でも失踪はしない……はず。
少なくともこんな景色を俺は見た事がない。
だからこれはきっと夢だろう。
俺は龍だった。そして竜であり、そのどちらでも無かった。
身体はあまりに重重しく、身動ぎ一つでそこかしこがギリギリと鳴る。
気がついたら目の前には数多の龍が居た。
大小様々な獣と竜を引き連れた龍の群れは多くの人々を殺し回る。
一体どうなっているんだ、遠目に見えた白亜の龍に問いかける。
何が起こっているのか、此処がなんなのかは分からない。
だがこんなのは初めてだ。こんなに人が死ぬのは見た事が無かった。
数十の人々が暮らしていた廃村を見た。
百人以上が乗り込んだ飛空挺が墜落したのを見た。
だがこれは、そんな基準ではない。
老若男女、武器を持つ者持たぬ者。
その全てが皆殺しにされている。
数千……否、桁がもう一つ必要だと直感する程に死人が。
それも未だ増え続けている。
最早マトモに歩けそうにない老人が火球に呑まれ塵に還る。
牙獣の重い一撃によろめいた所を水竜の吐息に断ち切られ首を転がす若い狩人。
鳥竜に捕まった結果、胎内から引き摺り出された水子が目の前で喰われ発狂している妊婦。
七つ八つ程の幼子が生後間もない赤子を必死に背に庇い、逃げている。
なんだこれは。
なんなんだこれは。
答えろ。
答えろよ、なぁ。
会釈さえしない友に違和感を感じたした狩人は拳を握り締める。
数百メートルの距離を僅か数歩で詰め、振り上げた拳は。
『……ぁ?』
白龍の放つ雷撃に消滅し、それを理解すると同時に頭部も消し飛んだ。
お前、そんな顔もするんだな。
消えゆく意識の中、機械の様に冷たい眼差しで自分を殺した友を想う。
あの瞳は、嵐だ。嵐の中俺が殺したあの龍と同じ瞳だ。
口が残っていたのか定かでなく、言葉が形を持成したは分からない。
ただ最期の言葉は、後悔でも憤怒でもなく。
『どうせなら、笑ってる方が美人だな、お前は。』
いつものようにヘラヘラと笑うのが性に合っている。
自分の亡骸を見下ろす。
自分……とは言ったが、これは何だ?
獣の様であるし、竜にも。龍を感じる一方で人の様にも見える。
屍と言うよりかは残骸。
朽ち果てた兵器というのが正しいのだろうか。
かちゃり。
瓦礫が僅かに動く。
武器一つないが、反射的に身構えた。
………人、か?
奇妙な鎧兜を身につけた人影は、下半身を潰していた。
地獄の苦痛だ。その上永くない。
死ぬその瞬間まで苦しみ悶えるのだ。
だが、鎧はまるで寝起きの様に平然と、しかし息を荒らげて此方を向く。
『……安心した。次がまだ居るらしい。』
『殺せ、滅ぼせ、喰らえ。一匹残らず。』
その声を認めたくなくて兜を蹴り砕いた。
元々最期の力を総動員しての動きだったのだろう。
さして反応もなくもの言う屍はただの屍に還った。
それは俺だったのだ。
あまりに酷い夢は目覚めを悪くする。
若干の耳鳴りに目を細めながら確認すると失った我が肢。
隣には幾度となく助けられた武器と防具があった。
肺の中に溜まった汚れた空気を吐き出した俺は。
飛び掛ってくる一人と一匹の頭を掴み、お互いに叩きつけた。
海水と腐葉土、そして高度な生態系が織りなす独特の香り。
そしてボロボロながら辛うじて座礁している船を見て、拠点に帰りついたのだと分かった。
先ず俺が思った事は一つ。
なんでお前居るの?
先程中々の痛打を被ったにも関わらず発情したように尻尾を振る犬。
少なくとも我が弟子には犬に見えてるらしい。
……まぁ、いいか。
今はただ眠りたかった。
結果だけ言うならば__義手は見つからなかった。
中核となる一つの素材を除いては。
義肢が破損した時に偶然か必然か、ポーチ内に滑り込んでいた。
まるで呪いの装備だ……
教会で解呪するにもこんな大陸にはないし……そもそも教会ってなんだ。
呪いの装備と聞くと不思議と頭の中に浮かんだ。やはり呪われてるのではないか。
火竜の宝玉と比肩して尚更に紅い水晶が此方を見ているような気がした。
「これがガルクという奴ですか。流石先生、最新のトレンドもバッチリですね。」
…………そういう事にしておこう。
俺の拙い語彙力で皆を納得させるのはあまりにも面倒過ぎる。
素性の知れない暗殺者だが__一先ず、俺の弟子である事にした。
今は密航者として絞られてるだろうがいずれ来るだろう。
同情や憐憫の類いではないし、気が狂ったワケでもない。
捨てた筈の過去が追い掛けて来た。
そんな直感故に。
クラッチクロー。
未開の地を探索する新大陸のハンターの為に作られた補助狩具。
道無き道を行き、時にモンスターに飛び移る為にさえ使う。
狩猟に支障が無い……とは言い難い粗悪な義肢を使わざるを得ない今の俺にとっては生命線である。新たな道具と狩りを組み合わせる事に多くの狩人が中々苦心していたが、元から腕の無い俺には関係ない。
動く身体と戦う武器は揃った。
ならばこそ、再び戦うのだ。
人の営みに邪魔だからという理由で獣を、竜を狩る。
我々は侵略者に違いない、違いないが……
彼らがそうするように、人間も生きねばならないのだから。
■■の霊眼
あまねく龍と竜の祖。起源にして頂点。
最も永く、最も旧く、最も強き龍。
祖として鎮座するに飽いた頃、人に挑まれる。
幾度となく傷付き、死に瀕しても立ち上がった狩人。
自らの命とも言える剛腕と引き換えに確かな手傷を刻み込んだ。
そんな狩人を認めた龍は自らの眼を与え、彼を友と呼んだ。
それは祝福であり、加護であり、呪い。
という仄暗い欲望の具現化に他ならない。妖美な紅玉は時に老いた狩人を全盛を彷彿とさせる程にに強化し守護するが、決して忘れる事無かれ。
龍の祖から庇護される。その意味を。