鬼狩り? 私は一向に構わん!!   作:神心会

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烈海王vs鬼舞辻無惨。

開戦です。


15 鬼舞辻無惨

 

 

「ありがとう、杏寿郎……よく報告してくれたね」

 

 

 

 

およそ半年前の柱合会議にて。

 

産屋敷家に集まった柱と烈海王―――柱と同格の立場という事で、特例として参加を認められている―――は、その報告に息を呑んだ。

 

 

 

煉獄家に保管されていた、はじまりの剣士について記されていた手記。

 

それがこの度発見され、鬼殺隊にとっても有益となりうる内容だと杏寿郎より伝えられた。

 

 

 

日の呼吸、継国縁壱、継国巌勝、珠世。

 

 

いずれもが、驚嘆に値するモノばかりであったが……特に、皆の意識を引いた情報が一つ。

 

 

 

「首を斬り落としても死なず……肉体の中枢たる脳が五つと心臓が七つ。

 しかもそれらは一定の位置に留まらず、体内を流動している……か」

 

 

継国縁壱が対峙し確認したという、鬼舞辻無惨の肉体についてだ。

並の鬼とは比べ物にならぬ耐久力と再生力を持ちえる事は、当然予測していたが……まさか首切りの弱点を克服していようとは。

そして、その異常な肉体を支えている源は、複数個の脳及び心臓ときた。

 

確かに鬼の中には、腕や足を複数本生やしたり肉体を獣や蟲等に変化させられる者もいた。

だが、人体の中枢を司る複雑な臓器を多量に生み出せる程には至らなかった……文字通り、次元が違う。

 

 

 

「首を斬り落としても倒せねぇのなら、派手に拘束して日の出まで粘るか……」

 

 

 

故に、鬼舞辻無惨を倒す方法は限られてくる。

 

まず一つ目が、全ての鬼に共通する弱点―――陽光を浴びせる事だ。

如何に屈強な肉体を持てども、鬼である以上日の光から逃れる術はない。

 

しかし……それを鬼舞辻無惨相手に実行するのが如何に困難であるかは、言うまでもないだろう。

柱全員は勿論、同格の烈海王や、しのぶの継子であるカナヲを筆頭とした柱に匹敵する実力者達を揃えても尚、まだ足りぬかというレベルだ。

いや、そもそもそれ以前の話として……そんな最善の状況を簡単に作れるわけがない。

いざ鬼舞辻を捕捉できたとしても、向こうは確実に十二鬼月を差し向けてくるだろう……どうあっても、戦力の分散は避けられない。

 

 

 

「……毒だな」

 

 

そこで考えうる二つ目の方法が、しのぶが用いる藤の花から抽出した毒だ。

日の出を待たずして鬼舞辻無惨を滅する可能性がある攻撃手段。

どうにかその体内に打ち込む事が出来ればと、期待せずには居られないが……

 

 

「ええ……しかし皆さんも知ってのとおり、上位の鬼程毒の分解・吸収能力は高い傾向にあります。

 鬼舞辻本人ともなれば、余程強力な毒を開発して打ち込まなければならないでしょうね」

 

 

この方法の問題点は、鬼舞辻無惨の解毒能力の高さだ。

しのぶ自身も何度か経験してきたが、上位の鬼が持つ毒への耐性は厄介なものだ。

並の鬼ならば即座に滅するだけの威力を以ってしても、奴等は即座に分解してしまう。

故に彼女も、新たな毒の開発や複数の毒の掛け合わせといった対抗策を次々に生み出してはいるのだが……鬼舞辻に打ち込むならば、余程の物が必要になる。

 

しかも厄介なのは、この毒を試せる相手が居ないという点だ。

何せ鬼達は、戦って得られた情報を鬼舞辻無惨と共有―――と言っても、鬼舞辻側からの一方通行が殆どだが―――している。

対無惨戦用に試作をしたとしても、他の鬼にそれを使ってしまえば……その時点で、鬼舞辻無惨は毒に対する対抗手段を得てしまう。

つまりしのぶは、鬼舞辻無惨に効果を発揮できるであろう猛毒を一度もテストせずに、ぶっつけ本番で使わなければならないのだ。

 

