ありふれたRTAでラスボス撃破 タンクチャート 作:エチレン
迷宮に挑む前の日常回。
おいでよ、どうぶつの森。
ハルツィナ大樹海は大陸の東方に位置する、非常に巨大な樹海である。
そこには多種多様な亜人族が住んでおり、協力してフェアベルゲンと言う国を作り上げ、維持している。
シア・ハウリアはそのフェアベルゲンに住む兎人族であり、族長のカム・ハウリアの一人娘だ。母親とは幼少の頃に死別しており、今は大樹の下で眠っているとか。
北条一行は、ハルツィナ大迷宮を攻略するために飛行艇でフェアベルゲンを訪れていた。
飛行艇をフェアベルゲンの首都のすぐ傍に不時着させようかという案もあったが、シアの「そんな事をしたら森が破壊されちゃいますし、皆ビックリしちゃいますよぅ!」という意見によって却下。
フェアベルゲンの首都は森に囲まれているので、無理やり着地したら木々が損傷を負うし、それが原因で木をくり抜いて作っている家々に影響が出ないとも限らない。最悪怪我人が出るかもしれない。
再生魔法を入手しているので破壊してしまっても修復は可能だが、神代魔法はそう無闇に使っていいものではないし、『直せるから壊すけど大目に見てね☆』というのはいささか暴論が過ぎるというもの。
よって、ハルツィナ大樹海のすぐ傍で飛行艇を降りて、その後はシアの案内でフェアベルゲンまで行くという事になった。初めて来る面子は壮大な大自然に目を奪われつつ、整備も舗装もされていない獣道を遅れないように付いていく。
一時間ほど歩けば亜人族の街フェアベルゲンに到着である。
大きな門の前には熊人族の青年が佇んでいる。おそらく彼が今日の門番なのだろう。
「こんにちわー!」
「止まれ! ここから先は我らの街だ! 兎人族はともかく人間族は……むっ、まさかお前は北条衛か!」
「…ああ。よく覚えていたな」
「当然だ! 俺達熊人族はお前の顔を忘れる事などない!」
シアが元気に声をかけると、門番である熊人族の青年が制止するが、北条を見た瞬間に目を見開いた。亜人族の中でもとりわけ熊人族にとって北条衛の名前は良くも悪くも大きな意味を持っていた。
魔力を持ったことで忌み子と言われたシアと、それを庇うハウリア一族の処分を決めようとしたときに待ったをかけたのが彼である。一門番でしかない彼には経緯は不明だが、亜人族の中でも一等力が強い熊人族の、その中で最も強い族長のジンと素手で殴り合って完勝をした男。それが北条衛である。
その結果、ジンは全治一週間の打撲を負った。熊人族の中にはジンを慕うものが多く、怪我の仇を取ろうとしたものもいたが、それに待ったをかけたのは他ならぬジンだった。
曰く、『この怪我は男同士の正々堂々、尋常な力比べで負けた結果だ。敵討ちなど俺の顔に泥を塗る行為と思え』だとか。そういったジンの言葉添えもあり、ハウリア一族はフェアベルゲンから追放となったがそれ以上危害を加えられることはなく、今は森の片隅で平和に過ごしている。
「ふぅ……。それで、連れが沢山いるようだが今回はどのような用で来た?」
「ここに用はない」
門番は一行をじろりと睨め付ける。以前来たときはハウリア一族はいたものの、余所者は北条とユエだけだったが、今回は随分と多く、その誰もが彼の目から見てもとても強く見える。
何か狼藉を働こうとしているのであれば命を懸けてでも止める必要があるのが門番である彼の役割だった。
「だったら何で来たんだ? フェアベルゲンは人間の立ち入りが禁止だって事は知ってるだろ?」
「必要だから通るだけだ」
「おー、そうかそうか。で、何の用で通るんだ?」
「通るだけだ。ここに用はない」
「だから! 何で来たか答えろって言ってるだろうが!」
「通るためにだ」
「うがああぁぁぁああぁぁ!!」
頭を抱えて空に咆哮する。彼は北条が初めてここに来た時にも対応をしたのだが、その時も同じようなやり取りをしていて話が通じずに頭がおかしくなりそうだった。
