ただ、全員分を書こうとしたら予想以上に文章量が多くなってしまったので……分割して載せさせていただきます。
まずはその1。
【禰豆子編】と【伊之助&しのぶ編】です。
【禰豆子編 私だけが掴んだ、私だけの蹴りッッ!!】
「む……?」
陽はすっかり落ち、人々もそろそろ寝入るかという頃合い。
任務を終え、ようやく蝶屋敷に戻った烈海王は、軒先に人影を見た。
ちょこんと座り込み、綺麗な満月を眺める少女―――竈門禰豆子。
成程、日中の殆どを睡眠に当てている彼女からすれば、夜のこの時間帯こそが自由に動けるタイミングであったか。
ならば邪魔するのも悪い。
烈海王は、早々に自室へ戻ろうかと思ったが……
(待て……そうだ)
ふと、ある考えが浮かんだ。
今ここで、彼女と話が出来るならば……一つ、気になる事がある。
ちょっとした、軽い疑問。
しかし抱いてしまった以上は、確かめてみたくなるのが人間というものだ。
「禰豆子さん、ちょっとよろしいでしょうか?」
「むー……?」
「貴方が炭治郎さんと共に、鬼と闘っているのは承知してますが……貴方は、どういった闘い方をしてるのですか?」
烈海王の疑問。
それは、禰豆子のファイトスタイルだ。
彼女が鬼殺隊として鬼と戦える事は聞いているが、しかし彼女は鬼殺の剣士ではない。
当然、日輪刀も携えていない。
では……彼女は、如何にして鬼を相手に挑んでいる?
「むー!」
「指……いや、爪?
それに脚……そうか、爪撃に蹴りを主体とした体術ですね」
その問いに禰豆子は、己が五指を立てると共にもう片方の手で脚を指差し答える。
即ち、爪による斬撃及び蹴りであると。
鬼の身体能力を活かした、シンプルな格闘。
成程と、烈海王は納得するが……同時に、興味も抱いた。
格闘術。
そう聞けば、黙っていられない……試したくなるのが拳法家というものだ。
「禰豆子さん……貴方の力が如何程か、試したくなりました。
どうか、私に蹴りを打ち込んでみてくれますか?」
「むぅっっ!!??」
自分を思いっきり蹴ってみろ。
烈海王からの突然の提案に、禰豆子は大いに困惑した。
相手は鬼でも何でもない人間。
自身が守るべき、大事な……家族なのだ。
そんな馬鹿な真似、出来る訳がない。
首を大きく横に振り、否定の意を示すが……
「私の事ならばお気遣いなく。
防御を全力で固めます……禰豆子さん、これは闘いではない。
貴方のお兄さんや仲間達が行っているのと同じ、鍛錬……練習と思えばいい。
皆を守る為、貴方自身を強くする為です。
その為にも私は、貴方の力量を正しく把握したい」
「っ!!」
烈海王は、それこそが守る為に必要と言い切った。
禰豆子の力は他の隊士達と比べて、どういった領域にあるか。
この身を以て推し量ろう、と……静かに庭先に立ち、両腕で防御の態勢を取る。
ここへ全力で打ち込んで来いという、無言の意思表示だ。
「……むぅっ!!」
人間を、家族を守る為。
そう言われれば、流石の禰豆子も思うところがあった様だ。
烈海王の真正面に立つ……覚悟を決めたのだ。
戦闘に向け、全身の肉体を最適化―――木箱に収まるだけの幼女の姿より、炭治郎と同程度の体格まで成長する。
大きく瞳を見開き、烈海王の両腕へと狙いを完全に定める。
右脚を一歩後ろに下げ、左半身を前にして腰を落とす。
両脚に全力をしかと篭め……そして。
「むううぅぅっ!!!!」
跳躍ッッ!!!
全身全霊を込めての、跳び前廻し蹴りを打ち放つッッ!!
――――――バシィィィィィィッッ!!!!!
「ぬうぅッッ……!!」
蹴りを受けた烈海王の肉体が、両足より土煙を立てながら後方凡そ2メートルの距離まで下がるッ!!
