ありふれたRTAでラスボス撃破 タンクチャート 作:エチレン
ほぼ日常みたいなものです。
捏造設定とかありますが気にするな!
メルジーネ海底遺跡。それは海上の町エリセンから西北西におよそ三百キロメートルほど進んだ海中に存在するという七大迷宮の一つである。
ウルの町で食料などを補充して、新たに仲間を加えてから十日ほど経ったその日、北条一行は潜水艇に乗り込んでその地点に進んでいた。
潜水艇アイゼンヴァール。オルクス大迷宮の最奥、オスカー・オルクスが使っていた工房で約二週間ほどかけて、設計資料集を広げて皆で額を突き合わせて作った全長五十メートル程度の潜水艇である。錬成によって素材の加工や溶接などをショートカット出来たのが大きかった、とは幸利の言だ。
錬成師の指輪による効果も大きかった。大まかな加工を北条や幸利が、各種部品などの精密な錬成が必要な部分はハジメが担当することで作業が普通の何倍もの速さで進んだのだ。
なお、内装の間取りやシャワールームなどの施設は女性陣が主に考えたため、潜水艇とは思えないほどの内部空間になっている。キッチンなども完備しており、操舵室や通路、倉庫以外は普通の家とさほど変わりないほどに快適である。
「西北西に三百キロ…GPSとかがあれば良かったんだけど。今どれくらい進んだのかなあ」
「え、えーっと…、出発したのが八時で今が十二時少し前。大体時速三十キロで進んでるから…おおよそ百二十キロメートルくらい?」
操縦桿を握るハジメが方位磁石を見ながら進路を微調整する。当然ながらこの世界にGPSや距離を計測する機械などは無いし、潜水艇にも装備されていない。メルジーネ海底遺跡に行くためには、この凄まじいまでのアナログ的な手段で距離と方角を計算しなければいけなかった。
ハジメの問いかけに恵里が腕時計を見ながら答える。太陽光で充電できるタイプの腕時計なので、トータスに召喚されてからも電池が切れることなくずっと動き続けていた貴重品だ。
正確に時間の分かる時計は非常に有用であり、クラス全体でトータスに持ち込めた数は全部で六つ。各グループで一つずつ持っても二つ予備が出来る計算である。
「それにしても便利な船じゃのう。魔力を使うが速度は自在、船内は明るく、海中に潜ることも出来るとは。妾はそれなりに生きてはおるが、このような船は初めてお目にかかる。お主等の世界の船とはこういったものが標準なのかの?」
透明な水晶で出来たガラス越しに見える景色を楽しみながら興味深そうにティオが言う。
ティオ・クラルス。ウルの町で出会ってそのまま旅の一行に加わることになった謎の女性である。黒髪に黒い着物ということで、もしや日本に関わり合いがあるのでは?と疑問が湧いたが、正真正銘トータス生まれトータス育ちらしい。
勇者一行の調査をするために隠れ里的な所から出張してきたらしい事以外は何も分からない。だが魔人族やエヒトなどとは関わり合いが無いようなので問題無しと結論付けた。今ではすっかり溶け込んで、立派な旅の仲間となっている。
「いや、流石に地球でもこんなのは民間では使わないよ。七大迷宮の一つがメルジーネ海底遺跡っていう情報があったからそのためにね」
「成程……民間では、と言う事は民間以外では使われておるという事じゃな。恵里の持っている時計と言い、チキュウという所は随分と技術が進んでおるようじゃのう」
ふむふむ、と一人頷いて地球に想いを馳せるティオ。長く生きてきた彼女にとっても異世界の来訪者と出会うのは初めてなのだ。この世界と異なる文化、技術に興味を示すのは当然と言えた。
鳥よりも速く空を飛ぶ飛行艇。獣よりも速く、休みなく地を駆ける四輪駆動。どれもトータスにとっては有り得ないような技術である。聞けば地球という所には魔法は無いらしく、その代わりこういった機械の技術が発展しているという。
かつては神の怒り、権能とも言われた雷でさえ地上に引き摺り下ろし、今では生活の糧としているらしいその知恵と勇気と不遜さ。
「どうしたの衛? ……うん、分かった。今から行くね。それじゃあ。……二人とも、ご飯が出来たから来てってさ」
「わ、分かった。じゃあ錨を下ろすね」
「ほほう、昼餉とな。してハジメよ、今日は何が出てくるのじゃ?」
