月村邸とは比べるまでもないが、高町家も一般家庭にしては相当に大きな家だ。
高町夫妻が経営する喫茶店翠屋は商店街の一角に位置し、高町家はその近くという良い立地条件でありながら広い敷地を持っている。一軒家は五人の家族それぞれに個室を与えてなお余裕があり、庭には池、敷地内に小さな道場が建てられている。
そんな高町家のインターホンの前に人影が二つ。ウィルとはやてだ。
なのはの特訓は温泉旅行から帰ったその日から始まり、今日で四日目になる。
ウィルが朝から晩まで高町家に入り浸るのはその一環だが、はやても一緒についてきて高町家の家事や翠屋を手伝っている。「うちの居候がお世話になってるんやから、このくらいせんとあかんよ」と笑って言うはやてに、ウィルはさらに頭が上がらなくなってきた。
なのはは午前中にはユーノによる座学。午後からは魔力運用とサーチャーと誘導弾の練習。そして晩にはウィルを相手に実戦形式で対空戦魔導師の戦い方を学んでいる。
一方ウィルはといえば、なのはを直接指導する晩まではもっぱら恭也と組手に明け暮れている。
数日の特訓がどれだけ役に立つのかはわからない。ジュエルシードが海鳴に落ちてからもうじき一ヶ月が経過する。管理外世界とはいえ、管理局の部隊が来てもおかしくはない。
やって来た部隊が、現在進行形で法を犯し続けている少女に対して話し合いをしたいという考えを許すとは思えないので、特訓自体が無駄になる可能性も高い。
それでも、無駄かもしれないから何もしないでおこうと思うほど彼らは諦めが良くなかった。
だから、今日も今日とて少年と少女は特訓を続ける。自分たちが望む未来を引き寄せるために。
床を蹴る音、手足が風を切る音が、木造の壁で反射して道場中に響き渡る。
対峙するのはジャージ姿のウィルと恭也。
互いに武器は持たず素手での組手だ。
ウィルが武器として用いるアームドデバイスF4Wは先日の戦闘で故障して、代替部品のない現状では修理の見通しはたっていない。
壊れていないハイロゥの方は、飛行能力の底上げという限定的な機能に特化しているため代用にはならない。
デバイスの補助がなくとも、空戦と近接戦に必須であり恒常的に行使し続けるタイプの魔法──飛行や身体強化のような魔法は問題なく使用できる。
反面、使用頻度の低い魔法は完全に頭に叩き込んで身に染み付いているわけではなく、使用不可とまではいかないが構築の精度と速度は明確に落ちる。具体的には、元から牽制程度にしか使わない射撃魔法、回避を優先するせいでそれほど使わないシールドなどだ。
つまり今のウィルが戦うとなれば、徒手空拳での近接格闘しかない。
素手での戦い方を知らないわけではない。
士官学校においても、配属後の訓練でも、前衛の魔導師ならばデバイスを用いない格闘や捕縛術に関しては一通り教え込まれる。
だが普段から頻繁にする戦い方ではないので、その距離感での勘が錆びついているのも事実。
恭也との組手は教えを請うためではなく、勘を研ぎ澄ませて己を最適な状態に持っていくためのものだ。
そもそも、ウィルはまだ若いが幼い頃から訓練を積み実戦もそれなりに経験している。いくら恭也が武術を修めており実戦経験もあるとはいえ、これだけ平和な国では機会もそれほど多くないはず。だから案外あっさりと自分が勝ってしまうかもしれない。怪我をさせるのは申し訳ないから最初は少し様子見で──という侮りは、組手が始まった瞬間に覆された。
恭也の動きは魔法を使っていないとは信じられないほどに速く、初戦は一瞬で決着がついた。
静から動、動から静への切り返しという瞬発力。そして相手の動きを見極めて動きを変える対応力──反応速度が優れている。
恭也の体には武術の動き──型が染みついている。どうすれば相手の隙をつけるのか、相手の攻撃をどう返すのか。体系化された戦闘の行動様式を、思考せずとも体が勝手に動くほどに身体に覚えこませている。その上で状況に応じて臨機応変に対応する機転も持ち合わせている恐るべき実力者だ。
初日に八神家に帰ってから、自分が侮っていただけでこの世界の武闘家はあのくらいが平均なのかもしれないと考えて、ネットでいろいろと検索した出した結論は、この世界の武術水準ではなく恭也の方がおかしい。
