ありふれたRTAでラスボス撃破 タンクチャート   作:エチレン

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ダラダラ進むよ迷宮攻略。


幕間:それでも人は進み続ける(中)

「……なあ、この通路、いつまで続くんだ?」

「さてのう…。おお、『れーだー』に敵影が映っとる。ほれ幸利、出番じゃぞ」

「へいへい…」

 

 メルジーネ海底遺跡に突入してから早三十分。ゲッソリした様子で幸利が愚痴た。

 入り口に入った瞬間に激しい水流に流されて長い水路に流れ着いたのは良いものの、アイゼンヴァール号はただひたすらに変わり映えしない暗い水路を進んでいた。

 

 時々水生の魔物が出てくるが、それは幸利の闇魔法で十分追い払えるレベルであり、特にこれと言った障害もなく順調に進めていたはずだ。

 

 だが、ペンダントは発光しているが光線はすでに放っておらず、進むべき方向も分からない状態であった。

 空間魔法を付与したアーティファクトがあるので酸素については心配する必要はない。一月くらいであれば休まずに潜航を続けることが出来る。

 食糧についても同様、宝物庫に相当な量が保管してある。宝物庫に入れた食料は鮮度が落ちないという嬉しい効果があるので、生ものもたくさん積んであった。

 

「…あ、あの、もしかしたらこの通路、円環になってるんじゃないかな?」

「エリリン、それ本当? 鈴には真っ直ぐ進んでるようにしか見えなかったけど…」

「方位磁石はここでは役に立たないみたいだし、操縦してる中村さんの感覚が一番信じれるのかな?」

 

 恵里は先ほどから水路を進むときに時々操縦桿を僅かに右に傾けていた。凸凹した岩肌のお陰で分かりにくいが、この水路は少しずつカーブしているような気がしたのだ。

 

「……なら確かめてみるのが一番。〝破断〟」

「…目印か」

「おお~、成程! 確かにこれなら同じ場所を通ってもすぐに分かりますね!」

 

 ユエが水の魔法を使い、水路の壁の目立つ場所に十字の目印を刻み込む。

 こうしておけばシアの言った通り、同じ場所を通ることになってもすぐに気付けるだろう。

 そのまましばらく水路を進んでいくが、海の中と言うだけあって凄まじいまでの静寂である。

 

 さらに三十分ほど経ち、一行の目に飛び込んできたのは先ほど付けた十字の目印。

 つまり、この水路は恵里の言った通り円環になっていると言う事だ。

 

「途中に分かれ道とかも無かったし…これどうするんだろうね。引き返せるかなあ」

「ふむ……。岩肌には何かしらの紋様が刻まれておったのじゃが…」

「紋様?」

「うむ、このような紋様じゃ。うろ覚えで申し訳ないが大体この形で間違いなかろう」

 

 参ったなあ、と言う風にハジメが頭を掻くが、ティオの言葉に目を瞬かせた。細かく周囲を観察していなかったのでそんなものがあるとは気付かなかったのだ。

 ティオが紙に書いたのは五芒星の頂点から糸で吊るすように三日月が描かれた紋様。

 その特徴的な紋様には見覚えがあった。オルクス大迷宮の奥にあった資料に描かれていた解放者のシンボルマークの一つ。

 

「これは…まさか! 伝説の…!」

「ストリングプレイスパイダーベイビー!」

「…トータスにも存在したか」

「いや、三人とも何言ってるんですか!? メルジーネの紋様ですよこれ!」

 

 驚愕する男子三人にシアのツッコミが入る。実際三日月を縦の楕円にすればそれっぽく見えなくもないので、元ネタがちょっとだけ分かる鈴と恵里は噴き出しそうになった。ユエとティオは頭に?を浮かべている。

 

「ゴホン! つ、つまりここはちゃんとメルジーネ海底遺跡って事だよねエリリン!」

「う、うん! それじゃあ次に紋様を見つけたら側に付けるね!」

 

