ありふれたRTAでラスボス撃破 タンクチャート   作:エチレン

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これでメルジーネ海底遺跡は終了です。


幕間:それでも人は進み続ける(終)

 結論から言うと、吐いた。

 

 メルジーネ海底遺跡を攻略した証として、祭壇の前にあった魔法陣に踏み込んだ一行。オルクス大迷宮やグリューエン大火山と同じように記憶を確認して攻略をしたか確認をする仕組みだったのだが、それがまずかった。

 

 何がまずかったのかと言うと、記憶の確認をするときは強制的に迷宮内の出来事を『思い出す』ようになっているという点であり、つまり、戦争の狂気や子供達の虐殺などと言ったスプラッタな記憶までハッキリと一気に脳内再生してしまうと言う事だ。

 

「あ、すみません皆さん、私はもう無理っぽいです」

 

 最初に脱落したのはシアだった。温厚で優しいハウリア一族である彼女は、試練の時のように小出しにされるのであればともかく、数秒の内に駆け巡る凄惨な記憶に耐えられなかったのだ。

 

「オロロロロ……」

 

 記憶の確認が終わった瞬間、ニッコリと悟ったように笑い、皆にかからないようにダッシュして神殿を取り囲む海の中に滝を流し込むシア。離れていてもちょっとだけ酸っぱい臭いが漂ってくる。そして、それを受けた何人かが顔を青くしてシアと同じように走り出した。

 

「ちょっ、おまっ、オロロロロ……」

 

「折角我慢してたオロロロロ……」

 

「気分が悪オロロロロ……」

 

「そんなっ、そんっ…オロロロロ……」

 

 犠牲者はハジメ、幸利、鈴、恵里の四人。シアと合わせて五人仲良く並んでもんじゃ焼きを海に不法投棄することとなった。ユエとティオは顔を青くしているが何とか堪えたようだ。年の功と言うやつである。

 ひとしきり出すものを出して口を濯いだ五人は仲良く肩を落として帰ってくる。

 

「すいません、お見苦しいものを…」

 

「いや、仕方あるまい。正直な話、妾もちょっと危なかったのじゃ。記憶を覗かれると言うのはお世辞にも良い気分とは言えないのう」

 

「……ん、恥じる事じゃない」

 

 気を取り直して、神代魔法の確認である。

 今回手に入った神代魔法は〝再生魔法〟であり、記憶や記録の再現、また壊れた物や傷付いた生物を治す効果も見込める補助寄りの魔法だ。

 

「……〝再生の力〟。やっと見つけた」

 

「確かハルツィナ樹海の大迷宮に入るために必要なものの一つでしたよね。と言う事は、これでやっと挑めるって事ですか?」

 

「…意地が悪いな」

 

 ハルツィナ樹海は大陸の東の果て。メルジーネ海底遺跡は大陸の西の果て。つまり、ハルツィナ樹海を攻略するためには大陸を往復して来いと言う事と同じである。最早、意地悪を通り越してイジメの領域にある悪意マシマシの配置だった。

 

 マジかよミレディ最低だな、などと思っていると魔法陣が消えて床から小さめの祭壇がせり上がってくる。そして、発光したかと思ったら光が形を変え、女性の形を作った。

 

 エメラルドのような美しい髪、ゆったりとした白いワンピース。そして何より海人族特有のヒレ。祭壇に腰掛けている解放者の一人メイル・メルジーネは海人族だったらしい。

 

「よくぞここまで辿り着きました。私はメイル・メルジーネ。貴方が恐らく〝反逆者〟と呼ぶ者の一人です。ここに居る私はただの影法師。貴方の言葉には答えられない事を許してください――」

 

 そこから始まったのはオスカー・オルクスが話した内容と同じようなものだった。

 反逆者、もとい解放者の真実から始まり狂った神の事の説明へと続く。ティオは初めて聞く話だったので真剣な顔をして聞き入っていた。

 

「どうか、神に縋らないで。頼らないで。与えられる事に慣れないで。掴み取る為に足掻いて。己の意志で決めて、己の足で前へ進んで。どんな難題でも、答えは常に貴方の中にある。貴方の中にしかない。神が魅せる甘い答えに惑わされないで。自由な意志のもとにこそ幸福はある。貴方に幸福の雨が降り注ぐことを祈っています」

 

