鬼狩り? 私は一向に構わん!!   作:神心会

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お久しぶりです。
新型コロナウィルス絡みで少々色々とあり、時間の確保が難しくなっていました。
更新が遅くなり、大変申し訳ございませんでした。


とりあえず今回については、タイトルが全てです。
話的にはあまり進展が無いですが、ご容赦ください。



16 烈海王 復活ッッ!!

「烈さんは……毒を扱う事について、どうお考えですか?」

 

 

それは、烈海王の鬼殺隊入りが決まって丁度一週間が経過した日の事だった。

 

蝶屋敷にて修練に励む烈海王へと、しのぶが不意に問いかけたのだ。

 

 

 

「毒について、ですか……?

 ふむ……その質問の意図を聞いてもよろしいでしょうか?」

 

「……烈さんは生粋の武術家であり拳法家です。

 そんな方にとって、戦いの場で毒を用いる事をどうお考えか……聞いてみたくなったんです」

 

 

 

烈海王が、武を尊び武に生きる人間であるが故に。

 

 

 

―――正々堂々を信条としている。

 

 

―――鍛え抜かれた肉体と技とを、正面よりぶつけ合う事を好む猛者達。

 

 

 

武術家とはどういった存在かと聞かれれば、大半の人間が浮かべるのはそういうイメージ―――事実、しのぶもそうである―――だ。

故に……毒というものに、彼等は良い印象を持たぬだろうとも思えてしまうのである。

古来より、毒殺と言えば不意打ちや騙し討ちに多く使われてきた……真っ当とは程遠い手段なのだから。

 

この点に、しのぶは一抹の不安を覚えたのだ。

 

 

鬼殺隊にとって最も優先すべきは、鬼を討ち人々を守る事。

だからこそ、藤の花の毒を用いる事に一切の躊躇いは無く、それを卑怯卑劣と感じる事など一切ない。

 

 

 

 

だが……もしも烈海王が、毒に対して悪印象を持っていればどうなる?

 

柱と同格の食客として迎えられた彼が、藤の毒に対して否定的な態度を取ったならば……確実に隊員達との軋轢を生み、隊全体へも大きな影響を与えかねない。

 

 

 

それは、絶対に避けなければならない事態である……そう思い至ったからこそ、しのぶは問いかけたのだ。

 

烈海王にとって、毒とは何たるかを。

 

 

 

「……成程、そういう事でしたか」

 

 

 

そんな彼女の胸中を、烈海王はすぐに察する事が出来た。

 

毒を用いる事は武術家としてのポリシーに反する物ではないか。

鬼を滅する為には毒の使用も躊躇わぬ鬼殺隊を、良く思えないのではないか。

 

自分がそう思ってはいないかと……そう考えるのも、確かに無理はないだろう。

 

 

 

 

 

ならば、その不安と……何より中国拳法に対する思い違いを、晴らさねばなるまい。

 

 

 

 

 

「胡蝶さん、貴方のお考えはよく分かります。

 確かに毒といえば、悪い印象がどうしても最初に立つ……毒を卑劣として嫌う格闘家が多いのも、また事実。

 遺族の恨みを買って、茶に毒を盛られ死亡した猛者もいるという噂もあった程です。

 ですが……中国拳法から言わせてみれば、毒の使用は大いに結構。

 一向に構いません」

 

 

 

そう、中国拳法にとって立ち合いでの毒の使用など……とうに通過した道なのだから。

 

 

 

「それは……もしかして、毒を用いる拳法があるのですか?」

 

「ええ、その通りです。

 海王の一人にも、薬硬拳……優れた毒手の使い手がいますよ」

 

 

何事も無い様にさらりと言う烈海王に対し、しのぶは強い衝撃を受けていた。

まさか、毒を用いる拳法―――それも中国武術界のトップたる海王が使っている―――など、思ってもみなかったのだ。

自身が持つ武術家に対するイメージを、根底から覆す事実。

 

 

「毒手……烈さん、一体それはどういう拳法なのですか?

 是非、教えていただきたいです」

 

 

 

まして自身は、毒を専門とする鬼殺の剣士……果たして、中国拳法における毒とは何なのか。

 

 

 

もし仮に、習得が可能だとしたら?

 

 

蟲の呼吸に応用する事が出来るとしたら?

 

 

己の毒をより強靭なものへと変えられるとしたら?

