復讐の炎がこの身を焼き尽くす前に   作:上光

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話し合いの可能性

 部屋の外は明るく獅子脅しの音色が青空に響いているのに、部屋の中は重苦しく吐息の音が澱のように溜まる。

 八畳の広さを持つ和室には、五人の男女。布団から上半身を起こしたウィル。その右側に月村忍と高町恭也が並んで座り、彼らの後ろにノエルと士朗が控える。

 

 ウィルの正体を訊いてきた忍とは、あまり話したことはない。外見こそ冷たい美人といった様子だが、性格は良家の令嬢にしては庶民的で、年下に対してもほがらかに接する人であったはずだ。

 しかし、今の彼女の言葉使いはまるで初対面の人物のように丁寧で、加えて警戒に満ちたそのたたずまいは外見同様の冷たさを宿している。

 

「どうしてそんなことを聞くんですか?」

「とぼけるつもりですか」

 

 相手がどこまで知っているのかがわからない状況でうかつな返事はできない。相手の言葉を引き出すために、ウィルは迂遠な言葉を重ねる。

 

「理由と経緯がわからないと何から話せばいいのか迷ってしまいますよ。とりあえず、俺の家族のことから話せばいいですか?」

「……それでは順を追ってお話しましょうか。疑問を抱いたのは、先のお茶会の翌日です。その日の早朝に、ノエルが敷地内の森の木々が切り倒されているのを発見しました。それは普通ではありえない、大型の機械を用いない限り不可能な切り方でした。機械でもあのように綺麗な切断面が機械で作れるかどうか……。切り口は新しく、少なくとも数日以内に切られたことは確かです。森を散策していたあなたが犯人だと思ったわけではありませんが、念のためにあなたについて調べました。ですが、あなたが何のために海鳴にやってきたのかどころか、あなたが何者なのかもつかめませんでした」

 

 それは当然だ。ウィルはこの世界の人間ではない。どこをどう調べても、ウィルについてはわからないということがわかるくらいだ。

 ウィルは内心の動揺を隠しながら言い返す。

 

「木が切れていたくらいで、よくそこまで調べましたね」

「残念なことですが、月村には敵も多いのでこのような些事でも漫然と放置しておくわけにはいきません。まして超常的な力が関わっている可能性があるとなればなおさらです。それからは恭也と士朗さんにも協力してもらい、普段のあなたの行動を監視してもらいました。それでも不審なところはあっても、危険ではなかったので警戒するだけにとどめておいたのです。しかしそれも昨日までのこと」

「悪いが、昨夜は尾行させてもらった」恭也が続ける。 「夜なのに森の方へ歩いて行くのが見えて、どうにも気になったからな。何事もなければすぐに戻るつもりだったが、その散歩の途中でユーノがいきなり人間になれば驚きもする」

 

 そこから見られていたのかと驚愕する。ウィルもユーノも尾行されていることにまったく気が付かなかった。恭也には結界が張られるまでのことは一通り見られたと考えて良い。当然散策の途中の会話も聞かれているだろう。

 

「俺たちも人に知られたくないことの一つや二つ持っている。お前だけの問題であれば、ここまで強引に聞くつもりはなかった。しかし家族が関係しているとわかった以上、納得のいく説明のないまま引くことはできない」

 

 恭也から圧が発せられる。その真剣さはそれだけ家族を大切に思うことの裏返しか。

 けれどその圧力には暴力的な気配はなく、ふと、なのはたちのことが気になった。ウィルに対しての取り調べがこの程度ですんでいるなら、きっと無事に帰れたのだとは思うが。

 

「なのはちゃんとユーノ君は無事ですか?」

「大丈夫だ。特に怪我もない。お前に助けられたのだと言っていた。それについては感謝している」

「二人からは何か聞いていないのですか?」

「昨夜戦いがあったことは聞いた。だが、それ以上のことはまだだ。二人とも、自分たちではどこまで話して良いのか判断できないと言っていた」

 