「あの、そのぅ、私の家族に会うために来たんですが、そのためにはここを通る必要がありまして。この街では特に何もしないので通してもらってもいいでしょうか?」
「お、おぉそうか。初めからそう言えばこっちも対応したっていうのに。それじゃあちょっと確認を取ってくるからここで待ってろよ! 絶対だぞ!」
シアの助け舟によって事情を把握した門番は、北条に指を突き付けてから門の向こうへと消えていった。彼の背中には同情の目線が送られた。
もしかして前にここに来た時もこんなやり取りをしていたのだろうか、と北条に視線をやっていると当の本人は何か言いたげな視線に気付いて首をかしげるだけだった。
「……どうした? 言わないと伝わらないぞ」
「お前が言うな! お前だけは言うな!」
幸利のツッコミに全員の心が一つになった瞬間だった。
「これがフェアベルゲン……!」
「こりゃまた何つうファンタジーな……!」
「おお~~! まるで映画の世界に入り込んだみたいだ~~!」
「まさに森の民って感じだね! あぁ、写真が取れたら良い資料になるのに……!」
「(そう言えばハジメくんのお母様って漫画家だっけ……。向こうに帰ったら挨拶しに行かなきゃ!)」
通行の許可が出て、門をくぐった一行の目に入ってきたのはフェアベルゲンの首都の壮大な景色。
木々をくり抜いて作った家、枝と枝が絡み合って出来ている通路、そして太い枝を削って作った空中水路。まさに地球ではファンタジー漫画でしか見られない光景であった。
「……ん、やっぱり綺麗」
「…そうだな」
北条とユエが見るのは二回目だったが、それでもこの大自然と溶け込んだ街は見ていて圧倒されるものだ。おそらく『トータスの美しい場所百選』があれば間違いなくエントリーされていただろう。
興奮しっぱなしの一行に門番も得意げだ。人間に対して良い感情は持っていないが、それでも自分の故郷を見てこう言った反応をしてくれるのはとても誇らしい。
待機していた別の者に門番を任せて、彼は北条一行の監視という名目でフェアベルゲンの街を先導していた。周りから送られる目線も何のその、図太く街の光景を楽しんでいると大柄な熊人族の男性が近寄ってきた。
「久しぶりだな! 俺を覚えているか強き人間よ!」
「ああ」
「ならば話は早い!」
「ジ、ジンさん!」
「デカ過ぎんだろ……。熊人族ってのは全員こんくらいデカくなんのか?」
「いや、ジンさんは熊人族でも特別だ。生まれた時からフェアベルゲンでは負け知らずで……じゃなくて!」
熊人族の族長であるジンである。体長は二メートルを遥かに超えており、まさしく熊と言っても良いほどの巨躯を誇る。声をかけると同時に、丸太のような太い腕を弓を引き絞るようにぐぐっと振りかぶる。
「…来い」
「ちょっ、ジンさん街中で何やってんですか!? 北条衛もなんでノリノリなんだ!?」
「うおおぉぉぉおおぉっ!!」
ジンの咆哮がフェアベルゲンに響き渡る。その直後、直立不動で待ち構える北条の顔面にバスケットボールほどの大きさがある拳が振り下ろされた。
いきなりの凶行に誰もが制止することもできず、拳が直撃した瞬間にまるで巨大な鐘をついたような音が辺りに響き渡った。
「ま、まもる―――ん!!?」
「な、何だいきなり! くっ、いきなり殴りかかってくるだなんて卑怯な!」
「……落ち着いて。マモルなら大丈夫」
目の前で起こる超展開に鈴が悲鳴を上げ、光輝が身構えるがそれをユエが制止する。ハウリア一族の処遇について揉めた時もこうして力を試すという名目のもと、ジンと殴り合って勝利した。そして、北条はあれからさらに力をつけているので、ユエにとってはすでに結果が分かりきっているのだ。
「……っ、無傷か!」
「…いい拳だ。こちらも手を出さねば不作法というもの」
「来い!!」
案の定というべきか、ジンの拳打では北条の顔に痣すら作ることが出来なかった。
先程のジンと同じように北条が拳を握って振りかぶり、ジンがそれを受けて立つ。
