鬼狩り? 私は一向に構わん!!   作:神心会

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煉獄家との出会いpart2です。
煉獄パパの過去については若干独自の解釈も入っていますが、この人なら奥さんの為に絶対これぐらいはしてる筈と思い書かせていただきました。


今回の話を切欠に、今後、原作からの大きな変化が色々生じ始める事になります。


13 受け継がれる想い

何故、煉獄槇寿郎は努力を否定するのか。

 

 

 

それは、杏寿郎と千寿郎が常々抱いていた疑問だった。

 

 

 

 

 

何故か。

 

何故、努力をしてはいけないのか。

 

才能の有無に関わらず、努力を積み重ねる事の何がいけないのか。

 

 

 

そう尋ねたい気持ちが沸き上がった時は、幾度となくあった。

 

 

 

 

 

だが……二人には、それが出来なかった。

 

 

 

 

父に逆らってはいけないという絶対的観念。

 

実力不足なんじゃないかという自己への疑念。

 

 

 

或いは……自分達を危険な戦いから遠ざける為の、優しさか。

 

 

 

(どういった思いが、父上にあったのか。

 胸中には何が渦巻いているのかと、何度も考えた。

 だが……俺は、怖くて聞く事が出来なかった)

 

 

 

何より、不安だった。

 

 

 

聞けば、いよいよ壊れてしまうのではないかと。

 

父との間に、決定的な確執が生まれるのではないかと。

 

 

 

 

(父上が変わられたのは……母上が亡くなってから、間も無くだった)

 

 

 

 

槇寿郎が変わった切っ掛けは、間違いなく母―――瑠火の死だ。

 

あの日を境目に、槇寿郎はかつての姿を失ってしまった。

 

 

 

だからこそ……聞くわけにはいかなかったのだ。

 

母の死を誰よりも悲しんだのは、父なのだから。

 

 

 

息子である自分達ですら、踏み入れてはならない領域なのだと……そう、線引きをしていたのだ。

 

 

 

 

 

 

(だが……烈さんは、そこに踏み込んだ。

 俺達が聞きたかった真実に……この人は、真っすぐに)

 

 

 

  

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

 

「……何故、お前に話さねばならない。

 これは俺達煉獄家の問題だ……部外者が口を出すな」

 

 

心底不機嫌そうに、槇寿郎は烈海王へと吐き捨てた。

何故、今日会ったばかりの部外者に、いきなり家の事情を話さなければならないのかと。

 

馬鹿馬鹿しいにも程がある。

誰が話すものかと、そう無視を決め込もうとしたのだが……

 

 

「否……槇寿郎さん、貴方は先程こう言った。

 『鬼殺隊の歴史を何も知らない者に、何が分かる』と……事は煉獄家だけの問題ではない筈だ」

 

 

しかし、烈海王はそれを真っ向から否定した。

その根拠は、先程の激昂―――彼が殴りかかってきた時の言葉にあった。

彼は確かに、こう言ったのだ。

 

 

 

 

――――――お前に……お前に、何が分かるッッ!!

 

 

――――――部外者がッ……鬼殺隊の歴史を何も知らない、貴様がァッ!!

 

 

 

鬼の様な形相で放たれた怒号。

即ちそれは、槇寿郎の強い感情の顕れ―――嘘偽りない本音という事だ。

 

烈海王とて、人の家の事情に土足で踏み入るような非礼を働くつもりは一切ない。

これが煉獄家だけの問題だったならば、素直に引くつもりだった。

 

 

だが……槇寿郎の言葉から察するに、事は彼等の家だけに留まらない可能性がある。

鬼殺隊の歴史に関わっている―――それも、恐らくはかなり深いレベルで―――何かが、根源にある。

 

 

「鬼殺隊は……輝哉さんは、手厚く私を迎え入れてくれた。

 故に私は、その恩に応じ報いたい……鬼殺隊の為、出来る事があるのならば是非とも協力する次第です。

 だからこそ……お願いします、槇寿郎さん。

 どうか、話してはいただけませんか?」

 

 

受けた恩義は必ず返す。

鬼殺隊の為、出来る事があるならば協力は惜しまない。

そして今、目の前には隊の運営に関わるかもしれない案件が転がっている。

ならば、放っておくわけにはいかないのだ。

頭を深々と下げ、事情の説明を頼み込む。

 

無論烈海王とて、これが槇寿郎にとって深きトラウマだろう事は、百も承知だ。

踏み込めば、彼の心に新たな傷をつけるかもしれない。

その躊躇が全く無かったのかと言われれば、嘘になる。

 

 

 

 

だが……それ以上に、今のままでは杏寿郎と千寿郎が報われない。

 