 その言葉が真実であるなら、おそらくユーノが気をきかせたのだろう。管理世界のことを知られてしまえば、その者も管理局がやって来てからの事後処理に巻き込むことになってしまう。だからこそ、ユーノはどの程度まで話をするのかを、管理局の局員であるウィルに任せることにしたのだろう。

 

「お二人とも、そうけんか腰ではいけませんよ」

 

 重い空気を中和するように、ノエルの穏やかな声が響く。

 

「気を悪くなさらないでください。お二人は問い詰めるようなことをおっしゃいますが、それはなのはお嬢様を心配しているからこそで、私たちはウィリアム様に積極的に敵対する意思は持っておりません。ただ、この街で()()が起こっていて、それにウィリアム様となのはお嬢様が巻き込まれているのであれば、その()()を知りたいというだけ。そして、できることならそのお力になれれば……と考えているのですよ」

 

 たしかに敵視しているのであれば、忍と恭也も経緯を詳しく語ったりはしない。恭也が尾行によって得た情報を黙っていれば、ウィルが適当なごまかしをした時にその嘘を問い詰めることができる札になる。

 それを明かしたのは、彼らなりの誠意だ。自分たちの手札を見せて、相手を信用しようとしている姿勢を表す。誠意には誠意で答えるのが道理だ。

 

「わかりました。教えられる範囲になりますが説明します。そのかわり他言無用でお願いします」

 

 

 ウィルはこれまでの事情を語った。あまりに突飛な話に、一様に茫然とした顔が並ぶ。

 

「異世界人に、願いを叶える宝石……」ため息をつくように、忍が言葉を絞り出す。 「にわかには信じられないわね」

「魔法か。たしかに信じがたいが、フェレットが人間になるところを見たからには、信じざるを得ないな」

 

 恭也たちも超常的な現象が起こっている以上、ある程度のぶっとんだ事情は覚悟していたのだろうが、ウィルの告白はその予想をはるかに越えていたようだ。

 魔法という未知の技術の存在。多元世界を股にかける巨大組織。海鳴に危険物がばらまかれていること。どれか一つだけでも信じがたいのに、それが何個も一気に飛び出て来たのだから突拍子もない。

 この突拍子もない真実を証明する術をウィルは持っていない。たとえこの場で魔法を実演したところで、それは超常的な力を持っているという証明にはなっても、ウィルの言っていることが正しいという証明にはならない。

 そう考えていたところに、士朗の思いがけない一言がかかる。

 

「それは大変だったね。私たちに何ができるかはよくわからないが、協力は惜しまないつもりだ」

 

 それまで一言も発しなかった士朗の意外な発言に、全員が注目する。

 

「ん? ……どうかしたか?」

「父さん、それは早計過ぎるんじゃないか」

 

 困惑する恭也の一言に、ウィルも思わず追随してしまう。

 

「そうですよ。俺の話を鵜呑みにするんですか?」

「でも、それが事実なんだろう?」

「それはそうですけど……俺の話はどれも、この世界の常識ではありえないことでしょう? そちらには検証する手段もないのに、そんなに簡単に信用して良いんですか?」

 

 士朗は困ったような顔で、頭をポリポリとかく。

 

「正直に言えばきみが言うことが正しいのかはわからない。それ以前に、きみが何を言っているのかさえはっきりとわかったわけじゃないんだが」

「それならどうして──」

「人を見る目はあるつもりだ、というとうぬぼれになるかもしれないが、昔取った杵柄とでも言うのかな。きみが危険な人物かはなんとなくわかる。身体は鍛えられているけど、諜報員や工作員にしては周囲への気の配り方が稚拙──すまない、素人に毛の生えたレベルだ。印象としては警官や普通の軍人に近いかな。そして、それはきみが語った時空管理局の在り方と一致する。まあ、それに加えてウィル君が我々をだますような人間には見えないし、だますならもっとうまい説明があるはずだ。だから信用してもかまわないと考えたんだ」