全力でしかと防御を固めたにも関わらず、この衝撃と威力ッ!!
腕より伝わる、恐るべき痺れッ!!
如何に鬼の膂力といえど、ここまでの領域にあるかッッ!!!
(花山さんッッ……!!)
この時、烈海王の脳裏に過ったのは、一人の友―――花山薫の姿であった。
天性の肉体と格闘センスを生まれ持ったが故に、強く生まれた者が尚も鍛える事は不正として非鍛錬の美学を貫く漢。
圧倒的なパワーとタフネスを武器に如何なる相手にも挑む、烈海王も認める最強の喧嘩士。
その彼が、度々使うヤクザキックに……今正しく、禰豆子の姿が重なったッッ!!!
禰豆子の全力より生みだされる破壊力は、花山薫にも匹敵しうるッッッ!!!
「むぅぅぅ~~っっ!!??」
慌てて、禰豆子は烈海王へと駆け寄っていく。
ついつい全力で蹴ってしまった結果がこれだ。
鬼の首を容易く吹っ飛ばせるだけの威力を、幾ら本人の希望とはいえ叩き込んでしまったのだから無理もない。
大丈夫か?
怪我は無いか?
心配してその腕を取り、診ようとするが……
「禰豆子さん……実に、大したものだ。
その蹴り……もし磨きたく思うならば、喜んで手助けしましょうッ……!!」
「むぅっっ!?」
烈海王は痛がっているどころか、大いに喜んでいた。
反対に禰豆子の手を取って、微笑みながら彼女に力強く言葉を掛けたのだ。
鬼化して身体能力こそ向上したものの、彼女は闘いに関しては全くの素人だ。
それでありながら、この力……もし磨く事が出来れば、確実に伸びるだろう。
特にこの蹴りは、女性特有のしなやかな筋肉だからこそ発揮できる威力もある。
彼女最大の持ち味として……是非とも、活かすべきだ。
「禰豆子さん、これより毎日素振りをする事をおすすめします。
左脚と右脚で交互に百回、合計二百……地道な鍛錬ですが、着実に力をつけられます。
貴方の場合は、下手に拳法の型に嵌めるよりもその特有の能力をそのままに伸ばした方が良い。
言うなれば、他と競うより持ち味を活かすのです」
「む~……?
……むぅっ!!」
「ん、私の脚を指差して……私の蹴りも見せてほしいという事ですか?
いいですよ、流石に禰豆子さんを蹴る訳にはいかないので素振りにはなりますが!」
こうして。
何やら妙な形ではあるものの、禰豆子に蹴りについて指導する形となった烈海王。
禰豆子の方も皆の役に立つならと、やる気を出して日々の素振り等鍛錬に取り組み始めたのだった。
◇◇◇
そして……その成果の程はというと。
―――――――ガアァァァンッッ!!!
「なっ……お、俺の盾がッッ!!??」
後日、炭治郎と二人で任務へ出立した際。
彼女達が相対したのは、鋼鉄並みの強度を誇る丸型の大盾を血鬼術で生み出す鬼であった。
その硬さもさることながら、厄介なのは全身をカバーできる程に広い防御面積。
更には平面でなく丸みを帯びている形状の為、刃が滑り受け流されてしまう。
この盾を前にして中々首を狙えず、どうしたものかと炭治郎が深く考えていた矢先の事であった。
木箱より飛び出した禰豆子が、全力の蹴りを真正面から叩き込んだのだ。
単純明快な答えだ。
突きによる『点』を、斬撃による『線』を受け流しで防ぐというならば。
それよりも広く大きな一撃……即ち、打撃による『面』で真正面から粉砕すればいいのだから。
結果、鬼の盾は禰豆子の前蹴りを受けて大きくへこみ……そこへッッ!!
―――――水の呼吸 漆ノ型 『雫波紋突き』!!
「ガァッッ!?」
炭治郎の突きが炸裂ッ……鬼の盾を貫き、首筋に刺さるッッ!!
丸みを失いタダの平面となったならば、炭治郎程の力量があれば穿つ事は容易ッッッ!!!
