ありふれたRTAでラスボス撃破 タンクチャート 作:エチレン
短い話が幾つか。
昼下がりの訓練場。普段であれば、この時間はメルドを始めとする騎士達が汗を流しているのだが、今日は様子が違った。
そこには黒山の人だかりが出来ており、騎士達も訓練の手を止めてその中に混じっている。
「悪ぃな北条、付き合わせちまってよ」
「この程度問題ない」
その中心では北条と檜山、近藤が模擬戦用の武器を握って向かい合っていた。
あの会議が終わった後、檜山はまず北条に挨拶をしに行った。オルクス大迷宮での出来事を謝っておきたかったのだ。予想通りと言うか、北条はその事については全く気にしていなかったようで、あまりにもあっさりと檜山は許された。
その後、軽く初見のメンバーと自己紹介をした後(何故かユエからは礼を言われた)、攻略した大迷宮についての情報をやり取りした後に、どれだけ腕を上げたかお互いに確認するために模擬戦をする流れとなったのだ。
メルドに頼んで訓練所の一角を使わせてもらえないか頼んだところのだが…。
「それは良いな! 騎士達にとっても良い刺激になりそうだし、少しだけ訓練所を丸ごと使っても良いから観戦させてくれないか?」
快諾されるどころか、こうして見稽古と称してギャラリーまで出来てしまった。
そこからあっという間に話が広がって、クラスメイト達が観戦しに来たのだ。
北条としては対人戦の経験を積めるし、檜山としても今まで四つの大迷宮をクリアしてきた北条とは一度戦ってみたいと思っていた。自分の力がどれだけ通用するか試してみたかった。
「それじゃあルールの確認をするよ。この砂時計が落ちきる前に衛の後ろにある人形に攻撃を当てれたら檜山くん達の勝ちで、当てれなかったら負け。お互い身体強化以外の魔法は使用禁止。それでいいかな?」
「ああ」
「おう」
「はいよ」
三者三様にハジメの言葉に返事をする。北条の背後にはハジメが錬成でパパっと作り出した土人形が鎮座している。強度はスカスカで、訓練用の武器とは言え檜山や近藤の力で攻撃されたら一撃で破壊されるだろう。
檜山と近藤が攻めて、北条が守る。非常に単純な勝負であった。
なお、中野と斎藤は魔法使いタイプなので今回の模擬戦には不参加である。
「ねえねえ、どっちが勝つと思う?」
「やっぱ数的有利をとってる二人じゃねえか?」
「だよな~。攻めてりゃいいだけだし。流石の北条も厳しいんじゃないか?」
邪魔にならないように観戦しているクラスメイト達が勝敗の行方について予想し合う。
意見を纏めると、概ね檜山側が優勢であろうという流れだ。
金級冒険者一党『サティスファクション』。王都までちらほらとその活躍が噂として流れてくる超新星。アンカジ公国を救い、フューレンで闇組織を壊滅させ、さらには七大迷宮の一つを攻略せしめた注目株。一部地域では勇者よりも有名な四人組である。
「で、二人としてはやっぱり北条の勝ちを疑わないわけ?」
「モチのロンだよ! まもるんの守りが抜かれる所なんて想像できないからね!」
「ん、当然。マモルの後ろは世界で一番安全。神話にもそう書いてある」
「いや、それはおかしい」
園部の言葉に鈴とユエが自慢気に答える。
二人だけではなく、北条チームに居るメンバーも概ね、北条の勝ちを疑わなかった。
相手を倒すのであればともかく、味方を守るのであれば砂時計が落ちきる数分間どころか日が沈むまで余裕で防ぎきると思っている。
「それじゃあ模擬戦――開始!」
ハジメが砂時計をひっくり返した瞬間には、すでに檜山と近藤は動き出していた。
縮地を使って一歩で距離を詰めた檜山が、盾の無い右手側に剣を横薙ぎに振るう。二の腕、肘関節、手首を順に狙った三連撃。
その速度はまさに神速であり、観戦している騎士の目には辛うじて影が映るほどだ。
軽戦士らしく速度と手数に特化した攻撃。
それをさも当然のように反応した北条は、あえてそれを
「――ッ!」
これに驚愕したのは檜山だ。確かに狙い通りに木剣が直撃したと言うのに、手に伝わってくるのは肉や骨を打つ感触ではなく、鉄柱を殴ったかのような堅い感触。
こちらが攻撃をしたと言うのに、逆に手が痺れそうになる有様。なお、北条の方は顔色一つ変えていない。お互いに防具は着けていないというのにこの堅さは異常だ。
『鋼のような筋肉』という表現があるが、北条の極まった耐久力や体幹はすでに肉体そのものが鋼の強度と化していると言っても過言ではなかった。一般人が素手で殴ろうものなら、間違いなく殴った方の手が骨折をする。
躱すなり防ぐなりさせて一手使わせれば儲けものと思っていたが、そうは問屋が卸さないようだ。
(なら顔面はどうだ!)
