『ずっと、ずっと。伝えたいと思ってたんです』
目の前で晴れやかな表情で笑顔を見せた彼女は、風に攫われそうになった長い黒髪を手で押さえつけた。桜の花弁がひらひらと視界を遮り、そして地面に降り積もっていく。それはさながら溶けない雪のようで。
『あの日、あなたが冗談だったとしても、好きだと伝えてくれて、すごく、うれしかった……!』
白は、その白い肌を紅頬させて、満面の笑みで微笑んだ。
***
「あら、久しぶり」
「こんちは。相変わらず暇そうで何よりです」
「聞き捨てならないわね」
今日は大盛況よ。楽郎くんで二人目のお客様ですから。と芝居がかった仕草で肩を竦め、カラカラと笑った岩巻さんはにんまりと口角を上げた。ロックロールを訪れたのはあれ以来と言うこともあって、開口一番、揶揄される可能性を捨てきれなかったが、流石に挨拶ぐらいはさせてもらえるようだ。
前回のアレはちょっと自分でもどうかと思う動揺っぷりだった。冷静に考えなくても岩巻さんには俺の行動のあれこれは透けて見えているに違いない。
「クリアしましたよ」
「……え?ああ!ギャルゲー。え?全クリ?」
「それは流石に。メインヒロインだけですねー。あとはダラダラクリアしようかと」
「ふーん、で、どうだった?」
「まさか、恋愛ルートのトゥルーエンドのフラグが共通ルートにあるとは思いませんでした」
気付いてしまえばそれ程難しくもなんともない話だった。いや、キャラルート完全分岐型のゲームでルート外に恋愛ルートのフラグがあるのはちょっと反則臭いな、とは思うのだが。
兎も角。態々これをやった意味があったのか、と言われると当初の予定からはかなり逸れてしまったため、意味を問われると『ある』とは言い難い。ただ、紆余曲折した上でも結論が出たのだから、まったく意味がないとも言えないだろう。
「で?今日はその報告?」
「あー、そっちはついで、で。まあ、なんというか。背中を押されたので、退路も断ちにきたんですよね」
「退路?」
「ちょっと玲さんに告白しようと思って」
岩巻さんはぽかん、と間の抜けた顔をした後、目を見開いて、え、と驚きの声を上げた。その表情はまさに……晴天の霹靂?……鳩に豆鉄砲?……やめよう。なんだか虚しくなったわ。うん。わかる。俺も俺が言いそうにない台詞だと思ったけど、露骨に聞き間違いか?という顔をされると思うところがあるわけでございまして。
「おっどろいた。君が?」
変に弄られない所に本気の驚きを感じる。いや、躊躇いはギャルゲーに置いてきた!ギャルゲーをしていて学んだことは受け身になっていて良いことは何もないぞということ……!思い返せば、ピザ留学でもそうだった。主人公が積極的に動かなければ、ヒロイン達はピザ留学してしまうのだ。もちろんバッドコミュニケーションでも、ピザ留学なのだけど、三分の一で当たり選択肢があるのだから、選択肢にぶつかった方がいいに決まっている。
「とりあえず当たって砕けたら、その時に考えようかと」
「この……とりあえず死んでみようでぶつかれる感じ、『誰かさん』に見習わせたいわね」
「誰かさん?」
「今私が推している、恋愛下手なヒロインちゃんの話。気にしないで」
乙女ゲームのヒロインが恋愛下手だと乙女ゲームにならないのでは?いや、そういう設定なんだろうけど。このままだといつまでも駄弁ってしまいそうだが、既に自分で退路は絶ってある。時計を見るともうすぐ17時という所で……うーん、そろそろかな?
「あ、玲さん」
「は!?今から!?」
「あの……お待たせして……?」
ロックロールの出入り口に目をやっていた俺が玲さんが来たことにいち早く気付き、声をかけ、察しの良い岩巻さんが素っ頓狂な声をあげ、家を出る時に、ロックロールにきてもらえるようお願いした玲さんが困惑の声を上げた。外には黒塗りの車が止まっており、どうやら送ってもらったようだった。
「急に呼び出してごめん」
「いえ、ぜ、全然まったく!大丈夫です。問題ないです!はい!」
そのまま一番いい装備を頼みそうな勢いだ。いや、そうではなく。ダメだな、すぐに話を脱線させてしまうのはまごう事なく悪癖だ。夕方とはいえ、この季節の夜は早い。暗くなり始めてから呼び出すのは若干、どうかな?とは思ったのだけれど、家の人に咎められなかったのならよかった。
「まって、玲ちゃん。車で来たわよね」
「へ?ひゃい。車で」
「もちろん帰りも送ってもらう予定よね?」
「あ……いえ、帰りは、その……よ、よるところがあるので!ゆっくり!歩いて帰ろうかと」
ーーん?目があった?
