鬼狩り? 私は一向に構わん!!   作:神心会

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前回より引き続き、かまぼこ組+αと烈さんとの短編になります。
今回は、前回に書き切れなかった善逸編がメインとなりますが……

実は一番書きたかったのはこの善逸編ですが、文章量がその為に相当多くなりました。
過去最大の長さになりますが、どうかご了承ください。


20.5 かまぼこ組と烈海王と、それに纏わる者達 その2

 

 

 

【善逸編  極限の脱力が生む力ッッ!!】

 

 

 

 

 

「ん……烈さんがどんな人か、か?」

 

 

それは、炭治郎・伊之助・善逸の三人が機能回復訓練に挑み、全集中の呼吸・常中を体得して間もない日の事だった。

その内の一人―――我妻善逸が、午前中の鍛錬を終えて午後に向け身体を休めていた最中。

彼は、蝶屋敷の一角である隊士と隠が談笑しているのを見かけて、そこに入っていったのだ。

 

 

 

何せこの二人は……あの烈海王と、交流がある者だから。

 

 

 

「ええ……後藤さんと片平さんって、割とあの人と話したりするんですよね?

 炭治郎は言うまでもないけど、伊之助もこの前に稽古つけてもらってたみたいだし。

 禰豆子ちゃんなんて、夜中に蹴りの練習始めちゃってるし……このままじゃ間違いなく、俺の所に来ちゃうだろうから。

 色々ぶっ飛んだ話も多く聞くけど、結局の所烈さんってどんな人なのかなって」

 

 

隠―――後藤は、何の因果か烈海王との任務参加率が妙に高い。

その分、烈海王との信頼関係もしっかりと構築されている。

 

 

そして、隊士―――片平紳助は、鬼殺隊で一番最初に烈海王と出会った男。

下弦の陸と交戦し、隊全体に烈海王の事を広める切っ掛けを作った岩の呼吸の剣士。

あの戦いでの傷を癒している間、烈海王は彼の見舞いへと度々来てくれていたのだ。

恩人の為、出来得る事をするのは当然の事だと。

その縁もあってか、完治後には烈海王の任務に同行する機会もそれなりにあった。

 

 

 

……そしてその度、烈海王の闘いについて隊士達に振り返り話す役割を果したりもしているが。

 

 

 

「ま、確かに一見近寄りがたい雰囲気はあるよな。

 どっちかっていうと強面だし、あの作り込まれてる筋肉……圧が半端じゃない」

 

「ああ、全くだよ……その上で鬼との闘いになったら、気迫や殺気も倍増するし」

 

 

そんな二人からしての烈海王評だが、やはり外見や雰囲気は親しみやすいとは言い難いモノとの事だった。

鍛え抜かれた肉体は勿論の事、歴戦を潜り抜けた猛者が纏う圧倒的な空気とでも言えば良いか。

気を抜けば、その圧に呑まれそうになる。

海王の称号通りに、正しく『大海』と呼ぶべき……そんな凄まじさが、烈海王にはある。

 

 

 

「ッ……や、やっぱりじゃあ……滅茶苦茶怖い人?」

 

 

善逸の中で、恐怖が増した。

烈海王をよく知る二人がそう評するならば、やはりそう言う事なのか。

背筋に寒いものを感じ、震えた声で続きを待つが……

 

 

「いや、そんな事は無いぞ?

 確かにぱっと見は怖いけど、話してみたら凄い良い人だぜ」

 

「ああ、礼儀正しくて気遣いもかなりしてくれるよな」

 

 

しかし、後藤と片平はそれを否定する。

寧ろ烈海王は、礼節を重んじて自分達に接してくれる良き仲間であると。

その言葉を聞いて、善逸はふとある事を思い出す。

 

 

「あ、そういえば……あの人って、常に敬語使ってますよね?

 階級が下の隊士でも、炭治郎みたいな年下の相手でも」

 

「そうそう……後藤さんは最初から敬語だったっけ?

 俺は、初めて会った時には状況的なのもあったから普通に話してたけど……見舞いに来てくれてからは、丁寧な口調に切り替わってたよ。

 だからちょっと驚いちゃって、理由を聞いてみたんだ……そしたらさ。

 

 

 

 

 

 

――――――晴れて、鬼殺隊預かりの身となりましたからね……耀哉さんには、心より感謝しています。

 

 

――――――そして隊士の皆さんは、耀哉さんが常から口にする様に……産屋敷の大切な子になります。

 

 

 

 

 

――――――言うなれば、恩人の家族……でしたら、失礼が無いように努めるのが礼儀というものでしょう?

 

 

 

 

 

「礼節と義を重んじる武人……そう感じたなぁ」

 

「ああ、それなら俺も聞いたわ……付け加えるなら、中国拳法界の代表って形で鬼殺隊に来てるだろ?

 だから、自分が失態を犯せばそれは中国拳法そのものの失態とも取られかねないから……背負う重みって奴だな」

 

 

義に熱く、また海王の名に恥じぬ振る舞いを心掛けているが故に。

烈海王は自らを律し、隊士達に接してくれている。

二人からそう聞き、善逸は烈海王に対する自身の認識との違いに少々驚いていた。

幾多の噂話から想像するに、かなりの蛮勇家だと思っていたのだが……

 

 

 

もしや、かなり人間が出来ているのではないか?

 

 

そこまで、烈海王は怖い相手じゃない?

 

 

 

「……けど、鬼に対しては本当容赦ないよなあの人」

 

「ああ……下弦の陸とやり合った時といい、もうこれでもかってぐらいに苛烈になる。

 詳しくは知らないけど、鬼には拳法家として許せない致命的な欠点があるからって……あ。

 容赦ないって言えば、ほら……後藤さんも知ってるよね。

 中国拳法を馬鹿にした隊士の一件」

 

「ッ……あれかぁ。

 知ってるも何も、俺は生で見てたんだぜ?

