ありふれたRTAでラスボス撃破 タンクチャート   作:エチレン

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三つ目の試練です。
性欲とは神が与えし大罪……逃れられるカルマ!


幕間:惑わしの大樹海(後)

 なんやかんやで二つ目の試練をクリアした一行。

 転移の魔法陣によって三つ目の試練が待ち受けている場所に移動をしたのだが、目に映った光景を前に早くもゲンナリとする者が現れた。

 

「まーた樹海かよ。マップの使い回しはやめろっつーのに……」

 

「あ、でもそれらしい目印はあるね。空に霧もかかってないし最悪飛んでいけば大丈夫そうだよ」

 

 ハジメが指をさす方には明らかに他の木々よりも抜きんでているほどに高い巨木がある。かなり距離はあるようだが、それでもスタート地点からハッキリと見えるほどだ。

 

「…全員いるな」

 

「……ん、大丈夫。偽物は居ないはず」

 

「う、うん、ちゃんと全員本物だよ」

 

 数えてみるとちゃんと十人おり、恵理が魂魄魔法で探ってみても誰かがすり替えられていると言う事は無かった。さすがに同じ手は使ってこないと言う事だろう。

 

 そうと決まれば話は早い。あからさまに怪しいあの巨木に向かって進むのみだ。

 

「?????」

 

「勇者殿は……回復するには今しばらく時間がかかりそうじゃな」

 

「天之河くん、上の空だけどどうしちゃったんだろうね」

 

「カオリンェ……。天之河くんが可哀そうになってきたよ。バグったままだけど、むしろこれはチャンスだっ! エリリン、お願い!」

 

「分かった、任せて!」

 

 光輝は未だに現実を受け入れられていなかった。都合のいい理想の世界から脱出できたのだが、それはそれ、これはこれである。『後でちゃんと想いを伝えよう』などとバカ真面目に思っていたのに、目が覚めたら想いを寄せる相手がオタクで有名な南雲ハジメに告白していたのだ。

 

 その結果、光輝はバグった。

 ウッキウキの恵理に手を引かれて歩く光輝は、しばらく使い物にならないだろう。

 

「それにしても静かですねぇ。魔物の気配もありませんし、最初の試練の時とは大違いですよ」

 

 北条を先頭にして樹海を進んでいく。今回はどこからでも見える目印があるのでシアの先導は必要がない。ただ、ひたすら真っすぐに進んでいけばいいだけだ。

 

 シアの言う通り、辺りに魔物の気配はなく、それどころか虫の一匹も存在しない。

 静寂の中に草木を掻き分ける音が聞こえているだけで、ある種の不気味さすら感じる。

 

「しかしただ歩くだけの試練とも思えぬな。各々、十分に注意して進むのじゃ」

 

「あいよ。つっても俺の探知でも何も見つかってねェんだけどな。もう歩くのもめんどいし、いっその事ティオさんに竜化してもらって――あ?」

 

 ぽたり、と雨が一滴落ちてきた。

 ハルツィナ大樹海でも雨は降る。だが、今ここに至ってはそれはあり得ない。雨というのは雲があっての現象なので、地下空間と思われるこの場所で雨が降るのは明らかに不自然なのだ。

 

「雨が降る魔法でもかかってんのかこの場所。つーか結構降ってきてんぞ! スコールかよこれ!」

 

「流石にびしょ濡れは勘弁! 〝聖絶〟!」

 

 あっという間にバケツをひっくり返したかのように降り注ぐ雨に対して鈴が〝聖絶〟を発動させて、一行をすっぽり覆うようにして障壁を張った。

 

「……ただの雨じゃない」

 

 障壁に打ち付けられる雨を見てユエが警戒を強める。障壁の表面を滑り落ちていく液体は、水のように滑らかではなく、いつか見たスライムのようにねばつきがあった。

 

 それはすなわち、この降り注ぐ謎の粘液が今回の試練に関連している可能性が高いと言う事だ。いつでも魔法を使えるように神経を研ぎ澄ます。

 