陽光とはまた別の意味で、困難極まる苦行……せめて、鬼の身体に詳しい協力者でも居てくれれば話は別なのだが。

 

 

 

「そうなると、やはり狙いどころは体内の臓器しかねェなァ……」

 

「うむ、はじまりの剣士もそれで鬼舞辻を追い込んだのだ。

 奴の弱点がそこであることは、疑いようがないだろう!」

 

 

そうなれば、必然的に残る方法は一つ。

はじまりの剣士と同じく、鬼舞辻無惨の持つ全ての臓器を一度に損傷せしめる事だ。

首切りを克服したのが複数の脳と心臓によるものならば、それを破壊すればいい……単純な話である。

実際、鬼舞辻無惨はそれで命の危険を察し、自爆と言う最終手段を選択せざるを得なかったのだから。

 

 

「そうは言うが、簡単な事じゃないだろう?

 定位置に定まらず、体内を常に流動する脳と心臓を断つとなるなら……その位置をどう察すればいい?」

 

 

しかし、当然この方法も簡単ではない。

小芭内が指摘する通り、鬼舞辻の体内にある臓器の位置を正確に把握しなければならないのだ。

そんな芸当が可能なのは、聴力によって戦う悲鳴嶼ぐらいなものだろう。

 

 

「煉獄さんの手記によれば、継国縁壱には生物の肉体が『透けて』視えていたとの事です。

 修練の果てに会得した身技という事なのでしょうが……」

 

「ふむ……呼吸により、感覚を鋭敏化させているのだろうか……?」

 

 

人体を透かし、筋の構造や臓器の脈動を視る。

継国縁壱はそんな常人離れした視界を持ち、それによって対戦相手の明確な弱点を把握することが出来たらしい。

無茶苦茶にも程がある、流石にそれは無いだろうと、柱達ですらも懐疑的になってしまった話だ。

 

 

 

 

だが……唯一、烈海王だけはその現象に心当たりがあった。

 

 

 

それは、宮本武蔵との死闘を実現させるべく徳川光成を訪ねた日のことであった。

彼はアメリカから戻ってきた烈海王へと、不在の間に日本で起きた様々な事を話してくれた。

 

範馬親子の壮絶な親子喧嘩、宮本武蔵と愚地独歩の会合、花山薫の勇次郎への挑戦。

数多くの出来事があった様だが……その内の一つに、こんなものがあった。

 

 

 

光成自身が気づかないでいた病―――癌の存在に、勇次郎は一目見ただけで気がついた。

まるで、人体が『透けて』見えていなければ出来ぬ芸当である……と。

 

 

 

(範馬勇次郎は、闘争に特化した人生を歩み続け……いつしか、人間の弱点というものが自然と視えるようになった。

 文字通り、肉体が透けて視えるようになったのではなかろうか……?)

 

 

この現象を、烈海王はそう解釈し……事実、それは正解であった。

 

範馬勇次郎は闘争を繰り返していく内に、その視界までも成長し……やがて、手に入れたのである。

 

高性能のレントゲンを、精密に造られた聴診器を、熟練の外科医をも遥かに凌駕する弱点発見能力を。

 

 

 

 

継国縁壱と同じ視界――――――透き通る世界を。

 

 

 

 

尤も、勇次郎自身はその発露を幸か不幸か―――恐らくは、相手の弱点が分かってしまうが故に闘争をすぐ終わらせられてしまうため―――と感じていた様だが。

 

 

 

「……詳細は分かりませんが、しかし鬼ではなく人の身で可能な芸当には違いないでしょう。

 継国縁壱が鬼舞辻無惨を斬れた事が、そのまま証明になっています」

 

「なら結局、地道に修練を重ねるしか無ぇって結論になるが……そうも言ってられねぇのが現状だ。

 何かしら他の手で、鬼舞辻の脳と心臓を派手に破壊出来るようにする必要があるぜ?」

 

 

透き通る世界の発現は、そう簡単な事ではなく……その間に鬼舞辻と遭遇してしまえば、どうしようもなくなる。

故に今は、現実的に可能な手段を模索するほか無い。

 

体内を動き回る臓器を、同時に攻撃するにはどうするか。

手っ取り早いのは、天元の様な広範囲爆撃で肉体の大部分を吹き飛ばすか。

或いは、杏寿郎の奥義―――玖の型の様な、一度に広い面積を抉り取れる一撃を繰り出すか。

 

 

 

「……アレ?