 鈴と恵里が笑いそうになったのを咳き込みながら誤魔化して強引に話を進める。

 五、六分程度進むと、ティオが言ったようにメルジーネの紋様が分かりにくく刻まれていたので、恵里が見事なテクニックでピタリと側に付けた。

 

「……確かにメルジーネの紋様。私とマモルが夫婦生活を送った愛の巣にある資料に載ってたのと同じ」

「甘いよユエユエ、すでにあそこのベッドは鈴によって侵略済みなのだ! ところで話は変わるんだけど、まもるんの使ったベッドと布団で寝たという事はつまり、実質的にはまもるんに抱き枕にされて寝たという事と同じだよね!」

「……むっ。確かに一理あるかも」

「いや、一理もねえよ。お前らの頭の中はどうなってんだ…。で、この紋様にペンダントを近づけてみればいいのか? 仕掛けとしては王道だが」

「ガラス越しでも大丈夫なのかな? まあ、ものは試しだよね。衛、お願い」

「…分かった」

 

 ユエと鈴の頭がおかしいやりとりに呆れつつ、幸利がガラス越しにメルジーネの紋様をじっと見つめる。この二人は北条を挟んで睨み合うことがあるのだが、こういった話題になると途端に気が合ったりするのだ。

 こう言う時は余計なツッコミを入れずに適当に流して強引に話を進めるのが一番である。

 目を凝らしてみるが、紋様は特別何か魔力を感じたりとか、そう言った事は無い。至って普通(?)の紋様である。

 

 ハジメに頼まれた北条がペンダントを近付けるとランタンから光線が放たれ、それを受けた紋様が輝きを放ち始めた。どうやらコレで正解だったらしい。五芒星であるのなら紋様は五つあるのだろう。その後もゆっくりと水路を探索して紋様を見つけてはペンダントを翳して光を灯していく。

 おおよそ一時間程度で五つの紋様を輝かせると、ズズンと重い振動が伝わってきた。どうやらどこかの壁が動いて先に進めるようになったようだ。絵に描いたようなRPG的迷宮に少し感動しつつ先へと進む。

 

「これ思ったんですけど、こういった船がない人はどうするんでしょうね…」

「……空間魔法の取得が前提。だからそれを使うのだと思う」

 

 考えなしで突っ込めば、海人族と言った水中でも生存できる種族以外はそのまま溺死と言う事も十分にあり得る迷宮である。もしかしたらこの状況に対する手段を考えるのも試練の一つなのかもしれない。

 

 順路を進んでいくと下り道になっており、突如浮遊感と共に潜水艇が落下。そのまま水中ではありえないような速度で船首から地面に叩きつけられた。それはまさにエレベーターの落下事故のようであった。

 

「…!」

「んっ」

「うわっ!?」

「きゃっ!」

「うひぃっ!」

「ぬわ―――っ!」

 

 当然予測できない衝撃に備えているはずもなく、バランスを崩して転倒したり尻もちをついたりする者が続出した。例外なのは北条とティオくらいである。北条はとっさにユエと鈴、ハジメを器用に抱えて膝で勢いを吸収して事なき事を得る。

 ティオはシアと幸利を抱えることに成功したが勢いを殺す事に失敗して、もみくちゃになって転がった。その際に運悪くティオの髪が鞭のように幸利の目を叩き、シアの膝が幸利の鳩尾に突き刺さった。

 そして誰も庇える位置に居なかった恵里は操縦桿に勢いよくぶつかって眼鏡が割れた。

 

「ふう、危ないところだったよ。ありがとう衛」

「……んっ、助かった。さすがマモル」

「ちょっとユエユエ! どさくさに紛れてまもるんの服に手を入れるなんて……うわあ、すごい腹筋……」

(…くすぐったい)

 

 北条がぐるりと辺りを見回すと、慌てて体勢を立て直すシアとティオ、倒れて痙攣したまま動かない幸利、蹲って肩を震わせている恵里が見えた。

 

「ご、ごめんなさい幸利さん! 今思いっきり入りましたよね!?」

「ぢ、ぢぐじょう…なんで俺は何時もごんな役回りなんだ…!」

「すまぬ、不覚を取った…怪我はないようじゃの」

 