「――ガッ、ハァッ!!」
北条が繰り出した砲弾のごとき拳がジンの腹筋に直撃し、ふんばりが利かなかったジンは勢いよく地面と垂直に十メートル程吹き飛んだあと、土煙を巻き上げてそのまま転がっていった。
「ジ、ジンさ―――ん!」と今度は門番が悲鳴を上げて駆け寄っていくと、そこにはダメージからか蹲って足をプルプルさせているジンの姿があった。勝敗は明らかである。
「ぐ、ぐっふうぅぅ……っ! やはり勝てないか……!」
「いや、ジンさん何やってんですか! ていうかこいつ等の通行許可を出したのジンさんっすよね!? 何でいきなり殴りかかってんですか!?」
「これは……雄同士の挨拶だ……っ!」
「えっ、何その脳筋極まる挨拶方法……」
他の面々もドン引きである。もしかして亜人族は皆こうなのでは?という視線を受けてシアが勢いよく首を横に振る。亜人族の中でも脳筋な熊人族の中のさらに脳筋、いわば脳筋中の脳筋と一緒にされたくない。兎人族は平和主義な一族であり、出合い頭に拳ミュニケーションを図ったりはしないのだ。
殴り合いを見ていた野次馬が去り始める頃にはジンも回復しており、しっかりとした足取りで立ち上がって今度はしっかりと言葉で挨拶をした。
「いきなり殴りかかって悪かった。俺個人としてはお前の力に免じて認めているが、忌み子……シア・ハウリアがいる以上、族長として歓迎はできん。だが何もせず通過するだけというのであれば目を瞑ってやろう」
「そうか。温情に感謝する」
「……フン。兎人族は北側に集落を作っているらしい。北口はあっちだからそこから出ていけ」
シアをちらりと見て眉間にしわを寄せたジンは、親指で北口の方を指してから立ち去っていった。わざわざジンが北条に絡んでいったのは物理的な挨拶をするためというのもあるが、こうして族長直々に目を瞑るとあえて周囲に聞こえるように言う事で、余計ないざこざが起こらないようにするためでもあった。
一方でそんな事を知らないシアはと言うと、居心地が悪そうに身を縮めていた。自分達の一件はもう解決して、兎人族は大丈夫だと言う事は分かっていたのだが、どうしても苦手意識というものはあるらしい。
「何と言うか、嵐のような人だったね……」
「す、すみません皆さん……私のせいで肩身の狭い思いをさせてしまって……」
もうどうにでもなーれ、と若干投げやりになった門番に先導されて北口に向かって歩き出すが、シアはしょんぼりとウサミミを萎れさせていた。
今も周囲からは好意的な目は向けられておらず、むしろフェアベルゲンの住民は『早くどっか行け』と言わんばかりの目線を一行に浴びせている。
「…俺には関係ない」
「……ん、周りの目何て気にしなくてもいい。シアは私達の仲間」
「だね。ちょっと居心地は悪いけど通り過ぎれば終わりだし、これくらいは我慢すればいいから大丈夫だよ」
「うんうん。シアシアは性格もいいし、可愛いし、何よりおっぱいが大きいからね! 鈴としてはむしろお釣りがくるくらいだよ!」
「鈴ちゃん、それフォローになってないよ……」
「み、皆さん……!」
投げかけられる暖かい(?)言葉にじんわりと涙が出てくる。
やはりあの時、無理を言って北条の旅に付いていったのは間違いじゃなかった。こんなにも良い仲間に恵まれて、シアの胸中には感激の嵐が巻き起こっていた。
「う゛う゛ぅぅっ!! わ゛だじはみ゛なざんに出会えでほんどうに゛幸ぜでずうぅぅっ!!」
「これこれ、このような所で泣くでない。周りから見られておるぞ」
「……ったく、仕方ねえェな。おら、これでとっとと涙でも拭いとけ」
微笑ましいものを見るような目でティオがシアを見て、幸利がガラにもなく親切にもハンカチを差し出す。流石にガチ泣きしているシアを揶揄うほど空気が読めないわけではない。
「ありがどうございまず」と泣きながらハンカチを受け取って涙を拭くシア。