 確かにあの時の烈さんは、やばかった……」

 

 

 

しかし、安堵したのも束の間。

何やら不穏な言葉が、二人の口から飛び出してきた。

表情もどこか暗いというか、気まずそうというか……何より、その『音』だ。

聴覚に優れている善逸だからこそ分かる、二人の感情の音。

震えている、と言えば良いのだろうか……?

 

 

ヤバい。

善逸は、即座に確信した。

 

 

 

何か洒落にならない事を、烈海王はやらかしているッ……!!

 

 

 

「……何があったんですか?」

 

「実はな、烈さんが鬼殺隊入りしてすぐの頃に……ある隊士が、それを馬鹿にしたんだよ」

 

 

 

 

 

――――――呼吸もロクに使えない武術家が、柱と同格?

 

 

――――――それも、鬼のいない大陸の人間なんて……お館様は何を考えてるんだよ。

 

 

――――――幾ら向こうじゃお偉いさんだろうとなぁ、俺達鬼殺隊には関係無い話だろ。

 

 

 

 

――――――炎柱様との一戦も、お偉いさん相手で怪しいもんだし……下弦の陸討伐も、漁夫の利狙いのまぐれだったんじゃないか?

 

 

 

 

「まあ俺達も、最初は烈さんへの反発もある程度あるだろうってのは覚悟してたさ。

 ただ、流石にこれは言い過ぎというか……烈さんの耳にこの話が届いた瞬間、まあその表情のやばい事。

 そいつの所にすぐ向かうや否や、身を以て確かめてみたらどうだって啖呵切っちまって……」

 

「……まさ、か……?」

 

「ああ、そのまさかだ。

 音柱様が立ち会って、修練って形にはしてくれたんだが……アレは凄かった。

 棍に分銅、飛び道具にヌンチャク……あぁ、ヌンチャクってのは音柱様が使ってる刀みたいな武器の事だよ。

 兎に角、手加減一切抜き出し惜しみ一切無しでその隊士を滅多打ちにしたんだ。

 勿論、隊士の方も反撃には出たんだけど……烈さんには全く通用しなくて。

 これ以上はやべぇって所で、流石に音柱様が止めに入ってくれたんだが……」

 

 

 

中国拳法を舐めた。

それは、烈海王にとって何よりも許しがたい愚行。

故に彼は、身を以て中国拳法の何たるかをその隊士に叩き込んだのだ。

 

 

また、この一件が引き金になったのだろう……それ以来、烈海王に懐疑的な視線を向ける者は激減したとか。

 

 

(伊之助、実は滅茶苦茶ヤバかったんじゃないのッ!?

 自分から烈さんに挑んだんだよな、あいつッッ!?)

 

 

伊之助も一歩間違えれば、その隊士と同じ運命を辿るところだったのではなかろうか。

そう、善逸は冷や汗を流したのだが……実のところ、それは全くの別問題だったりする。

 

何故ならば、伊之助は決して烈海王を下になど見ていない。

その真逆……強い漢だと認識した上で、それでも尚挑んでいたからだ。

烈海王にもその意気が伝わったからこそ、伊之助の事を好意的に思い喜んで受けて立ったのである。

おかげで、両者は良好な関係を築くに至れている。

 

 

「つまり……烈さんが怒るとするなら、それは武を蔑まれたり親しい人間を侮辱された時だ。

 まあ、その点に関しては心配ないかな……君は優しそうだし、烈さんの強さも最初から分かってるみたいだから」

 

「ただ、あまり卑屈にはなり過ぎたらどうだろうかな……しっかりしろとは言うかねぇ」

 

 

怯えまくりな善逸を心配しつつ、二人は苦笑交じりに結論を述べた。

善逸ならば、基本的には恐らく大丈夫。

ただ、あまりにも弱気になり過ぎて卑屈な態度を出し過ぎれば、流石にそこは文句を言われるかもしれない。

烈海王は、そういう性格の持ち主だ。

 

 

「わ、分かりました……うぅ、不安だぁッ……」

 

 

絶対大丈夫とは言えない結論に、善逸は大きく俯いた。

精々、相談前よりかはほんのちょっとだけマシになった程度。

不安要素は変わらずあり、どうしたものかと頭を抱えるしかなかった。

 

 

 

こうなったらいっその事、烈海王には関わらないように日頃から極力距離を離すように努めるしかないか?

 

 

そうだ、それがいい……それが一番安全だ。

 

 

 

 

 

 

そんな弱気な考えが過った……その直後だった。

 

 

 

 

 

 

「……その金髪。

 君が我妻善逸だな?」

 

 

 

 

 

 

それを嘲笑うかの様に、運命は動いた。

 

 

突如として、廊下の向こうより烈海王が現れて……しかも名指しで、善逸を呼んだのであった。

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 

「烈さん……噂をすればって奴か」

 

「どうも、片平さん、後藤さん。

 お二人が一緒なのは意外でしたが……君が、我妻善逸で間違いないな?」

 

 

まさか張本人がいきなり現れるとは思わず、後藤と片平もこれには面食らった。

だが、それ以上に驚愕の色を浮かべているのはやはり善逸だ。

ただならぬ気配を漂わせ、しかも御指名ときた。

背中から凄まじい量の汗が噴き出し、全身がガタガタと震え始める。

 

 

「あ、は、はいぃぃッッ!!!

 そ、そうですけど……えっと、俺、何かやりましたッッ!?

 何か失礼な事しちゃいましたッッッ!!??」

 

 

 

自分が何かやってしまったのかと、気が気じゃなかった。

 

 

 

怖ッ……滅茶苦茶ッッ……!!

