ありふれたRTAでラスボス撃破 タンクチャート 作:エチレン
数の暴力。
神山。
それは唯一神エヒトを信仰する聖教協会の総本山である。
標高はおおよそ八千メートルにも達し、地球でもトップ十五に入るほどの高さがある。
トータスでは間違いなく最高峰であり、当然そんな高さには魔物などは近づけないので、環境さえどうにかしてしまえば本部を構えるには最適な立地だろう。
現在の教皇はイシュタル・ランゴバルド。
豪奢なローブを纏った老人であり、いかにも教皇ですといった風貌だ。教会には信心深い教徒が勤めており、愛子の護衛として派遣されているデビットら神殿騎士達もここの所属である。
教義に忠実なので、魔人族や亜人族の事は穢れた種族として見做しており、亜人の奴隷などについては黙認しているどころか推奨しているような節すらある。
「……と言う事らしいですが、その、私が付いてきちゃって大丈夫なんですか?」
「ううむ……妾はいくらでも誤魔化しが効くがシアは耳で一発じゃな」
「大丈夫じゃないか? 勇者様一行の奴隷って事にしとけば見逃してもらえんだろ」
その聖教教会がある神山に向かうリフトでのんびりと会話する一行。
どういう仕組みか、リフトの上は風や寒さなどは感じないのでロープウェイ気分である。落ちたら人であれば間違いなく落下死するほどの高さだが、足場はクラス全員が乗っても余裕があるほどに広く、滑落防止用の柵もついているので周りの景色を楽しむ余裕さえあった。
「奴隷だって!? そんな事は俺が絶対にさせ……、あ、いや、余計ないざこざを避けるには仕方がないのか? でも嘘でも仲間を奴隷だなんてそんなのは…」
「だ、大丈夫だよ天之河くん。その、周りに何を言われてもちゃんと私達がシアさんの事、仲間だって思ってれば良いんだから…」
案の定、光輝が幸利の〝奴隷〟という言葉に噛み付こうとするが寸でのところで踏みとどまる。
今までの光輝であれば上辺だけの言葉に反射的に言葉を返していたが、今の光輝は一味違うのだ。
『正しさを育てる』と意気込んではみたものの、どうすればいいかサッパリ見当がつかなかった光輝は、雫にどうすればいいか相談をしたのだ。
「とりあえず、相手の言う事を何でも悪い、自分が正しいと否定するのではなくて、『一理ある』と考えるのがいいと思うわ。相手の言う事をちゃんと考えた上で自分が思ったことは言う。まずはコレね」
そうすれば、雫からそんな有難い言葉をいただいた。それをしっかりと覚えていたので寸でのところで踏みとどまれたわけである。
「……ふふ、やっぱりここは快適」
「ユエユエ、あと三分で交代だからね!」
葛藤している光輝を尻目に、ユエは北条を椅子にしてご満悦の様子。北条が胡坐をかいて座れば、ユエや鈴程度の体格であればちょうどその中に収まるのだ。
鈴は、そんなユエを見ながらしきりに手元の砂時計を気にしている。どうやら砂時計が落ちきるまでの間、交代で座っているらしい。なお、勝手に椅子にされている北条は特に気にすることなく雲の形が変わっていくのをぼーっと眺めていた。
「三人ともすごく仲が良いんだね! ハジメくん、私達も負けてられないね!」
「アッハイ」
香織が期待の目でハジメを見るが、ハジメは目を逸らした。
昨日、ハジメは香織と一緒に王都に出かけていたわけだが、やけに香織がグイグイ来るので後退り気味なのだ。一緒にご飯を食べたり買い物をしたりするのは良かった。ハジメも年頃の男子なのでデート気分を味わえたのはまあ、楽しかった。
問題は香織が飲み物や食べ物を
しかも柔らかい感触や良い匂いに耐えながら仕方なく拭いてやると艶かしい声を漏らすものだから気が気でなかった。というか今も記憶に焼き付いていて、ふとした瞬間に思い出しそうになる。健全な男子高校生であるハジメにとっては香織の攻撃は効果覿面だった。