「く……だ、だがッ!!」
しかし、刺し貫けども断つには至らず。
後少しばかり炭治郎が横に刀を振れば、首を切断できたのだが……それよりも僅かに、鬼が速かった。
地を蹴り素早く後方へと跳んだ事で、刀を無理矢理引き抜いたのだ。
状況は仕切り直し、振出しに戻ったか……そう、思われた矢先。
鬼は二人に背を向けて、全力で疾走を開始したのだ。
「ま、待てッ!!」
まさかここで逃げを選ぶとは思いもよらず、炭治郎は焦り声を上げる。
だが、鬼からすれば寧ろ当然の選択だ。
自慢の盾を力ずくで突破され、刀による攻撃が届くようになってしまった。
売りである防御がもはや通用しないのであれば、勝てる望みがない……闘った所で結果が見えている。
つまり、逃げるしかないのだ。
「むぅぅっっっ!!!」
無論、それを黙って見過ごす道理などない。
禰豆子もまた脚に力を込め、全力で追走する。
身体能力でいえば、禰豆子の方が相手を上回っており……両者の差は、すぐに縮まっていく。
追いつくのは時間の問題であった。
(だが……剣士じゃなくコイツの方なら、まだ打つ手があるッッ!!)
しかし、鬼の表情にはまだ絶望の色はない。
追ってきた相手が禰豆子であったから……つまり、日輪刀で首を断たれる心配が無いからだ。
確かに恐るべき力を秘めているが、鬼を滅する手段が無いのであれば死には決して至らない。
攻撃を受けた所で、肉体を切り離すなりして難を逃れられる。
そう、冷静に判断していたのだ。
その考えこそが、油断であり……命取りであるとも知らずに。
「むううぅぅっっっ!!!!」
禰豆子は、鬼を跳び蹴りの間合いに捉えたその瞬間。
右脚に強い力を込め、意識を集中させ……発火させるッッ!!!
―――――血鬼術 『爆血』!!
爆血、発動ッ!!
右脚より、凄まじい勢いで炎が迸るッッ!!!
「なっ……なんだ、それはッ!?」
烈海王より、蹴りを磨くべしと言われたあの日。
自身に告げられた言葉を、禰豆子はよく覚えていた。
――――――競うな、持ち味を活かせ!
では、自分にとっての持ち味とは何か。
禰豆子は、それを懸命に―――鬼化の影響で幼子同然の思考でありながらも―――考えた結果。
烈海王が褒めてくれた蹴りと、そして自身の能力たる血鬼術こそがそうだという結論に達した。
ならば……この二つを合わせてこそ、持ち味が最大限に活かせるッッ!!
他の誰にも真似できない、己だけのオリジナルッ……竈門禰豆子だけが掴んだ、竈門禰豆子だけの蹴りッッ!!!
「むうううぅぅっっ!!!」
爆 血 蹴 り ッッ !!
―――――バキャアァァァァァァァァッ!!!!
爆炎を纏った禰豆子の跳び蹴りが、鬼の首を打ち砕いた。
鬼を滅ぼすには、日輪刀で首を断つか藤の毒を打ち込むしかないのが通常の認識だが……禰豆子の炎は、それに続く第三の手段だ。
人間には害をなさず、鬼と鬼が生み出したモノのみを焼く鬼滅の炎。
那田蜘蛛山や無限列車では、十二鬼月の力にすら通用する威力を見せた。
それを、蹴りに乗せて叩き込んだ結果……鬼の肉体は、日輪刀で首を断たれた時と同じく崩壊を始めたのだ。
禰豆子は、兄達剣士に頼る事無く……己が手による鬼の討滅に、成功したのであるッ!!
「凄いぞ禰豆子!!
