かっこん、と障子の外で鹿威しが鳴るのがやけに近く聞こえた。客間だという一室には畳が敷き詰められており、イグサの香りが何処か懐かしさを思い起こさせる。そんな日本人心を和らげてくれる空間のはずなのだが、今の自分にとっては緊張感を増す要因にしかならなかった。というのも。
(う、動けねえ……)
足の下には綿がしっかりと詰まったフカフカの座布団。目の前には高級そうな布団が1組。その上には、つい最近想い人だと認識した同級生が寝かされていた。
ーーそう、紆余曲折があり、なぜか俺は風雲斎賀城の一室にお邪魔している。
……いや、なんでだ。マジでなんでだろう。目の前には、ついにバグるだけではなく、強制シャットダウンしてしまった玲さんが寝かされていた。玲さん、どんどん挙動がゲームキャラクターっぽくなっているな……。と遠い目で現実逃避を行いつつ、どうしてこうなった、と今現在に至るまでの経緯を思い返す。
(玲さんに告白した、までは良かったんだよ……)
そこからの流れは何処のジェットコースターだ?と言うほど急降下、急上昇、超スピードだった。まず告白を聞いたことにより、岩巻さん曰く玲さんは『処理落ち』してしまったらしい。そんなに
(だから、ゲームの中では格式高い日本屋敷を土足で探索できようとも、リアルだと難易度がクソ高いんだって!!あれ?なんか前も同じ事思わなかったっけ?)
サブリミナル効果のように脳内で鰹の『さわやか な えがお』が通り過ぎて行ったので、脳天にハンドガンの弾をぶち込んでやって、現実逃避から華麗にアイルビーバック。はっ!しまった……もう暫く現実逃避してたかった……!
(よし、選択肢は三つだ。古来からこの手の状況の選択肢は三つだと決まっているから、取れる選択肢は三つあるはずだ。証明完了。何の矛盾もない!)
どこぞのギャルゲー主人公の気持ちを、これほど真に迫って知る事になるとは思わなかった。さて選択肢だが。
屋敷の人に言付けて家に帰る。
玲さんを何とかして起こしてから、家に帰る。
そっとしておこう……。
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システム様は、様式美を選択肢に入れるのをやめようね!実質二択じゃん。とりあえず俺はこの状態から脱却して、お家に帰りたいだけなんだ。いや、本当に。現実的なのは玲さんのご家族に言付けることだが、その場合俺は告白の返事を先延ばしにされることになり、無駄に悶々として過ごすことになる。何より明日ばったり、通学路や学校であったりしたら、かなり気まずい。ここ一年で、玲さんとの遭遇率がやけに高くなっている気さえするので(現実の運営が特定エンカウント率を修正したんじゃないかと疑うぐらいには多い)杞憂とは言えないだろう。三択問題(実質二択)で悩んでいるとタイムリミットがきてしまったらしい。ばすん!と勢いよく音を立てて、左隣にある襖が開いたのだ。
「玲!情けないですよ!いい加減起きてはどうですか!」
「ふへ?」
ぱしんぱしん!と良い音を鳴らして玲さんの頬を遠慮なくはたいた一番上のお姉さんは、そのおっとりとした口調とは裏腹に、玲さんに対して容赦がなかった。なるほどお、斎賀さんのお家の人は、みんなシンプルに物理が強いんだなあ……と感嘆してしまった。
「え、えーと??」
「玲、千載一遇のチャンスこそ、のがしてはなりません。寝ている場合ではないのです。姉は、応援しています。このチャンスしっかりモノにするのですよ」
鋭い痛みで目を覚ました玲さんは可哀想なほど、混乱したまま、目の前のお姉さんの勢いに押されて頷いた。多分本人も、何に頷いたのかわかっていないのではないだろうか?ちなみに俺もよくわかっていない。しかしお姉さんはその肯定に満足したのだろう。俺に黙礼だけを残して、そそとした所作で部屋を出て行った。
