ありふれたRTAでラスボス撃破 タンクチャート 作:エチレン
あっさり風味です。
神の使徒であるノイントを討ち取り、少し刃こぼれしてしまった剣を仕舞う北条。
剣だけでなく、盾も服もかなり破損してしまっているので後で修理をする必要があるだろう。
服の方は再生魔法で直せるが、剣と盾についてはハジメの与りとなる。
「……マモル。腕を見せて」
「触るね。痛かったりはしないかな?」
まだ使い慣れていない再生魔法で服を修復していると、ユエと鈴が北条の腕にそっと触れる。
香織の治癒魔法の効果もあり、すでに表面上はいつもと変わらない状態にまで回復しているが、あれだけ傷付いたのだ。肉どころか骨まで見えてしまうような場面もあったので心配になってくる。
「この程度痛くない」
「……マモル」
小さな手で腕を優しく撫でてみる。ゴツゴツしていて、腕や手には沢山の細かい傷跡がある。
腕だけではない。服の下にも数えきれないほどの傷跡がある事を知っている。
思い返してみれば、ずっとそうだった。
オルクス大迷宮の封印部屋でサソリの針がたくさん刺さった時も、最奥に居たヒュドラのブレスで焼かれた時も、ライセン大迷宮の時も、そして今だって、一度だって痛みを感じさせるような素振りを見せたことはない。
常人であれば死に至るような傷を負っていても変わらずに動き続ける。仲間を庇い続ける。
ユエはあの封印部屋から出た後、自動再生の技能を発動させたことは一度もない。
シアもハジメも鈴も幸利も恵理もティオも、この旅の中では血の一滴すら流していない。
皆が負うはずだった痛みや傷を全て一人で受け止め続けている。
だからこそいつか、誰かを守ってあっさりと命を落としてしまいそうで、それが容易に想像できてしまって恐ろしいと感じる。
「ユエユエ、言わなくたって気持ちはわかるよ。鈴だってそうだもん」
泣きそうな顔で北条の腕を抱きしめるユエに鈴が言う。
一度はオルクス大迷宮で絶望を味わったのでユエが感じている恐怖はよく解るのだ。奈落に落ちていったのは、皆を守るために一人でベヒモスの前に留まり続けたのが原因だ。
もしあの時、もっと自分が強ければと何度も考えて、あれから死に物狂いで結界術の腕を磨き続けた。そのお陰でここまでこれたが、それでも今回はこのざまだ。
「ねえまもるん、痛かったり苦しかったりしたらちゃんと言ってね?」
「…俺は問題ない。自分の事を心配していろ」
冷たいようでこちらを気遣う言葉に「不器用だなあ」と苦笑する。
きっと、これからも一杯頼ってしまうだろう。だからこそ守られることを当たり前だと思ってはいけない。もっと強くなって、これ以上傷付かないようにしなければならない。
そんな二人の内心には気付かず、北条はノイントの遺体に再生魔法を使い綺麗に整えた。
斬り飛ばされていた腕や首も繋がり、傍から見たらただ眠っているようにしか見えないくらいにまで修復をする。
「……こ、殺したのか?」
「…ああ」
遺体の修復が終わるころに、今まで後ろで立っていた光輝が恐る恐る北条に問いかける。
あまりにも状況がコロコロと動く戦いだったので、ノイントの首が飛ばされるのを見た今でも彼女が死んだという事実をハッキリと認識できていなかった。
「何で……、何で殺したんだ? 確かに彼女はいきなり襲い掛かってきたけれど、ティオさんの攻撃でもう戦えるような状態じゃなかったはずだろう? 殺す必要はどこにもなかったはずだ」
間違いなくティオの攻撃で致命傷とまではいかないものの、重傷は負っていた。
片腕が無く、武器も失ったノイントであれば気絶でもさせるなりして決着はついたはず。
わざわざ首を刎ねるなどという残酷な殺し方をしてまでとどめを刺す必要はない。
きっと北条ならそれが出来たと光輝は思っている。
実際には自爆して北条達はおろかイシュタル達まで巻き込むつもりだったのだが。
「それは……違いますよ天之河さん。ノイントさんはマモルさんが首を刎ねなければ教会一帯を巻き込んで自爆していました。そうしたら、たくさん死ぬ人が出ていました。だから、マモルさんは間違えてないんです」