いつの間に、こんなに強くなって……兄ちゃんも負けてられないなッ!!」
「むぅっ!!」
【伊之助&しのぶ編 リアルに思い描くことは、実現するッ!】
「オラオラオラァァッッ!!!」
蝶屋敷の稽古場。
そこに今、全力で拳と竹刀とをぶつけ合う二人の漢がいた。
御存知烈海王と、猪の頭をすっぽり被っている珍妙な出で立ちの隊士―――嘴平伊之助である。
伊之助はその肉体の柔軟さを活かして、烈海王へと全力で乱打を仕掛けていた。
(ほう……この、低姿勢から繰り出される攻撃。
まるで四足獣とやり合っているかの様な……それでいて、直感的にこちらの隙を突かんという狙いッ……!!)
その猛打を凌ぎ受け流しつつ、烈海王は伊之助の動きに素直に感心していた。
一見暴力的な攻めかと思いきや、その実は中々に理に適っている。
斬撃も蹴撃も頭突きでさえも。
あらゆる攻撃が荒々しくも的確に、烈海王の防御が手薄な場所を狙ってきているのだ。
恐らくは鋭敏な皮膚感覚も活かして、直感的に見抜いているのだろう……恐るべき野生の勘だ。
これは、肉食獣が狩りで見せる動きそのもの……野生の戦いッッ!!
(しかし、同じ野生ながらもピクルともまた方向性が違う。
言うなれば、恐ろしくリアルな象形拳……野獣とヒト、野生と武の融合体ッッ!!)
烈海王の脳裏に浮かんだのは、伊之助と同じく野生に生きた原人ピクル。
だが、伊之助にはピクル程の怪力こそ無いものの……それを補うだけの、我流なれども確かな武がある。
これが両者の決定的な違いであった。
ピクルが正真正銘の原人ならば、伊之助はヒトと獣の両方を合わせたハイブリット体だ。
「……だが、まだ甘いッ!!」
「なぁッッ!!??」
伊之助の猛攻をさばき、烈海王が瞬時に懐へと飛び込んだ。
油断をしたつもりはなかったというのに……反応が間に合わない、驚異的な瞬発力。
攻めの態勢に入ったが為に無防備となったその胴体へと、烈海王の拳が当てられッ……!!
――――――ドンッッ!!!
「グエェッ!?」
炸裂する、強烈な無寸勁ッ!
密着状態から繰り出したとは思えぬ衝撃が伊之助の肉体を貫き、後方へと大きく吹っ飛ばすッッ!!
「はい、そこまでです!」
その瞬間、立会人を務めていたしのぶが停止の合図を掛けた。
今の一打を以て勝負あり……烈海王の勝ちとしたのだ。
「ッ~~!!
なんだよ、今のッッ?!
あんな間合いから、権八郎の頭突きよりやべぇのが打てるのかよッッ!!??」
「ほう……?
炭治郎さんの頭突きは、私の拳打との比較対象になるだけの威力があると。
それは興味深い……是非とも、次の機会に見せてもらいたいですね」
さて、どういった経緯でこの二人が立ち合いを行ったかだが……そんなに深い理由はない。
伊之助が那田蜘蛛山での負傷をほぼほぼ完治させ、機能回復訓練の完全突破に向けて炭治郎達共々鍛錬に励んでいた最中。
任務が終わって蝶屋敷へと帰還した烈海王に、声を掛けたのだ。
――――――全集中の呼吸を四六時中出来る様になったぜ、これで俺はまた最強に近づいた筈だッッ!!
――――――この力、試したくて仕方ねぇ……そういう訳だから、俺と勝負しやがれッッッ!!
かねてより、素手ならば鬼殺隊最強と呼ばれている烈海王に伊之助は興味があった。
隊員同士での私闘は本来隊律違反であり、伊之助の発言は言語道断なのだが……烈海王は、寧ろ喜んで快諾した。
向上心があるのは良い事だし、鬼以外で自身に勝負を挑む相手など久々だったが故に。
ただ、流石に勝手な私闘を繰り広げる訳にはいかないので、鍛錬という名目でしのぶにも正式な許可を取り実施する事にしたのだ。
もっとも、しのぶは嬉々としている烈海王と伊之助の二人に呆れ、ため息しか出なかったが……
「伊之助さん、貴方の様な闘い方は他の誰にも出来ないでしょう。
獣が如き猛攻、柔軟さを武器にした予測困難な軌道、並外れた皮膚感覚から来る危機察知力。
貴方には確かな素質があると、私が保証します。
このまま腕を磨けば、きっと良い剣士になれるに違いありません……必要ならば、私も出来得る限りの助力を約束しましょう」
「ッ……あったり前だッッ!!
