鬼狩り? 私は一向に構わん!!   作:神心会

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烈さん、浅草へ行くの巻。

今回の話は、原作でも恐らく似た様な事があったのではないかと想像して執筆いたしました。
寧ろこれで動いていなかったのなら、産屋敷家は何やってんだという話になってしまいますので……


14 遭遇

 

 

 

 

 

 

鬼舞辻無惨。

 

 

 

 

全ての鬼を統べるはじまりの存在にして、鬼殺隊最大の怨敵。

 

 

 

その力は、配下の如何なる鬼をも隔絶する領域―――精鋭である十二鬼月すら遠く及ばない―――と噂されている。

 

 

 

 

 

 

 

 

しかし……実際のところ、その実力を知る鬼狩りは現在皆無である。

 

 

 

 

 

 

 

鬼舞辻無惨は、己に繋がる情報を徹底的に秘匿し尽くしているからだ。

 

 

 

配下の鬼は、その名を口にしただけで命を奪われる『呪い』を掛けられている徹底ぶり。

 

彼自身が前線に立つ事は―――はじまりの剣士に敗れる前には、多少ありはしたらしいが―――まずありえない。

 

 

 

故に、鬼殺隊は数百年かけても尚、鬼舞辻無惨を討伐できずにいた。

 

 

 

 

 

 

(その首魁が……ここにきて、尻尾を見せたッ……!!)

 

 

 

 

 

つまり今こそは、二度とないであろう千載一遇の好機。

 

決して、このチャンスを無駄にしてはならないと……激しく揺れ動く車両の中で、烈海王はそう強く息を呑んだ。

 

 

 

「烈さん、そろそろ着きますッ!!

 奴の……鬼舞辻の潜伏先にッッ!!!」

 

 

車を運転する隠―――後藤もまた、その思いは同じであった。

 

鬼殺隊最大の悲願を、今こそ果たす為に。

全身全霊を込めて―――もし警察の目に留まれば、罰則待った無しのレベルなのも気に留めず―――アクセルペダルを踏み込んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

目指すは、鬼舞辻無惨の潜伏地―――帝都浅草。

 

 

 

 

 

 

  

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 

「鬼舞辻が浅草にッ……!?

 それは本当なのですかッッ!!」

 

 

遡る事、三十分程前。

産屋敷家からの遣いが発した言葉に、その場の誰もが驚愕し声を上げた。

鬼舞辻無惨と接触を果たした……それが事実ならば、まさしく値千金。

快挙と言うほかにない収穫だ。

 

 

 

しかし……ならば、その隊士はどうやって鬼舞辻無惨を発見したのか?

 

また、その相手が鬼舞辻無惨であるとどうして断言できたのだろうか?

 

 

 

歴代の柱ですら、成しえなかった功績……それを成したのは、如何様な技か?

 

 

 

「ええ……発見したのは、癸の竈門炭治郎隊士です。

 彼の鎹鴉より報告がありました。

 つい先日、最終選別を突破したばかりの新入隊士ですが……彼は独自の武器として、極めて優れた嗅覚を持っています」

 

「「「ッ……!!」」」

 

 

優れた嗅覚を持つ隊士。

その言葉だけで、この場にいる三人全員が全てを悟った。

 

 

 

何故ならば、元水柱―――鱗滝左近次の存在があったからだ。

 

烈海王と千寿郎には直接の面識こそないものの、槇寿郎より彼についてはこう聞いている。

 

 

 

 

人並外れた嗅覚を持ち……臭いにより、鬼の所在を突き止める事が可能であると。

 

 

 

 

 

「鱗滝殿曰く、鬼が発する臭いは人間と異なる特有のモノであり……強い鬼程、臭いもまた強くなるとの事だ。

 ならば、鬼舞辻本人が相手であれば……」

 

「この者こそがと断定するには、十分過ぎる証拠になるでしょうね」

 

 

成程、納得がいった。

一切の情報を得られずにいた相手をどう見つけたかと思ったが、そういう事情であったか。

 

 

 

 

しかし、そうなると……問題は、現状がどうなっているかだ。

 

 

 

「今、浅草は……鬼舞辻とその隊士は?」

 

 

鬼舞辻無惨が発見できたのは喜ばしいが、状況次第ではまずい事になる。

浅草といえば、東京でも特に発展目覚ましい都会だ。

夜のこの時間帯でも、相当数の人が街に溢れている。

 

 

 

 

 

そんな中で、もし鬼舞辻無惨が行動を起こせば?