 

 

 

殴られる、大量の武器でボコボコにされるッッ……!?

 

 

 

 

「……そういう訳ではない。

 君の事は、慈悟郎さんから聞いていたのでな」

 

 

しかし。

そんな恐怖とは裏腹に、烈海王はさらりと告げた。

 

 

善逸の事は、知人―――桑島慈悟郎より聞かされていたと。

 

 

「え……爺ちゃんと、知り合いなんですか?」

 

 

意外な人物の名前が出てきた事に、善逸は別の意味で驚かされた。

 

桑島慈悟郎。

雷の呼吸の使い手でも随一とされ、かつては鳴柱を襲名していた熟練剣士。

鬼との死闘の末に片足を失って引退こそしたものの、その情熱は消える事無く、現在は後進の育成に励んでいる高名な育手だ。

 

 

 

そして……善逸の素質を見出した、師匠でもある。

 

 

 

「ああ、ある一件が切っ掛けでな……何度かお会いしている。

 年月を重ねる事で磨かれた、卓越した剣技……実に立派な方だ。

 そこで、自慢の弟子という事で君の話も聞いていたのだがな……」

 

 

その途端だった。

烈海王の顔から一切の笑みが消え、代わって出現したのは極めて険しい表情であった。

同時に……その全身より、途轍もない圧が放たれたのだ。

片平は勿論、後藤でさえも感じ取れる程に空気が重たくなった。

何事かと、二人の身体に緊張が走った。

 

 

 

烈海王の豹変。

 

 

 

その矛先が向けられているのは……言うまでもなく、善逸ッ……!!

 

 

 

「……善逸さん。

 胡蝶さんからの許可は取ってある……今すぐ、稽古場で私と立ち会ってもらおう。

 慈悟郎さんからも承諾済みだ……付いて来るんだ」

 

「え……ええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇッッッッ!!??」

 

 

有無を言わさぬ、立ち合いへの誘い。

予想の斜め上を大きくいった、あんまり過ぎる急展開。

しかも、伊之助の時の様な好印象ではなく……明らかに、敵意を持っている。

善逸はただただ、絶叫するしかなかった。

 

 

分かる……烈海王から伝わって来る音は、本物だ。

 

自分を本気で叩き潰すという……強すぎる闘志があるッ……!!

 

 

 

「お、おいお前!?

 一体何やらかしたんだよ……烈さんが、あんなにって!」

 

「しかもよ……敬語じゃなくなってる。

 ありゃ、鬼と闘う時の烈さんじゃねぇか……!?」

 

 

背を向け稽古場へと歩いて行く烈海王の姿に、片平と後藤も心底驚いていた。

つい今しがた、彼の礼節を守り義を重んじる姿勢を説いたばかりだと言うのに……今の彼にはそれが無い。

その口調をはじめ、完全に鬼との闘いに臨む時のモノに切り替わっているのだ。

余程の事―――烈海王の琴線に触れる何かが無い限り、あの様にはならない筈だ。

 

 

 

「イイィィヤアアアアァァァァァァァァァッッッ!!??

 無理無理、絶対無理ィィッ!!

 殺されるぅぅぅぅッッッ!!!!」

 

 

善逸からすれば、全く身に覚えのない恫喝であるが……しかし、言い返すどころではなかった。

このままでは、確実に殴り殺される。

中国拳法を馬鹿にした隊士や鬼と同じ運命を辿る羽目になる。

 

 

 

冗談ではないと、踵を返して逃げ出そうとするが……

 

 

 

「いや、逃げたら駄目だろ!!

 それこそ取り返しつかなくなるぞ、お前ッ!?」

 

「余計に烈さんブチギレるから、絶対ッ!?

 気持ちは分かるけど、行くしかねぇってッッ!!」

 

 

そうは問屋が卸さない。

片平と後藤の両名に腕を掴まれ、逃亡を阻止されてしまう。

何せ、もしここで善逸が逃げてしまったら、それこそ烈海王の逆鱗に触れる。

どんな結果になるか、想像もつかない……これは、善逸の安全の為なのだ。

 

 

 

恐怖を抱きたくなるのは分かるが、何としてもその恐怖に打ち勝ってもらわねばッ……!

 

 

 

 

 

 

「イヤァァァァァァァァァッッッッッッッ!!!!!!!」

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 

「えっと、烈さんに善逸……これって、どういう状況なんです?」

 

「何か……精気抜けてねぇか?」

 

 

抵抗虚しく、稽古場に連行されてしまった善逸。

そこには鍛錬に励んでいた炭治郎と伊之助が偶々いたのだが、二人揃って絶望的な表情をした彼を不思議そうに見つめていた。

片平と後藤は、気の毒そうにため息をつきつつも、万が一に備えて稽古場の出口に立ちその身で塞いでいる。

 

 

「さて……善逸さん。

 改めて言うが、これは慈悟郎さんにも承諾済みだ。

 私と立ち会ってもらおう……その実力の程を、ここで見せてもらおうか」

 

 

 

善逸はもう今にも泣きそうな目で、烈海王と向き合っていた。

その手は強く木刀―――後藤に無理矢理持たされた、雷の呼吸用に鞘付きの一振り―――を握りしめながらも、ガタガタと震えている。

 

烈海王には、一分の隙も無い……本気で相手を叩き潰そうという構えが見て分かる。

何より、感じられる圧は……もはや殺気の領域にまで届いている。

 

 

 

全集中の呼吸・常中が困難な程に、息は荒くなっている。

 

心臓は口から飛び出そうなぐらいに、嫌な高鳴り方をしている。

 

全身から、冷たい汗が大量に噴き出している。

 

 

 

 

どうして……こうなった?