なのはの姉の美由希も恭也に等しいの実力者で、父の士郎は二人を遥かに上回る達人らしい。そして三人とも徒手空拳はついでで、得物を使うのが本来の戦闘スタイルだという。あの一家がおかしい。
ともあれ、鍛え上げられた異常な技量を上回るには、技が想定していない異能に頼るしかない。
ウィルは恭也の前蹴りを避ける。強引に跳び退いたせいで体は床から離れ、重心が浮いてしまう。追撃されれば、避けるどころかろくな反撃もできない。地に足がついておらず、腕や足の力しか使えないようでは、速度も威力も足りなさすぎる。
詰みの状況でも恭也は追撃しない。ウィルの異能──
魔力を運動エネルギーに瞬時に変換し、それによって肉体を強制的に動かすことで、いつでも、どんな状況でも、溜めもなしに、全力以上の力で体を動かすことができる。そんな相手に対しての不用意な追撃は、逆に自らの首を絞めるはめになる。
足が床についた瞬間、ウィルは前へと大きく踏み込みながら右の直突き。回避した恭也に、左拳による二撃目。
恭也は紙一重で回避し、ウィルが拳を引く前に懐に入ろうとするが、そこにウィルの三撃目──再度の右拳が放たれた。
肉体駆動によって拳を前へと
格上の魔導師であれば、強固なシールドを張って拳の雨に耐えながら突破するなど、魔力の差というというスペックの違いで強引に対処されることもありえるが、魔法が使えない恭也では対応不可能。
という普通の思惑が通用する相手ではない。
恭也はウィルの右拳が伸びた瞬間を見極め、伸びた右腕を掴みとりひねる。流れるようにウィルの右外側に回り込み、左手でガラ空きのウィルの肝臓に突き刺さるような一撃を撃ちこんだ。どれだけ体が自在に動かせるとしても、人間の体の構造を越えた動きはできないので、その一撃を防ぐことはできない。
苦痛に硬直した瞬間を狙い、恭也が掴んだままの右腕をさらにひねる。そのままウィルの体は一回転。板張りの床に叩きつけられた。
「やっぱり勝てませんね。自信をつけるためにも、せめて一回くらいは勝ちたいなぁ」
組手の後、先ほどの一戦の検討を終え二人は道場の端に座り込んで休憩していた。
「初めの頃に比べれば動きは良くなっている。その年齢でそれだけできれば上出来だ。最後の攻撃にはひやりとさせられたしな」
そう言いながら恭也は用意してあったスポーツドリンクをウィルに投げ渡す。
「ありがとうございますって言いたいところですけど、俺は肉体駆動がなかったら手も足もでてませんからね」
「それを言われると、こっちはウィルに魔法を使われたら勝てなくなる。正直に言えば悔しさもある。鍛えてきた技が通用しない世界があることも、妹が危険な目にあいかねないのに何もできないことも」
組手でのウィルは身体強化系の魔法を一切使っていない。唯一の例外が肉体駆動だが、それでも身体強化をおこなっていない素の肉体で耐えられる程度に出力を調整した、限定的な使用にとどめている。
魔法を使ってしまうと肉体のスペックが異なりすぎて訓練にならないから。
ウィルが得意とする高機動近接戦では、バリアジャケットによる慣性制御だけでなく、強化魔法による身体強化も高いレベルで修めている必要がある。強化が不十分な肉体では、高速で接近して相手を切った時の衝撃で自分の腕が吹き飛ぶという笑えない事態も起こり得る。
身体強化を使えば、ウィルの肉体は拳で軽々とセメントを砕き、踏み込みの反動で道場の床を貫き、恭也の拳を受けても身じろぎ一つしないだろう。
ウィルに限らず、魔法によって強化された近接魔導師はもはや人類という種の限界を軽々と凌駕した超人だ。
恭也ほどの技量があれば、並の魔導師が相手なら得物を持ち室内のような閉所など有利な状況に持ち込めば勝ち目もある。
それでもAランクより上の魔導師は、生物としての出力が違いすぎる。魔法という力を持つ者と持たざる者の差は、非常に大きい。
「ま、そういうわけだからウィルの特訓相手として貢献するさ。きっちり強くなってもらうぞ?」
「望むところです。次こそ一勝をもぎとってみせますよ」
二人とも見合って、鮫のように笑った。
互いに思惑はあれど、それ以前に二人とも戦うこと自体が嫌いではない。むしろ組手程度なら楽しいと感じるくらいにはバトルジャンキーに足を踏み入れている。
同じく午前中。
薄いピンク色を基調に暖色系で整えられたなのはの部屋は、かわいらしくありながらも、過剰な装飾や派手な色彩は用いられていない。よく観察すれば、物の選定から配置に実用性を重視していることがわかる。
