって限界が存在する。
バリアジャケットは超音速の飛行にさえ耐えるほどの耐G能力、慣性制御を有しており、それを完全に解除してしまうと、襲いかかる空気抵抗とGに体が耐えられない。したがって、バリアジャケットの解除は飛行状況に応じて限定的にしなければならない。
その解除量が少なければ、空気抵抗が小さく減速は不十分になる。逆に解除量が多ければ、空気抵抗が大きすぎて負荷に体が耐えられない。その度合を見極めるためには、事前に幾度もの練習を積んでいなければならない。
そして、どれだけ解除できるか──どれだけの負荷に耐えられるかは、天性の耐G能力という才能的なものを除けば、身体的なスペックに依存する。すなわち、肉体強化に優れたベルカ式の使い手であり、なおかつ少女よりも大柄で筋肉量の多いウィルの方が、より多くの負荷に耐えられ、より大きく減速ができる。
再度バリアジャケットを構築し、体勢を整えようとする少女の眼前にウィルが現れる。少女以上の減速によって距離をつめ、慌てて鎌を振るおうとする少女よりも、ウィルが振り下した剣が少女の体を打ち据える方が早かった。
吹き飛ばされた少女の体は、放物線を描きながら落下しかける。
落ちる前に助けようと、ウィルは落下する少女に近寄ろうとするが、その前に少女は自力で空中に留まった。先ほどの一撃は魔力ダメージを多く与えるように威力を調節したが、それでも物理的なダメージがなくなったわけではない。あのようにか弱い少女の肉体なら骨にひびが入っていてもおかしくはないほどだ。
それを受けてなお、少女は戦う気力を失っていない。何が彼女をここまで突き動かすのか。
「ア、ルカス……クルタス……」
少女の口元が言葉を紡ぎ始めていた。対話のための言葉ではなく、魔法のための言葉。詠唱魔法──魔法の構築プログラムに、音の連なりという新たなパラメータを加えることで、さらに複雑な魔法を構築するという技法だ。
詠唱魔法には時間がかかるという欠点がある。もう一度F4Wで切る必要もない。非殺傷設定の魔力弾で簡単に倒せる。
だから、ウィルは少女にめがけて魔力弾を放った。
はたしてそれは命中した。少女にではなく、その射線上に踊り込んできたなのはに、だが。
「は?────」
突然の乱入者に動揺。しかし、なぜ? どうして? といった理由に関する思考を放棄し、状況のみに限定して思考を巡らせる。
なのはの魔力量は高く、その高い魔力によって構築されるバリアジャケットはユーノが防御性能を重視するように構築プログラムに手を加えたため、ウィルの魔力弾が少し当たったくらいでは貫通しないほどに堅牢だ。
問題ない──次は弾数を増やして確実に少女に当てる。それだけの猶予はまだある。念のために魔力弾と同時にウィル自身も突撃して確実に戦闘不能にさせる。
だが、その見通しの甘さをすぐに後悔することになる。
なのはのバリアジャケットも無敵ではない。ウィルがよく使う射撃魔法スティンガーレイは、貫通力と弾速に優れた魔法だ。その魔力弾をくらったなのはは、魔力ダメージこそ負わなかったが衝撃で姿勢を崩してしまう。
その拍子になのはの手からレイジングハートがこぼれ落ちる。
レイジングハートは人工知能を搭載したデバイス──インテリジェントデバイスだ。
デバイスそのものが自立した意識を持つインテリジェントデバイスは、所有者を様々な面で補助することができる。魔法を知って半月程度のなのはが様々な魔法を行使できるのは、魔法構築能力に天性の才能を持つというだけではなく、高性能なインテリジェントデバイスによる補助を受けているから。
したがって、それから手を放したなのはが姿勢を制御できずに落下するのは当然の帰結。