「…囲まれたか」

 

 ポツリと北条が周囲を見回して呟いた。上空からだけではない。地面はおろか、草木からも粘液がじわじわと染み出して来ており、よく見ると乳白色の色をしていた。

 

 幸い障壁が溶かされる様子もないので、メルジーネ海底遺跡の時のような事にはならないだろう。だが、障壁は乳白色で塗りつぶされており、このままでは移動も覚束ない。

 

 地面から染み出してくる粘液のネチョネチョ感を楽しんでいると、突然ぐにゃりと障壁の内側、足元にある粘液が意志を持ったかのように動き出して覆いかぶさろうとしてきた。

 

 狙いは片手で杖を持ち、もう片方の手で光輝の手を引いている恵理。両手が塞がっている魔法使いは襲いやすいと判断したのだろうか。

 だが、恵理は杖による接近戦も最低限はこなせる。普段、暇なときに北条やシアにちょっと稽古をつけてもらって暴漢くらいなら容易く抑え込める程度の腕前を身に着けていた。

 すぐさま恵理が杖による打撃で迎撃しようとしたのだが、それよりも光の刃が真っ二つにする方が速かった。

 

「……えっ、光輝くん?」

 

「おお、復活したんですね天之河さん!」

 

 恵理に迫る粘液塊――スライムを斬り飛ばしたのはバグってフリーズしていたはずの光輝だった。立ち直ったと思われる光輝にシアが喜びの声を上げるが、実際は違った。

 

「?????」

 

「……いや、復活しておらぬ。よもや勇者殿、無意識に剣を振っておるのか?」

 

「無我の境地ってやつか」

 

 再び粘液が蠢いて襲い掛かってくるが、光輝が流麗な剣技で一閃する。

 ティオの言う通り、光輝は未だにバグったままである。だが、それ故に目の前の敵に対して余計な思考や力みが存在しない、ある種理想的な状態となっていた。

 

 八重樫の剣術道場で身に着けた剣技。トータスに召喚されてからの戦闘経験。体に染みついたそれらを無意識レベルで繰り出す光輝は普通に強かった。むしろ普段が雑念だらけなので、これが本来の実力であると考えると悲しく思えてくる。

 

 片っ端から切り伏せていく光輝だったが、良い事ばかりではなく問題点もあった。それは切ったスライムが飛び散ってしまう事である。一行は障壁内に固まっているので、飛び散ってしまったスライムが降り注ぐ先は自ずと決まっていた。

 

「ぶべっ!? ちょっ、こっちに飛ばさないでください!」

 

「あ゛あ゛ぁぁっ!! 眼鏡が、眼鏡があぁ~~!!」

 

「?????」

 

 白い粘液が近くにいた者から順にぶっかけられる。しかし光輝は止まらない。出現するスライムをあらかた倒し終えるころには一行は男女関係なく白濁にまみれていた。

 

「……酷い目に遭った」

 

「うへぇ、べとべとだよ。シャワー浴びたい……」

 

 気持ち悪そうな表情をする女性陣と、それから目を背ける男性陣。ぶっかけられた白濁の粘液はそれっぽく見えなくもないので思春期の男子には非常に目に毒だった。

 

「……はっ! お、俺は一体……? ここはどこだ!?」

 

 そして今になって光輝が復活するが、彼に向けられたのは女性陣からの恨みがましい視線であった。スライムを倒すという仕事はしたのだが、それはそれ、これはこれである。

 白濁液まみれの女性陣に睨まれて光輝は慌てて目線を逸らす。一応、彼も思春期の男子なのだ。いきなり目の前にどうみても事後な姿の良く見知った女性が現れたら混乱するのは当然と言える。

 

「あー、とにかくだ。これどうするんだ? 結界の外の様子が全く見えねェんだが」

 

「取りあえず結界が破られる気配はないからこのまま進んでみる?」

 

「そうですねぇ。一応私の未来視でも命の危機は見えないですし、それもいいんじゃないですか?」

 