 ちょっと待って、相手の体内に攻撃を入れる……?」

 

 

そこまで考えて、ふと蜜璃が何かに気づいた。

 

 

敵の体内―――臓腑への攻撃というワード。

 

 

 

 

 

「あッッ……!!!」

 

 

 

 

次の瞬間、全員が気づき……一斉に視線を向けた。

 

 

 

 

 

 

そう、ここに居るではないか。

 

 

強固な鬼の皮膚を貫通し、その体内へと威力を届かせる事が可能な……拳打を放てる男がッッッ!!!

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

 

(ずっと、疑問に思っていた……鬼の脳についてだ)

 

 

この一年、鬼狩りとして幾多の鬼と闘い続ける中で。

烈海王には、ある疑問と推測が出来上がっていた。

 

 

 

それは、鬼との初遭遇―――下弦の陸『釜鵺』との戦闘時だ。

 

烈海王は釜鵺に対し、頭部へと連続して三発もの廻し蹴りを叩き込んだ。

結果、釜鵺は確かにダメージを受けた様ではあったが……しかし、その脳は一切揺れていなかった。

相手が人間だったならば、眩暈や平衡感覚のズレ……更に行けば脳震盪を引き起こす程の衝撃だったにも関わらずだ。

 

これを烈海王は、鬼特有の再生能力に基くモノと判断―――事実、鬼は常に瞳が潤い瞬きをする必要すらない程に、肉体構造の超常化が徹底されている―――した。

 

 

しかし。

アレから、鬼との交戦経験を多く重ね……その認識は、実は誤りだったのではないかと思う様になったのだ。

 

その証拠が、鬼の体内―――臓腑に衝撃を届かせた時の反応だ。

打撃慣れしていない事もあるのだろうが、殆どの鬼達が苦痛で顔を歪めて隙を晒してきた。

睾丸への一撃を打ち込んだ際には、悶絶する者も少なくなかった。

 

 

つまり……鬼に対する臓器への攻撃が有効である中で、脳だけが揺れずダメージを受けないのは、少しおかしくないかと感じ始めたのだ。

 

そこで烈海王は、これまでの戦いの記憶を振り返り……ある結論に至った。

たった一人だけ……鬼と同じく、頭部への集中攻撃を受けながらも一切脳が揺れずにいた漢がいたのだ。

 

 

鬼とは違うが、人間ともまた絶妙に異なる骨格の持ち主―――原人ピクルだ。

彼の頸椎は、四足歩行獣……特に猛牛の類に近い太さを有していた。

その頑強さ故に脳はしっかりと支えられ、頭部に打撃を受けようとも揺れる事は無かった。

 

 

ならば、鬼もまた同じではないだろうか?

強き鬼であればある程、首を切り落とされぬ様に頸椎を固く強化している。

だから、頭部に攻撃を集中させても脳が揺れなかったのだ。

 

 

 

 

 

それに対し、目の前の男―――鬼舞辻無惨は……果たしてどうだろうか。

 

 

首切りの弱点を克服すべく、脳を五つに心臓を七つ有するに至った。

 

 

そして狙いを定められぬ様、これ等の臓器は常に体内を移動している。

 

 

 

 

 

そう……『移動』しているという事は、逆に言えば固定する為の支えが無いという事ッ!!

 

 

 

 

 

外部から与えられた震動を、衝撃を逃す手段が……鬼舞辻無惨には無いッッッ!!!!

 

 

 

 

 

 

 

「グッ……ギャアアァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!????」

 

 

 

烈海王渾身の一打を胴体に叩き込まれた結果。

鬼舞辻無惨は、その生涯最大となる声量で悲鳴を上げた。

打撃による衝撃が、見事なまでに体内へと叩き込まれてしまったが為に。

 

 

 

五つの脳の全てが同時に揺らされた……単純計算で、常人の五倍の脳震盪ッッ!!