一瞬の思考の後、右足で顔面目掛けてハイキックをするがそれは盾で完璧に受け流される――どころか、受け流すことによって出来た一瞬の隙に盾を使った打撃が繰り出された。
「ぐ――おぉっ!」
コンパクトな動作に見合わない強力な威力。咄嗟に木剣を割り込ませてガードしたと言うのにダンプカーに撥ね飛ばされるかのような衝撃が襲い、そのまま吹き飛ばされて十メートル程地面を転がる。
だが、一手使わせた。
受身を取りながら檜山はほくそ笑む。
「もらった!」
いつの間にか右側の死角に回り込んでいた近藤が連続して刺突を放つ。
一息の間に繰り出された数十のそれは回避が出来ない程に広範囲を削り取る瀑布の様であり、盾一つではガードしきれないだろう。
「そうか」
「んなっ!」
問題無しとばかりに北条が右手の剣を振るう。
数十に及ぶ刺突を一瞬で見切って打ち払い、叩き落とし、一つ残らず相殺してしまった。
北条が握れば盾だけでなく剣も立派な防具となる。仲間が攻撃を受け持ってくれるからこそ自分は防御の技術を高めることが出来る。数多の鉄火場を潜り抜け練り上げられた防御術は、すでにトータスにおいても右に出る者はいないだろう。
反撃を受ける前に大きく後ろに跳んで離脱――しようとしたところで槍を掴まれ、檜山にぶつけるようにして放り投げられる。空中で体を捻り、器用に槍を地面に叩きつけて直撃コースから逸らし、檜山の横に着地した。
これで状況は振り出しに戻った形だ。
フーッ、と大きく息を吐いて構える檜山、近藤とは対照的に北条は始まった時と同じく自然体であり、息一つ乱していない。
「どっちも強すぎてワロタ」
「アニメみたいにファンタジーな動きしやがって…」
「俺達も出来るだろ」
ここまで僅か数秒であったが、それでも周りが沸き立つには十分な攻防だった。
北条の守りの堅さが目立つが、檜山のハイキックの爪先がこめかみに当たる軌道だった事や、近藤が北条だけでなく土人形もさり気に攻撃範囲内に入れていた事などの小技も輝いていた。
「へっ、簡単にはいかねえぇと思ってたが…」
「想像以上だぜぇ…! 俺の
ちなみに技名はたった今思い付きで名付けた。
それなりに経験を積んで、大迷宮も一つ攻略して実力が付いたと思っていたが、こうして対峙してみると追いつくにはまだまだ遠い事が分かった。
きっと北条は倒せない倒れない。膝を付く未来すら見えない。しかし勝利条件は土人形を破壊する事なので倒す必要は無い。二人で連携して事に当たればまだ可能性はあるように思えた。
今度は左右に分かれて襲い掛かるが、檜山と近藤は知らなかった。
北条は自分が攻撃されるよりもむしろ、後ろにいる仲間に攻撃されそうになった時にこそ能力を発揮するという事を。
(抜けねぇ…!)
(左右同時でも無理なのか…!)
前後左右、どこから攻撃しても弾き飛ばされる。一撃の威力に重きをおいても手数で攻めても結果は変わらない。同時に攻撃しても瞬間移動と見紛うほどの速さで対応される。さらに合間合間に繰り出される盾での反撃も、直撃すれば間違いなく一時的に戦闘不能になるほどの威力がある。
模擬戦が始まる前に周りのやり取りは聞こえた。鈴とユエが得意気に語っていたがなるほど、いつもコレに守られていると言うのであれば納得がいった。確かに突破できる気がしない。
(コイツ…どんだけ間合いがありやがるんだチクショウ!)
(これ絶対訓練場全域が間合いだよな!)
何度も動き回って攻めたからこそ感覚的に分かる北条の間合い。向こうから攻撃してくることはないが、少なくともこの訓練場の全てが盾の届く範囲なのだろう。きっと不意に観客に攻撃しても当然のように割り込んでくるに違いない。
だが、それでも諦めずに戦うのが檜山と近藤である。仮にも金級冒険者なのでそれなりのプライドはあるのだ。武器での攻撃だけでなく、タックルを仕掛けたり反撃覚悟で組み付いたりするが悉くをいなされる。むしろ組み付いたところで投げられて投擲武器にされるだけだった。
「そこまで! これで模擬戦は終了!」
やがて砂時計が落ちきるが、結局北条の背後に鎮座する土人形には掠り傷一つ付けることが出来ずに終わった。
「あ゛~~畜生! 無理だったか!」
「あっちこっちが痛え…。ぜってー痣になってるわコレ」
「…油断出来ない動きだった」
終わった途端、檜山と近藤が悔し気に唸る。わずか数分間の模擬戦で、手に持った武器はベコベコになっていた。王宮勤めの錬成師に言って修復してもらう必要があるだろう。
肩で息をしている檜山と近藤に対して、北条は特に変わりない様子だったが、内心では手放しに称賛していた。おそらくそこらの騎士が束になっても敵わないだろうレベルにまで練り上げられている。今回は身体強化以外の魔法は使わないルールだったが、そうでなければまた違う結果になっただろうと思っていた。
「三人ともすごかったぞー!」
「金級冒険者は伊達じゃないって事が分かったよ」
「さすがはチームサティスファクションのリーダーだ!」
「 や め ろ 」
ギャラリーが、今の模擬戦を見て口々に囃し立てる。口ではなんだかんだ言いながら檜山や近藤も満更ではなさそうだった。その後、触発されたのか他の生徒達が俺も私もと模擬戦を申し込んでいく。
「どやあ…!」
「…どやっ!」
「いや、何でアンタらが得意気なの…」
ふんす!と鈴とユエが得意気に胸を張る。その姿からは「どうだ、私の衛はすごいだろう」という雰囲気が滲み出ていた。
「あの檜山でさえこれほどの……」
反して、今の模擬戦を見て内心穏やかではなかったのが光輝だ。
トータスに来た当初であれば間違いなく光輝の方が遥かに格上だったし、実際模擬戦をしても負けることは一度も無かった。
だが今はどうだろうか。あの戦いに自分が入っても付いて行けただろうか。
檜山達が冒険者となるために旅立ってから半年も経っていないというのに、いつの間にか最初にあった差はすっかり埋まってしまっていた。
北条に至っては、完全に理解の外側である。当初は互角のライバルだと思っていたのに、すっかりと水をあけられてしまっている。すでに四つも大迷宮をクリアして、特別な力も手に入れて、これではまるで――
(違う! 勇者は北条じゃなくて俺なんだ! 俺が世界を救うんだ!)