 

 

 

己を文字通り嗅ぎ付けた隊士を始末する為、力を発揮したとしたら?

 

 

 

 

(正しく災害そのものッ……!

 しかも鬼舞辻は、相手が無力な存在であろうが関係ないッッ……!!)

 

 

同じく災害に例えるなら、言わずと知れた範馬勇次郎の存在がある。

しかし……地上最強の生物としての矜持か。

勇次郎は、己に立ち向かう者や興味を示した猛者にこそ容赦はせぬものの、決して無関係の観客を襲おうとはしなかった。

 

対して、鬼舞辻無惨は外道そのもの。

非力な婦女子も無力な赤子も、この鬼の前では関係無い……平然とした顔で、殺し食らう悪鬼なのだ。

 

 

 

最悪の場合、浅草中にいる人間を片っ端から眷属にすることすら……躊躇なくやりかねないだろう。

 

ただ、己一人が生き延びる為だけにッッ……!!

 

 

 

 

「……残念な事に、既に犠牲者が出ています。

 鬼舞辻無惨は、竈門隊士を足止めするべく……民間人を一人、鬼に変えました」

 

「そんなッ……!?」

 

 

そして、その予想は的中していた。

鬼舞辻無惨は、逃走経路を確保する為に無関係の人間を手にかけていたのだ。

この報告に、千寿郎は大きく目を見開き絶句……槇寿郎と烈海王も、苦い面持ちをするしかなかった。

 

 

 

 

非道の極み……それを平然と行える精神の、何とドス黒い事かッッ……!!

 

 

 

 

「……だが、犠牲者が一人だけという事は……その隊士はまだ無事なのですか?」

 

 

ここまで話を聞いて、槇寿郎はふと気が付いた。

犠牲者は二人ではなく一人だけ……そして、足止めという言葉からして鬼舞辻本人はその場を逃走している筈。

つまり、功労者である竈門隊士は無事で済んでいるのかと。

 

 

「ええ、その通りです。

 幸いな事に、竈門隊士も鬼にされた方も、ある人物の手助けがあってその場から離れられていますが……槇寿郎殿。

 貴方がこの場にいらっしゃるのは、もしかすると運命なのかもしれませんね」 

 

 

 

 

その問いを、産屋敷家の鴉ははっきり肯定し……そして同時に、槇寿郎へと含みのある言葉を投げかけた。

 

彼がここにいて、烈海王と共にあるのは……紛れもない『運命』であると。

 

 

 

 

 

しかし、そう言いたくなるのも無理はない……この二文字が、これ程までにあう状況等、早々無いだろうから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……竈門隊士達を助けたのは、貴方達もその名をよく知っている人です。

 かつてはじまりの剣士が助けたという、この世で初めて鬼舞辻無惨の呪いを解いた鬼。

 煉獄家の手記にも記されていた女性……珠世さんです」

 

 

  

 

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

「……本当に……とんでもなさすぎますよ、烈さん。

 急展開過ぎて、震えが止まらないッッ……!!」

 

 

沸き上がって来る衝動と身体の震えを抑えつつ、後藤はハンドルを強く握りしめた。

彼は烈海王を浅草へと連れて行く都合上、産屋敷家の鎹鴉より仔細を聞いていたのだが……その途端に、全身の血液が沸騰したかの様な錯覚すら覚えた。

 

 

 

 

鬼舞辻無惨の発見。

 

はじまりの剣士と面識を持つ、鬼舞辻無惨からの離反者―――珠世の出現。

 

 

 

 

 

 

そして……竈門炭治郎という隊士。

 

 

 

 

 

「私とて同じ思いです、後藤さん。

 竈門炭治郎……継国縁壱と同じく、額に痣を持ち……花札の耳飾りを身に着けた剣士ッッ……!!」

 

 

 

彼の存在は、ある意味では鬼舞辻無惨の発見以上に衝撃的なものであった。

鴉からの報告によれば、その容姿は継国縁壱と極めて酷似している。

 

 

 

 

 

それだけならば、偶然の一致と片づけられたかもしれないが……しかしッッ!!