清水もそんな気遣いが出来るんだな、と若干空気になりつつあった光輝は感心をした。ちなみに恵理は光輝の隣をキープしつつ、森林浴を楽しんでいた。
「ずび―――っ! あっ、ありがとうございましたユキトシさん。これ、返しますね」
「……おい待てクソ兎」
「くっ、くふふっ……。ドンマイじゃな、幸利よ」
涙を拭き終えたシアは、最後に思いっきり鼻をかんでからハンカチを幸利に返した。
べったりとハンカチにこびりついたシア汁に呆然とする幸利。地球に居た頃から使っていて結構お気に入りの物だったのに、あまりな扱いではなかろうか。
マサカの宿で鈴に背中をびしょ濡れにされた北条の気持が少しだけ分かったような気がした幸利だった。
門番と北出口で別れ、ハウリア一族の集落を目指す一行。
亜人族全体に言える事だが、彼らもしくは彼女らは森の中で己の位置を見失う事がない。そうできている。普通であれば森の中で真っすぐ進もうとしてもいつの間にか横に逸れていくのだが、亜人族にはそれがないのだ。
兎人族であるシアにも当然その能力は備わっており、そのおかげで北条一行は迷わずにハウリア族の集落まで辿り着くことが出来た。
「皆さ――――ん!! 帰ってきましたよ――――!!」
北口からさらに二時間ほど進むと森の中に開けた場所があり、ハウリア族はそこに集落を作っていた。小さな木造りの家がいくつも寄り添って建つその様は、ハウリア族の性格を表しているかのようだ。
シアがあほみたいに大きい声で呼びかけると、次々と家の扉が開いて兎人族が飛び出してくる。
「おかえりなさいシアちゃん! 怪我はしなかった?」
「シアおねーちゃんおかえりー!」
「おみやげないの~?」
「人がたくさんだ~!」
旅に出ていたシアが心配だったのか、わらわらとシアに群がっていく。久々に家族たちに会えてシアも嬉しそうだ。笑顔で一人一人に挨拶をしていくシアの邪魔をしないように空気を読んで、北条達は少し離れたところで待機している。
「全員にシアさんと同じような耳が付いてるな。北条、彼らもやはり……」
「ああ。兎人族……ウサちゃんの亜人だ」
「いや、ウサちゃんってお前……。つーか男にも耳が付いてんのな。誰得だよ」
「ウサミミがあると言う事は本来の耳は無いのかな? シアさんのは髪に隠れてたせいか確認できなかったし……もしあったとしたらあのウサミミは何のために付いてるんだろうね」
こそこそと話をしながら待つこと十分ほど、一通り挨拶を終えたのかシアが駆け寄ってきた。
どうやら話によるとカムは現在自宅にいるようで、皆の紹介もかねて今からそちらに行こうという事であった。特に断る理由もないので、そのままシアの先導で集落を進んでいく。
すでに他の兎人族には旅の仲間であると伝えていたようで、集落を歩く一行に対してはとても歓迎的だった。少なくともフェアベルゲンのように排他的な雰囲気は無く、それだけで兎人族の人柄が分かるというものだ。
「ここです! マモルさんとユエさんは以前も来たことがあると思いますが……」
足を止めたのは周りのものより一回り大きな家。カム自身は皆と同じ大きさの家で良いと思っているのだが、族長の家として判りやすくするために他の者が勝手に大きく建てたのだ。
「お父様、ただいま帰りました!」
「おお、おかえりシア。外の声は聞こえていたが本当に帰ってきていたのだな」
勝手知ったる己の家。迷いなく扉を開けて入っていくと、シアと同じウサミミをつけた中年の男性が椅子に座ってなにやら書き物を書いていた。
「マモル殿にユエ殿もお久しぶりです。以前はお見えにならなかった方々もようこそおいでくださいました。シアの父親のカムです」
彼がシアの父親であるカムである。シアと北条一行を確認したカムは立ち上がって歓迎の意を示す。
北条とユエはカムだけではなく兎人族とも知り合いであり、兎人族からすればこの二人は命の恩人でもある。