嫌な考えを振り払うように頭を振る。
その姿を、心配そうに誰かが見つめていた。
鈴は今、非常に機嫌が良かった。
模擬戦が終わった後、みんなそれぞれ積もる話があると言う事で自由行動になったのだが、当然と言うべきかユエ、シア、ティオの三人はクラスメイトに捉まってしまった。
三人は非常に容姿もよろしく、お近づきになりたいと思う男子や女子が多かった。手紙でその存在だけは知っていたが、実際に見ると想像以上だったようだ。現在は王宮の談話室で根掘り葉掘り(?)質問を受けているだろう。
ハジメは香織に連れられてどこかに行ってしまった。
つまり、今現在鈴と北条は完全にフリーなのである。そう、暇なのである。
二人は連れ立って、王都を歩いていた。つまり、デートである。
一応は買い出しという名目なので北条にはそんな認識がないかもしれないが、デートである。
(ありがとうエリリン! ありがとう皆!)
心の中で頼れるクラスメイト達に礼を言う。シアとティオはともかく、ユエは抜け出してついて来ようとしたが、主に女子生徒の人垣に阻まれてしまったのだ。
恵里や園部、宮崎などがサムズアップしていた事から気を遣ってくれたのだろう。
「~~♪」
「…上機嫌だな」
「ふふん、モチロンだよ! 久しぶりにまもるんと二人でお出かけだからね!」
地球に居た頃は時々こうして一緒に帰ったり、休日にどこかに出かけたりしていた。お互い特に予定がなくて、街でバッタリと出会ったときにはそのままの流れで遊んだものだ。
トータスに召喚されてからはご無沙汰だったが、久しぶりにこうして以前のように二人で並んで歩いているのだ。日が沈むまでに帰らないといけないので数時間という制限があるが、スキップをしそうになるほど鈴は浮かれていた。機嫌を表すように二つに結んだお下げがピョコピョコと犬の尻尾のように揺れている。
旅に必要な物…主に食糧を買い込んでは宝物庫に入れていく。こういう時、いくら買っても手荷物が増えないので宝物庫は非常に便利だ。
商店を見て回った感じ、食料品はたくさん並んでいるように思えた。ここに来た当初は品切れになっていることも多かったから、これは間違いなく愛子のおかげだろう。たった半年も経たない内にこうも食糧事情を改善させるとは、人類側からすればまさに棚から牡丹餅というものだろう。
「…これで終わりだ。帰るぞ」
「えー、まだちょっと時間があるよ! ほら、まだ半分くらいしか日が沈んでないし! せっかくだから色々と見て回ってみようよ!」
一時間ほどかけてあらかた必要な分を買い終えた二人は時間もあるということで少し寄り道をしながら帰ることになった。北条としてはまっすぐに帰っても良かったのだが、鈴たっての希望だったのでそれに従うことにした形だ。
夕暮れ時の王都を二人で並んで歩いていく。
「懐かしいな~。寒い時にはよくコンビニで肉まんを買って半分こしてたよね。まもるんったら半分に割るのがへたっぴでいつも私に大きい方を渡してきたし、不器用にも程があるよ」
「…俺は不器用じゃない」
北条の方は手先が不器用であると言われたと思っていたが、鈴の方はそういった意味では言っていなかった。
何も言ってくれないが、鈴は知っていた。いつもいつも、わざとちょうど半分にせず大きい方を渡してくれていたのだ。女の子としてはたくさん食べさせてくる事に言いたい事があったが、不器用な優しさが嬉しかった。…そのおかげで一時期体重が増えかけたことがあったのだが。
「そうだ! せっかくだし、久しぶりに買い食いしちゃう?」
「分かった。ちょうどそこにあるな」
「いらっしゃい! 出来立てのホカホカ肉饅頭、いかがだい?」
指をさした方向には軽食を売っている店があった。しかも都合良く肉まんのようなものが売っている。愛想が良さそうなおじさんが営んでいる個人店のようだ。
人通りはそれなりにあるが、時間が時間なので客も並んでおらず、さして待たずに買えた肉まん(仮)をいつものように半分にする。
「俺は不器用じゃない」
「おー、ぴったり半分こ……まもるん、気にしてたの?」
「俺は気にしてないし、不器用でもない」
どこか得意げな北条に苦笑いをして頬張ろうとするが、不意に足元から鳴き声が聞こえてきた。
口を半開きのまま視線をやるとそこには薄汚れた子犬がいて、物欲しげにじっと二人を見つめている。
「…ワンちゃんか」
「こっちにも犬は居るんだよね。ものすごく見てくるけどお腹が空いてるのかな? 飼い主とかも居なさそうだし…」
「ここら辺にはたまにこういうのが居るんだ。コイツはまだ子犬だな…、って事は親が死んだか、それとも捨てられたかのどっちかだろうよ。下手に餌をやって懐かれても困るだけだし、ほっとくのが正解だぜ」
「…そうか」
鈴の疑問に答えたのは、肉まん(仮)を買った店の店主だ。
ここで店を構えて十年以上になる、立派な王都の住民である。ずっとここで店を続けているので、この辺りの事についても詳しかった。