 

 

 

 

興味を抱かずにはいられないッ……!

 

 

 

 

「分かりました。

 違う門派故、知りえる範囲にはなりますが……基礎的な所から、ご説明いたしましょう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

「……鍛錬の末、人体の一部を猛毒と成す。

 そんな拳法があるなんて……」

 

 

毒手。

正確に計量・配合させた毒物―――天然の毒虫や毒草等―――を原料とする毒のエキス、或いはそこから更に生成された毒砂。

それを手首の先まで届くであろう深さを持つ壺に満たし、併せて中和用の薬液を満たした壺もまた用意。

 

この二つの壺へと、一定間隔で交互に手刀を打ち込む事により……凡そ一週間前後で、毒功完成となる。

軽く触れただけでも、瞬く間に皮膚を侵し人体に甚大な損傷を与える猛毒の拳。

死刑囚ドイルは一撃で視力を奪われ、あの範馬刃牙ですら命の危機に瀕した恐るべき威力。

 

これこそが、中国拳法が誇る戦場での毒。

しのぶは、初めて知る―――毒を得手とする剣士でありながら、恥ずかしい話でもあるが―――その絶技に、ただただ驚愕するしかなかった。

理屈としては確かに分かる。

人体に蓄積させ続けた、複数配合の猛毒……それを鍛え抜かれた拳打に乗せて打ち込めば、文字通りの必殺となり得るだろう。

 

だが、その習得には凄まじい苦痛を伴わなければならない。

自らの手を猛毒に曝す鍛錬……その痛みに耐えられるだけの拳士が、果たしてどれだけいるのだろうか。

中国拳法四千年の歴史においても、最上位に入る苦行に違いない。

 

 

 

(……けれど、もし習得できたなら。

 一般的に人間の手首は、体重の凡そ1%……私の体重37kgで換算すれば、370g。

 370gもの毒の塊が宿るならば……私の刀で打ち込める毒の総量は、精々50mgが限度……)

 

 

瞬時に、自分の肉体に置き換え計算する。

仮に毒手の習得が成った場合、毒の搭載量は現在の凡そ七千四百倍。

鬼の致死量が50gと考えれば、実にその七倍―――あくまで搭載量であり、その全てを打ち込めるわけではないが―――だ。

 

 

 

 

 

 

……そこまで考えた時。

 

 

しのぶの脳裏に、ある一つの考えが浮かんだ。

 

 

浮かんで、しまった。

 

 

 

 

(……だったら。

 もし……この毒手を、私自身に置き換えられたら?

 私の肉体そのものを毒と変えられたならッッ……!!)

 

 

 

 

 

 

もし、手だけと謂わず肉体全てを用いて毒攻完成となれば……その殺傷力は、想像を絶するものになるとッッ……!!

 

 

 

 

 

「……烈さん、ありがとうございました。

 おかげで……何かを掴めるかもしれません」

 

 

覚悟と決意を瞳に秘め、しのぶは力強い言葉と共に烈海王へ頭を下げた。

己が何をすべきか、しかと見出す事が出来た。

 

 

 

 

 

 

あの日……最愛の姉を喪った日から探し続けてきた、自分にしか出来ない手段を。

 

 

 

 

 

「胡蝶さん、貴方は……」

 

 

そんな彼女の覚悟を前に、烈海王は息を呑んだ。

 

 

生半可な物では無い、強固な覚悟。

だが、同時に……一歩間違えれば、即座に破滅へと落ちかねない危うさが含まれてもいる。

それを、烈海王は感じ取ってしまったのだ。

 

 

 

もしや自分は、取り返しがつかない過ちを犯してしまったのではないだろうか?

 

最悪の場合、彼女はその命を落とすのではなかろうか?

 

 

 

 

そんな不安が、烈海王の脳裏に過る。

 

 

 

「……いえ、お役に立てたならば光栄です」

 

 

しかし。

敢えて烈海王は、何も言わなかった。

 

彼女は鬼殺の剣士……蟲柱胡蝶しのぶなのだ。

闘いに命を賭す覚悟など、とっくに出来ている……だからこそ、ここにいるのではないか。

 

 

光明が見えたというのであれば、新たな戦法を編み出せるというのならば、それは彼女の本望だ。

かつて、四肢が砕け散ると分かっていながらもピクルに挑んだ、愚地克巳の様に。

 

 

 

それを止める権利など、自分にある訳がない……あってたまるものか。

 

 

 

 

 

 

全身全霊を闘争に捧げた者を止めるなど、侮辱甚だしいッッ……!!!