シアが魔力を扱えて忌み子扱いを受け、処刑される前に一族諸共森を去ろうとしてヘルシャー帝国の兵士に見つかった際に彼らを助けたのが北条とユエだ。助ける前に何人か兵士の手にかかってしまったが、それでも結果的にこうして森の片隅でひっそりと生きる事を許されることになった。
兎人族からすれば二人は足を向けて寝られない存在である。
それはさておき、前回いなかった七人の紹介をした後に、今回何故ここに来たのかを説明して、霧が晴れるまでここに滞在させてもらえないかを伺うことにした。
「もちろん歓迎しますぞ。マモル殿たっての頼みとあれば断るハズもありませぬ。狭い家ではありますが我が家と思って寛いでくだされ。ああ、因みにではありますが、霧が薄くなるのは明日です」
あっさりと滞在許可が出たので、霧が薄くなって件の大樹のもとに行けるまで兎人族の集落に滞在することとなった。そして荷物整理をするくらいですることがないので、各々自由に過ごすことにした。
その中で一番活躍し、感謝されたのはハジメであった。というのも、森の片隅でひっそりと暮らしているので、兎人族からすれば金属製品は非常に貴重なのだ。
つまり、鍋の底が抜けたり包丁が欠けたりしても簡単に新しく替えたりはできない。
ハジメは、自身が錬成師であり、補修してほしいものがあれば持ってるように伝えたのだが、そうすれば補修希望の人が来るわ来るわでてんてこ舞いだった。
「はぁ……、まさかこんなにも直す物があるなんて。森での生活って大変なんだね」
「うん、普段便利なものに囲まれてると余計に大変だって分かっちゃうね。でもハジメくんすごく生き生きしてたよ」
「あはは……まあ僕はこれくらいしか出来ないから、せめて錬成師としての仕事は真面目にやるって決めてるんだ」
とっぷりと日が傾くころに作業が終わり、ハジメは香織と一緒にカムの家に向かっていた。香織は体が悪い人を治したりしていたのだが、本人の腕もあってあっという間に終わってしまい、手持無沙汰だったのでハジメの横で作業を見学していたのだ。
香織からするとハジメのそれは謙遜にしか聞こえなかった。底に穴が開いた鍋も、ボロボロになった包丁も、折れ曲がってしまった鍬も、ハジメが錬成をした瞬間に新品同然の輝きを取り戻したのだ。
それだけではなく、こっそりと宝物庫にある余った鉱石を配合してより上質な物に仕立て上げるという高度な技術を使った心遣いまであり、さらには子供の玩具を作ることまで快く引き受けていた。
兎人族の人が笑顔で何度もハジメにありがとうと言う光景を見て、香織は自分の事のようにとても誇らしくなった。本人は地味な天職だと言っているが、こうやって人を助けることが出来るハジメらしい能力だと思う。
二人並んで歩いていると、カムの家がある方向からとてもいい匂いが漂ってきた。どうやら夕食の支度をしているようだ。だが、その匂いの中に懐かしい『とある匂い』が混ざっているのが分かるとハジメと香織の顔色が変わる。
「……ねえハジメくん。この匂いってもしかして」
「……うん。僕もそう思った」
匂いにつられて自然と足も速くなるというもの。
カムの家の扉を開けると、そこには机に置いた背の低い木桶を団扇で扇いでいるユエがいた。木桶には艶のある米が入れらており、湯気が上がっている。
「……おかえり」
「ただいま。ところでユエさん、もしかしてそれって……!」
「んっ、マモルが今日は『チラシズシ』にするって言ってた」
「「!!」」
背の低い木桶――いわゆる寿司桶から漂ってくる酸っぱくも甘い匂い。それはまさしく酢飯の匂いだった。ユエの言葉を聞いた二人は落雷に撃たれたような衝撃を受ける。
まさか、異世界に来て寿司が食べられるとは思っていなかった。今では愛子のおかげである程度米は広まっているものの、米の原産地であるウルの町ですら寿司に類似したものは無く、もはや日本に帰るまで寿司の類は諦めていたのだ。
「衛、いつの間に寿司が作れるようになったの!?」
「…ウルの町に酢はあった。多少風味は異なる」
