鬼殺隊からしたら「そんなのアリかよ」レベルの攻撃だと思います。
(ふむ……複数人の足跡が、確かにある。
出来て比較的新しい……遭難した親子以外にも、確実にいる)
日が落ち、陽光も完全に消えた夜の最中。
木々生い茂る山道の中に、烈海王はいた。
彼は身を屈め、地面に刻まれている複数の足跡を観察していた。
何故、大きな街を目指していた筈の彼が、こんな山の中にいるのか。
話は、一時間程前にさかのぼる。
◇◇◇◇◇
「聞いたか、俊平さんの家の話……?」
「ええ、二日前に江東山へ山菜を取りに行ってから、戻ってきてないって……
心配になって探しに行った息子さんも、昨日から……」
そろそろ日が落ちるかという頃。
烈海王が大きな街へと目的地を定め、近隣の情報を集めていた最中だった。
彼は、少々気になる話を耳にしていた。
歩いて十五分程の距離にある、小さな山。
そこへ入った親子が、行方知れずになっているといのだ。
最初は、よくある遭難話かと思ったのだが……聞けばこの親子は、頻繁にこの山へと登っているらしい。
道には十分慣れており、また、危険なところに足を踏み入れる様な性格でもないとの事だ。
そもそも、二人揃って行方不明という時点で普通ではない。
野生の獣にでも遭遇してしまったか……兎に角、何か予想外の事態があったと考えるのが妥当だろう。
(獣、か……よし!)
噂をすれば影が差すとはこの事か。
つい先程、野獣と闘う事を思っていたばかりの彼からすれば、何とも都合の良い話だった。
その親子を探しに山に入り、猛獣退治といこうか。
ある程度の路銀もこれで稼げるだろう。
そう、考えていたのだが……
その少し後、この考えが覆される事態が起きる。
「なあ、さっきそこを歩いていた人……あの、全身黒い服してた人」
「ん、ああ……いたな。
どうかしたのか?」
烈海王が、山へ向かおうと足を運んでいた時。
その横を二人の男性がすれ違ったのだが、偶然にも彼等の会話が耳に入ってしまった。
そして、その会話は……烈海王にとって、無視できるものではなかった。
「気のせいならいいんだけど……刀っぽいの、差してなかったか?
山の方へ向かっていった様に見えたけど……」
「え……見間違えじゃないか?」
「そうかな……そうだと良いんだけど……」
(ッッ!?)
刀を差した人間が、つい先程までいたというのだ。
中国人の彼でも、この時代においてそれが普通でない事は分かる。
廃刀令が出たのは明治時代だ。
帯刀は明らかな違反行為……それが分かっていながら、刀を差す様な人物がいる。
しかも、行方不明となった親子がいる山に向かったというのだ。
(もしや、賊の類……山を根城にしているのか?
だとすれば、話が繋がる……!)
烈海王は、その男が山賊ではないかと考えた。
大正の世で帯刀する輩がいるとすれば、やくざ者の類が濃厚だ。
ならば、行方不明の親子はその男―――もしかすると複数人かもしれない―――に襲われたのではないか?
そう思わずには、いられなかった。
もっとも、本当にただの見間違えかもしれないし、最初に考えた通り野獣の類かもしれないが……
(……賊か、獣か。
どちらにせよ、山に入れば分かる事……!)
どうせやる事に変わりはない。
賊ならばひっ捕らえて身ぐるみを剥がし、然るべき対応をするまで。
猛獣ならば予定通り、狩猟採集を行うまで。
山に入れば、それで全てはっきりするのだ。
(何が出てこようとも、私は一向に構わんッ!!)
◇◇◇◇◇
(獣ではない……明らかに、人の手による遭難と見て間違いない)
そうして山中へと入った烈海王は、遭難が人間の仕業であると確信した。
足跡のサイズからして、明らかに親子とは違う者が混ざっている。
加えて、獣が近くを通ったような形跡もない。
恐らく下手人は、刀を持っていた男とみて間違いないだろう。
(刀を持った敵が相手……か)
刀を武器とする男……否応無しに、宮本武蔵の事が脳裏に浮かんでしまう。
数多の猛者と闘い合ってきたが、その中でも最上位に入る強敵だった。
敗北こそしてしまったが、彼から学べた事は非常に多くそして大きい。
それを、早速活かす場面が来たのではないか。
これで存分に、日本刀相手の闘い方が出来るのではないか。
そう考えるだけで、ついつい口角が吊り上がってしまう。
相手は卑劣な山賊かもしれぬというのに、出会いを楽しみにしている己がいる。
(いかんな……犠牲者がいる以上、決して喜ぶべき事態ではないというのに。
まだまだ未熟というべきか……)
頭を左右に振り、気持ちを打ち消す。
人として誉められぬ事ではあるが、これも武術家の性か。
兎に角、今は相手を探す事を最優先にしよう。
闘いの事は、出会ってから改めて考えればいい。
そうして、再び足跡を辿ろうとした……その、次の瞬間だった。
―――――――ズドォンッ!!!
