「でもまあ、悪くは無いな……お前と一緒ならよ」
目の前に迫る確実な死を平然と受け入れ嘯いた彼は本心からそう思っていた。
それまでの人生より長く感じられた3ヶ月、何をやっても長続きせず誇れるものも守るものなく無駄に時を過ごすような生き方をしていた自分が手に入れた宝石のような時間、数え切れないくらいに未練はあるが満足もしている。
「ポップ……御免」
「へ?」
だからその言葉は裏切り、そして相棒の覚悟を見抜けなかった自分への後悔と怒りの記憶、今ならいくらでも思いつく対処法がどうして一つも浮かばなかったのかと思い返す度に後悔と自己嫌悪が心を苛む。
驚きに問い返す間もなく軽い蹴りであっさりと弾き飛ばされ、生死を共にすると誓った親友の遠退く姿を見上げて絶望と無力感に包まれながら地上に落下した彼は、地上を救った勇者の仲間と言う不本意な栄誉を手にする事となる。
未だ残る魔王軍の影に脅かされる人々の願いを聞き入れ、親友を探す旅の合い間に魔物を倒し人々を救う日々が半年ばかり過ぎた頃、人々の都合で英雄に祭り上げられた少年は人間でありながら魔王と呼ばれるようになっていた。
そんな不名誉な通称で呼ばれるようになった原因は、ダイの養父である鬼面道士ブラスを初めとする人間に友好的な魔物らが住む孤島デルムリン島を襲った自称勇者の青年が率いるパーティー全員に瀕死の重傷を負わせ、逆に青年らの所属していた組織を襲撃して拠点にしていた町ごと廃墟にした事件である。
最後の理性が働いたのか死者こそ出しはしなかったが、人間の守護者であるはずの英雄が魔物退治に来た勇者志望の青年を倒し、それだけに留まらず拠点としていた町を襲い焼き払ったと言う事件は、虚実を交えた噂として世界を駆け巡り、彼の恩師や元の仲間が聞き付けるまでそう長い時間は掛からなかった。
心配する仲間に状況が落ち着くまで世界を回ると答え、最後まで同行しようとしていた二人の少女に親友の帰る場所を守るよう頼んで放浪の旅に出た。
目的地は破邪の洞窟、魔界にまで通じているとも言われる数多の魔物が潜む試練の地、歴戦の勇者ですら死を覚悟するダンジョンに非力な魔法使いが独りで挑むのは無謀の極みだったが、洞窟の奥に眠るとされる失われた知識や呪文の中に親友を探す方法やその手掛かりがあるのではと淡い希望を抱いたからである。
*
様々な荷物が詰め込まれた背負いカバンと2人の師から譲り受けた書物、復興後カール国王となったアバンが書き下ろし弟子に配った新装版アバンの書とそれに妙な対抗意識を燃やした大魔道士マトリフが持てる知識の全てを費やして編纂したマトリフの書を携え、魔物と戦いながら探索を行い持ち込んだ食料が尽きれば補給と休養に戻る日々の繰り返し、未踏の階層にあるかどうかも知れない希望を求めるポップは、自身の幸せから逃げるかのように孤独な日々を過ごしていた。
破邪の洞窟に挑み続けて2ヶ月半、現在地は尊敬する恩師の記録すら超える地下172階、地上では見られない凶悪なモンスターが跋扈する危険な場所でもポップに諦めようとする気配は見えない。
積み重ねた実戦経験と蓄えた知識を駆使し、時には地形や相手の性質すら利用した幅広い戦術で強力な魔物を翻弄しながら、最小限の戦闘で群がる敵を倒し探索する。
「
「やっ、やべぇ!」
焦りの声を上げるが既に手遅れ、不意に現れた銀色の鏡のような存在に気を取られた隙に対面していた魔物が呪文を唱える時間を与えてしまった。
それは術者の生命力を残らず全て純粋な破壊エネルギーに変換する自爆攻撃、あらゆる魔法を防ぐと言われている竜闘気すら撃ち貫き反射魔法も無効な僧侶系呪文の最終到達点とされており、対抗策は命の石に代表される身代わりアイテムの加護か同じく純粋エネルギーである闘気や魔法力を放出して相殺するくらいしかなく、後者は余程の実力差がなければ気休めにもならない。
