蕎麦屋の黙示録   作:西風 そら

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~ 二枚目 ~

 お天道さんの中心のイギリス青機関車の丸顔が、先程から黙りこくっている。

 

 おい、と話し掛けても、半眼のまま微動だにしない。

 へそを曲げたのか? 

 うーん、こいつもアリ物で営業せねばならぬ苦労があるのだろう。開発と現場の風通しが悪いのはままある事だ。

 どうせ一回死んだ身なんだし、こいつの営業成績のひとつになってやってもいいんだよな……

 実はこういう情に流されやすい所も自分の欠点で、そちら方面でも妻によく叱られていた。

 

 そんなこんなと考えていると、妙な音に気付く。

 

 ジーコン、ジーコン、パララララ・・・

 

「……??」

 

 ATM記帳のような機械音は、顔の内側から聞こえる。

 立って近寄った所で、いきなり丸い目がカッと見開いた。

 

――ありました、ありました! ご希望に近い特典が――

 

 もうちょっとで尻餅をつく所だった。

「び、びっくりした。まだ特典とやらにこだわっていたのか」

 

――当たり前です。貴方様に『心からの満足を生み出せる特典』を授けてこちらの失態を相殺して頂くまでが、私に与えられた必須業務なのです。こちらだって後がないんだ、氷河期に必死で資格を取ってやっとありついた就職先なのに――

 

「そ、そうか、何だか大変なんだな。非協力的ですまなかった」

 

――ご理解頂けて幸いです――

 

「しかし『心からの満足』かぁ。適当にお前さんに従って満足したフリをしてやろうと思っていたのだが、イカンのか?」

 

――イカンです。心から満足しないと左手のマークは消えません――

 

「分かった、努力しよう。で、何を思い付いたのだ」

 

――はい、貴方様のご希望……元の世界にお戻しする事自体は可能なのですが、元世界用のチートスキルはございませんし、感染症に侵された世界です。そんな場所では到底満足は得られませんよね――

 

「うむ」

 

――さっき『元世界に戻す場合のマニュアル』を検索してみたのですが――

 

 彼なりに努力してくれていたのか。まあ資格を取ったというからそれなりのノウハウはあるのだろう。へっぽこなんて言って悪かった。

 

――『そもそも戻すといっても致命傷を負った時点では意味がない、少しズラして、死亡に至った事件なりを回避出来る時点にお戻しする』と書いてあったのですが――

 

「むむ?」

 

――そのダイヤルをググってみたら、めっちゃ目盛りが多くて……要するに、かなりの過去まで戻れるのです。そちらの時間でだいたい255日程度――

 

「なんだって!!」

 

 それって何か月も時間を遡れるって事だろ、凄くないか? ってか、最初に言えよ、知らなかったのか、今知ったのか。こいつ、営業マンのくせに自分の提供出来る商品を把握していなかったのか。やっぱりへっぽこじゃないか。ああ、適当なゴタクを並べられて妥協で異世界バリューパックを掴まされた過去の客が気の毒すぎる。

 

――あの、それが特典って事で宜しゅうございますか? そろそろ時間ぎれなので――

 

「お、おぅ」

 時間制限があるのなら、それこそ最初に言え。

 まあでも粘った甲斐があった。255日前なら、感染症がまだ発生地域から広がっていない時期だ。

 

「分かった、手を打とう」

 

――承りました――

 

 青機関車の顔がまた止まった。ジーコンジーコンいっているから何らかの操作に入ったのだろう。

 255日前か。自分は何をしていたっけな。

 

――準備出来ました。少し眠くなりますが、いきなりひっくり返ったりはしない安全な時点に微調整しましたのでご安心ください。ではご機嫌宜しゅう――

 

「おぅ、ありが……と……」

 

 自分の声がぼやけ、意識が遠退く。

 

――頑張って作って下さいね、ご自身で要求された『感染症が広がらなかった世界』。そこで『満足』を得られ……貴方…は…消滅………………――

 

・・・え・・・・・・

 

  ・・・・・・・・

     ・・・・・・・・・・

 

―――― ゴチン ――――

 

 白木のカウンターに思い切り額をぶつけた。

 

「後出しにも程があるだろ!」

 資格持ち(エキスパート)じゃなかったのかっ?

 

 まだもうろうとしているが、ここが自分の店なのは分かった。

 自分はカウンター椅子に座って眠かけ漕いでいたのだが、戻って来た拍子に頬杖から頭を落っことしたらしい。

 窓から入る陽の様子だと、今は昼過ぎ? ランチ営業が終わった休憩時間か。

 子供の元気な声が外を駆け抜けて行く。学校が機能しているんだ……

 

 一瞬、すべてが夢だったのかと思った。お天道さんと話した白い空間だけでなく、新型感染症その物も、ただの悪夢であってくれたかと。

 だがそっと開いた手の平に、自然には絶対に出来ないお天道さんマーク。

 傍らの新聞に『某国で未知の感染症、新型インフルエンザか?』『人→人感染は無し(WHO発表)』の文字。

 溜め息と共にもう一度カウンターに突っ伏した。

 

 新聞の日付は、強盗に遭った日から8ヶ月ちょっと前。

 望んだ通りに送ってくれたのだろうが、伝達能力が低すぎる。

 

 『感染症の広がらなかった世界』を実現して満足出来ねば、取り敢えず自分も消滅するんだな、うん、分かった。

 

 あたふたしてもしようがない。

 確かにこれは、自分自身が一度他人に要求した事なんだ。

 

 頬をピシャリと打って立ち上がった。

 

 

 

 

 

 

 

 

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