鬼狩り? 私は一向に構わん!!   作:神心会

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前話より間が空いてしまい、大変申し訳ございませんでした。
実は今回の話ですが、10月時点では既に投稿できる予定でした。

ただ、投稿直前で内容を大きく変更せざるを得ない事態が起こってしまいまして……とんでもない事に、ジャンプ本誌に掲載された煉獄さん外伝と話が一部被ってしまったんです。
これに伴い当作品にて大きな矛盾点が発生してしまった為、全てを破棄してプロットの練り直しをさせていただいてました。
そして先日、ストーリーの大筋を新たに纏める事が出来たので、ようやく投稿の流れとなりました。


今回は題名通り、烈さんの鬼殺隊入りから一年後へと年代ジャンプしております。
入隊を果たした烈さんは、鬼とどういう形で対峙しているのか……その説明回となります。


時系列としては、前話の一年後……つまり。
鬼滅本編における、炭治郎の最終選別突破後~沼鬼撃破前後となります。


11 一年後

 

草木も眠る丑三つ時。

 

 

されど人喰いの悪鬼には、格好の食事時なり。

 

 

 

 

 

 

人々が寝静まる夜更けにこそ、無防備な餌を求めて鬼は動く。

 

 

 

故に鬼殺の剣士達も、その凶行を阻止すべく動く。

 

 

 

 

 

 

そして、今宵もまた……一人の鬼狩りが果敢に鬼へと挑んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

 

「ハァーッ……ハァーッ……!!」

 

「ハハハハッ!!

 どうした、どうしたぁッッ!!」

 

 

 

 

 

人通りの無い―――『隠』の処理により、既に人払いは済んでいる為―――とある街の一角で、両者は対峙をしていた。

 

 

 

 

片や、全身の至る箇所から出血が見られる満身創痍の剣士。

 

 

片や、傷一つ無い屈強な肉体で剣士を嘲笑う鬼。

 

 

 

 

 

既にこの闘いが始まってから、十五分もの時間が経過しているが……見ての通り、その差は歴然であった。

 

 

 

 

 

「ッッ……アアアァァァァァッッ!!!」

 

 

 

雄叫びで己を鼓舞し、剣士は刀を強く握り直した。

 

 

ここで自分が倒れては、新たな犠牲者が生まれる。

何としても、この鬼をここで葬らなければならないのだ。

 

 

 

持てる全てを、次の一撃に篭める……それで必ず、首を断つッッ!!

 

 

 

 

 

 

――――――水の呼吸 拾ノ型『生生流転』ッ!!

 

 

 

 

「これで……どうだァッ!!」

 

 

繰り出すは、水の呼吸最大の威力を誇る必殺撃。

天目がけ逆巻く龍の如く肉体の全てを動員し回転を重ね、その勢いを乗せた刃を放つ。

 

 

 

 

 

(頼む……届け、届いてくれッ……!!)

 

 

 

強い覚悟と悲痛な祈りを込めた乾坤の斬撃が、鬼の首元へと吸い込まれていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

もしもこの一撃が通用しなければ、成す術が無くなってしまうッ……!!

 

 

 

だからどうか、どうかッ……!!

 

 

 

 

 

 

「悪くはない一撃……だが、残念だったなぁッッ……!!」

 

「ッッ~~……!!??」

 

 

 

 

通じずッ……!!

 

 

 

刀は、鬼の首元へと確かに入ったものの……そこまでであった。

首を断つどころか、皮を切る事すら叶わなかった。

剣士の全力を以てしても、それ以上先へと刃は入らなかったのだ。

 

 

 

鬼の首からびっしりと生えた、無数の針によって……刀身を受け止められたが為にッ!!

 

 

 

 

 

「お前如きの力じゃあ、俺の針は断ち切れねぇ……終わりだッ!!」

 

 

 

 

 

 

――――――血鬼術『針時雨』ッ!!

 

 

 

 

 

「ガハァッッ……!?」

 

 

 

 

次の瞬間。

 

 

剣士は凄まじい量の血を噴き散らし、地面に赤黒い水たまりを作り上げた。

その肉体は、夥しい数の『針』に刺し貫かれていた。

 

 

鬼の胴体より瞬時に生え出た、鋭い剣山に……!!

 

 

 

「ハハハハハハッッ!!」

 

 

これが、この鬼の持つ血鬼術。

全身の至る箇所より、鋭利且つ強固な大量の針を生み出す異能である。

殺傷力は言うに及ばず、防御壁としても転用が可能。

 

極めて単純、それでいて強力。

鬼はこの力と自身の身体に、絶対の自信を抱いていた。

事実、幾多もの剣士を葬り去ってきたのだから。

 

 

(もっとだ……もっとだ、鬼狩りども!!