「そこまでわかっていたのなら、言ってくれれば良かったじゃないか」と恭也がつぶやく。

「恭也は自分で確認しないと納得しないだろう?」

 

 苦い顔の恭也と対照的に、士朗はからからと快活に笑い、周囲を見渡す。

 

「原因はともかく、ウィル君がこの街のために働いてくれていることに変わりはない。私たちもできる限りは力になろう。忍さんもそれで構わないかな?」

「はい。ごめんね、ウィル君。あなたを疑うようなことを言って」

「いえ、疑うのは当然のことですから。信じてもらえただけでありがたいです」

「俺も悪かった」続けて恭也も頭を下げる。 「だが、なのはのことをもう少し詳しく聞かせてほしい。昨日のユーノとの会話を聞いていたが、お前──いつまでもこんな呼び方は駄目だな。ウィルとユーノはなのはが戦うことを良しとしてはいない。それは間違いないんだよな?」

「そうですね。ですから、昨夜はジュエルシードの反応があっても、なのはちゃんに連絡はしませんでした」

「なのに、なのははその戦いの場所にやって来た」

「ええ。おそらく旅館までジュエルシードの反応が届いたんでしょう。なのはちゃんがやって来た気持ちはなんとなくわかります。自分の関われない場所で事態が動くのは居心地が悪いですから。でも、なのはちゃんがどうして俺と少女の戦いに乱入したのかはわかりません」

 

 なのはの行動はウィルには理解できない。なのはが近接が得意な魔導師なら、少女に攻撃しようとしたと無理やり考えることもできるが、なのはの得意とするのは射撃魔法だったはずだ。わざわざ飛んで来てまで両者の間に割って入る行動の意図がわからない。

 そういえばウィルはなのはが空を飛べることを知らなかった。仲間でありながらウィルはなのはのことを知らなすぎることに今更ながら気が付かされる。

 

「ウィル君には迷惑かもしれないが、なのはと話し合ってはもらえないだろうか」

 

 そのように頼む士郎の目は先ほど以上に真剣だった。

 

「なのははたしかにまだ子供だが、良いことと悪いことの分別はつく年齢だ。戦場に突っ込んで行ったのは、あの子なりの考えがあったからだろう」

「もしも、なのはちゃんが戦うつもりだったらどうしますか?」

「そのせいできみが余計な危険を負うようなら断ってくれ。でも、もしもなのはの力が事件解決のために必要でなのは自身もそれを望んでいるのなら、私はなのはが戦うことになっても構わないと思っている」

「危険な目にあうかもしれません。今の俺のように怪我をすることもありえます。それでもですか?」

 

 士郎は黙ってうなずいた。

 

 

 

 

 

 高町なのはという少女は、大勢から好かれている。

 

 十人に尋ねれば八人は本心からかわいいと答えるであろう容貌は言わずもがな。容姿が気に入らない残り二人も、直に彼女に接すれば悪い気分になりはしない。

 なのはは困っている人がいれば助け、他者と話し合いでわかりあおうとし、みんなに笑顔でいて欲しいと本気で願うような少女だ。なのはの屈託のない笑顔には、そんな彼女の性格や気質が現れている。

 むしろ容姿はおまけだ。彼女の容姿が十人並み以下であったとしても、やはり彼女は大勢に好かれていただろう。

 

 彼女が良い子な理由はいくつもある。

 生まれつき良い子だった。教育が良かった。周囲に善人が多かった。感受性が豊かだった。

 しかし、その始まりは負の記憶だった。

 