ウィルは急遽魔力弾の構築を破棄。慌ててなのはのもとに駆けつけ、空中で抱き止める。
腕の中のなのはのバリアジャケットには傷一つない。本当に衝撃で思わず手を放してしまっただけのようで安心する。
「ウィルさんっ! あの──」
なのはが何かを言おうとしているが、悠長に聞いている余裕はない。なのはを助けに行ったから、少女の詠唱魔法を阻止できていない。一刻も早く止めなければまずい。
ウィルはなのはを抱えたまま、もう一度少女に魔力弾を撃とうして、斜め下から接近する存在に気が付いた。
使い魔だ。そのさらに下方にユーノ。使い魔はユーノを振りきってウィル目がけて突っ込んできていた。
なのはを抱えたままでは受け止められない。ウィルはなのは襟を掴むと、ユーノに向かって投げる。
直後、使い魔渾身の右直突きがウィルに襲いかかり、受け止めた剣ごと吹き飛ばされる。
「フェイトッ! 今だよ!」
使い魔の合図に応え、少女はデバイスを吹き飛ばされているウィルに向ける。少女の周囲には空に煌めく星よりも眩い星々──数十個のスフィアが浮かんでいた。
「フォ、トンランサー……ファランクス、シフト」
吹き飛ばされながら姿勢制御。即座に回避機動をおこなおうとする──が、間に合わない。
「ファイアァァアアアアア!!」
少女の号令と共に、スフィアからウィルめがけて魔力弾が吐き出される。
防御魔法──シールドを展開。魔力弾を防ごうと試みるが、毎秒二百五十六発の速度で放たれる魔力弾という数の暴力の前に、一秒も持たず破られる。防ぐためにかざしたF4Wは次々と襲いかかる魔力弾の負荷に機能を停止。最後の砦のバリアジャケットもまばたきほどももたなかった。
ウィルの意識は、金の雨に飲み込まれあっさりと消失した。
意識を失う直前に、ユーノが魔法によってなのはを受け止めている光景が見えて、少しだけ安心した。
ウィルが目を覚ました時、視界に飛び込んで来たのは天井の木目だった。障子越しの外は明るく、影の差し方から見て正午を過ぎたあたりだとわかる。
ぺたぺたと自分の肉体を触ると、目立った外傷はなかった。安心すると同時に、戦った少女に感謝する。彼女がもし非殺傷設定をやめて物質への干渉が可能となる対物設定で戦っていれば、今頃ウィルの体は無数の弾丸に貫かれて跡形も残っていない。
ウィルが相手を傷つけるつもりで戦い、峰打ちとはいえ二回も切りつけて痛みを与えたのに、少女は最後まで非殺傷を貫いていた。
犯罪に手を染めてはいるが、根は良い子なんだろうと漠然と感じた。
もっとも、非殺傷だからといって完全に無傷になるわけはなく、外傷こそないが体に蓄積されたダメージは大きい。今日一日は満足に動けないだろう。
ウィルは布団に寝かされている状態から自らの上体を起こそうとするが、いつの間にそこにいたのか、浴衣姿のノエルが起き上がろうとするウィルをそっと押しとどめる。
「無理はなさらないでください」
「……ノエルさん、ですか? えっと、俺はどうしてここに?」
「恭也さんが、森で倒れているウィリアム様を連れて来られたのです。半日ほど眠られていたのですが──」
無事にお目覚めになられたようで良かったです、と言いながら、ノエルはコップに水を入れて、ウィルに差し出す。一気に飲み干し、意識を明確にした。
その間にノエルは携帯電話で連絡をしていた。この部屋はウィル一人を寝かせるために追加で借りたもので、みんなは本来の部屋にいるのだとか。
しばらくすると、月村忍、高町士朗、恭也の三人が揃って部屋に入って来た。忍と恭也はウィルの近くに、ノエルと士朗は彼らの後ろに座る。
そして、忍が口を開いた。
「目覚めたばかりで申し訳ありませんが、お聞きしたいことがあります。あなたは何者でしょうか?」