ありふれたRTAでラスボス撃破 タンクチャート 作:エチレン
またの名をありふれた日常ダイジェスト版。
ユエの朝は割と早い。
地球で言うのであれば七時には起床する。寝室が一つしかない故に同衾している相方はすでに布団から抜け出しており姿が無い。
「……むう」
手を隣に彷徨わせて、すでに温もりが消えている事を確認して唸る。
欠伸をかみ殺してベッドから抜け出すとどこからかうっすらと良い匂いがしてくる。
まだ少しぼーっとする頭をふらふらと前後させながらベッドルームを抜け、隣接した居住区に入ると良い匂いが飛び込んできて少しだけ目が醒めた。
すでにテーブルの上にはサラダやスープ、焼き魚などが並べてあり、いかにも出来立てですと言ったふうに湯気を立ち昇らせている。
キッチンには北条が立っており、ユエに背を向けて何やら作業をしているようだった。
気付かれないように、足音を立てないようにそろりそろりと忍び寄る。
「……んっ!」
体当たりをするように抱き着くが、体格差からか小動もしない。
そのまま背中にぐりぐりと顔を擦り付けていると、北条が手を止めて顔だけ振り返った。
「…狂いそうになる。やめておけ」
「んー……」
料理中は抱き着かれると手元が狂いそうになるからやめておけ、という意味だろう。
それを無視して北条の大きな背中にべったりと抱き着く。
ユエはこの背中が好きだった。大きくて、堅くて、暖かくて、自分の全てを乗せても揺るがない大木のような背中。この拠点で過ごすようになってからもう一週間が経つが、こうして背中に抱き着くのは日課のようになっていた。
「…朝ごはんはもう出来ている」
「……もう少しだけ」
「…寝ぼけているのか?」
辛辣にも聞こえる台詞を言いながらも何だかんだで振り払わない。
ユエを抱き着かせたまま無表情で北条は作業に戻ってしまった。
「……むぅ」
この一週間、お風呂に入っている所に乱入したり、寝ている所に薄着で圧し掛かったり、こうしてシャツ一枚で抱き着いたりしているのに一度も手を出されることは無かった。
もしや女性と認識されていないのでは? と訝しんだがどうやらそうではないようで、寝る時だって最初は「自分がソファで寝ようか」と提案してきたりと一応女性として扱われている…と思う。
「…終わったから席についてほしい」
作業が終わったようで、北条がお腹に回されたユエの手を優しく突く。
どうやら迷宮にあった果実でジュースを作っていたようだ。
名残惜し気に額を押し付けると、ようやっとユエは北条を開放した。
「……おはよう」
「…ああ。服はちゃんと着ろ」
今日もまた鉄面皮を崩せなかった。
しぶしぶ用意された服を着こむと席について朝食をとる。
「…いただきます」
「ん、いただきます……」
今日もご飯はおいしい。この一週間で使い方を覚えた箸で焼き魚をほぐしつつ(骨は抜いてあった。食べやすい)、北条の顔を見やる。
ユエは、自分の表情があまり動かない事を自覚しているが、北条はそれ以上である。
相変わらず何を考えているか分からない無表情だが、彼が割と感情豊かである事はすでに分かっているので、今となっては慣れたものだ。
だが、出会って最初の頃はあんまりだったと思った。
封印部屋で自分の事を洗いざらい話して必死になって助けてほしいと言ったら躊躇わず助けてくれた。
300年もの間ずっと暗闇で一人だったのだ。当然助けてもらったお礼はするべきだし、文字通り何をしてでも恩を返すつもりだった。実際にそう申し出た。
「…そうか。だが、俺がお前に期待することは無い」
「……えっ」
しかし返ってきた言葉がこれである。あまりにも辛辣な言葉だったのでユエは言葉に詰まった。
自分の事など眼中にないのかと落ち込んでいたが、その後巨大なサソリが降ってきて情け容赦なく攻撃をして来た時は、自分を置いて逃げても良かったというのに、身を挺して多数の傷を負いながら庇ってくれた。
北条が傷を負ったそばから治癒していくのを見てシンパシーを感じたのもある。
「……信じて」
だからこそ一大決心をして、嫌われる覚悟で吸血をしようとしたのだが、後ろ手で差し出されたのはマジックポーションの瓶だった。
「それは無理だ。これを使え」
「……えっ」
あまりにもあっさりとした拒絶。やはりこんな所に封印されていた自分の事など信じてくれないのか、としょんぼりしつつマジックポーションで魔力を回復してサソリを撃破する。
「…俺は行く」
「……ま、待って!」
その後、もう用は無いとばかりに部屋を出て行った北条を、着せてくれた白コートの裾を引き摺りながら慌てて追いかけると部屋の入り口付近で周囲を警戒していた。どうやら先行って魔物が寄り付いていないか確認をしていたようだった。
「……あ、あの」
「…何だ?」
「……わ、私も連れていってほしい……」
「分かった」