その後もさりげなく腕を組んできたり手を繋いできたりとゴリゴリ精神力が削られる事となる。ハジメは鈍感ではないので、ここまで露骨にされれば香織の気持ちには気付く事ができた。
だが基本的にハジメは卑屈ではないものの、自己評価が低めの男である。
好意を寄せられていることを喜ぶよりは何故?と考えてしまうタイプの人間だ。
特に好かれるような事をした覚えはないし、出会ったのも高校に入ってからで、昔に何か接点があったと言う事もない。
話を聞いてみると、中学生の頃に不良相手に土下座した所を見ていて興味を持ったらしく、年末にまたしても不良に土下座をかましているところを見て惚れ直した、などと言っていたがハジメ自身はそれが好きになった理由と言われてもイマイチピンと来なかった。
(まあ、その、気持ち自体はすごく嬉しいしいつかは返事しなくちゃいけないんだろうけど…。少なくともこの旅が終わるまでは待たせちゃう事になりそうだ)
ここまでされて保留するというのは男として最低な行為だとは思うが、何があるかわからない現在、一区切りするまではそういった事は避けるようにしている。
だから添い寝しようとしてきたり入浴中に乱入しようとしないでくださいお願いします、と言うのがハジメの今の心境である。そういった事は躊躇なくやろうとするのに、ふとした瞬間に手が触れてしまったときはちょっと照れたりするのはちょっと、彼女の中での基準が分からなかった。
「……」
「天之河くん…」
光輝はそんな二人を複雑そうに眺めていた。
時々口を動かして、何かを言おうとするがその度に言葉を飲み込む。こうして一歩引いて見てみれば、香織が仕方なくハジメの世話を焼いているのではない事がハッキリと分かってしまったからだ。
そしてその光輝を心配そうに見つめる恵理。内心ではハジメと香織がくっついてくれると色々と嬉しいのだが、それはおくびにも出さない。恵理の言葉に「大丈夫、ある程度覚悟はしてた」と返して光輝は気分を紛らわすために青い空を眺めた。
「せめて首輪は着けておくべきでしょうか…。結構お洒落なデザインですし、これ着けててもあまり気にならないんですよね」
「あ~、まあ、好きにすればいいんじゃね?」
「ならば妾も念のため着けておこうかのう? ふふふ……幸利よ、妾に首輪をつけてどうするつもりなのじゃ?」
「何で俺が無理やり着けようとしてることになってんだよ。そんな事したら俺が社会的に死ぬのでやめてくれ。奴隷が許されるのはラノベの中だけだっての。つーかティオさんは耳を隠せばいいだけだから大丈夫だろ」
「ノリが悪いのう幸利よ。そんな事では女子に好かれぬぞ?」
「そうですよ幸利さん。そんなんじゃつまらない男だって言われちゃいますよ?」
「え? なんで俺が悪いみたいな流れになってんだ?」
「ユエユエ、時間時間。交代の時間だよ」
「……あと三十分」
「三十分もあったら到着しちゃうよ! くうっ、このっ、へばりついて離れないっ…!」
「ハジメくん、私達もやる?」
「勘弁してください…」
いつもの漫才を繰り広げるシア、ティオ、幸利。
北条椅子からどこうとしないユエと引っ張って引き剥がそうとする鈴。
負けじとスキンシップを取ろうとする香織と引け腰のハジメ。
それを見てやきもきする光輝ともっとやれと思う恵理。
神山に到着するまではずっと同じような光景が続いていた。
「……マモルさん!」
「任せろ」
神山に到着した北条一行を待っていたのは、銀色の極太光線だった。
普通であれば完全な不意打ちが成功していたのだろうが、『未来視』により迫る危機を察知し、悲鳴に近い叫び声を上げたシアによって失敗に終わった。
