ありふれたRTAでラスボス撃破 タンクチャート   作:エチレン

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原作では流された試練っぽいやつです。


幕間:それでも人は進み続ける(後)

 金属どころか魔法すら溶かしてしまう凶悪な魔物の手を逃れて奥に進むと左右に通路が分かれていた。二手に分かれて進む事も考えたが、何が起こるか分からないうちは固まった方が良いと結論が出る。

 

 クラピカ理論を交えた高度な話し合いの結果、まずは右側に進むことになった。

 あれから魔物は出てきていない。あのゼリーに全て溶かされてしまったのかどうかは不明だが、一応警戒して進む。やがて行き止まりにぶち当たるが、そこには八人が十分に乗れるほどに大きい魔法陣が刻まれてあった。

 

「…違うな」

「……ん、今までの神代魔法を得る時に使われていた魔法陣とは別のタイプ。オスカーのアジトにあった転移の魔法陣に似てる。少なくともこれ自体に害はない」

 

 ポツリと呟く北条に答えるように魔法のエキスパートであるユエが瞬時に魔法陣の効果を見破る。元々魔法については造詣が深かったが、一段と磨きがかかっていた。オスカーの書斎にはユエの生まれた時代よりもさらに古い、それこそ神代の魔法について記載された本が多数ある。それを宝物庫に入れて持ち出し、暇な時間に読んでいるのだ。

 

「まだ左側は見てないけど魔法陣に乗ってみる?」

「鬼が出るか蛇が出るかってやつだ。どうせ左の奥にも魔法陣はあるんだろうな」

「まもるん、どうする?」

 

 七人の視線が北条に突き刺さる。どうやら判断を委ねたらしい。たっぷりと五秒程考えたのち、進むという結論を出した北条は魔法陣に向けて足を出す。他のメンバーも異論は無かったようで魔法陣に乗り込む。そのまま魔法陣を起動させて、八人纏めて転移した。

 

 光が収まると一行の目に飛び込んできたのは、『廃墟になった都市』と言う表現がピッタリな、いかにもRPGなどで出てきそうな場所だった。

 

「これは…」

「廃墟…か?」

「…大丈夫か?」

「あ、うん、もう大丈夫。ありがとまもるん。ほんとはもうちょっとこのままでも良かったけどいつまでもまもるんの両腕を占領は出来ないもんね」

 

 鈴としてはあと十時間くらいはこのままが良かったが、何が起こるか分からない状況では、盾役である北条の腕を使えなくするわけにはいけない事は分かっていた。流石にTPOは弁えているのだ。

 

 北条は体力が回復した鈴を降ろして辺りを見回す。

 長い年月を経て風化した壁。元々は整備されていたであろう街路は苔生した瓦礫が散らばっていて見る影もない。

 

 きっと青果店だったのだろう建物の軒下に置いてある朽ち果てた木箱や、陶芸品を扱っていたのであろう外壁が崩れ落ちた店の割れてしまっている芸術家的価値が高そうな壺や皿がかつての繁栄を思わせる。

 

 人の気配はなく、魔物すら棲み付いていない物悲しい世界だった。

 

「これは…一体ここで何があったんでしょうか…」

「…分からぬ。見る限りかなり優れた文明があったようじゃが何故滅んだのか。しかし、ふむ…」

 

 ざっと辺りを観察したティオが閉じた扇でポン、と手の平を叩く。

 

「明らかに自然にそうなったものとは違う破壊の跡がある。となれば…」

「せ、戦争とかが起こったって事なのかな…?」

「かもしれぬのう。あくまでも可能性じゃがな」

 

 石で出来た建物の屋根が不自然なまでに綺麗に吹き飛んでいる。壁に真っ直ぐな、剣で斬りつけたような傷が走っている。民家の中に真っ二つになった椅子やテーブルがある。折れて錆び付き、朽ち果てた剣が転がっている。

 

 これだけの要素があればここで何が起こったのか、ある程度予測がつく。おそらくこの都市がある国は戦争に負けて滅んだのだろう。

 

 そして思い出す。現在人類は魔人族と戦争中であると。

 