 美しい女性二人ともつれ合って倒れ込むという状況。主人公であればムフフな展開になっていただろう。実はちょっとだけ期待していたのだが結果はこれである。

 現実は厳しかった。ラッキースケベなんて無かった。

 

 割れた眼鏡を握りしめて呪詛を吐いていた恵里は、ハジメがその場でパパっと錬成を用いて修理することで元に戻った。

 

「…散々な目に遭った」

「南雲くんが居て助かった…」

「あ、あはは…。どうやらここは水が入ってこないみたいだね。ここからは歩きかな?」

 

 どういう仕組みか、落下した先には水のない空洞になっているようだ。見える限りでは魔物は居ないので潜水艇から降りて徒歩で進む事になった。北条を先頭にしてぞろぞろと降りていく。

 

「息は普通にできるみたいだな」

「おお~水が落ちてこない。ファンタジーな光景だけどどうなってるんだろうね」

「…!」

 

 トコトコと北条の側に寄って天井を見上げる鈴。

 上を見ると天井には船が落ちてきた穴が開いており、そこには水が揺蕩っていた。

 鈴の言う通り不思議な事に穴から下に水が落ちてこないが、それは一体いかなる魔法によるものなのか。

 

 首を傾げていると突如として北条が鈴の肩を掴んで抱き寄せた。

 うえっ!? と奇声を上げる鈴が一瞬前に居た場所を水のレーザーが薙ぎ払っていく。

 

「…敵だ」

「あ、ありがとうまもるん…」

「……むっ。スズ、ずるい」

 

 現在の鈴は北条の右腕に抱かれて身を預けており、構図としては騎士に護られるお姫様といった状態である。自分から背中に抱き着いたりすることはあれど、こうして北条から(経緯はどうであれ)抱きしめられるのは初めてであった。

 

 なお即座に障壁を展開して全員を攻撃から守っているユエは、オルクス大迷宮で同じような経験を何度かしていた。それでも気に入らないものは気に入らないのだ。

 

「はいはい、それじゃあお掃除するね」

「汚物は消毒だ~!」

「うえぇ…気持ち悪い…」

 

 鈴がドギマギしている内にハジメ、幸利、恵里の三人が火炎放射器を使って天井を焼いていく。

 天井にはフジツボのような小さい魔物がびっしりと貼り付いており、それらが水を使って攻撃していたのだ。幸い炎には弱かったようで、数分もしないうちに魔物は全滅した。

 

「随分と変わった魔物でしたがティオさんは何か知ってますか?」

「いや、初めて見る魔物じゃ。恐らく迷いこんで来たものを不意打ちで仕留める番人と言ったところであろうな」

「マジで? 頭ミレディかよ」

「集合体恐怖症の人には効果覿面だね…。衛、終わったよ」

「…分かった。あっちか…」

 

 魔物を処理し終えた瞬間に鈴を開放して、奥に続く通路があったのでそちらに向かっていく。もう少しこのままでよかったのにな~、と鈴は内心で愚痴た。

 

 膝のあたりまで海水が溜まっている通路には手裏剣のように飛来するヒトデ型の魔物や海蛇のような魔物がいたが、北条に叩き落とされ、ユエの魔法に貫かれ、時にはシアにホームランされて容易に蹴散らされていった。

 オルクス大迷宮の魔物とは比べ物にならない程に弱く、一々立ち止まって相手をするまでも無い。おそらくこの程度であればトータスに来た当初の状態でも撃退できただろう。

 

「お、ようやく通路が終わったな」

「何かありそうだね…。気を付けて行こう」

 

 相変わらず海水が膝まで浸かってしまっているが、見通しの良い大きな空洞に出る。

 そのまま周囲を警戒しながら進んでいくと、全員空洞に入った瞬間に入り口と、反対側に見える出口がゼリーのような壁で覆われた。

 

「…これは」

「何ともブヨブヨした壁ですねぇ。一発ぶちかましちゃいます?」

「…待て」

 