「ッ!?」
突如として、山一帯に激音が響き渡ったのだ。
(今のは……何か、強い勢いで物と物とがぶつかり合った衝撃音!
それも、発生源はかなり近い……!!)
烈海王は咄嗟に足を止め、周囲を見渡した。
自然に発生する様な音量ではない。
明らかに、何者かの手によって起きたものだ。
発生源は何処か、神経を集中させて全方位に気を配り……
(……そこかッ!!)
人の気配を察知した。
すかさず、その方向へと全力で疾走する。
この音がした場所に、きっと刀の男がいるに違いない。
そんな確信を持って、脚を進め……そして。
「な……何ッ!?」
もはや今日だけで何度目になったかも分からない、驚愕の声を上げた。
しかし、それも無理はないだろう。
目の前の光景は、余りにも彼の予想から外れていたのだから。
結論から言うと、刀を持った男は確かにその場にいた。
黒い服を着ており、町民の話とも完全に特徴が一致していた。
しかし……しかしだ。
(倒されている……この男が、賊では無かったのか!?)
場に倒れているのは、刀の男に襲われた犠牲者ではなく……刀の男本人だったのだ……!
大木に背を預け、息も絶え絶えな状況で崩れ落ちている……!!
その全身に幾つもの青痣を刻ませ、血痕を滲ませて……!!
「どうした!!
しっかりしろ、一体何があった!?」
すぐさま烈海王は、男へと近寄りその肩を揺すった。
男の正体が何者かは分からないが、ただ事でないのは明らかだ。
意識がある内に、何があったのかを確かめねばならない。
「ッ……!?
一般人……そんな、まずい……早く逃げるんだ!!
山から下りろ、奴がすぐそこに……!!」
そして、烈海王の存在に気付いた男は……驚愕で目を見開きながら。
決死の形相で、彼にここから逃げる様に叫んだ。
その声色と瞳は、賊のそれではない。
心の底から、烈海王の身を案じている……そう、はっきりと伝わってくる物だった。
「落ち着き給え……奴だと?
他に、誰が……」
「何だよ、おい?
一人かと思ってたのに……仲間がいたのかよ?」
直後。
前方から、足音と共に何者の声が聞こえてきた。
烈海王は咄嗟に振り向き、声の主の姿を見る。
(何だ……この男……!?)
現れた者の姿に、彼は息を呑んだ。
その男の風体は、普通ではなかった。
白地をベースに黄色い波模様のアクセントが入った和服を身に纏う、小柄な男性。
しかし、その皮膚の色は妙に白く……顔面には、入れ墨らしき奇妙な文様が刻まれている。
手の爪は相当に伸びており、且つナイフかの様に鋭く尖っていた。
そして、その瞳に浮かび上がっている『下陸』の文字。
爪はまだ分かるにしても、瞳はどう考えても異常だ。
現代ならばいざ知らず、大正時代にネイルやカラーコンタクトなどという御洒落道具がある訳ない。
ならば、この身体的特徴は……外付けではなく、肉体から発生した物という可能性が高い。
(しかし、そんなことがあり得るか……?
確かに、ピクルの様に人の範疇を超えた骨格の持ち主や……範馬勇次郎の様な規格外もいるにはいるが。
この男は、彼等とは全く違うベクトルで……なッ!?)
だが……次の瞬間。
烈海王はそれをあり得る事だと、認識せざるを得なくなった。
(傷口が……瞬時の再生を……!?)
烈海王の視線が釘付けにされたのは、男の額だった。
そこには、一筋の傷口―――恐らくは倒れている刀の男がつけたであろう―――が付けられていたのだが。
何とその傷が今……烈海王の見ている目の前で、綺麗に閉じたのだッ!
流れていた血は完全に止まりッ!
裂けた皮膚が、癒着して元通りになっているッッ!!
傷口が……受けたダメージが、瞬時に再生を果たしたのだッッ!!