 ここはハイリヒ王国やヘルシャー帝国のあり得るかもしれない未来の姿だ。魔人族との戦争に負ければ人類の住む世界はこうなってしまう。滅ぶとはこういう事なのだ。頭で分かっていても、実際にその後の光景を見ると改めて事の重大さを認識してしまう。

 

 一行がしんみりした面持ちでいると、突然辺りの景色がぐにゃりと歪みだした。

 

「なにっ」

「なんだあっ」

 

 驚くと同時にすぐさま戦闘態勢へ。死角が出来ないように背中合わせになる。近接能力の高い北条とシアを最前後に、ユエとティオは何時でも魔法を使えるように集中し、鈴はすでに詠唱を開始している。ハジメは宝物庫に手を突っ込み、探知に長けた幸利と恵里は索敵をする。

 

 歪みはどんどんと強くなっていき、やがてそれが突然止むと、一行はいつの間にか炎上する都市に立っていた。今までの静寂を破るように耳に飛び込んでくるのは様々な音。破壊音、金属音、炸裂音、怒号、悲鳴、その他雑多な騒音。

 

「…戦場か」

「な、何が起こってるのさ~! 急展開過ぎてついていけないよ~!」

 

 辺りを見回すと音の正体がすぐに分かった。

 人間族の兵士が魔人族の魔法使いを斬り捨てる。魔人族の魔法使いが放った炎が人間族の兵士を焼き尽くし、さらには民家まで破壊して燃やし尽くす。突き出された槍が胸を貫く。風の刃が首を断ち切る。

 

 戦争だ。まさに今、ここで戦争が起こっている。

 

「死ねぇ! 汚らわしい魔人族が!」

「灰になれよクソッたれの人間め!」

 

 人間族と魔人族が殺し合っている。お互いに殺意全開で殺すために戦っている。

 これは恐らく昔から続いてきたという人間族と魔人族の戦争の一場面。どうやら一行はそこに放り込まれてしまったらしかった。

 

「くたばれ人間ども! 皆殺しにしてやる!」

「…!」

 

 人間の兵士を焼き殺した魔人族の男がギョロリ、と狂気的な目を一行に向けて風の刃を放つ。まさかいきなり攻撃してくるとは思わなかったのか、少し驚きながらも北条は盾で受けた。

 理屈は分からないが、急に現れた兵士達はこちらをしっかりと認識しているようだった。

 

「エヒト様のために死ね魔人族!」

「…目が見えないのか?」

「見境なしかよコイツ等!」

 

 今度は人間族の兵士が槍を突き出してくる。近くに魔人族の兵士がいるというのに、何故か北条一行を標的にしてくる。これまた盾で受け流して、今度はそのままの勢いで反撃をする。

 

 技能・盾反撃。防御に使う盾を鈍器として、攻撃後の隙に強烈な反撃を見舞う攻防一体の技能である。度重なる戦いでこの技能を極めている北条の反撃は、奈落の最下層クラスの魔物であっても二、三発当てれば倒せるほどの威力を誇っていた。

 

 北条としては殺したりするつもりは無い。しばらく行動不能になってもらおうと言う魂胆で、ある程度威力を加減して盾でカウンターを見舞う。

 

「…!」

「ちょっ、攻撃が当たらないんですけどどうなってるんですかぁ!?」

 

 確かに盾を用いた打撃は相手を捕らえたはずなのに、するりとすり抜けてダメージを与えられなかった。再び槍を突き出してきたので、これも受け流して再びカウンターをしっかりと合わせるが、これまたすり抜けてしまって当たらない。

 どうやらシアの方も同じらしく、バルムンクを振り回しているがすり抜けてしまって当たらないようだ。

 

「物理攻撃は効かないのかも。だったら魔法で……!」

 

 ユエが発動させたのは魔力で小さな衝撃波を起こす初級の魔法。威力に関しては殴った方がダメージを与えられる程だが、吹き飛ばしたり体勢を崩したりするのにはピッタリだ。魔力の消費量も極僅かであり、連射も利くのでこの状況では最適と言えた。

 