 「そ、その恰好は一体……?」とか「何か分からないけどごめん」などともにょもにょ言っている光輝を尻目にぐるりと辺りを見回すと、全方向が白かった。

 

 何時までもこのまま立ち往生しているわけにもいかず、かといって進むことも難しい。冬の道民のような悩みである。白濁の海の中に揺蕩う障壁の内部でどうしようかと考えていると、ユエが魔力を陽炎のように揺らめかせた。

 

「……スライムなら火に弱いはずだから一気に燃やす。〝劫火浪〟」

 

「妾も手伝おうぞ! 〝嵐焔風塵〟!」

 

 押し寄せる炎の津波と直進する炎の竜巻が白濁の海を焼き尽くしていく。酷い目に遭った腹いせか、いつもより出力多めである。

 そのお陰かある程度の分量は焼却できたようで、少しだけ視界が開けるが相変わらず雨は降り続いているようで、見る見るうちに再び水位が上がっていく。

 

「……効果はあるけどきりがない」

 

「それじゃあ突っ切るしかないのかな? 形はこんな感じで地面にあるのも押しのけるようにっと……」

 

 球状であった結界が新幹線のような流線形へと変形する。

 結界の形状変化。決められた形でしか作ることが出来ない結界を、作ってから変形させる高等技術である。「結界って出してから形を変えることはできないのか?」というオタク二人の疑問を聞いてやってみたら出来そうだったので、毎日寝る前に練習して出来るようになった。継続は力なり。

 

 ただし、かなり難しいのでこういう場面であればともかく、目まぐるしく状況が移り変わる戦闘ではまだ実用に耐えないレベルではある。

 

「…進むか」

 

 そうして再び一行は歩き出す。水位が上がればその都度ユエとティオが焼き払って視界を確保して方角を確認し、おおよそ道程の半分程度を過ぎたころに先頭を歩く北条は右腕を力強く締め付けられる感覚で足を止めた。

 

「…? どうした」

 

 そこには腕を組むように、ではなく文字通り体全体を使って腕を抱きしてめているユエが居た。心なしか、プルプルと震えて何かを我慢しているようにも見える。

 

「……っあ、マモルっ……」

 

 はあはあと息を荒げて縋りつくユエを怪訝に見ていたが、北条に電流が走る。

 そう言えば先程ユエはスープをおかわりしていなかったかと。内股気味になってもじもじしているのも併せて考えればその答えは明白である。

 

「もしかしてトイレか」

 

「ちっ、違うっ……、はぁっ……、そうじゃないっ……!」

 

 見当違いで失礼な発言にユエが顔を上げて睨む。上気して赤くなっており、目には涙が浮かんでいて今にも零れ落ちそうだ。半開きになった口からは熱い吐息が激しく吐き出されている。

 

「体が熱くて……っ、すごくマモルが欲しいっ、……はぁっ、んんっ」

 

 すりすりと北条の腕に体を擦り付ける。腕から伝わってくる体温は普段よりも明らかに高く、尋常な様子ではなかった。

 体調不良であれば治癒術が使える香織に頼るのが正解だろうと思い後ろを振り返ると、程度はあれどほぼ全員がユエと同じような体調の異常を感じていた。

 

「リンリン、大丈夫か」

 

「だ、大丈夫じゃ、ないっ……! あうぅっ……!」

 

 鈴はかなり重症なようで、蹲って自分の体を抱きしめていた。

ユエと同じように顔は真っ赤になっており、目の端からは涙がぽろぽろと落ちて地面に染みを作っている。歯を食いしばって体調の異変に耐えようとしているが、如何ともしがたいのか時々ビクビクと痙攣をしていた。

 

 集中力が切れてしまったのか、障壁が解けそうになっていたので北条がタリスマンを取り出して代わりに障壁を張る。ちょっと人には見せてはいけないような状態になっている鈴に、宝物庫から取り出した普段使っている桜色の上着を被せてやった。完全な親切心からだったのだが、むしろ今回はそれが悪手となってしまった。