咄嗟にポップは残りの魔法力で相殺を試みようとしたが、それまでの探索や戦闘で消耗した状態では効果が薄く、爆風と閃光が収まった後には崩れた天井と壁の残骸のみが残されており、この日を境に稀有な才能を誇る少年の新たな冒険が開始される事となる。
*
その日、ハルケギニアのトリステイン魔法学院では、毎年の恒例行事である春の使い魔召喚の儀式が行われていた。
儀式の内容は単純明快、二年生に進級した生徒がサモン・サーヴァントの呪文を唱えて使い魔を呼び出すだけで終わるイベント的な授業である。
次々と使い魔の召喚に成功する中、一人だけ失敗を繰り返している少女がいた。
彼女の名前はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール、他の者と違い地面を穴だらけにしているが本人は至って真剣、もちろん起こそうとして爆発を起こしているのではない。
ルイズが魔法を使おうとするとコモンを含む全ての系統で効果が現れない代わりに謎の爆発が起こるからであり、度重なる失敗や周囲の冷ややかな視線にもめげず声を張り上げ杖を振る姿は悲壮感すら漂っていた。
「ミス・ヴァリエール、成否に関わらず過度の魔法使用は精神と肉体を疲労させる。
君の努力と熱意は認めるが今日はそこまでになさい。
どうしても諦められないのならば、後で特別補習を行っても構いません」
そう声を掛けたのは学院の教師でこの儀式を監督するジャン・コルベール、頭部の禿げ上がった独身中年男性で人当たりの良い温和な性格は多くの生徒からそれなりに慕われている反面、熱中すると前後を見失う悪癖や押しに弱く威厳に欠ける性分から口の悪い者は影でコッパゲなどと揶揄しており、教員仲間からの評判も芳しくないどころかある種の変人として有名で、周囲からはやや浮いていた。
今も鬼気迫る形相で頼み込むルイズの勢いに押し切られ、とっくに召喚を終えた他の生徒が遠巻きに見守る中で本日最後の詠唱が行われようとしている。
「宇宙の果てのどこかにいる私の僕よ!
神聖で美しく、そして強力な使い魔よ!
私は心より求め、訴えるわ!
我が導きに、答えなさいっ!!」
嘲笑に満ちた視線の中で絶叫するようにして振り下ろされる杖、轟音と閃光を伴った爆発が巻き上げた土埃の中から黒焦げになった少年が転がり出た瞬間、それまで無責任に囃し立てていた少年少女は一様に凍り付き、当事者であるはずのルイズも腰を抜かしたのかその場にへたり込んでしまった。
「うわあぁぁっ、ゼロのルイズが平民を爆殺した!」
我に帰った誰かの叫び声を合図に混乱した生徒が我先に逃げ去り、儀式の舞台となった小さな穴が無数に作られた草原には、倒れ伏したまま動かない少年を除くとたった4人しか残ってない。
青髪で眼鏡を掛けた小柄な女生徒とコルベールは少年に駆け寄り、真っ赤な髪で大人びた容姿の女生徒は魂が抜けたかのような様子で座り込むルイズに歩み寄り心配そうな表情で何やら声を掛けている。
「死んではいない」
「……見た限り致命傷ではないが全身が焼け焦げているな。
ミス・タバサ、君の使い魔で私と彼を医務室まで運んでくれますか?」
すぐさま駆け出すコルベールとタバサと呼ばれた青髪の少女、自分の使い魔を乗せた風竜が飛び立つ様を呆然とした表情で眺めていたルイズは、傍にいる赤い髪の少女にも聞こえるかどうかの小声で何やら脈絡のない言葉を吐き出していたが、気力が尽きたのかいきなり糸の切れた人形のように倒れそのまま意識を失った。
*
コルベールはテーブルの上を見ながら困惑していた。