 完璧にコントロールされた衝撃が北条に攻撃している兵士を打ち据える。すると、兵士はくぐもった声を出して体勢を崩すとともに煙のように消えてしまった。

 

「…効いたな」

「……ん、魔法なら通じる」

「成程のう。威力が低くても当たれば良いようじゃな。ならばほれ、これはどうじゃ?」

 

 ティオが扇を軽く振るとふわりと攻撃とも呼べない程の風が吹く。精々が扇風機程度の風量だ。

 だがそれでも魔法での干渉とみなされるようで、シアに斬りかかっていた兵士が煙のように消えた。

 

「ありがとうございますティオさん! 助かりました!」

「マジか。そんなしょぼい魔法でも倒せるのかよ。つーか、コイツ等って実体がないのか?」

「うむ…、こやつ等は恐らく幻影と言ったところかのう。しかし、何かしらの魔法での干渉があれば容易く崩れ去る程度の強度しかないようじゃ」

「よ、良かった~。それじゃあ、倒しちゃっても殺人にはならないよね! 弱めの魔法を広範囲に使うのが攻略法って事かな?」

「な、なるほど…だったら…」

 

 兵士は次から次へと湧いて出てくる。しかもその全てが北条一行を敵とみなしている状態だ。

 人間族であろうと魔人族であろうと、こちらを見つけると最優先で襲い掛かってくる。とはいえ兵士の強さはそれほどでもないので、北条とシアに挟まれたメンバーに攻撃は一切届かない。

 

「〝索魂〟」

 

 何らかの干渉であれば攻撃系の魔法でなくても良いのではないか。そう思った恵里が発動させたのは周囲にある魂や残留思念などを探知するための魔法。探知するだけで思念等は読み取れないが、それでも効果範囲は半径百メートル程もある。魔力の消費は僅かだが、恵里の考えが正しければ広範囲の敵を一気に倒せるはずだ。

 

 果たして、恵里の予測は正しかった。〝索魂〟を使った瞬間、周囲の兵士達が一気に煙になって消え失せたのだ。

 

「あ、これでも良いんだね…」

「おぉ、全部消えちゃいましたね!」

「さっすがエリリン! これぞまさしく一網打尽ってやつだね!」

「これ、全部中村に任せてもいいんじゃねェか?」

 

 安全が確保できたところで、改めて辺りを見回してみる。よく見れば建物の配置や建築様式などは先ほどの廃都市と同じようであり、おそらくここは廃都市の過去の姿なのだろうと考えられる。なお、〝索魂〟の巻き添えを喰らったのか、倒れていた兵士なども消滅しているようで、スプラッタな現場は見ずに済んだようだ。

 

 最前に防御力の高い北条を、最後尾に不意打ちに強いシアを配置して炎上する都市を進んでいく。時折恵里が〝索魂〟を使って周囲の兵士を蹴散らしてしまうので、先程のような前衛が必要になるような戦闘は起きなかった。おおよそ三十分ほど、戦場とは思えない程平和に雑談しながら進むと、やがて遠目に大きな建物が確認できるようになる。

 

 それはまさに城だった。ハイリヒ王国にある宮殿とはまたデザインは違うが、それでも一目で「あ、王族が住んでるな」というのが分かるほどの城である。

 

「…城があるな」

「やたら目立つし、あれがゴール地点なのかもしれないね」

「何も手掛かりがねェんだし、とにかく行ってみようぜ」

「…ああ」

 

 きっとあそこに行けば何かが分かる。この試練を終わらせるための情報が手に入るかもしれない。

 そう結論付けて一行は城に向けて歩きだす。当然だが道中の戦闘は恵里の〝索魂〟でカットである。

 

「で、城に着いたわけだが」

「慌ただしいのう。戦時ゆえ仕方あるまいが…。どうやら城の中に居る者は襲っては来ぬようじゃな」

 

 大きな門(門番は恵里の魔法に巻きこまれて消えた)を押し開けると、外観に相応しい豪華な内装だった。ハイリヒ王国の宮殿にも劣らないような高価そうな絵画や壺などが、赤い絨毯が敷かれた廊下に飾り付けられている。

 