只管に直向きに努力をし続けている人間に、救いはあって然るべきだ。

 

 

 

 

そして、その救いを与えられるのは……唯一、父親だけだ。

 

 

 

 

「ッ…………」

 

 

 

だが、槇寿郎は口を開こうとはしなかった。

バツが悪いという表情のまま……無言で、烈海王から視線を逸らしていた。

図星を突かれ、言葉には表現出来ぬ複雑な感情を抱えているのだろう。

 

 

さて、こうなるとどうしたものか。

これ以上は自分が言った所で、彼が口を開くとは思いにくい。

寧ろ頑なになり、余計に状況は悪くなるだろう。

 

 

 

 

どうやってこの沈黙を打破すべきかと、烈海王は頭を悩ませるが……

 

 

 

 

 

 

「……父上、私からもお願いします」

 

 

 

 

 

それを打ち破ったのは……千寿郎であった。

 

 

  

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

 

「千寿郎、お前……」

 

 

杏寿郎は、そして槇寿郎も驚きを隠せないでいた。

 

 

 

今まで、父に対して決して強く出る事が無かった―――出来なかった千寿郎が、強く進言をしてきた事に。

 

曇りなく真っすぐな眼光で、父を強く見つめている事に。

 

 

 

「烈さんは、私達の事を案じてくれています。

 真っすぐに、真摯に向き合ってくれています。

 ここまではっきりと言ってくれた方は、他にいませんでしたッ……!」

 

 

同僚の柱も、敬愛する産屋敷の者達でさえも。

荒れ果てた槇寿郎に対し、ここまで真正面からぶつかって来る者は一人もいなかった。

 

 

 

柱達は、その多忙さや先輩である槇寿郎を立てての遠慮―――事実、比較的煉獄家と親しい甘露寺や伊黒は、煉獄家に対する恩義故に言い出しにくそうにしていた―――か……或いは、既に彼を見放してか。

 

 

産屋敷家もまた、迂闊に動けぬ立場や身体の問題―――或いは、それは己以外が果たすべき役目と判断してか―――があってか。

 

 

 

 

それを烈海王は、初めて向き合ってくれたのだ。

 

父を殴り飛ばすという非常識な行動なれど……否、だからこそ千寿郎の胸に彼の想いは響いたのだ。

 

 

 

 

漢として……一歩前に進む勇気を、与えられたのだ。

 

 

 

「……俺からもお願いします、父上!

 どうか、お話を聞かせてくださいッ!!」

 

 

そんな千寿郎の姿に感化され、杏寿郎もまた強く具申した。

ここで退いてしまえば、一生残る後悔となる。

親子の蟠りを解ける、何よりもの機会なのだ。

 

 

 

「父上ッッ!!」

 

 

 

あの頃の……優しく強かった、かつての父に戻ってもらう為に。

 

 

 

 

 

 

「……杏寿郎、千寿郎」

 

 

 

そして……そんな二人の強い思いが、無事に届いたのか。

 

 

 

 

「何故、炎の呼吸を『ひ』の呼吸と呼んではならぬのか……考えた事はあるか?」

 

 

 

 

槇寿郎は、観念したかの様に……ポツリポツリと、語り始めたのであった。

 

 

  

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

 

「日の呼吸……はじまりの剣士……」

 

 

 

槇寿郎より語られたのは、烈海王達の想像を遥かに超える話であった。

 

 

 

 

今より数年前―――まだ、煉獄瑠火が存命であったある日の事だった。

 

槇寿郎は家の蔵より、ある一冊の手記を見つけ出した……見つけ出してしまった。

 

 

かつての炎柱が綴った……はじまりの剣士についての記録を。

 

 

 

「そうだ……炎も、水も、雷も、岩も、風も。

 基本の五大呼吸ですら全て、日の呼吸の派生……劣化品に過ぎんのだ」

 

 

 

 

はじまりの剣士―――その名を、継国縁壱。

 

驚異的な身体能力を持ち、更にはそれを限界以上に引き出せる技法―――はじまりの呼吸を生まれつき身に着けていたという、恐るべき天才。

 

 

 

その呼吸法は、日輪が如く鬼に極めて有効な威力を生む事より、『日の呼吸』と名付けられた。

 

当時の鬼殺隊は、この呼吸を身に着けるべく努力したのだが……残念な事に、物に出来た剣士は皆無だった。

適性の問題か、或いは肉体への負担か……様々な要因から、習得まで辿り着けた者は誰一人としていなかったのだ。

 

 

唯一可能性を期待されていた、縁壱の実兄ですら……日の呼吸を身に着ける事は、叶わなかったという。

 

 

 

 