 

  

 

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

 

――――――烈さん、これは次の柱合会議で皆にも話す予定なのですが……貴方には先立ってお伝えいたします。

 

 

 

――――――竈門炭治郎は、鬼となった妹……竈門禰豆子を連れて、鬼狩りに臨んでいます。

 

 

 

――――――ええ……我々が黙認しているのは、つまりそういう事です。

 

 

 

――――――竈門禰豆子は、珠世さんと同じく鬼舞辻の呪いを克服した鬼であり……鬼と化してからの二年間、ただの一度も人を食らった事がありません。

 

 

 

 

――――――そう……貴方が心より望んでいた鬼ですよ、烈さん。

 

 

 

 

――――――はじまりの剣士に酷似した姿を持つ隊士……そしてその妹は、鬼でありながらもそれに抗っている。

 

 

 

――――――そんな彼等が、鬼舞辻と遭遇した……これは天運ではないかと、感じずにはいられません。

  

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

 

(徳川さんの言葉を借りるならば……これぞ正に、シンクロニシティッ……!!)

 

 

 

 

 

シンクロニシティ。

心理学者ユングの提唱した「意味のある偶然の一致」を指し示す造語だ。

 

また、あの徳川光成はこうも例えた。

一見無関係に隔絶された物質や生物、果ては思想までもが……地球規模で、一斉に連動・変化を果たす現象だと。

 

 

 

 

凍らせようが熱しようが絶対に結晶化せぬ液体であったニトログリセリンが、ある日を境に世界各地で結晶化を開始した様にッ!!

 

最凶の名を欲しいままにし、敗北を知りたいと願った世界各地の死刑囚達が一斉に脱走を果たした様にッッ!!

 

 

 

 

 

正しく今……竈門炭治郎を中心に、鬼殺隊を取り巻く環境のすべてが一気に変容しつつあるッッ!!!

 

 

 

(ならば、私もこの役目は確実に果たさねばならぬ。

 忌まわしき鬼の首魁を、打ち取る為にッッ!!)

  

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

 

「竈門隊士達については、珠世さんには悪いですがしばしお任せしようと思います。

 なので、烈さん……貴方にお願いしたいのは、鬼舞辻の潜伏していた屋敷への潜入です。

 任務の性質上、出来る事なら宇随に動いてほしかったのですが……残念ながら、彼は別件ですぐには駆け付けられません」

 

 

 

烈海王に課せられし使命。

それは、竈門炭治郎への救援でも無ければ鬼舞辻無惨への追撃でも無く。

本来ならば忍びたる宇随こそが最適解である、潜入任務であった。

彼が別件で動けず、また急を要する任でもある為にすぐ動ける烈海王へと白羽の矢が立ったのだ。

 

 

 

「……成程、鬼舞辻無惨を確実に釣り上げる為ですね?」

 

「そうです。

 素早いご理解、感謝いたします」

 

 

烈海王は、その意をすぐに察した。

これは、鬼舞辻無惨を同じ土俵に立たせる為の謂わば『釣り』だ。

 

 

思い返すは、一年前の柱合会議。

産屋敷耀哉より告げられた問いに対し、烈海王はこう答えていた。

 

 

 

 

 

 

――――――中国大陸に鬼は存在しておらず、つまり鬼舞辻無惨の手は国外に伸びてはいない。

 

 

 

 

 

鬼舞辻無惨は鬼殺隊に追われるリスクを背負ってまで、この国内に留まる必要があった。

数百年にも及んで鬼を生み出し続けるに至った、何かしらの目的があるのだ。

 

 

 

 

 

なら……もしそれを、知る事が出来たならば?