 ティオの言った通り、城の中の文官と思わしき男や女中はこちらに見向きもしない。先ほど都市の中で脇目もふらずに襲い掛かってきた兵士達とは大違いだ。

 

 せわしなく動き回る人々にぶつからないように進むと、やがて玉座がある間に辿り着く。

 玉座に腰掛けている老人がこの国の王なのだろう。下座には重鎮であろう、五人の大臣のような人間が言い争いをしていた。

 

「くそっ、魔人族どもめ! よもやここまで攻めてこようとは! 兵士はもういないのか!?」

「すでに各所からかき集めた後です! これ以上の戦力はもうどこにもいません!」

「も、もう駄目だぁ…お終いだぁ…!」

 

「何だか取り込み中みたいだね。状況から察するに、魔人族との戦争で王都まで攻め込まれて陥落間近って感じなのかな?」

「…どうしようもないな」

「……ん、王都まで攻め込まれてる時点で負けは確実」

 

 その後も何も進展のない会議と言う名の無駄話が続くがやがて、目の前の脅威についての話から責任の擦り付け合いへと変わっていく。

 

「そ、そもそも貴様が考え付いた事だろう!」

「何を言うか! 貴様とて『村一つを滅ぼして魔人族の仕業に見せかけて報復のための戦争を仕掛ける』という案に賛同していたではないか! 私だけの責任にするな!」

「魔人族を絶滅させるためには必要な事だと、そう言っていたのは貴様だろう!」

「わ、私ではない! 光教教会の司祭殿が言っていたのだ! 私はそれを俎上に載せただけだ!」

 

「ち、ちょっと待ってください。つまり、自国の民を殺してそれを戦争の口実にしたという訳ですか?」

「光教教会なる手の者から入れ知恵があったようじゃが、聞く限りではそのようじゃな。そして戦争を起こしたものの、こうして劣勢になり現在に至るというのが事の真相のようだの」

「そんなっ、そんなのってあんまりだよ! これじゃあ滅ぼされた村の人達は何のために殺されちゃったのさ!」

 

 やがて起こるだろう魔人族との戦争について理解していたのか? そう聞かれると答えに窮する状況である。

 戦争と言うのは日本ではすでに遠い昔の出来事で、父や母の世代でさえも記録としてしか知らない平和な時代に生まれ育った。急に異世界という非日常に連れてこられて感覚が麻痺していたのかもしれない。これまで魔物と戦ったことはあっても人殺しというのはしたことがないのだ。

 

 先ほどの都市部での戦闘を思い出す。

 血走った目で、憎しみの目で、殺意を以て襲い掛かってくる。幸い北条やシアが防壁になってくれたものの、それでも背筋が凍るような気持ちだった。あの強烈な体験は忘れられそうにない。

 

「よく考えてみりゃあ、そもそも魔人族ってのがどんなのかも説明を受けてなかったな」

「う、うん。悪い奴らだってことは話してたけど…」

「これじゃあまるで魔人族の方が被害者だよね」

 

 重鎮たちの言い争いを遠目に眺めていると、再び景色が歪む。最初にこの都市に来た時と同じ現象だ。

 

「…またか」

「……これで試練は終わり?」

「何が起こるか分からぬうちは油断はしない方がよかろう」

 

 今度は動揺することなく、何時でも動けるようにしていると、今度は城からどこかの教会と思わしき場所に一行は迷い込んでいた。

 

 薄暗い教会内にはエヒトを表現したものであろうステンドグラスが飾り付けられており、荘厳な雰囲気を放っている。ここが次の試練が行われる場所であろうことは容易に想像できた。

 周囲に気を配りながら荘厳な教会内を進んでいくが、今度は戦闘が起こる気配はない。

 

「…無いか」

「うん、廃都市では戦争真っただ中って感じだったけど、今度はそうじゃないみたいだね」

「今度は何が起こるんでしょうか……あっ、あれ見てください!」

 

 シアが指をさす方向には五十人は下らない子供達と豪奢なローブを纏った司祭と思われる中年の男性。先ほどまでは誰も居なかったのに突然出現したのは廃都市での現象と同じだった。もしもこれが神代魔法によるものであれば、〝幻影魔法〟あたりが適切な名称だろうか。