今回は仕方ねぇが、次にやり合う時は絶対に勝つからなッッ!!」
敗北こそしたものの、伊之助はそこまで嫌な気分がしなかった。
機能回復訓練でカナヲに連敗した際には、心が完全に折れてどん底まで沈んだというのに……雲泥の差といってもいい。
寧ろ、どこかほわほわとした気持ちさえあった。
何故ならば……これまで自身を打ちのめしてきた相手と違い、烈海王はしっかりとその長所を認めているのだ。
カナヲは、表情も変えず言葉一つかけず。
那田蜘蛛山で義勇と対した時には、未熟と罵られ樹に縛り上げられる始末だった。
鬼に至っては絶対にあり得ぬ行為だ。
格上とぶつかり合った上で、長所と実力を認められる。
言うなれば、師と教え子に当たる経験……それは、伊之助の今までの人生では得る機会の無かった満足感であった。
「ふふっ……烈さんから見て、伊之助君は結構伸びしろがあるみたいですね?」
「ええ、伊之助さんの場合は強いイメージ力がありますからね。
それも大きいでしょう」
「……いめぇじ力?
なんだそりゃ?」
イメージ力。
聞いた事のない単語に、伊之助は首を捻った。
一体何の事か?
『りょく』という音から、何かしらの力というのは何となく分かるのだが。
「ふむ、そうですね……イメージとは、頭の中で思い描く空想の事。
つまりイメージ力とは、強く思い描く力の事です」
「イメージ……それが強さと、何の関係があるんだよ?」
烈海王の御蔭で、イメージというものが何かはとりあえず分かった。
だが、それが自身の強さにどう結びつくのかがまるで分からない。
側に立つしのぶにも視線を向けてみるが……彼女も、口元に手を当て考え込んでいる様子だ。
医に携わる身として、何かしら思い当たる節はあるのだろう。
しかし、はっきりした形での答えがどうにも出てこないというところか。
故に彼女も、烈海王の次なる言葉を待った。
「強いイメージというのは、時に肉体へも影響を与え得るのです。
有名な例ですが、ある家庭に熱せられた火箸をうっかり手にしてしまい、火傷を負ってしまった赤ん坊がいました。
その子はこれを切っ掛けに、火箸とは大怪我をする危ない物だと認識したのですが……そこで保護者に当たる者が、あるいたずらをしました。
触っても何ともない平常な温度の火箸を、わざとらしく「これは危ないぞ」と演技をしながら、赤ん坊の肌に当てたのです。
すると……火箸を当てられた部位に、まるで火傷をしたかのようなミミズ腫れが出来たのですよ」
「マジかそれッッ!!??」
話されたのは、とある有名な実例なのだが……初耳だった伊之助は、大いに驚いた。
赤ん坊は火箸を熱くて危険なものだと強く思い込んでいたが為に、ただの火箸を当てられただけで火傷の症状を引き起こしてしまった。
空想が、思い込みが現実になる。
そんな事があり得るのかと、信じられない様子であった。
すると……烈海王は、彼が予想だにしていなかった一言を放った。
「なら、試しに一つやってみましょうか」
「……は?」
試しに?
一体、何を?
イメージ力を……試す?