(……突然変異としか思えない、他を超越する驚異的な存在。

 生まれつき、人理の外にある漢……か)

 

 

烈海王の脳裏に過ったのは、地上最強の生物―――範馬勇次郎。

 

 

そう……継国縁壱は、範馬勇次郎と同じなのだ。

 

絶対的強者として世に生まれ出た、イレギュラー中のイレギュラー。

他の追随を決して許さない、恐るべき超越者。

その誕生を切っ掛けに、取り巻く環境の全てが劇的に変化した。

 

よもや戦国の世に、あの勇次郎の同類がいようとは思ってもみなかった。

 

 

尤も……性格面に関しては、真逆といってもいいぐらいに対照的なのだが。

 

 

 

「故にはじまりの剣士は、己が呼吸法をその者に適した形に変えて伝授させていった。

 無事に、誰しもが扱える様にと……そうして、次々に派生の呼吸が誕生した。

 それこそが、全集中の呼吸のはじまりだ……たった一人で鬼殺隊を劇的に変えてみせた、恐るべき男だ」

 

 

非の打ち所がない人格者にして、最強の実力者。

誰しもが、彼ならばという期待を寄せていた。

 

 

 

「だが……そんなはじまりの剣士ですら、鬼舞辻無惨を倒せなかったッッ!!」

 

 

 

しかし。

 

そんなはじまりの剣士でさえ、日の呼吸でさえ……鬼舞辻無惨を倒す事は叶わなかったのだ。

 

 

 

 

手記によれば、縁壱と鬼舞辻無惨が遭遇したのは全くの偶然であったという。

縁壱は相手が鬼の首魁であると本能的に悟り、即座に全霊の剣技を叩き込んだ。

 

結果、その肉体には深い傷を負わせ、首も切断したかの様に思われたが……

 

 

 

それでも尚、鬼舞辻無惨は死ななかった。

 

あろう事か、首切りの弱点を克服していたのだ。

 

 

 

一つの肉体に対し、脳を五つと心臓を七つ宿すという、人外魔境の極致を以てッ……!!

 

 

 

「……鬼舞辻無惨は、全身を無数の肉片に爆散させることで逃げた。

 はじまりの剣士には、真っ向からでは勝てないと判断してだ……その後、奴は二度とはじまりの剣士の前に現れなかった」

 

 

 

それでも、縁壱の力は脅威的と見たのだろう。

もう一度同じ攻撃を受ければ、命は無いと踏み……鬼舞辻無惨は、肉体を敢えて自爆させる奇策で逃げ延びたのだ。

 

そして、無惨は二度と縁壱の前に現れなかった。

彼の寿命が尽きるまで、ただ只管に待つ事で……勝ちを取りに行ったのだ。

 

 

 

「ふっ……最強と言われたはじまりの剣士ですら、鬼舞辻無惨には勝てずに終わったんだぞ?

 日の呼吸をもってしても、奴を倒す事は叶わなかった……なら、その劣化である呼吸が勝てる道理なんて、どこにもないッ……!!」

 

 

手記を残したかつての炎柱……そして手記を読んだ槇寿郎は、この事実に絶望する他なかった。

自分達より遥か上を行く超人が、敵わなかった相手……それに、どう立ち向かえというのか。

 

勝ちの目なんて……どこにも、全く見えない。

 

 

 

「……もしや、父上。

 父上がその手記を読んだ時期は、母上の……?」

 

 

そこまで聞いて、杏寿郎はある事実に気が付いた。

先程も思い返したように、父が明確に変化したのは母の死から間も無くだった。

 

 

だとしたら……彼がこの手記を読んだタイミングは、その前後しかあり得ない。

 

 

 

 

 

「……そうだッ!!

 俺がこの手記を見つけ出したのも、元々は瑠火の治療に役立つ物が無いかと探しての事だったッッ!!

 日に日に、病で弱りゆく瑠火を……何としてでも、助けたいと思っていたのにッッ……!!」

 

 

 

この日一番となる叫びを上げ、槇寿郎が拳を強く床に叩きつけた。

 

 

 

「柱から癸まで、知り得る限りの隊員全てに助力を請いたッッ!!

 藤の家紋の家にも、片っ端から頭を下げ名医を探してもらったッッ!!!

 お館様にさえも、無礼を承知で頼み込んだッッッ!!!!

 なのにッ……なのにッッ!!」

 

 

恥もプライドも捨てて、槇寿郎は駆け回った。

最愛の妻を救う為……その為ならば、全てを失っても構わない程の覚悟であった。

 

 

 

しかし……その努力は、何一つとして報われなかった。

 

瑠火は、闘病の末に命を落とした……槇寿郎は、愛した妻を救えなかったのだ。

 

 

 

「烈海王ッ……お前に、俺の無力さが分かるかッッ!!??