(……あのビスケット・オリバは、散弾銃で受けた傷もその日の晩には、薄っすら被膜を張るレベルにまで回復したと聞いた。
だが……これは、それどころではないぞ!!
不気味すぎる身体的特徴に、異様すぎる回復速度……この男……人間ではないのかッッ!?)
目の前の男は、人間ではないナニカである。
もはや、そう結論付けるしかなかった……それ以外に、答えなどなかった。
そうでもしなければ、どう説明をつければいいのか分からない―――自身も、両断された胴に失った右脚が回復している身であるのを、衝撃のあまり忘れている様だが―――事ばかりだ。
「ッ……!!
くそ……身体が、動かない……!
このままじゃ、貴方まで……!!」
刀の男はどうにか立ち上がろうとするも、叶わなかった。
身体に、全く力が入らなかった……それだけ、受けたダメージが深刻なのだ。
幾ら気持ちがあろうとも、これではどうしようもない。
「俺の事はいい、すぐに逃げてくれ!!
一般人を犠牲にさせる訳にはッ……!!」
「へっ……悪いけどなぁ。
目の前に餌がいて、逃がす訳がないだろ!!」
刀の男は、烈海王に逃げる様促すも。
そうさせる間は与えぬと、下陸の男は地を蹴り疾駆した。
これまた、常人の範疇を遥かに超えた凄まじい勢いでの突進。
僅か二秒足らずの内に、男と烈海王との距離は目と鼻の先まで縮まっていた。
「手足を使えなくしてから、じわじわ食ってやるぜッ!!」
突進の勢いに乗せ、男は五爪を振り下ろす。
その鋭い一撃は、烈海王の肩口を抉り取るべく迫り……!
◇◇◇◇◇
片平紳助 十九歳 鬼殺隊隊士、階級『辛』。
後に彼は、この時起きた衝撃の出来事を、多くの隊士へと語らされる事になった。
―――ええ……最初は本当に、驚くしかなかったですよ。
―――この山に、鬼が潜んでいる可能性があると聞き、向かったはいいんですが……まさか、十二鬼月と遭遇するなんて。
―――どうやらごく最近、あの鬼は根城をあそこへと移していたらしくて……挑んだはいいが、完敗でしたよ。
―――下弦の陸……一番下の階級とはいえ、それでも十二鬼月に数えられるだけの力が奴にはありました。
―――そんな強力な鬼が、無関係の一般人を標的にしたんですから……あの時は、泣きたくなりました。
―――自分は、なんて無力なんだって……けどね。
―――その直後に、まあ信じられない事が起こって……涙がすぐ引っ込んじゃいましたよ。
◇◇◇◇◇
「グハァッ!?」
烈海王の肩口を、下陸の男の五爪が捉えようとしたその刹那。
いきなり強烈な炸裂音が鳴り響くと同時に、両者の距離が瞬時に離された。
凄まじい勢いで、下陸の男が反対の方向―――即ち真後ろへと、吹っ飛んでいったのだ。
「え……え……?」
刀の男―――片平は、呆然とするしかなかった。
絶体絶命かと思われていたのに、何故か鬼は後ろへと吹っ飛んでいった。
一体、何が起きたのか。
吹っ飛ばされた鬼と、そして襲われそうになっていた者の方へ視線を向け……そこで、彼は気が付いた。
◇◇◇◇◇
―――あの人……烈海王さんがね、拳を真っすぐに突き出していたんですよ。
―――腰を深く落として、右の拳をそりゃもう綺麗に真っすぐ。
―――はい、そうなんです……烈さんは、後の先を取ってたんですよ。
―――鬼の突進に合わせて、自分が攻撃を受けるよりも先に……相手の顔面に、拳を叩き込んでいたんです。
◇◇◇◇◇
(な……何が起こった!?
殴られた……あの男にッ!?
鬼の俺を、あいつがッッッ!?)
下陸の男は、予想外の事態に困惑していた。
幸運にも更なる餌が現れたと思ったら、その餌はあろう事か自分を殴り飛ばしたのだ。
それも、自分の突進に合わせて……後の先を取る形でだ。
完全な見切りが無ければ、出来る芸当ではない。
加えて、拳の威力も相当な代物だった。
まるで木槌か何かでぶん殴られたかの様な、素手とは思えぬ衝撃と重みがあったのだ。
(どうなってやがる!?
隊士の反応からして、あいつは鬼殺隊の人間じゃない!!