これであれば、と思ったところで操舵室に備え付けられた無線から「昼御飯が出来た」という連絡が来たので、ティオの心は今日の昼御飯の方に向かう事となった。この一行の調理担当である北条とシアが作る料理はどれも美味しいのだ。
「今日はエリセンで獲れた魚を使ったムニエルと鳥の炊き込みご飯だったかな」
「ティオさん、すっかり食事が楽しみになっちゃってるね…」
「旅の娯楽と言うやつじゃな。まさか、旅中にあっても料理店にも劣らぬような料理を食せるとは思っておらなんだ。ところでムニエルとはどういったものなのじゃ?」
「えーっと、確か焼き魚の一種で――」
錨を下ろすのはボタン一つで簡単に行えるようになっている。波に流されないようにしっかりと錨が下りたのを確認した後、三人は操舵室から出た。
今まで何度繰り返しただろうか。手を伸ばしてもその先にある栄光を掴めず、ただ手に入らないものを見て唾を飲むだけ。決して届かないその温もりにそれでも手を伸ばすのは、ただ満たされたいと想う自身の欲望の発露であった。
そして、今日も昨日と同じように手を伸ばす。誰にも気付かれないように。浅ましいと自覚できるこの欲望を満たすために。少女はその細い指で――
「そこまでですユエさん! 卑しいですよ!」
「あぅ」
――湯気を立てる出来立ての料理を摘まもうとしたところをシアに見つかって、フライ返しで手を叩かれた。
潜水艇アイゼンヴァール。その厨房では本日の昼食が出来上がりつつあった。メニューはエリセンで獲れた新鮮な魚を使ったムニエル、ククルー鳥の肉を使った炊き込みご飯、野菜サラダの三品である。
「……また私は……何一つ得ることが出来なかった……」
「そんな悲壮感を出してもやってる事はただの摘まみ食いですからね? このシア・ハウリア、厨房を預かる身として不逞は許しませんよ!」
しょんぼりと肩を落とすユエに、シアが腰に手を当ててむんっ! と息巻いた。奈落で気配を消す術を覚えたユエの隠形を以てしても厨に立つシアを抜けたことは無い。今まで全敗中である。
ちなみに、現在黙々と盛り付けをしている北条は気配を消す術を覚えていない。むしろ気配を増大させる術を覚えており、それによって敵を引きつけているのだ。彼らしい成長の仕方である。
「……シアのケチ」
「ケチで結構です! もうすぐお昼ご飯なので我慢してください!」
「むう……」
すげなく追いやられたユエは北条の袖をくいくいと引っ張っておねだりを開始する。完全に餌を強請る犬猫のそれだった。
「マモル……私、もう我慢できない……」
「…そうか」
パコッ、と音を立てて土鍋の蓋を開けるとふわりと漂ってくる炊き込みご飯の香ばしい匂い。箸で一口分だけ摘まんで、火傷しないようにフーフーしてからユエの小さい口に放り込んでやる。
「……んっ、うまうま……」
「もうっ! マモルさんもあまりユエさんを甘やかさないでください!」
それを見てぷんすかと怒るシア。ここ最近ではよく見られる光景である。
オルクス大迷宮の拠点では毎日北条の手料理を食べ、立ち寄った様々な町の料理を堪能し、さらにキャンプで地球のレシピを味わい、食の喜びを知ったユエは少しだけ食い意地が出来ていた。なお、食べ専なので自分で料理は出来ない。
「新しいお水が出来たよ~。まもるん、どこに置いとけば…ってあれ? シアシア、そんなにお冠でどうしたの?」
「お、良い匂い。どうせまたユエさんが摘まみ食いしようとしてシアさんに止められたんだろ。そんで北条の方に行ったと。いつもの事じゃねえか」
シアが二人に詰め寄っていると扉が開いて、濾過された水をなみなみと入れたタンクを持った鈴が入ってきた。トータスに来て身体能力が向上した今では二十キロ程度の荷物であれば軽々と持てるのだ。さらにその後ろからは頭に鷲のような魔物を乗せた幸利が続いて入ってくる。
どうやらこの魔物は海の上であろうが問題なく居場所を探知できるようだ。
「……違う。私がやっているのは食の探求……断じて摘まみ食いではない」
「物は言いようですね…。全く、油断も隙もあったものじゃありませんよ」
「悪ィな北条、ヘルメスにも飯を食わせてやりてえんだが何かねえか?」
「…すぐに用意しよう。リンリン、水は冷蔵庫の横に置いてくれ」
「りょうか~い!」