「そんな事は……!」
「分かるんです。私の〝未来視〟がそう言ってましたから」
投げたまま床に突き刺さっていたバルムンクを回収したシアは悲しそうな顔をしている。
元が虫すら殺せないどころか、花を踏んでしまえば涙を流すようなハウリア族である。この旅で魔物を倒すことには慣れたものの、人の形をしたものが目の前で首を刎ねられて死ぬのはかなりショッキングだったらしい。
それでも、メルジーネ海底遺跡で吐いていた事を考えるとだいぶ図太くなったようだ。
シアの〝未来視〟はしっかりと効果を発揮しており、北条が首を刎ねなければ教会全体を巻き込んで多数の死者を出していたことを正確に告げていた。
「天之河は殺さないのか」
「そんなの当たり前だろう! 人殺しは絶対にやっちゃいけないことだ!」
「……、そうか。そうだな。ならお前はずっとそのままでいるといい」
日本においてはよっぽどの特殊な例を除き、どのような理由があろうと人殺しは罪である。
当然、光輝もそれは悪い事だと思っている。だから、人を殺しておいて表情一つ変えない北条が理解できなかった。
布に包んだノイントの遺体を宝物庫に入れた北条は、もう話すことはないと言わんばかりに先に進んでいく。床を修復し終えたハジメがその背中をポンと叩いた。
「今のは仕方がなかったから衛は気にしなくてもいいんじゃないかな。少なくとも僕は最適な行動だったと思うよ」
「そうか。ハジメは優しいな」
「南雲まで……! こんな簡単に命を奪って、他の皆はそれで良いのか?」
要領を得ない事を言う北条と、それを庇うハジメ。光輝はとてもじゃないが納得いかなかった。
本来であればしっかりと考えてから発言するべきだったが、衝撃的な事態を前にアドバイスをすっかり忘れてしまっている。
「……マモルは間違ってない。私はマモルに付いていく」
何も知らないくせに、という悪態は辛うじて飲み飲んで、ユエは迷わず北条の背中を追った。
ユエは、オルクス大迷宮からの旅路を全てその目で見てきている。
ライセン大渓谷でハウリア族を捕えて奴隷にしようとしていた帝国兵であろうとも、北条は殴り飛ばすだけで一人も殺さなかった。
フェアベルゲンでジンという熊人族に理不尽に殴り掛かられた時も軽く反撃しただけで必要以上に痛めつけたりはしなかった。
どんな時だって、理不尽に暴力を振るう事は無かった。人の命を奪う事は無かった。
できるだけ人を傷付けずに、他人を尊重して行動していた。
だから光輝の「簡単に命を奪う」という言葉に内心腹を立てている。
「まもるんは理由もなく人を傷付ける事は無いよ。だから、今回は本当にどうしようもなかったと思うんだ。天之河くんもそれだけは分かってあげてほしいな」
困ったように笑って鈴も追いかける。
「……うん、仕方ないよね。だってあの女の人、本気だったよ。シアちゃんの言う通り、北条くんがやらなかったら今頃は私達が死んじゃってたかもしれない」
「香織まで……」
ハジメくーん、と追いかけて行った香織にガックリと肩を落とす。
確かに感情的な物言いだったかもしれないが、あんまりではないだろうか。
「ふむ……妾は道中、お主らの故郷についてある程度は聞きかじっておる。人を殺す事はおろか、少しでも暴力を振るえば悪者になってしまうとか。なんとも平和で素晴らしい世界じゃ。それに当て嵌めるのであれば勇者殿の言っている事は正しいのじゃろうな」
「ティオさん!」
扇子を広げて口元を隠したティオの言葉に光輝が顔を輝かせる。
だがティオは「じゃがのう」と続ける。
「今回のように正しいだけではどうにもならぬ事もある。勇者殿よ、もう少し清濁を持ち合わせてみてはどうじゃろうか」
「清濁を持ち合わせる?」
「うむ。極端に正しいだけの人間は逆に人々の害になってしまう事もあるのじゃ。そしてなまじ正しいだけに周囲の者も止めにくい。そうなると後は皆、纏めて崖下に真っ逆さまじゃ。時には間違いにしか見えない道や何もないようにしか見えない道にこそ答えが用意されていることもあるのじゃよ」
