慰労と報告を兼ねた夕食の席で、ヴァリエール公爵は先日までの厳格な態度とは真逆の親馬鹿ぶりを見せ、残りの家族もそれぞれにルイズがお披露目したいくつかの魔法を見て大げさなくらいに喜び褒め称えていた。
もちろん、精霊魔法と暗黒闘気に関しては伏せてあるし、コルベールの意見もあってルイズが虚無であるとの予想は本人にも伝えてない。
「ポップさん、あなたは東方の生まれだと聞きましたが、これからもルイズの家庭教師を続けられるのですか?」
「はい、お嬢さんを一流のメイジにすると約束してますからね。
いずれは故郷に帰る予定ですが、約束を果たすまでは家庭教師を続けるつもりでいます。
本人の希望でスペシャルハードコースになってますんで、親御さんからすれば見ていられないくらい厳しい修行になると思いますけどそこらは勘弁して下さい」
「もちろんです。
ルイズが何を言おうと気にする必要はありませんし、身分を気にして変に遠慮する必要もありません。
流石に死なせたり後遺症が残るような怪我をさせるのは許容できませんが、そうでなければ煮るなり焼くなり自由にして下さって結構です。
それはそうと報酬や待遇で何か不満や希望があれば可能な範囲で聞き入れるつもりですが何かありますか?」
食後に出されたワインを楽しんでいると穏やかな笑みを浮かべたカリーヌに尋ねられ、腕組みをしながら考え込んだポップは手入れの行き届いた中庭の花壇を思い出し答えを決めた。
「それでしたら、育てるつもりで手に入れた貴重な植物の種がいくつかあるんで、俺の代わりに育ててもらえませんか?」
「貴重な植物とあれば是非もありません。
それで、どのような植物なのです?」
「例えばパデキアの原種、どんな土地でも栽培可能となるよう品種改良される前の特殊な土地でしか育たない難しい植物ですが、改良種よりも強い薬効を持つその根を煎じて飲めばあらゆる病を癒すと言われてまして、生憎と俺には世話する時間と場所がないもんで……って、どうしたんですかそんな怖い顔して?」
行方不明になったダイの捜索で世界を放浪していた頃に興味を引かれるまま入手していた不思議な植物の種、そろそろ栽培に手を付けようとしていた矢先にデルムリン島での騒動があって荷物の中に死蔵されていた代物なのだが、一部を除いてルイズを成人させたような容姿な方の姉を除くヴァリエール家の人々が浮かべる形相を言葉にすると『殺してでも奪い取る』そのものだった。
場を取り繕うようなヴァリエール侯爵の申し出により、後で庭師にパデキアの種を引き渡す代わり収穫した根の一部を譲渡するとだけ約束し、ルイズが必死で宥めている金髪で目付きが鋭く強気そうな方の姉が呼び止めようとしているのに気付かぬふりをして退散する。
*
「あんたの荷物をそこに全部並べなさい!」
「おいおい、いきなり押し掛けといて挨拶もなしかよ?」
偉く興奮した様子のルイズに苦笑いを浮かべ、そのままだとベッドの上にぶちまけられそうなカバンの中身を順番に取り出しテーブルの上に並べた。
「何この腕輪、飾り気がほとんどないのにとっても綺麗……」
「そいつはブラックロッド、知り合いの鍛冶師が作ってくれた逸品で、何度も命を救ってくれた俺の相棒みたいなもんだ。
手に持って魔法力を込めるとイメージ通りに変化して、ついでに攻撃力を増幅してくれるって便利な機能まである代物なんだが、正装するとなったら武器のイメージが強いこいつよりも以前にぶっ壊しちまったのを師匠が修繕ついでに強化してくれた輝きの杖になるんだよな」
何気に手に取った黒い腕輪の説明に訝しげな表情を浮かべるルイズだが、苦笑したポップが触れると両端に宝玉をあしらった漆黒の短杖に変化したのを見て目を大きく見開く。そこらで買える安物ではない立派な杖とマントを見て浮かんだ貴族疑惑に胃を痛めていた上、姉のエレオノールから言われて荷物検査をしてみれば明らかに希少そうなマジックアイテムがあり、更に異国の金貨や宝石類がぎっしり詰まった革袋は叩き売りでも軽く数千エキューに相当するだろうし、効果は不明ながら東方のポーションや用途不明な小物類だって持ち込む店さえ間違えなければ相応の値段となる。