今では生活に余裕があるが、少し前までは食糧不足や魔人族との戦争などの事情が積み重なって、今まで飼っていたペットを手放す人が続出した。そうして増えた野良犬が交配して子犬が増えたのだ。
とは言っても街の外に出て行っているのか最近は数も少なくなっているようだが、それでも外で生きていけないような子犬はこうして街中で彷徨っている。
「おーい兄ちゃん、俺の言う事聞いてたか~? 下手に餌をやると懐かれるぞ~」
「…ああ、聞いていた」
「しょうがないなぁまもるんは……私のもあげるよ! おかわりもいいぞ!」
「嬢ちゃんまで……。あーあ、俺知らねえぞ」
だが、店主の説明を聞いていたにもかかわらず、北条は犬に肉まん(仮)を食べさせていた。
「うりうり、ここがええのか?」と犬を撫でまわす鈴を見て溜息をつく店主の前に、袋が叩きつけられる。重い金属音を鳴らしてカウンターに置かれた袋の中には相当なお金が入っていた。
「…あのワンちゃんに餌をやってほしい」
「すまん兄ちゃん、俺の話聞いてた? 野良犬には餌をやらない方が良いって言ったよな?」
「…ここの残飯のような商品で十分だ」
「えっ、何で初対面の兄ちゃんにうちの商品が馬鹿にされてるんだ? これでもうちは結構な人気店なんだが? あの肉饅頭だって一日に百個以上売れてるんだが? 超人気商品なんだが?」
「おじさん、今のは『ちゃんとした餌じゃなくてこの店で売れ残った残飯みたいな商品でも十分だ』っていう意味だよ!」
「ええ……兄ちゃん、初対面の人に嫌われたりしないのか?」
ちなみに少なくないお金を置いたのは売れ残りで破棄する予定の物とは言え商品は商品であり、それを餌としてやって欲しいと我儘を言っているのだから、対価を用意すべきだと思ったからである。
「はあ……。まあ、最近は食糧事情も『豊穣の女神様』のお陰でだいぶ余裕があるし、その程度なら大丈夫だろう。ただ、毎日やれるかどうかは分からないがな」
「…十分だ。感謝する」
やっている事は、きっと偽善だろう。鼻で笑われる程度の事かもしれないがそれでも良かった。
そもそも北条は善に偽物も本物も無いと思っている。区別をつけられるようなものでもない。誰かにとっては偽物でも、別の誰かによっては本物である事もあるのだから。
「可愛い奴めこのこの~。あ、まもるんもどう? せっかくだし名前とか付けちゃう?」
「…ああ」
鈴から犬を渡された北条は、じっと目線を合わせる。迷子のような目だった。
――きっと親と離別して一匹で生きてきたんだろう。よく見れば小さな傷が付いているから、きっと他の犬に追いやられた事もあるんだろう。辛い事が沢山あったはずだ。弱い自分が嫌になる事もあったはずだ。わかるよ。それでもお前は俺とは違う。懸命に生きようと足掻いている。今は弱いけれど、いつか自分に向かってくる牙を折れるような強い犬になれ。
そう思って、北条はその弱い子犬に名前を付けた。
「…今日からお前の名は『オルガ』だ」
「何だかよく分からないけどその名前はマズい気がするよまもるん!」
夕食後、談話室では北条、檜山、龍太郎、永山、遠藤の五人が集まってトランプで七並べに興じていた。
数少ないトータスでの娯楽である。一応トータスにもカードゲームはあったが、地球の事を懐かしんでクラスメイト達はこういった場所では地球のカードゲームを楽しんでいる。
「それで北条、どっちを選ぶんだ?」
「…? 何の事だ?」
檜山がダイヤのジャックを置きながら言った事に首を傾げる。脈絡もなくどっちを選ぶと言われも何の事かさっぱり見当が付かない。
「いやお前、そりゃ谷口とユエさんの事だよ。あんだけ好き好きオーラを出されてんだからとっくに気付いてんだろ? お前も少なからず大事に想ってるみたいだしよ」
「ぐぎぎ……何で俺には出会いが無いんだ……! やっぱり影の薄さか!? 影が薄いのが悪いのか!? メイドさんにも気付いてもらえないしよぉ…! こっちに来てからもっと存在感が薄くなったような気がするんだチクショウ!」
「……」
ニヤニヤといやらしい笑みで訊いてくる檜山。遠藤は、嫉妬で人が殺せるのであれば三回くらい殺せるくらいの視線で北条を睨んでいた。だからと言ってオルクス大迷宮で落下したいとは思わないが、それとこれとは話は別である。
元々無口な永山(学校では柔道部に所属している)は聞きに徹しているようで、黙々と手札を減らす作業に勤しんでいた。
「…二人には分不相応だろう」
「そりゃどういう意味だ? お前の事だから二人の事を悪く言ってるわけじゃねえってのは分かるがよぉ」
それに対して北条は特に表情を変える事もなくクローバーの四を置いて答えたが、今度は龍太郎が首を傾げる。北条とはそれなりに付き合いがある龍太郎なので、彼が人の悪口を言ったりする事が無いと分かっているが、それでも言いたい事が何かは理解できないままでいた。
「…二人は俺には相応しくないという意味だ」