 

「あっ、待ってまもるんっ、これっ、まずいからっ、絶対まず――――ぁっ」

 

 ふわり、と全身を包み込む好きな男の匂い。それを思いっきり吸い込んでしまった鈴は、ぶるりと一度大きく全身を震わせた後、動かなくなった。

 

「……リンリン?」

 

 なお、止めを刺した北条は訳が分からないと言った風に動かなくなった鈴を見て首をかしげるばかりであった。

 

「谷口がやられた! くっそ……、薄い本みてェな試練しやがって……! 男がそんな展開になって誰が得をするんだよっ……!」

 

 げしげしと幸利が杖に頭を叩きつけながら悪態を吐く。白濁のスライム、体のほてり、奥底から湧いてくる熱。これだけ材料が揃えば答えなど自ずと出てくるというものだ。すなわち、今もなお降り注ぐ雨には催淫作用とか、おそらくそういうのがある。

 とっさに闇魔術を自身にかけて感情、欲望をデフォルトの状態に戻したが、油断すれば再び熱が広がっていくだろう。

 

 そして当の本人は気付いていないが、北条はこのメンバーの中で唯一毒の類を無効化するだけの能力があったので特に体調に異変を感じる事もなく平然としていた。

 

「はあっ、はあっ、香織――」

「ハジメくん! 大丈夫、痛くしないから! 天井のシミを数えてる間に終わらせるから!」

 

「はっ、まっ、待って香織さん! さっ、流石にマズいよこの状況! はあっ、はあっ……!」

 

 ふらふらと光輝が香織に手を伸ばすが、ハジメに突進していった香織に撥ね飛ばされて地面に衝突し、その衝撃で一度痙攣してそのまま動かなくなった。

 

 ハジメはある程度影響を受けているが、防御系のアーティファクトをいくつか常時装備しているおかげでそこまで酷くはなく、かなりムラムラする程度にまで抑えられており、十分に耐えられる程度で済んでいた。

 

 目の据わった香織に押し倒されそうになってハジメは快楽とかよりも身の危機を感じたので、急いで北条を盾にするように移動する。それを追いかけるようにして香織も移動するが、ハジメも捕まらないように間に北条を挟むように動き回る。

 

 そのままハジメと香織は北条を中心としてグルグルと回り始めてしまった。

 

「っくうっ……なるほど、ああやって体を動かせば……てりゃりゃりゃりゃああぁぁっ!!」

 

 それを見てシアはバルムンクの素振りを始めた。男子中学生が急に筋トレを始めて体の高ぶりを発散させようとするアレである。それでいいのか、と思わなくもないが本人はそれである程度緩和できているようなので放っておくことにして、素振りの範囲内に間違っても巻き込まれないように一歩後ろに下がった。

 

「なる、ほどのうっ……! これはそういう試練というわけじゃなっ」

 

「おお、ティオさんは大丈夫そうだな。で、そういう試練ってのは?」

 

 隣から聞こえてきた声に幸利がそちらを見ると、ほんのりと顔を赤くして心なしかいつもよりも着物をはだけたティオが居て咄嗟に目を逸らした。白濁の粘液が豊満な胸を滑り落ちていく様は闇魔法で感情を平坦にしている幸利にも刺激が強い。

 

 なお、ティオは余裕そうに振舞っているが手に持った扇子を強く握りしめている。気を抜けば呑まれるという点では幸利と同じであった。さすがにこの状況ではティオと言えども魔法を十分に使える程の集中力を確保するのは難しい。

 

「うむ。快楽に耐えることは出来るか。よしんば耐えられなかったとしてもその後いつも通りに接することが出来るか。肉体的な誘惑に打ち勝つ試練と仲間との絆を試す試練の二段構えといったところであろうな」

 

「……なあ、すでに二名ほど脱落者と思わしき奴が居るんだが」

 

 ちらりと視線を動かすと地面に横たわったままの光輝と蹲ったままの姿勢で昇天している鈴の姿があった。快楽に耐えることがクリアの条件であるならばまずこの二名は助からない。