 彼女がまだ片手で数えられるくらいの年の頃に、父親の士郎が事故にあって大怪我を負った。

 その後、高町家に起こった家庭環境の変化は、彼女の人格形成に大きな影響を与える。

 意識不明が続く父、母は父の分まで働くことになり、兄と姉は母の手伝いと父の看病に明け暮れた。彼女も自分に手伝えること探したが、まだ幼い子にできることは何もない。

 かといって手伝うことを諦めて遊び歩くことができるほど、今も昔も物事を割り切れる子供でもない。

 結局何もできなかった彼女は、せめて家族に迷惑をかけない良い子であろうとした。それだけでも年齢に比すれば十分に優れた思考と行動だが、彼女自身はそうは思わずにそれしかできない自らへの複雑な思いを溜めこんでいった。

 助けてあげたいのに、今の自分では何もできないという無力感。その思いに苦しむ自分を、誰も助けてくれないという寂寥感。助けることも助けられることもない自分は、誰とも繋がっていないという孤独。つまるところ、彼女は寂しかった。

 けれど、彼女はその思いを溜め込み鬱屈するだけで終わらせず、むしろバネにして昇華した。

 無力感と寂寥感は、人を助けてあげたいという誠心と、それを為せるだけの力への意思へ。孤独は他者と話し合い理解し合うことで関係を持ちたいという期待に。

 

 その後、士郎は無事に回復し、桃子の経営する喫茶店も有名になり、家族は以前のような生活に戻った。このまま何事もなく成長していれば彼女も大人になるに従って諦めと妥協を覚え、自分のできうる範囲で他人を思いやるお人よし程度に落ち着いていただろう。

 

 だが、彼女は魔法の力とそれがもたらす災いに出会ってしまう。

 ジュエルシードのせいで大樹が街に現れた日、ウィルやはやてと出会った日、そしてなのはがジュエルシードを見逃してしまったせいで多くのものが傷ついた日。

 封印の後でジュエルシードを回収するために街を駆け巡った時、彼女は自分のミスが引き起こした結果をまざまざと見せつけられた。幾台もの救急車のサイレンが崩れかけた建物の間に木霊し、怪我をした子供の泣き声が響く。横転した車、壊れた家、夏にはほっと一息つける憩いの場である噴水は壊れて、水が地面を濡らしていた。奇跡的に死者はゼロだと言われていたが、それでも怪我をした人は大勢いただろう。もしかしたら、取り返しのつかない怪我を負った人もいたかもしれない。

 自分はこの事態を防ぐことができたのに、それなのに何もしなかったと、彼女はとらえてしまった。

 善良であるからこそ、どうしようもなかった罪まで背負ってしまう。子供だからこそ、仕方がなかったのだと諦められない。

 

 なのはは誓う。

 これ以上誰も傷つかないようにするために、自分はこの魔法の力を振るおう。たとえそれがどれほど危険であろうとも、それこそが魔法の力を得た自分に課せられた責務だ。

 子供の頃からなのはの心で仄かに燻っていた人を助けたいという篝火が、薪をくべられて炎のように燃え上がり始めた瞬間だった。

 

 

 

 ジュエルシードの反応を感知したなのはは旅館を抜けだした。

 途中でその周囲に結界が張られたこともあり迷わずに到着。ユーノの結界は設定を変更していなかったため、なのはをすんなりと中に入れてしまった。

 自身の張った結界になのはが入って来たことに気が付いたユーノが、なのはに『危ないから下がっていて!』と念話を送ってきたが、その時なのはの意識は上空で戦うウィルと少女に向いており、聞こえているにも関わらず、念話の内容を認識できなかった。

 お互いに目にもとまらぬ速度で空を縦横無尽に駆け巡り、魔力弾の閃光が二人の間を交錯する。時折二人の軌跡が重なり、夜空にデバイス同士がぶつかり合う金属音が響き、火花が散る。

 なのはが初めて見た人と人がぶつかり合う本気の戦い。兄と姉が手合わせをするのとも異なる、相手を倒すためなら傷つけても構わないという、本物の戦闘だ。

 