 

頭痛、眩暈、吐き気、平衡感覚の一時的消失ッッ!!

 

ありとあらゆる症状が、想像を絶する威力で無惨に襲い掛かっているッッッ!!!

 

 

 

加えて、心臓へのダメージ―――心臓震盪もそこに上乗せされている。

 

現代スポーツにおいても、野球選手が胸部への死球を受けて心臓震盪を引き起こした結果、致死的な不整脈が発生し心停止に至った事例がある。

 

それを無惨は、これまた単純計算で七倍分受けたのだッ!!

 

強烈な胸痛、眩暈、意識の混濁ッッッ!!!

 

 

 

 

脳と心臓へのダメージは……鬼舞辻無惨に、致命的ともいえる痛みを与えたッッッ!!!

 

いや、もはや痛みという次元をも通り越した悍ましさ……言葉で表す事も難しい感覚に、ただただ無惨は悶絶する他なかったッッッ!!!!

 

 

 

「オオオオォォッ!!!」

 

 

 

そしてその隙を、烈海王は見逃さないッ!

 

背中より日輪刀を抜き、全霊の力を込めて全力疾走ッッ!!

 

 

 

 

――――――ドスッッ!!!

 

 

 

「ガァッ……!?」

 

 

刃は無惨の顔面を貫通し、そのまま壁へと突き刺さり固定されるッ!!

身動きを取れぬ様、磔状態へと持ち込んだのだッ!!

 

 

 

「オォォォォッッッ!!!」

 

 

 

そして繰り出すは、二度目の拳打。

それも、一度目を凌駕する最強の威力を込めた必殺撃だ。

 

 

 

烈海王が現在繰り出せる、最強の攻撃とは何か。

師である郭海皇は、攻めの消力によって範馬勇次郎にすら回避を選ばせるまでの拳を繰り出した。

そして烈海王自身も、消力からの胴回し蹴りによって宮本武蔵に大きな一打を与えている。

 

では、消力を用いての拳打こそが烈海王最強の打撃かと言われれば……答えは否である。

彼が身に着けた消力は、対刀剣―――対宮本武蔵を想定した『受け』の極意なのだ。

郭海皇が用いる『攻め』の消力までは、完全な体得には至らなかった―――中国拳法最大の極意である以上、簡単に身に着けられなくて当然だが―――のである。

実際、宮本武蔵に放った胴回し蹴りはカウンター技であり、能動的に繰り出せる一撃ではない。

 

 

 

 

そうなると、この状況で烈海王が能動的に繰り出せる必殺は……これしかありえない。

その難易度から実戦向きではないと判断し、表演での使用のみに留まった一撃。

 

 

 

ただ唯一、地下闘技場最大トーナメントでのみ……それを使わねば勝てぬと判断し、実戦使用を行った。

 

この絶技を持つ愚地克巳を倒すには、カウンターのタイミングを掴み同じ技で迎撃する他ないと決めた、あの拳ッッ!!

 

 

 

「墳ッッ!!!」

 

 

 

 

拳を放つその刹那に、背骨を含む全身27か所の関節を回転・連結加速させ、瞬間的に音速にも迫るスピードを得るッ!!

 

 

音速拳――――――マッハ突きッッ!!

 

 

 

 

 

――――――ドグォォッ!!!

 

 

 

 

「ッッッッ~~~~~~~~!!!??」

 

 

見事に無惨の腹部へと叩き込まれた、マッハ―――克巳が完成させた真のマッハに比べれば、流石に劣りはするものの―――の拳。

威力、速さ、タイミング……全てが完璧な形といえた。

 

 

先程も述べた通り、マッハ突きはその高難易度から実戦導入に不向きな技である。

これを使いこなして実戦で扱えるのは、愚地克巳と郭海皇ぐらいなものだ。

しかし……今回は幸い、対戦相手の無惨は苦痛で悶絶中な上に身動きのとれぬ磔状態―――即ち的も同然であった。

この様に全く動かない相手であれば、烈海王とてマッハ突きを炸裂させる事は十分に可能であった。

 

 

 

「ッ……ォブゥアアァァァァッッ!!??」

 

 

そして、効果は絶大。

無惨は更なる苦悶を肉体に与えられ、その口より嘔吐と見まがわんばかり―――本当の嘔吐をしなかったのは、鬼特有の消化器構造故か―――に大量の血を噴き出したッッ!!!