 そう言って、最後に一度だけ微笑んでメイル・メルジーネは光の粒子となって消えた。

 オスカー・オルクスも言っていた『自由な意思』と言うのが彼等解放者の掲げていた旗なのだろう。どうやって世界の真実を知ったのかは分からないが、彼らは世界の現状を良しとしなかった。神の玩具になる事を拒んだ。

 

 神が実在する世界でそれがどれだけ大きな決断だったのか想像もできない。だが、一つ言えるのは彼等は世界を敵に回しても『自由な意思』のために戦う事を選んだと言う事だ。

 

 一度道は閉ざされかけてしまったけれど、それでもその先を歩いてくれる者はいる。

 恐らく彼等には無念はあっても後悔は無かったのだろう。たとえそれが先が見えない道だったとしても。どれだけ険しい道だったとしても。一生かかっても歩みきれなかったとしても。託された者が歩き続ける限り、彼等は死してなお進み続けることが出来るのだから。

 

「…行こう」

 

「ん、分かった」

 

 北条が宝物庫から墓石を取り出して設置した後、彼女が座っていた所に出現したメルジーネのコインを回収して身を翻して歩き出す。ユエがそれに続く。それぞれ感じ入るところがあったのだろう、他の面々は無言だった。

 

「少し話をしたいのじゃが良いか?」

 

「お? どうしたんだティオさん。珍しく真面目な雰囲気じゃねェか」

 

 ティオは何かを考えこんでいたようだったが、やがて息を大きく吐くと光を失った祭壇を背に一行に言葉を投げかける。ここに来るまでに人柄は見せてもらった。何を目的として動いているのかを把握できた。そして解放者達がどういう意思を以て神に反旗を翻したのかを知ることが出来た。

 

 ならば、全ては明かせないが、少しだけ自分の身の上を話すくらいはした方が良いと思ったのだ。この善き人々ならば自分の正体を知っても悪くは扱わないと確信できたから。

 

「全く、幸利は失礼な奴じゃのう。妾は何時でも真面目じゃと言うのに」

 

「幸利さんのデリカシーの無さについては今更ですぅ。それで、話しって言うのは何ですか?」

 

「うむ、他ならぬ妾の事についてじゃ。実はのう――むっ!」

 

 一度扇子で手の平をポンと叩いてから話し始めようとすると、その途端神殿全体が大きく振動を始めた。

 それと同時に天井に当たる岩盤に丸い穴が開く。どうやらグリューエン大火山と同じように、攻略完了と共に脱出口が開く仕組みになっているようだ。

 

「…上が開いたな。脱出口か」

 

「海底神殿……上に脱出口……あっ、ふーん」

 

「はいはい、鈴ちゃんの出番ですよ~! ユエユエお願い!」

 

「……ん、分かった。全員集合」

 

「い、一体何が始まるのじゃ?」

 

「大惨事迷宮だ。取りあえず話は後にして、舌噛まないようにしててくれ」

 

 デジャビュである。具体的に言えばライセン大迷宮の最奥で体験したアレと同じ雰囲気を感じる。周りを見てみれば水位が徐々に上がってきていた。

 いつかやったように〝聖絶〟と〝空域〟で生存圏を確保する。あの時とは練度が桁違いに上がっており、特に鈴に関しては以前の完全詠唱に匹敵するほどの強度の結界を一節詠唱で出せるようになっていた。

 

 一行を結界の守りが包んだ瞬間、あちこちから海水がとんでもない勢いで流れ込み、見る見るうちに水位が上がっていく。結界のお陰で一行は濡れることなく、脱出口から打ち上げ花火のような勢いで遺跡上の海中へと飛び出していった。

 

 確かにここまで来れた者であれば水中での移動手段くらいは確保しているだろうが、これはあまりに横暴ではないだろうか。以前と同じように結界の中でシェイクされながら一行の心は一つになった。

 

「絶対ミレディにあのトラップ教えたのコイツだろ…! 汚いなさすが解放者きたない!」

 

「全くですよ! 思い出したらむかっ腹がたってきました!」

 

「……解放者は性格が悪い。間違いない。激おこ」

 

「あはは…、それじゃあ潜水艇を出すね」

 

 結界内で、見た目に依らず乱暴なメイル・メルジーネの仕掛けにぶつくさと文句を言う。ともあれ、これで迷宮は攻略完了なので、あとは陸に帰還するだけだ。

 苦笑いをしながらハジメが潜水艇を宝物庫から取り出そうとする。それを視界の端に捉えていた北条は、発見したくないものを発見してしまった。

 