 しげしげとゼリー状の壁を眺めていると、シアがバルムンクを素振りし始めた。確かにシアの強化魔法によってバルムンクをフルスイングすれば鉄の扉であっても破壊できるだろう。

 だがそれは北条に手で制される。おもむろに懐からナイフを取り出すと、壁に向かって投げる。

 ズプリ、と抵抗なく飲み込まれたナイフは肉が焼けるような音を出して溶けていった。

 

「さ、酸だー!」

「…ぶちかまさなくて良かったですぅ」

「強く叩けば飛び散っていたであろうな。となると、ここは魔法か、もしくは先ほど使っていた火を噴く筒で焼き払うのが正解じゃろうな」

「……ん、それなら私がやる」

 

 もしもあのまま叩きつけていたら金属をも溶かすゼリーを浴びていたかもしれない。それを想像してシアは顔を青くした。初めて見る物には迂闊に触ってはいけない事を学習した瞬間である。

 物理攻撃は悪手と言う事で、ユエが炎の魔法を使って攻撃をしてみる。水が蒸発するような音と共にゼリーが焼けていくが、その瞬間に天井から飛び出してきた触手が襲い掛かってきた。

 

「…させん」

「〝聖絶〟!」

 

 一瞬で触手の軌道を見切った北条がユエを抱えて回避する。盾で受け止めなかったのは触手が出入り口を塞いでいるゼリーと同じもので構成されていると判断したからだ。その判断は正しく、空振った触手が岩肌にぶつかると、先程と同じ肉が焼けるような音がして岩が溶けていった。

 

 一方で鈴は瞬時に発動させた〝聖絶〟で皆を覆うドームを作って触手を防いだ。握られているのは鈴の身長よりも少し長めの杖。結界魔法の発動を補助する機能に全振りしたアーティファクトである。さらには杖だけでなく、服や靴の装飾、髪留めの紐でさえ生成魔法を使って空間魔法やらを付与してあり、その全てを結界魔法に特化させてある。そのため、結界魔法だけに関してはすでにユエを超える性能を発揮していた。

 

 鈴だけではない。シアに関しては身体強化魔法を、ハジメであれば錬成を、幸利であれば闇魔法を、恵里であれば降霊術をそれぞれ補助するアーティファクトを全身の至る所に装備している。

 

 生成魔法を手にした事でテンションが上がり、オスカーの拠点で調子に乗ってアーティファクトを作りまくった結果がこれだ。だが、そのお陰で戦闘能力が大幅に上昇しているので結果オーライである。

 アティアティの実の全身アーティファクト人間、と言うのがハジメの漏らした感想である。

 

「あ~、お姫様だっこだ~! ユエユエ良いなぁ~! あっ、もしかして聖絶を解いたら鈴にもワンチャンあるかもしれない…?」

「す、鈴! これ無くなったら私達も溶けちゃうから解かないでね!?」

「って言うか何か結界が溶けてきてねえか?」

「すごいジュウジュウ音が鳴ってるね」

 

 横抱きにされているユエを見てブーブーと文句を言う鈴。そうしているうちに結界から嫌な音がして少しずつ端から溶けていく。それを見て派生技能の[+連続発動]でさらに内側に結界を展開するが、このままではキリがないだろう。魔力は無限ではないし、連続で発動させ続ければどこかで集中力が途切れてしまう。

 

「仕方あるまい。ここは妾が一肌脱ごうぞ」

 

 パンッ! と扇を広げながらティオが魔力を高まらせた。この扇は船の中で渡されたアーティファクトであり、ティオに適性がある炎と風の魔法威力を高めてくれる効果があるのだ。

 ちなみに何故扇なのかは「何だか鉄扇とか使って戦いそうな見た目だよな」と言われたからである。

 

「灰となって消えよ! 〝螺炎〟」

 

 本来なら必要のない詠唱をして魔法を行使する。詠唱する事で魔力の消費を抑えることが出来るので一石二鳥だ。放たれた炎の渦が触手を焼いていくが、ティオの眉が顰められて「むっ」と声が漏れる。