「それは……、あっ」
――正しくなくてもいいんです。間違えてもいいんです。これから長く生きていくんですから色んなものを見て、色んな考えに触れて、色んな人と関わってみてください。
昨日聞いた愛子の言葉が脳裏に浮かんだ。もしかして、これがそう言う事なのだろうか。
そう思うと、高ぶった気持ちがスーッと引いていくのを感じる。
「……昨日も畑山先生に似たようなことを言われたよ。正しくなくてもいい、間違ってもいいって。せっかく雫からも忠告をもらったのに……」
「なあに、人というものは失敗を重ねて成長していくものなのじゃ。今日明日で変われるのであれば誰も苦労などせぬよ。じゃから、取り返しがつく内に沢山失敗をすればよい。歳を取って頑固になると直せるものも直せなくなってしまうからのう」
「へェ、成程。経験者は語るってやつ――ぐげっ!」
「……今のはユキトシさんが悪いと思いますぅ」
腕を組んで納得したように唸る幸利の額にティオの投げた扇子が命中した。
女性を年齢の事で揶揄うのはタブーである。額を抑えて蹲る幸利にシアも呆れ顔だ。
「せっかく妾が良い事を言ったというのにお主というやつは! それに妾は年増ではない! まだピッチピチの花盛りなのじゃぞ!」
嘘である。長命な竜人族とは言え、ティオはそろそろ良い年齢である。
長老でもある祖父からは「いつ孫の顔が見れるのだ?」とせっつかれる事もしばしば。
自分より弱い相手とは結婚するつもりがないのだが、ティオは竜人族の中でも指折りの実力者なので見合う相手がいないという悲しい状況であった。
「えっ、ピチピチ……? その言葉を使うこと自体がすでに……いや、よそう、俺の勝手な推測でティオさんを傷付けたくねェ……」
「全部聞こえておるぞ! そこまで言うのであれば見るがよい、このハリのある肌を!」
「デカ過ぎんだろ……じゃなくて、おい待てェ! こんな所で脱ごうとするんじゃねェ!」
「ユキトシさん……まさかそれが狙いで……? 最低のスケベ野郎ですぅ」
「何で!?」
「……何だか悩んでた自分が馬鹿みたいだ」
「大丈夫だよ天之河くん。私はちゃんと天之河くんの事を見守ってるから……」
「恵理……ありがとう」
そのまま漫才を繰り広げ始める三人。
それを見て肩を落とす光輝の傍によってさり気なくヒロインポイントを稼ぐ恵理だった。
バーン大迷宮の入り口は意外に簡単に見つかった。
正々堂々正面から教会に入った一行はどこかにあるはずの大迷宮の入り口を探す事になったのだが、「RPGとかだったらここにありそうだよね」と思い当たる場所から探し始めた。道中で教会の職員さんに出くわしたが、そこは幸利と恵理の出番である。
「お前は何も見なかった。勇者一行はここには居ない。いいな?」
「アッハイ」
闇魔法を使って一時的な暗示をかけてやり過ごす事で邪魔を受けずに進むことが出来たのだ。
そして、一番最初に調べたのは大聖堂にある無駄に巨大なエヒト像の裏側だったのだが、そこがまさに大迷宮の入り口になっていた。エヒト像は台座ごと動かせるようになっていて、シアに頼んで前にスライドさせてみれば覆い隠すようにして一回り小さい台座が隠されていたのだ。
シアは「ええ……。これでも一応、私は女の子なんですけど……。力仕事を真っ先に任せるって酷いと思いません? ねえ聞いてますかユキトシさん」と愚痴愚痴言いながらも強化魔法を使ってズリズリとエヒト像を引きずって動かしていた。
「これは……大迷宮と何か関係があるのか?」
「ええっと、何か彫られてるね……。『二つの証を示せ。神に惑わされない者にこそ道は開かれるだろう』だって」
「証ってのは大迷宮を攻略したときにゲットした景品の事か?」
「もう四つあるからメルジーネ海底遺跡の時みたいにかざしたりすればいいのかな?」