 なのはは月村邸の庭で見た少女の目を思い出した。とても悲しい目──悲しさを悲しいととらえられないような目。

 その目を見た瞬間に、なのはは彼女を撃てなくなった。

 ウィルが間違っていると思ったわけではない。しかし、何も知らず、何も聞かず、人に言われるがまま、一方的にこの少女を撃って良いとも思えなかった。ウィルやユーノ、そして自分と同じように、きっと彼女にも為さねばならないだけの事情があるはずだ。

 だから、なのはは少女にジュエルシードを集める理由を語って欲しい。そして少女になのはたちがジュエルシードを集める理由を理解してほしい。

 少女もウィルも、こうして戦い合う前にもっと話し合うべきだ。

 

 そう考えるなのはの前で二人の戦いは激化する。ついにウィルの剣が少女を吹き飛ばす。

 

 ──止めないと!

 

 ここからでは止められない。止めるためには空中に行かなければ。ジャンプしたって届かない。飛ばないと──飛びたい!

 インテリジェントデバイスであるレイジングハートは、記憶領域からなのはの目的に適した魔法──飛行魔法を選択し、提案。なのははレイジングハートの補助を受けて空に飛び上がる。

 さらになのはの強い思いは無意識のうちに飛行魔法を改良し始める。ただの飛行魔法のプログラムを、膨大な魔力を推進力に変える高速飛行魔法へ書き換え、なのはの体を一気に加速させる。

 

 同時に、離れた場所で戦っていた使い魔も少女がやられかけていることに気づき、ユーノを追うのをやめて空中に飛び上がる。ユーノも慌ててそれを追う。

 

 けれど、正しい思いが正しい結果を招くとは限らない。

 ウィルと少女の戦いを止めようとしたなのはは、ウィルの魔力弾に当たってレイジングハートを取り落してしまう。

 急に魔法が使えなくなり、落下し始めるなのはをウィルが抱きとめた──かと思うと、いきなり空中に投げ出され、それをユーノがキャッチ。

 その直後に金色の無数の魔力弾にウィルが飲み込まれ、彼は気絶して落下。ユーノはなのはを抱えたまま、落下するウィルに近づき魔法を行使。結界魔法を応用してウィルの下方に足場にもなる魔法陣を作り出し、その身体を受け止めた。

 

 一方、ウィルを倒した少女の方も魔力を使い果たして、空中で気を失って落下するところを使い魔に支えられた。

 使い魔は少女を抱きしめながら、なのはとユーノを一瞥する。大切な者を傷つけられたことへの怒りがこめられた瞳に、なのはの体は金縛りにあったように硬直した。

 しかし、激情が形となってなのはたちに振るわれることはなかった。使い魔は少女を抱えたまま戦闘することを良しとせず、ジュエルシードを回収するとそのまま去って行った。

 

 残されたなのはは再び後悔する。自分が乱入したことがきっかけでこんなことになってしまった。

 でも、戦いを止めたいという意志が間違っているとも思えなくて、なのはは泣きたくなった。

 

 

 

 

 

 士郎たちが下がった後で、ウィルはデバイスの点検していた。

 地球に来た時とは逆に、ハイロゥは無事で、F4Wが壊れている。大規模な魔力攻撃を受けたせいで、負荷のかかったF4Wがオーバーヒートを起こして、いくつかの回路が切れパーツが破損していた。

 F4Wの方は自動修復機能がない。ハイロゥのように特注のオリジナルデバイスは構成や使用パーツが独特なことが多いため、多少の手間と費用をかけてでも自動修復機能をつけるものだが、F4Wのようなごく普通の市販品は自動修復に頼るよりもパーツを買い変えた方が早い。

 管理局の部隊が来るまでは修理は不可能と考えるべきだ。飛行の底上げであるハイロゥがないだけならまだしも、武器でもあるF4Wがないとなれば、戦い方そのものを変えなければ。

 これからのジュエルシードの捜索のことを考えていると、ふすまが開く音がした。

 