 

「助かった~! さっすがティオさん!」

「ふむ、鈴の結界が溶けている故よもやと思うたが…どうやらこやつには物質だけでなく魔法を溶かす性質もあるようじゃな」

「マジかよ! そんなのアリなのか?」

「……ん、確かに当たった魔法が弱まってた。ティオの考えは正しいと思う」

 

 北条に抱えられたユエがティオの意見を肯定する。

 先ほどユエが使った魔法は〝緋槍〟。炎で形作られた槍を発射する中級程度の魔法だ。威力もそこそこで連射が効くので、オルクス大迷宮では散々使ってきた魔法であり、ダメージ感覚は完璧に理解していた。

 だが、ゼリー状の壁に当たった瞬間にいつもとは違う感覚があった。イマイチ威力を発揮しきれていないような不思議な感覚。そして鈴の結界が溶かされるのと、ティオの〝螺炎〟が触手に当たった瞬間に勢いを失っていったのを見て確信したのだ。

 

 触手による攻勢が止まる。これ以上は攻めきれないと判断したのだろう。

 天井や壁の亀裂から触手と同じ材質であろうゼリーが溢れ出し、空中で集まって巨大なクリオネのような姿になった。おそらくこの魔物が出入り口を塞ぐ壁を作っていたと判断できた。

 

「おぉ~、クリオネみたいで綺麗だね~。すごくインスタ映えしそう!」

「は、映える…のかなぁ?」

「物理攻撃はこっちが被害を受けかねない。かといって魔法での攻撃も減衰させられる。厄介だね。となれば…」

「火炎放射器の出番ってわけだな。魔法の炎じゃねえから効くはずだ」

「よ~し、私もやっちゃいますよ~! ハジメさん、私にも一つください!」

 

 行動は素早かった。ハジメは宝物庫から火炎放射器を四つ取り出すと、幸利、恵里、シアの三人に配って自身も構える。防御に関しては鈴がいるので問題ない。結界が溶かされても内側に順番に張って行けば魔力切れを起こさない限りは凌ぐことが出来る。いざとなればユエも結界を張れるし、北条も短時間であれば可能だ。

 

 後は手持ちの火力で押し切れるかだけ。魔法は減衰されるとはいえ通じないわけではない。となれば必要なのは減衰される間もなく焼き尽くすほどの圧倒的な火力のみである。

 

「吹き荒べ頂きの風…燃え盛れ紅蓮の奔流! 〝嵐焔風塵〟」

 

 四人が火炎放射器で気を引いている内にティオの魔法が完成する。

 扇の一振りで解き放たれたのは直径十メートル程の炎の竜巻。本来であれば数十メートル級まで大きくすることが出来るのだが、場所を考えて控えめに発動させていた。

 

 クリオネは当然、触手で防御をして本体を守る。魔法を溶かしているのか、徐々に炎の竜巻は消えていくが、完全に消え去るころには防御に使った触手は全て蒸発していた。失った触手を補充するために周囲からゼリーが集まってくるが、それは四人が火炎放射器で薙ぎ払って阻止をする。

 

「これで守りはがら空きじゃな。ユエよ、止めは任せたぞ」

「……任せて。〝蒼天〟」

 

 触手を失って隙だらけのクリオネにユエの最上級魔法が直撃して水蒸気爆発が起こる。飛び散ったゼリー片は鈴の結界に阻まれて誰にも当たることは無い。

 水蒸気が消え去った後には何も残っていなかった。

 

「やりましたね皆さん! ついに魔物を倒しましたね!」

 

 シアがワアアアと喜ぶが、他の皆は臨戦態勢を解かない。前後の出入り口を見ても、ゼリー状の障害物は埋まったままだったのだ。

 

「…壁がない」

「だよね。倒したなら出入り口を塞いでるやつも消えるはずなんだけど…」

「――やべェな」

 

 ぐるりと全体を見回して幸利が顔を引きつらせる。闇術師という天職の関係上、魔物の意思などを察知しやすい故に気付いた。この部屋全体から先ほどのクリオネと同じ「喰い尽くす」という意思を感じてしまったのだ。