何事も試してみるのが一番と言う事で、北条は宝物庫からオルクスの指輪とライセンの指輪を出して台座に置いてみる。すると、指輪と台座が光を放ち、それに連動するようにして台座の後ろの壁も輝きを放ち始めた。
やがて光が収まると、壁には荘厳な宗教画が描かれた門が出現していた。
錆び付いたような音を立てて独りでに門が開くが、向こう側は真っ暗で何も見えない。それはまるで誰かが入ってくるのを大口を開いて待ち受けているようだった。
「……割とあっさり見つかったね」
「これが大迷宮……。これをクリアすれば俺も神代魔法が使えるようになるのか?」
「ああ。行くぞ」
光輝と香織がしみじみと開いた門を眺める。オルクス大迷宮の入り口は完全にアミューズメントパークの入り口のように整備されていたので、こう言った王道を往く入り口は新鮮に映ったようだ。
そんな二人の横をすり抜けて、北条は迷わずに門の向こう側に足を進める。
その後ろに続くようにしてぞろぞろと一行は歩を進めた。
「…どこだここは」
「……どこかの……街?」
門を跨いだ北条達が見たものは、活気付いた街だった。
ハイリヒ王国の王都に雰囲気は似ているが、熱気が天と地ほどの差がある。
青空の下で行き交う人々は希望に満ち溢れた顔をしており、不安など一欠けらもないといった様子であった。
「な、何だ!? いきなり街に出たぞ!? もしかしてオルクス大迷宮にもあった転移の罠か!」
「いや、メルジーネ海底遺跡と似た感じかもしれねェ。過去にあった事を映像として再生する、いわゆる幻影ってやつだな」
「あっ、本当だ。触れないね」
「うっ……、い、嫌なことを思い出しました……」
さっきまで神山に居たはずなのに、門を超えれば人が溢れる街中に居るという普通ではありえない現象。光輝が罠と思い身構えるが幸利が冷静に起こった事を分析する。
香織が脇に置いてある木箱に触れようとするが、手が貫通して硬い感触は返ってこなかった。リアリティが極めて高い立体映像のようなものなのだろう。
シアはメルジーネ海底遺跡での出来事を思い出して顔を青ざめさせた。また同じような映像を見る破目になったらもんじゃ焼きを垂れ流してしまうかもしれない。
「しかし今回は平和じゃな。メルジーネ海底遺跡では否応なく戦闘を強いられたのじゃが、ここは誰も襲い掛かってくる様子はないのう」
「と言うかむしろお祭り騒ぎって感じだね。何か催し物でもあるのかな?」
踊りだしたくなるような軽快な音楽が奏でられている。人々は少しだけおめかししているようにも見える。紙吹雪のようなものが所々で舞い散り、通りを横切るようにして家の二階同士で結ばれた紐には色とりどりの旗が吊るされている。
ハジメの言う通り、メルジーネ海底遺跡での戦争状態とは違って、むしろ平和な祭りが行われているといっても良いほどの活気があった。
「おうい、軍が帰ってきたぞ!」
「魔人族を倒した英雄達の凱旋だぞ!」
お祭り騒ぎの街を固まって歩いていると、遠くから叫ぶような声が聞こえてくる。すると、思い思いに過ごしていた人々は途端に魚の群れのように一方向に向かってガヤガヤと騒ぎながら走り出した。
「…なるほど。メルジーネとは逆か」
「メルジーネ海底遺跡の逆? まもるん、それってつまりどう言う事なの?」
あっという間にぽつんと取り残された一行は、少し遅れるようにして人々が向かった方向に歩き出す。
どうやら北条はこれだけでこの試練の内容について本質を把握したらしい。
「栄光への欲に惑わされずにいられるかと言う事だ」
「……海底遺跡では神によって起こる悲劇を見せられた。……ここではおそらく神によってもたらされる栄光を見せつけられるはず」
手持無沙汰だったので北条の手をにぎにぎしていたユエも、試練の内容については理解していたようだ。北条が手短に言ったように、おそらくこれは『欲』に目が眩まない強固な意志を確かめる試練なのだ。
しばらく進んでいくと、やがて街の入り口と思われる大きな門へと到着する。
そこには多くの人々が詰め寄り、まるで大統領のパレードかのように花道が用意されていた。