そこに並んでいるのは、未知の言語で書かれた十数冊の本に彼が知る範囲で流通していない金貨や価値の高そうな宝石の類を初めとする荷物が常識的な容量を超えて入っていた背負い袋、様々な色の液体が詰まったガラス瓶や種々雑多な草花の入った小袋、用途不明な無数の品々に数十日分の保存食、服装は立派ながらマントはなく杖も持ってない事から貴族ではないだろうが、かと言って持ち物や容姿に似合わず鍛え上げられた肉体からしてただの平民とも思えない。
それらを総合して、恐らく彼はどこか遠い国の出身なのだろうと当りを付けた辺りで少年が目を開いた。
「意識が戻ったようですね。
ここはトリステイン魔法学院、あなたは当校の生徒が行った召喚魔法によって呼び出されたのですが、その時に起きた爆発に巻き込まれ怪我を負ったのです。
他にも説明しなくてはならない事柄がいくらでもあるのですが、ここまでで何か質問はありますか?」
「……すんません、その前に傷が痛むんでテーブルの薬草を取って下さい。
いや、そっちじゃなくて隣の袋っす」
ポップもまた混乱していた。
破邪の洞窟で倒れたはずが気付いてみれば見知らぬ天井、瀕死はもちろん即死も覚悟したのに軽い怪我でベッドに寝かされおり、魔法使い風の温和そうな中年男性から不可解な説明をされたのだから当然である。
ポップの知識で召喚魔法と言えば、異世界や魔界などから魔物を呼び出す禁呪に近い魔法だったし、説明の途中に出て来たトリステイン魔法学院なる組織にも覚えがない。
現状を把握するには情報が少ないと判断したポップは、人前で回復呪文を使うのを嫌い薬草を使ったのだが、目の前の男は薬草を食べる彼を怪訝そうに見ていたかと思うといきなり奇妙な唸り声を上げるやそれまでの温和そうな雰囲気をかなぐり捨て、興奮に目を血走らせ鼻息も荒く顔を寄せて来た。
蛇足ながらここで少し解説を入れる。
ハルケギニアにおける回復アイテムは高級品であり、大半が治癒魔法を強化する触媒だったり自然治癒の速度が向上する程度なのに対し、ポップが使用したドラクエ世界の薬草は安価な日用品としてそこらの道具屋や雑貨屋でも簡単に購入可能かつ、治癒魔法と秘薬を併用しても数日は掛かる効果を食べるか傷口に貼り付けた時点で発揮する。
コルベールの視点からすれば、それはとても不可解な現象だった。
少年が小袋から取り出したのは、そこらに生えていそうな植物の葉や木の実である。
しかし、少年がそれらを口に入れ咀嚼すると同時に魔法が使われていてもこうは行かない速度で、身体のあちこちに残っていた小さな打撲や火傷が治っているのだ。
それを見た瞬間、コルベールの頭から大人としての振る舞いや教師としての責任は消え去り、一人の研究者となった彼は目の前で起こった事象を解き明かすべく行動を開始する。
手始めに消えつつある火傷を間近で観察する事にし、焦げた頬の皮膚が見る間に再生する様に息を呑んでから感動の吐息を漏らす。
さて、現状を第三者的に解説しよう。
人気のない医務室のベッドに座る少年の頭を鷲掴みにして熱い吐息を漏らす独身中年禿げ頭の非モテ系男性教師、当事者のポップは温和そうに見えた男が豹変して意味不明な行動をして来たのが理解できず混乱しており、隣のベッドで寝ていたルイズも目覚めて最初に見た光景が理解できず硬直している。
そしてポップを診察した水系統の教師から報告を受け、様子を見に来た学院長のオールド・オスマンと秘書のロングビルが見たのは、呆然とするルイズの前で嫌がる少年に熱烈な口付けを行おうとするかのように顔を寄せるコルベールの姿……実際にはポップが暴走したコルベールを押し退けようとしているだけなのだが、二人の目にはそう見えたし少し前に正気に戻ったルイズも同じような解釈をしていた。
「あー、その、なんじゃの。
ミスタ・コールベル、他人の趣味にとやかく言いたくはないんじゃが、生徒の前じゃし相手も嫌がっておる。
ここは教師として自重してくれんかの?」
「何を仰るのですかオールド・オスマン、この胸に燃える思いは誰にも止められません!