 

 

 

 

 

 

(……ありがとうございます、烈さん)

 

 

そんな烈海王の心遣いを、しのぶも感じ取ることが出来た様子か。

口にはせず、しかしそっと目を伏せ胸中で礼をする。

 

 

危険な行為に踏み出すであろうと分かっていながらも、それを止めないでくれている……剣士としての己を尊重してくれた、烈海王の優しさに。

 

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

「胡蝶さん、毒の事で私からもお願いがあります。

 現在貴方が使われている毒液を一部、分けてはいただけませんか?」

 

 

毒手の話がひと段落着いたところで、今度は烈海王よりしのぶへの願い事があった。

彼女が用いる毒液―――即ち、藤の花より抽出した対鬼用の毒を分けてはもらえぬかと。

 

 

「私の毒をですか?

 それはもしかして……烈さんも、武器か何かに?」

 

「その通りです。

 飛鏢……この国で最も近い物を挙げれば、手裏剣ですね。

 私が扱っている鏢に、藤の毒を塗ろうかと思っています」

 

 

飛鏢。

中国拳法で扱われる投擲武器であり、その形状は棒手裏剣に近い。

烈海王はこれを好んで扱っており、上着の中にも十数本を常に仕込ませている程だ。

しかし、鬼が相手となるとこれ等も意味を成さない。

 

先日、刀鍛冶の里を訪れた際には猩々緋砂鉄製の飛鏢を作ろうかとも鍛冶師と相談したのだが、流石に却下された。

原則として使い捨てになる飛び道具―――ましてや雨あられの如く投げ放つ烈海王のそれ―――に猩々緋砂鉄を用いるのは、コスト面で割に合わなさすぎるからだ。

故に考えられたのが、刃に毒を塗る方法。

これならば、新たな飛鏢の補充も比較的容易に出来る。

 

 

「成程……聞いてますよ、烈さん。

 刀鍛冶の里でアレだけ多くの武器を一度に注文した隊士は、貴方が初だって」

 

「それに関しては、流石に申し訳なく思っています。

 どうしても全力で鬼を相手取るには、必要だったもので……どうにか、武具無しで鬼を倒す手段があればいいのですが」

 

 

刀鍛冶の里において、烈海王は良くも悪くも相当の噂になっていた。

柱用の武具に用いる高品質な猩々緋砂鉄で、これまでにない程の大量の武具を作成させた拳法家……そんなの、目立たないわけがない。

もっとも、彼の担当となった刀鍛冶―――岩柱の鉄球をはじめ、特徴的な日輪刀を得意とする名人である―――は割とノリノリで作業に取り組んでくれていた訳だが。

 

 

 

――――――これだけ多くの大陸の武器を作る機会なんて、滅多にない……腕が鳴るよ、烈さん。

 

 

 

そんな風に、彼はひょっとこ面の下で豪快に笑ってくれていた。

ゲスメガネこと前田と共同して行った鋼線入り手袋作りも、悲鳴を上げていた彼とは対照的に終始楽しそうだった。

烈海王も、彼には大いに感謝している。

 

 

 

 

……ちなみにこの凡そ一年後、彼はとある特徴的な髪形の隊士から「鬼を倒せる銃を作ってほしい」という依頼を受け、嬉々としながら着手したとか。

 

 

 

 

 

「武具無しで鬼を、ですか……それこそ毒手でも使わないと、難しいと思いますよ?」

 

「やはり、そうですよね。

 毒手も含めて、鬼に有効となる威力を手足に宿す手段があればいいのですが……」

 

 

 

 

呆れ顔で返答するしのぶに、烈海王は渋い顔をした。

残念だが……やはり鬼の特性からして、素手での撃破は難しいか。

やむを得ないと、諦めて小さくため息をつくが……

 

 

 

 

その、次の瞬間であった。

 

 

 

 

「ん……待った。

 鬼に有効となる攻撃手段を、手足に宿す……?」

 

 

何気なく吐いた己が呟きに、烈海王は強い引っかかりを感じた。

 

 

 

そう……そうだ。

鬼に有効となる攻撃とは即ち、陽光の力を宿す武器―――即ち日輪刀。

故に鬼殺隊士は皆、例外なく日輪刀を持っている。

 

 

 

 

 

だが……その日輪刀は、如何にして陽光の力を宿している?

