鬼狩り? 私は一向に構わん!!   作:神心会

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烈海王、大正時代に転生する。


01 目覚め

(これが、斬るという事か……斬られるという事か……ッ!!)

 

 

 

 

東京ドーム地下闘技場。

 

 

数多の戦士達が、最強を夢見たその場所において……

 

 

今、一つの命が散ろうとしていた。

 

 

 

(切り裂かれる臓腑……切り離される背骨……どれも、ハッキリと感じた……)

 

 

 

烈海王。

 

中国武術会において最高峰の称号『海王』を名乗る事を許された拳士。

拳雄、魔拳、中国武術の体現者。

数多くの呼び名を持つ、この世界において誰もが認める実力者。

それが彼だった。

 

 

(反撃どころではない………立ち上がることすら……遥かに遠い……)

 

 

 

……しかし、その烈海王を以てしても、対する剣士を倒す事は叶わなかった。

 

 

 

(これが……宮本武蔵か……)

 

 

宮本武蔵。

クローン技術と霊媒師によって戦国の世から蘇った、最強の剣士。

拳のみならず、武具までも解禁したありとあらゆる中国武術をぶつけるに相応しい雄。

 

その実力は、烈海王を遥かに上回っていた。

見事なまでの完敗だった。

一刀のもと、臓腑を切り裂かれ、背骨を断ち切られた。

 

 

凄まじい灼熱感と激痛。

もはや立ち上がる事は叶わない。

小指一本すら動かせぬ程の虚脱感。

 

 

そんな……意識を保つ事すら奇跡と言える、その最中において。

 

 

(大きな……収穫だ……)

 

 

それでも尚、烈海王の意識は闘いに向いていた。

 

刀で斬られるとは、こういう事だったのだと。

ならばこの痛みを、このダメージを、次の戦いにおいてどう克服すべきか。

一流の剣士とまた相対する機会があれば、その時はどう闘うべきか。

 

 

 

(次に……活かせ……)

 

 

 

命尽きる、最期のひと時ですら。

 

 

 

烈海王は、闘志を、心を燃やし続けていたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

突然の突風が、辺りを吹き抜けた。

 

 

草木は揺れ、ざわめきの音を鳴らす。

 

 

つい今しがたまで無風の状態だったとは、信じがたい程に強い風。

 

 

まるで、何かの前兆かのような。

 

 

自然が人々へ何かを告げるかの様な……そんな烈風であった。

 

 

 

 

 

 

「……ッ!?」

 

 

その刺激を肌に受け、烈海王は意識を覚醒させた。

 

 

「これは……私は一体……?」

 

 

目の前の光景に、烈海王は困惑していた。

つい今しがたまで、自分は宮本武蔵と対峙していた。

その一太刀を受けて、致命の傷を負った筈だった。

 

 

しかし……これはどういう事か。

 

 

上方には、茜色に染まる空。

周囲には、生い茂る豊かな木々。

地下闘技場とは程遠い、自然の風景だ。

 

 

そして……何より。

 

 

「腹の傷が癒えている……?

 否、それどころかッ!!」

 

 

真っ二つにされた筈の胴体が、見事に繋がっている。

それどころか……右脚がしっかりとあるのだ。

 

 

 

ピクルとの闘いで喰われ、失った筈の右脚が……!

 

 

義足であった筈の右脚が、元に戻っている……!!

 

 

 

五体が完全な形に、復活を遂げているッ!!

 

 

 

「どういう事なのだ、これはッ!?」

 

 

 

肉体が復活したという喜びよりも、戸惑いが大いに勝っていた。

あれだけの損傷を受けた肉体が、こうも完全な形で復活する事があり得るのだろうか。

しかし、現に元に戻っている……何故だ。

 

 

鎬紅葉の様な超人的な医師が、自身を治したのか?

 

それとも、己が人体が奇跡を起こしたとでもいうのか?

 

はたまた、武蔵の様にクローン技術で肉体を挿げ替えられたのか?

 

 

あらゆる可能性が脳裏を巡るも、まるで分からない……不可解極まりない事態だ。

 

 

 

(……分からぬ。

 この身の事も、この場の事も。

 宮本武蔵も、徳川のご老公も、刃牙さん達も……彼等の気配がまるでない)

 

 

辺りを見渡すも、人の気配はまるでない。

知己がせめて一人でもいてくれれば、状況の確認も出来たというのに……

手掛かりと呼べるものは、何一つとしてこの場に無い。

これから一体、どうすればいいというのか。

 

 

(……とにかく、考えていても仕方はあるまい。

 人を探し、話を聞くのが最優先か)

 

 

思考を打ち切る。

今のまま考えていた所で、状況の把握も何も出来はしない。

ならば身体を動かし、自らの足で探り当てるまでだ。

 

 

(身体は……うむ、動く。

 右脚も、小指の先に至るまで……全くもって問題ない……!)