「えっと……入っても良いですか」

 

 おずおずと入ってきたなのはは緊張した面持ちでウィルのそばに正座する。

 

「体は大丈夫ですか」

「やられたのはほとんど魔力の方だから、よく食べてよく寝れば大丈夫だよ。ところで、俺が気を失ってからのことを聞かせてもらえないかな」

「あの子たちはジュエルシードを回収して帰って行きました。わたしたちも結界を解除して帰ろうとしたんです。でも、そこでお兄ちゃんに出会ってしまって」

 

 その後、恭也がウィルを旅館まで運んで今に至る経緯を聞いてから、ウィルは慎重に問題へと切り込んだ。

 

「どうして戦いに割り込んできたの? きみと同じくらいの年齢とはいえ、あの少女は強力な魔導師だ。見た目よりもずっと危険な相手だよ」

「……戦いを止めたかったんです。あの子、すごく悲しい目をしていたから」

「目?」

 

 ウィルは少女の目を思い返す。初めて出会った時は、何の意思も持たない硝子細工のような目をしていると感じた。しかし、昨夜の戦いでは何がなんでも負けられないという、強い使命感を宿した目を見た。

 それを踏まえてもう一度思い返すと、初めて出会った時から、どこか感情を抑えこんでいたように思える。

 しかし、なのはが少女と顔を合わせる機会は一度しかなかった。それなのに、少女の瞳の奥に押さえ込んでいた感情を読み取ったのであれば、なのはの観察力は非情に優れている。あの親にしてこの子ありというところだろうか。

 

「きっとあの子も本当は戦うのが嫌で……でも、大切な理由があるからジュエルシードを集めていると思うんです。だから、わたしはあの子とお話したい。何も知らずに戦うんじゃなくて、お互いの事情を話し合って、納得できるような方法を選ぶべきだと思うから──これがわたしの理由です。でも、一晩考えて、それは少し間違ってたのかなって。あの子とお話ししようとする前に、わたしにはお話ししなきゃならない人がいたことに気がついたんです」

 

 そして、なのははウィルの目をじっと見る。

 

「あの……ウィルさんの戦う理由を話してくれませんか。ウィルさんがジュエルシードを集めに来たってことは知ってます。でも、それ以外のことは全然知らないから。だから、何をしたいのか、あの子のことをどう思っているのか、そういうことをお互いに全部伝えて、これからどうするのかを話し合いたいんです。わたしはあの子よりも先に一緒にいるウィルさんとお話をしなきゃならなかった。それなのにあの子のことばかり考えて、そうしなかったのがわたしの間違いだと思うんです」

 

 なのはは一気に話した後、そわそわとしながら縋るようにウィルを見ている。

 その視線を受けて、ウィルは痛ましげに目をふせた。なのはの言葉はまさにその通りで、仲間内での意見の統一という基本中の基本をおこなわなかったのはウィルのミスだ。

 こういうことは年上であるウィルが率先してやるべきことだ。現場になれているウィルがリーダーシップをとっているが、なのはもユーノもウィルの部下ではない。命令を聞けと言える関係ではないのだ。

 ならば、自分だけで決めるのではなく、相手に理解してもらうように努めるべきだった。気遣っているからといって、勝手に決定するのはただの独善に過ぎない。

 ウィルは顔を上げ、なのはの顔をしっかりと見据えて口を開く。隠さずに自分の意見をなのはに伝える。

 

「俺はあの子と話し合おうとは思わない」

 

 断言。なのはもウィルのその返事は想定していたので、声を荒げたりせずに話の先をうながした。ウィルはさらに語る。

 

「俺もあの子が悪い子だとは思わない。自分を正当化するようなことは言わなかったし、傷つけられても俺相手に最後まで非殺傷のまま戦ってくれた。でも、あの子がやっていることは、俺の世界の基準で考えると犯罪なんだ。ロストロギアと理解しているのにジュエルシードを無断で収集し、管理局の局員とわかっているのに攻撃して来た。……そうか。もしかしたら、なのはちゃんには、俺もあの子も、同じことをやっているように見えているのか」