 

 

 

 

 

 

 

「……沈黙は肯定と見なす。

 では……いかせてもらおうかッッ!!」

 

 

「ちょ、ちょっと待ってッッ!?

 お願い、何で俺がこんな理不尽な目に遭わなきゃァァッッッッ!!!??」

 

 

 

 

 

そして、有無を言わさず烈海王が動き……強い踏み込みと共に、その拳を善逸の顔面目掛けて突き出した。

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

片平紳助 二十歳 鬼殺隊隊士、階級『庚』。

 

 

 

 

後に彼は、この日の理不尽極まりない烈海王の行動について、こう語ったのだった。

 

 

 

 

―――俺も最初、何で烈さんが善逸にあそこまで怒っているのか……まるで分かりませんでした。

 

 

―――ただ、理由もなしに怒る人ではないから、確実に善逸に何かあるんだろうと感じて……だから俺も後藤さんも、全力で善逸の逃亡を阻止しました。

 

 

―――今思うと、ちょっと可哀想だったかもしれませんが……おっと、話を戻しますね。

 

 

 

 

―――烈さんは、善逸の言葉を聞く間もなく拳打を放ったわけですが……その拳は、善逸には当たりませんでした。

 

 

―――いや、避けたんじゃないんですよ……後僅かという所で、烈さんが寸止めしたんです。

 

 

―――最初から烈さんは、善逸に当てるつもりは無かったんですよ……ただ、明らかに本気の踏み込みだったし、あの殺気ですからね。

 

 

―――善逸からすれば、とんでもない恐怖に違いなかったでしょうね……何せね。

 

 

 

 

 

 

―――気絶しちゃったんですよ、善逸。

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 

善逸は白目を剥いて、膝から床に崩れ落ちた。

烈海王の拳は顔面から僅か数ミリの隙間を残して止められ、命中こそしなかったものの……完全に本気の一撃であった。

その恐怖たるや、想像を絶するものだったに違いない。

迫力に飲まれてしまい、意識を手放すのも無理はない話だ。

 

 

「れ、烈さん……そいつ、一体何をしたんすか?

 それに、拳を当ててないって……?」

 

 

誰もが呆然とする中、後藤が恐る恐る口を開いた。

そもそも善逸は、どうして烈海王と立ち会う羽目になったのか。

また、あそこまで威圧感を出しておきながらも、拳を振り抜かず止めたのは何故か。

流れ的に、ついつい自分達も烈海王に協力してしまったわけだが……流石に、理由ぐらいは聞いておきたい。

 

 

 

「……烈さん。

 もしかして、ワザと善逸を追い込みました?」

 

 

 

すると、烈海王が答えるよりも早く……炭治郎が、ある可能性に気づき口を開いた。

 

 

烈海王は、敢えて善逸を追い込みこの状況を作ったのではないかと。

 

 

 

「ふっ……流石ですね、炭治郎さん。

 やはり、貴方の鼻だけは誤魔化せませんか」

 

「ええ……何か、嘘というか……隠している様な匂いが烈さんからしましたから。

 けれど善逸も普段通りなら、音で烈さんの真意に気づけてたと思いますよ?

 まあ、あそこまで気が動転してたら難しいか……あ、そこまで考えてやったんですね!」

 

 

その根拠となったのは、烈海王から感じ取った匂いであった。

相手が抱いている感情でさえ察知する程の、ずば抜けた嗅覚……それで炭治郎は、烈海王の狙いを見抜いたのだ。

 

本気で善逸に怒りをぶつけている訳ではない。

ただ、そう錯覚しても不思議じゃない程の威圧を放っているのだと……そして、それを烈海王は確かに認めた。

 

 

炭治郎の言うとおり、善逸を追い込むためにワザとあのような振る舞いをしたのだと。

 

 

 

「けど……どうしてそんな事を?」

 

「……その理由は、間もなく分かりますよ。

 慈悟郎さんの話通りなら、彼は……ッッ!!??」

 

 

 

その刹那。

烈海王は、視線を素早く炭治郎から倒れ伏した善逸に戻すと同時に、急ぎ後方へと跳躍した。

素早い動きで、咄嗟に善逸から距離を離したのだ。

明確な、警戒行動だ。

 

一体、これはどういう事か。

誰もが不思議に思い、善逸に視線を集中させると……

 

 

 

 

そこには、信じ難い光景があった。

 

 

 

 

 

瞳を閉じ、確かに意識を失っている筈の善逸が……静かに、しかし力強く起き上がったのだ。

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 

―――夢遊病って、知ってますか?

 

 

―――睡眠中、頭……脳は間違いなく眠っている筈なのに、無意識下で肉体が動く症状の事です。

 

 

―――本人からすれば、寝ている間に勝手に自分の身体が動いていたっていう厄介な話ですが……

 

 

―――ええ、お察しの通り……善逸は、それに近いモノを抱えた特異体質だったんです。

 

 

―――あいつは、極度の緊張や恐怖で意識を失って眠りに落ちてからが本番でした。

 

 

 

 

―――普段のヘタレ具合からは想像できないぐらいに、毅然とした……別人格かと見まがう様な状態に、切り替わるんですよ。

 

 

―――無意識状態でありながら、完全な戦闘態勢に移行する……それが、善逸なんです。

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 

「眠ってから本気で闘うッ!?

 そんなんありかよッッッッ!!??」

 

 

善逸の本質を聞かされ、場を代表するかのように伊之助が驚愕の声を上げた。

意識がないままに闘える人間がいるなど、到底ありえない話だったが為に……しかし!

 

 

 

現に今、我妻善逸は……眠りに落ちた状態でありながら、完全な戦闘態勢に入っているッッ!!!