「…待て。追ってきている」

 

「あ? 何が――げぇっ!」

 

「きゃあっ!」

 

 幸利が悲鳴に近い驚愕の声を上げる。次の瞬間、結界が透明な太い触手によって横殴りにされた。

 完全なる不意打ち。幸いにして物理的な攻撃力はそれほどではなかったために結界が破壊されることは無かったが状況は最悪である。

 

「先ほどの魔物か! ここまで追ってくるとは執念深いやつじゃな!」

 

「ま、まずいよこれ! 完全に相手のホームグラウンドだよ! 鈴の〝聖絶〟もあれ相手じゃあんまり保たないっ!」

 

 迷宮の中ほどに居た溶解作用を持つ巨大クリオネ。一度は痛み分けで逃げおおせたが、相手はどうあっても北条達を溶かしたいようだ。しかも海中は相手のテリトリーである。半透明な触手が結界を溶かそうと迫ってくるのだが、どういう訳か水の抵抗を全く受けていないかのような素早い動きであった。

 

 あっという間に周囲を囲まれてしまう。このままでは結界が破られた瞬間に冒険終了である。

 

「…とにかく海上に上がる必要があるな」

 

「……私に考えがある。一分時間を稼いでほしい」

 

「時間稼ぎをすればいいんですね!? よっしゃー、やったりますよ!」

 

 ユエには何やら策があるらしい。それを聞いたシアが己を奮い立たせて気合を入れる。一分間の目標としては、息が出来る生存圏である結界を守り抜く事。幸い、手札はいくつかあるので出し惜しみなしである。

 

 まずはタリスマンを使って鈴の張った結界のさらに外側に結界を張る。それは当然、数秒で溶かされて突破される程度の強度しかないが、かなりの脳筋であるシアがただ守りに徹するわけもなく、突破される瞬間にあえて魔力を過剰供給させて結界を爆発させた。

 

 障壁を指向性を持たせて爆発させるバリアバースト、その劣化版である。結界師が使う本家本元には遠く及ばない威力とは言え、それでも触手を僅かながら後退させるには十分な威力があった。

 

「なるほど、今のを交互に行えば十分に時間を稼げそうじゃな!」

 

 シアの行った事を瞬時に理解したティオは、鈴の結界と触手の間に出来た隙間に、同じくタリスマンを使って結界を張る。そして溶かされる直前に爆発させて触手を僅かに後退させる。

 

 ゴボォン!! ゴボォン!! と連続してくぐもった爆発音が結界内の空気を揺らす。理論上はこのまま魔力が尽きるまでは時間が稼げるが、そう簡単にいかないのが現実である。

 

 二十秒ほど経った頃にタリスマンがパキッ、と金属が割れるような音を出して機能を停止した。当然だが、シアとティオはかなり無茶な使い方をしており、タリスマンは過剰な魔力供給に何度も耐えれるような強度はなかったのだ。

 

「何とか間に合ったぜ! オラッ、〝絶禍〟!」

 

「わ、私も何とか! 〝絶禍〟!」

 

 すわ絶体絶命かと思われた瞬間、幸利と恵里の重力魔法が完成して前後に展開される。

 極大の重力で出来た黒い渦巻く球体が、結界を襲う触手を呑み込んでいく。実は二人とも重力魔法に対する適性は高い。ユエのように瞬時に発動させることは出来ないが、二十秒も時間があれば十分であった。

 

「はい、二人とも。新しいタリスマンだよ。あと魔力回復薬も今の内に」

 

「任せてください! ……んぐんぐ……ぷはー! 元気百倍ですぅ!」

 

「うむ、助かる。……中々味も良いのう」

 

 触手には魔力すら溶かす効果があるので〝絶禍〟と言えども長くは保てない。精々が数秒である。だが、その間にシアとティオが態勢を整え、鈴が魔力を消費して結界を補強する。

 

「……〝界穿〟! 皆、これに入って!」

 

「でかした!」

 

 劣化バリアバーストと重力魔法で時間を稼ぐことに徹していると、三十秒ほどでユエの魔法が発動する。思ったよりも速く完成したようだ。今回使ったのは空間魔法の一つである〝界穿〟。二点間を繋ぐゲートを生み出す非常の難易度の高い魔法だ。

 

 全員が迷わずに光り輝く楕円形の幕に突撃する。一行の姿が消えた瞬間、半透明の触手が結界を跡形もなく溶かしていくが、そこにはすでに誰も居なかった。

 

「あ、アイキャントフラーイ!」

 

「脱出できたのは良いけど今度は違う意味でピンチだーー!」

 

(仕方あるまい、ここが切り時じゃな! 本当はしっかりと説明してからお披露目したかったのじゃが…!)