大きな格子窓から入る朝日が部屋を光で白く漂白している。なのはは窓際の学習机に向かい合い、ユーノの魔法講義にうんうんと唸り声をあげていた。
やがてぐでんと机に突っ伏し動かなくなる。机の上に乗っていたフェレット姿のユーノは、その様子を見てどうしたものかと困り果てる。
「もう疲れたの……」
なのはが先ほどまで解いていたのは数学の問題集だ。ユーノの授業は魔法の原理の説明や、魔法プログラムを構成するための基礎知識を教えている。そして、そのプログラムを組むには数学的知識が必須であり、なのははユーノ手製の問題集を解かされていた。
なのはは理数系が得意科目で、算数の成績にいたっては学年でも上位数名になるほどだが、それはあくまで算数。ユーノが教えている内容はそれをはるかに超えている。
数学があれば宇宙人とだって対話できる──とは誰が言ったかは知らないが、地球とミッドチルダでも数学に本質的な差はない。それでも時折地球にない数学記号が出て来て、なのはをよりいっそう困惑させる。
ついに、なのはの頭はオーバーヒートを起こした。
「しっかりしてよ、なのは。まだ朝だよ」
「その朝が一番つらいの……ねぇユーノ君、理論がわからなくても、魔法は使えるんだから、もういいんじゃないかな。それより、もっと魔法の練習をした方が──」
ユーノは首を横に振って、それを否定する。
「確かになのはの魔法構築能力はすごいよ。レイジングハートの補助を受けてるとは言え、いきなり砲撃魔法や飛行魔法を使えたり、あまつさえ感覚だけでプログラムを改変したりね。ここまで自在に構築できるなんて天才だと思う。でも感覚だけでやっているからなのはの魔法には無駄が多い。原理原則を理解できれば、今よりもずっと魔法がうまく使えるようになるから」
「……わかった、頑張る。でもその前に──」
なのははうつむいた顔を上げると、ユーノをおもむろに掴んだ。
「ちょ、ちょっと! なにするんだい!?」
「疲れた頭を治すために、ユーノ君に癒してもらおうと思って。……ああ、お腹の毛が柔らかいの」
そう言うと、なのははユーノの体をなでまわし始める。
「ちょ、やめて……アハハハハハ、くすぐったいよ」
両手でわしゃわしゃとユーノをもふる。されるユーノも、弱いところに触れられてしまったのか、笑ってまともに呼吸もできない。
しばしの間、なでまわし続けたことで、なのはも癒されたようで、頭がようやく正常に動き始めた。
正常に戻ると、なのはは先ほどの自分の行動を思い出して硬直した。フェレットの姿をしているとはいえ、ユーノは元は人間だ。それをなでくりまわしていた、というのは男の子の体をまさぐっていたということになる。
(わ、わたし、ユーノ君のおなかを……)
人間の姿のユーノのお腹を直接触る自分の姿を想像してしまい、急速に立ち上ってくる恥ずかしさに顔を朱に染める。
急に大人しくなったなのはを不思議に思い、ユーノが声をかける。
「どうかした?」
「なんでもない! なんでもないの……そ、そういえば、どうして勉強の時のユーノ君はフェレットさんのままなの?」
なのはは話題をそらそうとして、適当な質問をする。しかし、その質問を受けて今度はユーノが言い淀む。
人間だとばれて以来、ユーノは高町家では人間の姿でいることが多い。食事時は今まで通りフェレット姿でいることで食費を減らそうと思ったのだが、なのはの母親である桃子に「子供はしっかり食べなきゃ」と言われて以来、人間の姿で人間の食べ物を食べている。ちゃんと風呂にも入るし、寝る時も空いている部屋に布団を敷いて寝ている。
時折、桃子や美由紀がなでたいという時はフェレットになるが、それ以外では人間の姿だ。
だからフェレット姿でいるのはかなり限定的な状況だけ。そのうちの一つが、なのはへの講義時だ。
きっかけは些細なことだった。講義を始めたばかりの時は、今のようになのはは机に向かい、ユーノ手製の問題を解き、人間姿のユーノは横に座ってなのはの答案を覗き込みながら指導していた。
そうして何十分か経って、ふとユーノが横を向くと、なのはの横顔がすぐ近くにあった。そして思った以上に自分たちが密着していたことに、今さらながら気がついた。