 

 

 

 

その原料とはッッ……!!!

 

 

 

 

 

「ッ~~~!!

 しのぶさん、それですッッ!!」

 

「え……れ、烈さん?」

 

 

 

 

 

 

 

「刀鍛冶の里へ連絡をしますッ!!

 すぐにとはいかないでしょう、毒手以上に長い時間を掛けねばならぬでしょうが……出来るッッ!!!

 素手で鬼を倒す……それを成せる方法が、ただ一つッッッ!!!」

 

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

「……ハッ!?」

 

 

 

 

意識が、覚醒する。

 

 

目に入るは、白熱電球を備えた木造の天井。

肉体にかけられているのは、柔らかく心地良い純白の布団。

 

 

烈海王は、即座に現況を把握する……自分は、眠っていたのだと。

 

 

 

「……夢を見ていたか。

 一年前の、あの時の……いや、今はそれよりも……!」

 

 

上体を起こし、額に手を当てて記憶を探る。

ここは蝶屋敷の医務室……つまり、不覚にも意識を失い運ばれてしまったのだ。

そして、その切っ掛けになったのは……

 

 

 

「……鬼舞辻無惨。

 そうだ、私は奴の毒に……」

 

「れ、烈さんッ!!??

 目が覚めたのですかッッ!!!」

 

 

 

その時であった。

烈海王が状況を完全に理解したのとほぼ同じタイミングで、部屋の入口より大慌てで一人の隊員が駆け寄ってきたのだ。

病室では静かにすべしと言う決まりすらも放り出し、驚愕と喜びの入り混じった表情を出しながら。

 

 

「アオイさん……どうやら、ご心配をおかけしたようですね。

 ありがとうございました」

 

 

彼女の名は神崎アオイ。

しのぶ不在時における医療行為等様々な仕事を任せられている、蝶屋敷に無くてはならない存在だ。

本人は、自身を戦えぬ腑抜けと自嘲しているがとんでもない。

烈海王からすれば、彼女は優秀極まりないサポーターだ……彼女をはじめとする蝶屋敷の面々がいるからこそ、皆が戦えるのだから。

 

 

「すみません……私は、どれくらい眠っていたのですか?」

 

「一カ月以上ですよッ!!

 もう、助からないかと思って……本当に……良かった……ッ!!」

 

 

ベッドの縁を掴みへたり込むアオイに、ただただ烈海王は頭を下げるしかなかった。

 

一カ月以上。

どうやら、毒のダメージはかなり酷い物だったようだ……事実、身体には違和感―――衰えが見られている。

飲まず食わずの点滴投与のみで、ずっと寝たきりでいたのだから当然だ。

まずはこの肉体を、出来る限り早急に戻さねばなるまい。

 

 

「いけない……すぐに、胡蝶様を呼んできますね。

 それと、烈さんのお食事を用意させていただきます。

 少しずつ、身体を元に戻さないと……あ、着替えもお持ちしますね!」

 

 

そうこう考えている内に、アオイもまた職務を果たすべく立ち上がっていた。

烈海王がこうして復活した以上、やらねばならぬ事が彼女にもある。

すぐさま、病室の外へ向かおうとするが……

 

 

 

「待ってください、アオイさん。

 でしたら、一つお願いがあります」

 

 

 

その前に、烈海王が彼女を呼び止めた。

自身の為に動いてくれるというのであれば、是非とも頼みたい事がある故に。

 

 

 

 

 

 

「食事と共に、水と砂糖を用意してもらえませんか?