ヘルメスとは伝令に使っている、現在幸利の頭に乗っている魔物(♂)の名前だ。いつまでも名無しの魔物では可哀想と言う事で、うろ覚えだった知識から伝令の神であるヘルメスの名前を引っ張り出してきてそのまま名付けたのである。
余った肉を食べやすいように切り分けていると丁度よくハジメ、恵里、ティオの三人がやってきたので、そのまま八人と一羽で食事を開始した。
「ふう…今回も美味であった。ご馳走様、なのじゃ」
「炊き込みご飯……美味しかった……また食べたい」
「土鍋で炊いたやつとか初めて食ったかもしれねえ…」
「潜水艇の中でこんな美味しいご飯が食べれるなんて、私達ラッキーだね」
「もしかしたら僕達がグループの中で一番良いものを食べてるのかもしれない…。いやあ、何だか申し訳ないなあ」
食事が終わってお茶で一服しながら口々に感想を言い合う。
旅の料理と言えば肉を焼いただけだとか適当に材料を煮詰めただけのシチューだとか、そういうものを想像していたので、初めてキャンプをした時に手作りのハンバーグが出てきた時は驚いたものだ。
「食べた食べた~。いやあ、まもるんは料理上手ですな~。家事もできるし裁縫もできるし…あれ、もしかして鈴、女子力でまもるんに完敗してる?」
「……考えてみれば確かに……将来的にマモルの妻になる私としては由々しき事態かも」
「あはは、ユエユエは冗談が上手いな~。でもでも、ちょっとは女子力アピールとかした方が良いのかもね。ここまで溜めてきた鈴の女子力を解放する時がついに…!」
「いや、そもそも谷口に女子力なんてねェ――痛ェ! 無言で足を蹴るな!」
「今のは幸利さんの自業自得です。でも正直、レシピの多さでは私も勝ててませんからね…。学ぶ事は多いです」
最近では一部の間で「北条衛、生まれてきた性別を間違えてきた説」すら流れ始めていた。なお、好き放題言われている当の本人は皿を洗うために席を外しているのでそれを知る由は無い。
昼下がりの時間、これから迷宮に挑みに行くとは思えない程に弛緩した空気が流れていた。
「そう言えばメルジーネ海底遺跡についてだけど、ティオさんは何か知ってるか? こう、なんだ、古い伝承みたいなのとか」
ヘルメスの毛繕いをしてやりながら幸利が話題を変える。このまま行けば日が沈む頃には目標地点まで辿り着く計算である。つまり、今がゆっくり出来る最後の機会だ。
「いや、海底遺跡については妾も初耳じゃ。故郷の集められた情報にも一切記載されておらぬ。七大迷宮については一般的に知られている知識と差はあるまい。じゃが、この辺りの海にはそれとは別に伝承があってのう……」
「伝承?」
「うむ、遥か昔からこの辺りの海には悪食の魔物が現れると言う。真偽は不明じゃが…それは巨大な体を持ち、船ですらも一口で飲み込んでしまうとか」
「ご、ごくり……」
「クラーケンみたいなものかな? どの世界にもそんな伝承はあるんだね」
古今東西、海にまつわる伝説や伝承と言うのは非常に多い。それは人々の生活が海と密接に関わっているからであり、未知であるものが多い海への畏怖からくるものである。そして、それはトータスにおいても変わらないらしい。
船を襲う海魔というのは海にまつわる話の中でも一等にありふれた話だ。日本で十数年生きていれば大抵はその手の物語は聞くだろう。唾を飲むシアとは違って地球組は気楽なものだった。
「まあ、恐らくは漁師などが己を戒めるために作り話をしたか、大きな魚を見た話に尾鰭がついたかのどちらかじゃろうし、そこまで真剣に考える必要はなかろう。心配せずに与太話として聞き流しておくがよい」
「あっ、知ってる! こう言うのってフラグて言うんでしょ? 絶対迷宮のボスとして出てくるパターンだよコレ!」
「一応それが存在すると仮定して物事を進めた方が良さそうだね。こう言う時って大抵は嫌な予感が当たるから…」
例えばグリューエン大火山であれば「あの山には竜が住んでいるという言い伝えがあるけど所詮は伝承だ、心配するな」と説明されるようなものである。
その場合、まず間違いなく最奥で出くわすような羽目になっていただろう。お約束というやつである。
「…茶のおかわりはいるか?」
「おお、済まぬ。ではもう一杯頂こうかの。…っと、あの辺りにある伝承はコレくらいじゃな」
「マジか。つー事はミレディのヒントが無けりゃ永遠に見つからねえって事じゃねえか。性格が悪いにも程があんだろ解放者…あ、俺にも茶ァくれ」