 

 

身を起こし、両の脚でしっかりと大地を踏みしめる。

復活した五体には全く違和感がなかった。

ダメージも疲労も一切ない、健康体そのものだ。

これならば、例え長時間の探索になろうとも一向に問題はないだろう。

 

 

 

 

そうして烈海王は、久方ぶりの……そして、二度と無いと思われていた右脚で歩く感覚を、ようやく喜ぶことが出来たのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

 

(これは……何なのだ?

 田舎というにしても、文明の気配があまりに薄い……?

 それに、人々の服装も……)

 

森林を抜け、野道を歩く事三十分。

烈海王は、ようやく人里へと足を踏み入れることが出来た。

面積こそ大きくはないものの、人々の活気で溢れる町だ。

 

しかし……烈海王にとっては、奇妙な違和感を覚える風景であった。

まず、行きかう人々が話す言葉は日本語である為、ここが日本である事は間違いないだろう。

だが……その人々の服装に、どこか違和感があった。

彼等の大半が、和服―――それもどこか歴史を感じられるデザイン―――なのだ。

一人二人ぐらいなら兎も角、ここまで大人数というのは流石に珍しい。

それだけではない。

町の風貌もまた、全く同じなのだ。

田舎の農村というにしても、何かが違う……古き時代の日本、とでもいうべきか。

 

 

(映画のセット?

 いや、撮影の様子も無く人々も至って普通に暮らしている……まるでこれが当たり前かの様に……)

 

 

演技の気配は無い。

誰しもが、自然な様子で生活を送っている。

寧ろこれでは、自分の方が異物ではなかろうか。

 

古き時代の日本に、ただ一人現代から迷い込んだかの様に……

 

 

(……ッ!?

 ま、まさか……そうだとでも言うのかッ!?)

 

 

そこまで考えて、烈海王はある可能性に気が付いてしまった。

馬鹿な、ありえるのか。

思わずそう叫びかける所であったが、寸での所でどうにか抑え込む事が出来た。

何せ、自分の肉体が完全復活するというあり得ない奇跡が、たった今起きたばかりなのだ。

その時点で十二分にあり得ぬ事態……故に。

 

これ以上にあり得ぬ事態が起こったとしても、不思議ではない……!

 

 

(確かめねば……!

 不信感を持たれぬ様に、自然と……もし事実ならば、悪目立ちするのは危険かもしれぬ……)

 

 

タダですら訳の分からない現状だ、トラブルの種を必要以上に撒くわけにはいかない。

呼吸を整え、内心の焦りを封じ込める。

そうしてから、極めて自然な様子で、烈海王は近くにいた一人の町人へと話しかけた。

 

 

「すみません、そこのお方。

 少々よろしいでしょうか?」

 

「ん……?

 ああ、どうかしたかい?」

 

「ありがとうございます。

 私は、この国について学ぶ為にやってきたのですが……急に、思い出せなくなりまして。

 今の元号を教えていただいてもよろしいでしょうか?」

 

 

自身が日本人ではない事を、最大限に活用する。

いきなり「今の元号って何だったっけ」と聞けば、普通は怪訝な顔をされるだろう。

しかし、日本の歴史に疎い外国人を装えば、そこまでおかしい事でもない筈だ。

 

現に、もし自分の仮説が正しければ……中国人である自身の存在は、この場において『現代以上に』珍しい筈……!

 

 

 

「おお、あんた外国の人か!

 中華民国あたりの人かい?

 いやあ、そりゃ感心だなぁ……今の元号は大正だよ、大正時代さ」

 

「ッ!!!!」

 

 

 

返ってきたのは、予想していたと言えども衝撃の答えだった。

 

 

大正時代。

まだ中国が中華民国と呼ばれていた頃……!

現代よりも、凡そ九十年から百年近く昔の時代……!!

 

 

 

(私は……過去の日本へと、時を遡ってしまったのかッ!!)

 

 

 

時の逆行、タイムスリップ。

余りにもSF染みた超展開に、これは夢の中ではないのかとさえ感じてしまった。

死の淵に見るリアルな幻覚なんじゃないかとまで、考えてしまった。

 

 

しかし……すぐに烈海王は、これが紛れもない現実であると受け入れる。

 

 

時代を超える存在……それを知っていたが故に。

 

 

 

(……まさか……過去と未来の差異こそあれど、ピクルや宮本武蔵と同じ境遇になろうとは……)

 

 

 

1億9000万年―――恐竜が生きていた時代の岩塩層から、現代に蘇った原人ピクル。

戦国の時代から、最新鋭のクローン技術と降霊術によって現代に蘇った武人宮本武蔵。

 

 

遥かな時を超えて現代に蘇り、そして闘った二人の雄。

彼等という先駆者がいたが為に、烈海王にとっては時を超えるという事態も、あり得ぬ事ではないのだ。

もっとも、自身がその当事者になってしまったという事態に関しては、流石に驚愕するしかないのだが……

 

 

 

 

(知らぬ時代、違う環境に突如として立たされる……か。

 彼等も……この様な気持ちだったのだな……)

 

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

 

「さて……これからどうしたものか」

 

 

年号を教えてくれた親切な町人に別れを告げた後。

これよりどう動けばいいのかと、烈海王は思案する。

ここが大正時代の日本だと分かったはいいものの、そこから先は全くのノープランだ。

 

 

(やはり、中国……今は中華民国の頃ではあるが、海を渡るべきか?