 

 

 

「……すみません、善逸さん。

 慈悟郎さんから貴方の話を聞いて以来……ずっと、この目で確かめてみたかったんです。

 完全な無意識状態からなる刀法……それは、ある種の極みと言ってもいい」

 

 

かつて、愚地独歩が最凶死刑囚たるドリアンとの闘いに挑んだ日。

ドリアンは、術を用いて独歩を催眠状態に陥れたものの……その身に染みついた闘争の経験から、無意識の内に独歩の肉体は動き拳を繰り出していた。

まさか、半ば夢を見ている状態の独歩が動き出そうとは、ドリアンには思いも寄らなかっただろうが……しかし、今の善逸はその先にある。

独歩が半ば意識を奪われていたのに対し、善逸は完全な無意識状態なのだ。

 

 

中国拳法四千年の歴史においても、稀有と言える実例……烈海王が視たかったのは、正しくこの善逸だ。

 

 

 

 

「……行きます」

 

「ええ……いつでもどうぞ」

 

 

 

その、烈海王の言葉が届いたのだろう……善逸は一言返すと共に、ゆらりと前傾姿勢を取った。

 

 

 

左手には鞘を、右手には柄を握り締めて。

 

 

左脚は後方へと引き、右脚は一歩前に踏み込む。

 

 

 

 

居合いの構え―――即ち、抜刀術こそが善逸の刀法ッ……!!

 

 

 

 

 

 

 

―――――――雷の呼吸 壱ノ型『霹靂一閃』ッッッ!!!!

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 

―――皆さんも知っての通り、壱ノ型はその呼吸における基礎とも言える技が殆どです。

 

 

―――しかし、雷の呼吸におけるその重要さは他の呼吸と一線を画します……壱ノ型こそが他の全ての型の基本ですからね。

 

 

―――壱ノ型をどこまで上手く扱えるかが、雷の呼吸の全てと言う隊士もいるくらいです。

 

 

 

 

 

―――そして、善逸の壱ノ型は……桁違いでした。

 

 

―――俺も雷の剣士は、何人か知ってますが……善逸より上の階級の隊士でも、あいつを上回る壱ノ型を使える奴はいませんでした。

 

 

―――雷が落ちたみたいな轟音と、とんでもない速度で……烈さんが、咄嗟に横へ跳んで回避したんです。

 

 

 

 

 

―――そう、回避ですよ……下弦の陸の突進や、煉獄様の壱ノ型ですら真正面から後の先を取って落とした、あの烈さんが。

 

 

 

―――避けを選んだんです。

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 

(何という……スピードッッ!!)

 

 

霹靂一閃。

強靭な脚力から放たれる、電光石火と呼ぶに相応しい突進からの抜刀術。

全呼吸の中でも、最速の一撃とも呼ばれている技だが……善逸の放ったそれは、正しく絶技であった。

 

 

脳裏に浮かんだのは、一年前の御前試合……杏寿郎が最後に放った、不知火の最大脚力。

あの一撃を彷彿とさせる程の、恐るべきスピードがあったのだ。

腕力等を加味すれば、威力自体は杏寿郎の方が断然上ではあるだろうが……速力のみを見れば、烈海王を以てしても驚嘆に値する一撃であった。

 

 

カウンターのタイミングを掴み損ね、避けを選ばせる程にッッ……!!

 

 

(睡眠状態に陥る事で、身体の余分な緊張は尽く抜け落ち。

 恐怖をはじめとする、邪魔な感情は一切が消去される……これ程とはッ!!)

 

 

吾妻善逸の本領は、無意識状態に陥る事で肉体パフォーマンスを最大限発揮できる事。

闘いにおける無駄な要素が取り除かれた、理想的なフォーム。

 

 

 

(即ち……理想の脱力ッッ!!)

 

 

 

睡眠下だからこそ出来る『脱力』にある。

 

 

 

かの有名な剣豪―――烈海王ですらも、倒した―――宮本武蔵の肖像画にも、はっきり描かれている様に。

脱力―――現代風に置き換えるならばリラックス―――とは、闘争における重要なファクターの一つなのだ。

 

 

武術・格闘技に限らず、近代スポーツで瞬発力を要求される時に必ず指摘される、筋肉の弛緩。

 

投球、打撃、投擲、ヒッティング。

 

いずれも強調されるのは、インパクトの瞬間までのリラックス。

インパクトまでは脱力している程良いとされている……優れたアスリート程、筋肉がしなやかと言われているのはその為だ。

硬く緊張しきった筋肉では、リラックスの幅には限界がある故に。

 

ある高名な指圧師が、世界ボクシングヘビー級チャンピオンのモハメド・アリを指圧したところ。

その筋肉の柔らかさは、世界的大女優であるマリリン・モンローと同じ柔らかさだったと述懐した逸話もある。

 

 

弛緩と緊張の振り幅こそが、威力の要なのだ。

 

 

 

 

では……人にとって最大の弛緩―――リラックス、脱力とは何か?

 

 

この問いを、様々な分野の専門家に持ち掛けてみたところ……ほぼ九割の者が、こう答えている。

 

 

 

あらゆる生物にとって、最大の休息時―――即ち、睡眠だとッッッ!!!

 

 

 

 

「善逸さん……貴方は、とてつもない才能の持ち主だ。

 睡眠時であるが故の最適な脱力……そこから生み出される、この恐るべき踏み込みと抜刀の威力ッッ!!!