 

 

配下の鬼達が見れば絶句する事間違いなしの……名前通りに『無惨』な無惨の姿が、そこにはあったッ……!!

 

 

 

 

 

「鬼舞辻無惨ッ……私は貴様を断じて許さぬッッ!!

 武に生きる全ての者を愚弄した、貴様だけはッッッ!!!」

 

 

 

憤怒の雄叫びを上げ、烈海王は更なる拳打の態勢に入る。

もはや潜入任務もクソもない状況だが、あの鬼舞辻無惨をここまで追い込んでいるのだから無理もないだろう。

仮に彼以外の者が同じ立場にあったならば、ほぼ確実に同じ選択を選んだに違いないだろうから。

 

 

 

 

 

 

 

しかし……烈海王は、見誤っていた。

 

 

 

如何に無様で如何に無惨であろうとも、相手は鬼の首魁。

 

 

 

あの、鬼舞辻無惨なのだ。

 

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

 

(な、何故……何故だッ……!!??)

 

 

鬼と化して以来、一度も味わった事が無かった激しい不快感。

視覚も聴覚もままならぬ、全身の感覚全てが狂わされた中において……それでも尚、無惨は思考を放棄してはいなかった。

常人どころか鬼でさえ、何かを考える事等到底不可能といえるダメージの中でのその有様は、流石は鬼の王というべきか。

 

 

 

そんな彼の巡らす思考は、ただ一点―――現状に対する、何故かという疑問に集約されていた。

 

 

 

 

擬態先の家族と共に夜の街を歩いていたら、自身の正体を見破る鬼狩りが現れた。

そしてその鬼狩りは……あの忌まわしきバケモノと同じ、額の痣と花札の耳飾りを持っていた。

 

これだけでも、信じられぬ事態だったというのに……この擬態先の放棄を決めて『研究物』を持ち帰ろうとした矢先。

幾多の鬼を葬り去ってきた、海外の異端者―――海王が屋敷に現れ、襲い掛かってきた。

 

 

不運だとかそんな次元ではない……信じ難き異常事態の連発。

何故だ、どうしてだと悲観するのも無理はないだろう。

 

 

 

 

しかし……それは、並の鬼ならばの話だ。

 

 

 

己が生存を第一とする鬼舞辻無惨にとって、現状を悲観する時間など無駄以外の何物でもない。

既に彼は、この悲惨な状況から脱却すべく思考を切り替えていた。

 

日の剣士に酷似した鬼狩りは何者か、烈海王が何故ここにいるのか。

そんな事は後から考えればいいと、そう即座に判断したのだ。

 

 

 

では今、彼が何に対して疑問を抱いているのかといえば……?

 

 

 

 

(何故……この男は、首を狙わないッ!?)

 

 

烈海王が、己が首では無く胴体に攻撃を集中させた事であった。

配下との感覚共有により、その戦法は理解出来ている。

彼が拳打を得意とする事は把握済みだ。

 

しかし……それらは全て、鬼の首を落とす為だ。

相手の肉体に打撃を打ち込んで隙を生じさせ、首を落とす……それが彼の対鬼戦用闘法だ。

 

 

 

 

ならば……何故、烈海王は最初の一打を胴体に打ち込んだのだ?

 

己の不意を完璧に突けたあの状況ならば、拳打で隙を生じさせる必要性がない……日輪刀で斬り込む事が十分に出来た筈だ。

 

 

その後もそうだ。

胴体へ拳打を打ち込み、日輪刀こそ取り出したものの……首を斬り落とすのではなく、壁へと磔にした。

そして、再度の拳打だ。

 

 

この男は、己の首を狙っていない……鬼狩りとしてあり得ない行動だ。

しかもその一方で、拳打こそが有効であると確信して打ち込んできている。

 

 

 

 

即ちッ……!!

 

 

 

 

(烈海王……この男ッ!!

 私の肉体がどうなっているか……気が付いているのかッッッ!!??)

 

 

心臓と脳の保有数を、烈海王が知っているからに他ならないッ!