 瑠火を救えなかった、この無念がッッッ!!!

 どれだけ努力をしても、実る事が無いと……己の力の無さを、絶望的なまでに突き付けられた……この、悔しさがッッ!!!」

 

 

 

妻を救えなかった、己が力不足。

 

そこに追い打ちをかけるかの様に知らされた、はじまりの剣士の存在。

 

お前は無力であると、そう宣告されたも同然であった。

 

 

 

「お前に……お前に、分かるかァッ!!」

 

 

 

槇寿郎の心を折るには、十分過ぎた。

 

 

幾ら努力をしようとも、所詮は無駄な足掻きであると……そう絶望させ全てを諦めさせるには、十分過ぎたのだ。

 

 

 

 

  

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

 

「ッ……父上……!!」

 

 

父の悲痛な叫びを耳にし、杏寿郎と千寿郎もまた、いたたまれない気持ちとなった。

 

ここまで、父が感情を剥き出しにした―――その眼に涙すらも浮かべて声を荒げる姿は、初めてだった。

だが、その理由は痛い程に分かる……絶望するのも無理はない話だ。

 

誰よりも大切な者を守ろうと努力し、しかし手が届かなかった。

その者を想う心が、強ければ強い程に……襲い来る絶望は、より深いものとなる。

 

 

一体、父はどれだけ辛い思いをしたのだろうか……その胸中は、察するに余りある。

 

 

 

 

 

「……槇寿郎さん、ありがとうございます。

 辛く悲しい思い出に他ならないでしょうに……よく話してくれました」

 

 

 

 

烈海王は、静かに目を閉じ槇寿郎へと頭を下げた。

自らが促したとはいえ、彼にとっては口にするのも嫌な思い出だったに違いない。

それでも尚、自分や息子達の為に話してくれた事には……勇気を出してくれた事には、感謝せねばなるまい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しかし。

 

 

 

 

 

 

「……ですが、槇寿郎さん。

 敢えて言わせていただきたい……」

 

 

 

 

しかし。

 

烈海王には、どうしても告げねばならぬ言葉があったのだ。

 

 

 

 

 

「貴方以上の無力さを……無念を抱えた人間が、まだ他にいるッ……!!

 それを、貴方は分かっていないッ……!!」

 

 

 

 

 

 

煉獄槇寿郎が抱える以上に……辛く、悔しい思いをした者が他にいると。

 

 

 

 

  

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

 

「ッッ!!!!!」

 

 

 

その言葉を聞いた瞬間、槇寿郎は弾けた様に飛び出した。

 

烈海王の胸倉へと強く掴みかかり、今にも射殺さんばかりの眼光を彼へと向ける。

 

 

 

「どういう……どういう意味だ、貴様ァッ!!」

 

 

今日この日まで、一体どれだけの無力さを抱えて生きてきたか。

悔しさで、全てをぶち壊したい程の衝動に駆られた時が一体何度あった事か。

 

 

だというのに……自分はまだ、分かっていないだと?

 

 

 

馬鹿にしているのかッ!

 

嘲笑っているのかッッ!!

 

 

 

返答によっては、生かして帰さぬという気持ちすら沸き上がっていた。

それ程までに、槇寿郎の心は強く煮え滾っていたのだが……

 

 

 

 

 

烈海王の返答は、決して槇寿郎を悪し様にいうものでは無かった。

 

 

 

 

「……そのままの意味だ。

 はじまりの剣士を以てしても、鬼舞辻無惨を倒せなかった。

 その事実に、絶望を覚えたというのなら……継国縁壱本人は、どれだけ無念だったと思うッッ!!!」

 

「ッッ……!?」

 

 

 

 

 

そう……悔しい思いをしたのは、槇寿郎だけではない。

 

鬼の首魁を追い詰めておきながら、倒す事叶わず……敵の勝ち逃げで終わらされてしまった、継国縁壱とて同じなのだと。

 

 

 

「継国縁壱の無念……誰よりも、自身こそが気を病んだに違いない。

 鬼殺隊にとっての悲願を成就させるまで、後一歩だったというのに……目の前で、それが潰えたのだ。

 そして、己の失敗により鬼舞辻無惨はその姿を隠す事になってしまった……その悔しさこそ、如何程のものか想像がつかない」

 

 

 

倒すと決めた相手を、倒す事が出来ず。

剰え、それが原因で二度と戦う事が叶わなくなってしまった……武に生きる人間からすれば、これ以上の悔しさは無いだろう。

 

 

 

 

 

しかし……だからこそ、継国縁壱は話したのだ。

 

 

 

「だが、槇寿郎さん……継国縁壱は、それでも諦めなかったに違いない。

 鬼舞辻無惨が、己の前に二度と現れないというのなら……後世に、それを託そうと願った筈だ。

 だからこそ、貴方の先祖に仔細を話し手記を残してもらったのではないか?」

 

「ッ……!!」

 

 

 

自分にはもう、鬼舞辻無惨の打倒は叶わない。

ならば、己が亡き後にこそと……その為に、視た全てを伝えたのではないか。

 

 

絶望を残したかったのではない。

 

寧ろ、その逆……希望を繋げる為に……!!