 お前達を殺し尽くして、俺は更に昇り詰めるッ!!

 そして行く行くは、十二鬼月にッッ!!)

 

 

だが、まだまだ鬼は満足せず……より高みを目指す。

より多くの、より強い鬼殺の剣士を串刺しにせんと、切に望む。

目指すべき頂き―――十二鬼月に至らんが為に。

 

 

 

「その為にも……さあ、俺の血肉と化すがいいッッ!!」

 

 

より強い力を得るべく……鬼は、剣士を喰らいにかかった。

 

 

鬼の中―――とりわけ上位の存在―――には、口を開かずとも全身より人間の肉体を消化吸収できる者もいる。

この鬼もまた、近しい性質を持っていた。

肉体より出現した針は、当然ながら彼の肉体の一部……宛ら注射器の様に、ここから相手の血液・体液を吸い上げるのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、今まさに針先が開き、吸収が始まろうとした……その瞬間だった。

 

 

 

 

 

 

 

――――――バキィッッ!!

 

 

 

 

 

 

 

針が、砕き折れたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「な……何ィッ!?」

 

 

突如としてやってきた、肉体の喪失感。

僅かに遅れて、凄まじい衝撃がビリビリと全身へ伝わってくる。

 

一体、何が起きたというのか?

 

 

 

(針が……砕けたッ!?

 いや、砕かれたッッ!!??)

 

 

 

直後。

視界に飛び込んできた光景から、ようやく鬼は事態を把握した。

 

 

剣士を貫いていた針の内数本が、半ばより叩き折られていたのだ。

 

 

 

 

 

もしや、目の前の剣士が反撃に出てきた?

 

 

否……この男は、最後まで一度も針を砕く事は出来なかった。

 

 

まして今は、全身を刺し貫かれた死に体ッッ……!!

 

 

そんな力など、出せる訳がないッッ!!

 

 

 

(ならば……新手ッ!!

 しかし、だとしたら……遠距離から俺の針をッッ!?

 何だ、何を使ったッッッ……!!)

 

 

 

目の前の男で無いのならば、針を砕いた敵は別にいる。

 

また、離れた地点からこちらの針を砕く手段を持っている。

 

 

 

ならば重要なのは、攻撃の手段を見極める事……目を凝らし、周囲を見渡す。

 

 

 

 

 

そして……鬼は、気が付いた。

 

 

 

 

 

空中を舞う、一発の分銅にッッ!!

 

 

 

 

(分銅という事は、やはり岩の呼吸……否ッッ!?

 違う、この……鎖分銅じゃないッッ!!

 これは……紐ッッッ!?)

 

 

 

分銅を使っての攻撃といえば、岩の呼吸というのがお決まりの展開だ。

しかしこの分銅は、鬼が知るそれとはある一点のみ違っていた。

 

 

分銅に繋がれているのは、細く長い『紐』だったのだ。

岩の剣士が扱う鎖分銅と比較して、明らかに異質。

 

何せこの形状では、岩の呼吸の技は威力が大幅に落ちる。

 

 

 

敵の頭上より武具を落とす弐ノ型『天面砕き』は、踏みつける段階で張りが足りなくなる恐れがある。

 

鎖と武具とで周囲を覆う参ノ型『岩軀の膚』は、鎖の強固さがあってこそ意味を成す。

 

 

 

鉄鎖があってこその岩の呼吸だというのに、これではまるで……

 

 

 

 

(……いや、待て。

 こいつは……そもそも、岩の剣士じゃないのだとしたらッッ……!?)

 

 

 

そこまで考えて、ある一つの考えが脳裏に過った。

 

 

分銅を扱うからといって、それが必ずしも岩の呼吸とは限らないのでは無いか?

 

鬼狩りの中には、特殊な形状の刀を用いる者も存在している……その中の一人では無いのか?

 

 

 

 

(そうだッ……!!

 鉄鎖の頑強さこそ無いが、紐は軽いッッ!!

 即ち、速度が違う……分銅の威力のみで見れば、上を行けるッ!

 事実、こいつは俺の針を砕いたッッ!!)

 

 

 

針の強固さには自信がある……それを単なる一撃で砕かれたのだから、相手は並大抵の戦士ではない。

 

 

 

 

(この武器術……もしや、こいつはッッ!?)