耳が痛くなるような歓声の中、武装した集団が街に入ってくる。
その誰もが誇らし気であり、観衆に対して手を振りながら真っすぐに歩いていく。
「これが実際に過去にあった事なのか……?」
「人類と魔人族の争いの歴史の一欠片じゃな。状況から見るに、今回は人類側が勝利したようじゃが……」
人ごみの後ろから凱旋を見守っていると、不意に景色が歪んで場面が転換する。メルジーネ海底遺跡でもあった現象だ。
赤い絨毯が敷き詰められたそこは、召喚当日に勇者一行が訪れたハイリヒ王国にある王宮の謁見の間によく似ていた。王冠を被った王様らしき初老の人が先程凱旋してきた人達に褒賞を与えているようだ。
褒賞の内容も様々で、金や領地はもちろん、活躍が著しかった者は王女との婚姻を認められて王族の末席に名を連ねることを許された者もいた。
場面が転換する。
煌びやかに飾り付けられた会場ではパーティが開かれており、華やかな楽団が曲を奏でている。
会場の中心では、先程の男達が美しく着飾った女性達と代わる代わるダンスをしている。
場面が転換する。
今度は先程の街とは違う、現在で言えばブルックの町程度の大きさの町に降り立つ。
魔人族にやられたのか、所々破壊された町で人々は人類の勝利に沸いており、神に感謝の祈りを捧げている。息子の、娘の、父の、母の仇が取れたことを涙を流して喜ぶ人もいた。
場面が転換する。
先程の町よりさらに小さい、それこそ愛子がしらみつぶしに巡っている農村程度の大きさの場所だ。いつ魔人族が襲ってくるかも分からない不安が取り除かれ、安心して明日を迎えることが出来るということに喜んでいる。
場面が転換する。故郷に帰って家族と幸せに暮らした人がいた。
場面が転換する。愛する人と結ばれて幸せそうに式を挙げる人がいた。
場面が転換する。貴族となり優雅な人生を送る人がいた。
その後も沢山の光景を見たが、そのどれもが等しく幸せそうで、満たされていて、そして自分達をそうしてくれた神に感謝を捧げていた。
「……終わった、のか?」
「…そのようだな」
気が付けば薄暗い通路に立っていた。奥に続く通路がある。きっとこれがあの門をくぐった先にある本当の光景で、先程のはあくまで映像に過ぎなかったのだろう。
どれくらい続いたかは分からない。ひょっとしたら数分間だったかもしれないし、数日間だったかもしれない。終わってみれば夢見心地で、時間の感覚がふわふわしている。
「……な、なんだか宗教の成功体験みたいな感じだったね」
「そうそう、宗教の勧誘ビデオとかでありそうなやつ!」
「それな。先にメルジーネの方に行ってなかったらコロッと騙されてたかもしれねェ」
静寂を破った恵理の感想に鈴と幸利が頷く。この世界で得られる多くの栄光を見せつけられて、神の言う事に従いさえすれば自分もこれらが得られるかもしれないという希望を抱かせる。典型的な宗教勧誘の手口だった。
今回は人類側の栄光だったが、魔人族がこの大迷宮に挑めば魔人族側が勝利した際の光景を見せられたのだろう。魔人族であろうが人である以上、欲望からは逃れられない。非常にいやらしい試練である。
「いやー、正直私はずっと森で暮らしてましたからこんなのを見せられてもイマイチピンとこないと言うか……。あったかい布団で寝てたほうが幸せですよ」
「妾も特に心動かされるようなものはなかったのう。この程度で惑わされるほど未熟ではないわ」
「……私はマモルが居ればそれでいい」
「ハジメくん、日本に帰ったら私達も幸せになろうね」
「えっ、ちょっと待って」
だが、それで揺らぐものはこの中には居なかった。そもそも神を倒して戦争になる前に帰ることが目的なのに、戦争後の後日談のようなものを見せられても意味がない。さらに、例え神の言葉に従って今回の戦争に勝利したとしても、次は魔人族側が勝利することは容易に予想できる。
栄光を得たとしてもその次の戦争が始まれば失ってしまう泡沫のものにしか過ぎない以上、従ってやる義理もない。