今すぐにでも彼の身体を隅々まで……」
常軌を逸した口調で熱く語っていたコルベールが宙を舞い隣の空きベッドに落ちる。
このままでは埒が明かないどころかとんでもない誤解を招くと判断したポップによる実力行使だ。
状況が飲み込めず呆然とするロングビルの尻に手を伸ばすオスマン、奇行に走る悪癖があるにせよ実戦経験豊富なコルベールを投げ飛ばしたポップに感心しながらのセクハラだったが、すぐさま強烈な肘打ちを食らい無防備に突き出された顔面に打ち下ろすようなフックを入れられ、床に手と膝を着き声にならない嗚咽を漏らし全身を震わせる。
ちなみにルイズは、口の悪い連中が影でコッパゲとか呼んでたみたいだけどこれが知れたらホモベールとかって呼ばれるんだろうなとか考えていた。
*
「……とまあ、薬草の作り方自体は簡単なんですが問題は必要な材料を揃えられるかどうかっすね。
ここは俺が持ってるどの地図にも載ってねぇくらい遠い国みたいだし、こっちにある似たような植物を研究した方が早いかも知れませんよ?
つーか、ここにも同じような効果の薬くらいあるんでしょ?」
「こちらで使われている秘薬の類は大変高価でして、平民には手が届かない代物なのですよ。
貧富の差が生死を分けるのは、人を助ける手段で暴利を貪るのは間違っている!
積み重ねた研究の成果は万民に還元されるべきだと私は思っているのです。
……おっと失礼、少し熱くなってしまったようですね」
「いえ、素晴らしい考えだと思います。
俺の先生も言ってました、修行で得た力というのは、他人のために使うものだって、コルベールさんは立派っすよ」
オスマンやロングビルを交えて行った情報交換により、ポップの正体が遥か東方にあるとされるロバ・アル・カリイエの旅商人であろうと推察した辺りで、痺れを切らしたコルベールが薬草の製造法を尋ね現在に至る。
当事者でありながら無視され本来ならとっくに癇癪を起こしていたであろうルイズは、がっちりと握手を交わすポップとコルベールを心ここにあらずといった様子で眺めていた。
「さて、ミス・ヴァリエール、メイジにとっての使い魔は、一生の僕であり、友であり、目と耳であるとても大切な存在じゃ。
サモン・サーヴァントの魔法でポップ君が呼ばれたのだから失敗とは言えんが、呼び出した使い魔が重傷を負っている時点で成功とも言い難い。
わしの立場としては、神聖な儀式であれ高確率で爆発が起こると知っていながらコントラクト・サーヴァントをさせる訳には行かん。
それにポップ君は人間、こちらの都合で呼び出した上に怪我まで負わせて神聖な儀式なのだから契約して使い魔になれでは勝手が過ぎる。
とは言え、ポップ君が使い魔にならんままで進級させてしまうと周囲の者が素直に納得するとも思えん。
そこで特別措置として仮の契約を結んではどうかと提案する。
つまり、爆発せずに魔法を使えるようになるかポップ君の故郷が判明し帰る見通しがつくまでの間、彼と雇用契約を結んで使い魔の代わりを務めてもらう形で体裁を整えるんじゃよ。
周囲から色々と言われはするじゃろうが、進級の条件としてはこれが最大の譲歩でありそれ以外の選択には相応の対処をせねばならん。
この提案を拒否したり明日の夕方までに返答がなかった場合、遺憾ながら進級の資格なしとして君を一年のクラスに編入する」