 

 子供達がいる床には魔法陣が描かれており怪しい光を放っている。だが、子供達は不思議がっているが怖がっていない様子だった。教会とはつまりエヒトのお膝元であり、危険なものでは無いと思っているのだろうか。

 

「さあ、祈るのです。そうすればきっとエヒト様が救ってくださる。あなた達に出来る事はただ心を込めて祈る事だけなのです」

「司祭さまー、祈ったらエヒト様が悪い魔人族をやっつけてくれるの?」

「ええ、もちろんです。エヒト様は我々を決して見捨てない。故に、心から救済を願うのです」

 

 にこやかに子供達に語りかける司祭。その言葉を受けて子供達は「エヒト様、どうか我らをお救いください」と静かに祈り始めた。

 

 司祭の口角が僅かに吊り上がったのを北条は見逃さなかった。

 

「…待て!」

「まもるん!?」

 

 これから起こる事を察した北条は、咄嗟に盾をブーメランのように司祭に向かって投げる。僅かに魔法の力を帯びた〝廻盾〟は今までの幻影兵にであれば間違いなく通じたが、司祭相手にはすり抜けて当たらなかった。戻ってきた盾をキャッチして目を細める。

 

 これに驚いたのはハジメを除く他のメンバーだ。北条が感情を声に出すのを聞いたのは初めてだったからだ。唯一ハジメだけは一度だけ同じような場面を目にした事があった。

 あれはトータスに来る前の年末辺り、街で不良に暴行を加えられそうになった時の事だ。同じように北条が目を細めて睨みつけている所に居合わせたことがある。

 

 そう、あの時は今のように、北条は確かに怒っていたのだ。

 

 攻撃も虚しく、やがて子供達が乗っている魔法陣が光り輝き、そして惨劇が起こった。

 

「うっ…!」

 

 それは誰が漏らした声だったのだろうか。目の前で起こっている事に対して反射的に出てしまった声かもしれない。

 飛び散る血。子供達の断末魔。血だまりの中に倒れる不快な音。司祭の狂信的な笑い声。

 

「エヒト様ァァァ! あなた様に信仰を捧げる六百六十六の贄を捧げますぞ! どうか私に力をぉぉぉ!」

 

「狂ってやがるっ…!」

「こ、こんなのむご過ぎます…!」

 

 平和な日本で暮らしてきた耐性のない面々は吐きそうな顔色をしており、こういった事に耐性があるユエやティオですら顔を青くしている。唯一北条だけが狂ったように笑い続ける司祭を睨みつけていた。

 

 おそらく子供達を生贄にして敗色濃厚である戦争をひっくり返そうとしたのだろう。犠牲になった子供達、笑い続ける司祭が溶けるようにして消えていく。床を染め上げていた血も綺麗さっぱり消え去り、後味の悪い静寂だけが残った。

 

 沈黙する一行。あまりに衝撃的な光景を前に誰も言葉を発せなかった。あの司祭は六百六十六の贄と言っていたので、あの後も同じように子供達が集められて同じように虐殺されたのだろう。

 

 すぐに別の魔法陣が床に新しく現れ、乗れとでも言うかのように淡く光を放ち始める。

 

「……転移の魔法陣。洞窟の奥にあったのと同じ」

「…そうか」

「おいおい、まさかアレに乗るのか…?」

 

 生贄の魔法陣を見た後にこれを用意する解放者は性悪に違いない。あんな光景を見せつけられたら、普通ならだれも乗りたがらないに決まっている。

 幸利の漏らした疑問に答えるように魔法陣が点滅する。渋々ながらも魔法陣に乗り込むと、光が視界を塗りつぶして、次の瞬間には一行の姿が教会から消えた。

 

 光が消えて、一行の目に飛び込んできたのは海上神殿とでもいうべきものであった。

 言うなれば四本しか柱が無いパルテノン神殿。そこから前後左右に通路が伸びており、通路の先は円形の足場となっている。辺りに満たされた海水がゆらゆらと揺らめいて岩で出来た天井に光の波を映し出して幻想的な光景を作り出していた。