 

 

 

そう……鬼には、一つ心当たりがあったのだ。

 

 

つい先日、とある鬼狩りについて、あの人より聞いていた。

 

 

 

 

 

屈強な肉体と体技を持ち、更には様々な武具を自在に操る……『柱』に匹敵する実力を持った、恐るべき拳法家がいるとッッ!!

 

 

 

 

 

「……ッッ!!??」

 

 

 

 

そして、僅か壱秒後。

 

鬼は、それを目の当たりにした。

 

 

 

 

鬼の様な形相―――鬼の身で言うのも、可笑しな例えではあるが―――で疾走してくる、幅広の刀を振り被った弁髪の男をッ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 

「あッ……!?」

 

 

 

剣士も鬼も、目の前の光景にはただ唖然とするしかなかった。

 

 

どれだけ全力を込めても斬る事が叶わなかった、鬼の針。

 

 

 

 

それが、たった一撃の分銅で破砕され……更には、今。

 

 

 

 

 

一振りで、残る全ての針が見事に両断されたのだ。

 

 

 

 

「グッ……!!」

 

 

 

針が断たれた事で肉体は支えを失い、剣士は地に膝をついた。

どうにか、最悪の事態は免れたものの……傷が広範囲に渡っており、出血量も多い。

もはや戦える身体で無い事は明白だった。

 

 

 

「後藤さん、葉月さん、彼の手当てをッッ!!」

 

 

 

 

そんな彼の容態を素早く把握し、針を両断した漢は、同行している隠へと指示を飛ばした。

 

 

 

「分かってますさ、烈さんッ!

 おいアンタ、しっかりしろよ……あの人に任せとけば、もう大丈夫だからな!」

 

「……烈……さん……?」

 

 

 

物陰より慌てて出てきた二人の隠に抱えられながら。

 

剣士は朦朧とする意識の中で、その名を確かに聞いた。

 

 

 

(烈……そうか、この人が……『一年前』に大陸からやって来た、武術の達人。

 柱と同格の地位と実力を持った、鬼殺隊の食客ッ……!!)

 

 

 

 

 

ある隊士曰く、鬼との初遭遇は下弦の陸……それを無傷で討伐した。

 

 

音柱曰く、あの炎柱を相手に互角の激戦を繰り広げた。

 

 

 

 

その漢の名はッッ……!!

 

 

 

 

 

 

 

(烈……海王ッッ!!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

鬼殺隊『隠』 後藤。

 

 

 

彼は、この日の闘いについて遠い目をしつつ、多くの隊士へと語ったのだった。

 

 

 

 

 

―――本当……烈さんと一緒の任務って、驚かされない日の方が少ねぇ気がするわ。

 

 

―――何の因果か、初任務の時からあの人とは組む事が多いんだよなぁ……

 

 

 

 

 

―――……とりあえず、同僚と一緒に急いで怪我した隊士を担いで、物陰に避難したんだ。

 

 

 

―――まずは治療を最優先って事で……胡蝶様が調合した痛み止めの薬をうって、傷口に包帯巻いて。

 

 

 

―――で……俺も巻き込まれたくねぇから、烈さんの方を覗いてみたら。

 

 

 

 

 

―――鬼が拳から針を出して、殴りかかってて。

 

 

―――烈さんも、それに合わせて拳を繰り出してたんだわ。

 

 

 

 

―――そう……針出した鬼相手に、拳を。

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

「ッシャァッッ!!」

 

 

鬼の動きは迅速だった。

烈海王の登場には驚きこそしたものの、そこで呆然と立ち止まる様な愚は犯さない。

 

瞬時に右の拳を針で覆い尽くし、前へと一歩踏み込む。

烈海王の顔面目掛けて、その凶器を突き出したのだった。

 

状況的に、決して悪くない一打と言えるだろう。

 

 

 

 

しかし……それは烈海王も同じ事。

 

 

 

「ッ……!?」

 

 

そう……烈海王もまた、同じ動きを取っていた。

震脚と共に、鬼の顔面目掛けて右拳を繰り出していたのだ。

 

 

(同じ判断ッ……だが、それなら俺の方が上だッ!!

 こちらは、針で覆い尽くした拳……そもそも日輪刀以外で攻撃されたところで、致命傷にはッッ!!)

 

 

このままの軌道でいけば、双方の拳がぶつかり合う事になる。

ならば、凶器完成相成った己の側に分がある。

 

 

 

獰猛な笑みを浮かべ、冷静に烈海王の拳を見据え……そこで、ある事に気づいた。

 

 

 

(なッ、違う……!!

 こいつ、素手じゃない……手甲ッッ!?

 指先まで、完全に覆われている……よもやッッ!!??)