今度はあまりにもあっさりとした肯定。ユエにとってはわけが分らなかった。
表情も変わらず、何を考えているのかが分からない。
「この部屋は安全だが」
「……とりあえず……早くここから出たい……」
先ほどの戦いで北条は傷だらけだ。
体を休めたいはずなのに自分の我儘を聞いて、ヒールポーションを飲んで部屋の外に出てくれた。
もしかしたら意外と優しい人なのかも? と思っていると北条は腕を捲ってユエに差し出してきた。
突然の行為に首を傾げていると、じっと見つめてくる。
「……飲まないのか?」
「……いいの? ……さっきは……無理だって言ってた……てっきり嫌なのかと……」
吸血を拒絶されたのはつい先ほどだ。
てっきり嫌悪感から来る言葉だと思っていたが、今の北条の言葉からはそう言った感情を感じられない。
「…戦いで余裕が無かった。嫌ではない」
つまり、「(今は戦っていて余裕がないから)それは無理だ。(吸血されるのは嫌じゃないけど今は)これを使え」と言いたかったと。
ユエは頭が良いので、脳内で補完するのは難しい事ではなかった。
「……んっ、ありがとう……それじゃあ……」
吸血を嫌っていないのであれば躊躇う必要はない。
北条のガッシリとした腕をつかみ、口を開いて牙を突き立てて――。
「……首筋で……いい……?」
「…分かった」
腕が太くてユエの小さな口では目一杯開いても牙を突き立てる事が出来なかった。
最後が締まらなかったが、これが北条衛とユエの出会いである。
なんともちぐはぐなやり取りだったが、今となっては良い思い出かもしれない。
そう言う事にしておこう。
「……ごちそうさまでした……今日も良い……?」
「…ああ」
朝ご飯を食べ終わると、ユエはとてとてと座っている北条の元に近寄り、そのまま抱き着いた。
一日一回、朝ごはんの後は欠かさずにこうしてハグをしている……というわけではない。
ユエは北条が着ているシャツの襟をずらして、遠慮なく首筋に牙を突き立てた。
毎朝、朝ごはんの後はこうして血を飲ませてもらっている。
抱き着いて吸血している間、北条はユエの体がずり落ちないようにしっかりと支えてくれている。
まだ出会って一月と経っておらず、口数の少ない彼については知らない事が多い。
でも、優しい人だと言う事は分かる。だって、北条の血は特別に美味しいと言うわけではないが泣きたくなるくらい優しい味がするから。
……最初に飲んだ時に、飲みながら泣いてしまって、頭をよしよしされた事は内緒だ。
十秒あれば終わる吸血をたっぷりと一分以上かけて、一緒に皿洗いをした後は畑に向かう。
ここでは雨は降らないので、晴耕雨読という言葉とは無縁だ。
ユエは外に出るときは必ずフードの付いた白いコートを着る。
封印部屋で北条にもらったあのコートだ。
「新調しないか?」
そう言われたのは拠点に来て二日目の夜だった。
拠点には当然サイズは合わないが質の良い布地はある。
仕立て直せば今のものよりも上等なものが出来上がる事は分かっていたが、最初にもらった贈り物を手放したくなかった。
「……このままがいい……」
「…分かった。じゃあ脱げ」
「……!」
ユエは頭が良いので、脳内で補完するのは難しい事ではなかった。
そう、つまりこのコートの対価として『そういう事』をやらせてほしいと言いたいのだろう。
普通なら嫌悪感を覚えるような状態だがむしろユエはやっと来た、という内心だった。
(……そう、マモルも男の子……ようやくこの時が来た……!)
ここに辿り着くまで袖にされる事十回以上、ついに反撃の時が来たのだ。
今こそ自分の実力を発揮する時である。
「……先に寝室で待ってる……」
手を差し出す北条にコートを渡し、すれ違いざまに妖艶に微笑んでユエは寝室で待機する。
しかし十分経ち、二十分経ち、さらに時間が経っても北条は来ない。
まさか放置プレイ? と戸惑っていると、ようやく北条が入ってくる。
「……遅い」
「…そうか。出来たぞ」
女性を待たせるとは何事かと頬を膨らますが、北条は気にした様子もなく脇に抱えた白い物をユエに渡した。どうやら先ほど渡したコートのようだ。
訝しみながらも広げてみると裾がユエにとって丁度いい長さになっており、今までの戦いで解れた部分も修復されていた。
「……これは……?」
「着れるように仕立て直した」
「……えっ」
「…今日はもう遅い。寝るぞ」
そう言うや否や、北条はさっさとベッドに入って布団をかぶって丸まってしまった。
残されたのはコートを持って呆然とするユエだけである。
「……えっ」
つまり、脱げと言ったのはコートを仕立て直すから脱いで渡してほしいという意味で、自分が想像していた意味など全くなかったと。
勇み足だったとはいえ無駄に期待させられただけであった。
「……むーっ! むーっ!」
布団の上から北条を殴るがポスポスと柔らかい音がするだけで全く堪えてないようだ。