「オイオイオイ何言ってんだコイツ、ユエさん程の美少女に言い寄られてこの態度とかお前ホモかよ! じゃあ俺が告白してもいいんだなオラァ!」
「…好きにすればいい。あと俺はホモじゃない」
遠藤が何か喚いているが、北条は動じることなく淡々とトランプを並べていく。
北条は鈍感ではないし、ホモではない。むしろ人の機微は人並み以上に判っているつもりだ。だから、二人が好意を寄せてきている事は何となく分かっていた。
北条としても、二人の事は好意的に思っている。だが北条は、自分では二人を幸せには出来ないと思っている。二人には自分よりも相応しい人が現れるに違いないと思っている。
二人は見た目も性格も良いから引く手数多だろう。沢山の人から必要とされるだろう。
ユエは、自分自身の居場所を探している。帰れる場所を探している。自分はあくまでそれまでの止まり木のようなものだ。だから、彼女が心から笑っていられる場所を見つけられたのであれば、その時は自分から離れていっても黙って見送るつもりだった。
鈴に関しても、日本に帰ればもっと良い男性がいるだろうから、時が経てば自然に離れてそっちに行くだろうと考えている。
「おーい遠藤、横恋慕は感心しねえぜ」
「そうだぜ。完全に悪者じゃねえか」
「やかましい! お前等は余裕そうでいいよな! 坂上はメイドさんとちょっと良い感じになってるし、檜山は海人族の未亡人と娘共々懇意にしてるらしいし! お前らは全員『勇』を失った…! 彼女いない同盟はここで解散だっ!」
檜山については手紙だけで詳細は不明だが、龍太郎については同じチームなので最近メイドさんと良い雰囲気なっている事は知っていた。サーネという名前の背が低めの可愛らしいメイドさんだ。ちなみに年齢は一個下らしい。
重い荷物を持ってふらついている所に龍太郎が声をかけて交流が始まり、今では休日になると一緒に王都に出かける仲だという。遠藤は血涙を流しながらトランプを叩きつけた。
「…終わりだな。俺は少し散歩をしてくる」
「ちっ、また北条の勝ちか。次はUNOやろうぜUNO」
最後の一枚を置いて、最初に上がった北条は席を立って談話室から出て行った。
当てもなく歩いていると、楽しそうな声が聞こえてくるのでそちらを見やる。ユエ、シア、ティオがクラスメイトの女性陣に囲まれて楽しく談笑しているのが遠目に見えた。どうやら皆に受け入れられたようで、だいぶ打ち解けられたようだ。
「……」
自分には理解できない内容だろう。そう判断した北条は、声をかけずに黙って立ち去った。
王宮の中庭。夜になると月がよく見えるその場所で、光輝はベンチに座って星を眺めていた。
あの会議が終わってからずっとモヤモヤした感情が自分の中に渦巻いている。こうして星空を眺めていれば少しは気が晴れるかと思ったが、一向に胸のモヤモヤが晴れることはない。
「天之河くん、ここに居たんですか」
「愛子先せ……い゛っ!? そ、その衣装は…!?」
そのままぼんやりと星空を眺めていると不意に声が投げかけられた。光輝がそちらに向くと、担任である畑山愛子が居た――なぜかフリフリのファンシーなドレスを着て。
「えっ…? あ、ち、違うんですよ!? これは無理やり八重樫さんに着せられただけで決して私の趣味という訳では! 確かにかわいい服だとは思いますが私の趣味ではないので勘違いしないでくださいね!?」
「そ、そうなんですか……雫が……ん? いや、何やってるんだ雫!?」
光輝に言われて初めて自分の格好に気付いたのか、愛子がわたわたと手を振って弁明をする。
二十五歳にもなってこんなフリフリのドレスを着ることになるなんて…と愛子は顔を覆わんばかりに羞恥心に呻いていたが、元々大人どころか下手をすれば中学生にしか見えないので非常に良く似合っていた。
何をやってるんだ雫、と光輝が顔を覆う。ここ最近は結構ストレスが溜まっていたようなのでこれで発散していたのだろうが、せめて本人の同意は取ってほしかった。なお、光輝は知る由も無いが、愛子は恥ずかしがっていたが割とノリノリだった。
「隣失礼しますね。それで天之河くん、昼間の答えは出ましたか?」
「……それは……その、正直に言いますと全然…」
口ごもる光輝。今まで勇者として上手くやってきて、でもそれが茶番で、さらには不良だと思っていた檜山があそこまでの力をつけて困っている人や虐げられていた人を助けていたという。
北条にしてもそうだ。オルクス大迷宮で死んだと思っていたら可愛い女の子を連れて世界の真実を掴んで大迷宮を幾つもクリアして、今まで自分のやってきた事は何かと思いたくなる。
「…きっと、世界の中心には誰も居ないのだと先生は思います」
「どうしたんですか愛子先生。その…哲学的な言葉だとは思いますが」
「いえ、天之河くんが今の自分の在り方について悩んでいるようでしたので。実は先ほど八重樫さんに『光輝の相談に乗ってやって欲しい』と頼まれました。きっと自分では何を言っても届かないからって。本当は秘密にしておくべきなのでしょうが、あなたの心配をしている人がいると言う事を知ってほしいのです」