 

 

 

 

 

「恐らく鬼舞辻は、今回の一件でより用心深くなるでしょう。

 竈門隊士の嗅覚に対しても、確実に対策を立ててきます……そうなれば、発見はより困難になる。

 最悪の場合、百年単位で身を隠されるかもしれません。

 しかし、もし奴の探しているモノの正体を掴めたならば」

 

「それを餌に待ち伏せ、迎え撃つ事が出来るッ……!!」

 

 

鬼舞辻無惨の目的を突き止める事は即ち、鬼舞辻無惨の迎撃に繋がる。

何せ、配下に呪いを掛けて隷属を強いる程に誰も信用していない鬼舞辻の事だ。

重要な目的を前にすれば、他者に任せたりは決してしない……確実に己自ら足を運ぶだろう。

 

 

 

 

その時こそが、打倒最大の契機。

 

 

待ち伏せ全力を以て、これを叩き伏せるッッ!!

 

 

 

 

「鬼舞辻の潜伏先は、国内でも大手の貿易商でした。

 物資は勿論情報の流入も多々ある、打ってつけの隠れ蓑でしょうが……早ければ今日にでも、奴は去るでしょう。

 そして同時に、己に繋がる痕跡も消し去る筈……そうなる前に、烈さんには回収をお願いしたいのです。

 状況次第では過酷となるかもしれませんが……何卒、よろしくお願いいたします」

 

 

 

鬼殺隊に身を寄せて早一年。

この一年間の中でも、最も重要な任務だ。

これを果たせるか否かで、鬼殺隊の今後が大きく変わるに違いないだろう。

 

しかし、危険度も段違いだ。

何せ乗り込むのは、仮初とは謂えども鬼の本拠地。

ともすれば、十二鬼月の上弦……それどころか鬼舞辻無惨本人との交戦もあり得る。

だが隠密任務という以上は、下手に同行者をつける訳にもいかない……動きを悟られては本末転倒なのだ。

 

 

産屋敷家の鴉が言うとおり、過酷な状況になるかもしれない。

 

 

 

 

 

 

されど……烈海王の答えは、端から決まっている。

 

 

 

 

 

「勿論です……全力を以て、当たらせていただきます。

 過酷は大いに結構……私は一向に構いませんッ!!」

 

 

 

 

 

 

一向に構わぬとッッ!!

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

 

「よし……後藤さん、貴方は待機をお願いします。

 ここからは、私一人で行きます」

 

 

そして、車を走らせる事三十分。

烈海王と後藤は、無事に目的地たる浅草へと到着したのだった。

人口が密集している都市部は避け、極力人目につかない地点へ車を停める。

下手に感づかれない為にも、ここからは徒歩で鬼舞辻の潜伏先へと向かわねばならない。

 

 

 

「分かりました……気をつけてください、烈さん。

 何かあったら、すぐ鴉をお願いしますね……蝶屋敷から頂いてきた薬とか包帯とか、滅茶苦茶積んでますから」

 

「ええ、その時は宜しくお願いします。

 ではッ……!!」

 

 

 

後藤からの言葉を受けた後、烈海王は全力で駆け出した。

 

ここからは時間との勝負だ。

鬼舞辻無惨が擬態先の屋敷へ帰参するより早く、潜り込まねばならない。

産屋敷家の鴉から報告を受けたのが三十分程前……ならば竈門炭治郎が鬼舞辻を発見してからの経過時間は、恐らく一時間程度。

 

 

聞けば鬼舞辻は、擬態先の家族―――貿易商社に潜り込む為、愛情皆無に口説き落としたのであろう妻と娘―――と共に浅草を歩いていたらしい。

 

 

家族を連れ立っている以上、幾ら鬼殺隊に発見されたと言えどもすぐに踵を返す事は無いだろう。

まして竈門炭治郎との遭遇直後には、鬼化してしまった男性を巡り警察が出てきて、ちょっとした騒ぎが起きたと聞く。

 

慎重かつ臆病な鬼舞辻の事だ……そんな状況下でいきなり屋敷に戻ろうと言い出せば、返って怪しまれると判断しているに違いない。

故にしばらくは、自分は何の関係も無いという態度で堂々と家族団らんを過ごす筈。

その後に、仕事の用事があるから等と適当な所で切り出して妻と子を離し、それからようやく鬼として動き出すだろう。

 