徹底した胴体への打ち込みも、それならば納得できるッッ!!

 

 

 

(何故、この男はッ!?

 よもや、黒死牟と同じく……視えているのかッ!?)

 

 

ならば、如何にして烈海王はそれを知ったのだ。

考えられるとすれば、最強の配下―――上弦の壱『黒死牟』と同じく、透き通った世界が視えているかだ。

しかし、黒死牟がかつて無惨に語った通りならば、それは武を極めた末に行きつく境地。

踏み込めた者は、彼が知り得る限りたった一人しかいなかったという領域。

 

 

 

そう、ただ一人……あの、日の呼吸を使うバケモノのみ。

 

 

額に痣を持ち、花札の耳飾りを付けた、あの……!

 

 

 

 

「ッッッ!!!???」

 

 

 

 

この時、無惨の脳裏を過ったのはつい一時間程前の出来事。

 

あのバケモノと全く同じ耳飾りと痣を持った、鬼狩り―――竈門炭治郎との遭遇。

 

 

 

 

 

 

あの鬼狩りは……どうして、自分が鬼舞辻無惨であると気付いた?

 

 

完璧な擬態を果たし、外見上では人間との区別が一切付かなかったはずだ。

 

 

つまり、あの鬼狩りは外見以外の要素で自身の正体を見抜いた事になる。

 

 

 

 

では……まさか。

 

自身の肉体に深手を負わせたバケモノと同じく……視えていた……?

 

 

 

(そう、だ……この男が私を待ち伏せられたのは、間違いなくあの鬼狩りからの情報ッ……!)

 

 

 

 

深層心理に刻まれた、日の呼吸の剣士の姿。

 

それが今、完全に……あの鬼狩りと重なったッ……!!

 

 

 

 

「ッ……アアアァァァァァァァァァッ!!!!!!!!」

 

 

 

無惨は唸りを上げた。

苦悶による絶叫とは異なる、全霊の咆哮……その根源は、深層心理に刻まれた恐怖。

 

 

自身を追い詰めたバケモノが、再臨―――実際には、余りにも盛大すぎる勘違いな訳だが―――を果たした。

 

 

 

 

「鳴女ェェェェェッ!!!」

 

 

もはや恥も外聞も無い。

早々に逃げなければ……このまま足止めを受け続ければ、確実に奴はここへ来るッッ!!

 

 

 

「ッ……逃がすかァッ!!」

 

 

しかし、それを阻まんと烈海王もまた動いた。

無惨より逃亡の気配を感じ取り、絶対に逃してはならぬと三度目の拳撃を見舞いにいく。

脳と心臓を、確実に破壊する為にッッ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だが……その拳が、無惨を捉える事は叶わなかった。

 

 

何が何でも生き残ろうとする、無惨の強く貪欲な意志が……烈海王を上回った。

 

 

 

 

 

 

 

「邪魔を……するなァァァッッ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

信じがたいことに、絶対に動けぬであろう程の脳震盪及び心臓震盪のダメージから……無惨は、脅威的なスピードで回復を果たしたのだ。

 

 

死の淵に立たされることで発生する、通常の数倍近い集中力……それが無惨に齎したのである。

 

 

烈海王もよく知る―――追い詰められた範馬刃牙と同じ、脳内麻薬の分泌をッッ!!

 

臓器の損傷を吹き飛ばす程の、凄まじいエネルギーをッッ!!!

 

 

 

「アアアァァァァァッ!!!!」

 

 

 

左手を、己を磔にしている忌々しい日輪刀へ伸ばして引き抜き……全力で、烈海王の喉元目掛け振り払うッ!!

 

 

 

「なっ……チィィッ!!」

 

 

まさかの反撃に、烈海王も焦らずにはいられなかった。

繰り出しかけの拳を咄嗟に軌道修正し、手甲を刃と首の間に割り込ませてどうにか防ぐ。

しかし、鬼の膂力から放たれた一撃は恐ろしく重い……強烈な痺れが腕に襲い掛かる。

 

 

 

だが……無惨の真の攻撃は、この直後に待っていた。

 

 

 

(ッッ!?

 腕が、鞭にッッ!!)