「少なくともオスカー・オルクスの手記にはメルジーネ海底遺跡の場所のヒントは無かったよね。あ、私もお茶いいかな?」
その後、一行はしばらく談笑をしてから行動を再開し、当初の予定通り日が沈む時間には目的の地点まで辿り着くことに成功する。
少し早めの夕食と言う事で、六時に食事をとった後、月が出るのを確認して一行は潜水艇の甲板に出た。
「おー、見事な満月だー!」
「今更だけどこっちにも月と太陽はあるんだね」
「月齢も地球とあまり変わらねえみたいだしどうなってんのかねえ」
今日は満月。雲によって見え隠れする金色の月とその下の海面に描かれる波打った金色の線が美しい。星々も綺麗に瞬いており、日本では滅多に見ることができない光景である。
トータスには地球と変わらず太陽と月が一つずつ存在する。日照時間も地球と比べて差はなく、月齢も存在する。一日は大体二十四時間と異世界に来たとは思えない程に都合よくできていた。
細かい事はさて置き、北条はグリューエン大火山で手に入れたペンダントを取り出して月に向かって翳した。
グリューエンのペンダントと月の光が導いてくれるというミレディの助言に従っているのだ。エリセンで一泊した時にも翳してみたが無反応だったので、もしかしたら然るべき場所で行わないと反応しないようになっているのかもしれない。
「……どう?」
ユエがさり気なくピッタリと身体を寄せながら北条が掲げたペンダントを覗き込む。
ミレディから得られたのは「月の光とグリューエン大火山の証に従えばいいよ~」と言うかなり手抜きの助言だった。
ペンダントにはランタンを持った女性の姿が描かれていて、何故かランタンの部分だけ穴あきになっていたので、「もしかしたらこの穴に月の光が通れば良いんじゃないか?」という考えの元こうして月にペンダントを翳しているのだ。
「…溜まっている」
「あ、本当だ。ランタンに光が溜まっていってる。このゲージが溜まり切ればいいのかな?」
「鈴にも見せて! …おぉ~、これはファンタジーですな!」
ハジメがユエの反対側を陣取り、鈴はユエに負けじと背中にのしかかって肩越しに覗き込む。
その後もがやがやと七人が北条の周りに集まってくるものだから、すごく窮屈であり密であった。
やがてランタンに光が限界まで溜まるとペンダント全体が光り輝いて、一筋の光が海中に向かって照射された。
「この光の先にラピュ…じゃなかった。メルジーネ海底遺跡があるんだね」
「ミレディさんの言う通りでしたね。何だかロマンチックですぅ……ライセン大迷宮とは違って」
「ライセン大迷宮…うっ、頭が…!」
「一体ライセン大迷宮で何があったのか気になるのじゃ…」
きっとこの光が示す先にメルジーネ海底遺跡があるのだろう。ライセン大迷宮の入り口のそれとは月とスッポンである。潜水艇の中に入っても光は消えないので、どうやら一度ランタンゲージを溜めればそれで問題ないようだ。
「それじゃあ出発しようか。持ち物の確認は大丈夫?」
「武器良し! 防具良し! アーティファクト良し!」
「眼鏡のスペアも良し!」
「…お弁当も作っておいた」
「自信作ですよ! 力が出るようにお肉多めです!」
「……楽しみ。バナナはおやつに入る?」
「キー!」
「お前ら遠足気分かよ! あ、やべ。ヘルメス送っとかねえと」
「まあ、良いではないか。しっかりと肩の力が抜けておる証拠じゃ」
操舵桿を握るのは意外にも一番操作が上手かった恵理である。ちなみに、車や飛行艇を含めて一番下手なのは鈴だった。もう二度と握らせないと皆が思う程の腕前であった。
さり気なく混ざった鳴き声を聞いてヘルメスを飛び立たせる事を忘れていた幸利が慌てて甲板まで出て行く。魔物と言うだけあって、ヘルメスは三百キロ程度であれば休み無く飛び続けることができるので、途中で海に墜落してしまうという心配は無い。
ペンダントから放たれる光を頼りに海中を進んでいくとやがて岩肌に辿り着き、軽い振動と共に岩肌が左右に割れて入り口が現れる。
「なんつーか、いかにも隠しダンジョンって感じの入り口だな」
「ここから先は魔物が出る事もあるだろうし、気を引き締めていこう」
一行を乗せた潜水艇が暗い洞窟の中に入っていく。
メルジーネ海底遺跡の攻略開始である。
次はその内投稿します。
多分エタらないので待っててね!