諭すような言葉と脅迫を交えたオスマンの通告、ルイズにしてみれば酷い話だがそれに反論する余裕はない。
今でも魔法が使えず肩身の狭い思いをしているのに、進級を取り消され留年したとなれば苛烈な上の姉や厳格な両親から叱責されるどころか、下手をすれば貴族の資格なしとして勘当されるかも知れないのだ。
何かの間違いで平民を召喚してしまったが、儀式そのものに失敗していれば選択の余地なく留年だったはずだし、あの爆発だと召喚したのが小動物の類だったなら契約を結ぶ以前に死んでいたかも知れない。
そう考えて暗い気持ちを無理やりに奮い立たせ、無駄に熱くコルベールと語り合うポップに向き直り軽く深呼吸してから胸を張る。
「そこの平民、とっても不本意だけどあんたをわたしの使い魔として雇ってあげる。
本来なら貴族であるこのわたしがあんたみたいな平民を雇うなんてまず有り得ないんだけど、何かの間違いとは言え呼び出した責任もあるから今回だけの特別サービスよ。
どうせ行く当てもないでしょうし、住処と食事くらいは保障してあげるからありがたく引き受けなさい」
「悪いがその誘い、丁重にお断りするぜ。
確かに俺は武器屋の息子だから平民に違いねぇが、そんな上から目線で言われてそれじゃあお願いしますと言うとでも思ってんのか?
つーか、そもそも俺はこの国の生まれじゃねぇし、そっちの事情なんざ知ったこっちゃねぇんだよ!
そもそも人に何かを頼もうってんなら、まずはそれなりの誠意を見せるのが道理ってもんじゃねぇのかよ?」
心を落ち着けなけなしの虚勢を張った高圧的な態度で押し切ろうとするルイズだが、不快感を隠そうともしないポップの鋭い切り返しに思わず言葉を失ってしまった。
「……ふんっ、これだから卑しい平民は嫌なのよ。
だったら特別にあんたをわたしの従者として雇ってあげる。
手付けとして新金貨100枚、食費なんかの必要経費とは別に月払いでエキュー金貨15枚、あんたの働きが良ければ月給に上乗せでボーナスを出す。
これ以上は何と言おうが譲歩しないわよ」
これは、ルイズ的に今後の力関係を思い知らせるつもりでの駆け引きだったが、ポップからすれば最悪に近いアプローチ方法だった。
ルイズが行ったのは、自分の地位と財力を見せ付ける賃金交渉なのに対し、ポップが求めていたのは会話の基本である相手を尊重する姿勢、オスマンは悲しげに首を振ると呆れた様子のロングビルを引き連れ退室し、隣で見ていたコルベールは酷く落胆したような表情で息を吐き窓の外を見る。
そして無言のまま立ち上がったポップは、度量の広さを見せ付けてやったとばかりの表情で胸を張るルイズを鼻で笑った。
「……地位に金か、そんなもんが誠意とは憐れなもんだな」
「なっ、何が憐れだって言うのよ?
たかが平民のくせに貴族に対してその態度は無礼よ!」
「そうだな、あんたみてぇなお貴族様に言わせりゃ俺なんか卑しい平民だ。
でもよ、貴族と平民の違いって何だろうな?
俺はあんま好きじゃねぇけど人を身分とか財産で評価する考え方にはそれなりの説得力がある。
それなら聞きたいんだが、身分や財産って代物を差し引いたあんたにはいったいどんな価値があって何を誇れるんだい?
例えば何らかの理由で家が没落した場合、例えば今回とは逆にあんたが使い魔として召喚された場合、そんな状況になってもあんたは胸を張って自分は貴族だと言い放ち何かを誇れるのかよ?