「刃牙さんの域と比べれば、程遠いかもしれませんが……まあ、見ててください」
稽古場の中央に一人立ち、その場で構えを取る。
目の前の空間には、当然拳を向ける相手などいない……だと、言うのに。
構える烈海王の表情は、真剣その物……まるで、実戦にあるかのようだ。
緊迫して張り詰めた空気が、伊之助としのぶにもはっきりと伝わってきている。
「……破ッッ!!」
そして、虚空へ向けて烈海王が右の拳打を繰り出す。
恐ろしく強い気合を込めての、試し打ち……かと思いきや。
「ッッ!!」
突如、烈海王が弾かれたかのように動いた。
左の腕を上げ、頭部を守る……防御の型を取ったのである。
まるで、先程繰り出した右の拳打を左側面に回り込む形で回避され、そこへ斬撃を打ち込まれたかのように。
「墳ッッッ!!!」
その左腕を、大きく横に薙ぎ。
そのままの勢いで全身を回転させながら右の廻し蹴りを繰り出す。
相手の態勢を崩しつつ、即座に反撃に転じる動きだ。
「ッ……ハイィッ!!!」
次の瞬間、烈海王は大きく後ろへと跳んで構えを切り替えたかと思うと。
すぐさま力強く前へと踏み込み、肩口を向けての靠撃を放つ。
相手が廻し蹴りを紙一重で回避して突きによる反撃に移った為、それを跳んで避けてすかさず攻めに出る動き。
「……な、なあ。
何か、段々……視えてきてねぇか?」
「ええ……伊之助君も、視えたんですね。
この、動きはッ……!!」
烈海王が繰り出している、実戦さながらの動き。
現代風に言うならば、余りにもリアルなシャドートレーニング。
伊之助としのぶの二人は、いつしかそこに……一人の漢の姿を見たのだ。
烈海王と対峙する、屈強な剣士の姿を。
「煉獄さんッッ……!?」
炎柱……煉獄杏寿郎をッッ!!!
◇◇◇
「す……凄ぇ、何だよ今のッ!?
マジで相手が目の前に視えたぞッッ!!??」
烈海王が行ったのは、シャドートレーニングの究極系―――リアルシャドーである。
イメージ力を極めた上での動きは、もはや現実そのもの。
目にした他者にまで、リアルな幻影が視えてしまう領域に達するのだ。
伊之助としのぶは、その壮絶さにただただ驚くばかりであった。
「ふぅ……初めてやってみましたが、まずまずですね。
やはり、刃牙さんは天才というべきか……」
しかし烈海王からすれば、これでもまだ未熟なレベルでしかなかった。
何せ、彼にリアルシャドーを初めて見せつけた漢―――範馬刃牙のそれは、文字通り次元が違ったのだから。
等身大の蟷螂との対戦を実現させ、また象形拳にそれを応用してティラノサウルス・トリケラトプス・プテラノドンの三体融合恐竜の幻影を出現させたりもした。
アレはもはや格闘技ではなく、妖術と言っても差し支えない魔境の技だ。
あそこまで行くには、一体どんな鍛錬を重ねればいいのだろうか……見当もつかない。
「……素晴らしいですね、イメージの力って」
それでも、しのぶと伊之助は烈海王を称賛した。
二人にとっては初見のリアルシャドーなのだから、無理は無いのだろう。
しかし、それに対し……烈海王は、苦笑しつつ口にした。
身近過ぎる故に二人が忘れている……ある事実を。
「ふふっ……そう言ってもらえるのは嬉しいですが、貴方達だって日頃から目にしているじゃないですか?