これだけの荷物を持っていてただの平民とは考え難いが、例え貴族でなかったとしてもメイジかつ魔法を使えるようにしてくれた恩人である事には違いなく、だからと言って今更に態度や言葉使いを改めるのは何か違うような気がするので自分は雇用主だからセーフと心の中で理由付けし、それはそれとしてポップの身分を問わないままで正式な雇用契約を結ぶのは色々と問題があり、覚悟を決めて尋ねてみれば家出した武器屋の息子と間違ってないが正しくもない答えを返され、もっと詳しく説明しろと半切れ気味に詰め寄り口を割らせた。
*
「俺が生まれ育った村は、地図に載ってるかも怪しいくらいの僻地にあってな。
武器屋を経営する頑固な親父と優しいお袋の三人家族で、食うに困らずたまに贅沢するくらいの恵まれた生活をしてたんだわ。
2年くらい前のある日、チンピラに絡まれてた俺を通り掛かった先生が助けてくれて押し掛け弟子になったんだが、それから1年くらいして魔族との戦いが始まって俺も巻き込まれるような感じになって、何だかんだあってから敵の大将を倒して平和になった後でお前さんに召喚されたって感じだな。
そんで先生は前に話した勇者の家庭教師で、師匠は先生の仲間だった凄ぇ魔法使いで大魔道士を名乗ってるんだが、どっちも本来なら俺なんかが弟子入りできるような相手じゃねぇし、何かが少しでも違ってたら今も田舎の村で退屈だけど平和に暮らしてたままだったと思うぜ」
時系列を並べただけで肝心な部分を曖昧に流してはいるが、魔法を習い始めて2年しか経ってないと聞いたルイズはそちらの方に衝撃を受けており、様々な意味で自分とは真逆なポップに白けたような半眼を向ける。
「……先生とやらに弟子入りできたのはあんたに才能があったからでしょうよ。
大魔道士ってのだって、あんたに見込みがなければ古い仲間の紹介でもわざわざ平民を弟子にはしないだろうし、実際2年かそこらでいろんな魔法を覚えられて人にも教えられるようになってる時点で才能の塊じゃない。
落ちこぼれのわたしが魔法を使えるようになったのもあんたに教える才能があったからだろうし、シエスタなんか平民なのに挑戦した全部の魔法と契約できてたんだから半分以上に失敗したわたしと違ってよっぽど才能があるんでしょうよね」
「俺は、そんな大層な奴じゃねぇよ。
確かに才能はあったんだろうが、最高の環境で一年近くも時間があったのに俺は、甘ったれて興味のない授業は適当に聞き流し、嫌いな修行をサボる事ばかり考えて隙あらば逃げ出し、そうやって楽な方へ流れてたツケを最悪の場面で支払わされる羽目になっちまった。
もし、あの頃に師匠との修行の一割でも頑張ってたら、相棒の負担をもっと肩代わりできたろうし、あんな結末にはならなかったはずなんだよ」
吐き捨てるように愚痴を言うルイズを見てほろ苦く笑ったポップは、普段の朗らかさが嘘のような後悔と自嘲が入り混じった力ない表情と重苦しい口調で述懐し、そのまま話題が途切れ重苦しい沈黙だけが残った。
*
「……つっても知り合いの王族とかお偉いさんは気さくな人ばっかだったし、嫌な奴も何人かいたけど人に二股の責任を押し付けといて自分の方が偉いから頭を下げろみたいな道理に合わねぇ無茶苦茶を言われたのは初めてだったんだわ。
つーか、いくら偉くても間違ってる事は間違ってるし、自分から決闘ってか喧嘩を吹っ掛けといて負けたら身分を持ち出すようなダサい奴よりゃマシだが、あんなぐだぐだ言ってたのに杖を取られたら潔く負けを認めるとか拍子抜けしちまったぜ」
「あのねポップ、貴族の決闘では杖を落とした方が負けって明確なルールがあるのよ。
それとあんたの故郷でどうだったか知らないけどトリステイン王国では、貴族やその子供が一方的な理由で平民を無礼討ちにしても叱られるか名目だけの謹慎処分がせいぜいだし、それだって自領以外の平民とか他所の貴族と懇意だったみたいな理由があった上で悪質だと判断された場合に受けるかも知れない処罰でしかなく、公の場所で家名を傷付けるような恥を晒すとか大きな罪を犯したとしても何年かしたら平然と社交場に現れるくらい最近の貴族は腐っているってお父さまが嘆いていたわね。
今回はあんたが学院の教員であるミスタ・コルベールに身元を保証されていたし、ギーシュが勝ちを譲ったみたいな感じになってたからわたしの説明不足と監督不行き届きを問うような感じに誤魔化してるだけで、本来ならどんな面倒臭い方向に転がったかなんて想像したくもないわ」