明らかに害意を以て放たれたその攻撃を、北条は盾で受け止める。
北条が持つ盾はアーティファクトである。
特に魔法に対しては絶大な耐性があり、さらに魔法攻撃に対しては見た目以上に盾面の『当たり判定』が大きいのが特徴だ。
それこそ、一行を完全に飲み込んでしまうほどの光線を受け止めきれるくらいに防げる範囲が広い。
「……!」
魔物が吐き出した魔法とは明らかに手応えが違う。
グリューエン大火山で魔人族の男が使役していたドラゴンのブレスを受け止めた事があったのだが、アレは巨石をぶつけられたような感覚だった。だがコレは掘削機で削られているような感覚がする。
このまま受け続けるのは危険と判断した北条は、盾を動かして光線を上に受け流した。
「今のを防ぐとは予想外です。流石はイレギュラー、主が排除せよと仰せられたのも頷けます」
銀光が散っていく中、空中からふわりと空中回廊に人が下りてきた。
淡い銀色の長髪、作り物めいた整った顔立ち、戦乙女のごとき戦装束。陽光で煌めくその姿は絵画のように美しいが、氷のように冷たい表情がその全てを異質に感じさせる。
「な、何をするんだいきなり! それに君は一体誰なんだ!?」
「…勇者ですか。あなたには用はありません。下がっていれば命まではとりませんのでご安心を」
光輝の言葉に一瞥もせずに答えた女性は、何もない空間からずるりと大剣を抜き放つと北条に切っ先を突き付けた。
「では改めて。私はノイントと申します。神の使徒として主の盤上より不都合な駒を排除させていただきますのでお覚悟を」
「俺達は駒じゃない」
ロクに会話もないまま戦いが始まった。ノイントと名乗った女性の大剣が煌めく。凄まじい速度で振るわれたそれは、常人であれば反応もできずに真っ二つに切り捨てるだけの威力があった。
だがノイントの手に伝わってきたのは骨肉を切り裂く感触ではなかった。ぬるりとした奇妙な感触がして腕が泳いだと思ったら、次の瞬間には顔面を殴り飛ばされて真っすぐに吹き飛ばされていた。
直感で受け止めるのは最善ではないと判断した北条は、盾の表面を滑らせるようにして斬撃を受け流し、出来上がった一瞬の隙をついて盾で殴り飛ばしたのだ。
「……っ、まさかこうも容易く反撃されるとは。ですが先程の砲撃同様に完璧には受け流せていないようですね」
受け身をとって着地したノイントからは鼻血が垂れていた。
一方、攻撃を受け流したハズの北条の盾を装着した左腕からは血が滴り落ちていた。
「……マモル!」
「カオリン、まもるんに回復お願い!」
「分かった、任せて!」
ユエが慌てて北条に駆け寄って腕を診て顔を顰める。服は左肘から先が吹き飛んでおり、肘から先は見るも無残な状態になっていた。所々が抉れており、さらには全体が酸で溶かされたように焼け爛れている。
北条には自動回復の技能があるので今も少しずつ治癒しているが、それでもユエの自動再生と比べると一段も二段も回復速度は劣っている。そこに香織の回復魔法が飛んできたことで表面上は元通りに再生した。
通常であれば魔法での攻撃は防御態勢に入った北条にはほぼ効かない。ユエが放つ最上級魔法であっても多少服が焦げる程度だ。見たところしっかりと魔法や斬撃は受け流せていたのになぜダメージが通っているのか。
「……ふむ。回廊の、魔力に触れた個所が消失しておる。どうやら奴の魔力には物質などを破壊する力があるのかもしれぬな。あの大剣にも魔力を纏っておるし、アレに触れるのは危険じゃろう」
「マジかよ。ってことはさっきのビームは北条が防がなきゃ俺達即死かよ」
ティオの考察は当たらずとも遠からずである。
使徒ノイントの固有魔法である〝分解〟は魔力に触れたものを文字通り分解させるという規格外のものだ。とは言え、何もかもを無条件で分解させることが出来るわけではない。