「雫が…」
「はい。天之河くんは自分で悩んで溜めこんでしまうようなので。客観的に自分を見詰めなおすための良い機会です。幸いここには私と天之河くんしか居ませんし、今悩んでいる事、思ってる事は存分に吐き出しちゃってください」
「…俺は……」
握った拳を見つめながら、ぽつぽつと少しずつ光輝は言葉を捻り出した。
今まで人として正しいことをしてきたつもりだった。悪いことをする人がいれば正してきたし、虐められている人や迷惑をかけられている人がいたら手を差し伸べてきた。実際それで上手く問題が解決したと思っているし、皆に感謝されていると思っている。
この世界に勇者として召喚されてからも人類を救うためにひたむきに力をつけてきた。クラスメイト達が巻き込まれたことに関しては不本意だったが、そこは勇者である自分が守ってあげればいいと考えていた。
だけど、トータスに来てからは思い通りにいかないことばかりだった。来た当初は良かった。だが、ベヒモスと遭遇した辺りから光輝の思い通りに物事が進まなくなった。
ヘルシャー帝国の皇帝には「力はあるが覚悟のない甘ちゃん」と言われる。
オルクス大迷宮で脱落したと思っていた北条は想像を超える力を得て、さらには可愛く強い仲間を引き連れている。
オタク趣味の不良生徒と思っていた檜山は冒険者として成功して各地で名を上げている。
本当なら、勇者である自分がそうなっていたはずなのに。
本当なら、勇者である自分が力を得ていたはずなのに。
本当なら、勇者である自分が世界の真実を真っ先に知っていたはずなのに。
本当なら、勇者である自分が可愛い女の子を助けて慕われていたはずなのに。
本当なら。
本当なら。
途中から何を言っていたのか、光輝は覚えていない。話すにつれて感情が高ぶっていたので、意味のない言葉を垂れ流していたのかもしれない。もしかしたら聞くに堪えない妄言を吐いていたのかもしれない。
それでも、愛子は真剣な表情で光輝の話を聞き続けた。
「ごめんなさい。天之河くんには謝らなければいけませんね」
「……えっ?」
光輝が話し終えたとき、愛子のとった行動は謝罪だった。
急に頭を下げられて光輝は困惑する。愛子は何も悪いことはしていない。
むしろ、この世界に来てから多くの人を救っている。
それは光輝から見ても疑いようのない正義だった。
だが、愛子が頭を下げた理由は光輝の思っていた理由とは違う。
「世の中には思い通りにいかない事が沢山あること。いろんな考え方があること。それを教えるのが教師の……いえ、大人の役割なのに、天之河くんの優秀さに頼り切ってそれを忘れていました」
これは大人の怠慢だ。
愛子を含め、光輝の周りの大人達は世の中には上手くいかない事だらけで、正しい人ばかりではないと言う事を教えるべきだったのだ。
光輝は目上の人には敬意を払うことができる。
反発されたとしても、両親や教師が少しずつ矯正していくべきだったのだ。
そうしなかったツケが今になって出てきている。
「さっきも言いましたが、世界中を探しても世界の主役なんてどこにもいないと先生は思います。だって、世界が一人のためにあって、他の人が全て引き立て役だなんてそんなの悲しすぎますから。きっと世界中にいる全員が脇役で、少しずつやるべき事があって、それで世界という大きな物が成り立っているのだと先生は思うのですよ」
「それは……そうかもしれません。でも、俺は勇者で……」
「はい。確かに天之河くんは勇者としてここに呼ばれました。私を含めてクラスの皆はそれにオマケとして付いてきただけかもしれません。召喚されてからすでに半年近くが経っていますが、今でも天之河くんは私達を勇者のオマケだと思っていますか? 勇者という存在のアクセサリーだと思っていますか?」
思えなかった。思えるはずがなかった。
だって皆、ひたむきに進み続けていたのは光輝も分かっていたから。
どれだけ勇者という称号を言い訳に使っても、それは覆しようがないことだ。
皆は勇者のオマケじゃない。装飾品でもない。
本当はずっと前に分かっていた。自分は世界の中心には居ないことを。
本当はずっと前に分かっていた。皆、自分よりも前に進んでいることを。
本当はずっと前に分かっていた。自分はただ状況に流されているだけだということを。
本当はずっと前に分かっていた。幼馴染が本当に好きなのは誰なのかということを。
本当は。
本当は。
だけど、それを認めたくなかった。
勇者である自分が『特別な存在』だと信じていたかったから。
「思って、ません……」
絞り出すような言葉だった。
それを聞いた愛子は良かったです、と安心したように息を吐く。
「……先生。今まで俺がやってきたことは間違っていたんでしょうか…?」
いつも自信に満ちている光輝らしくない弱気な声色。
彼が今までやってきた事は正しかったか間違っていたか。