 白林寺の門を叩けば、同門として迎え入れてもらえるかもしれぬ……)

 

 

最初に考えたのは、故国への帰還。

白林寺の人間として、そこにいる同門達を頼れるかもしれない。

ましてこの時代ならば、恩師の一人―――まだ若かりし頃の郭海皇もいる筈。

未来から来たと話して信じてもらえるかは、流石に分からないが……

少なくとも、実力で自身という存在を認めてもらえる可能性は大いにあるだろう。

 

 

しかし……この安定策を実行に移すには、大きな問題が一つある。

 

 

(駄目だな……路銀が無い。

 密航をしても構わないが、それでも上陸後に備えてある程度の賃金は必要だ)

 

 

それは、烈海王が無一文という事。

今この場において、彼は賃金の類を一切持ち合わせていないのだ。

旅費が無ければ、当然船にも乗れず。

一応、隙をついての密航も出来るは出来るだろうが、それでも下船後が問題だ。

現代程交通網が発達していないこの時代では、目的地までにかかる時間も大きく変わるだろう。

そもそも、地理が自身の記憶と一致するかも怪しい……道に迷う危険性は、無いとは言い切れない。

そんな状況下で、金のない生活を延々と続けるのは流石に無謀だ。

 

 

(上陸後に稼いでも構わないが……この時期の中国は、軍閥時代に入っている。

 内乱で不安定な情勢にあるだろう……やはり、日本にいる内に纏まった金を手に入れる必要があるか。

 そうなると……どこか、道場の類があればありがたいのだが……) 

 

 

金を稼ぐ手段で真っ先に思いついたのは、空手等武術を取り扱う道場を訪ねる事だ。

生前―――と言うのは少しおかしいかもしれないが―――は、神心会空手の特別師範として一時期生計を立てていた。

それと同様の事が出来れば一番ありがたい。

やる気に満ちた者達の多い、見どころのある道場を見つけられれば、自身を売り込みたいところだ。

 

また、次善の策として……やる気のない、形だけのどうしようもない道場を見つけられたならば。

所謂道場破りを行い、その腐った性根を叩くと同時に金品の類を頂戴するつもりだ。

いい加減な武を人に学ばせて金を稼ぐなど、烈海王からすれば言語道断の所業なのだから。

 

 

(そうなると、もう少し大きな街に向かいたいところだな……ふぅ。

 こういう心配が無用だったという点では、ピクルも武蔵も恵まれていた)

 

 

今後の事を色々と考えなければならない状況に、小さくため息をついた。

今になって思うと、同じ境遇とはいえピクルと宮本武蔵は中々に恵まれていたのだろう。

ペイン博士や徳川光成といった、支える立場の人間がいてくれたのだから。

日々の生活には、不自由は無かったに違いない。

 

 

(……いや、ピクルは刃牙さんとの闘いの後に脱走していたか。

 もっとも、東京のど真ん中で野生生活を送れているあの逞しさは、今の私こそ見習うべきかな)

 

 

訂正、ピクルは自ら不自由無い暮らしを捨てて野生に戻っている。

流石に、あの様な原始の暮らしを……とまではいかなくとも、ある程度のサバイバルは彼を見習い行う必要もあるだろう。

もっとも、修業時代にはある程度似た様な場面もあったし、そこまで苦ではない。

寧ろ猛獣と出会えでもすれば、現状ではありがたい限りだ。

肉は食料に、毛皮や骨は換金できる。

いっそ、修業を兼ねて狩猟で生活というのも場合によってはありかもしれない。

 

 

(虎、大蛇、大猿、熊……ふふっ。

 皆も闘い倒してきた、猛獣達……もし遭遇できたならば、喜んで闘いたいものだ)

 

 

 

友が、強敵達が倒してきたという猛獣の類。

自身も、機会があれば是非にと……そう、思わずにはいられなかった。

 

 

 

 

しかしこの時、烈海王は思ってもみなかっただろう。

 

 

 

これから出会う多くの相手が、そんな猛獣ですら可愛く見える猛者ばかりになろうとは。

 

 

 

 

人の領域を踏み越えた……『鬼』と闘う事になろうとは。

 

 

 

 




烈海王、復活ッ!!


ちなみに、何故彼が鬼滅世界に転生したのかについてですが、これにはちゃんと理由があります。
後々の話でそこら辺はしっかり書こうと思います。

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