それにオスマンの爺さんは、使い魔は一生の僕であり、友であり、目と耳であるとか言ってたが、金さえ払えば忠誠を買えるとでも思ってやがるのか?」
ポップとしては額面通りの意味で行った質問だが、ルイズからすれば正に致命的と言える内容だった。
質問の意図は礼儀や品格を問うものだったのに対し、ルイズは『貴族なのに魔法が使えないお前に存在価値はあるのか?』と受け取り言葉を失う。
そして彼女は、自分の中に答えとして誇れるこれはと言うような要素が存在しないと気付き愕然とする。
人としての在り方をポップに指摘され、今まで拠り所にしていた貴族としての地位を否定されてしまえば、涙を堪えて積み重ねた努力も無価値な徒労だったのではないのかとすら思え、それまで心の奥底に無理やり沈めていた不安が次々と浮かび上がって来る。
実は自分は拾い子で魔法を使い容姿を変えているだけなのではないか?
実子ではあっても魔法の才能を受け継いでないのではないか?
魔法が使えない自分は家族から疎まれているのではないか?
実際、家が没落したらどうなるだろうか?
両親や二人の姉は尊敬に値する人物で領民からも慕われているが、自分は領民や使用人から尊敬されるどころか腫れ物扱いな上に影では憐れまれてすらいた。
実家では優秀な家族に対する劣等感に苛まれ、逃げるようにして入学した魔法学院でも皆からまともに魔法を使えない無能な劣等生だと馬鹿にされている。
やっと呼び出した使い魔にすら軽蔑され、押さえの利かなくなった負の感情が飽和してルイズの心を真っ黒に塗り潰す。
いきなり大粒の涙を溢れさせ言葉にならない呻き声を上げ泣き出したルイズ、掛ける言葉もなく動揺するポップの肩を叩き無言で医務室から連れ出すコルベール、扉を閉めても漏れ聞こえる悲痛な啜り泣きが聞く者の心を締め付けるが、心傷付いた者に安易な慰めは逆効果でしかない。
「……ミス・ヴァリエールは優秀な人材を多く輩出している公爵家の三女なのですが、彼女が魔法を使おうとするとそれがどのようなものであれ謎の爆発が起こり失敗してしまいます。
隣国ゲルマニアを除くとハルケギニアの貴族は全てメイジであり、特にこのトリステイン王国では貴族は魔法をもってしてその精神となすと言われ、近年ではその意味を拡大解釈したメイジ絶対主義が国内に蔓延しています。
彼女は座学で優秀な成績を修めるも実技の成功は皆無、貴族の証明である魔法が使えない劣等生と他の生徒から見下され馬鹿にされようと腐らず怠らず常に努力と研鑽を積み重ねて来ました。
このジャン・コルベール、教師でありながら苦悩する生徒を救えない無能な男が理不尽を承知で頼みます。
ミスタ・ポップ、どうか彼女と契約を結びその知識で支えてあげて下さい」
深々と頭を下げるコルベール、その声に深い苦悩と責任感を感じ取ったポップは、同時に己の無力を嘆くルイズの姿に過去の自分を重ね合わせていた。
彼は様々な人物との出会いを経て最終的に克服したが、仲間とは違う平凡な出自に対する強烈な劣等感に苦しめられている。
それに誤解を招くような発言でルイズを泣かせたのはポップであり、これを見捨てて親友探しを続行するのは色々と後味が悪いし何より彼の流儀に反する行為だ。
しばし目を閉じ、様々な事柄を考慮してある程度は譲歩するしかないと判断したポップは、コルベールに目礼して出たばかりの医務室の扉を開けるとルイズの正面まで歩き視線を合わせる。
「……泣いてるとこ悪いが、いくつかの質問に答えてくれ。
お前さん、魔法を使えるようになりたいか?