 

 

 

(……そう、だ……あの手記には……)

 

 

 

思い当たる節があった。

 

かつて、継国縁壱は兄に問いかけられたと言う。

 

 

 

――――――我々の呼吸の後継は、未だ見つからない……お前はどうするつもりだ?

 

 

 

その問いに対し、縁壱はこう答えたという。

 

 

 

 

 

――――――私達はそれ程、大層なものではない……長い長い人の歴史のほんの一欠片。

 

 

 

――――――私達の才覚を凌ぐ者が、今この瞬間にも産声を上げている。

 

 

 

――――――彼等がまた、同じ場所まで辿り着くだろう……何の心配もいらぬ。

 

 

 

――――――私達は、いつでも安心して人生の幕を引けば良い。

 

 

 

 

 

 

後に続く者達がきっと己と同じ境地に辿りつく……そして乗り越えていくだろうと、そう笑っていたのだ。

 

 

 

 

「……はじまりの剣士は、俺達に託した……?

 無惨を倒す手がかりとして……俺達なら、きっと出来ると……?」

 

「そうです……武とは、先人から受け継いだ技術の積み重ねから成る。

 代を重ね、全集中の呼吸は当時よりも磨きがかかっているに違いない……!」

 

 

中国拳法の歴史とてそうだ。

かつては無理無謀と言われた数多くの技術も、年月を重ねる事で研鑽されていき、可能と成った。

だからこそ、今の己が武を烈海王は誇り……嘲笑う相手には、こういうのだ。

 

 

 

お前は、中国拳法を舐めた……と。

 

 

 

「それに……正直な所、今までの話は私にとっても少々耳が痛かった。

 全ては劣化品、派生に過ぎぬ……ふふっ。

 実は……以前は私自身も、それを口にしていたのですよ」

 

 

思い出すだけでも、苦笑せざるを得ない。

かつての地下最大トーナメントでついつい放ってしまった、あの言葉。

 

 

 

「そこは中国拳法が、二千年前に通過した所だ……とね」

 

 

 

日本の空手をはじめとする、数多くの武術。

それらは所詮、中国拳法から派生した亜種に過ぎない……大本たる中国拳法には、遠く及ばないと。

 

正しく、先程まで槇寿郎が口にしていた事そのものじゃないか。

刃牙に敗れ、また愚地克巳達との出会いもあり、今はもうその考えを改めた訳だが……何とも、不思議な縁もあったものだ。

 

 

 

「しかし……そうしたら、私に敗れた漢の一人がこう言ったんですよ。

 『だったら、中国拳法からパクればいいじゃないか』とね……呆れた物の、しかし大した漢だと感心しました。

 そして、今や彼は私を凌駕しうるだけの拳士に成長している」

 

 

今となっては掛け替えの無い友となった、空手家―――愚地克巳。

彼は、空手が中国拳法の派生に過ぎぬと聞かされても、絶望するどころか……中国拳法から学び、空手を更に進化させた。

烈海王の想像を遥かに超え、武を発展させたのだ。

 

 

 

「杏寿郎さん……確か甘露寺さんは、一時貴方に師事していたと耳にしました。

 つまり、彼女の呼吸は炎の呼吸の派生という事になりますが……恋の呼吸は、炎に劣るものですか?」

 

「否、そんな事は無いぞッ!!

 寧ろ、俺の方が勉強させてもらう機会も多いぐらいだ……彼女は、実に大した剣士だッ!!」

 

 

烈海王の言葉を、杏寿郎は笑顔で即座に否定する。

基本の五大呼吸から派生した呼吸の使い手は、数多く存在している。

そしてその使い手は、誰もが皆素晴らしい剣士達なのだ……決して、五大呼吸に劣るものではない。

 

 

 

 

そう、派生とは決して劣化に非ず。

 

寧ろ、その者に適した形への進化―――謂わば洗練なのだ。

 

 

 

日の呼吸が優れているのは、確かに事実かもしれない。

 

しかし……だからと言って派生の呼吸が劣ると、誰が決めたのだ?

 

 

 

 

否……そんな事は、誰にも決める権利などないッッ!!