 

 ハジメ、香織、シアはギャグ時空に突入しているので大丈夫だろう。まともに試練に耐えているのはメンバーの内の半数にも満たないという壊滅的な状態であった。

 

「……いや、大丈夫じゃろう、うむ。きっと、おそらく、たぶん、もしかすると……クリア出来ておるとよいな、うむ。それにしても体が熱いのう……幸利よ、お主は平気そうじゃな」

 

「っ! あ、ああ、俺は闇魔術で何とか……。中村の方もそれで凌いでるみたいだな。つーか何やってんだアイツ」

 

 熱がこもっているのか、ティオがさらに着物をはだける。もはや肩は丸出しになっており、何かの拍子でずり落ちれば胸がまろび出そうだ。裾からは白い太ももがチラチラと見えており、幸利は少しだけ前屈みになりかけたが何とか持ち直す。

 

 恵理の方を見ると比較的落ち着いているようで、顔色も若干赤くなっている以外はさして影響はないようだ。具体的には、横たわっている光輝に膝枕をしてさらにアヘらせる作業に勤しむくらいの余裕があった。

 

「それはよいな。のう、幸利よ、それを我ら全員にかける事はできぬか? 命の危機は無いとはいえ、このままでは色々と後に引きずる事になってしまいそうじゃ」

 

「今使ってるのじゃねェが……この状況にピッタリな魔法があるぜ。とは言えちょっと時間がかかるし集中しなきゃいけねェ……。中村ァ、お前が使ってるやつ、俺と同じのだろ? ついでに俺にもかけれるか?」

 

「ふふふ……えいっ、えいっ。ああ、うん、もちろんかけれるよ。……はい」

 

「おうサンキュー。そんじゃあ、ちょっと待ってろよ」

 

「せいっ! せいっ! とりゃあっ! せりゃあっ!」

 

 シアの素振りで生まれる風を感じながら幸利は精神を集中させる。平時ならともかく、この状況で魔法を維持しながらもう片方の魔法の詠唱を行う事は不可能である。だがそれは光輝の頬を突いている恵理が肩代わりしてくれた。

 

「……ユエ、もう少し我慢できるか」

 

「ふーっ、ふーっ、……んっ、大丈夫……マモルがセッ〇スしてくれれば耐えれるっ」

 

「はあっ、はあっ、ハジメくん! 先っちょだけ! 先っちょだけでいいから!」

 

「止まったら死ぬ止まったら死ぬ止まったら死ぬ!」

 

「二百五十六! 二百五十七! 二百五十八!」

 

 息を荒げながら北条の腕に抱き着いて身体を擦り付けるユエと、二人のすぐ横で動かなくなったが時々思い出したかのように痙攣する鈴。さらにその三人周りをグルグルとフェイントを入れつつ回るハジメと香織。少し離れた場所でひたすら素振りを続けるシア。恵理に突かれてアヘっている光輝。

 

「だいぶ頭が茹っておるようじゃな……はぁ」

 

「準備完了っと。おーい、今から闇魔法使うから抵抗すんなよー!」

 

 混沌とした状況にティオがため息をつく。媚薬効果のせいか、やたらと艶っぽい吐息だった。

 完成した幸利の魔法が発動する。高く掲げた杖から光の玉が人数分飛び出してそれぞれの頭上に浮かび上がり、光の粒子を雪のように降らせた。

 

「〝賢者ノ時〟」

 

「……おお、これは」

 

 光の粒子が降りかかるにつれて熱が冷めていく。体の奥底から煮えたぎっていた欲望が、潮が引くかのように去っていく。十秒も経てばすっかり元通りの平常心に戻り、それどころかむしろ悟りを開いたかのような心持ちになってくる。

 

 きっと今なら目の前でどのような痴態が繰り広げられようと何も感じることなく、感情のない瞳で眺めることが出来るだろう。それはまさに賢者タイム。

 