伺うように視線を彷徨わせたように見えた玲さんと一瞬目が合ったような気がしたが、直ぐに視線は逸らされてしまった。
岩巻さんは、その様子を確認した後、家に戻ろうとしているのであろう車の運転手を手を上げて呼び止め、出入り口の方へと向かった。どうやら、玲さんを送迎してきた運転手に何か声を掛けにいったようだけど、何かあったのかな。
「どうしたんでしょう……?」
それを不思議そうに眺めている玲さんをみて、天啓が降りた。きっと岩巻さんが気を利かせてくれたに違いない。流石は乙女ゲームの
「玲さん!」
「なんです……」
「付き合って下さい」
「か……?………んひゃっ……!?!???」
食い気味だった!しまった!と思う間もなく勢い任せで、言い切ってしまう。案の定言葉を詰まらせた玲さんが、顔を真っ赤に火照らせて、言葉を詰まらせ……詰まらせて……
ーーバグっている。
あれ?……困った。いつも通りの反応だ。シャンフロに誘った時とまったく同じ反応なのである。え、あー、もしかして伝わらなかったか?確かに、これだけ聞くとゲームの素材集めとか集会とかレベリングの事だと誤解するかもしれない。ちょっと焦りすぎて言葉不足だったか?
「ええっと、玲さん違うんだ」
「ぁ……あ、ひゃい、勘違いしてないです!つまり、
ロード中の玲さんの誤解を解こうと、口を開くと、玲さんはやはりというか、いつものゲームについてのお誘いだと勘違いをしているらしい。ちょっと心が折れそう。誰だよ!玲さんが俺に好意を持っているかもとか言ったの!……クラスメイトと瑠美か。まあ俺は元より、期待なんて……まあそんなにはしていなかったけど。……仕方ないだろ!周りがそうだそうだというから、多少はそうかも?と思っても!現実はこうなんだから、笑って許せ!
SSRの美少女が好意を寄せてくるなんてギャルゲーよりもご都合主義だ。ギャルゲーの主人公ですら努力して相手を掴み取るのに、現実のしがないクソゲーマーが何もせずに掴み取れるわけがない。ーーそう、伝わらなかったならば、伝わるように言えば良いだけだ。何事もトライ&エラー。失敗なくして成功はないのだから。
「まあ、レベリングも是非付き合って欲しいけど、今回はそうじゃなくて」
「……ふへ?」
これも本当。そもそもゲームで繋がった仲だし。上手くいこうが、いかなかろうが、一緒にゲームができる関係でいたいと思う。
「俺は、玲さんの事が好きだから、恋愛的な意味で付き合って欲しい」
「……」
よっし!言った!言い切ったぞ!!ここまで言えば、流石に勘違いはないだろ!若干勇みすぎて芝居がかっている気もするけど、言い切った。さあ、玲さんはどう出るか……。 振られるにしても、クランも一緒なわけだし、今後のゲーム活動に支障がでないようにだけは気を付けたい。恋愛沙汰でギスるのは……どう頑張ってもギルティだよなあ。やべ、不安になってきた。早まったか?もっと時を待つべき……。
「玲さん?」
「……」
ーー反応がない。ただの屍のようだ……?バグっているにしても、流石にこの沈黙はおかしい、長すぎる。黙りこくった玲さんの顔を覗き込む。
「ふしゅ………」
「へ?……は?え?玲さん!?」
空気の抜けた風船のような音を出して膝をついた玲さんを慌てて支える。え、もしかしてこれは、気を失っている、よな?え?救急車? 110ば……それは警察だ。じゃなくて。は?なんで!?
読み返して、まあ確定3、乱数2ぐらいの確信で告白しているならギリギリセーフかな……と自分を納得させた。作者視点だと確1だからな……気をつけたいですね……