適性の高い者が繰り出す、全集中の呼吸ですよ……実際に水や雷が起こっている訳じゃないのに、我々には幻影がはっきりと見えている」
「あっ……!!」
「例えば、本棚に並んでいる連作小説の内一巻だけ抜けがあれば、そこに収まる一巻の形が自然と想像できるように。
右手だけ取れている招き猫の置物があれば、その右手がくっついた姿が自然と分かるように。
完成度の高い技には、まるで本当に呼吸を司るモノがそこにあるかの様に……そう脳が強く思い込み、はっきりと視認できるんです」
そう、全集中の呼吸が見せる幻影だ。
あれもまた、強いイメージから成る産物。
リアルシャドーと本質的には全く同じなのだ。
イメージ力が現実に影響を及ぼす、これ以上なく分かりやすい代物と謂えよう。
「強く思い描く事は、実現します。
だからこそ、自分こそは強いというイメージを常に描き続けている伊之助さんは、その通りに成長できる可能性が大いにあるんです。
海外の事例でも、全く同じ練習量を積んだ二人の少年が短距離走に挑んだ結果、目に見える差が出ました。
一人は単純に練習を重ねただけでしたが、もう一人は練習中に『お前は速い』『お前は出来る』と周囲に声を掛けられ続けていました。
どちらが上だったかは、言うまでもないでしょう……勿論、油断や慢心が生じてしまえば台無しですから、それもまた常に心掛ける必要はありますがね」
烈海王が、伊之助は強くなると断じられた理由。
それは、自身こそは最強と信じられる彼の心だ。
強くイメージ力を持って日々鍛錬を続ければ、そのイメージに必ず肉体がついてきてくれる。
事実、近代スポーツにおいてもイメージトレーニングの重要さは、様々な場面で立証されている。
「私の友には、これを実戦に応用した者もいます。
人間の限界である関節の稼働領域……それを、強いイメージ力で疑似的に増やす事に成功しました。
自らの腕を、さながら蛇の骨格の様にイメージし……鞭化させ、技の威力を遥かに向上させたのです。
そういう事なので……イメージの力は、極めて大切です。
伊之助さんの成長には、期待してますよ?」
「……おうッッ!!
強くなれるって思いながら訓練すれば強くなれる、滅茶苦茶分かりやすいぜ!!
あんな凄いもの見たんだからよッ!!」
難しい話は理解するのが苦手な伊之助だが、烈海王の教えは単純明快だった。
強さを手に入れるには、強い自分を想像しながら鍛え続ければいい。
実に良い方法だ。
目の前で実践までしてもらったのだから、効果の程は大いに期待できる。
「よっしゃァッ!!
やるぜ俺はァァッ!!」
俄然、やる気が出てきた様だ。
烈海王は、そんな彼の姿に満足そうな笑みを浮かべ……
その、一方で。
「…………」
彼等の様子を見ていたしのぶは……何かを、真剣な表情で考え込んでいた。
◇◇◇
(……強く思い描く力は、現実に作用する……)
その日の夜。
皆が寝静まったであろう頃合いに、しのぶは一人稽古場に立っていた。
その手には、一振りの刀が握られているが……それは、日頃から彼女が使っている日輪刀とは別の刀。
何の変哲もない、ありふれたただの日輪刀であった。
そして、そんな彼女の目の前には一本の巻き藁が立っている。
真剣を用いての稽古で扱う、試し切り用の巻き藁だ。
丁度、人間の首と同じ太さに調整されている。
(……強い想像力を以てすれば、人体にすら強い影響を及ぼす……)
彼女の中では、烈海王のある言葉がずっと引っかかっていた。
――――――人間の限界である関節の稼働領域……それを、強いイメージ力で疑似的に増やす事に成功しました。
――――――自らの腕を、さながら蛇の骨格の様にイメージし……鞭化させ、技の威力を遥かに向上させたのです。
人体の限界を超えた、関節領域の増加。
強い想像力によってそれを可能にした者がいると。
医術に精通しているしのぶからすれば、あまりにもあり得ない……馬鹿げている話だった。
だが……烈海王が実演してみせた、あのリアルシャドー。
加えて、常日頃より目にしていた全集中の呼吸が生み出す幻影。
論より証拠と言わんばかりに、明確な形で突き付けられた。
ならば……ならば、本当に出来るのではないだろうか?
自分が強く思い描けば……肉体の限界を超えて、力を発揮する事が。
(……私の肉体では、どう足掻いても叶わなかった……鬼の首を断ち切る筋力……)
小柄で非力な肉体故に、どれだけ努力しても届かなかった……鬼の首を断ち切るだけの力を。
この細腕には決して宿る事のない筋肉を……そこに、強く思い描けば。
(……甘露寺さんの腕と筋力。
腕回りの大きさで言えば、彼女は私と然程変わらない……けれど、その筋密度は成人男性を遥かに超えている。
思い出せ……触診した時の、あの感覚を……)
『恋柱』甘露寺蜜璃。
彼女は女性でありながらも、鬼殺隊随一の剛力を誇る逸材だ。
それは、彼女が特異体質―――生まれながらにして常人の八倍にも達する筋密度を持つが為である。
今、しのぶは彼女の肉体を強くイメージしていた。
幸いにも、任務で負傷した彼女を触診した事がある……その感覚は今でもしかと覚えている。
自分が手に入れられなかった物を持つ彼女を、心底羨ましく思ったものだ。
(あの肉体を……あの筋肉を……強く、この腕にッッ……!!!)