「……」
「……」
ーーまあ、その、当然こうなるよな。
沈黙が重い。待っている時も断頭台の前に来ていた気分だったが、ここまで来るとギロチンに頭を乗せられていつ刃が落ちてきてもおかしくないところまで状況は切迫している。事態が動いたのはありがたいが、この空気で二人にして良いとなぜ思ったのか20字以内で述べて欲しい。
「あ、えっと、な、なりゆきでお邪魔してます」
「いいえ!じゃなくて、はい!あ、そうじゃなくてですね……」
no、yes、no……?日本語の奥ゆかしさが意思疎通を難関にしている。短いセンテンスの罵倒の言葉が並んでるコミュケーションが主な自分にとっては、中々に頭を捻る必要があった。
「あー」
「ひゃい!」
「覚えてる?」
「……ひゃい……」
ボッと顔に火が灯ったかのように血色が良くなった玲さんの表情をみて、これ以上フィクションめいた事が起こらなくて良かったような、結論が出るのが怖いような心持ちになって、視線をうろうろと彷徨わせた。玲さんは玲さんで、布団から体を起こしたものの、掛け布団で顔の半分を隠している有り様だ。
「その、そー、そういう、男性から心情的なものを突然ぶつけられることに、慣れてなくて」
「しんじょうてきなもの」
「まだ心臓がびっくりしてます」
ぼすん、と額を布団に埋めた玲さんは「あつい」と一人ごちた後、大きく深呼吸を繰り返した。なるほど、確かに高嶺の花とまで言われる玲さんに直接告白するような勇者は少ないんだろうな。玲さんは心臓のあたりをぎゅうと手で握りしめて、布団に埋めていた顔をゆっくりと起こした。
「……あの、楽郎くん。わたし、楽郎くんと一緒にゲームするのすごく、楽しいんです。お喋りも、一緒にいるのも、デ、デー……が、外出!も、すごく!」
「ありがとう……?」
「上手く言えないのですが、私は……、楽郎くんとこのまま一緒に居たいと思っていまして」
「ええっと」
「す、すみません。あの、言葉をまとめるのが下手なのかもしれません。だから、つまり」
玲さんの表情は以前として赤いままで、その唇から出る言葉は優しさと好意に満ちているーーいるが、もしかしてこれ遠回しに振られているのでは?この文脈、お友達でいたいです、に繋がりそうな……自信がないからそう思うだけだろうか?ばくばくと鳴る心臓がくるしい。そうだ、もしそうだとしても、この後のゲーム内の付き合いは変わらないように……。ーー変わらずに楽しく遊べるのだろうか。
「だから、わたしは……!私も、ずっと……楽郎くんのこ……っ!楽郎くん……?」
「あ、え。ええっと……」
情けない顔してたんだろうな、と思わず苦笑いを零した。
パシン、と自分の頬を叩いて気合を入れ直す。変わってしまうなんて事は分かっていたことだ。振られても、それこそ付き合うことになっても。この結論がでる土壇場で不安な気持ちになるのはただ日和っているだけだ。そうだろう?
「ごめん、気合い入れ直した。どんな結果だろうと、俺は玲さんの返事を聞きたい」
挙動不審なのは、この際許していただいて。しっかりと瞳をみて玲さんを見据える。腹を括る時間は沢山あったんだ。セーブができないからといって、今更逃げ帰るなどできやしない。
目の前の玲さんは赤い顔のまま、眉を下げてちょっとだけ困った様な顔をしていた。視線がうろうろと左右に行ったり来たりを繰り返して、その後視線を逃がすのを諦めたのか、ぱちりと、目があった。ーー目があったらバトルの始まり……なんて事はなく、ただ静かにゆっくりと唇を開いた。
「わたし、私は。多分、楽郎くんが思うよりずっと……。ずっと、あなたのことが好き、です」
これにて終了です!
大変お待たせしたものの内容ではない気持ちしかありませんが、完結させられてホッとしております。色々荒い所はご容赦くださいませ。
読んでいただきありがとうございました!