 

 

(鬼殺隊を散々翻弄してきた性格が、この場に限っては有利に働く……何とも皮肉な……)

 

 

 

故に、一時間というのはギリギリ間に合うであろうタイミングなのだ。

贅沢を言えば、鎹鴉を通じて鬼舞辻の動きをリアルタイムで追えたら良かったのだが……流石に、鴉の存在を気取られるリスクの方が高すぎた。

そこで予想外の動きを取られるくらいならば、敢えて監視を付けない方がまだ安全と言えるだろう。

 

 

 

「ここかッ……!!」

 

 

そして、走る事数分。

烈海王は無事、鬼舞辻無惨の潜伏先たる屋敷―――月彦邸へと辿り着いた。

流石は国内屈指の貿易商というべきか、敷地面積は中々に大きい……正しく富豪の住まう家だ。

加えて屋敷全体は高い塀で覆われ、唯一の出入り口たる正門には警備員―――勿論鬼では無く、鬼舞辻の事情を何も知らぬ人間である―――が立っている。

恐らくは内部にも、複数の使用人がいるに違いない。

 

 

成程、セキュリティ対策は良く出来ている……が。

 

 

 

(問題は無い……この程度ならッ!!)

 

 

烈海王にとって、障害と呼べるレベルには成りえなかった。

監視カメラや赤外線センサーといったハイテク機器が跋扈する現代社会と比べれば、どうという事は無い。

警備員の装備及び練度とて同じだ。

 

 

 

 

そう……かつて、米軍の監視下に置かれたピクルと接触を果たすべく基地内へと侵入した時よりも、遥かに容易ッ!!

 

 

 

「フッ……!」

 

 

懐より流星錘を取り出し、塀より外部へとはみ出している木の枝目掛け投擲。

しっかりと絡みつかせると、強く握りしめ塀を蹴り跳躍。

特に問題も無く、敷地内への着地を無事に果たす。

周囲に人の気配も無ければ、気づかれた様子も無し……当然だろう。

正門に警備員を置いているが、それ故にこそ他への気配りは薄くなる。

屋敷内への侵入も、これならば容易だ。

 

 

(……よし、鍵はかかっていない……ここから入れる)

 

 

誰もいない部屋を見つけると同時に窓に触れ、施錠されていないことを確認。

物音を立てぬ様、静かに開いて潜入を果たす。

小綺麗且つ人形や絵本の類が飾られているのを見るに、どうやら子供の部屋だった様だ。

流石に、ここに何かを隠すという事はあり得ないだろう。

 

 

(となると、やはり目指すは鬼舞辻の私室だが……ここが子どもの部屋となれば、そう遠くもない筈。

 だが、使用人との鉢合わせもあり得る以上、馬鹿正直に廊下を行く訳にはいかんな……ならば)

 

 

天井を見上げ、繋ぎ目らしき箇所を確認。

そこ目がけて跳躍し、強く掌で押すと……予想通り、外す事が出来た。

丁度、人が一人通れるだけのスペースだ。

これで屋根裏を伝って、鬼舞辻の私室を探る事が出来る……すぐさま二度目の跳躍を行い、内部へと入り込んだ。

 

 

 

 

(部屋の様子を見るに、まだ子供は帰ってきていない。

 ならば鬼舞辻も、同様に屋敷外の筈……好機ッ……!!)

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

(見つけた……ここかっ!!)