 素晴らしいッ……!!」

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

―――同期の炭治郎や伊之助も、眠った状態の善逸を見たのは初だったみたいで……あそこまで強かったのかって、びっくりしてましたよ。

 

 

―――俺からすれば、短期間で常中を習得したあいつ等全員凄いと思いますがね……栗花落や不死川も含めて、あの同期組五人って才能の塊かよと。

 

 

 

 

―――その後も、しばらく烈さんと善逸の立ち合いは続きましたが……色々な意味で雷の呼吸の常識がぶっ壊れましたね。

 

 

―――俺達も見ててすぐに気づきましたが、善逸は壱ノ型しか雷の呼吸が使えなかったんです。

 

 

―――けれど、それで十分と言わんばかりに技の精度が高くて……凄かったのが、足場を選ばずに繰り出せたんですよ。

 

 

 

―――床を蹴ったかと思ったら、次の瞬間には横の壁に移っていて……そして壁を蹴って、床と水平に跳びながら霹靂一閃に入ったんです。

 

 

―――それを烈さんは、手の甲で弾いて受け流したんですが……善逸はそのまま反対側の壁に着地して、また同じように霹靂一閃を繰り出しました。

 

 

 

 

―――床から壁へ、壁から壁へ、挙句の果てには天井までも蹴って……稽古場中を縦横無尽に飛び交っての、霹靂一閃の嵐です。

 

 

―――最大で六連撃……しかも恐ろしい事に、踏み込みの音が一度に聞こえる程の速度で。

 

 

―――何処まで磨けば、あそこまでの壱ノ型を得られるのか……ただただ、感心しました。

 

 

 

 

 

―――もっとも……烈さんはそれを全部捌ききったんだから、もっと尋常じゃないですね。

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 

「己の唯一の武器を徹底的に磨き上げ、絶対無二の必殺へと昇華させる……見事です、善逸さん」

 

 

善逸はその額に汗を滲ませ、疲労の色が見え始めている。

全集中・常中を体得して基礎的な身体能力こそ大幅に向上したとはいえ、霹靂一閃をこうも短時間に連発してしまえば、流石に肉体への負担は大きい様だ。

一方、烈海王も汗こそかいているものの、まだ余力がある様で……且つ、その身には小さなダメージこそあれど、致命的な物を一切負っていない。

 

この両者に生じた差は、ずばり経験の差と言ってもいいだろう。

まず善逸だが、彼の長所は恐るべき完成度の霹靂一閃であり……弱点もまた、霹靂一閃にあった。

超速の踏み込みから成る居合い術……つまり、どうしてもその動きは直線的にならざるを得ないのだ。

故に、同じ相手に何度も使用すれば……そのシンプルさから、流石にモーションを見切られてしまう。

 

 

そう……烈海王は、霹靂一閃のタイミングを完全に掴んでいた。

初撃こそ回避せざるを得なかったものの、連続で繰り出されていく内に凡そを掴む事が出来た。

おかげで、こうして無事に立っていられるのだ。

 

 

無論、善逸とてその弱点は承知している。

だからこそ、本来ならば一撃必殺の技を敢えて連撃にするという独自の進化にも辿り着けたのだが……ここで、善逸の経験不足が足を引っ張ってしまう。

 

 

何せ、これまでの闘いにおいて……善逸は、ほぼ一撃で鬼を倒し切ってしまっていた。

最終選別用に用意された低級の鬼は、言うまでもなく。

炭治郎と共に挑んだ鼓屋敷の任務では、霹靂一閃を一度放つだけで相対した鬼の首を刎ね落とし。

那田蜘蛛山で対峙した蜘蛛鬼も、善逸が壱ノ型を放てない様に妨害こそしたものの……放たれた途端に、成す術無く討滅された。

 

 

つまり善逸には、霹靂一閃を以てしても倒し切れない相手と対峙した経験が、壊滅的に無いのだ。

その為、この状況下における打開策が見出せず……こうして、窮地に陥ってしまった。

もしここで、本来の雷の剣士の様に他の型を使えたならば、ある程度の持ち直しを図れたのかもしれないが……

 

 

「ッッ……!!」

 

 

それでも。

善逸には、壱ノ型しかない……壱ノ型で、目の前の相手と闘う以外に道は無いのだ。

 

 

自らの師が、敬愛する育手が教えてくれた……徹底的に磨き上げた壱こそが、自分の絶対無二の力なのだから。

 

 

 

「……やはり、そう来ましたか……ありがたいッ!!」

 

 

もう何度目になるであろう壱ノ型の構え。

しかし、感じられる気迫は先程までよりも遥かに強い……この一撃は、確実に今までとは違う。

善逸は残る力の全てを、この霹靂一閃に乗せるつもりなのだ。

 

それを烈海王は、嬉しく思った。

こんな状況下だから、戦法を切り替えてくるも良し、小細工を弄するも良し。

どんな手が来ようとも、真っ向から受けて立つつもりではあったが……中でも、最も好ましい一手を選んでくれた。

 

 

 

 

おかげで……自身もまた、奥義に踏み込めるッッ……!!

 

 

 

 

「行きます……烈さんッ……!!」

 

 

 

もはや善逸は、余力を残そうなどとは微塵も考えていなかった。

 

己が全てを脚に篭めて……自身が繰り出せる最大の一撃で決着をつけるッッ!!

 

 

 

 

 

 

――――――雷の呼吸 壱ノ型『霹靂一閃』ッ……!!

 

 

 

 

 

 

―――――― 神  速  ッ ッ ! ! !