魔力に対しての耐性が極めて高いものや生物に対してはその効果を減衰させられる。
北条の盾が魔力の砲撃や大剣で分解しなかったのはそのためである。多少、表面に傷が付いているがその程度の効果しか発揮できていない。北条自身も魔力に対しては耐性があるものの、無効化できるほどには高くなく、技能込みでもノイントの〝分解〟の効果はある程度貫通していた。
「ち、ちょっと待ってくれ! 俺達はここにある大迷宮を攻略しに来たんだ! 君と戦うつもりはない!」
「あなた達が何をしに来たのかは分かっていますが関係ありません。イレギュラーは排除せよ。私は主に下された使命を完了させるだけです」
光輝の必死の説得にも耳を貸さず、ノイントは背中から銀色の翼を顕現し、大きく広げて空に飛び立った。ノイントの行う事は単純明快、先程の魔力砲撃を再び放とうとしているだけだ。
最優先目標である北条は完全にノイントの魔力を防ぎきれない。ならば先程のものよりもさらに強力な砲撃で受け流せないほどの攻撃をすればいい。
「消え――」
「〝雷龍〟!」
銀色の魔力が収束する直前、ユエが放った〝雷龍〟が咢を広げてノイントへと襲い掛かる。
ノイントのステータスが高いとはいえ、直撃すれば大ダメージは避けられないので高速で移動して回避をする。飛び回るノイントを追うように雷の龍が曲がりくねり、さらにはもう一体、今度は炎でできた龍が追加で放たれ、敵を食い千切ろうと空を走る。
振り切れないと判断したノイントは羽を広げて魔力弾を連射した。もはや壁と言っても良い密度の〝分解〟が付与された魔力弾に打ちのめされた二匹の龍は、あっという間に火の粉と火花になって空に溶けていった。
「今のはヒヤリとしました。ですが――」
「〝壊劫〟!」
〝雷龍〟と〝蒼龍〟を処理したノイントは砲撃ではなく、先程の魔力弾を雨あられと降らせようとして――上からの凄まじい圧力がかかり、地面に叩き落された。
重力魔法〝壊劫〟。超重力の壁を作り出して相手を圧し潰す魔法であり、対多数戦で真価を発揮する。
使ったのは重力魔法に適性が高い幸利。どうしても詠唱に時間がかかるものの、その威力は折り紙付きだ。だが今回これを使ったのは攻撃目的ではなく、空を飛び回るノイントを地面に縫い付けるためだ。
「ぐっ……、ですがこの程度であれば対処可能です」
ミシリ、と体が軋む音を鳴らしながらノイントがそう言う。神代魔法ではあるが、魔法は魔法。〝分解〟を以ってすれば幸利の魔法程度、一秒程度あれば振りほどけるだろう。だが、その一秒間は回避ができない致命的な隙となる。
体から魔力を放出しようとした瞬間、地に伏せるノイントの視界に光る花弁が入り込んだ。
「注文通りの場所に落としたぜ」
「さっすがユッキー! 夜な夜な黒棺をコッソリ練習してただけはあるね!」
「止めてくれ谷口、その攻撃は俺に効く。止めてくれ」
さらりと幸利に精神ダメージを与えつつ、鈴がパチンと指を鳴らす。
「〝聖絶・光散華〟」
「しまっ――!」
次の瞬間、空中回廊を揺るがすほどの爆発が連続して巻き起こった。
鈴の一番得意な魔法である〝聖絶〟を花弁状に展開して相手を取り囲み、それを連鎖的に爆発させる大技。防御寄りの戦い方をする鈴の数少ない攻撃方法だ。
オルクス大迷宮深層の魔物でも直撃すれば粉微塵になるほどの破壊力を誇り、ユエも太鼓判を押す程である。しかし練度不足でありまだ完成に至っていないので本来の威力の半分も出ていない。
「や、やったのか?」
「……さらにもう一発」
立ち上がる煙に向かって光輝が呟くが、ユエが追撃として〝蒼天〟を差し向ける。鋼鉄をも溶かす灼熱の蒼い炎球がノイントを蹂躙しようとした瞬間、煙を突き破って放たれた魔砲が〝蒼天〟を飲み込んで消し飛ばした。