 

 

 

そう……烈海王は素手に非ず。

その拳には、鈍く輝く手甲があったのだ。

 

 

 

 

しかし、気づいた時にはもはや遅い。

 

 

両者の拳は、真正面より打ち付け合いッ……!!

 

 

 

 

――――――バキャァァッ!!

 

 

 

 

「がっ……アァァッ……!?」

 

 

 

 

鬼自慢の針拳……粉砕ッッ!!

 

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

 

―――烈さんは武芸百般を地で行く人だからな……扱う武器の種類で言えば、鬼殺隊でも歴代最多じゃないか?

 

 

 

―――柳葉刀、九節鞭、棍、飛鏢、流星錘……そうそう、『日課』用に持ち歩いてる猩々緋砂鉄も使った事あったとか。

 

 

 

―――だがやっぱ、その中でも特に目立ってるのがあの特注品の手甲だな。

 

 

 

―――烈さんの中国拳法を活かすには、やはり素手での戦闘を可能にする必要があるって話になったらしくてよ。

 

 

 

―――それで……うちのゲスメガネまで引っ張って、刀鍛冶の里で鍛冶師と共同で作らせたんだわ。

 

 

 

―――甲の部分は、岩柱様の鉄球と同じく極めて純度の高い猩々緋砂鉄を使用。

 

 

 

 

 

―――で……それに合わせてゲスメガネが担当したのが、鋼線入りの手袋だ。

 

 

 

―――隊服にも使われてる頑丈な生地に、猩々緋砂鉄製の鋼線を折り込んで完成させた……まあ、言ってみりゃ手袋型の日輪刀だよ。

 

 

 

―――それで鬼の首を殴り飛ばせば、って訳よ……何でも、烈さんが海外で使った『グローブ』って道具から着想を得たらしいぜ?

 

 

 

 

 

 

―――え? それで隊服作ったら、滅茶苦茶頑丈だし効果的じゃないかって?

 

 

―――それなぁ……俺も同じ事を聞いてみたんだが、鋼線を作るのが結構難しくて手袋大の大きさが今のところ限界らしいんだわ。

 

 

―――何より……「こんな大変な作業、もう勘弁してくれ」って、ゲスメガネが悲鳴上げてるんだよ。

 

 

 

 

―――烈さんが手袋を破損した日なんて、そりゃもうなぁ……

 

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

(何て、拳ッ……!!

 手甲を抜きにしても、俺の針を砕き且つこの衝撃ッッ……!!)

 

 

鬼は、烈海王の拳打に戦慄した。

人間の身でありながら、この膂力は何だ。

否、力のみに非ず……打点の見抜き、踏み込み、あらゆる点においてこの男は優れている。

 

培われた武の積み重ねが、鬼である自身すらも上回る威力を発揮させているのだ。

 

 

 

 

そう……まるで、大恩あるあの人みたいに。

 

 

 

 

(ッッ……間合いを離さなくてはッ!!

 拳打が届かない、それでいて分銅も十分すぎる威力が発揮出来ない、中間地点へッッ!!)

 

 

接近戦での打ち合いは不利と判断。

鬼は即座に後方へ跳び、更には両の踵より地面へ向けて針を伸ばした。

 

 

針の伸びる力を利用し、一気に間合いを取るッッ!!

 

 

 

(戦法を切り替える!

 間合いの外より針を伸ばし、攻撃をッ……!!)

 

 

 

 

 

 

 

――――――ザシュッ。

 

 

 

 

 

 

「がッ……アァッッ!?」

 

 

 

直後。

いきなりの痛みと共に、左目の視界が消失した。

 

 

(ひ、左目に何か……これはッ!?

 小刀、いやクナイかッッ!!??

 こんなものまで……こいつの武器術、幅が尋常じゃないッ!!)

 

 

 

その異変の原因は……深々と左目に突き刺さっている、一本の刃物ッ!!

 

 

中国拳法において用いられる、矢じり型の手裏剣―――飛鏢であるッッ!!

 

 

 

無論、それを投げたのは烈海王に他ならない。

彼は鬼が後方へ下がった瞬間、上着の裏に隠していた内の一本を素早く取り出し、放ったのだ。

 

そして烈海王の飛鏢術は、これまた一流である。

かつて、死刑囚ドイルと対峙した時にも見せた様に……その狙いは正確無比。

鬼の左目を、ピンポイントに射抜いたのだッ!!

 

 

 

(まずいッ!!

 目の傷自体は再生できる……これ自体は致命傷じゃない。

 だが、一瞬でも目をやられたら……視界を奪われたらッッ!!)