少し開けた窓から入った風がなのはの髪を揺らし、ツインテールがユーノの頬をなでた瞬間、なんだか気恥ずかしくなってしまい、とっさにフェレットに変身してしまった。
それ以来、なんだか並んで勉強を教えるのが恥ずかしく、フェレット姿で机の上にのって指導している。
そんなことを正直に言うわけにもいかず、適当にごまかす。
「この姿の方が怪我の治りが早いからね。変身魔法は変身後の生物の姿、その理想的な健康状態を保とうとするから、回復効果が強いんだ」
魔法の説明はともかく理由は当然ごまかしである。そもそもユーノの怪我はもう治っている。
「そうなんだ……わたしも覚えてみたいな」
「あんまりおすすめはしないよ。動物への変身魔法は覚えるのに時間がかかるし、古代の魔法をミッド式でエミュレートしているだけで、原理にはまだわからないところも多いんだ。僕は遺跡の調査で、人が通れないような狭いところに入る必要があったから覚えたけど、普通の人にはあまり使い道のない魔法だよ。悪用して、潜入とか監視に使う魔導師もいるから、覚えているとあらぬ疑いをかけられることもあるし」
ユーノの変身魔法トランスフォームはスクライア一族に伝わる魔法で、今は使われなくなった遺失魔法の一種であるという。人間の肉体を完全に動物のものに変化させ、その上で思考能力や記憶は人間のままにするという、変身魔法の中でもかなり異質なものだ。
デバイスの収納機能と同じように、自己の肉体を量子化して保存しているのではないかなどと、そのシステムは諸説あるが、いまだ正確なところはわかっていない。
解析が完全でない魔法を使うのは危険だが、別にユーノに危機感がないわけではない。一般的に使われているような魔法の中にも、このように原理はわからないが実際に使えるのだから利用してしまえというものが多くある。
「でも、変身魔法って一番魔法少女っぽい気がしてちょっと憧れる。魔法少年ラディカルユーノ、はじまります」
「大丈夫? 何かおかしな電波でも受信した? とにかく、今はあの子と戦えるようになるために、できることをやっていこうよ。他の魔法が使えるようになりたいなら、この事件が終わった後にでも教えるからさ」
「そうだね。それじゃあ、勉強の続きをよろしくね、ユーノ君」
「うん、一緒に頑張ろう」
二人は顔を見合わせ、自然に笑い合った。
『Sugary』
二人に聞こえない程度の音声で、ベッド脇の籠に入れられたレイジングハートはつぶやいた。
夕刻。日が暮れるころには、ウィルたちは車で月村邸へ向かう。
実戦形式の訓練は、月村家の上空で行われる。
広大な私有地は街から離れており、大部分は山林なので、空を飛んでも誰かに見つかることはない。
市街地でも結界を張ればいくらでも訓練はできるが、そうすると少女たちに感知される危険性がある。結界を張ったせいでそこにジュエルシードがあると勘違いされて乱入されては厄介だし、こちらが集めたジュエルシードを奪おうと襲撃してくる可能性もある。
理由は何にせよ、特訓で消耗しているところに乱入されてしまうのは非常に危険だ。
それに比べて、月村邸周辺なら一度ジュエルシードが見つかった場所のそばなので、少女が今さらこの周辺を捜索に訪れる可能性も少ない。
バリアジャケット姿で森の上空に浮かぶなのはの両足には、桜色の光の翼が輝いている。なのはの手のひらほどの大きさのかわいらしい翼は、飛行時の姿勢制御をおこなうスラスターとして機能する。
まずはなのはに基本的な飛行機動を繰り返させる。
仮に飛行魔法の制御に失敗して落下するような羽目に陥っても、待機しているウィルか、フェレット姿になってなのはの肩につかまるユーノがリカバリーする手筈になっていた。
そんな助けなんていらないとばかりになのはは飛び回る。初日こそぎこちなく、空を飛ぶことへの脅えもあったなのはだったが、みるみるうちに空になれて今や地上にいる時以上にのびのびとしている。
その感覚はよくわかる。
空は自由だ。飛行魔法とバリアジャケットにより、重力その他の外力から解き放たれた状態からは、人によって全く異なる二種の反応が得られる。
怖く、心もとないと感じる者。
せいせいして、自由だと感じる者。
ウィルは後者だった。おそらくなのはも同じなのだろう。空戦の適正があるのは、得てしてこちらのタイプだ