「……確かに清水の言う通り、俺も事前に話を聞いてなかったら騙されていたかもしれない」
ぽつりと光輝が呟く。確かにパレードの様子も、与えられる褒賞も、得られる名声も魅力的だ。だけど、それはずっと続くものではない。今の人類の状況がそれを物語っている。
きっと事前に神が世界を盤上に人類と魔人族を争わせて楽しんでいるという情報を聞いていなければ、勇者としての使命しか頭になければ、目の前に吊るされた餌に食いついていただろう。
何かが起こっても大丈夫なように北条を先頭にして薄暗い通路を歩く。
どれほど歩いたか分からないが体感的には三十分ほどだろうか、かなり進んだ所に人が立っていた。
「…誰だお前は」
通路の真ん中に陣取る禿げ頭の男に北条が代表して問いかける。
このようなところにいるのは尋常なことではない。北条の後ろにいるメンバーもいつでも動けるように僅かに身構えるが、禿げ頭の男は硬い表情のまま言葉を発さずに背中を向けて歩き出した。
「…話が通じないな。話すのが下手なのか?」
「ついて来いって事じゃないかな? ほら、こっち見てるよ」
「……ん、よく見たらあれはただの映像。おそらく解放者の一人だと思う」
「神山の解放者っつーことは……あれが『ラウス・バーン』か」
もし本人の映像であれば、これで試練は終わりだろう。オルクス大迷やメルジーネ海底遺跡でも、解放者の残した映像が出てきたのは試練が全て終わってからだったからだ。
幽霊のように消えたり現れたりするラウス・バーンと思わしき男の背中を追いかけていると、やがて彼は立ち止まり、何もない地面を指さした。
「ここに立てという事なのか? どうする皆、もしかしたら罠かもしれないけど進むのか?」
「んー……、大丈夫みたいです。危険な未来は見えませんね」
「シアシアの未来視、便利過ぎない? 何だか前よりも性能が上がってるような気がするんだけど」
「再生魔法を手に入れたあたりから何だか調子が良いんですよねぇ」
「魔法同士の相性がいいのかもしれぬな」
光輝が迷うが、シアが未来視を使って危険がないことを確認する。出会った当初は命の危険が迫った時に自動で発動するか、もしくは莫大な魔力を使って朧げな未来を見る事しかできない程度の能力しかなかった。
だが、旅の中で使い続けるうちにどんどんと研ぎ澄まされていき、メルジーネ海底遺跡を攻略し終えるころにはこうしてちょっとした事でも気軽に見る事が出来るようになっていた。
シアの未来視を信じて指定された場所に立つと魔法陣が現れて、光り輝いたと思ったら次の瞬間には光沢のある黒い壁の部屋に転移していた。もはや親の顔よりも見た転移である。
こじんまりとした部屋で、広さは学校の教室程度しかない。部屋の中央には魔法陣が描かれており、これに入れば今まで通り神代魔法を手に入れることが出来るのだろう。
「何かアッサリ終わったな。神山にあるからどんなエグイ大迷宮かと思ったんだが」
「そうだね。でも簡単に越したことはないからラッキーだったと思っとこう」
「な、なあ。本当にこれに乗れば神代魔法とやらが手に入るのか? もしかしてこれこそが罠なんじゃ――」
「……さっさと乗る」
「どれだけ罠を警戒してるんですかこの人……」
魔法陣の一歩前で足踏みする光輝の尻をユエが蹴とばして全員が魔法陣の中に入る。
すると魔法陣が光り輝いて今まで通り記憶を探る……のだが、今回はそれとは別にもっと違う、それこそ心や魂といった深いものまで探られているような不快な感覚が襲い掛かった。
ただしそれは一瞬の事で、不快な感覚が消え去った後はいつも通り脳に直接神代魔法の知識が叩き込まれていった。
「…魂魄魔法か」
無事神代魔法の取得が終わる。
バーン大迷宮で得られる魔法は『魂魄魔法』。魂に干渉できる、使い方によっては非常に有用な魔法だ。ミレディの魂がゴーレムに定着しているのも、この魂魄魔法によるものである。
「おー、まさにエリリンのためにあるような魔法だね! ついにエリリンが覚醒して完全体になる時がきたのかもしれないですぜぇ……!」