 水は木桶に一杯程度……砂糖もなるべく多めに、お願いいたします」

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

 

「烈さん、ご無事で何よりです。

 鬼舞辻無惨との接触……過酷な任務を遂行していただき、ありがとうございました」

 

 

アオイが病室を去ってから間もなく。

烈海王回復の報を受けたしのぶと、彼女の継子たるカナヲ。

アオイと同じくこの蝶屋敷にて隊員達の治療補助を行っている三人娘―――きよ、すみ、なほ達が駆け込んできた。

皆、烈海王の目が覚めた事に心の底から安堵―――感情を表に出さないカナヲでさえ、僅かな反応を見せている―――していた。

何せ、相手は十二鬼月すら遥かに上回るであろう鬼の首魁……生きて帰れただけでも、十分すぎるのだ。

 

 

「いえ……残念ながら、奴を取り逃がしてしまいました。

 お恥ずかしい限りです」

 

 

しかし、烈海王からすれば到底満足出来る結果では無かった。

得られた情報こそあれども、無惨を倒しきれなかったという時点で……彼にとっては、敗北も同然なのだ。

 

 

「だからこそ……この敗北は次に活かしましょう。

 次に相対した時は、必ずやこの手で鬼舞辻無惨を倒しますッ……!!」

 

 

故に、烈海王は誓う。

二度目は無い……次に会った時こそが、鬼舞辻無惨の最期だと。

 

この拳を以て、存在そのものが武の侮辱たるあの悪鬼を打ち滅ぼすとッッ!!

 

 

 

 

「……時に胡蝶さん、私の身体はどういった状態だったのですか?

 アオイさんは、もう目が覚めないかもしれないと仰られてましたが……それ程の重症だったのですよね」

 

 

ここで烈海王は、自身の肉体損傷が如何程かを確認すべく問いかけた。

先のアオイの言葉から察するに、一月以上の昏睡状態……そこから復活できただけでも、奇跡的という具合らしい。

鬼舞辻無惨の肉体から発せられた猛毒だから、威力的には寧ろ当然の結果だろうが……

 

 

「……その通りです。

 治療の為に、採血をさせていただいたのですが……私も、最悪の事態を覚悟していました。

 烈さんが受けた毒は、今まで診てきたどんな物よりも強力でした」

 

 

それをしのぶも肯定した。

彼女は烈海王が蝶屋敷に運び込まれた直後、すぐさま烈海王の血を採っていた。

解毒の為、彼が受けた毒が如何なるものかを確かめる為であり……そして、全身の血が凍りつく思いをした。

 

 

鬼舞辻無惨の毒とは即ち、高濃度の無惨の血液そのものだったのだ。

最も強力な血鬼止めを用いたとしても、浸食を止められるかどうか分からない。

寧ろ即死を免れているだけでも、十分すぎるレベルだったのだ。

 

 

 

しかし、その絶望的な運命をも覆し……烈海王は無事、帰ってきてくれた。

 

 

 

 

「後藤さんが、発症直後に解毒剤を打ち込んでくれていたのもあったのでしょうが……烈さん。

 これはあくまで仮説ですが……あなたの肉体には、鬼に対する免疫が出来上がっていたのだと思います」

 

 

それが叶ったのは何故か。

しのぶは、あらゆる視点から考え……ある一つの結論に至った。

 

 

烈海王は、鬼の血に対する免疫を持っていたのではないか……と。

 

 

 

「烈さんもご存知でしょうが、極稀にではあるものの生まれつき鬼になりにくい体質の人がいます。

 それが何を以てしてかは、未だ解明できていませんが……烈さんの場合は、後天的に免疫を得られていた可能性があります。

 一年間続けられてきた、日課の鍛錬ですよ」

 

「ッ……!!」

 

 

 

しのぶの言葉に、烈海王は大きく目を見開いた。

一年間続けてきた日課。

 

 

 

 

鬼を素手で滅する為に行い続けてきた、猩々緋砂鉄への手刀と足刀の打ち込みだ。

 

毒手よりヒントを得て……鬼を倒すのに必要な陽光の力を、己が手足に宿さんが為にッッ!!

 

 

 

 

「血鬼術は鬼の肉体と同様に、日光の下ではその力を失います。

 鬼の血もまた同じ事……だとすれば、あの日課によって烈さんの肉体に陽光の力が蓄積されていたとしたら」

 

「鍛錬の甲斐がありましたね、烈さん!!」

 

 

積み重ねは、実を結んだのだ。

鬼を滅する事が出来るかまでは、まだ現時点では分からないが……少なくとも、無駄ではなかった。

 

 

 

 

 

 

日輪手の取得は……十分に可能なりッッ!!!