 

 出口のゲートはおよそ二百メートル程上空にあった。そこから飛び出した北条達は、当然重力に従って落ちていく。このままでは折角脱出できたのに、再び死地に逆戻りしてしまう。

 

 各々が何とか打開しようとしていると、ふと大きな黒い影が下に割り込んだ。

 

「ぐえっ!」

 

「わきゃっ!」

 

「…これは!」

 

 その黒い影の上に幸利が背中から激突し、シアと恵里とハジメがさらにその上に激突して、幸利からカエルが潰れたような声が漏れた。問題なく着地した北条は、落ちてくるユエと鈴を衝撃を殺すようにキャッチして足元を見やる。

 

 北条達が降り立った黒い影はドラゴンだった。北条達は、ドラゴンの背中に乗っていた。

 

「ど、ドラゴン~~~!?」

 

「な、何がどうなってるんですか~~~!?」

 

 シアと鈴が驚愕の声を上げる。他の面々も、声にこそ出していないが急な展開に二人と同じような感想を心の中で叫んでいた。

 

『妾じゃよ』

 

 それに答えたのは頭の中に響き渡るような声。どこからともなく聞こえてくる聞き覚えのある声に辺りを見回すが、居るのは自分を含めて七人だけである。

 

 周りに居ないティオ、突如出現した竜。

 

 答えにいち早く辿り着いたのはハイリヒ王国の図書館で情報を収集していたハジメ、そして教養があるユエの二人だった。

 

「…まさかだけど、ティオさんって竜人族ってやつなのかな? 本でチラッと読んだ事があるよ」

 

「……でも竜人族は五百年位前に滅びたはず」

 

『うむ、その事については黙っていて済まなかった! 説明は後じゃ!』

 

 ゴバァッ!! と水が弾ける音がして海上五十メートルまで落下していた北条達に巨大な津波が襲い掛かる。正直な話、滅びたはずの竜人族とはなんぞや、何故旅に付いてきたのか、などティオには色々と聞きたい事はあった。

 

 だが、ティオの言う通り、まずは目の前にある脅威を退けるのが先である。以前のように逃げることは出来ない。海底遺跡というテリトリーから解き放たれた怪物は、放っておくと周囲の生態系を絶滅させる恐れがある。そうすればエリセンに、ひいては大陸全体に悪影響を及ぼしかねないのだ。

 

「…させん。〝要塞〟」

 

 何とか津波から逃れようとするティオをすっぽりと、北条達をも包み込むようにして展開される黄金色のハニカム模様がある障壁。

 海中で万が一の時のために詠唱をしていた北条の〝要塞〟だ。燃費が悪く、詠唱にも時間が掛かるがその強度は折り紙付き。たとえ隕石が直撃しても破壊されないと言われる防護壁が津波を完璧に防ぎきる。

 

 さて、ここから正念場である。海面から上がってくるのは目算で全長五十メートル以上もある巨大クリオネ。以前とは比べ物にならないほどの巨大さであり、閉所ではない分全力モードと言う事だろう。

 

 迷宮に入ってからかなり時間が経っていたのか、すでに夜明け時であり、水平線から覗く太陽がまぶしい。

 

「デカ過ぎんだろ…」

 

「どうやって攻略します? その、私にはちょっと思いつかないんですけどぉ…」

 

『むっ、来るのじゃ! しっかりと捕まっておれ!』

 

 どうやら向こうはやる気満々なようで、早速半透明な触手を鞭のようにしならせて攻撃してきた。

 それを見事な飛行技術で躱していくティオ。だが、一発でも当たればそのままお終いになりかねないのでかなり必死であった。

 

「ティオさん! ドラゴンなんだしブレスとかは使えないの!?」

 

『使えるには使えるのじゃが、アレを削り切れるほどのものは無理じゃ! と言うより回避で割と一杯一杯で使う暇がないのう!』

 

 触手を掻い潜るティオの背中で交わされるやりとり。ごうごうと耳を風が打つが、ティオの声は念話のようになっているようで問題なく聞こえる。

 