通りがかりの一般人だろッ!?)
「……お前が、人間ではない何か……妖の類であるという事には、大いに驚いた。
正直に言うと、今も少し戸惑ってはいる……だが」
そんな下陸の男とは対照的に。
落ち着いた様子で、極めて冷静に烈海王は口を開いた。
鋭い眼光で、男を強く睨みつけながら。
「襲い掛かって来るというのであれば……何者が相手であろうと、容赦はしないッッ!!」
◇◇◇◇◇
―――見事な啖呵でした……あれが本当に、鬼を初めて見る人間なのかと思いましたね。
―――その後、すかさず烈さんは鬼へと仕掛けたんですが……それもまあ、とんでもない手段でした。
―――こう、思いっきり息を吸い込んで……上半身を膨らませたんです。
―――……何を言ってるか分からないって?
―――だって……その通りだし、そうとしか言えないんですもの。
◇◇◇◇◇
(何だ、あれは……呼吸法?
だが、あんな息の吸い方は見た事が……!)
深く息を吸いこみ、上半身を膨らませた烈海王。
その様は、下陸の男は勿論、片平隊士にとっても異様な物であった。
特殊な呼吸によって、身体能力を爆発的に高める闘法―――全集中の呼吸。
それをよく知る二人からしても、烈海王が今行っている様な呼吸は見た事が無い。
(何か……嫌な予感がするッ……!!)
先程の拳の一撃が、余程効いていたのだろう
下陸の男は、己が背中に冷たい物が走るのを感じた。
想像を絶する何かが、この後に来る……この男は、確実にやると。
そして、その予想は正しかった。
烈海王は右手を口元へと運ぶと、指で輪を作ったのだ。
それはまさしく、吹き矢の構えだ。
筒も矢もなく、己が手のみで作り上げた吹き矢……それを。
「墳ッッ!!!」
全力で、吹き放った……!!
◇◇◇◇◇
―――空気弾って言えば良いんですかね……圧縮した空気の塊を口から吹いて、鬼へと飛ばしたんですよ。
―――そりゃ俺達隊士は、呼吸法を使って鬼と闘いますけどね……呼吸そのものを武器にとか、普通考えないですって。
―――鬼もこれには面食らってた様で……反応が間に合わず、両目に空気弾が直撃しました。
―――流石に、鬼に有効打になる程の威力は無かったようでしたが……それでも、目潰しには十分すぎる効果があった様で。
―――烈さんは、鬼の目を封じた隙に一気に間合いを詰めたんです。
◇◇◇◇◇
(ち、近ッ……!?)
回復した視界に入ったのは、先程以上に接近している烈の姿だった。
その脚は大きく振り上げられ、自身の脳天へと迫っている。
防御も、回避も……全てが、どうしようもなく間に合わない位置……!!
―――――――ドゴゥッ!!
「ガファッ!?」
見事な上段回し蹴りが、男の側頭に叩き込まれた。
最初の拳と同様、強烈な威力の一撃。
鈍い痛みが全身に走り、地面へと倒れそうになる。
(ッ……まだッ!!)
しかし、下陸の男は強く踏ん張り留まった。
最初の一撃と違い、今回は『何かが来る』と前もって想定出来ていたが為に、まだ耐えられたのだ。
恐るべき打撃ではあるが、来ると分かっていればこの通りだ。
好き放題やられてしまったが、それもここでお終い。
このまま反撃へと転じ、惨たらしく殺してやる。
そう強く憎悪を燃やし、烈海王へ拳を繰り出そうとして……
――――――ドガァッ!!
「ギャァッ!?」
再び、脳天に衝撃が走った。
想定外の二撃目……上段後ろ回し蹴りが、男の頭部に叩き込まれたのである。
烈海王は、上段回し蹴りを叩き込んで尚回転の勢いを一切殺さず。
そのまま後ろ回し蹴りへのコンビネーションに繋いでいたのだ。
下陸の男からすれば、たまったものじゃない。
耐え抜いたと安心した所に、不意打ちの一発が飛んできたのだから。
――――――バキャァッ!!