空気を変えようと必死に頑張ったルイズの話題転換でギーシュとの決闘や貴族に対する態度を問われたポップだが、茶番で終わらなかったら凄く面倒な状況だったのだと理解し、コルベールから忠告されていた貴族に逆らった平民が縊り殺されても常識とされる歪な社会なのだと実感する。
「そりゃまた胸糞の悪いこって、俺はこの国の人間じゃねえからどっちの味方もしないってかしちゃいけねぇと思ってるし、メイジが生活基盤を支えてる以上はある程度の特権を許されても納得できるんだが、逆転される覚悟さえあるんなら偉けりゃ何をしても良いって考え方もありっちゃありだわな」
「てっきり平民の味方をするかと思ってたのに意外と冷たいのね?」
「この国に骨を埋める覚悟もなく手出しすんのはいくらなんでも無責任だし、俺を褒めてくれたマルトーさんとか他の使用人にゃ悪いが、平民は貴族に勝てないから何を言われても従うしかないって考え方は少し違うと思うんだわ。
本当は我慢できるから逆らわないだけじゃねぇかと思うし、実際に不意打ちとか騙し討ちみたいな方法で貴族が平民に殺されたって話も聞いてる以上、このまま横暴な貴族が増え続けるようなら平民も黙っちゃいないと思うがな」
「黙ってないとか言っても所詮は平民、メイジが杖を振ったらそれまでなんじゃないの?」
貴族の横暴さを聞いてもそっけないポップに意外そうな表情で問うルイズだったが、
「例えば俺に喧嘩を吹っ掛けたギーシュ、あの時のまま成長してない前提ならそこらの平民でも10人くらいが連携したら普通に勝てるし、飲み物に毒を入れるとか油断してるところを背後からグサリみたいな方法だったら女子供でも簡単に殺せるわな。
油断してなくても実力があっても魔法を使える回数には限度がある以上、対処できる以上の数をぶつけられたら最後は押し切られて負けるし、休みなしに戦うのはよっぽどタフでもせいぜい数時間が限度、軍隊を纏めて吹き飛ばせるような奴がいても正面から戦わなきゃどうとでもなる。
それこそ出される全ての食事と飲み物に毒が入ってないか、自分に話し掛けて来た相手が武器を隠し持ってないか、ベッドで寝てたら刃物で刺されたり家ごと燃やされたりしないか、街を歩いてて背後から弓を射掛けられたり上から物が落ちて来ないか、目に入る全ての人間が自分を殺そうとしてるかも知れないとなったら疑心暗鬼で頭がどうにかなっちまうだろうよ」
具体的な例を出されては何も言えなくなり、またもや話題が途切れてしまった。
*
「……ってかルイズ、俺に何か用事があって部屋を訪ねて来たんだよな?」
「そそっ、そうよ、そうだったわよ!
あんたが持ってる何か凄い種、それで不治の病を治せるかどうか聞いて来いってエレオノール姉さまから言われてたんだったわ!
ねぇポップ、そこんとこどうなのよ?」
「知らん、つーか、俺の知識は先生から聞いた昔話と種の効果が刻まれた石板を読んだくらいだからな。
それでもわざわざ遺跡の奥底に保存してた代物が雑草の種って事はねぇだろうし、普通の怪我や毒の類なら薬草や毒消し草なり
「それなりじゃあ困るのよ!」
今度は自分からとばかりに話題を振るポップ、内心で予想していた通りパデキアの種に関する質問をされたが、アバンから聞いた昔話と旅の途中に立ち寄った遺跡で見つけた石板を読んだ程度の知識しかなく、それでもわざわざ意味ありげな台座の上に置かれた宝箱に雑草の種を入れたりはしないだろうと本人なりの予想を返すも、椅子に座り祈るような表情で聞いていたルイズが声を荒げながら立ち上がる。
「ちいねえさま……カトレア姉さまの病気とわたしが魔法を使えなかった事はずっと家族を悩ませてたのよ。
ここ数年はお母さまもお父さまもわたしに魔法の練習をするよう言わなくなってたし、本来なら思った事をはっきり言っちゃうエレオノール姉さまも魔法に関する話題だけは言葉を選んでいた……つもりだと思いたいけどまぁそこはどうでも良いわね。
ちいねえさまの病は、今までどんな高名な水メイジにも治療できないどころか原因すらわからなかった。
勝手な期待を掛けられたあんたにはさぞ迷惑な話でしょうが、東方の魔法や薬ならちいねえさまを治せるんじゃないかってわたしだけじゃなくエレオノール姉さまも思ってるし、態度には出さなかったけどお母さまやお父さまだって種の効果に期待してる。
ねぇポップ、今からあんたの魔法でちいねえさまを治せるか試してくれない?」