 

 

屋根裏より、屋敷を探る事数分後。

幾つかの部屋を天井より覗き見……遂に烈海王は、ここぞと思わしき部屋を発見した。

 

 

 

観葉植物や絵画等、高級なインテリア―――植物を活けてある壺は、少々独特な感じもあるのだが―――が飾られた室内。

 

貴重品類が厳重保管されているであろう、大きな鉄の金庫。

 

ビジネスに関する様々な書物―――商売柄だろうか、植物図鑑や医学書らしき物がやや多い気もする―――が陳列されている本棚。

 

万年筆とインク類の一式が置かれている、如何にもといった具合の広々としたデスク。

 

 

 

間違いない。

ここが鬼舞辻無惨の私室だ。

だとしたら、やはり怪しいのは金庫だろう。

仮に家族や使用人が入ったとしても、あの中身を確認する事はまず不可能だ。

 

 

(問題は無い……あの程度の厚みならば)

 

 

しかし、烈海王にとっては恐るるに足らず。

この程度の鉄製金庫は、拳で容易く破壊可能だ。

もし企業書類等も一緒に入っていた場合は、隠れ蓑の貿易商社には申し訳ないが―――いざとなれば産屋敷家が損失を補填するだろう―――中の物をいただいて行こう。

 

 

そうと決まれば、迅速に動くべし。

天井を外して、速やかに室内へと降り立つ……

 

 

 

 

 

 

そう判断した、直後の事であった。

 

 

 

 

 

 

―――――――ベベンッ。

 

 

 

 

 

突如として……部屋の中心部より、琵琶の音が鳴り響いたのは。

 

 

 

(何ッ!!??)

 

 

烈海王は驚愕で目を見開き、思わず身体を強張らせてしまった。

一体、今の音は何なのだ?

琵琶の音色が響くような要素など、何一つ見受けられない……その筈なのにッ!

 

 

(馬鹿なッ……!?

 この部屋から、人の気配は全く感じられなかったッ……!!)

 

 

聞き間違い?

否、確かに音はハッキリと聞こえたッ!

 

蓄音機やラジオの類?

否、音色は機械越しではあり得ぬレベルの鮮明さだったッ!!

 

 

 

この部屋には……確実に、何かがあるッッッ!!!

 

 

 

 

(……血鬼術ッ!?

 まさか、だとしたらッッッ!!!)

 

 

 

すぐさま烈海王は、琵琶の音を血鬼術と判断。

あり得ぬ現象が引き起こされた以上、考えられるモノはそれしかないが故に。

 

 

 

 

そして……ここは、あの鬼舞辻無惨の私室―――鬼にとっての最重要拠点だ。

 

 

そんな場所で血鬼術が使われた……使う者がいるとすれば、それはッッ……!!!

 

 

 

 

 

(ッッ……!?

 空間に、襖ッ……!!)

 

 

更に次の瞬間、烈海王は信じ難い光景を目にした。

音色の発生源たる部屋の中心部―――その何もない筈の空間が、微かに光ったかと思うと。

いつの間にか、二枚の『襖』がそこに立てられていたのだ。

 

 

 

目を離さず観察していたというのにッ……!

 

僅かに、まばたきを一度するかしないかの瞬間に……それは、現れていたッッ……!!

 

 

 

 

 

 

 

そして……その襖が静かに開きッッッ……!!!

 

 

 

 

(ッッッ!!??)

 

 

 

襖の奥より……一人の男が、突如として現れたのだ。

 

 

 

 

紳士然とした、モダンな服装。

 

長身且つ―――やや肌の色白さは気になるものの―――整った容姿。

 

その面持ちは、心なしか産屋敷耀哉と似ている様にも感じられる。

 

 

 

 

一目見た瞬間、烈海王は即座に理解した。

 

ピクルやウィルバー・ボルト達との初対面時と同じ……見ただけで伝わってくる力。

 

肌にピリピリと伝わって来る鋭敏な感覚、全身に迸った震え、額より流れ出た汗。

 

 

 

疑う余地が何処にあろうか……間違いなく、この男こそがッッ!!

 

 

 

(鬼舞辻……無惨ッッッ!!!)

 

 

 

 

忌むべき鬼の首魁……鬼舞辻無惨であるとッッッ!!!