「……ふぅ。ハジメくん、ごめんね。ちょっとだけ変になってたみたい」

 

「……ふぅ。いいよそんなの。ところで清水くん、魔法の名前ってこれ……」

 

「……ふぅ。南雲の想像したとおりだ。ピッタリだろ?」

 

「……ふぅ。ん……、落ち着いた」

 

 無の表情になった面々は普段の落ち着きを取り戻す。ハジメと香織は追いかけっこを止め、ユエは北条の腕を開放する。シアは素振りを止めて「何で私はこんなことしてたんでしょうか……」と今更自分の行為に疑問を抱いた。

 

 なお、昇天した鈴と光輝は未だに動かないままだ。おそらくこの試練を抜けるまでは使い物にならないだろう。何はともあれ幸利の魔法で媚薬効果を中和したので、後は積もり積もった白濁の海を焼き払いながら進むだけだ。

 

「〝蒼龍〟」

 

 チベットスナギツネのような表情でユエが最上級複合魔法を行使する。

 蒼い炎でできた巨大な龍が外側に広がる渦巻の軌道を描きながら辺りの白濁を焼失させる。あまりもの高温に巻き込まれた草木は一瞬で燃え尽きて黒い粉になってしまった。

 

「〝獄雨〟」

 

 チベットスナギツネのような表情でティオが上級魔法を行使する。

 炎の雨が降り注いて広範囲の白濁を焼き尽くしていく。

 

「〝炎天〟」

 

「〝譲天〟」

 

 チベットスナギツネのような表情で恵理が上級魔法を行使し、チベットスナギツネのような表情で香織がそれを補助する。

 香織の魔力を上乗せして強化された小型の太陽のごとき炎が白濁と草木を焼いていく。

 

 降り注いでいた雨も限りがあるようで、最初は土砂降りだったが今は小雨程度にまで落ち着いていた。その後もひたすら無心で周囲を焼いていき、およそ十分ほど経つと雨が降りやんで白濁も残らずに焼き尽くされた。

 

「……終わったね。色んな意味で」

 

 後に残ったのはぺんぺん草も生えないほどに焼き尽くされた大地のみ。樹海だった場所は荒野へと姿を変えてしまっていた。不思議と遠目に見える大木は焼けた様子がないので、あれがゴール地点だという予測は当たっていたようだ。

 ひとまず次に進む前に『後片付け』をしなければならない。約二名を見てハジメは深いため息をつき、いそいそと錬成で仮設の更衣室を作り始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「「……コロシテ……コロシテ……」」

 

 服が汚れてしまったので替えの服に着替えて合流したのだが、鈴と光輝は致命的なダメージを負っていた。鈴は膝を抱えて、光輝は四つん這いになってどんよりした空気を垂れ流している。闇魔法を使っていないのに二人の周囲には暗い気が漂っていた。

 

 光輝はともかく、鈴は自身の痴態をガッツリと北条に見られている。よりにもよって一番見られたくない相手にだ。

 

 チラチラと北条の方を見て、目が合いそうになると急いで目を逸らす。ひたすらにそれを繰り返していた。耳まで真っ赤になっており、今にも泣きだしそうである。

 

「うぅ、もうお嫁に行けない……」

 

「……大丈夫。私もほぼイキかけたから」

 

「何の慰めにもなってないよユエユエ……でもありがとう」

 

 親指を立てて恥ずかしがる様子もなく言い切るユエに少しだけ救われたような気がした。そのままユエは流れるように鈴が肩に羽織っていた北条の上着を回収しようとして、鈴はひらりと身をかわした。

 

「ユエユエ、この手は何かな? これはまもるんが鈴にくれたものだよ?」

 

「俺はあげてない」

 

「……スズはさっきので堪能したはず。だから次は私が使う」

 

 じりじりとユエが今にも飛び掛かりそうな体勢で距離を詰めれば、鈴がその分だけ距離を取る。

 

「もうユエユエは今着てるのもらってるじゃん! 鈴だってまもるんの上着欲しいからこれは絶対に渡さないよっ!」

 