地上では多くのしがらみがある。知らず知らずのうちに絡みつく鎖もあれば、自ら縛られることを望んだ鎖もある。縛られた現状に不満があるわけではないが、それでも飛行している時に感じる全ての束縛から解放されたような感覚は、心の内に積もった澱を洗い流してくれる気さえする。
やがて、なのはは予定していた飛行機動を全て終え、ウィルの前へとやって来た。
「飛ぶことにはもう慣れたみたいだね。魔法だけじゃなくて、こっちの才能もあるみたいだ」
「そうなんですか? 言われた通りに飛んでただけなんですけど」
「空を飛ぶための飛行魔法はそれほど難しくないんだけど、空を自在に飛びまわれるようになるには普通はかなりの練習が必要なんだよ? なれない内はいろいろと問題が起こることもある。飛行魔法によって擬似的な無重力状態になるせいで、空間認識の喪失が起こったりとかね。まぁ、なのはちゃんの場合は、何かあったらレイジングハートかユーノ君がなんとかしてくれるから心配いらないよ」
『Of course.』
「任せてください」
一機と一人の頼もしい言葉を聞きながら、ウィルはなのはたちと距離を取る。
「さて、それじゃあ、試験といこうか」
ウィルの宣言に合わせて、なのはは十数個のサーチャーを夜空に配置する。
「これからやるのはあの子の高速移動に対応する訓練兼試験だ。これの出来次第では、あの子との戦いを許可できなくなるから、緊張感を持ってやるように」
「わっ、わかりました!」
「あの少女の攻撃の中でなのはちゃんにとって最も驚異的なのは、高速移動からの近接攻撃だ。高機動戦の経験がないなのはちゃんだと、多分彼女の動きを見ることはできないと思う」
「そのためにこのサーチャーを使うんですね」
ウィルは事前にサーチャーのちょっとした応用をなのはに教えていた。それが役にたつかは半々というところだが。
「それじゃあ、行くよ」
ウィルが合図すると、なのはが逃げ始めウィルがそれを追いかける。いわゆる鬼ごっこ。
本気で追えば捕まえることは簡単なので速度は抑え目。それに普段の飛行では捕まえないという制限をかけている。ウィルがなのはを捕まえることができるのは、ハイロゥを用いた高速移動中だけだ。
この訓練は、あの少女の高速移動からの攻撃を避ける訓練だ。
ウィルはハイロゥの出力を調節し、少女の高速移動と同程度の速度で突然移動する。直進ではなく、一旦なのはの視界から外れるように右に移動し、それから下に回り込み、最終的に下方から接近し、なのはの足を掴もうとする。
「レイジングハート!」
『Flash Move』
両足の翼に魔力が注ぎ込まれ、大きさを増す。魔力は推進力となって、なのはの体を一瞬で左に三十メートルほど移動させる。
高速移動魔法、『フラッシュムーヴ』
夜の森で、なのはがウィルと少女の間に割り込んで来た時にも無意識で使った魔法を、ユーノとウィルの監修を受けて、なのはが自分の力で一からプログラムを組み直した魔法だ。
少女の高速移動と同様に連発できない上、移動距離も大したことはない。それでも瞬間的な加速能力は高く、回避に用いる分には申し分ない性能を誇る。
「良い感じだ。それじゃあ、どんどん行くよ」
ジュエルシードが発動したのは、その二日後の夕方、時刻も七時になる頃。ちょうど高町家から月村邸に向かおうとした時だった。
ウィルはなのはとユーノに声をかける。
「二人とも、体と魔力に異常はない?」
大きくうなずいた二人を見て、そして昨日の訓練結果を思い出し、ウィルも満足そうにうなずく。
「それじゃあ、ユーノ君。お願い」
ユーノはバインドを応用して三人の身体を連結。さらに小規模な結界を張ることで人目をなくしてから、ウィルは空に飛び上がった。バインドで連結されたなのはとユーノも、そのまま牽引される。
地上からでは目撃されない高度まで上がった後は、結界を解除し目的地に向かう。
三十秒もせずに目的地の上空にたどりついた。周囲は雲が立ち込め、雷が響き始めている。ユーノが再度広域結界を張ると同時に、ウィルはそのまま地上に降下した。
三人が降り立った場所はビルが立ち並ぶオフィス街の間にある少し大きな道路上。結界が張られているので、人っ子一人そこにはいない。結界の主が許したものと、高い魔力ゆえに結界にあらがえる者以外は。
少し離れた所には、すでに封印されたジュエルシードが浮いている。
その向こう側には、金の髪を風になびかせる少女とその使い魔の姿があった。