 

 ずるり、と岩の亀裂から大量に溢れ出てくる先ほどと同じゼリーが集まって、再び巨大なクリオネとなった。それだけではなく、小手調べは終わったとばかりにどんどん、次から次へとゼリーがあちこちから溢れ出してくる。

 

「…作戦を変更するぞ」

「だね。シアさんとティオさんはこれを」

「俺と南雲と中村は火炎放射器だな」

 

 一瞬で悟った。すでにこの部屋全体がこの魔物の胃袋だと。あまりにも不利なフィールドであり、持久戦などしようものなら確実に死人が出る。北条、ハジメ、幸利は一瞬だけアイコンタクトをするとすぐさま動き出した。

 

「うわわっ!?」

「……んっ」

 

 北条がユエと鈴を担ぎ上げ、ハジメがシアとティオに結界を発生させるアーティファクトを渡す。鈴が生成魔法を用いて作ったタリスマンであり、魔力を流すだけで結界を張ることが出来る優れモノだ。

 実行するのは逃走の一手。ジョースター家の伝統的な戦いの発想法。あるいは三十六計逃げるに如かずとも言う。

 

「皆、向こう側の出口に向かって全力で走るよ!」

「シアさんとティオさんはそのアーティファクトで結界を張って防御してくれ! 中村は俺、南雲と一緒に触手とかを出来る限り迎撃するぞ!」

「分かりました! 逃げましょう!」

「…ユエは出口を。リンリンは飛び込むときに結界を頼む」

「ん、分かった。焼き払う」

「了解だよ!」

 

 クリオネが動き出すのと同時に一行の逃走劇が始まった。

 全力で出口に向かって走る。触手や酸の雨が迫ってくるたびに火炎放射器から吐き出される炎が迎撃し、迎撃できないものに関してはタリスマンの結界で防御する。

 

 逃がすものかと攻撃が一層激しくなる。気付けば、膝までだった水位も徐々に上がってきていた。使える物は何でも使う。時には爆弾を投げつけ、火炎放射器を振り回しながら下級の魔法を放ち、あらゆる手段を用いて攻撃を凌いでいく。

 

「全ての敵意と悪意を拒絶する。神の子らに絶対の守りを――」

「…今だ」

「〝炎龍〟!」

「――ここは聖域なりて、神敵を通さず! 〝聖絶・界〟!」

 

 出口まで十メートル程のところで放たれたユエの〝炎龍〟が減衰する間もなく塞いでいたゼリーを呑み込み蒸発させた。炎属性の上級魔法である〝炎天〟と重力魔法を合成したユエオリジナルの魔法だ。最上級の〝蒼天〟を使えば上位互換の〝蒼龍〟になるが、溜め時間や必要な威力などを考えた結果、こちらを使った方が良いと判断したのだ。

 

 そして鈴が〝聖絶・界〟――幾重にも重なる結界を発動。本来なら今の鈴には手が届かない魔法だが、アーティファクトの存在が発動を可能にしていた。全員を覆い、かつ出口が通れるサイズにまで微調整して結界のトンネルを形成する。この辺りの結界の操作は流石であり、結界師の面目躍如といったところだ。

 

 当然結界に酸の雨や触手での攻撃、さらには魚雷のように放たれたゼリー片が襲い掛かるが、何重にもなっている強固な結界は時間稼ぎにはもってこいである。今回鈴が発動させた結界は実に十層。その内五つは溶かされたが、出口をくぐるまでには十分だった。

 

「足止めついでに! 実戦で使うのは初めてだけど…!」

 

 脱出する際にハジメが金属札をクリオネのいる部屋に投げ込む。空間魔法で中に大量の爆弾やらが詰め込まれており、さらには同じ金属札が入っていて連鎖的に爆発を続ける凶悪な道具である。

 

 今回使ったのはその廉価版。威力こそ本格的に作った物に劣るが、部屋の広さを考えればこれで十分だろう。

 