 中々当たらない事に業を煮やしたのか、今度は半透明ゼリーを雨あられと広範囲に飛ばしてきた。咄嗟に鈴が〝聖絶〟を使うが全ては防ぎきれずに一、二滴だけ美しい黒い鱗に付着した。

 

『ぬおぉっ!? わ、妾のビューティフルな鱗から煙が出ておる!』

 

「り、竜の鱗も溶けちゃうんだ…」

 

「鉄も魔力も溶かしちゃうし、まさに何でも溶かしちゃう凶悪な武器ってわけだね」

 

 幸い付着したのはほんの少量であり、鱗の表面だけを溶かすだけに止まった。だが、これはすなわちまともに浴びてしまえばティオと言えども危険と言う事と同じである。

 

「…何でも?」

 

「……マモル?」

 

「どうしたのまもるん、何か気付いたの?」

 

 ハジメの言葉に反応したのは北条だった。何でも溶かしてしまうと言う部分について何かが引っかかったのだ。ユエと鈴の視線を受けながら引っかかる部分を拾い上げようとして、すぐにそれが浮かび上がった。

 

「…岩は溶けた。だが岩壁は溶けていない」

 

「……そういえば」

 

 何でも溶かすのであれば、一度目の戦闘で岩壁の至る所から半透明ゼリーが湧きだした時に岩壁も溶けていたはずだ。出入口だってそうだ。明らかにびっしりと詰まっていたのに周りの岩壁は溶けていなかった。

 

 だが、『攻撃をしてきた時』『防御をした時』は地面に接触した半透明ゼリーは岩や魔法を溶かしていた。ただそこにあるだけで全ての物を溶かしてしまうのであれば、そもそもメルジーネ海底遺跡はとっくの昔に消滅しているはずだ。

 

「つまり…どういうことですか?」

 

「…無条件に溶かすわけではなく、溶かす意思がある時にのみ効果を発揮する」

 

「北条…そこに気付くとは…やはり天才か」

 

『それで、どうするのじゃ? それが、分かった、ところで、どうにかなるとは、思えないのじゃが――ぬおっ、掠りそうになったのじゃ!』

 

 つまり、鉄壁に見える触手での防御も反応できない、または認識できない攻撃に対してはその効果を発揮しないと言う事。だから派手なユエの魔法やティオが使えると言うブレス攻撃では効果が薄い。文字通り『認識してから防御』されてしまうからだ。

 

 それにティオが言う通り、先程からユエがちまちま炎属性の魔法で攻撃しているが、次から次へと新しい半透明ゼリーが海から染み出して補充されており、全くもって終わりが見えない状態である。

 

 さらには最初は四本程度だった触手が今は六本までその数を増やしている。今はまだ何とか凌げているが、このまま手数が増え続ければいずれ被弾するだろう。

 

「…いや、どうにかなる」

 

「お~、さっすがまもるん! それでそれで、鈴達はどうすればいいの?」

 

「…ああ、まずは――」

 

 攻防一体の半透明ゼリーに底が見えない耐久力。凄まじいまでに強力な相手だが、こちらの手札で勝利するためにはどうすればよいか、北条には道筋が見えたようだ。

 

 触手を掻い潜るティオの背中から落ちないようにしがみ付きながら作戦を伝える。

 

「……なるほどな。俺はそれで良いと思うぜ」

 

「それなら確かに倒せる可能性が高いね。でもそうなると囮役が必要になるんだけど…」

 

「…囮役は当然俺が行く。最適だろう」

 

「……でもそれだとマモルが危険すぎる」

 

「ユエユエの言う通りだよ! 確かに理には適ってるとは思うけど、いくら何でも無茶だよ! せめて鈴も一緒に連れてって!」

 

「…俺は問題ない。皆頼んだ」

 

 北条の作戦を聞いた反応は賛成四、反対二、どちらでもないのが一(ティオ)。

 最後までユエと鈴は反対していたが、これ以上の作戦が思い浮かばないのも事実なので、結局は実行されることとなった。

 

 宝物庫から『空を飛ぶ箒』を取り出してティオの背中から飛び出していく北条を心配そうな目で見つめる目が二対。北条と言う的が増えて攻撃の密度が緩んだ事で、多少の余裕が出来たティオが呆れ気味に溜息を溢した。

 

『…二人とも心配なのはわかるのじゃが、今は妾達は妾達の為すことを為すべきじゃろう』

 

「……ん、分かった。出来る限り早く終わらせる。でも後でお説教」

 