「ウグゥッ!?」
否、不意打ちは一発に非ず。
更にもう一発、上段回し蹴りが入った。
烈海王が繰り出したのは、前後ろ前の三段蹴りだったのだ。
さながら独楽の様な、猛烈な横回転からの連続回し蹴り。
その威力の前に、耐え抜く事叶わず。
下陸の男は、地面に音を立てて崩れ落ちたのだった。
◇◇◇◇◇
―――さっきも言いましたが、末席とはいえ相手は十二鬼月……並の鬼とは比べ物にならない強敵です。
―――実は近距離での連撃なら、俺も打ち込んだんですよ……それも、烈さんより多く四連撃で。
―――ですが、奴はそれを全て簡単に防ぎきってしまいました。
―――……そうなんです、そんな強い鬼が、烈さんの攻撃には全く反応できてなかったんです。
―――不意打ちだからとか、そんな事じゃなく……純粋に、速かったんです。
―――烈さんの攻撃速度が……奴の反応よりも速くて、捉えられなかったんです。
―――実は以前、風柱様の任務に同行した事が一度だけあったんですが……
―――烈さんの実力は、恐らく柱にも匹敵する域だと感じましたよ。
◇◇◇◇◇
(……顎へのカウンターに加えて、頭部への三連蹴り。
これだけ集中して叩き込めば、普通は脳がかなり揺れている筈だが……)
烈海王は、自ら繰り出した攻撃に確かな手応えを感じていた。
急所へと、狂いなく打ち込む事が出来ていた。
並の相手ならば、脳が揺れてまともに立てない筈だ。
そう……並の相手ならば、だ。
「この……野郎ッ!
許さねぇ、ただじゃ済まさねぇッッ!!」
「……やはり、か」
下陸の男はすぐに起き上がり、闘志・殺意を剥き出しに吼えた。
しっかりと地に足を付けて立てており、ふらつきは全くない。
打撃によるダメージ自体は、その瞬間瞬間には間違いなくあった様だが……
(傷口が瞬時に再生するような怪物だ。
脳が揺れなくとも、不思議はないが……しかし、どうすればいい?
この男を倒すには……)
そこまで考えて、烈は後方の男に目をやった。
自らを一般人と呼び、更には逃げる様気遣ってくれた剣士。
彼の目的がこの怪物を倒す事なのは、もはや疑いようがない。
ならば、きっと……倒しきる方法も知っている筈だ。
「済まぬ……まだ喋れるなら、教えてほしい。
あの怪物を倒すには、どこを狙えばいい?」
「あ……ああ!
奴等は、『鬼』は普通の攻撃じゃ倒せない!!
太陽の光を浴びせるか……」
日輪刀を使って首を斬るしかない。
そう口にし、己の刀を見せようとした……次の瞬間だった。
「オオオオオァァァァァァァァッ!!!!!」
下陸の男―――鬼が、野獣が如き咆哮を上げ。
その全身の筋肉が、隆起した。
◇◇◇◇◇
―――血鬼術……だったんでしょうかね?
―――兎に角、あいつは追い詰められて切り札を出したんですよ。
―――体中の筋肉が盛り上がったかと思うと、それがどんどん形を成していったんです。
―――頭は猿の様に、手足は虎の様になって……挙句、尻尾が生えたかと思うとそこは蛇になって。
―――そうそう……あの後、別の任務で鬼狩りをした時に、下っ端の鬼が零してたのを聞いたんですけどね。
―――あの下弦の陸の名前って……『釜鵺』っていうらしいんですよ。
◇◇◇◇◇
「ゴアアアアアァァァァァァッ!!!」
「ッッ……!?
これは、何たる……!!」
唸りを上げる眼前の『獣』に、烈海王は息を呑んだ。
傷口の再生も、確かに驚いたが……それどころか、肉体そのものが異形に変貌しようとは。
その体躯は優に2メートルを超え、重量に至っては先程までの数倍はある。
しかし何より、その姿だ。
野猿の貌。
虎の胴と手足。
大蛇の尻尾。
それは正しく、日本古来の伝説で語り継がれている空想上の怪物……!!
「鵺とは……!!」
鵺―――それこそが、下弦の陸『釜鵺』の真の姿であった。
烈海王vs下弦の陸 釜鵺。
原作ではパワハラ会議最初の被害者となった為、能力等一切が不明の存在でしたが、当作品では名前通りに鵺の姿を取る鬼とさせていただきました。
刃牙と言えば目撃者の回想。
という事で、烈さんの戦闘描写にはこの様に、隊士の回想を交えさせていただきました。
刃牙らしさを少しでも出せていたら幸いです。
最低ランクとはいえ、十二鬼月相手に優勢の烈さん。
彼が全集中の呼吸を扱っているのか否かについてですが、これについては後々にしっかりと書く予定です。