「別に魔法を試すのは構わねぇが変な期待はさせたくねえし、どうせなら明日の帰宅前にルイズがお見舞いに行くとかの用事でカトレアさんを訪ねるのに同行したとか、そんな感じで魔法の治療を試すのがメインみたいなのは避けてくれないか?」
愚痴交じりの説明でおおよその事情を察したが、エレオノールの鬼気迫る形相を思い出し安請け合いするのを躊躇したポップは、変な期待はさせたくないからと言い訳じみた理由で条件を出し、元より頼む側かつ帰る前にカトレアを見舞いがてら一緒にお茶でも飲もうと考えていたルイズはあっさり了承し、そのまま気が抜けたのか安堵の吐息を漏らし椅子に深く座り直す。
*
「なぁルイズ、他に何か聞きたい事でもあんのか?」
「他に何かって言われてもねぇ……あっ、模擬戦でファイアー・ボールを斬ってたけどあれってどうやったの?」
エレオノールが望まないだろう報告をするのが嫌で部屋から出て行く様子のないルイズを見たポップは、何か聞きたい事でもあるのかとストレートに話題を振ってみたが、俯き少し考え込むような素振りを見せてから思い付いたような表情で顔を上げ質問した。
「あれはとある暗黒闘気の使い手が得意としてた技を魔法力でそれっぽく再現した劣化版だな。
理論的には簡単な技だからもうちっと慣れれば魔法を撃ち返せるようになると思うんだが、俺は魔法を反射する呪文を使えるからそんなに重要って感じでもないし、興味あんなら後でやり方を教えてやっから試してみるかい?」
「そそっ、そんなのやるに決まってんじゃないのよ!
理論が簡単だって言うんなら後でとかもったいぶらず今すぐ教えなさい!」
胸倉を掴む勢いで大興奮するルイズに苦笑したポップは、簡易かつ劣化版なフェニックスウイングの使い方を説明する。
「まずは闘気か魔法力を腕または手に持った武器に纏わせる」
「ふむふむ」
練習している技術の延長なので何とかなりそうだと頷くルイズだったが、
「そんで腕か武器を放たれた魔法に叩き付けながら横か上に押し流す感じで跳ね飛ばす。
当てる直前に闘気か魔法力を放出して周辺の空間ごと一気に押し流すイメージでやるのが成功させるコツだな」
「……」
それができれば世話はないレベルの雑な説明に無言のまま俯き小刻みに震え始め
「なっ、簡単だろ?」
「でででっ、できるかぁ!」
ドヤ顔で同意を求めるポップに声も枯れよとばかりに喚き散らした。
本作ポップが抱える心の棘、自分にもう少し余力が残っていれば単独で連続
今更ながらにトリステインにおける貴族と平民の距離感を理解するポップ、本人も田舎と認めるランカークス村で生まれ育ち出会った偉い人はシナナ王やレオナ姫にその付き人であるバダック(姫付きの兵士が平民とは考え辛い)と気さくな人物ばかり、貴族かは不明ながら3賢者であるマリンのスカートを引っ張り下ろしフローラ女王らの着替えを覗こうとする時点で敬意とは縁遠く、父親のジャンクは細かい教育とかをする人物ではなさそうだし、母親のスティーヌにしても礼儀作法に厳しいタイプとは思えないんですが、それでも社会常識として貴族への態度くらいは知ってるはずなのに、前述のやらかしに加えて初登場時のノヴァ(父親のバウスンはリンガイア王国の将軍)に怒ってるんですよね。
とは言え、田舎者は礼儀を知らないとDQ3でエジンベア王が逆無礼をかましていたように、現代日本と教育水準が違う世界なので貴族制度を知らない平民はいないにしても詳しく知っているかは怪しく、とりあえず偉いらしいから頭を下げておこうくらいの感覚なのではと思われます。
そして調べ直し中に気付いたのですが、ポップ側の世界に貴族制度があるとは明言されてなく、本作では貴族に嫌味を云々と言っていたマトリフも原作では『側近の男どもにいじめられた』と発言しており、バランの排斥に動いていた人々も家臣としか描写されてませんし、王配となったアバンは代々続く学者の家系に生まれたとは言っていても爵位に関して触れられている場面は(調査不足かも知れませんが)ありませんでした。
単純に描写されてなかっただけなのか、貴族はいるけど爵位による序列はないのかも知れませんし、もしかしたら王族以外の身分はなくて職業と実力やコネが重視される可能性もあり、興味は尽きないものの本編でそこらに触れる予定はありません。