「全くその通りだよ! まもるんはいつもこうなんだから! 後でたっぷりとお仕置きしてやる~!」

 

「あはは…、二人とも程々にね」

 

「そんじゃ、俺と中村は準備に入るからそっちは頼んだぜ」

 

 空を飛ぶ箒で飛びまわる北条は、とある技能を使った。オルクス大迷宮で自然に覚えた技能であり、その効果は気配を消す技術の対極にある。目を逸らせない程に存在感を大きくすることで敵の攻撃を引きつける、盾役としては非常に有用な技能だ。

 

 物理的に巨大なティオが居るので普段通りの効果は発揮しないが、それでも半分ほどの注意を引きつける事を可能としていた。

 

「〝蒼天〟〝炎龍〟〝炎天〟」

 

『これならば妾も多少は攻撃できそうじゃな!』

 

 そこにユエの魔法と、少し余裕が出来たティオのコンパクトな火炎ブレスが襲い掛かる。

 半透明ゼリーが蒸発している事から多少のダメージは与えられているが、それもすぐに海中から補充されてしまう。だが、今はただひたすらに敵の注意を引きつけることが出来ればそれで良かった。

 

 触手での攻撃を掻い潜り、飛ばされる酸の雨を結界で防ぎ、時間を稼ぐこと一分ほど。

 北条が上手く引きつけているようで、途中からティオの方にはほとんど攻撃は来なかった。

 消費した魔力回復薬が十を超えようかという時にようやく準備が完了した。

 

「…私は準備完了だよ。清水くんは?」

 

「俺も丁度終わった所だ。何時でも行けるぜ?」

 

 恵里の言葉に幸利はニヤリと笑い、手に持ったロッドをクルリと一度回して地面を突いた。この動作はカッコいいからすごく練習したという経緯がある。

 

『あふんっ』

 

 ちなみに、幸利が突いたのは地面ではなくティオの背中である。

 上手い事に『入った』ティオは、変な声を出して大きく体勢を崩した。

 

「ぬおぉぉっ!?」

 

「ちょっ、ティオさん、変な声出さないでくださいよ!」

 

『す、すまぬ! じゃが幸利が変な所を突っついたのが悪いのじゃ!』

 

「い、今はギャグパートじゃないのに~! ってああっ、まもるんがっ!」

 

「させないっ! 〝緋槍〟!」

 

 フラフラしている間に北条が触手で叩き落とされた。接触直前に盾でガードしたようで、どうやったかは不明だが弾き飛ばされただけで大したダメージはなさそうだ。

 とは言え、アザンチウムを編み込んである上着が溶けてしまい襤褸のようになってしまっている。最早この戦闘では使い物にならないだろう。

 

 追撃をしようとする触手をユエが魔法で撃ち抜いて追撃を防ぐ。

 

「そ、それじゃあ行くよ! 〝零落〟!」

 

 何とか体勢を立て直した後、恵里が杖を巨大クリオネに向けて魔法を発動させる。それは魂を落ちぶれさせる魔法であり、本来であれば強力な悪霊などを弱体化させるために使う魔法である。

 生きている者に対しては当然、効果は薄い。だが、全身専用のアーティファクトで固めた事で神代魔法に片足を突っ込んだ恵里であれば、少しだけ効果を発揮させることが出来る。

 

 〝零落〟によって一時的に『魂の格』が下がった巨大クリオネ。だが、彼あるいは彼女は狡猾である。当然、自身に起こった異常は感知できるだけの知能はあった。

 

「気付くのがおせーよ! 〝掌握〟」

 

 自身にかかっている何かしらの魔法を溶かそうと動いた瞬間、幸利の闇魔法が発動した。

 通常であれば効果を発揮するかどうか怪しい幸利の魔法はあっけなく巨大クリオネに通った。ビクン、と一度大きく痙攣をして沈黙する。

 

『おおっ、動きが止まったのじゃ!』

 

「……あれからさらに腕を上げてる」

 

「マモルさんの予想も当たってましたね!」

 

 巨大クリオネは魔法に対しての耐性が高い。だが、それは魔法すら溶かすという特性ありきのものだ。

 つまり、魔物そのものの魔法への耐性が低いからそれで補っているのではないか? と北条は仮説を立てたのだ。そしてそれはズバリ当たっていた。

 

「お褒めに与り光栄――って言えたら良いんだけどな! これでもあんまりは保たねェぞ! 南雲ォ、ユエさん! 準備は出来てんのか!?」

 