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 

―――神速……本当にそう呼ぶに相応しい速度でした。

 

 

―――踏み込む音がしたかと思ったら、もう次の瞬間には善逸は刀を振り抜いて稽古場の端に到達してたんです。

 

 

―――速過ぎて……全く、目に見えなかったんですよ。

 

 

―――アレが、壱ノ型を極めた先なのかと感心しましたが……ただね。

 

 

 

 

―――ふと、横の炭治郎と伊之助を見てみると……二人は、別の事に驚いてたんです。

 

 

―――ええ、お分かりの通り烈さんです……善逸の最大の一撃を受けて、派手に吹っ飛ばされたのかと思ったらね。

 

 

 

 

 

―――その真逆……烈さんの身体は、その場から動いていなかったんです。

 

 

 

 

 

―――信じられない事ですが……神速の一撃が命中した瞬間に、身体を回転させて斬撃を受け流し無力化したんです。

 

 

 

―――炎柱様との御前試合でも使ったという、奥義……『消力』で。

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 

「出来たッ……!!」

 

 

神速の居合いを、消力を以て受け流す。

これは、烈海王にとっても一種の賭けであった。

宮本武蔵や杏寿郎ともまた方向性が異なる、威力・スピード共に優れた絶技。

それを前にして、果たして消力を成功させられるか否か……確実とは、決して言いきれなかった。

 

だが……烈海王は、それでも消力を選んだ。

何故ならば、目の前には理想の脱力を体現した剣士がいる。

その姿を、最高の形でじっくりと観察できた……ならば、だ。

 

 

 

自身の脱力もまた……磨く事が出来る。

 

 

一段上の、更なる高みへ……昇る事が出来るッッ!!

 

 

 

(消力……成功ッッ!!)

 

 

 

かくして、消力はその精度を見事に増したッッ!!

 

神速の居合いを胴に受けた瞬間、ふわりと横回転する形で威力を完全に消し切ったのだッッ!!

 

 

 

「善逸さん……謝々ッッ!!」

 

 

その感謝を拳に乗せて、烈海王は強く床を蹴り善逸との間合いを詰める。

今、善逸の肉体には神速を放った反動が襲い掛かっている……すぐには動けない。

 

 

 

烈海王の拳を避ける事は……出来ないッ……!!

 

 

 

 

 

――――――ドスッッ!!!

 

 

 

「ッッッ~~~~!!??」

 

 

 

 

腹部に一撃、強烈な勢いで拳を見舞われ……善逸の肉体は、完全に床へと倒れ伏した。

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 

「……ぅ……あ、あれ?

 俺、一体……」

 

 

気が付けば、視界に映るは稽古場の天井。

ぼんやりとした頭のまま、善逸はゆっくりとその肉体を起こした。

どうやら、眠っていたみたいではあるが……どうにも、前後の記憶が定かではない。

 

何故、自分はこんなところで横になっていたのか。

その理由を確かめるべく、重たい眼をこすりつつ、左右に首を振って辺りを見回すと……

 

 

「お……気が付きましたね、善逸さん」

 

「え……れ、烈さん?」

 

 

素振りに励んでいる炭治郎と伊之助、それを見守る片平に後藤……そして、烈海王がいた。

一体これは、どういう状況なのか。

何故、彼等が揃ってここにいるのか……?

 

 

「ッ……ああぁぁッッ!!??

 そ、そうだ俺、烈さんと、烈さんとぉぉぉッッ!!??」

 

 

そこまで考えて、ようやく記憶が戻ってきた。

いきなり立ち会えと言われ、拉致同然の形で道場に連れてこられ……そして、呆気なく意識を失ったのだ。

あまりにも情けない幕切れ……失態どころでは無い。

 

 

落胆? 失望? 絶望?

 

 

 

何にせよ、自身の不甲斐無さに激怒しているのは確実ッッ……!!

 

 

今度こそ、本当にお終いッッッ……!!??

 

 

 

 

「……ええ、その通りです。

 善逸さん……貴方の力の程は、良く分かりました。

 良い経験になりました……ありがとうございます」

 

 

「…………え?」

 

 

 

しかし。

そんな予想とはまるで正反対に、烈海王は実に爽やかな笑顔で善逸へと礼を述べたのだ。

しかもよく聞けば、口調が丁寧なものへと完全に切り替わっている。

先程まで感じていた、鬼神が如き威圧感もまるで無く……聞こえてくる音には、幸福感すらある。

 

 

「え、えっと……はい。

 ありがとうございます……?」

 

 

訳が分からない。

分からない、が……けれど、烈海王はどうやら満足している様だ。

 

 

 

なら……刺激してまた怒られるのも嫌だし、下手な事は何も聞かないでこのままいた方が良いかもしれない。

 

 

 

「……うん。

 じゃあ烈さん、俺、ちょっと走り込みしてきますね!!」

 

「ええ、頑張ってくださいね」

 

 

 

善逸はそう結論づけると、笑顔で稽古場から飛び出していった。

 

本当に、無事でよかったと……安堵の笑顔であった。

 

 

 

 

「……あいつ、寝てる間の事って全然覚えてねぇのな。

 教えてやった方がいいと思うか、片平?」

 

「いや……しばらくは内緒にしておきませんか?

 下手に教えたら、余計に緊張するか逆に緩みまくるかで、逆効果になると思いますよ。

 あいつ自身の為にも……このままいきましょう」

 

「……だな」

 

 

 

その様子を見た片平と後藤は、とりあえずこの一戦については善逸に内緒にしておこうと決めた。

彼が実力を最大限に発揮するには、その方が良いだろうと……そう判断して。

 

 

 

 

 

 

 

【???編  運命を変える出会い】

 

 

 

 

「……ふぅ。

 ここに来るのも、久々か」

 

 

善逸との立ち合いが終わってから、間もないある日。

烈海王は、険しい山道を軽やかに登りつつある場所を目指していた。

 

このしばらくは任務の為に、中々立ち寄れなかったが……鬼殺隊入りしてすぐの頃は、よくここに来たものだ。

自らの腕を磨くべく、また全集中の呼吸の奥深さを知るべく。

 

 

 

杏寿郎と同じく、気が合う仲間として……彼とは、二人で鍛錬に励んだものだ。

 

 

 

 

 

「む……来たか。

 急な呼び出しで申し訳なかった、烈さん。

 御足労、感謝する」

 

 

「いえいえ……私は一向に構いませんよ、悲鳴嶼さん」

 

 

 

 

この山―――岩屋敷の敷地にて。

 

岩柱―――悲鳴嶼行冥とは。

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 

「悲鳴嶼さん、一体どうなさったんですか?