 出口にわずかにへばりついているゼリーはそのまま結界でゴリ押しして通路に到達。通路に入って来ようとする触手は火炎放射器で撃退した。そして、蓋をするように結界を移動させた次の瞬間、

 

「うひゃあっ!?」

「…っ! くうぅぅぅっ!」

「きゃあっ!?」

 

 耳をつんざく爆発音がして通路が、いやメルジーネ海底遺跡そのものが揺れた。

 閉鎖空間で使ったため予想以上の威力が発揮しており、結界が瞬時に一層、二層と破壊されていく。完全詠唱の〝聖絶・界〟であっても容易く受け止めきれない程の威力。全力で魔力を込める鈴は爆発が終わるころには肩で息をしており、結界も二層だけ残っているだけと言った様相だった。

 

「…さすがにもう追ってはこねェみたいだな。かと言って倒せたわけでもねェみたいだが…」

「痛み分け、と言うやつじゃな。恐ろしい魔物じゃった…」

「もうあんなのは勘弁してほしいですぅ」

 

 緩やかな上り坂を全速力で登り切って海水が入っていない場所まで辿り着くと息を切らして座り込んだ。肉体的に、と言うより精神的にすごく疲れたのだ。特に後先考えずに魔力を使った鈴はグロッキー状態である。

 

「はぁ…はぁ…な、何だったんだろうね、あの魔物…」

「少なくとも…はぁ…ハイリヒ王国の魔物図鑑には…はぁ…載ってなかったよ…」

「…うぅ~…もうダメ~…MPが足りない…」

「……スズ、頑張った。えらい」

「…ああ、良くやった。ここはシアに…」

「はぁ…ふぅ…、あっ、北条くん、ちょっといいかな?」

 

 ユエはまだまだ余力ありと言った感じだが、鈴はもう少し回復に時間が掛かりそうだ。幸い辺りに魔物の気配は感じないが、あまり長くゆっくりも出来ない。先ほどの強大な魔物が追ってくる可能性もある。

 

 シアに鈴を負ぶってもらうように頼もうとしたが、恵里が北条に何やら耳打ちをする。黙って聞いていた北条は「分かった」とだけ言うと鈴を横抱きに抱えた。

 

「うひゃあ! ま、まもるん!?」

「……むっ」

 

 ぐん、と上昇する視界。急接近する顔。逞しい腕に抱きかかえられた鈴は体温が急速に上がるのを感じた。その少し横で魔力回復薬を飲んでいたユエが眉を顰める。

 

「…俺が良いらしい。不快なら降ろす」

「ぜ、全然嫌じゃないよ! むしろ役得と言うかバッチ来いっていうか! エリリンナイスゥ!」

 

 先ほど恵里が耳打ちしていたことから、きっと彼女が何か吹き込んだのだろう。鈴が恵里の方を見やると、恵里は体を少し右に傾けてサムズアップしていた。それに同じく親指を立てて返す。

 

「あれ? ユエさん良いんですか?」

「……スズは頑張ったし、ご褒美。それに妻として夫の甲斐性は認めるべき」

 

 軽い水分補給をしてから一行は奥を目指して歩きだす。

 いつもなら便乗しようとしたりするのだが、珍しく割り込んだりしようとしないユエにシアが問いかけると返ってきたのはそんな答え。

 

(いや、結婚どころか付き合ってすらないんじゃ…まあ今更か。衛も大変だなあ)

(ったく、さっさとどっちかが告っちまえばいいのになァ)

(見ている分には面白いのじゃがな…。いつまでもこのままという訳ではあるまい)

 

 三者三様の感想を抱き肩を竦める。

 それよりもこの先の事である。あの魔物が最奥の試練でないのであればこの先にはどれほど強力な魔物が待ち受けているのだろうか。改めて、気が引き締まる思いだった。

 




ユエ姉貴は攻撃に極振りできる環境があれば強い(確信)。
それはそうとなぜこんなに冗長になってしまったのかコレガワカラナイ。
…文章の練習になるのでまあいいか!

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