 

 その言葉になのはは控えめにうなずいた。

 なのはの、そしてこの世界の住人の視点では、ウィルと少女はどちらも同じだ。理由はともかく二人ともこの街に落ちた危険物を回収してくれているのだから。

 ウィルやユーノは合法で少女は非合法というのは、あくまでも管理世界の基準だ。日本の法で考えるのであればウィルもユーノも少女も非合法な存在でしかない。

 

「なるほど……だからなのはちゃんは、あの子を助けることにそれほど抵抗感を感じないのかもしれないな。でも、俺にとっては違う。たとえば、目の前の爆弾を勝手に持っていこうとする人がいたら止めるだろう? あの子自身が悪い子じゃなくて、悪い人の手に渡って誰かが傷つくこともある。何か事情があったとしても、まずは捕まえることを優先させるべきだ──っていうのが俺の考え」

 

 しかし、なのははかぶりを振る。

 

「ウィルさんが正しいってことはわかります。でも、おかしいって思うかもしれないけど、わたしはあの子が悪いことをしているとわかっていても、それでも話をしたいんです。戦うのもぶつかり合うのも仕方がないことかもしれない。でも、その前に話し合えば、もしかしたら戦わなくても良くなるかもしれないから」

 

 ウィルとなのはの意見は相いれない。信条や思想面では相手の意見を変えることができないと考え、話し合うということの実現性に話を転換させる。

 

「あの子とはもう二度も戦っている。それなのに、次に出会った時にいきなり話し合いたいって言っても信用されない。それ以前に、俺は武器にしているデバイスが壊れてしまったから、あの子と戦ってもおそらく勝つことはできない。目的が相反する者たちの交渉や話し合いは、お互いに対等な立場、対等な力を持っていないと成り立たないんだ。そして、今のおれはあの子と対等じゃない。話し合いはもう無理だよ。だから諦めてくれないか?」

「それなら、わたしだけで出るのはどうですか。わたしは弱いけど、まだあの子と戦ったわけじゃないから、もしかしたら話を聞いてくれるかも……」

「危険すぎる。なのはちゃんの機動力だと、もし相手が襲ってきたら逃げることもできないよ」

「危険でもかまいません。わたしは、あの子とちゃんとお話しがしたい──ううん、わたしが無理なお願いをしてるんだから、わたしだけ安全なのはだめだと思うんです」

「……なるほど、頑固だ」

 

 士朗たちに信用してもらったという義理があるため、ウィルはなのはの意見を無碍にはしたくない。しかし、不可能なことをさせるわけにもいかない。なのは一人ではどうやってもあの少女には勝てない。いくらなのは本人が望み、親の許可が出ているとはいえ、説得できるというわずかな可能性にかけて死地に放り込むのは、逆に義理を踏みつけて肥溜めに放りこむような行為だ。

 それに少女に加え使い魔もいる──と、ウィルに一つ案が浮かんだ。妙案にはほど遠いがまだ可能性のある案だ。

 

「なのはちゃんの目的は話し合うこと……少し譲ってくれるなら、話し合いの場を提供できると思う」

「本当ですか!?」

「これからは一緒に行動しよう。そして、あの子とその使い魔に遭遇したら、まずはなのはちゃんが話しかければ良い。もしも話し合えずに戦いになった場合は、俺が使い魔と戦うから、なのはちゃんがあの子と戦えば良い。今のなのはちゃんではどうやっても勝てないけど、ジュエルシードが取られないように守り続けるだけなら、訓練すればできるようになるかもしれない。なのはちゃんはそうして戦いながらあの子を説得し続ければ良い」

「わ、わかりました。頑張ります!」

 