その力を、今……自分の腕に重ねる。
恐るべき密度の筋肉を、己が内にイメージして形成する。
イメージによる剛力を、乗せて……剣を、放つッッ!!!!
―――――――――ザンッッッッ!!!!
「ッッ……ハァ、ハァッ……!!」
滝のような汗を流し、しのぶは床に膝をついた。
たった一振り……たった一撃を繰り出しただけだというのに、恐るべき消耗であった。
尋常ではない集中力を要求されたが故の結果か。
「……師範?」
すると、その物音を聞きつけたのだろうか。
稽古場の外より、彼女に声をかける者が現れた。
しのぶの継子―――栗花落カナヲだ。
稽古場で一人汗を流しているしのぶを、不思議そうに……そして、心配そうに見つめている。
一体、何があったのかとその眼差しで訴えているのだが……
「カナヲ……大変ですね。
何か一つでも、いっぱしのものを身に着けるというのは……」
そんな彼女に、しのぶは……極めて良い笑顔を向けて、答えた。
その足元には……両断された巻き藁が、確かにあった。
【禰豆子編 私だけが掴んだ、私だけの蹴りッッ!!】
禰豆子、新たなる必殺技『爆血蹴り』を習得。
メイン攻撃が蹴りという事で、当初から烈さんなら禰豆子に蹴りの指導をするだろうと考えていました。
ただ、禰豆子のスタイル的に近いのはあのステゴロ上等花山さんかピクルだったので、下手に教えたら逆に彼女の為にならないと思って、敢えて「競うな、持ち味を活かせ!!」なアドバイスにとどまってます。
その結果、見事に持ち味を活かしてのオリジナル……爆血蹴りに行きつきました。
元々原作でも爆血を纏っての爆血刀がありましたし、出来ても不思議じゃない技だとは思っております。
爆炎を纏った跳び蹴りなので、傍から見れば完全にライダーキックですが……
【伊之助&しのぶ編 リアルに思い描くことは、実現するッ!】
刃牙世界最大の奥義は、何と言ってもリアルシャドー。
大体はイメージが強ければ何とかなる。
そういう訳で、イメージ力の重大さを伊之助に説けば、単純な伊之助ならば確実に伸びると判断しての烈さんのアドバイスとなりました。
また、作中でも触れたように伊之助には誰かに師事するという経験が致命的に欠けていたので……寧ろここで経験させられれば大きく伸びるのではとも、ついつい考えていました。
そして……ある意味、伊之助以上にヤバい方向へとイメージ力を発揮するに至ったしのぶさん。
正直この展開は良いのだろうかとも悩みましたが、イメージの重大さを理解したしのぶさんならば、関節による真マッハ突きを習得した克巳と同じくイメージ筋肉に絶対いくだろうと考えて、書かせていただきました。
この技の習得によって、しのぶさんの辿る道筋が原作から大きく変化する可能性が出てきました。
敢えて言及は避けますが……もはやお分かりの通り、あの一戦です。
次回も、短編の後編となります。
善逸をはじめ今回出番が無かった面々が、どんな風に烈さんと関わったのか……なるべく早く書きますので、何卒お待ちください。
Q:時系列ってどんな感じなの?
A:禰豆子編は、蹴りの指導をしたのが炭治郎達の機能回復訓練の最中。
爆血蹴りを披露した任務に当たったのが、無限列車編終了~遊郭編前のタイミングです。
伊之助&しのぶ編は、伊之助が全集中・常中を習得した直後~伊之助の新しい刀が届く前の話となります。
Q:禰豆子の蹴りって花山さんレベルなの?
A:寧ろ人間の領域で鬼以上のパワーを発揮している花山さんの方が異常です。