 だが、闇魔法は相手の格が高ければ高いほどに使用する魔力が必要になる。どうやら今回の相手はそんじょそこらの魔物とは格が違うようで、恵里の魔法によって格を落としたと言うのに、気を抜けばすぐにでも支配が解けてしまいそうだった。

 

 当然ではあるが、恵里の魔法が解けてしまえばその時点で計画は台無しになる。精々保ったとしても三十秒が限界だ。汗を流しながら幸利は怒鳴るように叫んだ。

 

「ん、コツは掴んだ。何時でも行ける」

 

「大丈夫、僕も準備は出来てるよ。それじゃあティオさんお願い!」

 

『よかろう。では行くぞ! しっかりと掴まっておれ!』

 

 ハジメが取り出したのは、メルジーネ海底遺跡でも使った爆弾であった。それも威力が弱めのではなく、一番強いものである。それを十枚ほど用意する。当たれば確実にオーバーキルだ。

 

 巨大クリオネに向かって真っすぐに飛ぶティオの背中から落ちないように、鈴が結界でサポートする。近づくにつれて巨大クリオネの形が球状になっていき、ストックしてあっただろう半透明のゼリーが海の中から飛び出してきて集まっていく。

 

 闇魔法で一時的に行動を掌握した幸利が出した命令は二つ。

 

 自身を構成する半透明ゼリーを全て一塊にする事。

 そして、あらゆる外部からの干渉に対して無反応になる事。

 

 それによってこの魔物は、魔法が効いている間はただの的になる。たとえ素手で触っても溶けることはないだろう。

 

 途中で北条を回収して、半径五十メートル程の巨大な球状となった半透明なゼリーの塊の側に近寄ると、ハジメは爆弾札を投げつけた。

 トプン、と水音がして爆弾札が半透明ゼリーの中に飲み込まれていく。溶けたりする様子が無い事から北条の予測は正しかった事が判った。

 

「〝界穿〟!」

 

 しっかりと爆弾札が当たったのを確認してからユエがあらかじめ発動待機状態にしていた〝界穿〟を発動させて、皆を乗せたティオが大きめに作られた入り口に身体を捻じ込んでその場から離脱。

 

 約三百メートル程離れた地点にある出口から脱出した瞬間―――

 

「…!」

 

「~~~~っ!」

 

 結界を貫通するほどの轟音と衝撃が北条達を襲う。最早音の衝撃波だ。

 卑劣な爆弾札十枚もの威力はこれだけ距離を取ってもしっかりと伝わってきたのだ。

 特に聴覚の鋭いシアは目を回してしまっている。

 

『き、キーンと来たのじゃ…。まさかこれほどの威力とは思わなんだ』

 

「僕もちょっとやりすぎたかなって思ったよ…」

 

「ま、魔物は倒せたのかな…?」

 

 あまりの威力に海面が大きく揺れている。聞こえるのは爆発の後の余韻の音と波のさざめく音のみ。

 しばらく待ってみても魔物は一向に姿を現さない。どうやら今ので全て吹き飛んだらしい。

 

「出てこないな」

 

「うん、終わったね…」

 

「……ん、疲れた」

 

「うぅ……頭がくらくらしますぅ……」

 

 戦闘が終了した事で気が抜けたのか、魔力を使い果たしたユエが座り込む。上級、最上級魔法の連発に加え、難易度の高い空間魔法を行使したため精神的な疲労が大きかった。

 ユエだけでなく、ほぼ全員が魔力が底を尽きかけていたのでかなりギリギリの戦いだった。

 

「…うん、それじゃあ改めて潜水艇を出すね」

 

「うえ~…潮風とか海水でベタベタだ~。取りあえずシャワーを浴びて泥のように眠りたいな」

 

『流石の妾も疲れたのじゃ…。何はともあれ、まずは休息じゃな…』

 

 ティオが海面近くまで下降して、ハジメが潜水艇を取り出す。

 色々と訊きたい事、話したい事はあるが体力的にキツイので一先ず後回しにして安全な潜水艇内で休息をとる事になった。

 

 顔を出した朝日の光が海面に反射してキラキラと、勝利を祝福するように光っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「つまり、ティオさんは竜人族の生き残り『クラルス一族』の首領さんの孫娘で、強大な魔力と共にこの世界に降り立った勇者一行を調査するために俺達の旅に付いてきたと」