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

「ふぅ……ご馳走様でした。

 ありがとうございます、アオイさん」

 

 

その後。

念の為にしのぶに身体を診てもらい、問題無しと判断された烈海王は、アオイが用意してくれた回復食を食していた。

一月ぶりの食事だが、流石は蝶屋敷が誇る台所番だ。

弱り切った胃腸に負担を掛ける事無く、優しく身体に馴染んでくれている。

 

 

「……あの、烈さん。

 言われた通りにお持ちしたんですが……これ、どうなさるんですか?」

 

 

しかし、礼をされたアオイはというと……大いに困惑しきっていた。

その原因は言うまでもなく、机に置かれた謎の二品。

 

烈海王が所望した、手桶一杯の水と大量の砂糖が入った袋だ。

確かに、疲れ切った患者が砂糖水を欲するケースはあるにはあった。

糖分は肉体への吸収が早く、即効性のエネルギー源としては効果的だが……それでも精々、コップ一杯分だ。

砂糖水作りなら、絶対にボリュームがおかしい。

 

 

だから、これは違う用途に使う筈だ。

常識的に考えて、それが正しい……正しい筈なのに。

 

 

 

その場にいる全ての者が、予感していた。

 

目の前にいるのは、鬼殺隊にとっての常識を悉く粉砕してきた烈海王なのだ。

 

 

 

絶対に……この漢は、何かをやるッ……!!

 

 

 

「私の友人に、毒によって生死の境を彷徨ったものの奇跡的に生還を果たした者がいます。

 しかし、その肉体は大いに衰弱しており、全身の筋肉細胞に内臓が悲鳴を上げている有様でした……だからこそ、早急に回復させる必要があった」

 

 

回復。

その言葉に、しのぶ達は頭を抱えた。

予感が完全に当たっていた……当たってしまっていた。

もはや疑う余地は無い。

 

 

「……飲むんですね、それを」

 

「ええ……刃牙さんの時は合計14㎏でしたが、今の私ならばそこまでの必要もないでしょう。

 本当なら、時間をかけて栄養を摂取し回復させるべきなのでしょうが……一月も戦いの場から離れ、皆さんには大変なご迷惑をおかけしてしまった。

 一刻も早く、復帰を果たしたい……それには、これが一番です」

 

 

とんでもない数値をさらりと口にしつつ、手桶の中にドバドバと砂糖をぶち込んでいく烈海王。

刃牙を回復させたこのぶっ飛び過ぎているデザートだが、そもそもの考案者は外でもない彼自身だ。

故に、自身の肉体に対しても躊躇いなく実行に移す事が出来る。

 

 

 

「フゥッッ……!!」

 

 

手桶一杯の砂糖水を、一息に飲んでいく。

凄まじい勢いで、烈海王の体内へと砂糖水が吸収されていく。

 

胸やけがするどころのレベルじゃない。

蝶屋敷の面々は―――カナヲすら僅かに表情の変化が見られる―――、思いっきり引いていた。

同じく病室で治療中の隊士達も、「オイオイ、あいつ死ぬわ」という様な目線を烈海王に向けていた。

 

 

(……あれ?

 なんだかこの部屋……ちょっと暑くなってない?)

 

 

その次の瞬間、皆がある異変に気付く。

室温が上昇している……病室が妙に蒸し暑くなっているのだ。

誰か火鉢でも焚いたのかと、見回していき……そして、熱の発生源を発見する。

 

 

もはや言うまでもないだろうが、烈海王だ。

大量の砂糖水を飲み切った彼の肉体からは、多量の汗―――薄っすらと蒸気すら立ち上っている―――が流れ出ている。

 

 

 

昂る闘争心。

 

鬼舞辻無惨への憤怒。

 

己が未熟への嘆き。

 

 

衰えた全身の細胞が、あらゆる感情を内に秘め復活を願っていた。

そこへ注がれる、多量の砂糖水。

彼等は一つの例外も無く、立ち上がるべくエネルギーを取り込んでいく。

 

 

 

 

今、烈海王の全身に……超回復が起こるッッ!!!

 

 

 

 

「破ァァッ!!!」

 

 

 

萎縮していた筋肉は、瞬時に膨張ッ!

 

しなやかさ、硬さ、太さ、色艶……その全てが、元通りに復元されているッッ!!

 

 

 

 

烈海王 復活ッ!

 

烈海王 復活ッッ!!

 

烈海王 復活ッッッ!!!