 

 

鬼はすぐに飛鏢を引き抜くが、その表情には焦りの色が明らかに見えていた。

それも当然の事……これぐらいの傷など鬼にとってどうという事はないが、しかし再生には数秒必要になる。

 

 

即ち、その数秒間は視界が働かない。

 

 

左側面に、明確な死角が生じてしまうのだッ……!!

 

 

 

「破ァッ!!」

 

 

 

そして、予想通り……烈海王は来たッ!!

 

鬼の死角たる左側面より、日輪刀―――中国大陸に古くより伝わる柳葉刀スタイル―――を大きく振りかぶってッッ!!

 

 

 

「ッッッ~~~!!

 断たれて、たまるものかァッッ!!」

 

 

 

視認が遅れた為に、烈海王の接近を許してしまった。

この間合いでは、もはや日輪刀を回避する事は叶わない。

 

 

 

だが……それでも、易々とやられはしない。

 

 

相手が鬼狩りである以上……刃で狙うのは、首元以外に無いのだからッッ!!

 

 

 

 

 

 

 

――――――血鬼術『針時雨』ッ!!

 

 

 

 

 

首元へと意識を集中、針を大量に出現させるッッ!!

 

 

無数の針で斬撃の威力を分散させ、受け止め切るッッ!!

 

 

 

 

 

 

―――――ガキィッ!!

 

 

 

 

 

(と……止めたッ……!!)

 

 

 

結果。

烈海王の刃は、ギリギリ首の皮一枚の所でピタリと止まった。

鬼の首元より生じた針の防御壁は、日輪刀の一撃を無事に防ぎ切ったのだ。

 

安堵感から、思わず鬼は笑みを零した。

 

 

 

さあ、これで仕切り直しだッ!

 

飛び道具がある事も把握できた以上、二の舞は演じないッッ!!

 

 

 

 