 

「…どうやら迷宮の試練とやらは終わりのようじゃな」

「そうみたいですね…」

「やっと終わった…。これまでで一番キツかったよ。主に精神的な意味で」

「しばらく肉は食いたくねえな…」

「うん、そうだね…」

 

 正直な話、とてもきつかったと言うのが素直な気持ちである。今までの迷宮は肉体的に負荷がかかるものであったが、今回は精神的に負荷がかかった。今も吐きそうになっているのを堪えている状況だ。

 

 攻略が長くなることを見越して弁当を作っていたのだが、残念ながら出番はもっと後になりそうだ。宝物庫に鮮度を保つ機能があって僥倖である。

 

「……マモル」

「まもるん……」

 

 ユエと鈴が遠慮がちに北条に声をかける。

 二人とも北条が誰かに向かって怒りを抱いているのは初めて見た。入浴中に乱入したり、布団に全裸で潜り込んだり、勝手に服を拝借してみたり、後ろから首にぶら下がったり、膝を椅子にしたりしても冷静沈着だった北条が僅かに見せた怒気。

 

 声をかけたは良いが、その後の言葉が見つからない二人を見てハジメが溜息をつく。

 

「ほら衛、そんな怖い顔をしてるから谷口さんとユエさんが困ってるよ」

「…そうか。そのつもりは無かったが、すまない」

「ん、大丈夫。珍しいと思っただけ」

「そ、そうそう! いやー、まさかまもるんが怒ったりするなんて驚きモモノキってやつだよ!」

「僕はかなり久しぶりに見たかな。半年ぶりくらいだね」

「…俺は怒ったりしない」

 

 ハジメに背中をポンポンと叩かれた北条はバツが悪そうに…とは言っても表情が変わらないのだが、握った拳を解いた。すでに先に行ってしまっている(すでに魔物等が居ない事は確認済み)幸利達を追いかける背中を心配そうに見つめる視線が二つ。

 

 実のところ、北条の身の上を詳しく知るものは本人があまり喋らない事も相まってクラスの中には一人も居ない。すでに両親と死別して一人で暮らしているらしい事は分かっているがそれだけである。

 いつ両親が亡くなったのか? どうして亡くなったのか? どういった過去を送ってきたのか? それらは全て謎に包まれたままである。

 

「……ハジメはマモルの昔の事、何か知ってる?」

「う~ん、こればっかりはちょっと。いつか話してくれると良いんだけど」

「そっか~、南雲くんでも知らないなら誰も知らないよね。むむむ…まだ好感度が足りないのか…!」

 

 精々分かっているのは彼の人柄と、己の身を削るのに躊躇いが無いという性質だけ。事実、数か月間旅をして数えきれないほど魔物と戦闘をしてきたが、誰も怪我らしい怪我をしていない。一緒にオルクス大迷宮を攻略したユエですら精々一、二回掠り傷とも言えないものが付いた程度だ。全て北条が肩代わりしてくれている。

 

 だからこそいつか、戦いの中で皆を護ってあっさりと死んでしまいそうで心配になってくる。それこそがユエが隙間時間に魔法についての知識を深める理由であり、鈴が結界術の練度を飛躍的に上昇させている理由であり、そしてハジメが過剰なまでに道具類を用意している理由でもある。

 

 北条が護ってくれているように、自分達が北条を支える…ある意味最強だ。

 

「……頑張る」

「うん、絶対にまもるんは鈴が攻略して見せるよ! そうしたら…ぐへへへへ…!」

「むっ、それは私の台詞。絶対に負けない…。すでに子供の名前も十人分考えてある…じゅるり」

(衛は幸せ者だなあ。こんなにも想ってもらって――あ、そういえばこれで迷宮攻略も折り返し地点だ。どうしよう…すっかり忘れてた)

 

 二人が決意も新たに、一人はちょっと憂鬱な気分で遠ざかって行く背中を追いかけ始めた。

 

 




少しだけリアルが落ち着きました。
これからもちょっとずつ進めていこうと思います。
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