「俺はあげてない」

 

 今現在ユエが着ているのはフードが付いた白いコート。元々は北条が着ていたもので、オルクス大迷宮の封印部屋でもらってから飽きもせずに使い続けている一品だ。北条がある程度仕立て直したがサイズの差はいかんともしがたく、少しブカブカだがユエはむしろそれを気に入っていた。

 

 ブルックの町で再会した日の夜、ユエが自慢げに見せびらかしてきた時から羨ましいと思っていた。それがやっと手に入ったのだ(入ってない)。絶対に渡さない! という強い意志で桜色の上着を抱きしめる。

 

 先程までのしおらしい雰囲気はどこに吹き飛んだのか、そのまま北条の上着を巡って争奪戦が繰り広げられた。もしかしたらこれがユエなりの気の遣い方なのかもしれない。

 

 勝手に上着を持ち去られて北条はしばらく固まっていたが、上着一つで元気が出るならそれでいいかと結論付けてそのままにしておく事にした。

 

「いやあ、大変な試練でしたね。私はいい汗をかいただけでしたが」

 

「うむ、まさかこのような手で来ようとは……この試練を考えた者の顔が見てみたいのう」

 

「お、おう。そうだな……」

 

 しっかりと服装を整えたティオを見て幸利はちょっと残念な気持ちになった。きっとこれからふとした拍子に先程のはだけたティオの姿が脳裏に蘇るのだろう。脳内に保存した映像を再生魔法で見える形に投影出来ないか真剣に考える必要があるかもしれない。

 

「ぐえっ! な、何しやがるんだ!」

 

「鼻の下が伸びておったぞ。大方、助平な事でも考えておったのじゃろう?」

 

「ユキトシさん……最低のスケベ野郎ですぅ」

 

「何で!? 俺、ここでのMVPなのに扱いがひどくねェか!?」

 

 そんな考えを見透かされたのか、額を折りたたんだ扇子の先で突かれた。この三人に関しては幸利がちょっと得をしたくらいで問題なさそうだ。

 

「ハジメくん、本っっっ当にごめんなさい!」

 

「あはは、いいよいいよ。結果的には何ともなかったわけだし」

 

「ありがとう……。この償いはいつか、ちゃんと身体でするから……えへへ」

 

「あっ、それは結構です」

 

 香織はハジメに謝り倒していたが、そこまでダメージを負っていないようだ。ついでとばかりに自分を押し売りするのを忘れていないあたり、むしろピンチをチャンスに変える強かさがあるとも言える。

 

「……俺、思うんだ。俺は勇者なはずなのに扱いが粗末すぎるんじゃないかって。今のところこの大迷宮でやった事って神威を一回使っただけだし。勇者の姿なのか? これが……」

 

「だ、大丈夫! さっきちゃんと凄い剣術で敵を倒してたから! 光輝くん、すごくカッコ良かったよ!」

 

「ああ、ありがとう恵理。恵理は優しいんだな……。でも剣を振った記憶は全く無いんだ……」

 

 どんよりとしている光輝は恵理が褒め殺しで回復を図っていた。しかし、光輝には先程の八重樫道場の師範が感心しそうな流麗な剣術の記憶は一切ない。

 

 光輝の認識では気付いたら白濁まみれの女性陣が居て、急に体が熱くなって衝動が抑えられなくなり、香織に撥ね飛ばされてブラックアウトしただけだ。散々である。非戦闘職でステータスが圧倒的に格下のハジメが問題なく最後まで耐えれたという事実がさらに気分を落ち込ませていた。

 

「……そろそろ行くか」

 

「! あ、ああそうだな! 今回はみっともない所を見せたけど次は絶対に乗り越えてみせる!」

 

 だが良くも悪くも切り替えの早い光輝である。自分の痴態は刹那で忘れることが出来る。

 北条の言葉に立ち上がった光輝は決意の炎を目に灯した。先程までアヘっていた男と同一人物とは思えないほどのキリっとした顔であった。

 

 




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