 なのはは自分の考えが採用されたと思って喜ぶが、これで終わりではない。

 ここから先はわざわざなのはに話す必要はない。昨日までのウィルなら、なのはには言わず、実戦でこっそりとやっていた。が、仲間に腹の内をさらさない愚かさを味わったばかりのウィルは、続きを話し始める。

 

「まだ終わりじゃない。その間、俺は俺で使い魔を倒すつもりだ。なのはちゃんがあの子を説得できれば良いけど、そうでなければいつかはやられてしまう。なのはちゃんがやられたら、次は俺がやられる番だ。だから、俺は使い魔を倒して、その身柄を取引材料にして、あの子を無理にでも交渉のテーブルに着かせるつもりだ」

「人質にする……ってことですか?」

「そうなるね。だから、相手がこちらの呼びかけにまったく答えてくれない時のために俺がそうすることを受け入れてほしい」

 

 最善(ベスト)を志すのがなのはの希望であるなら、ウィルの提案は最善がうまくいかなかった時のために用意しておく次善(ベター)、というのはおこがましいかもしれない。せいぜい三番目か四番目あたりだろう。

 

 なのはは目を閉じて悩む。お互いに何も言わず、ただ庭から聞こえるししおどしの音だけ部屋に響く。

 ししおどしの音が十を超えた頃、なのはは決意とともに目を開く。

 

「わかりました」

 

 二人は顔を見合わせ、お互いにうなずいた。

 と、緊張感を崩すように、明るい声でウィルが言う。

 

「決意してくれた後で言うのは気が引けるけど、実は他に二つクリアしなきゃならないことがあるんだ。なのはちゃん一人であの子と戦っても、ほとんどもたない。そこでユーノ君もなのはちゃんと一緒に戦ってもらう。だから、彼ともお話しして協力してもらわないとね」

「は、はいっ!! ……そうだよね。ユーノ君も仲間なんだから、お話ししないとなの」

「もう一つは、あの子と戦えるようになるために、これから朝から晩まで訓練をすること」

「えぇっと……その間は、学校はどうしたら?」

「当然休んでもらうことになるよ。訓練時間は多い方が良い。それが嫌なら、残念だけど──」

「やります!! 大丈夫です!!」

 

 今度の返事はなのはらしい即答だった。

 

 

 

 

 その後、はやてと共にユーノが見舞いにやって来た。

 ユーノになのはと共に闘ってくれるかと尋ねたところ、自身が戦うということよりもなのはが戦うことについてひと悶着があった。

 しかしユーノもなのはの熱意には勝てず、最後には協力することを約束した。

 方針が一致したところで、ウィルたちは高町家と月村家にあらためて事情と今後の予定を説明する。ウィルたちが話し合っている間に士郎が説得してくれたのか、両家とも強く反対するものはおらず、なのはが自ら意思表示をおこなうと、みなそれを認めた。

 学校も一週間という期間限定だが、休んでも良いと許可が出た。高町家もほとんどが何かしらの実戦を経験しているらしく、だからこそ戦いに臨むにあたって中途半端はよくないという考えのようだ。

 

 

 その夜。ウィルは旅館の廊下から、森を眺めていた。昨夜の戦いが嘘のように、森は夜の闇に沈んでいる。

 宿泊客の中に、金髪の少女と赤髪の女性はいない。彼女たちは宿泊せずに海鳴に帰ったのだろう。ウィルたちも翌日の朝には帰る予定だ。集まったジュエルシードはまだ半分ほど。少女たちとはいずれ出会うことになるだろう。

 

 廊下の床がきしみ、音をたてる。発生源に視線をやると、高町夫妻が立っていた。彼らはウィルに近づくと、多くを語らずに「なのはをお願いします」とだけ言い、年下のウィルに頭を下げた。

 なのはは両親から愛されている。これだけ優しい子なのだから当然だ。

 

 望郷に駆られ、亡き父や故郷の養父のことが少し恋しくなった。

 

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