「そうなんだ……! でも北条くん、すごいよ!」
錦糸卵などの具材を用意している北条が手を止めずに答える。
ウルの町に米から作った酢が売っていたのを見て、少しでも日本を懐かしんでもらうためにいつかは作ろうと思っていたのだ。
大雑把なレシピは頭に入っていたが細かいことまでは覚えておらず、酢飯も何度も失敗を繰り返してようやく完成したものである。魚類に関してはエリセンにある店にサーモンやイクラなどの地球にある食材に近いものが売っていたのでそれで代用した。
なお、その完成までの過程の味見はユエが申し出ていた。もちろん、他の皆には内緒である。
「おい、まさか! やったのか!? やりやがったのか北条!!」
「間違いない! これはまさしく!」
「ペロッ、この匂いはお寿司!」
「あ~~、酢飯の匂い~~」
「いや、お主等はしゃぎ過ぎじゃろう……」
「はっはっは、賑やかで良いではないですか」
匂いを嗅ぎつけたのか、雪崩れ込むようにして幸利、光輝、鈴、恵理が入ってくる。
寿司~~寿司~~、とゾンビのように群がってく姿にティオはちょっと引いたが、カムは楽しそうにこの光景を受け入れていた。
だが四人が無理もない話である。トータスに召喚されてすでに半年、だんだんと日本が恋しくなってくる頃に寿司が来たのだ。
だから喜び余って地球組がソーラン節を踊ってしまうのも自然な流れというもの。
「よぅし、これで一族秘伝のシチューができますよー! 皆さん楽しみに……えっ、何ですこれ」
別室から戻ってきたシアが見たものは、団扇を扇ぐユエとその周りで一糸乱れぬソーラン節を踊る六人、我関せずと調理を進めていく北条という混沌としたものだった。
「……妾は何も知らぬ」
「……急に踊りだした。囲まれて動けない。怖い」
「シアよ、良い仲間に巡り合えたようで嬉しいぞ。どれ、私も混ざってみますかな!」
「「「ハードッコイショ、ドッコイショ!!」」」
こうして兎人族の集落での一日は過ぎていった。
□どうでもいいオマケ□
「あれ? ユエユエこんなところで何やってるの?」
ある日の事。夜もとっぷりと更けて、後は風呂に入って寝るだけという状態になったその時間に鈴が何となく飛行艇の中を歩いていると、風呂場付近でユエがコソコソしているのを発見した。
鈴の記憶では確かユエはすでに入浴済みであり、風呂場付近に用は無いはずだ。
「……今マモルがお風呂に入ってる」
「ちょっ、まさか乱入するつもりなの!? そんなことはこの鈴の目が黒いうちはさせないよ!」
言い放たれたその言葉に鈴が目を吊り上げるが、ユエは「分かってないなぁ」とでも言いたげな、呆れた顔で溜息をついた。
「違う。むしろ出てくるのを待ってる」
「えっ、どう言う事?」
「……仕方がない。今回は見学させてあげる」
「???」
何が何だか分かっていない鈴の手を引いて、ユエは脱衣所の出入り口が良く見える場所に陣取った。そのまま息を潜める事数分、入浴が終わった北条が脱衣所から出てきた。
しっとりと濡れた髪が首筋に貼り付き、熱を逃がすためかボタンが外された寝間着からは逞しい胸筋と腹筋がその姿を惜しみなく覗かせている。風呂上がりに水分補給をするためか宝物庫から水筒を取り出すのだが、水を飲むたびに喉仏が動き、さらには零れた一筋の水が喉から胸へと伝っていく。
「……この守護者……スケベすぎる!」
物陰から風呂上がりの北条をガン見するユエは、控えめに言って変態だった。
無駄に全力で隠遁しているので北条は気付かずそのまま去っていく。
「……ふふ、今日も良いものを見た……。スズ、どうだった……?」
「……」
「……スズ?」
きっと鈴も気に入っただろうと思いユエが聞いたがいっこうに返事が返ってこない。
不思議に思ったユエが振り返って様子を確認してみると、鈴は鼻血を流して目を回していた。刺激が強すぎたらしい。
「……死んでる」
最後の方はお酒を飲みながら書きました(白状)