そう己を鼓舞し、鬼は再度優位となる間合いを作ろうとして……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ッッッッッ!!!!?????

 ~~~~~~~~~アアアアアアァァッッッッ!!!????」

 

 

 

 

 

 

 

その生涯最大級となる、大絶叫を上げたのだった。

 

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

 

――――――烈さんが下弦の陸とやり合った時の話は、知ってるよな?

 

 

 

――――――鬼は基本的に、殴られる事にあまり慣れてねぇんだよ。

 

 

 

――――――あいつ等は「どれだけ傷を負おうとも日輪刀で首さえ断たれなけりゃ大丈夫」って考えてるからな。

 

 

 

 

 

――――――だからこそ、命中部位を首に限定しない胡蝶様の突きは効果的だし、烈さんも敢えて胴体とかを狙うんだ。

 

 

 

――――――極端な話、鍛えてない部分への攻撃だからなぁ……鬼は頑丈だし傷も再生するが、痛覚が無いわけじゃないんだ。

 

 

 

――――――例えば、思いっきり鳩尾を殴って更にその衝撃が内臓まで伝われば、流石に鬼も痛みで怯んじまう。

 

 

 

――――――そう……首を切り落とせる隙が生じるぐらいには、な。

 

 

 

 

――――――もう分かっただろうが、烈さんは今回もそれをやったんだよ。

 

 

 

 

――――――刀が止められた瞬間……鬼の『急所』を蹴り上げたんだ。

 

 

 

――――――え? 鬼の急所は首じゃないかって?

 

 

 

――――――いや、そうじゃなくてな……首じゃなくて、急所だよ急所。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――ほら……鬼とか人とか関係無しに、男なら誰にでもある……金的だよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

 

睾丸とは、ずばり内臓である。

 

 

心臓や肝臓や脳と同様に、人体でも特に弱い部位の一つである。

 

 

しかしながら、これらの臓器は守られている。

 

 

分厚い筋肉や脂肪に、強固な骨に。

 

 

故に、外部からのダメージを防ぐ事が出来ている……しかし。

 

 

睾丸にはそれが無い……ただ、薄皮一枚で包まれているのみだ。

 

 

想像してみてほしい。

 

 

仮に、心臓が身体の外へと薄皮一枚のみで張り出していたなら……それを強打されれば、どうなるか。

 

 

 

 

「アアァァァァァァァッッッッッ!!!!!???」

 

 

 

筆舌に尽くしがたい、例えようのない激痛。

股座から全身を駆け巡っていく、痺れる様な痛みの波。

 

 

こんな体験は、鬼になってからどころか……人であった頃ですら無いッッ!!

 

 

 

(や、やられた……完全にッ……!!)

 

 

 

想定外極まりない攻撃だった。

鬼狩りの狙いは首という思い込みを差し引いても、この一撃は余りに己の隙をつき過ぎていた。

 

 

意識の外だったが為に、防御用の針を生やす事―――男として、股間に針を生やすという絵面的に最悪の光景を、無意識に避けていたのかもしれないが―――が間に合わなかった。

 

まさか、鬼狩りが闘いの最中に金的を実行するなど……誰が想像できようかッッ……!!

 

 

 

 

「ハイィッ!!」

 

 

 

そして、その怯みは致命的だった。

 

 

烈海王は刀を握っていた手を離し、即座に睾丸を蹴り上げた脚を下ろして震脚する。

 

 

 

放つは、全力を込めた掌打ッ!

 

 

その狙いは、鬼の喉元で止まっている己が日輪刀の峰ッッ!!

 

 

 

 

――――――ザシュッ

 

 

 

 

「ァッ……!?」

 

 

 

宛ら楔の様に、刀は掌打によって強く打ち込まれ。

 

 

鬼の首は、完全に断ち切られた。

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

 

(なんて……奴だ……)

 

 

地に落ち、反転した視界で烈海王を捉えながら。

 

鬼は、ただただ彼の力量に驚愕していた。

 

 

(刀、投擲、拳打……多彩な攻撃手段、その全てが磨き抜かれている。

 この領域になるまで……一体どれだけ、鍛錬を積んだのだ……?)

 

 

見事な完敗だった。

 

決定打となった金的攻撃も、卑怯とは言わない……鬼の身故の慢心を突かれた一撃なのだから、悪いのは己の方だ。

 

 

 

(……あぁ……もしあの人がここにいたら、どう言うんだろう……

 俺の不甲斐無さを嘆くか……それとも、この鬼狩りを褒めたたえるかな……)

 

 

 

 

 

 

――――――素晴らしい力量だ……鬼狩りで無いにも関わらず、良くぞここまで鍛えたものだ。

 

 

 

 

――――――お前には、高みを目指す資格がある……どうだ、鬼にならないか?

 

 

 

 

――――――未来永劫、闘い続けようじゃないか‥‥…

 

 

 

 

 

 

 

(すみ、ません……猗窩座さん……)

