蕎麦屋の黙示録   作:西風 そら

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~ 三枚目 ~

「何年か振りに連絡して来たと思ったら、何だそりゃ」

 

 受話器の向こうの寝ぼけた声がぼやく。

「あちらの国で感染症が騒ぎになっているのは知っているよ。でもあれ、風邪に毛が生えたような物なんだろ? それが数ヵ月で世界中で大恐慌を引き起こすって?」

 

「いや、もしそうだとしたらって話だよ。もしも自分だけがそれを知っていて、今から備える必要があるって社会や行政に強く働きかけるには、どうしたらいいんだろって、空想の話」

 

「何だよ、堅物のお前らしからぬ発想だな。一念発起して小説でも書く気になったか? 俺の出す賞には応募してくれるなよ」

 

 今電話しているのは、若い頃からの悪友だ。現在は小説家志望のフリーター。

 少しだけバイトに雇った事もあり、態度はでかいが仕事はケジメを付けて真面目に働く奴だった。

 自分と違って頭が柔軟で、こういう事に長けていそうだったから、つい一番に頼ってしまった。

 

「何にしても期間が短すぎるな。現ジョブが蕎麦屋の親父だし、いくら蕎麦のレベルがssでもなぁ……うーん」

 

 何を言っているか分からないが、いきなり電話して突拍子もない事を聞いているのに、真剣に考えてくれている。何ていい奴なんだ。

 

「預言者にでもなってみるか」

 

「預言者……」

 

「うん、先の事が分かっているのなら、その感染症が今後どこでどうなるかを、具体的にツィッターとかインスタグラムに上げておくの。タグいっぱい付けてね。上手くバズって世間の信仰を得られれば、ワンチャンあるんじゃないかな」

 

「えっと……つぃった? いんすたんと?」

 

 慌てて壁のカレンダーにメモを取る。

 本当にさっぱり分からん。

 

「まあ確かに面白い設定ではあるわ。これからバイトだから、夜にまた電話して貰っていいか? プロットのコツを教えてやるよ」

 

「あ、ああ。分かった、ありがとう」

 

 単語は分からんが、言わんとする事はだいたい理解した。

 では自分は、世間から信用を得られそうな『預言の内容』をまとめておくか。

 

 カレンダーを外してカウンターに広げる。

「感染症関連でなくてもいいよな、えーと……」

 自分の情報源は、朝の新聞とたまに聞くラジオ、定期講読している『月刊蕎麦ライフ』、それと常連客のお喋りだ。

 

「事件事故……火事や犯罪はダメだな、妙な疑いがかかっちまう。偶発的な自然現象……スポーツの結果もありかな? ご隠居が史上何番目かの万馬券を取ったって騒いでいたな。ああ、この日だ」

 

 自分の記憶にある限りの預言になりそうな出来事を、カレンダーに書き込んで行く。

やがてスポーツネタはなくなり、重苦しい感染症関連が増えて行く。

 

「この、船が来た時にこうしていれば」

 思わず赤ペンを取って、その時自治体が下した判断に×を付け、後々新聞やラジオで言われていた対策を書き入れる。

 

「ここもこうしていれば」

「ここもこうしていれば」

 

 夢中で赤ペンを走らせる。

 春先のカレンダーは真っ赤になった。

 

 ひとしきり頭を使って一息付いた頃、何かが足りない事に気が付いた。

 何だろう、大切な事を忘れているような……

 

 もう一度傍らの新聞の日付に目をやる。

 

「あ……」

 

 

 電話がけたたましく鳴り響き、飛び上がって受話器を取った。

「お前かっ?」

 

「あら私の電話を待っていたの? ずっと話し中だったくせに」

 

「すまん、すまん」

 しばらく振りの妻の声に、身体が震えて何も考えられなくなった。本当に、何で戻って来てすぐに思い至らなかったんだ。今日の妻は、家で待ってはいなかったんだ。

 

「坊やに代わるわね」

 

「ま、待って」

 

「パパ――」

 

「!!・・」

 愛おしさに胸がはち切れそうだ。

 

「ひこーきのるのー。とっと(トーマス)もいっしょだよー」

 

 ひとしきり可愛い声に喋らせてから、受話器は再び事務的な女性の声に代わった。

 

「飛行機に乗る前にパパとお話するって聞かなくてね。ではね、お店頑張ってね」

 

「待て、待ってくれ、わ、私が悪かったっ!」

 

「…………」

 

「私が悪かったんだ、お前が怒るのは当たり前だった。謝るっ、すまなかった!」

 

「……いきなり何なのよ」

 

「喧嘩したまま離れたくなかったんだ……」

 

「ふうん、本当に自分でそう思ったの? 常連さんにでも入れ知恵されたんじゃない?」

 

「違う、自分で思い知ったんだ。お前がどれだけ掛け換えがなかったか。蕎麦が一番なんてあり得ない。あんな事を言った昨日の自分をぶん殴りに行きたい。ああ、もう一日多く戻れていたら……じゃなくてっ、とにかくお前がいなかったらどれだけ蕎麦を打っても虚しいんだよ……」

 

 受話器の向こうは無言だったが、こちらの声に反応する息使いは聞こえる。

 

「なにそれ必死すぎ……」

 半笑いの声は内容とは裏腹に、最初と違って温かかった。

 

「分かった、分かった、こちらも言い過ぎたわ。私も、ごめんなさい。でも里帰りは行って来る。飛行機のチケット取っちゃったし、元々そろそろお父さんお母さんに坊やの顔を見せに行きたいと思っていたの。お土産買って帰るから、ちょっとの間、待っていてね」

 

 ダメなんだ、それじゃダメなんだ!

 しかし今この状況で、どうやったら旅行を止めさせる事が出来る? 

 現実主義の妻に、未来から来た話なんか絶対に通用しない。考えろ、考えろ、どうしたら……

 

――あ~……――

 何だ? 受話器から妻以外の声。

 

――あの~、すみません――

 

「営業マン!?」

 

「なあに、誰か居るの?」

 

 妻の側に営業マンが居る訳じゃないみたいだ。

 電話回線に割り込んで来やがったのか? 何で今なんだ、勘弁してくれ。

 

――今ちょっといいですかぁ?――

 

「いい訳ないだろ、黙ってろ」

 

「何その言い方」

 

「いやお前にじゃなくて」

 

――やっぱり上に怒られちゃいましてね。いくら目盛りがあってもそんなに戻していい訳ないだろ、タイムパラナンチャラがばりばり起こりまくるじゃねーか、お前は阿呆かーって。マニュアルにはそんな事書いていなかったのに――

 

「い、今更何を」

 ダメだろ、こんな奴に資格を与えちゃ。どんな試験なんだ、ザルか?

 

「立て込んでいるみたいね、切るわね」

 

「待ってくれ!」

 

――早急にマニュアルどおりの時間にお戻しせねばならなくなって、まことにあいすみません――

 

「えええっ、そんな!」

 

「搭乗時間が来たから、じゃあね」

 

「まっ・・い・・」

 

・・・プツン・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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