 

 

 

 

「破ァッッ!!!」

 

 

理解したその刹那……烈海王は一切の躊躇いを見せずに天井を蹴破った。

 

もしこの場に後藤が立ち会っていたならば、卒倒する他なかっただろう。

鬼舞辻に気づかれてはならないという潜入任務の根本を、真っ向から否定する蛮行なのだから。

 

 

 

 

しかし……その実、烈海王の取った行動は理に適ってもいた。

 

 

 

そもそもこの任務の目的は、鬼舞辻無惨が己に繋がる痕跡を消し去る前に持ち帰る事。

それが正しく今、目の前で消し去られようとしているのだから……阻止に入るのは当然の事。

 

 

 

またここで重要になるのは、鬼舞辻が生存に特化した最強の鬼という事実。

あらゆる鬼を凌駕する圧倒的な実力を持った上に、その力の全てを『己が生き延びる』目的のみに向けている事だ。

 

烈海王も親しい合気の達人渋川剛気は、かつてこう語っている。

 

 

――――――真の護身の境地とは、即ち危険に近寄らない事である。

 

 

――――――故に……余りにも強すぎる敵と戦おうとする場合、潜在意識のレベルで肉体がこれを阻止しようとする。

 

 

かつてジャック・ハンマーとの試合に臨む直前、渋川は巨大且つ強固な門の幻影を見た。

これより先に進んではならない、進めば無事では済まぬ危険が待ち受けていると……彼の潜在意識が警告をしたのだ。

 

 

 

鬼舞辻無惨はずば抜けた危機察知力を有している……つまり、性質こそ異なれど渋川と同等に護身完成の極致にいる。

故に、烈海王の気配を察知し隠れ潜んでいる場所を看破する可能性が大いにあったのだ。

それも恐らくは、1分にも満たない僅かな時間の内にだろう。

そうなれば、全てが水泡に帰す最悪の展開だ。

 

 

 

 

だが……気づかれる前にその姿を出せたならばッッ!!

 

 

 

 

「な……何ィッ!!??」

 

 

 

当然、鬼舞辻無惨は困惑せざるを得ないッ!!

 

私室の天井より、いきなり闖入者が現れたッ……ましてそれが、柱と同格で抹殺対象に挙げていた漢とあればッッ!!

 

驚かない訳がないッッ!!

 

 

 

不意打ちが……見事、成立するッッッ!!

 

 

 

「鬼舞辻……無惨ッッッ!!!」

 

 

 

そして……何より。

 

鬼殺隊にとっては勿論のこと……烈海王にとっても、最たる怨敵が目の前に現れたのだ。

 

誰よりも許してはならない、恨み骨髄の相手を目の前にして。

 

 

 

 

肉体の奥底より湧きたつ衝動を……拳雄烈海王が抑え込むのは、到底不可能ッッッ!!!

 

 

 

 

 

 

――――――ドゴォッッ!!!!

 

 

 

 

 

 

烈海王渾身の一撃が……鬼舞辻無惨の胴体を、捉えたッ!!

 

 

 




Q:そういえばお館様って、炭治郎と無惨の接触とか珠世さんの事とかどうやって知ってたの?
A:炭治郎についていた鎹鴉が、仔細報告してた以外に無いと思います。


烈さん、無惨邸へと単身潜入任務に入りました。
これについては、原作での描写こそ無かったものの「無惨の潜伏先が判明した時点でお館様が絶対に動いている筈」と解釈しています。
それを元に、今回の話を作らせていただきました。

作中でも述べた様に本来なら宇髄さんが適役の任務ではありましたが、柱合会議の際に無惨と炭治郎の遭遇を知らなかった=状況的に命じる事が出来なかったという事で、代わりに動けそうな烈さんに白羽の矢が立ちました。

そのおかげで、原作主人公との出会いよりも早く、ラスボスとの出会いを無事に果たすことが出来たようです。



Q:どうして、烈さんに潜入任務を任せたの?
A:入隊に当たって「戦うだけが柱の任務じゃねぇ、何がお前に出来るんだァ?」と風柱に問われた為、隠密もある程度可能だと烈さん自身が話した為です。
  実際、ピクル収容基地への潜入という実績もありましたので良いPRになると思ったみたいです。

Q:煉獄パパさんはお留守番?
A:烈さんに滅茶苦茶着いていきたかった様ですが、流石に潜入任務となると足を引っ張りかねないと思って辞退しました。

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