 鎹鴉を通すのではなく、直接話したいとは……貴方がそう言うなんて、余程の事だと思いましたが」

 

 

御前試合に臨んだあの日。

烈海王は、悲鳴嶼が鬼殺隊最強の存在であると見抜き、彼に興味を持った。

そこで率直に、その気持ちを伝えたところ……悲鳴嶼もまた、烈海王の武に強く興味を持っていた事が分かった。

 

 

それ以降、二人は都合の合う時に手合わせをしたり、互いに滝行を行ったり大岩を押したりと、良き修行仲間という間柄になったのだ。

 

 

お互いの性格も、良く分かっている……そんな悲鳴嶼が、わざわざ烈海王を呼び出してきた。

直接会って話をしたいとあらば、相応の用件の筈だ。

 

 

烈海王は、息を呑んで悲鳴嶼の言葉を待つ……すると、その時であった。

 

 

 

「む……君は?」

 

 

 

悲鳴嶼の後ろから、一人の少年が歩いてきたのだ。

特徴的な、逆立った―――現代風に言うなら、モヒカンである―――髪型。

顔つきからして、恐らくは炭治郎やカナヲ達と同じ年頃だろうが……しかし、背格好が彼等と比べて随分と高い。

何より、その体格……年齢を考えれば、実にしっかりとした身体つきだ。

 

 

烈海王は、この少年に微かだが見覚えがあった。

彼は何度か、蝶屋敷に来ている。

そして、しのぶ直々に診察を行っていた……その姿を、烈海王は見ていたのだ。

 

 

「烈さん……最近、貴方が蝶屋敷で若い隊士達を指導していると耳にした。

 また、煉獄の弟やあの鬼の少女にも、余裕がある時には武を教えていると……」

 

「ええ、その通りです。

 皆、強くなろうと日々努力を重ねていて……微力ながら、その手助けをさせていただきました」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そうか……ならば、烈さん。

 折り入って頼みがある……この不死川玄弥を、弟子にしてみるつもりはないか?」

 

 

 

 




【善逸編  極限の脱力が生む力ッッ!!】

Q:烈さん、凄い隊士の皆に礼儀正しいけど、もっと苛烈な人じゃなかった?
A:鬼殺隊への恩義に報いるため、しっかり礼節を重んじてます。

感想でも、烈さんが少し丁寧すぎやしないかというご意見をいただいてましたが、それに関しての説明回となりました。
刃牙や克巳に対しては礼儀正しく接している様に、自分が認めた相手・恩義を感じている相手には、ちゃんとした振る舞いをする人だと解釈させていただきました。
加えて、中国拳法界を代表して鬼殺隊入りしているので、その責任も少なからず感じているが為です。
ただし、逆鱗に触れれば勿論その限りでは無いです。

善逸編は前書きでも書いたように、実はかまぼこ組で一番書きたい組み合わせでした。
あらゆる場面で脱力の重要さが問われる刃牙世界において、睡眠状態という理想のリラックス体制で戦える善逸程、烈さんが気に入る相手もいないだろうと……
実際、肉体ポテンシャルで言えばかまぼこ組トップは善逸だろうとも感じてます。
原作では、炭治郎と伊之助はいつの間にか善逸が眠ったまま戦える事実を知っていましたが、この作品ではここで初めて見たという形にさせていただきました。
尚、慈悟郎さんは善逸のこの体質については最初から知っていたものとしてます。
そうでなければ、あそこまで善逸を鍛えようとはしない筈だと思います。

そして立ち合いの結果……善逸強化ではなく、脱力洗練によるまさかの烈さん強化という結果になりました。
最初は、善逸も伊之助や禰豆子の様に……と思いましたが、無意識状態という事がネックで指導をし難かったんです。
もっとも、この立ち合いが善逸にとって全くの無意味だったのかと言われれば、そんな事は無く……彼なりに、何かを掴めた筈です。



そして、ラストの【???編  運命の出会い】……改め、【玄弥編  運命の出会い】ですが。
次回、本編へと続かせていただきます。
ある意味では、この組み合わせこそが最も原作から離れる結果になるかもしれませんが……どうか、ご了承ください。
ちなみに悲鳴嶼さんと交流がある件については、以前の後書きにも記載した通りです。


Q:片平さん、地味に階級上がってない?
A:完治した後、頑張って鬼を倒してました。後、解説役が大分板についてます。

Q:最大で六連って、善逸は霹靂一閃・八連まで使えるのでは?
A:原作では、無限列車後の披露=煉獄さんの死を切っ掛けに鍛えて習得した技と解釈しており、今の時点ではまだ六連までしか打てないと判断しました。

Q:けど、神速は使えるの?
A:使える物と判断しましたが、実は堕姫戦で使ったものよりも威力と速度が落ちてます。
 上述した通り、煉獄さんの死を切っ掛けにした鍛錬がまだ無い為です。
  もしも堕姫戦で出したスピードと破壊力を打てていたら、烈さんも危なかったかもしれません。




Q:慈悟郎さんと烈さんが知り合った切っ掛けの、ある件って?
A:後程明らかになりますが、割と烈さんにとっても慈悟郎さんにとっても大きい事件が起きました。

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