 

 

斬撃に気を取られていた一瞬の内に、無惨の右腕が変化していたのだ。

 

 

強靭且つ鋭利な鞭状の触手にッ……!!

 

 

そして、それが大きく横薙ぎに振るわれるッッッ……!!!

 

 

 

 

 

 

 

―――――――ズシャアアァァァァァァッッッ!!!!!!!!

 

 

 

 

 

 

「グッ……!?」

 

 

 

烈海王は攻撃の気配を察知すると共に、咄嗟に防御を固めて後方へと跳び身を反らしていた。

それでも、あまりにも速く振りぬかれた触手を回避することは出来ず……右の肩口を、斬られてしまう結果となってしまった。

鮮血が噴出し、熱い痛みが迸る……だが、それでも致命的な傷ではない。

指も十分に動かせる事から、神経等に至る事だけは防げたようだ。

 

 

(それなら、良い……この程度で済ませられたなら、最善の結果だッ!

 今の一撃を、まともに受けていたならッ……!!)

 

 

 

 

 

烈海王はそれを、最善の結果だと判断した……せざるを得なかった。

 

 

 

 

 

何故ならば、彼の背後―――無惨が振り抜いた先では、屋敷の壁が完全に切り落とされていたのだからッッ!!

 

 

さながら、熱したナイフを押し当てられたバターの塊の如くッ……余りにも綺麗で、滑らかな切断面ッッッ!!!

 

 

 

 

これが、鬼舞辻無惨の力ッ……まともに命中していれば、命は無かったッッッッ!!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――ベベンッ。

 

 

 

直後。

無惨がこの部屋に現れた時と同じく……琵琶の音が、鳴り響いた。

 

 

 

「ッ……しまったッッ!!」

 

 

この琵琶の音―――血鬼術によって、無惨は襖を開きこの場に現れた。

つまりこの術は、自由自在に目的の場所を繋ぐ……空間を操る術なのだ。

 

無惨本人か、或いは信頼する配下―――だとすれば、先程呼んでいた鳴女なるものか―――の術か。

どちらにせよ、不味いことになった……使われてしまったッ!

 

 

触手に対応せざるを得なかったが故の隙を、完全に突かれてしまったッ……!!

 

 

 

 

「鬼舞辻ッ……貴様ァァァァァァッッ!!!」

 

 

 

眼前に出現した襖へと、無惨はその身を投げ出した。

例え、襖目掛けて全力で駆け込んだとしても、最早間に合わないだろう。

無惨に、護身を成功させてしまったのだ。

 

 

 

 

「ッッ……私は、必ずもう一度貴様に拳を叩き込むッ!!

 何処へ逃げようとも、必ずだッッ!!」

 

 

 

だから、せめて声だけでも……この憤怒だけでも、聞かせなければ気が治まらない。

 

 

例え今は逃げられようとも、必ず……必ず、この拳を叩き込むとッッ!!!

 

 

 

 

 

 

「鬼舞辻無惨ッッ!!

 貴様は、中国武術を……否、全ての武を舐めたッッッ!!!

 その報いを、必ずや私が果たすッッッッ!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

 

「烈さん、大丈夫ですかッ!?」

 

 

鬼舞辻無惨が逃亡を果たした、数分後。

烈海王は、再び後藤が運転する車へと戻っていた。

 

 

無惨により屋敷が破壊された事で、使用人達も異変に気づき動き出した。

悔しい思いはあるものの、このまま留まる訳にはいかない……烈海王も、撤退を判断した。

不幸中の幸いというべきか、無惨が壁を破壊してくれたおかげで鎹鴉が事情を察知し、後藤に近くまで車を走らせる様に伝えてくれていた。

 

 

そして烈海王は、目的物―――無惨の探し物に繋がる何かがあるであろう鉄の金庫を抱え、無事に後藤との合流を果たしたのだった。

 

 

 

 

「すみません、後藤さん……薬と包帯をお借りします」

 

 

無惨を取り逃がした事は無念だが、しかし手掛かりは得られた。

これでどうにか、再戦は叶いそうだ……後藤が用意してくれた薬を傷口に塗り当てながら、静かにため息をついた。

 

 

 