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

「やれやれ……また、前田さんに迷惑をかけてしまうな」

 

 

右の拳を見つめながら、烈海王は小さくため息をついた。

あの鬼が繰り出した、針拳とのぶつかり合い……打ち勝つ事自体は出来たものの、流石に損傷無しとは言えなかった。

何せ、剣山に勢いよく拳を叩きつけた様なものだ……手袋の所々に、穴が空いてしまった。

流石に、使い続けるのは困難な状態……早急な修復が必要となる。

 

しかし、肝心の烈海王の拳は傷一つ無い……彼自身の技量と、鬼殺隊及び鍛冶師の技術が合わさっての、見事な結果というべきか。

 

 

(……あの鬼の拳、立ち回り……決して悪い物では無かった。

 人間であった頃も、そして鬼となってからも、鍛錬を積んでいたのだろう)

 

 

破損した手袋を見て思うは、倒した鬼の力量。

結果だけを見れば、己の圧勝にこそ終わったものの……筋は悪くなかった。

力任せ・能力任せの闘争ではなく、しっかりと己を磨いているのが見て取れた。

 

 

 

それだけに……残念でならない。

 

 

(……何故、鬼になった?

 更なる力を、高みを求めるのであれば……鬼への変化は、最もあってはならぬ事……それが何故、分からなかったッッ……!!)

 

 

 

烈海王にとって、鬼になる事とは……高みを目指す上で、何よりも忌むべき行動だったが為に。

 

 

 

(この一年で、多くの鬼を見てきた。

 しかし……誰一人として、疑問を抱く者は現れなかった……嘆かわしい事だ)

 

 

 

 

この時、烈海王の鬼殺隊入隊より既に一年が経過していた。

 

彼は様々な任務に当たって、数多くの鬼を倒してきた。

中には、彼をして素晴らしいと思えるだけの武を誇る鬼も存在していた。

 

 

だからこそ……烈海王は、そんな現状を酷く嘆いていた。

 

 

 

何故、彼等は鬼になったのか……鬼の境遇に、疑問を抱こうとしないのかと。

 

 

 

 

 

「烈さん、怪我はないっすか?」

 

「む、後藤さん……ええ。

 ご心配には及びません、私は大丈夫です」

 

 

戦いが終わったのを確認し、隠れていた後藤が姿を現した。

その落ち着いた声色からして、どうやら彼等の方も事無きを得たらしい。

 

 

「あの隊士は、葉月さんが?」

 

「ええ。

 応急処置を済ませてすぐ、最寄りの藤の家紋の屋敷へ運んだっすよ。

 烈さんの鴉も、医者の手配をする様に先に飛んでくれましたし……まあ、怪我の具合を考えると三ヶ月ぐらいは動けないかもしれませんが」

 

 

救助した隊士は、どうにか一命は取り留めた様だ。

自身の鴉も迅速に動いてくれたおかげで、最悪の展開は避けられたらしい。

 

これで残るは、鴉が戻り次第任務完了の報告を本部へ届けてもらうのと、後藤による事後処理。

 

 

 

そして……忘れてはならないことが一つ。

 

 

 

「後藤さん、前田さんは今どちらにいらっしゃるか分かります?」

 

「え、また手袋やっちゃったんすか、烈さん?

 ゲスメ……前田の奴、悲鳴上げちまいますよ……」

 

 

 

ゲスメガネこと前田による、手袋の修繕だ。

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

「ふむ……まさか、前田さんがここに来ていたとはな」

 

 

翌日。

藤の家紋の屋敷にて負傷した隊士の具合―――幸いにも臓器の損傷は軽微で、現場への復帰は可能との事―――を見届け、自身も身体を休めるべく一泊した後。

 

後藤より聞いた前田の現滞在場所へと、足を運んでいた。

 

 

 

 

 

そう……代々の炎柱が構えてきた屋敷『煉獄家』に。

 

 

 

後藤曰く、杏寿郎も自身と同じく任務中に隊服を破損したらしい。

それで―――鍛錬を重ねた事で杏寿郎の筋量増加もあった為、採寸を新たに測る必要もあり―――前田が煉獄家へ出向いたとの事だ。

 

 

 

 

「烈さん、来たかッ!!」

 

 

屋敷前へとやって来た烈海王の姿を見て、軒先より嬉しそうに声を張り上げる者が一人。

言わずもがな、煉獄杏寿郎だ。

彼はすぐさま玄関口を開き、烈海王を招き入れる。

 

 

「すみません、杏寿郎さん。

 急な訪問になってしまいまして」

 

「何の、烈さんならばいつでも歓迎だ。

 さあ、どうぞ上がってくれ」

 

 

あの御前試合以降、二人は打ち解け合っていた。

全力で気分よくぶつかり合った事もあってか、妙に馬が合ったのだ。

御蔭で今や、暇があれば互いに鍛錬に打ち込んだりと、切磋琢磨し合う良き関係になっている。

 

 

 

そしてそれは……彼の家族に対しても、同様だった。

 

 

 

「烈さん、お久しぶりです!」

 

「ああ……よく来てくれたな」

 

 

 

屋敷の奥より、二つの声が近づいてきた。

 

 

一人は、杏寿郎と同じく燃え盛る炎の如き髪色の少年―――彼の弟である、煉獄千寿郎。

 

そしてもう一人が、その父―――煉獄家の大黒柱たる煉獄槇寿郎だ。

 

 

 

 

二人とも、久々となる烈海王の来訪を喜んでいた。

 

杏寿郎と交流を重ねるに連れ、彼等ともまた極めて親しい仲となっていたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