 

 

 

 

「そして……槇寿郎さん。

 先程、貴方以上に悔しい思いをしている方が他にもいると言った件ですが……継国縁壱以外にも、もう一人います。

 それは、貴方の奥様です」

 

「ッ……!!」

 

 

続けて、烈海王は槇寿郎へと言い放った。

今において、最も悔しい思いをしているのは一体誰であるか……それは、煉獄瑠火に違いないと。

 

 

 

「貴方は煉獄家の当主として、立派な剣士として在られた……だからこそ、見初められたに違いない。

 そして……己の為に奔走してくれた貴方を、誇りに思い愛してくれたに違いありません。

 それがこうも堕落していては、奥様も嘆かれるに違いない……どうか、立ち上がってください」

 

 

 

 

 

誰よりも自分の為に努力をしてくれた夫がいる。

それはきっと、彼女にとって何よりも幸福な事だった筈だ。

 

だというのに……その夫がこの有様では、悔しいことこの上ないだろう。

彼女を真に思うならば……無力を嘆くのではなく、立ち上がるべきなのだ。

 

 

 

 

 

 

 

「今、この鬼殺隊で日の呼吸を誰よりも知っているのは、貴方なのです……ならば、貴方こそが全集中の呼吸をより高みへと近づけられるッ!! 

 我が友の言葉を、そのまま言わせてもらうならば……日の呼吸が大本ならば、寧ろそこから盗めばいいッッ!!

 槇寿郎さん……貴方だからこそ、出来る事があるんですッッ!!」

 

 

 

  

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……本当に……最後の一言は、相当効いたよ」

 

 

空を見上げ、あの日の事を思う。

 

 

 

 

――――――己だからこそ出来る事があるのだから、妻の為に奮起すべきだ。

 

 

 

妻を誰よりも大切に思っていた槇寿郎にとって……烈海王が最後に放った言葉は、生涯耳にしたどんなモノよりも心に響いていた。

 

ズタズタになっていた自分に、再び立ち上がらせる力を与える程に。

 

 

 

「ははっ……あの時は私も、少し熱くなりすぎてました。

 まだまだ未熟です……すみませんでした」

 

「いやいや、烈さんが謝る必要はない。

 あの時、烈さんに出会えてなかったなら……私はまだ、酒浸りで自堕落なままだっただろう」

 

 

 

あの日、烈海王の声を聞いた後。

槇寿郎は黙って自室へと踵を返し、そのまま一日中籠りきりになった。

 

己の声は、ただ彼を追い詰めただけなのか……立ち上がらせる事は叶わなかったのか。

 

 

 

そう、烈海王も流石に後悔したのだが……しかし、翌日。

 

 

 

そのまま煉獄家に一泊した烈海王が、起床一番に目にしたのは……庭先にて一心不乱に木刀を振るい、汗水を流す槇寿郎の姿であった。

烈海王の言葉は、しかと彼に届いていたのだ。

 

 

「槇寿郎さん、今からでも現役復帰できるのではないですか?」

 

「ふふっ……そう言ってもらえるのは嬉しいが、生憎ながら私は今の立場が気に入ってるよ」

 

 

それからというものの、槇寿郎は一転して極めて活動的な姿を見せていた。

 

 

まずは杏寿郎に対し、炎の呼吸に対して書物だけでは伝わりにくい点があるだろうとして、失った日々を取り戻すかの様に稽古を頻繁に実施。

千寿郎にも同様に、指導―――未だ呼吸こそ使えぬものの、ならば烈さんを参考にすればいいと中国拳法式の鍛錬も取り入れ―――を行い始めている。

 

 

そして、一度再燃した情熱は留まるところを知らず……遂に現在は、育手として多くの剣士を指導する様になったのだ。

炎の呼吸の総本山たる煉獄家、その家長が直々に育成を始めたという事で、彼の元には非常に多くの剣士が集まっている。

厳しいながらも熱心に教育してくれるという事で、彼を慕う者は数多い。

 

ちなみに今日は、烈海王の来客予定を鎹鴉から伝えられた為、教え子達には一日休養を取る様にと言いつけている。

 

 

「日の呼吸に関してはどうですか?」

 

「千寿郎のおかげで、手記の修復は殆ど終えられた。

 今月の末には、鱗滝殿や桑島殿をはじめとする各地の有力な育手へと、情報提供を行えるだろう」

 

 

また、槇寿郎が荒れた原因であり、同時に立ち直らせる切っ掛けにもなった、煉獄家の手記だが……実は烈海王の訪問より数日前に、槇寿郎がページの大半を破り捨ててしまっていたのだ。

怒りのあまりつい衝動的にやってしまったと、槇寿郎はこの事を烈海王や息子達に深く謝罪した。

 

 

 

 

――――――でしたら、私が手記を直します!