 

「それで僕達の人となりを把握して、話してしまっても問題ないと判断したと」

 

「うむ、その認識で合っておる。事情があったとはいえ、騙すような真似をしていたのは事実。今まで黙っていて済まなかったのじゃ」

 

 頭の後ろで手を組んで背もたれにもたれかかる幸利の言葉に行儀よくティオが頭を下げる。

 

 潜水艇に乗り込んでから八時間後。しっかりと休息をとって体力を回復させた一行はリビングルームに集まっていた。これからの方針を話し合う必要があったし、ティオの事についても色々と訊くことがあったからだ。

 

 素直に事情を話して謝罪したティオに対して不満を言う者はいなかった。むしろ「ああ、成程」と納得したくらいだ。竜人族と言うのは世間一般にはすでに絶滅したとされており、その原因は聖教教会に、ひいてはエヒトにある。

 

 勇者である天之河は現在、ハイリヒ王国の首都に居る。しかし、聖教教会の勢力が強いそこに近づけなかったのも当然である。

 

「事情があるなら仕方ないよね。鈴は全然気にしてないよ! でも竜人族か~。すごくカッコ良かったよね、エリリン! こう、ビューっと飛んでぐわーって炎を吐くんだもん!」

 

「う、うん…、凄かったよね…!」

 

 口々にティオの竜化形態についての感想を言い合う。概ね好意的であり、素直な賞賛にティオは少しむず痒そうにしていた。ティオの隠し事や種族について悪い意見は出なかったので、どうやら許されたようだ。

 

「…許されたようだな。ならば俺も――」

 

「あ、まもるんはしばらくそのままだよ。鈴ちゃんはまだ怒っています」

 

「……もうちょっと反省する必要がある」

 

「……そうか」

 

 北条は、部屋の片隅で床に正座させられていた。

 首から下げた板には『私は危険な行動をしました』と書いてある。

 ティオが許されたことで便乗して立ち上がろうとしたが、鈴とユエに睨まれて静かに正座し直した。

 

 北条の防御能力は知っている。今更それを疑う余地は無い。理屈の上でも必要だったと言う事も分かる。だが、一人であの危険な魔物の攻撃を受け持つのは流石に心配だったのだ。

 彼自身の耐性もあり酸によるダメージは殆ど受けていなかったが、アザンチウムが編み込まれている上着はすっかり溶けてしまっており、ドラゴンボールの戦闘後のように上半身の服が殆ど消え去っていた。

 

 何か一つ間違えていたら怪我どころでは済まなかったかもしれないのだ。

 

「ま、まあまあ。作戦は上手くいったんですし、マモルさんも大きな怪我は無かったんですから、そろそろ許してあげたらどうですか?」

 

「う、うむ。あの姿勢では辛かろうて。もう十分なのではないか?」

 

「……ダメ。エリセンに着くまではこのまま」

 

 椅子から立ち上がったユエは、トコトコと北条に近付くと、正座しているその膝に腰を下ろした。

 

「……!」

 

 少しだけ痺れ始めている足にかかる負荷。いかに体重が軽いとは言えキツイものがある。とは言え、北条の顔には全く表情が出ないので、全く堪えていないように見える。

 

「あっ、鈴も座る! ユエユエ、片方空けて~」

 

「ん、分かった」

 

「……っ!」

 

 そこに鈴が加わった。左足にユエ。右足に鈴。のしかかる二人分の体重。普通なら柔らかい感触に鼻の下が伸びそうなシチュエーションだが、今は足が痺れていてそれどころではなかった。

 

「あ、ちょっと辛そう」

 

「モテモテじゃねェか。あ~羨ましいな~」

 

 ハジメと幸利がニヤニヤしながら見守る。明らかにこの状況を楽しんでいた。

 助けを求めるようにシアとティオに視線を向けるが目線を逸らされる。恵里は我関せずと言わんばかりに茶をシバいていた。

 

「……」

 

 詰んだ。どうしようもない状況になった。最早、エリセンに着くまで耐えるしかない。

 足に痺れを感じながら、北条は無表情のまま項垂れた。幸い、北条の回復力は異常なまでに高いので、正座から解放されればすぐに足の痺れは治るだろう。それを見越してのお仕置きだった。

 

 その後も動けないのを良い事に、エリセンに着くまで二人に好き放題にされる事となった。




次回からはまたゲームパートに戻ると思います。
タブンネ!

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