それは、そうとも言えるしそうでもないとも言える。
正しさとはそれぞれの人が培ってきた価値観のことだ。
だから力を尊ぶ人がいるし、和を以て貴しとなす人がいる。どちらも正解であるし、場合によっては間違いであることもあるだろう。
「きっと天之河くんは完璧な勇者じゃなくて、ちょっと人より優れてるだけの、思い込む癖があるだけの男の子なんです。だから、正しくなくてもいいんです。間違えてもいいんです。これから長く生きていくんですから色んなものを見て、色んな考えに触れて、色んな人と関わってみてください。そうしたらいつか、天之河くんだけの『正しさ』が育つはずです」
「俺だけの……正しさ……」
よいしょ、と愛子は掛け声を出してベンチから立ち上がり服の皺を整える。
「なんだか説教臭くなってしまいましたね。私が言えるのはこのくらいで、後は天之河くん次第です。幸い時間はたくさんありますからゆっくりと考えてみてください。もちろん、先生はいつでも相談に乗りますからいつでも頼ってくださいね。あっ、考えるとは言ってもちゃんと睡眠はとってくださいよ? もう夜も遅いんですし、そろそろ消灯の時間ですからね!」
お休みなさい、と言い残して愛子は去っていった。しばらく愛子が去っていった方向を眺めていた光輝だったが、やがて自分の手を見つめてぎゅっと握った。
「『正しさ』を育てる、か…。……よし、決めたぞ!」
最初にしていたように星空を眺めてみる。
心なしか先程よりも光り輝いて見えた。
胸部に慣れた圧迫感を感じて目を覚ます。
北条の朝は早い。時間にすると、毎日五時には起きて活動をし始める。
だが、王宮では朝食の準備や掃除、洗濯などをしなくてもいいので朝寝坊をしても問題はない。
習慣というものは体に染みついてしまうもので、それでも北条は五時過ぎには目を覚ましてしまった。
「……」
「……ん……すぅ……」
視線を下にやると美しい金色の髪がある。
いつの間にか部屋に侵入してきたユエが、いつも通りに北条を抱き枕にして寝ていた。人数が増えるにつれて男女別の部屋で固まって寝ることが多くなっていたので最近はすっかりだったが、シアを入れた三人で旅をしていたころは毎日のようにこうして朝起きるとユエが乗っかっていた。
しかし記憶が間違っていなければ、昨日ユエは鈴の部屋に泊まる事になっていたハズだ。寝る時も部屋の扉はしっかりと施錠をした記憶もあるというのに、どうやって侵入せしめたのか。
細かいことはさておいて、いつも通りユエの拘束から抜け出して起き上がろうとした北条は、珍しくギョッとしたように固まった。
以前なら薄いシャツ一枚だけではあるが、服を着ていたユエが今回はそうではなかった。
つまり、すっぽんぽんである。真っ裸で抱き着いていた。
「……」
「くぅ……ん~……」
胸板にほっぺすりすりをされる。しっかりと寝間着(ウサギ柄)を着込んでいたハズなのに、なぜかボタンが全て外されていた。
冷静に考えるとかなりまずい状況である。上半身全開の男と、それに抱き着く一糸纏わぬ少女。この場面を誰かに見られたら間違いなく誤解される。
何とか打開しようとユエに着せそうな服を探そうとするが、今日に限ってガッチリとホールドされて抜け出すことができない。無理に引き剥がすと起こしてしまうし、痛くしてしまうかもしれないからそれもできない。
ベッドサイドに置いてある宝物庫を取ろうと手を伸ばすが、絶妙に手が届かない位置に置かれていた。腕を限界まで伸ばしてもスカスカと手が空振るだけである。
「……」
気持ちよさそうに寝ているので無理やり起こすのも忍びないし、このままユエが自然に起きるまで待つしかない。それまでに誰かが入ってこないことを祈るしかなかった――が、得てしてそういう時にこそ最悪の事態が起こるというものだ。
ガチャリ、と部屋の扉が開く。
「あ、鍵が開いてる。北条くん、起きてますか? もし起きて――」
半開きになった扉からひょこりと顔をのぞかせたのは彼の担任である畑山愛子。
珍しく早起きした彼女はやることもなかったので散歩をしていたのだが、ふと北条も早起きだったことを思い出して、少しお話でもしようと思い立ち、こうして訪ねてきたのだが…。
扉の鍵が開いていることからすでに起きていると判断して部屋を覗いた彼女の目に映ったのは、上半身全開の北条とそれに抱き着く裸のユエ。下半身は布団に隠れていたので見えないが、傍から見たらどう見ても事後だった。
「……ほ、北条くん」
「…俺は出してない」
「……お、お邪魔しました~」
バッチリと目が合った二人。顔を真っ赤にしてそそくさと扉を閉めようとする愛子に必死に弁明するも、そのまま誤解が解けることなく扉は閉まってしまった。
「……俺は、出してない」
ぽつりと言った言葉は愛子に届くことはなかった。
(以前は否定していましたがやっぱり北条くんとユエちゃんはそういう関係なんですね…! 先生には分かります……あの二人、交尾してたんだ…! 谷口さんも可哀そうに…!)