その為なら無礼で口の悪い平民に助けてくれと頭を下げて頼めるかい?」
「ぞっ、ぞんだのどうでんよ。(グスッ)
あだり前じゃだいど。
ぞうでなぎゃ、ごんなとごいないばよ。
わたじには、ぢいねえざばのやばいをなおずって夢があるんだがら(ヂーンッ)
……魔法が使えるようになれたら偉くなれなくても構わない。
必要だったらどんな努力でもする。
頭を下げてお願いしろって言うんならこの通り下げる。
だからお願い、わたしと使い魔の契約をしてちょうだい」
涙と鼻水塗れだが強い意志の宿る瞳、心に深い傷を負ったばかりなのに立ち直りが早いルイズにポップは心の中で感嘆する。
空回りするプライドの高さは少しばかり問題だが、志を折られ希望などまるで見えない状況でも夢を捨てず追い掛ける様は滑稽と笑う事は容易くとも真似るのは至難だ。
ルイズの逞しさに好感を覚えたポップは、泣かせた責任もあるし長い寄り道になっても仕方ないと腹を括り返答する。
「俺からの条件は三つだ。
まず最初、最低でも使用人と同等の扱いをする。
次、修業には全力で取り組むと約束する。
最後、魔法を失敗せず使えるようになっても俺を使い魔にしない。
以上の条件が守れるんならお前さんを本物の魔法使いにしてやる。
それが嫌なら交渉は決裂だ」
「……それでいい、その条件を飲むわ。
でも、契約したらちゃんと使い魔としての仕事はしてもらうからね!」
「まあそりゃな、仮にも使い魔って立場で契約するからにはよっぽど理不尽な命令でなきゃ従うさ。
そんじゃま早速、オスマン爺さんに交渉成立の報告をしに行こうぜ?」
小さく鼻を啜り淡い笑みを浮かべ手を差し出すルイズに対し、少し気取った動作とおどけた笑顔で握り返しながら答えるポップ、ここでちょっとした誤解が発生した。
ポップは自分の弟子にするつもりで条件を出したのだが、ルイズはそれを爆発せずに魔法が使えるようになるまで従者として付き合ってやると理解しており、ポップに対しても口が悪くて無礼だがそんなに意地悪でもない平民くらいの認識でしかない。
*
なお、仮の契約を結ぶ事にしたとオスマンに報告したポップはそのままルイズの部屋に案内されたが、用意してあった寝藁を見るやベッドとの交換を要求するも時間が遅いからと断られ条件に自分専用の個室を追加すべきだったと後悔する。
そして朝になったら起こすよう告げ目の前で服を脱ぎ使い魔の仕事だから洗濯するよう言ったのに対し、『お子ちゃまのくせに随分と背伸びした下着だけどまだ早いんじゃね?』と素直な感想を述べたポップに激怒したルイズが全裸のまま椅子を振り回して暴れ、すぐさま怒鳴り込んで来た隣室の生徒による『その格好で何を言っても説得力ないわよ?』発言により黙り込み俯いたまま着替えてベッドに入り、重苦しい沈黙に耐えられなくなったのか逃げるようにして退室した豊満赤毛娘の尻を見送り、様々な疲労もあって服も脱がず寝藁の上に倒れ込むや数秒もせず眠りについた。
*
就寝前のドタバタで夜空を見そびれたポップは、自身が元居た世界とは異なる場所に呼び出されたのだと気付くまで数日を要したが、行先さえ把握していれば時空の壁すら超えられる移動呪文を使える為に少し驚いた程度の認識でしかなく、呼び出された以上は往復可能だろうと
なお、異世界の存在や孫弟子を取ったとの報告に大興奮したマトリフが自分もハルケギニアへ連れて行くよう要求したが、自分を召喚した学生の従者として同じ部屋に居候している状態だから無理と断った瞬間に爆笑し、ルイズが自分の着替えすらままならない手の掛かるお子様と報告したものの具体的な容姿や性別を伝えないまま会話を切り上げた。
そして後日、マトリフからポップが幼い子供を弟子に取って着替えの世話もしていると聞いていたマァムとメルルが、ハルケギニアから修行で連れて来られたルイズと対面した際にそれはもう激怒し、慌てて取りなそうとしたシエスタの存在が更なる修羅場を生み出したり、同行したタバサとキュルケを見て
ルーラで時空の壁を飛べるとしているのは、原作でアバン先生がリリルーラで決闘空間からの脱出に成功している事と5のルーラが過去世界へ飛べたから行けるんじゃと思っての独自解釈なので参考にしないで下さい。