「鈴はなんでそんなにテンションが上がってるの……? でも、うん、この魔法なら上手く扱えそう」
「これが神代魔法、か……。確かにすごい強力な魔法だ。使い方は間違えないようにしないと」
大きな力は人を救える一方で、簡単に人を不幸に陥れる事ができる。
だからこそ大きな力は慎重に使うべきだし、みだりに人に振るっていいものでは無い。大いなる力には大いなる責任がついて回るのだ。
魂魄魔法を手に入れた後、少しだけ部屋の探索をする。他人の家に訪れると探検したくなるのは人のサガである。それは異世界に来ても変わらない。
むしろこれから役立つお宝が眠っているかもしれないので、それはある意味当たり前の行為と言えた。だが探しても部屋にあるのは魔法陣の側にある机とその上に置いてある一冊の本のみであり、残念ながら他にめぼしい物はなかった。
「ちっ、あるのは本一冊だけか。シケてんな……オスカーを見習って欲しいモンだぜ」
「清水、他人の家を荒らしといてその言い方はないんじゃないか? 仕方ないとはいえ、そもそもこうして物色する事自体がおかしいと思うんだが」
「へーへー悪うございました。っと、こりゃどうやら日記帳みたいなものらしいな。なんか色々個人的な事が書いてあるぜ。おっ、この大迷宮についての情報も載ってやがる。こりゃ儲けモンだな」
机に置いてあった本を幸利がペラペラと捲っていく。
最初のページはラウス・バーンの懺悔から始まり、何故ここに大迷宮を作ったのか、それがどのようなものなのかが綴ってあった。
どうやらこの大迷宮、場面が転換する毎に魂魄魔法で少しずつ査定をしていたようで、欲に目が眩んで意志が折れたりすると隔離された脱出不能の何もない異空間に飛ばされるらしい。
そしてこの部屋にある最後の魔法陣で魂魄をしっかりと検査して、問題無ければ晴れて魂魄魔法が手に入れられるようになっていたとか。もちろん、最後の魔法陣で査定に落ちれば異空間送りである。
なお、脱出は空間魔法が無ければ不可能な上、魂魄魔法によって神代魔法に関しての記憶も封じ込められるので実質的な死刑宣告である。
「えっ、ちょっと初見殺しが酷くありません!?」
「簡単かと思ったら今までのに劣らないくらいヤバい大迷宮だった件について。いや、今までの大迷宮も大概だったけど」
幸利が読み上げた内容を聞いてシアとハジメが慄く。
途中で一度でも揺らいだらアウト、そこで人生終了というのはあまりにも厳しすぎる。だが逆に考えると、あれを見せられてなお迷いがないくらいに意思が固くなければ成し遂げられないと言うことではないだろうか。
「俗物を魂で篩い分ける大迷宮だったと言うわけじゃな。何にせよ神代魔法が手に入ってめでたしめでたし、というわけじゃ」
「よーし、あとは二つだけだー! ゴールも見えてきたね!」
「……シュネー雪原よりハルツィナ樹海からの方がいいかも。シアの家族も居るから顔も見せられる」
「ユエさん……! うぅっ、優しい親友を持てて私は幸せですぅ!」
「……勝手にランクアップしてる。図々しいウサギ」
「久しぶりに聞きましたよその辛辣な言葉! ささっマモルさん、素直じゃないユエさんに何か言ってやってください!」
「分かった。…………今日の夕ご飯はオムライスだ」
「……やったっ」
「喜ばせてどうするんですか! そういうところですよマモルさん!」
「なんだか楽しそうだね。ハジメくん、いつもこうなの?」
「お恥ずかしながらいつもこうなんだよね……」
ドタバタ騒ぎながら魔法陣に乗ると、先程の薄暗い通路に転移して戻ってきた。その後、特に何かあると言うわけではなく、行きと同じように闇魔法を使いながら神山を後にする。
それから数日間、王都で小休止をしてからハルツィナ樹海まで飛行艇を飛ばす事となった。
オリ主アゲ
勇者アンチ
SEKKYOU
寒いギャグ
間違いなく地雷だぁ……(自画自賛)
と言う笑えない冗談は置いといて、次回からまたゲームパートです。