朝から衝撃的なものを見てしまった愛子は目をぐるぐるさせながら茹った頭で廊下を彷徨い続ける。メイドさん達が訝し気な表情でそれを眺めていた。
「んっ……おはようマモル」
「…まずは服を着ろ」
「……その前にマモルの一番搾りをもらう」
しばらくして目を覚ましたユエに対して常識的な言葉が投げかけられるが、ユエはそれを無視して北条の首筋に牙を突き立てた。据え膳なんだから手を出しても良かったのに、と思いながら。
これからの予定を話し合うために食堂に再び集まったクラス一同。以前と同じように空間魔法で外部の者に聞かれないようにしてあり、どのようなことを言っても外に漏れることはない。
「皆さんおはようございます。早速ですが昨日の続きを始めたいと思います。それで、えー、あー、ほ、北条くんのチームは、その、神山に行くとのことでしたが……」
朝食をとった後、朝礼と話し合いの続きを始めるために愛子が教師らしく仕切ろうとするが、朝の事を思い出したのか、頬を赤らめてチラチラと北条に視線をやりながらになってしまう。
言葉もつっかえつっかえになってしまっているので、大半の生徒がその尋常ではない態度に疑問を抱き、北条に一斉に視線を向ける。
「おい北条、愛ちゃん先生に何かしたのか?」
「…覚えがない」
幸利が北条に皆が知りたいであろうことを訊く。昨日の会議は特に変わったところが無かったので、昨日一日で何かがあったに違いない。
だが視線を集めている北条に関しても特に思い当たることはなかった。昨日一日はこれと言って何か個人的な話をした覚えはないからだ。
「ち、違います! 私は何もされてませんよ!? そ、それに何かを見たというわけでもありません! 決して北条くんとユエちゃんが一緒に寝てるところを見たわけではないですからね!」
語るに落ちていた。すべてを察したクラスメイト達、主に男子から視線が突き刺さる。嫉妬、妬み、羨望、などなその視線に込められた感情は様々だ。北条チームの面々は凪いだ面持ちだったが、鈴だけはすごい勢いでユエに詰め寄っていた。
「ちょっとユエユエ、確か朝に会ったときは『……早起きしたから散歩に行ってた』って言ってたじゃん! あれ嘘だったの!?」
「……嘘は言ってない。深夜に目が覚めたからマモルの部屋まで散歩に行ってただけ」
「うぎぎぎ……こ、こうなれば鈴も……!」
「鈴さん、あなたは常識を失わないでください!」
思えば先を越されてばかりである。これがトータスの女性のスタンダードなのか、と戦慄せざるを得ない。実際にはトータスでもおかしいのだが、他のトータスメンバーであるシアやティオも特殊な環境下で育っているので、この場にはトータスのスタンダードな女性は居ないと言っても良かった。
「なんでいつも話が脱線するんだろうね…」
「ふふ、良いではないか。これがお主等らしいというものなのじゃろう」
げっそりとした様子のハジメが呟く。昨日はあれから一日中香織に付き合っていたようだが、何があったのか本人は詳細を語ろうとはしない。だがかなりお疲れのようだ。
「えー、それでですね! えー、あー、……天之河くん、あれからどうですか? どうするか決まりましたか?」
「えっ、そこで俺に振るんですか!? ご、ごほん! …正直言えば、良くわからないし、北条が言った世界の真実というのにも納得がいかない。だから、神山に行く北条達に付いていこうと思ってる。大迷宮を攻略すれば力も手に入るし、もしかしたら直接情報を確かめられるかもしれない。本当の意味で世界を救うにはどうすればいいのか、そうすれば分かるかもしない」
神と戦うのか。戦争はどうするのか。それについての答えは一晩考えても出てこなかった。
だから、世界の真実とやらを確かめる。大迷宮を攻略すれば反逆者とやらが残した情報が手に入るらしいので、実際に攻略をして自分の目で直接確かめてみる。
ある意味では保留とも言えるような答えだったが、それでも今までの光輝であれば選ばなかったような選択肢だ。当然、北条はそれを受け入れる。光輝自身が考えて出した答えであるならばそれを拒む理由はないからだ。
こうして、光輝が一時的に…かどうかは分からないが北条チームに加入することになり、恵理ははしゃいだ。
「分かった。よろしく頼む」
「あ、私もハジ…北条くんのチームに付いていくね」
「分かった。よろしく頼む」
「え゛っ!?」
「行ってらっしゃい香織」
「うん、行ってくるね雫ちゃん!」
「何だこのテンポの良さ」
「ああ……雫がすごくいい笑顔に……」
その後も会議は続いていく。最初に光輝が出した保留という答えだが、それでも神と敵対する前提で事を進めたほうが良いだろうという方向に流れていく。何もなければそれでいいが、何かあったときに備えがないと詰む可能性があるからだ。
結果、光輝と香織が北条チームに加わって残りの迷宮を攻略。檜山チームは今まで通り冒険者稼業を続けながら、勇者チームの残りは愛ちゃん先生チームに合流して各地を回りながら、すでに北条チームが攻略完了している大迷宮をクリアして神代魔法を手に入れる流れとなった。
すでに攻略されている大迷宮であれば情報も出そろっているので比較的安全に戦力を増強できる。そして、攻略に必要な道具や各員が装備するアーティファクトは順次ハジメが作っていく。
「そんじゃあ俺達はメルジーネ海底遺跡からだな。エリセンの西北西だっけか?」
「ああ。昨日のうちに攻略情報は纏めといたんでそれを確認してくれ。夜にならないと入れないから気を付けろよ。あと、攻略には空間魔法か潜水艇がいるが…」
「それは共有の宝物庫に入れてあるから自由に使っても大丈夫。魔力充電式だから使い終わったらちゃんと充電しといてね」
「私達はグリューエン大火山から攻略すればいいのかしら?」
「だな。と言うかグリューエン大火山を攻略しないとメルジーネ海底遺跡は入れねえから最初に攻略するなら自然とそこになっちまうわな」
「近くにアンカジ公国があるので視察という名目で行けば問題ないでしょう。その辺りの調整は先生に任せておいてください。今なら割とゴリ押しが効くと思いますので」
「グリューエン大火山は暑いからな。新しく作った宝物庫を渡すんで水と塩はたっぷりと入れていってくれ。干乾びて死ぬのはシャレになんねェからな」
「冷却用のアーティファクトもいくつか入れといたから上手く使ってね」
一度方向さえ決まってしまえば、後はトントン拍子にやることが決まっていく。
昨日とは打って変わってこれからの予定が決まっていき、昼頃に会議が終わった。
会議が終わると昼食をとり、それからチームごとに行動開始である。
古戦場を走ってたら唐突に『TS転生したロリババア鬼主人公が無惨様の無限城にクソみてェな旗を立てるまで』というタイトルを思いついた。