 

 

 

 

 

 

 

「……胡蝶様。

 次から、負傷した隊士の皆さんには砂糖水を用意した方が……?」

 

「絶対にやめてください。

 糖尿病をはじめ、取り返しのつかない疾患を負う可能性があります。

 アレは、烈さんだから……他の人には、絶対にさせないでください」

 




大正こそこそ噂話。
烈海王が砂糖水一気飲みで肉体蘇生を計った件について、治療が必要な隊士達には「絶対真似をしない様に」と通達がされました。
しかし後日、噂を聞いた猪頭の隊士が「俺の最強の肉体なら耐えられる!」と実行に移そうとしたため、それを全力でアオイが止めに入るというちょっとした騒動が起こっています。


そういうわけで、毒手を受けた烈さんの復活話となりました。
当初の予定では今回で那田蜘蛛山・柱合会議まで進む段階だったのですが、予想以上に話が長くなってしまい、烈さん復活で区切る形とさせていただきました。
毒手の話はダイジェスト的に流すつもりだったのですが、烈さんを無惨の血から回復させるに当たってしっかり書く必要性が出てしまい、がっつり説明会になりました。

そして、以前より描写がありました烈さんの謎の日課の答えがこちらです。


Q:猩々緋砂鉄への打ち込みは何のためにしてたんですか?
A:素手で鬼を倒す為、毒手の応用で拳の日輪刀化を図っていました。


感想で予想してくれた方もいらっしゃった通り、日輪手を作り上げる為に鍛錬をしてました。
幾ら特別製の手袋に手甲があっても、やはり素手でぶちのめせればそれが一番という事で、烈さんは一年間欠かさず積み重ねていました。
結果として、無惨の血に対して免疫を得る事が出来、生還を果たせました。
では、素手で鬼を倒す事も可能になったのかについてですが、これに関しては後々の話で語らせていただきます。

次回より、柱合会議編を開始させていただきますのでよろしくお願いいたします。



Q:しのぶさん、毒手からやばい事考えてませんか?
A:原作において切っ掛けが不明だった藤の毒の体内蓄積ですが、この作中では烈さんの話が引き金になってしまいました。
  丁度一年間の蓄積という事で、時期も完全に一致しています。
  烈さんもしのぶさんが何かやらかすつもりとは察してますが、彼女の覚悟を汲み取り敢えて何も言わないでいます。

Q:烈さんが寝てる間、屋敷はどんな感じだった?
A:柱の面々は勿論、煉獄家、更にはお館様まで病室に駆け付けて彼を心配してました。
  不仲そうな風柱まで見舞いに来た事は皆意外に感じてましたが、本人曰く「鬼舞辻無惨の手がかりを掴んだのに、ここで死ぬなんて許さねェ」との事です。
 
Q:烈さん担当の刀鍛冶ってどんな人?
A:岩柱の鉄球と斧を作り上げた凄腕の方で、変わった形状の日輪刀を好んで作る職人さんです。
  嬉々として烈さんの武具を作り上げ、また日輪手の発想を聞くと「そんな面白そうなことをするつもりか」と上質な砂鉄を沢山プレゼントしてくれました。

Q:無惨の血、原作だと茶々丸が届けてくれた血鬼止めだけで回復できてたけど、烈さんは薬だけじゃダメだったの?
A:原作の決戦時に使われた珠世さん製治療薬は、無惨の血を研究して人間化薬も完成したタイミングでの一品だからと解釈しました。
  残念ながらこの時点での蝶屋敷製治療薬では、濃度の高い無惨の血を無毒化できるだけの効果は見込めず、日輪手の鍛錬を積んでいた烈さんだからこそ生還できました。

Q:砂糖水による復活って、刃牙だからこそ出来たのでは?
A:そもそもあのバカみたいな方法を考案したのが烈さん本人なので、自分自身でも可能とみて実行してます。

Q:烈さんに対して、炭治郎と出会う前のカナヲが反応を示している?
A:以前にも後書きで記述しましたが、烈さんはカナヲが最終選別に参加するに当たって、しのぶさんに内緒で指導を行っていた時期がありました。
  その為、烈さんに対しては多少なりとも恩義を感じている様子ですが……彼女が本格的に感情を表に出すのは、やはり炭治郎との出会いが引き金になります。




Q:そういえば烈さん、無惨を日輪刀で磔にしてたから、刀身に無惨の血液が付着してるのでは?
A:珠世さん大歓喜。


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