 

 

 

 

そこで動いたのが、千寿郎だった……彼は、手記の修復役を買って出たのだ。

かつての炎柱が遺してくれた、はじまりの剣士についての大切な情報……それを消す訳にはいかないと、力を尽くし取り組んでくれた。

 

その甲斐あって、先日にほぼ修復は完了した。

現在はその中から、日の呼吸についての情報を抜粋・纏める作業に入っている。

恐らく近日中には、各地の有力且つ信頼のおける育手へと、日の呼吸についての情報を流せるだろう。

 

 

 

烈海王が語ってくれた様に……源流たる日の呼吸を理解する事で、各呼吸を更なる高みへと導かんが為に。

 

 

 

 

  

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

 

「ふぅ……御馳走様でした」

 

 

日もすっかり暮れた、晩飯時の頃。

烈海王は、煉獄家の面々と共に食卓を囲み夕餉をいただいていた。

杏寿郎の好物であるさつま芋をふんだんに使った、千寿郎の得意料理だ。

 

 

「千寿郎さん、料理の腕を上げましたね……流石です。

 良い食事は日々の活力を生み、肉体を作ってくれる……しかし、折角槇寿郎さんもお休みを取れたというのに、杏寿郎さんがいないのだけは残念ですね」

 

「あの子も炎柱だ、こればかりはな」

 

 

残念な事に、杏寿郎は今この屋敷にはいない。

つい三時間程前―――隊服の新調を終えて間も無く、鎹鴉が任務を伝えに来たからだ。

鬼殺隊として、鬼狩りの使命は何よりも優先すべき事。

すぐさま、杏寿郎は屋敷を発ち現地へ向かったのである。

 

烈海王としては、彼に着いて行きたい気持ちもあったものの……その間に自身へ指令が来ては対処できないとして、やや心苦しい物のこれを見送った。

 

 

尚、杏寿郎の隊服を仕上げた後にすぐ手袋の修繕へと取り掛かったゲスメガネこと前田は、手袋が修繕完了した直後に精根尽き果てぶっ倒れ、奥の部屋で現在休んでいる。

 

 

 

「さて、と……槇寿郎さん、千寿郎さん。

 もしよろしければ、修復した手記を私にも読ませていただけますか?

 はじまりの剣士について、改めて知っておきたいのです」

 

「ええ、勿論です。

 すぐにお持ちしますので、少々お待ちください」

 

 

食器を下げ、烈海王は二人に手記の閲覧が出来るかと尋ねた。

内容については凡そ槇寿郎から聞いているものの、やはり細部まで目を通しておきたい。

勿論、煉獄家にもこれを断る理由はない。

 

すぐさま千寿郎は、部屋より手記を持って来ようと席を立ち……

 

 

 

 

 

 

 

 

「申し訳ない、烈さん。

 はじまりの剣士については、我々としても知りたいところではありますが……後日、改めてにさせていただきたい」

 

 

 

 

 

 

それを、遮る声が響いた。

 

 

 

 

 

 

 

「ッッ!!??」

 

 

咄嗟に、烈海王と槇寿郎は声の方向へと構えを取った。

いきなり聞こえてきた、今現在屋敷にいる誰とも異なる謎の声。

 

一体、何者かと注視すると……

 

 

 

 

 

「鎹鴉……いや、だがこの鴉は……?」

 

 

 

 

そこにいたのは、一羽の鎹鴉であった。

 

しかし、烈海王や隊員達が連れている鴉と比較して、体躯が一回りは大きい。

また、その首元にも他の鴉には無い装飾―――太い綱飾りが巻かれている。

そして何より……それが鎹鴉だとは思えない程に、声が透き通っていたのだ。

 

他の鴉とは、明らかに一線を画していた。

 

 

 

 

「……烈さん、この鎹鴉は……産屋敷家直属の使いだ」

 

 

 

その正体について、槇寿郎が答えた。

 

産屋敷家専属の鎹鴉。

成程、それならば他の鴉と違うのも十分納得がいく。

 

 

そして、理解と同時に……瞬時にして、家中の空気が張り詰めた。

 

単なる連絡事項だけならば、一般の鎹鴉を飛ばせば十分に事足りる筈だ。

 

 

 

 

 

つまり、これは……産屋敷家からの、火急の知らせに他ならない。

 

 

 

 

「槇寿郎殿、しばらくですね……お二人とも、察しが早くて助かります。

 烈さん、貴方に大至急頼みたい事があります。

 隠を一人、そちらへと車で向かわせていますので……どうか、到着次第すぐに乗車していただきたい」

 