ノイントが煙の中から飛び出して、銀閃を引きながら一直線に突撃する。狙いは厄介な後衛組。
先程の鈴の攻撃を咄嗟に銀翼で体を包むようにして防御したお陰で体は無事だが、その代償としてぼろ布のようになっており、しばらくは飛行できない状態だ。
当然ながら北条が一瞬で割り込んで大剣での連撃を受け流すが、〝分解〟の魔力を纏っているため火花が散るたびに北条の腕も傷付いていく。
あまりにも高速で攻防を行っているため血が勢いよく飛び散ってあっという間に床に赤い斑模様が描かれた。腕が抉れ、爛れて血が飛び散り、そして自動回復と時折飛んでくる香織の回復魔法で治っていく。
「(この男……やはり異常ですね)」
顔にこそ出さないものの、ノイントは驚愕していた。
それは北条がノイントの攻撃を全て受け流している……からではない。
確かに13000程もあるステータスから繰り出される大剣術を一手も間違える事なく受け続ける技量は神代であっても滅多に見ることは無い。しかも、これ程の実力があってなお恐らくは発展途上。まさしくイレギュラーと呼ばれるに相応しいだろう。
だが、ノイントが驚愕しているのは腕が抉れ、爛れてもなお顔色を変える事なくこちらをじっと見てくる精神力の方だった。
恐らくこの男に痛覚を遮断するような技能はない。今もきっと腕を硫酸に浸けているような激痛が絶え間なく襲い続けているはずだ。常人であればショック死するか、既に激痛で気絶していると思われる。
感情が無い自分達のような使徒でさえ強烈な痛みがあれば動きは鈍るというのに、平然と戦闘を続行し、あまつさえ反撃の機会すら伺っている異常なまでの忍耐力。
「(主の仰る事は正しい。この男だけは今ここで排除しておかなければなりません)」
だが、それでも北条はジリ貧にならざるを得なかった。大剣での斬撃は全て受け流されているが、ノイントに〝分解〟の能力がある以上、受け流してもダメージは受ける。北条が持つ剣と盾はアーティファクトであり、魔力に対して強い耐性を持つがそれもいつまで耐えられるかは分からない。
ノイントもそれを理解しているので、先のように反撃を受けないようにもう一振り大剣を取り出して手数優先の攻撃を行っている。ピッタリと北条に張り付いてしまえば周囲の仲間達も魔法による援護はやりにくい。特にユエや鈴、ティオといった派手な魔法を使う面々は援護すれば間違いなく北条を巻き込んでしまうからだ。
「こういう時は俺達の出番だな! 〝邪纏〟」
「闇魔法はまだ練習中だけど私も一応! 〝落識〟」
見る見るうちにボロボロになっていく北条を見ている事しかできない状況にユエと鈴が歯噛みしていると、幸利と恵理から闇魔法の援護が飛ぶ。
数秒間の記憶を失わせる〝邪纏〟と脳からの命令を阻害する〝落識〟がノイントの動きを少しだけ阻害し、出来た隙に北条が反撃をして殴り飛ばす。
吹き飛ばされている間に闇魔法を振り切ったノイントは受け身を取ろうとするが、足が床に付いた瞬間、そのまま沈み込んですっ転んだ。
「これは……!」
起き上がろうとするが起き上がれない。いつの間にか回廊が一部液状化しており、藻掻けば藻掻くほど沈んでいく底なし沼のようになっていた。
「流石ハジメさん! 私も一発やっときますよ、そりゃあっ!」
「錬成師風情が……っ!」
目立たずに隅の方にいたハジメが地面に両手を付いていた。回廊の床下をぐるっと迂回してノイントが最初に受け身をとった場所辺りを錬成で液状化させていたのだ。
近付くのは危険なのでバルムンクを思いっきり投擲するシア。規格外の強化魔法で強化された身体能力で投擲された重力級の武器は、咄嗟に交差させて盾にした大剣を粉微塵に砕き、左腕を斬り飛ばした。