 

 

 

 

 

その直後だった。

 

 

 

 

「ッ……!?」

 

 

 

 

 

急激な眩暈が、烈海王を襲ったのは。

 

 

 

 

 

「烈さんッ!?」

 

 

遅れて数秒後。

後藤が異変に気づき、車を急停車させる。

すぐさま後部座席へと視線を向け、烈海王の表情を見ると……

 

 

 

「酷い汗だ……顔色も、とんでもなく悪いですよ……!?」

 

 

 

息も絶え絶えで、恐ろしく苦しんでいた。

そんな馬鹿な……烈海王の負傷は、右肩の一箇所だけの筈。

それも、そこまで重傷では無かったというのにッ……!?

 

 

 

 

「……ま、さか……毒ッッ……!?」

 

 

 

考えられる可能性は唯一つ……毒だ。

鬼舞辻無惨は、攻撃に毒―――恐らくは無惨自身の血液か―――を混ぜていたのだ。

 

そして……烈海王は、それを受けてしまっていたッッ!!

 

 

 

「そんな……ま、待ってくださいッ!

 すぐに、蝶屋敷の解毒剤をッッ!!」

 

 

 

慌てて持ってきた道具袋をひっくり返し、蝶屋敷から預かっていた解毒剤を探す後藤。

 

こんな所で、烈海王を死なせるわけにはいかない。

 

この人は、柱と同じく鬼殺隊を支える大切な拳士なのだ……絶対に、死なせてはならない……!!!

 

 

 

 

 

 

(やられ、た……毒を使う可能性……落としていた。

 だが……これで……次に、活かせ……)

 

 

 

 

 

 

 

 

「烈さん、目を開けてくださいッッ!!

 烈さん……烈さぁぁぁぁぁぁんッッッッッ!!!!!!!」

 




無惨「脳と心臓を増やした、これで首を斬られても大丈夫!」
烈「ならばその臓器を全部揺らしてやるまでだッ!!」
無残「ミギャアアァァァァァァッ!!!??」


烈さんと煉獄パパさんとの出会いにより、諸々の諸情報が原作前倒しで鬼殺隊にもたらされた結果。
無惨の肉体構造が判明し、烈さんが思わぬ天敵と化しました。
カミングアウトしますと、釜鵺戦から散々描写してきた烈さんの「体内に響く打撃」はこれを書きたかったが為にあったと言っても過言ではありません。

しかし、流石に相手は最強の鬼。
烈さん一人では倒し切る事は叶わず、引き分けと言う結果に終わりました。
寧ろ毒を受けたことで、烈さんの敗北という見方になるかもしれないです。


後、感想欄で触れている方もいましたが……全集中の呼吸=リアルシャドーの幻影と同様に、どうしてもこれだけはと言うモノが今回ありました。


Q:勇次郎の弱点発見能力って、透き通る世界では?
A:そ  れ  だ。

これ以上は無いだろうという一致でしたので、この作品においては勇次郎の持つ弱点発見能力=透き通る世界という事にさせていただきました。
炭治郎達は呼吸を極めたその先に透き通る世界を見出しましたが、縁壱さんの言うように「極めた者の行き着く先は同じ」と言うことで、勇次郎も闘争の果てに透き通る世界を開眼したのでしょう。



Q:烈さん、どうしてそこまで無惨に激怒してるの?
A:しのぶさんとの出会い等でも多少触れてますが、烈さんには武術家として「絶対に無惨を許せない」とある理由があります。

Q:無惨って脳内麻薬分泌してたり護身開眼してるけど、どうなの?
A:臆病者と罵られるぐらいに危険から逃げ回ってますから、渋川さん達とは別ベクトルで護身を完成させていると解釈しています。
  ただ、無惨自身が色々な意味で残念な思考の持ち主な為、効果はお察しください。
  脳内麻薬については、人間を超越した鬼である以上窮地に立たされたならば刃牙並の分泌も可能だろうと解釈しています。



○大正こそこそ噂話
どうにか逃げ延びた無惨ですが、その後の炭治郎の戦いを感覚共有で観察した結果、「彼は縁壱の様な化け物ではない」と勘違いに無事気づくことが出来ました。
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