その日からユエの誘惑が始まったのだが、未だに成果は全く出ていない。
閑話休題。
拠点にある農場へ来た二人はまず、野菜の出来栄えを確認する。
「……んっ、今日もいい出来……」
「ああ、これなら十分だ」
土の魔法のお陰で一晩で野菜は収穫できて、土地の体力も枯渇とは無縁である。
地球の農家さん方々が見たら発狂しそうである。
北条が耕して種を蒔き、ユエが土魔法を使って育てる。
(……つまり、実質セ〇クス……)
ユエは頭が良いので、脳内で補完するのは難しい事ではなかった。
この一週間、あらゆる手を尽くしても手を出されなかった故に少し頭がおかしい事を考えながら昼前には農作業を終える。
農作業が終わった後は農場の片隅に作ってあるオスカー・オルクスの墓に二人で手を合わせて、お昼ご飯の時間である。
食材が野菜と魚しかないのでメニューは限られているが、幸い調味料は何故かあったので北条が飽きないように味付けを少しずつ変えてくれている。
お昼ご飯の後はオルクス大迷宮で必要な物資集めを行う。鉱石だったり植物だったり魔物からとれる素材だったりとその日によって行先はバラバラだ。
北条が魔物の攻撃を全て防ぎ、ユエが反撃とばかりに魔法で攻撃をする。
もはやすでにそれは作業と化しており、ユエは掠り傷一つ付くことが無かった。
すでにユエは完全に北条の事を信頼するようになり、例え魔物に睨まれようと、もはや回避する仕草すら見せなくなった。
「…通さん」
なぜならこうして例外なく割って入ってくれるからだ。ユエは北条が作った隙に魔法を打ち込むだけ。
いくら攻撃を受けても山のように動じない姿を見ると、命のやり取りをしているというのに安心感すら覚えるのだ。きっとこの人とならどんな困難でも乗り越えられると、そう思った。
オルクス大迷宮からは夜になる前には帰る事になっている。
折角拠点があるので使わない手はないからだ。
北条が夕食を作る間、ユエはソファで寝転がりながら本を読んでいる事が多い。
(……この雰囲気……好き……)
キッチンに立つ北条の背中をぼーっと眺めながらそんな事を考える。
包丁がまな板を叩く音。湯気が上がり漂ってくる良い匂い。鍋の蓋がかたかたと鳴る音。
気を張ったりしなくてもいい、心から安らげる時間。
ずっと欲しかったありふれた幸せがここにはあった。
「…もうすぐ出来る」
「……んっ、分かった……」
夜ごはんが終わったら後は寝るまで自由行動だ。
北条はどこにしまってあったのか分からない分厚い本を読むこともあるのだが、この日は魚を釣りに行くようだ。ユエもそれに付いて行く。
静かな滝音に川のせせらぎ、そして天に取り付けられたアーティファクトから放たれる月の光。
雰囲気としては上々である。
持ってきた茣蓙を敷いて座り、錬成の練習がてら作った釣り竿から糸を垂らす。
北条は胡坐をかいて座っているので、ユエはその間にすっぽりと収まるように腰掛ける。
凭れかかってもびくともしないユエにとっては一番豪華な椅子だ。
お互い会話は無く水音だけが静寂の中を流れていくが気まずい雰囲気はない。
背中に体温と鼓動を感じ、水面で揺れる浮きを眺めていると自然と眠くなってくる。
心から安らげる状態で温かい微睡に浸る。これ以上の幸せはないだろう。
「…寝ると風邪をひくぞ」
「……んっ……」
うつらうつらと舟を漕いでいると、北条が着ているコートを布団代わりにかけてくれた。
もぞもぞと体を動かして、耳が北条の心臓の上にぴったりと当たるように姿勢を変える。
「……ずっと、いっしょ……」
「最初に言ったが、俺は見返りを期待してお前を助けた訳じゃない」
すでに半分寝ていたユエは殆ど生返事で言葉を発していた。
「……ん」
「俺よりも良い男など星の数ほどいるだろう」
もしも北条が封印部屋に来なかったら今頃はきっと、あの暗闇でずっと一人で過ごしていたに違いない。
でも今はこうして自由に動くことが出来て、こんなにも安らかな気持ちで過ごすことが出来る。
助けてくれた。守ってくれた。受け入れてくれた。連れて行ってくれた。
出会ってまだ数える程しか日が経っていないが、もらったものは積み上がっていくだけで何一つ返すことが出来ていない。
「……ん」
「…だからお前が幸せになれる居場所を見つけたら俺の事など迷わず捨てていけ」
北条が何か言っているような気がするが、今はこのふわふわした心地で一杯である。
心臓の音を聞きながら、温もりを感じながらユエの意識は閉ざされていった。
「……ん」
「……それで良い」
(……ずっと……あなたの……隣で……)
幸せな気持ちで眠りに落ちる寸前。
ひどく優しい声を聞いたような、そんな気がした。
最初はアンジャッシュをしながらオルクス大迷宮を攻略していくダイジェストを書いていたのですが、没になりました。
文字数少なめだけど赦して!
ほもくんが何でもしますから!