そう……かつての煉獄家を知る者からすれば、それは信じがたい光景であった。

 

 

 

 

優しく親しみやすい千寿郎は兎も角として、あの槇寿郎がここまで友好的に他人と接するなどと。

 

 

 

 

 

 

 

 

事実、一年前―――烈海王と槇寿郎の初対面時では。

 

 

 

 

 

 

両者の出会いは、殴り合いに発展したのだから。

 

 

 

 

 

 




鬼殺隊入りを果たした烈さん。
ドイルや武蔵戦でも見せた中国拳法フル武装形態で、一年間鬼狩りを続けていました。
その結果、あらゆる意味で鬼殺隊では話題となってます。
「歴代で最も多くの武具を扱う鬼狩り」なのは間違いないです。


そして、前書きで述べた「煉獄さん外伝と被った流れ」についてですが……
当初の予定では、この話の冒頭で烈さんは煉獄家を訪ねる事になっていました。

◎そこで槇寿郎と出会い、険悪な流れに。

◎鴉が任務を伝えに来て、烈さんは現場に急行。

◎そこで現れたのは、かつて槇寿郎に遭遇するも辛うじて生き延びていた鬼だった。

◎この任務を通し、煉獄家と烈さんが親しくなる。


こういった流れだったんですが……煉獄さん外伝で出てきた旧下弦の弐と、ダダ被りしてしまいました。
その上、話の途中で致命的な矛盾も発生した為……一から全て作り直し致しました。
おかげで、納得いく形に仕上げられるまでに少々時間がかかってしまいました……大変申し訳ございませんでした。



~大正こそこそ噂話~

・烈さんの武装について。
刀鍛冶の里では複数人の鍛冶師が担当につき、それぞれの武具を完成させている。

◎特注手甲&手袋
純度の高い猩々緋砂鉄で作り上げた手甲と、それが装着されている手袋。
鬼を素手で倒す為、刀鍛冶の里で鍛冶師達と相談して作り上げた珠玉の一品。
特に手袋は、里へと態々ゲスメガネこと前田を呼び出し、隊服の素材をベースに鋼線を編み込んで作らせた。
作成難易度は極めて高かった様だが、それは素材に依るモノ以上に烈さんの注文が原因である。
手触り・重さ・殴った時の感触等による調整を散々繰り返させられ、更にはムキムキの漢の為に手袋を編まねばならぬという事実もあって、前田は心の中で血の涙を流した。
任務で破損させた日には、もう夜通し大絶叫必至である。

◎靴
鬼を蹴り倒す為、靴底及び靴先に猩々緋砂鉄製の鉄板が装着されている。
動きが鈍くならない様に、鉄板自体は薄く軽めにしてある。

◎日輪刀
中国拳法で用いられる、柳葉刀の形状をしている。
ドイル戦よろしく、普段は背中に仕込んで持ち歩いている。

◎九節鞭、棍
こちらも当然、猩々緋砂鉄製。
上着の中に仕込み、必要に応じて使用する。

◎流星錘
中国武術でいう分銅術用の武器。
10M程ある布の先端に猩々緋砂鉄製の分銅が結び付けられており、それを振り回して使う。
岩の呼吸で用いられる様な鉄鎖製の物もあるが、烈さんは取り回しを考えて自身に合った紐製の物を使用している。

◎飛鏢
ドイル滅多刺しに使ったご存知中国拳法式手裏剣。
牽制用として、眼球等を狙うのに使っている。
使い捨ての為、これには猩々緋砂鉄は使用していない……が。
それでは流石に鬼へのダメージが無い為、如何なものかと思い、最近は微量ながらも藤の花の毒を塗る事にした。
尚毒の使用については、自分が認める海王の中にも名高い毒手の使い手がいる為、そこまで抵抗はなかったりする。

◎日課用の砂鉄
後藤さんも口にした『ある日課』に使っている猩々緋砂鉄。
陽光をこれでもかという程吸収した最高級品を、刀鍛冶の里で分けてもらった。
普段は袋に入れて持ち歩いているが、緊急時には武蔵戦で見せた様に、上着を振り回してこれを鬼に飛ばす姿があった。

◎火炎放射
ドイル戦でも見せた烈さんファイヤー。
任務中、その場にたまたま転がっていた純度の高い酒を飲み、鬼目がけて派手に噴射した。



・針鬼。
全身の至るところから針を出現させる異能の鬼。
鬼になったのはつい三ヶ月程前の新参者だが、その才覚と上昇志向の強さからめきめきと実力をつけ、多くの鬼狩りを葬り去ってきた。
人間だった頃は名の知れた武術家だった様で、その腕を見込んだ上弦の参『猗窩座』から血を与えられ、鬼となった。
自身に新たな境地を見せてくれた猗窩座には、心から感謝している。
烈さんについても、彼経由で話を聞いていた。
残念ながら実力及ばず烈さんには敗れたが、もし鍛錬を長く積んでいたら、思わぬ強敵になっていたかもしれない。
恐らくは鬼史上初、金的が決定打で討滅された男。
本人は油断故の結果と認めて消滅したが、もし金的を予想出来ていたならば、股間から針を生やすというビジュアル的には最低の防御法で、烈さんに一矢報いていただろう。

・鬼舞辻無惨。
釜鵺が一般人に倒されたと知った時は、お気に入りの累を除いた下弦全員にパワハラを行おうとしていた。
しかし、擬態先の貿易業社で海王についての話を聞いた事があった為「海外にも異常者がいるのか……所詮は末席の釜鵺だ、仕方ない」と変な納得をし、パワハラは保留した。
だがその後、鬼殺隊入りした烈さんがハイペースで鬼狩りを行ったので「あの中華民国人は、柱同様に最優先で抹殺しろ」と命令を下すに至った。
尚、針鬼は自身のお気に入りである猗窩座が鬼にした存在の為一応気にかけており、烈さん戦では視界共有を行っていたのだが……彼が股間を潰された際には、流石の無惨も悪寒が走ったとか。

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