「車を……それ程急ぐとなれば、余程の事でしょうが……一体、何が?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「行き先は浅草です。

 ある隊士が、潜伏中の鬼舞辻無惨と遭遇を果たしました」

 

 




パパ「所詮、我々の呼吸は全て日の呼吸の劣化に過ぎん!」
烈さん「古今東西の格闘技は、中国拳法の派生に過ぎない……そう思っていた時期が、私にもありました」

パパ「はじまりの剣士ですら無惨に勝てず、妻も救えなかった……俺の無念が分かるか!?」
烈さん「一番悔しいのは無惨を倒せなかった本人だろうし、堕落した貴方を見ている奥さんの方がもっと無念だろう」



煉獄パパさん、烈さんに優しく諭される……と見せかけて割と容赦なく叱咤されるも、おかげで立ち直る話となりました。

原作では煉獄さんの死が切っ掛けでしたが、当作では烈さんの男気に感化された煉獄兄弟及び烈さんとの会話を得て、かつての炎柱が無事復活しました。
公式で愛妻家という設定のパパさんなので「今の貴方を奥さんはどう思うか」と言われれば、必ず立ち上がるだろうと思い、この様な展開にさせていただきました。

そしてパパさんの奮起により、炎の呼吸の剣士が増量され鬼殺隊の戦力増強。
何より、キーアイテムである手記の修復が大幅に前倒しされる結果となりました。
これに伴って、本来辿るべきだったストーリーとは大きく異なる点が幾らか今後生じ始めますが、何卒ご了承くださいませ。




~大正こそこそ噂話~

◎煉獄家以外の人達と、烈さんの関係について。


・蝶屋敷の面々。
烈さんは一年前から変わらず蝶屋敷預かりの身の為、しのぶをはじめ屋敷の面々とは割と付き合いが長く関係も良好。
三人娘や葵達には薬膳料理のレシピを教え、療養時における食生活の質が大幅に改善された。
尚、機能回復訓練の手伝いを烈さんが引き受ける時が偶にあるのだが、隊士からは恐怖の訓練として恐れられている。
カナヲに関しては、実は彼女がこっそり呼吸の訓練をしていた事を見抜いたのだが、感情を表さない彼女が初めて己の意思を見せた事実に感嘆し、選別を突破できるようにと特訓に付き合った。
彼女が最終選別を突破した際は流石にしのぶと一悶着あったが、話し合いの末に無事カナヲの入隊を認めさせた。

・音柱
烈さんがやる事為す事あまりにド派手なため、相当気に行っている。
また烈さんも、宇随さんの忍びとしての技術は大したものだと認めており、嫁さん三人には中華料理のレシピを伝えたりと関係は極めて良好。
最近、烈さんから「胸部に爆薬を仕込んだ死刑囚がいた」という話を聞き、何か閃いた模様。

・霞柱
話す機会も特になく、同僚程度の認識。
しかし、極めて高い実力の持ち主だとはお互いに思っている。
また、烈さんは時透の記憶障害等に関する事情は把握済み。

・風柱
相変わらずの態度ながらも、烈さんの実力自体は評価しており、鬼狩りの成果も凄まじいので若干認識は改めている。
彼が特級の稀血である事は既に把握済み。

・水柱
コミュ障が災いし、烈さんと遭遇しても話が中々発展しない。
しかし、烈さんに対して何やら思う点がある様子。
また、烈さんも花山薫という口数の少ない友人がいる経験からか、彼が何かしら抱えているのではないかと薄々感じ始めている。

・蛇柱
風と同様、相変わらずのネチネチ対応……と、外から見る者には思われがちだが。
実のところ、内心では柱の中では一番烈さんに対する評価が変化している。
自らを救ってくれた先代炎柱=煉獄パパを立ち直らせてくれた事に、強い恩義を感じている為である。
また烈さんは、煉獄パパ経由で彼の過去をある程度把握している。

・岩柱
互いに実力を認め合い、一緒に鍛錬をする機会を設けたりもしている。
二人並んで仲良く、岩を押したり丸太を担いだり滝行に挑んだりした。
最近は任務の都合で会う機会が減っているが、どうやら岩柱は烈さんに何か相談したい事がある模様。

・恋柱
関係は変わらず良好。
烈さんが料理上手と聞いて、蝶屋敷へとレシピを教わりに行っている。
蛇柱にはそれでやや睨まれそうになるものの、上述した通り恩義も感じているので、原作の炭治郎程はきつい当たりじゃない。



・後藤さん
何の因果か、烈さんと組まされることが多い。
最初は柱と同格である烈さんに戦々恐々していたが、話してみると割と礼儀正しく接してくれるため、今では割と良好な関係を築けている。






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