「それでは幕引きといこうかの。……うむ? これは……歌声?」
魔力を練りに練って最上級魔法を発動させようとしていたティオだが、どこからか響き渡ってくる荘厳な歌声に眉を顰める。気にせずにそのまま魔法を発動させようとするが、急に魔力が霧散してしまい不発に終わった。
「むっ、これはどういう事じゃ? 魔力が霧散するのじゃが……」
「……複数人で聖歌を歌うことで発動する状態異常の魔法があると聞いたことがある。名前は忘れた」
「わわっ、何か光の粉みたいなのが出てきた!」
「まじか! くそっ、動きにくいし魔力が流出する!」
「厄介。あそこの歌を止めれば魔法は止まる」
それどころか光の粒子が何処からともなく現れて纏わりつき、行動を阻害してくる。
すぐさまユエが看破して歌声が聞こえる方向を指さして睨む。ノイントの後方、教会の正門前で魔法が使われているようだ。
そこにはイシュタルを始めとした教会関係者が祈るように手を組んで聖歌を歌っていた。
戦闘音を聞きつけて己に出来ることを実行しているのだろう。
「……イシュタル達ですか。己の役割を把握しているようですね。正直言うと――!」
助かりました、と左腕を失ったノイントが言おうとして、反射的に身を伏せた。
風切り音を鳴らしながら髪を掠めていくのは北条が左腕に装着していた盾。フリスビーのように投擲したのだろう。
しかし、伏せて躱したノイントは対応を誤った事を悟る。今の攻撃は折れた大剣で弾き飛ばすべきだった。
「ぶべっ!」
「がぺっ!」
「あべっ!」
回転しながら矢のような速さで放たれた盾は意志を持ったかのように動き回り、後方にいたイシュタル達を打ち据えて一撃でノックアウトしてしまった。
「…あっけなさすぎますね」
「……思い出した。確か〝覇墜の聖歌〟という名前だった」
聖歌が途絶えたことで魔法も解除され、体に纏わりついていた光の粒子も溶けていくのを見ながらぽつりとユエがイシュタル達の使っていた魔法の名前を呟く。
これでノイントにほぼ勝ち目はなくなった。光輝はおろおろして何もせずに突っ立っているが、それでも九対一である。自身は翼と左腕を失い、武器も破壊された。おまけに体の半分がハジメ謹製の底なし床に沈んでいる。
「…ここまでですか。見事です。ですが、私の全魔力を以てせめて道連れにしてみせましょう」
ノイントには感情がない。それ故にあまりにもアッサリと敗北を認め、エヒトに下された使命を全うするための最適解を即座に実行しようとする。
すなわち、魔力を暴走させて己諸共辺りを分解させるという自爆行為である。後ろにいるイシュタル達も巻き込まれるだろうがノイントは気にしない。むしろ彼らの事だから、神に殉じて死ねたことを喜ぶだろうとしか考えていなかった。
「させぬ!」
だが、魔力が膨れ上がるよりもティオが動く方が速かった。
ティオが腕を振るって放った〝竜爪〟が飛び、ノイントに直撃して体を深々と切り裂く。大きなダメージを受けてノイントは吐血し、魔力の膨張が僅かに止まる。
そして、その間に北条が右手に握る青く光る剣を振るった。
技能・移動強化の派生である[+守護][+危機回避]は、味方を庇う時のみではなく、敵を攻撃することによって結果的に味方を守ることが出来る時にも発動するのだ。集団戦であれば非常に強力ではあるがタイマンでは非常に弱い技能である。
青色の光が帯を描く。直後、パン! とあまりにも軽い音が鳴って銀色の髪がくるくると空中を回った。
「…すまない」
ゴトンと音を立ててノイントの頭部が床に転がる。命令を下す脳が無くなった体が液状化した床に沈んでいくがその前に北条が引っ張り上げて墓にするように亡骸に手を合わせた。
文章練習中。何か「こうしたほうが良いよ」というのがありましたら是非。