兄弟子のおしごと!   作:如月屋

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はいみなさん、おはこんばんにちは。如月です。いやー...受験終わりました!また活動が再開できそうで嬉しい限りです。今までの低頻度運転を許してくださったみなさんありがとうございます!

それでは第六十四局初め!


第六十四局 名人の思考

ミーンミンミンミーンミンミン...この世で最も鬱陶しいコーラスを聞きつつ灼熱の太陽と日本独特の湿っぽい風を浴びて悠太は対局会場である二条城に到着した。

 

歴史的には大政奉還が徳川慶喜によって決されたという場所だが、将棋的に見れば電王戦が行われた場所でさらに人間が勝利を収めている。何かと縁深い場所ではある。

 

「一ノ瀬王座。今回の作戦は何かあるんでしょうか?」

 

「内緒で」

 

「名誉玉座を獲得して以降、初の玉座戦ですが?」

 

「今期も全力で挑む。ただそれだけです」

 

「弟弟子である九頭竜竜王との初のタイトル戦です。竜王は"最強"との呼び声高いですが?」

 

「天災が最強如きに負けると?」

 

「っ!い、いえ」

 

あまりの気迫というか殺気に記者は引き下がる。

 

「あいつが全力で挑んでくるなら全力で叩き潰す。それだけです。例え竜王だろうがなんだろうがそれはそれ。これはこれだ」

 

▲▽▲▽▲

 

翌日の朝、報道陣が詰めかける中で立会人の声がかかる。

 

「時間になりました。一ノ瀬玉座の先手で初めてください」

 

「「よろしくお願いします」」

 

▲2六歩...居飛車明示である。△8四歩。八一も当然のように居飛車を宣言した。そのまま歩は突き出され、相掛かりの局面が作られた。

 

玉座戦は元々、待ち時間の少ないタイトル戦であり割りかしポンポンと局面は進んでいく。

 

互いが互いを牽制し合い、その上で戦いが成り立っている将棋において、どちらが発火をするかというのはとても大切なポイントと言える。

 

その点で、今日の八一はかなり冴えていた。天災相手に積極的な攻めを見せ。天災の台風の目を確実に突き、実世界では晴れ渡っている台風の目と呼ばれる場所をスルスルと通り抜けていっているのだ。

 

一方の悠斗は完全に八一に抑え込まれていた。どれだけ進めても打開の一手が出てこず、ただの温帯低気圧に等しいその威力は天災の見る影もなかった。

 

▲▽▲▽▲

 

「あぁもう!なんでうちの師匠はこんなふうなのよ!」

 

そう憤るのは控え室にある天衣であった。自身の師匠は最近、中々相手をしてくれなかった。それはどれもこれもタイトル戦が多すぎのためである。

 

しかしながらいつもの悠斗らしいキレッキレの攻めや硬く絶対に破れない守り。ましてあり得ないほど深い読みなど全く見られない状況にいるのだ。それは天衣にとってももどかしく、またイライラするのに十分すぎるものだった。

 

「小童。静かにしなさい。兄弟子にも調子の悪い時ぐらいあるわ。それぐらいわかるでしょ?」

 

あまりのイラつき具合に銀子も動き、控え室はかなりの大混乱に陥った。

 

すでに互いは秒読みに入っており100手などもう超えてしまっている。かなりの長期戦になることが予想され、そのために多くの人は深夜に向けて体制を整え始めていた。

 

八一は悠斗の金、銀など多くの駒を持ちAIの予想でも勝勢という情報が出ていた。

 

実際、八一本人も勝ちを確信しておりもはや時間の問題と考えていた。それ故に八一は内心かなり浮かれていた。(あの兄弟子に。名人に勝てる)という心境は浮かれるのも無理ないものだった。

 

そして運命の△2六歩。この一手で八一は悠斗の飛車を取り、もはやこれまでといった空気が対局室や控え室を覆った。

 

「...」パチンッ!

 

▲2二銀打

 

「?」

 

八一は訳も分からずにその王手....八一にとっては悪あがきにしか見えない手を同金として取り返した。

 

すると悠斗はすぐに▲4三銀成と王手をかける。遠くから角が睨んでおり、同玉と移動する事はできない。

 

仕方がないので八一の玉は別方向に逃げる△2三玉

 

▲2四歩。王手である。

 

△同 玉。その駒を八一は取る。その手取りは凄まじく重くなっていた。

 

▲3六桂 △2三玉 ▲2四歩.....△投了。大逆転も大逆転。頓死である。

 

少し戻って八一が飛車を取った時。銀の後ろで睨んでいた角を八一は取ることが出来ていた。これを取れていれば八一は完全に勝つことができていた。

 

「.....」

 

「八一。あそこで、飛車じゃなくて角を取れば俺は投了してた」

 

「........はい」

 

「たしかに歩で飛車を取るか。角成で角を取るか。同じ一手でも確かにダメージが大きいのは前者だ。だけど、それは単純な計算しかしてない。いっておくが....今回は"狙って"これをやった」

 

「⁉︎そんな....」

 

「普通なら不可能だろう。でも、お前だからできた。お前は確かに強い。だけど、それ故にクソ単純なんだよ。もし、今のレベルで満足してるならそこで足掻いてろ。なーんにも雑音なんて聞こえない世界だろ?真っ白で、将棋盤だけがある世界。ちがうか?」

 

「....違いません」

 

「俺も初めてタイトルを取った時はそこだった。名人も。だけど俺、今は雑音ばっかだ。呼吸の声。駒の声...全部聞こえてきちまう。でも、それは全てを教えてくれる。だからお前が、この頓死筋に迷い込むって自信かあった。お前はぜーんぶ、名人()の思考の上で転がってたんだよ」

 

「.....」

 

「それで、『玉座』に座ろうとしたのか?片腹痛い」

 

「...」

 

「まぁ簡潔に言おう。もっと強くなりたいなら。もし、本当に名人を目指すなら。最強になりたいなら....現状に甘ったれてんじゃねーぞ、竜王」

 

「っ!」

 

▲▽▲▽▲

 

「と、まぁ。喝を入れるための第一局だった訳だ」 

 

観戦記の取材を万智から受けて一連のことを説明した。

 

「なんか....悠斗はんも鬼どすなぁ」

 

頓死なんて気づくことなんていくらでもある。プロ棋士たるもの、それに気づいてひやっとする事が普通にあるのだ。しかし、八一はタイトル戦という大舞台でそれをやった。

 

"悠斗のマジック"で片付ければ簡単だが、相当なダメージを悠斗は八一に与えたのだ。

 

「それだけ最近、あいつは調子に乗ってたんだよ。C級から一向に上がってこない。それで竜王が許される訳ないだろ。喝を入れたかったんだよ。あとは、まぁもっと強くなってほしいからな」

 

「全く...悠斗はん。もしこれで竜王サンの調子崩れたらどないするんどすか?」

 

「しらん。この程度で崩れてたら俺、何回死んでんねん」  

 

「それもそうどすなぁ」

 

「名人から『やりすぎ』ってお叱りを受けたけど、まぁ12時間耐久将棋をやれば許してくれる()」

 

「なんどすか?その、この世の全ての将棋を大釜で煮詰めた結果できた勝負みたいやで」

 

「12時間ぶっ通しでひたすら将棋をし続けるだけという世界最高のエキサイトスポーツ」

「頭おかしいとちゃいますか?」

 

「元からだ」

 

なお、将棋12時間耐久を本当にして将棋バカ(失礼すぎる)2人が仲良くダウンしたのは言うまでもない。




羽生先生、本当にやりそうで怖い()

次回もよろしくお願いします!

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